まえがき
坂田和人ファンである。坂田はあたしが自動二輪(中型)の免許を取った1994年にホンダからアプリリアに移籍してWGP125ccのチャンプを取った人である。だからどうしただけど。あたしがWGPを本格的にチェックするようになったのが1993年シーズン後半からで、1993年には坂田はランキング2位だから、この人の「来年こそは」というエネルギーがそのままあたしに乗り移って免許取得意欲になったようなものである。そりゃ向こうさんは全然あずかり知らぬことではある。

思い通りにならないイタリアのチームで苦労しながらも、独特の切れのある走りでポイントを重ね、怪我をおしてついにチャンピオンが決まったとき、普段は気の強いこの人が「こんなに嬉しいとはおもわなかった…」と子供のように泣きじゃくっていた。まだあどけなさの残る小僧のような顔を、昨日のことのように憶えている。

その坂田がもうベテランといわれ、老練といわれ、世代交代といわれ、ここ2年ほどぱっとしない。2位、3位はあっても優勝がない。チーム体制もうまくないらしい。このオフシーズンの情報を総合すると、テストもしないでスノボーに夢中だったようだ(後で何かで読むと、2回ほど行っただけだそうだが)。GPライダーのピークは長くない。人にもよろうが、30代前半がせいぜいではないか。坂田31歳。出不精で鳴らしたあたしも、さすがにいっぺんくらい鈴鹿に見に行かないと来年はもうないんじゃないかと不安になった。一週間前にチケットを取りホテルを取り、双眼鏡を買って、初めてのサーキット体験をして来たわけである。前置きはこの辺で。


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