試験前の学校は、普段に比べ確実にその人口密度があがる。
掲示板を楽々と見ることができなくなったならば、いよいよ試験が近づいてきていると思って差し支えないだろう。
レポートの詳細、試験のための教室移動・・・などなど。
携帯を取り出してメモを取り始める学生で掲示板が賑わう季節などたかが知れている。
前期試験と後期試験の前。
ほんの短い期間なのである。

氷帝大学部の第1校舎1Fには、モノクロ専用コピー機が7台並んでいた。
学年が改まってからこのコピー機の前に人だかりができるのは、前期試験の近づく7月上旬のことである。




Colors Pencil 〜コピー*コピー〜




(あーまだ終わんないのかよー)

イライラと左手に持った携帯のデジタル時計を見つめながら、氷帝学園大学部2年生、向日岳人は息を吐いた。
かれこれ20分ほどコピー機の列に並んで待っているのだが、先ほどからノートの大量コピーを行っている輩のせいで列がまったく動かない。
隣のコピー機に並んでいた方が正解だった。思ってはみても後の祭りである。
校門を出た近所のコンビニに行くという手もあるにはあるのだが、数日前忍足に聞いた話では近隣のコンビニコピーも氷帝の生徒が占拠して相当混んでるらしい。
3人待ちは覚悟だと言われてしまえば、無駄な労力を使わず、コピーカードを使える学内コピー機を使いたいという気持ちの方が勝ってしまう。

(あーくそっ!皆真面目に授業受けろよなー!)

自身のことは棚にあげて、向日はノートやプリント類をコピーしまくる学生たちに心の中で悪態をついた。
直前になって慌ててコピーを始めるくらいなら、もう少し余裕を持って行動すればいいのである。

(このままじゃ遅刻すんじゃんっ!やべーよ、スペ語出席厳しいのに)

諦めて、戦線離脱をするしかないだろうか。
しかしこの後3コマ連続で授業が入っている身としてはここでコピーを諦めることはつらいし悔しい。

「れ?向日先輩?」

そこへ。
いいカモ・・・もとい救世主が現れた。

「鳳!」

青のキャリーバックを片手に、苛立ち始めていた向日に声をかけてきたのは中等部からの後輩、鳳長太郎だった。
アッシュの髪とあの長身は、昔から変わらずよく目立つ。

「鳳!いいトコ来たっ!ちょっとこっち来い!」
「え?あ・・・はい」

手招きして呼び寄せると、後輩は多少の警戒を顔に浮かべながら素直に向日の横にやって来た。
相変わらずの長身に見下ろされることは普段なら屈辱なのだが、今だけはまったく気にならない。
今は鳳さまさまなのだ。

「このノートとプリント全部な!」
「はい?」

ポンと。
向日は鳳の手にノートとプリントの束を渡す。
最後に800円ほど残っているコピーカードを手渡して、そのまま逃亡しようとした。

「ちょっ!待ってくださいよ向日先輩!」

しかし。
ルックスの甘さほどこの後輩は甘くない。
寸でのところで腕を捕まれてしまった。

「オレ次、情報基礎だから出ないとやばいんです」
「なんだよーパソコンくらいラクショーだろ?オレ去年サボりまくりだったけどAついたぜ?」
「ラクショーはラクショーなんですけど、先生が出席厳しいんです。それに今日と来週でホームページ作らないといけないんですよ」
「んなの侑士に頼めば一発だって!」
「忍足先輩レポート9つあるとかで今週学校来ないらしいです」
「っち!知ってたのかよ」
「・・・・・・・・・向日先輩」

てっきり学年の違う鳳はこちらの事情に疎いだろうという高校時代までの思い込みがあったのだが
よくよく考えればそんな常識はもはや通用しない。
最近では学部間共通講座が増えてしまったし、単位取りにまだまだ忙しい1、2年は同じ講義を取る可能性が高いのだった。

(そうだ・・・コイツ侑士と同じ授業2つあるんだった)

ここはもはや、開き直るしかあるまい。

「んだよーいいじゃん。オレ、スペ語マジやばいんだって」
「やばいからってオレに任されても困りますっ!」
「後輩甲斐のないヤツだなー」

ぷうと脹れて見せると、鳳が弱り顔になった。
しめた、イケる。
思った向日は行動が早い。

鳳を列に押し込んで、ノート類を投げつけた。

「そんじゃよろしく!」
「えっちょっ!向日先輩・・・!」

再び向日を捕まえようとした鳳の右腕は空しく空を切る。
身軽さで向日に敵うわけがない。 
あっという間に、向日の背中は見えなくなってしまった。

「わー・・・やられた」

取り残された鳳は、昔向日のパートナーであった先輩が
がっくんの逃げ足は相当速いで、と笑っていた声を思い出す。

(まいった・・・確かに簡単な授業だけど顔見て確認するから出席ごまかせないし・・・)

かといって先輩の頼み・・・もとい命令を無視するようなこともできない。

「・・・・・・」

コピー機待ちの列はまだまだ進みそうになかった。

「・・・仕方ない。ちょっとズルするか」

***

「鳳先生。何をコピーしてるんですか?」
「え・・・あ・・・宍戸さ・・・先生」

カラーズペンシル。
扉横のコピー機前。
にっこり笑顔の宍戸を前に、鳳は曖昧な笑みを浮かべた。
今は腕組している恋人の右手が、すぐさま上下に動くだろうことは想像に難くない。

「さっきから熱心にコピーしてるなぁって思って見てみりゃ・・・」
「あはは・・・」
「何があははだ。笑ってごまかすな!塾のコピー機私用で使うなってんだよっ!」

べしんっ。
宍戸は手にしていたファイルで鳳の頭を軽く叩いた。

「あんなぁ・・・しかもそれ自分用じゃねぇだろ」
「あ。バレました?」
「バレます。バレるに決まってんだろ。真面目に授業出てるお前がなんでそんなに駆け込みコピーすんだよ」
「・・・・・・ですよね」

ノートの文字を宍戸へと見せる。
見覚えのある筆跡に宍戸の顔はひきつった。

「向日かよ」
「はい、向日先輩のです。頼まれたんですけどコピー機に並ぶ時間も近所のコンビニに寄る時間も今日はなかったんで・・・」
「だからってバイト先のコピー機を使うなよな・・・」

宍戸のため息は深い。

「だめですか?」
「だめです」
「普段ミスプリしてないからたまにはいいかなーとか思ったんですけど・・・・」

やっぱりだめか。
あまり悪びれた様子のない鳳の頭を宍戸はもう一度ぽかりと叩いた。

「いてっ」
「ったく、そういうことは子どもらがいない時にやれっつーの」

それとなく背後を示す宍戸の背景は、パーティションである。
そのわずかな隙間から見える宍戸のクラスの子ども達は、なにやら課題と格闘中のようだ。
カリカリと、シャーペンの音がする。

「大体お前今日は家庭教師の代行だろ?わざわざこの時間帯に校舎来なくてもいいじゃねぇか」
「先生してる宍戸さん見たいなぁって思って」
「・・・アホ」

今度はぽかりはこなかった。
ほんの少しだけ、耳の先を桃色に染めている宍戸がいる。

「とりあえず今はこれコピーしてろ」

言われた鳳が受け取ったのは、中2の数学テキストだった。
今の時間は英語のようなので、次の60分に使うのだろう。
ページページにきっちり付箋が貼られているところが
案外几帳面な宍戸の性格とこのバイトへかける彼の情熱を表しているようであると鳳は思う。

「55から58な」

かける4枚で。
右手の親指だけを曲げてこちらへと右手を見せる宍戸に鳳は頷いた。

「はい、わかりました」
「んで、終わったらこれ」
「あ。はい」

次いで受け取った赤のクリアファイルには、ルーズリーフが詰まっている。

(あれ?)

その厚みに、鳳は首をかしげた。
この厚みは・・・とても60分や、延長の30分を考えた90分の授業で必要な厚みではない。

(・・・えーと)

なにより。
中身を確認する以前に、このファイルには見覚えがあった。
このファイルは・・・。

「宍戸さんこれって・・・」

言いかけた唇を宍戸の人差し指に止められる。
思わず瞳を覗き込むと、宍戸はにっこり微笑んだ。
今更ながら、鳳が一瞬見惚れてしまうような笑顔でもって。

「共犯な」

言ってニヤリと笑った宍戸は、いたずらっ子の顔をしていた。
そしてそのままくるりと鳳に背を向けて、何事もなかったかのように授業へと戻っていく。

「おらー問題解けたかー?」

パーティションの中に消えた宍戸を見送って、鳳は苦笑した。

「なーんだ」

赤いクリアファイルに詰め込まれたルーズリーフ。
それは宍戸の大学での講義ノートである。

なんだそうか、ようは彼だって同じことを考えていたのだ。


「はい、本当。共犯ですね」


一人こっそりと笑って、鳳はコピー機のボタンを押すのだった。






END







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はい、すみません、私はやってました(爆)
でもきっと皆やってると思います。