
鯉には胃がありません。食道から直接、腸につながっています。そのため、喰いだめができず四六時中餌をあさらなくては生命を維持できません。時間に関係なく昼でも夜でも釣れるのはそのためでしょうか。胃がないので食道部から消化酵素を分泌し、腸でタンパク質はアミノ酸に炭水化物はグルコースなどの単糖類に分解し、消化吸収します。鯉の腸は胃のあるお魚よりも長くできていています。 そして、肝臓と膵臓が一体となった肝膵臓を持っています。
また鯉にはのどの奥に3列に並んだ咽頭歯という臼状の歯があって、この歯で固い殻を持つタニシやザリガニなどをばりばりかみ砕き、食べてしまうのです。
鯉は雑食性のお魚です。水中にあるものはなんでも食べてしまいます。普通はタニシやカワニナなどの貝類、藻エビや沼エビ、ザリガニなどの甲殻類、トンボやユスリカなど昆虫の幼虫、ミミズやボッタなどの環形類、雑魚やその卵、植物性のものでは藻類、その他デトライタス(動物や植物の死骸など)、泥中のミネラル分などを常食としています。また、時には水面に落ちた昆虫や熟した柿なども餌にしてしまいます。
都会の真ん中を流れる大阪の旧淀川では鯉釣りのエサとしておにぎりや煮豆、鳥の唐揚げやソーセージ、ちくわなどお弁当の中身と同じものがポピュラーなエサとして使われていますが、鯉の食性を考えるとうなずけますね。
鯉釣りのエサではいろんな変わったエサが使われますが、おにぎりもその一つです。子供の頃にはよくご飯粒でフナなどを釣ったものですが、このご飯粒のエサは日本書紀にも書かれているので、恐らく記録に残っているエサの中で最も古いものではないしょうか。日本書紀によると神功皇后が朝鮮半島に出兵するときにその出兵を釣りで占ったというのです。その時に使ったエサがご飯粒だそうで、このときに釣れた魚が鯉ではなくアユであったそうな。これからアユには占うという字をあて鮎としたという。もし、このときに鯉が釣れていたらコイには鮎という字があたられたかもしれないのです。
鯉は成長の早いお魚で、棲息する水域の水温にもよりますが、普通、オスは2年、メスは3年で成熟するといわれています。成熟した鯉は水温が15度以上になる4月頃から産卵を始めます。産卵は葦や藻などの多い浅場で早朝に行われることが多く、1匹のメスと1匹または数匹のオスがからみ合って行われます。そして、7月頃までに2〜3回の産卵をします。
卵は卵膜によって葦の茎や藻などにからみつく直径が2mmくらいで淡黄色の沈性粘着卵です。1回の産卵で産み落とされる卵の数は20万〜60万粒にもなるそうです。 卵は水温が15度ではおよそ6日、20度では4日、25度では3日で孵化するといわれています。
孵化直後の稚魚は全長5〜7mm、孵化後約3日で卵黄を吸収し、その後は動物性のプランクトンなどを食べて成長します。
鯉の鱗は大きくて美しい、しかもきれいに並んでいるので魚偏に里という字があてられたといいます。鯉には側線がきれいにでています。この側線上の鱗の数を側線鱗数といい、これが36枚あるということでコイを六六魚とよぶこともあります。一般には側線鱗数は33〜36といわれていますが、調べてみると以外にばらつきが多いものです。
私が数えた中では最も少ないもので32,一番多かったものでは40というのがありました。これら鱗の数を見てみると体高の高い養殖系の鯉は側線鱗数が少ない傾向にあります。同じ体長の鯉ならば養殖系の鯉の方が鱗が大きいということになるのでしょうか。
コイの年齢を知る手がかりとして鱗紋(年輪)が使われていますが、鱗紋では極、おおざっぱな年齢しかわかりません。コイの鱗紋は木の年輪と同じで水温の低い冬に成長が止まったときに目がつんで濃くなり一つの輪が出きるのです。けれども暖冬で水温があまり下がらなかったり、コイの体調がよくなかったり、産卵後で体力が落ちたりするとその鱗紋が抜けてしまうことが多々あるそうです。また、鱗紋が12ぐらいになると外側が重なり顕微鏡で見てもなかなか区別が難しくなります。ですから15くらいあっても12しかないように見えるのです。メーター・オーバの鯉がほとんど10〜12年といわれるのはそのためでしょう。(最近では10〜12年で100cmに育つコイがいることも確かですが)
コイの年齢は耳石か背鰭の棘の断面を調べるのが最も正確なようですが、この方法は私たちにはとてもできないですね。