■ネシャン・サーガ ラルフ・イーヴォ
■西の魔女が死んだ 梨木香歩
■ニッポンの子育て 井上きみどり
■ニューヨークからきた猫たち 椎名誠
■夏の庭 湯本香樹実
■ねこのばば
 ■ ねこのばば  畠中恵 著  1365円  新潮社
「しゃばけ」「ぬしさまへ」に続く第3弾。
相変わらず病弱な若だんなに、大甘な兄や大旦那。
しかし今回は若だんなもだいぶ成長したかと見えて、兄やたちに黙って病み上がりなのに家を抜け出してしまうわ、自分で事件を解決しようと頑張ったりする。
でもまあ、若だんなだからその後寝込んじゃうんだよねえ。(笑)
あれだけ甘やかされて育っているにも関わらず、まっすぐですごく素直に成長しているのは反面教師な周囲があるからか。

今回も短編集になっているのだけれど、今度の短編集はどれも読み応えがあって面白かったです。特に「産土」。これには泣かされました。前回の「ぬしさまへ」では仁吉にほろりとさせられましたが、今回は佐助に。
名前と言うものはつけてもらったからその人ものもになるのではなく、何度も何度も呼んでもらって初めて「その人の名前」に成り得るのですね。「佐助、佐助」と呼ぶ若だんなの声が、何よりも嬉しいものなんだと、佐助の気持ちにじわ〜ん。
それにしても今回ははらはらさせられましたよ。
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 ■ ネシャン・サーガ ラルフ・イーヴォ 作 酒寄 進 訳  2400円 あすなろ書房
T・「ヨナタンと伝説の杖」   ネシャン北域の森で、少年は謎めいた杖を発見する。
                   それは涙の地ネシャンを解き放つ伝説の杖「ハシェべト」なのか?
                  謎を残しながらハラハラどきどきの旅が続く。

 U・「第七代裁き司の謎」   伝説の杖「ハシェべト」を携え、ヨナタンの危険な旅が続く。
                  第六代裁き司の待つ「英知の庭」への旅を阻むのは
                  闇の帝国テマナーのおってだけではなかった。 
                  「裁き司」の謎が明かされる第二巻。

 V・「裁き司最後の戦い」  ネシャン全土を征服しようと企む闇の帝国テマナー。
                   その恐ろしい悪の手から、世界を救うことはできるのか?

 
読んだ印象はなんだかRPGのようだなあと言う感じ。
杖を見つけたことで冒険の旅に出ることを余儀なくされる。
旅を続けていくうちに仲間が一人、また一人と増えていく。
戦いで傷つけば、宿屋で休み体力を回復、旅が進めば経験値が増えて、 使えるコアハ(つまりは呪文ね)が増えていく。
そして、ドラゴンを操って空を飛んだり、ガラルという生き物に乗って海を横切ったり。
さしずめ映像のないドラゴンクエストか。
一応話の区切りとしては2巻でヨナタンは「英知の庭」へハシェベトを届け、第七代裁き司の
正体も明かされる。しかし1巻と2巻での謎が解けるのは3巻なのだ。
かなり長いお話なので、途中2巻はだれてしまってかなり時間がかかった。
それでもやはりファンタジー、空想の世界のなんと面白いことか。
 
RPGが好きで、少々厚い本でも読んでみたいという方にはお勧めします。
ゲームが好きでも本を読むのは苦手〜という人は、本の厚さを見ただけでしり込みしてしまうでしょうなあ。(笑)

しかし、児童文学に分類されている本だけど、この本を「児童」と呼ばれるうちに読むことができる子はいったい何人くらいいるのでしょう?
児童文学って、本の分厚さ、内容の難しさに関わらず主人公が児童年齢だったら児童文学なのかしら?
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 ■ 西の魔女が死んだ  梨木香歩  小学館  1200円  文庫 
おばあちゃんが死んだという知らせで、まいはお母さんと一緒におばあちゃんの家へ向かう。その途中車の中で、おばあちゃんの家で過ごした一ヶ月の日々を思い出していた。
 中学に入ったばかりの5月、喘息の発作が治まってもまいは学校へ行くのがいやになり、田舎にあるおばあちゃんの家ですごすことになる。
 おばあちゃんの家で過ごすうちに、まいは自然の中で暮らす楽しさを覚え、おばあちゃんのような「魔女」になるための訓練を始める。
「自分のその時の感情に流されないこと」、「毎日決まったことを必ず実行すること」一見何気ないことが本当はとても難しいことなのだと気がつかされるまいだけど、しかしそれを着実に成し遂げたときに気持ちがいいものだということも覚えていく。
 おばあちゃんとの会話の中で、自分が中学で浮いている存在であること、お父さんと話したときに「死」について納得できる答えをもらえなかったこと、色んなことへのわだかまりが少しずつ取れていく。
 おばあちゃんは自分が死んだときにまいにだけ分かるように、合図を送るからねという約束をしてまたまいは中学へ戻り、おばあちゃんは以前の一人暮らしに戻っていく。

 ラストの「まいにだけ分かるおばあちゃんからの合図」もう涙、涙、でした。やられてしまいましたよ。
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 ■ ニッポンの子育て  井上きみどり  集英社文庫  540円
育児中の親にとって、不安な時や疑問があるとき、そして安心したい時にいわゆる「育児書」といわれる類のものを手にすると思うのだけれど、私もご多分に漏れずそのクチだ。
 しかし、長男の時、次男の時、それからさわちゃんのとき、それぞれ手に取る育児書は違っていた。
 長男君の時には、マニュアル本みたいなものをよく読んだ。1ヶ月目の赤ん坊の状態はどうなのか、6ヶ月くらいになるとどういうことに気をつけたらいいのか、離乳食はどんな風に進めればいいのか...etc.何もかもが初めてで、けれど周りにはまだ小さい子のいる友人はいないし、人にも聞けず、マニュアル本が日常で唯一の先生だったと言っても過言ではないほどだ。
 次男君のときは、成長するに従って起こってくる事が、あらかじめ解かっているため、マニュアル本のようなものは読まなくなった。その代わりに、自分の子供への接し方はどうなのだろうと、安心のために「あたし天使 あなた悪魔」(田島みるく著)シリーズを読むようになった。気持ちにゆとりがない時には、子供を生かしておくのが精一杯で、こんな種類の本を読むのは大変かもしれないけれど、でもそんなお母さんにこそ読んでもらいたいと思います。
 なんか、前置きが長くなっちゃったけれど、「ニッポンの子育て」(井上きみどり・著)

おもしろかったです。色々な地域、職業、環境で子育てをしている人へインタビューして、それをコミック、編集者とのおしゃべり形式でまとめてあるのですが、笑いました。驚きました。十人十色とは言いますが、まさしくそうなんですね。
 コンテンツを少し拾ってみましょうか。
   
○ 子タレの母の子育て
   ○ 韓国人夫婦の子育て
   ○ お受験母の子育て
   ○ 身障児の母の子育て
   ○ 名古屋の子育て
   ○ 沖縄の子育て
   ○ 受刑者の子育て

色んな環境で人は子育てをしているんだなあと、これを見るだけでも分かりますよね。
笑った所もあるけれど、考えさせられる所も多くありました。
図書館にでもあったら、手にとって見てくださいね。おもしろかったですよ。
■笑った一言■
沖縄の子育て〜今回のお言葉より〜
「夏は暑いので 公園には 暗くなってから遊びに行きます」  大当たりです。
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 ■ニューヨークからきた猫たち  椎名誠  朝日新聞社  1300円
年に一度は読まない本と、新しく買った本の置き場所を確保するために本棚の整理をすることにしている。そのときに、もう読まないであろうなと思う本は古本屋行きのダンボールに入れるわけだけど、迷うことなく残す本の中に椎名さんの本がある。
十数年前から比べると、もちろん椎名さんも年をとって若い頃のような勢いがなくなってきたように
思えるのだけど、それでも文章の間に漂う柔らかな雰囲気は変わらず読んでいてそれは心地よい。
しかしここ数年間の著書は、気持ちの落ち着いているときに書いてあるであろう文と、
少々ウツ状態の時に書いてあろう文がよく分かって(もしかしたら私がそう思っているだけかもしれないが)少し気持ちの端が引っ張られるような感じもあったり。
この本の中で一番すきなのは「遡行」。奥さんの隣で静かに微笑む椎名さんが見えるようです。


冬の風*桜の木の下で*ニューヨークから来た猫たち*隣の席の冒険王
いまはただ静かにしていれば.....
*わたしのいる場所*とつぜんみちのく演歌旅
元旦の宴*屋上
*遡行
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 ■夏の庭  湯本香樹実 著  新潮社文庫  400円
町外れに暮らすひとりの老人をぼくらは「観察」し始めた。
生ける屍のような老人が死ぬ瞬間をこの目で見るために。
夏休みを迎え、ぼくらの好奇心は日ごと高まるけれど、不思議と老人は元気になっていくようだ。
いつしか少年たちの「観察」は、老人との深い交流へと姿を変え始めていたのだが...。
喪われ逝くものと、決して失われぬものとに触れた少年たちを描く清新な物語。


人は生きているうちに、何度か「自分以外の他人の死」というものを経験する。
しかし毎日の生活の中では、多分多くの人が「死」を意識して生活しているわけではないだろう。
何かの節にひょいと「死」に対する恐れや、不安が心を占めることはあるだろうがそれも1年365日、24時間というわけではないと思う。
 
夜中にトイレに行けなかった山下が、川辺と木山に向かって
「オレ、もう夜中にトイレにひとりで行けるんだ。こわくないんだ。」と叫ぶ。
なんだそんなことと、拍子抜けする2人に
「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ。それってすごく心強くないか!」と。
思わず涙がホロリと出そうになりましたよ。
こんな風に「死」というものを捉えることが出来るのは、すごく幸せなことだなと感じました。
物理的に会うことはもう不可能でも、どこかで繋がっていると思えることはいたずらに悲しみを深くしないですむのだなと思い知らされました。
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