040 小町考
 『あきたこまち』という名前のブランド米がある。秋田美人の祖・小野小町を生んだ土地で作られたこと、秋田産ブランドであることを強調する意図からこう名付けられたらしい。美人の小町もおいしいお米も秋田が生んだのよ、ということだね。米より前に秋田小町という言葉があったわけではない(美人を指すには伝統的に「秋田美人」という単語が使われる。ちょっとモロだけど)。秋田新幹線の名前の方は、これは確か公募だったはずだが、先に出た米の知名度に寄りかかっているところはあるかも知れない。何にせよ、「小町といえば秋田」という秋田県人のローカルな常識がこれを支えている。

 秋田の人間は、小野小町の生地が秋田県雄勝町小野であると教育され、全国的にそういうコンセンサスがあるのだと信じている。秋田音頭にも歌われているし、小野には小町堂という建造物がある。毎年小町まつりというものが雅やかに催され、近隣の美しい娘さんたちが平安朝の装束で舞い踊る。史実はどうあれ、小野小町は秋田県南部の貴重な観光資源となっている。

 あたくし的には、出身地はともかく、老いてのち望郷の念堪えがたく秋田に戻って晩年を過ごしたという話はかなり眉唾っぽいし、深草少将との百夜通いの話、あれの舞台が秋田であったというのはいかにも無理があるような気がした。それでちょっとwebで検索してみた。そうしたら、どうも全国二十八都道府県、百何十カ所に小町の墓やら小町の生地やら小町縁の地やらがあるらしいのだ。これが全部本当だったら小野小町は延べ何人いるというのか。えー、誰か勘定してみて下さい。で、秋田もそのたくさんある縁の地の一つに過ぎなかったわけだ。いやあ、まさかこんなにあるとは知らなかったなあ。勉強になった。

 秋田は本当に美人の産地か。根拠があるのか。
 複数の調査で、秋田の女性は日本人平均よりお肌が統計的有意に白いという結果が出ている(らしい)。これがなんで美人の根拠かというと、そりゃあもちろん、昔からいうではないか、色白は七難隠して尻隠さず、と。
ちなみに、色白美人の生息地は秋田県内でも県南部の雄物川流域に限定される。水質が酸性だからだという説もあるがこれはちょっとトンデモっぽい。どっちかってば日照時間との関連の方が大きいような気がする。楽しみにしていたのに秋田でちっとも美人を見かけなかったぞ、とおっしゃる方がいるが、それはきっと観察ポイントが違ったのだ。あきらめて下さい。春ともなれば雪解けと共に新芽が芽吹く雄物川の岸辺では色白の秋田美人が三々五々群れ集い、餌を求めて鳴き交わす。夢誘う美しい情景ではないか。
 歴史的観点では、水戸から佐竹の殿様が秋田に国替えの際、左遷の腹いせに水戸の美女を根こそぎ連れて来た、それで水戸から美人が払拭され、秋田に美人が増えたという説がある。当然眉唾であるし、水戸の方にも失礼な話である。そりゃあ何人かは連れていったかも知れんが。しかしこの「佐竹さんが水戸から…」の話、あたくしは学生時代に、水戸出身の男性から聞いたのだが、彼のいい方は「水戸ではみんなそう信じていて佐竹さんを恨みに思っている」みたいな非難がましい口調であった。ごめんなさい。なんであたくしが謝るのか。これもローカルな常識のひとつであろう。

 てなわけで、自分の郷里では自明、常識であることが、全国規模では実は全く自明ではないという、まあ当たり前といえばこれほど当たり前なことに気づいたわけだ。いや、だからどうってわけじゃないですけど。
 それにしても、故郷を離れてもうン十ン年にもなるのに、自分の郷里についてこんな文章を書いてしまうなんて、里心あるんですかね、あたくしにも。「ふるさとへ廻る六部は気の弱り 」と藤沢周平は書いたが(いや別に藤沢周平のオリジナルではないが)、こういうのも歳のせいであろうか。

(2000.03.29)


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