025 ぼくってそんなに
男が震えながらすがりついているのは公衆電話の受話器だ。寒いのかと思ったらどうやら武者震いらしい。勇み立っているのだ。血圧上昇、アドレナリンの分泌増大。青い髭剃り痕が目立つ頬から耳にかけて、微かに紅潮している。折り目正しいワイシャツの襟にきっちりと埋まったネクタイの結び目。足下に置いた革鞄。眼鏡を人差し指でずり上げながら、男の唇はわななき、声は次第にかん高くうわずっていく。

ねえ、やめてよ。

だから、なんでそんなふうに。
だからさあ。
ねえってば。
いいからきいてよ。
確かにぼくの方が最近仕事が忙しいけどさあ。
だからいったい何が。

ねえそういう言い方しなくてもいいでしょう。
きみがさあ。
だからあ。
きみの言い方きいてるとさあ。
ちょっと。
ねえちょっと待ってよ。
ねえきいてよ。

ねえ。
きいてってば。
きみの言い方きいてるとさあ、ぼくが全く何にもしてないみたいじゃない?
全部きみに押しつけてるみたいじゃない?
ぼくってそんなに、手伝ってない?
ぼくってそんなに、きみばっかり家のこと押しつけてる?
ぼくってそんなに、きみの負担になってる?
だってぼくだってちゃんと食器洗うの手伝ってるでしょう?
ワイシャツはちゃんと自分でクリーニング出してるし。
ぼくだってちゃんと。

だからぼくだって家のことちゃんと考えてるってば。
何にも考えてないみたいにいわないでよ。
だからあ。 もう。

ああ、もう。
いったいぼくはどうすればいいわけ?
いったいぼくに。

だからいったいぼくにどうしろっていうわけ?
ねえ。

ぼくってそんなに。
ぼくってそんなに、信用ない?
ぼくってそんなに、ダメな夫なわけ?

ダメだね、とあたしはつぶやく。
あなたのパートナーは、あなたからのちょっとした手助けが欲しいわけじゃない。判断を任されたいわけでもない。ただ暮らしを持続するという精神的重圧を、等価に背負って欲しいのだ。

もはや信頼は失われ、恋の情熱は色褪せ、愛は憎しみに変容するとき。じたばたせずに、ここはひとつ相手の声をブリザードのように受け止めて、黙ってじっと耐えてみたらどうか。途中で遮ったりしないで。どうせカミサンてのは、ぜ〜んぶ言い終わるまではすっきりしませんてば。

(1999.03.28)


  • 前を読む
  • 次を読む
  • ホームへ
  • 雑文インデックスへ
  •