ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

 バッハは親しい存在になった今でもコメントをつける時にを比較的ためらう感じがする。感覚的な理解だけでは不足だと常に頭の隅から呼ぶ声が聞こえる。


【LP】

☆スイッチトオンバッハ カーロス 

後に、日本の冨田により大ブレークしたシンセサイザー編曲のハシリ的存在。ワルター・カーロスによるバッハ。1970年代、ピコピコ音によるバッハは非常に斬新だった。原曲を知る前に、このLPで馴染みになった曲が多い。ワルターは後に性転換してウェンディー・カーロスとなったという。

☆管弦楽組曲  ヴィンシャーマン指揮 バッハゾリステン

名オーボエ奏者のヘルムート・ヴィンシャーマンが組織したドイツ・バッハ・ゾリステンによる全曲演奏。1970年代のモダン楽器による演奏。CD化されているかどうか。私が高校生当時、SBC放送という地元のテレビ・ラジオ局が、ラジオでクラシック音楽の番組を放送しており、志鳥栄八郎という当時レコード芸術などで評論活動をしていた音楽評論家がDJをしていた。そこで、LPの視聴者プレゼントがあり、このLPはそのときに当選したもの。志鳥氏のサイン入りの、放送局用のテスト盤だった。このほかに、ザンデルリンク指揮のシベリウスの2番交響曲ももらった。

☆ブランデンブルク協奏曲 バウムガルトナー指揮ルツェルン音楽祭、ニコレ(Fl)など

これは大学時代の1980年代に入手したLP。当時、宇野氏が推奨していた演奏だった。オーレル・ニコレのフルートなど当時の一流ソリストが揃ったモダン楽器による演奏。

☆カンタータ「来れ異邦人の救い主よ」 シュライヤー(アルヒーフ)

中学時代に弟がバッハのカンタータを聞きたいと買ってもらったLP。しかし、肝心のコラールがあまり入っていないもので、がっかりした記憶がある。バッハのカンタータと言えば、コラールだと思っていた頃だった。それ以来、しばらくバッハの宗教曲を聴く機会はなかった。

☆マタイによる受難曲 リヒター(スタジオ録音、旧盤) 抜粋盤(ミュージックカセット)

大学時代に、どうしても全曲を聞きたくて、小遣いを貯めて、大学生協の割引を利用して購入したもの。相当高価だったことを覚えている。その前に、同じ録音の抜粋盤のカセットを購入して、有名な部分は耳にしていたが。実家にしか、ステレオセットが置いてなかったため、帰省の折にその間に購入したLPを持ちかえり、長い休みにそれらを聞くのが、大学時代の恒例行事だった。それなりに幸福な時代だった。

☆ヴァイオリン協奏曲集 D.オイストラフ,オイストラフ(子)ヴィーン交響楽団 (DG盤)

ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043

父が購入したLP。父は廉価盤でも、名曲は名曲だという考えの持ち主で、あまり演奏者には拘泥していないタイプ。田舎の町住まいなので、レコード店の店頭にはそれほどの在庫があるわけではなく、聞きたい曲をときおり買うことがある。

2台のヴァイオリンの方では、息子のオイストラフも競演している。それほど聞きこんだわけではないが、緩徐楽章などはタップリと肉厚なモダンヴァイオリンの歌を聴くことができる。

☆オルガン曲集  (コロンビア盤) 

これも父が購入したLP。実家にあるので、演奏者名など不明。コロンビアの廉価盤だったことは覚えている。ドイツの演奏家だった思うが、非常に重苦しい演奏だった記憶がある。

☆ゴルトベルク変奏曲 グールド(旧盤)

大学生の時に購入したもの。グールドの音楽には、すでにモーツァルトのピアノソナタ集で洗礼を受けていたが、音盤をホイホイ買うような金銭的余裕のない学生時代には、FMラジオを聞き漁るのが、いろいろな演奏に触れる数少ない手段の一つだった。グールドのこの有名な演奏にしても、このLPを買う前に、果たして全曲通して耳にしたことがあったかどうか?CD時代の今では信じられない話だが、この変奏曲の途中で面を裏返す必要があった。

☆無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 全曲 クレーメル

これも大学時代に、どうしても全曲を聞きたくて、小遣いを貯めて、大学生協の割引を利用して購入したもの。相当高価だったことを覚えている。これは、新譜として発売された直後に求めた。特典として、バッハ自筆譜のファクシミリ版が付録でついていた。パルティータ第2番は、運良くシゲティの有名な録音をエアチェックでカセットに録音でき、繰り返し聞いていた。このクレーメルのLPは、実家で聞くしかできなかったので、そう何度も針を落とさなかったが、繊細な響きの演奏で、細かいパッセージも難なく弾きこなすといった趣のものだった。ただ、この全曲は他のCDでもそうだが、パルティータ2番と3番以外は、あまり熱心に聞いていない。

☆フランス組曲集 ユゲット・ドレイフュス(アルヒーフ ミュージックカセット) ARCHIV

学生時代に購入したもの。このカセットテープも何度も聞いた。なぜ購入したのか記憶にないが、この中に収録されている組曲第5番の第1楽章は、最愛の曲の一つなので、それを聞くために買ったのかも知れない。バッハがアンナ・マグダレーナに捧げたといわれるこの組曲の中でも、第5番の優美さ、繊細さは際立っている。ドレイフュスの演奏も優美だ。

☆音楽の捧げ物(エラート カセットテープ) クルト・レーデル(FL,指揮) ERATO

これも学生時代購入。音楽之友社版のポケットスコアを求めて聞きこんだ。その意味では、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の第14番嬰ハ短調作品131と並んで最も親密な曲の一つかも知れない。大音量でなくても楽しめるこれらの曲は、小さいラジカセで音楽を楽しむ下宿生にとっては無くてはならない心の友だった。


【CD】

☆小学館/アルヒーフ バッハ全集第14巻 協奏曲、管弦楽曲 CD12枚、書籍 \28,000(税込み)

ヴァイオリン協奏曲第1番 BWV1041
ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV1042
2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043
フルート、ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲 BWV1044
シンフォニア ニ長調 BWV1045
ブランデンブルク協奏曲No.1〜6 BWV1046〜1051、同No.1,5初期稿
チェンバロ協奏曲No.1〜7 BWV1052〜1058
2台のチェンバロのための協奏曲No.1〜3 BWV1060〜1062
3台のチェンバロのための協奏曲No.1,2 BWV1063,1064
4台のチェンバロのための協奏曲 BWV1065
オーボエ・ダモーレ協奏曲 BWV1055R(チェンバロ協奏曲No.4より復元)
オーボエとヴァイオリンのための協奏曲 BWV1060R(2台チェンバロ協奏曲No.1より復元)
ヴァイオリン協奏曲 BWV1052R (チェンバロ協奏曲No.1より復元)
オーボエ協奏曲 BWV1053R(チェンバロ協奏曲No.2より復元)
オーボエ協奏曲 BWV1059R(チェンバロ協奏曲No.8などより復元)
3つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1064R(3台チェンバロ協奏曲No.2より復元)
管弦楽組曲No.1〜5 BWV1066〜1070 (1070は偽作)
8声のカノンほか BWV1072〜1078
音楽の捧げもの BWV1079
フーガの技法 BWV1080
反行カノン BWV1086
ゴルトベルク変奏曲のアリアの最初の8つの基底音による14のカノン BWV1087

 小学館がモーツァルトに続いて企画したJ.S.バッハ全集。さすがにこれは全部揃えるまでにはいかなかった。この一冊だけ、妻からの誕生日のプレゼント。演奏は、「音楽の捧げもの」の古典的名演盤を除くと、いわゆる最近のピリオド楽器による演奏(ピノックとムジカ・アンティクワ・ケルンが主)。
 小学館では現在、武満徹の同様の全集を刊行中。図書館にでもそろうだろうか?
 なお、バッハもモーツァルトもベートーヴェンも極廉価のブリリアントクラシックス盤でほぼ全集が揃う。大きいCDショップには横長のボックスが置いてあるが壮観である。

☆マタイによる受難曲 リヒター(スタジオ録音、旧盤)

 いまさら言うまでもない究極の名演。古楽器(という表現も正確ではないが)デジタル録音全盛の今日だが、録音はさすがに古びてきたが、演奏スタイルそのものはまったく色あせていない。キリスト経に詳しくはない私でも目の前(耳を通じて)繰り広げられる受難劇の中に、その長さも忘れ、言葉(ルター訳のドイツ語だろうか?)の壁も忘れ、没入してしまう。名歌手ぞろいの中、ヘフリガーのエヴァンゲリストは、これ以外に考えられないほどのすばらしさである。

☆ヨハネによる受難曲 リヒター

マタイよりも聴く機会はないが、これも同じ演奏者たちによる名演。

リヒターとミュンヘンバッハ管弦楽団によるこれらの受難曲の演奏は、映像でも残され、NHKBS2のものをヴィデオ録画したものを所有しているが、まずは当時の合唱団の髪型などがいかにも70年代という趣で違和感があるのが、我ながら可笑しい。また映像も、少々凝り過ぎており、それが気になると音楽に集中できなくなってしまう。普通のコンサート会場または教会でのスタンダードな記録であったならと、無い物ねだりをしたくなる。

☆ロ短調ミサ曲 ブリュッヘン/18世紀オーケストラ

アルトにカウンターテナーを起用しており、いわゆる古楽器で演奏している。リヒターのようなスタンダードな演奏に親しむ前にいきなりこの演奏を聞いたせいか、特別に斬新な演奏であるという感想はない。磯山雅氏の著作による詳しい分析を読んでさえ、どうもこの曲(演奏)には親しめない。ミサ曲で親しみ深いのは、パレストリーナとモーツァルトの曲という趣味なので、単に好みの問題かも知れない。

特に CERDOの部分を 聖句の区切りに応じて曲をつける手法は、少々細かくて聞き疲れがする。


●2003年9月29日 (月)  ここ3年ほど聞いていなかったが、「私の好きな曲」のリスト順に聞いてみる試みを始めたので昨晩久しぶりに聞いてみた。「CDラック」での短評では、あまり好みではないと書いたが、冒頭のキリエが始まると一挙に聞き入ってしまった。しかし、その後の曲の構成が組曲的、断片的に感じられ、グロリアの最後まで聞いたが、まだ違和感はぬぐえなかった。パレストリーナなどのルネサンスの場合、モーツァルトの場合には、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュスデイの各部分が通作的に作曲されていると思うが、バッハの場合、各部分の段落ごとに個別の曲が当てられる。調性的には統一は図られているが、ぶつ切れの感が免れない。

☆クリスマスオラトリオ ガーディナー

四曲のクリスマスとその前後に演奏されるカンタータの組曲のような曲で、ヘンデルのメサイアのような宗教劇的なストーリーがあるのではない。この曲もこのCDが初聴なので比較対象がなく、何回も聴きこんでいないせいか、もう一つ感想らしい感想が出てこない。他の有名なカンタータに比べると一曲一曲にあまり特徴がないようだ。

☆コーヒーカンタータ、農民カンタータ カークビー(S),ホグウッド/AAM

コーヒーカンタータは、バッハによるオペレッタとも言える曲。バッハのライプツィヒでの庶民的なコンサート風景がしのばれる。エマ・カークビーの歌唱がはつらつとしていて美しい。

☆無伴奏バイオリンのためのパルティータとソナタ

    ◎シゲティ(CD)

各三曲のソナタと組曲、計六曲が収められた曲集である。有名なシャコンヌを終曲に持つパルティータ第二番を聞くことが多く、全曲通して聞くことはあまりない。シゲティの演奏には賛否両論あり、すばらしい集中力と構成力で音楽の真髄に迫ったという評と、よくヴァイオリンの学習経験のある人が言うのだが、ボウイングが不安定なための音の震えかすれがひどくて聴いていられないというのがある。私自身この演奏が技術的に劣っているようにはどうしても聴けないので、後者の意見にはどうしても賛同できない。決してスムーズな演奏ではないが、心に訴えかけてくる内容を持った音であり、演奏である。

なお、LPで所有のクレーメルは、現代の鬼才と呼ばれた彼が比較的若いころに録音したものである。非常に理知的なアプローチと超絶的なテクニックを兼ね備えたクレーメルの演奏であるが、もう一つ感動できない。このLPにはバッハ自筆譜のコピーが付録としてついており、それを見ながら聴くという楽しみはある。

◎グリュミオー(CD) 録音 1960年から1961年 アムステルダム (2004年ブックオフで購入、中古盤)

最新の研究成果を踏まえたピリオド楽器による演奏(ほとんど耳にしたことがない)に比較すると、演奏様式的にはすでに過去の演奏という評もあるようだが、間然とすることのない美音とテクニックによって全曲が再現されている。

 

☆無伴奏チェロのための組曲、チェロソナタ ヨーヨーマ

ヨーヨーマの旧録音。カザルス、トルトリエ、ジャンドロン、フルニエなどを聴いてきたが、一番気楽に聴ける演奏だろうか?襟を正して聴くという趣ではない。その分内容が薄い気がする。同じ東洋人の一流音楽家である小澤征爾の特徴と共通するものがあるか?

☆フルートソナタ集 ランパル、ラクロア

ニコレ(フルトヴェングラー時代のベルリンフィルで吹いていた。仙台で小林道夫とのデュオでのバッハのソナタの実演に接したことがある)の録音の評価が一般的に高いが、私はむしろランパルの豊麗な音による演奏の方が楽しめる。

☆音楽の捧げ物 リヒター(Cem)、ニコレ(Fl)、他

いわゆる現代楽器を用いた時代の決定盤的な録音。前述のバッハ全集にもこの演奏が収録されている。フルートにはニコレが参加。フリードリヒ大王の主題は魅力的だ。ことにトリオソナタで演奏される部分は傑作だと思う。

☆フーガの技法 リステンパルト/ザール放送室内管弦楽団、ヴィンシャーマン(Ob)、ヴェイロン=ラクロワ、ドレイフュス(cem)

  併録 トリオ・ソナタ集 BWV1037,1038 ラリュー(Fl)など

ERATO盤。レーデルの音楽の捧げ物と同じ頃の録音だと思われる。フランスのERATOがフランス系のソリストを一部使っているとはいえ、ドイツ音楽の真髄とも言えるこれらの曲を録音しているというのは面白い。

フーガの技法も、ポケットスコアは買ったが、それほど聞きこめないでいる。

☆平均率クラヴィーア曲集第1巻、第2巻 グールド

カセットテープにダビングしてドライブの時に聴く機会が多いため耳にはなじんでいるがどの曲が何番かと聞かれるとほとんど答えることができない状態である。

バッハに深く取り組んだグールドの演奏はどれもそれまでの伝統的な演奏スタイルを大きく逸脱しているため初期の日本の音楽評論家たちからは一部を除いて総スカンをくっていたという。コンサートドロップアウトをするまでは、北米は当然のことソ連を含むヨーロッパ各地に招かれて巨匠たちとも競演していたのだから、特異な演奏スタイルにも関わらず。保守的とも言えるヨーロッパでは正当に評価されていたのだろう。

最も有名な第1巻第1番ハ長調のプレリュードは演奏が容易なので素人の私もよく弾いてみるが、とてもグールドのような不思議なフレージングというのかアーティキュレーションというのか、とにかくあのような演奏法は考えつかない。しかしグールドのすばらしさは速い楽章の複雑なパッセージのノンレガートでの爽快な運動性である。声部の引き分けがとりわけすばらしい。その反面緩徐楽章での音価を技と保たない演奏は好き嫌いがはっきり分かれるところだろう。ピアノ演奏ではこのほかにリヒテル、グルダの演奏の評判が高いが残念ながら未聴。

☆カンタータ 第147番「心と口と行いと生きざまは」(主よ人の望みの喜びよ)BWV147、第80番「われらが神は固き砦」BWV80 リヒター 1992.4.30購入

コラールカンタータの定番中の定番で、演奏も極め付きのもの。特にピアノ曲「主よ人の望みの喜びよ」で知られる、前者の第6曲と第10曲のコラールを彩るリトルネロはバッハの曲中最も美しいものの一つだと思う。また、第80番のコラールは、シュプラーコラール集にも収められられている。

1993.6.28(月)のメモ : カンタータ147 Herz und Mund und Tat und Leben 有名な「主よ人の望みの喜びよ」(直訳は、イエスよ我が魂の喜びよ」が含まれたカンタータで、以前からほしかったCDだった。リヒターがミュンヘン・バッハではなく、アンスバッハのバッハ週間のオーケストラ(ソリスト、団体)を指揮したもの。音は少しかすみ気味だが、1部、2部の終曲のコラール合唱が美しい。一度歌ってみたい。

カンタータ80 全体に戦闘的であり、宗教改革の一面を示す。ルターの「われらが神は堅き砦」のコラールによる第一曲に付けられたトランペットとティンパニはJ.S.の長男のW.F.の物らしいが、余りに音量が大きく肝心のコラールの歌詞が引っ込んでしまっている。2曲目のF=ディースカウは、声域のせいか冴えない。マティス、シュライアー、F=ディースカウと有名ソリストを揃えたたためか録音は珍しいことに、1977年2月、1978年3,5,6月と長期間に渡って取られている。4人のソリストの部分はアフレコかも知れないなどと考えてしまうほどだ。第7曲は、ブランデンブルクの5番の第2楽章に雰囲気が似ている(調性は違うけれど)。終曲もトランペットとティンパニがなければいいのに。

 

☆カンタータ第140番「目覚めよ、と われらに呼ばわる物見らの声」BWV140、「マニフィカート」BWV243

 リヒター/ミュンヘンバッハ管弦楽団

第140番のコラールは、シュプラーコラール集に収められている。これが、ワルター・カーロスの「スイッチト・オン・バッハ」に収められているので、非常に耳になじんでいる。

「マニフィカート」は、聖母マリア讃歌。モンテヴェルディの「夕べの祈り」などでも作曲されている。ラテン語の歌詞なので、プロテスタントとしてのバッハとしては、カトリック的なこのような作曲は、ミサ曲ロ短調と並んで珍しいのではないか。

☆クラヴィーア曲集 ヴェデルニコフ(p)

イギリス組曲第6番、7つのコラール前奏曲(ヴェデルニコフ編)BWV645「目覚めよ、と呼ぶ声あり」など、イタリア協奏曲

ソ連が生前ついに西側に出さなかった幻のピアニストによる、バッハ演奏。ライナーノートによると、グールドのバッハ演奏には興味を持っていたという。グールドと同じイタリア協奏曲の聞き比べができる。

☆ゴルトベルク変奏曲 グールド(旧:LP、CD)、(新:CD) 

1955年、グールドの衝撃のデビュー盤。本国のアメリカ、カナダでは大ヒットだったというが、日本では長らく音楽ジャーナリズム界からは異端視されていたようだ。早い時期からこの録音を評価したのは、当時必ずしも楽壇の人脈の中枢ではなかったが、渡米、渡欧により、晩年のトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーなどの演奏に接した吉田秀和氏だった。彼の耳の良さ、新しい演奏様式への偏見のなさ、などがこの演奏の(今となっては通説的な)評価を可能にしたのだろうが、ヨーロッパにおいて、このグールドへの多数の賛辞を知っていたことも、その積極的な評価の背景になっていたものと思われる。「世界のピアニスト」におけるグールド論は、大変興味深い読み物で、グルダ論と同様、どうしても聴きたい気にさせる文章である。

新盤は、同じ曲目の再録音をあまりしなかったグールドが、伝説的なデビュー盤があるにも関わらず、再録音したことで、非常に話題をさらったものだが、その後、グールドが突然逝去したこともあり、尚更、印象に残る録音である。このゴルトベルク変奏曲は、非常に素朴なアリア(「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」に収録されている)の低音部が変奏の対象になっているそうだが(自分にはバスの変奏がどのように行われているかは、耳だけでは把握できない)、最後のクオドリベットにより賑やかに変奏が終わったあと、しずしずとアリアがそのままの形で再現される。グールドの二つのゴルトベルク変奏曲の録音が、まさに巨大な彼の変奏曲を開始し、終結する、アリアのような役割をしているようにも見える。

☆ゴルトベルク変奏曲 レオンハルト(ハープシコード)1964年頃の録音

現代ではバッハのゴルトベルク変奏曲は、グールドデビューの頃とは状況が変わり、グールドによる2種の録音がリスナーの間ではむしろ権威となってしまっている。この曲に接するのもグールドからというリスナーも多いと思う。私もそんなリスナーの一人だ。それゆえ、このレオンハルトの古い録音は、チェンバロで弾くこの曲はどんなだろうという興味から廉価盤のこのCDを買ったのだが、大袈裟な身振りもテンポの揺れもなく、むしろこの曲を味わうのにまったく過不足ないと感じた。

☆リトル・バッハ・ブック グールド(p)

2声のインヴェンションなど、グールド自身による編集。題名や少年グールドの写真からすると、幼少時代にグールドが弾いた曲だろうか?

☆クラヴィア曲集 グールド(p)

イタリア協奏曲、パルティータ第1番、同第2番、フランス組曲第2番、同第6番、イギリス組曲第2番

グールドの名演奏の編集盤。パルティータ第1番は、あのリパッティの演奏も美しいが、グールドのものも美しい。

☆オルゲルビューヒライン全曲 45曲 BWV599-644 (634が欠番) 

イェルゲン・エルンスト・ハンセン(Org) デンマーク、コペンハーゲン

哲学者森有正が好んで弾いたということを読んだ覚えがある。小曲をまとめたものであるが、すべてルター派のコラールを定旋律にしているもののようだ。通して聴くのはちょっとつらい。このCDは長野の中古屋で入手したのだが、前の持ち主はどうして手放したのだろうか?「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」のようなコラールを元にしたシュープラー・コラール集の方が聴き応えがあるのは確かである。演奏自体は、テクニック的に一流とは言いがたく、ペダルがたどたどしかったり、音色の選び方も洗練されていなかったり不満がある。ただし、全曲揃っているのはあまりないので、資料的には貴重かもしれない。

☆オルガン曲集 アラン

アランのオルガンは生演奏を聴いたことがある。宮城学院大学という仙台の女子大学の校舎が仙台市の中心部にあったころ、その講堂のオルガンを弾きに訪れたのだ。パッサカリアの低音部の繰り返しがなんとも感動的だったのを思い出す。CDにもこの女流オルガニストのよりよい状態のオルガンの演奏が収められているが、やはり生で聴く経験に比べてミニチュアを聴くかのようで物足りない。

ヴィヴァルディの協奏曲をオルガン独奏用に編曲したものは、バッハの作曲過程や修業を知るためには重要な曲だろうが、他のバッハの曲の中に置くと違和感がある。

☆オルガン曲集 パワー・ビッグス

横浜でキーシンが弾いたトッカータ、アダージョとフーガBWV564の原曲やシュープラー・コラール集から「われらが神はかたき砦」「目覚めよと呼ぶ声あり」などが収められている。キーシンリサイタルの予習用に購入したのだが、結構楽しめるCDだ。

 


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