ベートーヴェン その2 CD(第九を除く)


2000/01/16掲載、2000/01/19見直し、 2000/10/14追記、2002/12/01追記2003/01/26追記

◎CD

☆交響曲全集 セル/クリーヴランド管弦楽団(SB5K 48 396) 2002/12/01記

この内の数枚はすでにLP,CDで所有しているが、アメリカ盤が安く売られていたので購入(2001年)。5枚組みで5000円程度だったか?この全集購入以前には未聴だった第5と第6が新鮮だった。特に第5の第1楽章コーダで金管がこの楽章のモチーフを拡大した音価で出すところ。第6は第1楽章の静謐な雰囲気は他で聴けなかったもの。エロイカの緻密さ、壮大さのバランスは言うまでもない。

☆交響曲全集 バーンスタイン/ヴィーンフィル (POCG-2368/73) 1977-1981年録音

私が学生時代に発売され(当時はLP)非常に話題を呼んだ全集。ライブ録音だというが、拍手やホール内の雑音はほとんどカットされているのが特徴。概して微温的な印象。音響的に低音部が軽いのがそれを助長しているか?非常に気に入っているのは第5番の第一楽章展開部。ここでは機械的なルーチン演奏には見られない表情の濃厚さが聞こえる。フィルアップとして序曲が収録。

☆交響曲全集 ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(ARTE NOVA 74321 65410 2) 2003/09.01購入

5枚組 1,990円(税抜き)!

No.1,2 1998.12.15&16
No.3,4 1998.05
No.5,6 1997.03.25&26
No.7,8 1997.12.16&17
No.9  1998.12.12&14

ジンマン/チューリヒトーンハレ管(5枚組み)税抜き1990円。超廉価盤。確かベーレンライター原典版の初録音という触れ込みだったが、実は違っていた、その上、特に木管のソロにアドリブが多くて、現在は当初のもの珍しさも薄れ評価が低くなっているようだ。そういう予備知識のもとに1番と3番を聞いてみたが、非常に面白かった。キビキビしたテンポとノンビブラートを多用する弦が特徴、トーンハレ管もよく訓練されている。

CDのすべてに、「このCDはモダン楽器によるベーレンライター原典版の初演(プレミア)である」と印刷されているのは、それが事実に反するらしいことを知ってしまったあとでは、いかがわしさを感じないではない。

しかし、感動するかどうかは別にして、このベートーヴェンの演奏は新鮮だ。昨晩は第九を第3楽章あたりまで聞いた。快速のテンポも面白いのだが、楽器群の間のバランスが、一般的なモダンオケのものと相当違うらしく、これまで聞いたことのないような楽句が耳に入ってくる。また当時の不自由なオーケストレーションもそのまま遠慮がちではなく確信を持って演奏されている。堂に入った演奏で、それが誠に目からうろこ的なのである。

第九以外はベーレンライター原典版を使用していなかったとか言うけれど、演奏スタイルと解釈は一貫しており、大変面白い。

あの宇野氏が自分が信奉する朝比奈やフルトヴェングラーとは感動の質の違うものを羞恥心もなくやけに名演だと持ち上げるこのCDに感心するのは、自分が宇野氏的になったようであまり愉快ではないが、プロの評論家ではあるまいし、気楽に楽しみたい。

モダンオケでこれだけの新鮮な解釈(ベーレンライターを使わなくてもできただろうに)ができるのは、ジンマンも大したものだ。

【第九】昨夜は、第3,4楽章を聞いた。一昨日感心した第1,2楽章とはうってかわって不満足だった。第3楽章のテンポが速めなのは、快速であっさりした全体の中でのバランス上理解できるのだが、演奏結果はそっけなく、美しくないく、面白くない。ブルックナー、マーラー経験後の後期ロマン派的な演奏がいいというのではないのだが、古典様式のスッキリしたアプローチの限界だろうか。それでもホグウッドの演奏は、似たようなアプローチだが、それなりに納得できた。

いろいろ問題のある第4楽章、弦のレチタティーボの音を変えていたり、バリトンソロの O Freudeを本当にad libitumで歌わせたり、楽器のバランスを工夫したりの奇抜さ、面白さはあるのだが。コーラスのうたい方も厚みがない。二重フーガ直前のueberm Sternenzelt muss ein liber Vater wohnen の不協和音的な音程が、正しいのか正しくないのか聞き慣れない微妙さだ。

なお、トルコの軍楽隊を模したというalla Marcia以降を、ひとつのゲネラルパウゼ(総休符)のために、別テイクで演奏したものが付録でついている。Brueder の呼びかけの後にG.P.が入る。確かにはっとする効果はある。この別テイクの方が、通常テイクより音楽的に乗っているような気がしたのは気のせいだろうか。

【第五】つまみ食いで第1楽章を聞いて見たが、主要モチーフの強調がさまざまなパートで行われており、セルがコーダでモチーフ拡大として強調していた部分もあまり強奏していないが分かるように出していた。なお、再現部のオーボエソロのアドリブはやり過ぎだろう。


☆交響曲第3番 小澤/サンフランシスコ響 (17CD-12) 1975年録音

冒頭和音の鳴らし方に対しても酷評を読んだことがあるが、私自身はそれほど悪い演奏だとは思った記憶はない。とりたてて特徴のある演奏ではなく、印象があまり残っていない。

☆交響曲第3番 ホグウッド/AAM (F35L-20053) 1985年録音

モーツァルトのジンフォニー集で一躍楽壇の寵児となったホグウッドのベートーヴェン交響曲チクルスのひとつ。感動的ではないが参照的に聞くのには面白い。小編成と古楽的な演奏法があいまって独特な響きがする。音程も現代よりも約半音低くしているらしい。同じ演奏者による第9番とモーツァルトの交響曲第40、41番、アイネクライネなどを所有しているが、今となっては古楽的な演奏も響きのものめずらしさはなくなって、質が問われるようになっている。これらは悪い演奏ではないが、琴線に触れることが少ない。

☆交響曲第5番、大フーガ フルトヴェングラー/ベルリンフィル (POCG-2131)
  交響曲:1947年5月27日,大フーガ:1952年2月10日

第二次大戦中にナチスへの協力の責任を問われていたフルトヴェングラーが、晴れて楽壇に復帰し、戦後初めてベルリンフィルの指揮台にたったときの記念すべき演奏。小澤の項で触れたが、アインザッツも揃わない技術的には非常に稚拙な演奏だが、聞き進むうちにそのような細かい欠点がまったく気にならなくなるといういかにもフルトヴェングラー的な録音。何度も繰り返して聴くにはしんどいが、楽譜に忠実な整った演奏がベストではないことを明らかにする実例。フィルアップの大フーガは、私にとっては未踏の高峰。

☆交響曲第5番 第2〜第4楽章 カンテルリ/フィルハーモニア (SBT 1034) 1956年

工事の騒音に妨げられて第1楽章は録音されず、カンテルリは次にロンドンを訪れるときに収録したいという希望を述べたが、悲劇的にもそれは果たされなかった。併録はロッシーニのLa Gazza Ladra序曲とメンデルスゾーンのイタリア。

☆交響曲第5番 ライナー/シカゴ響 (R32C-1001)  1959-1960年録音

併録 シューベルト 交響曲第8番「未完成」

スケルツォのトリオの休符の解釈(長めにとる)に特徴がある。吉田秀和氏の「世界の指揮者」で絶賛されていたが、LP時代は入手難だった。CDになってからもよく廃盤になっているようだ。ベートーヴェンの作曲のすごさを思い知らされる演奏。意志的かつ構築的であり、なおかつ引き締まっている。第四楽章の凱歌のスピードとラストのハ長調主和音の思い切りのよさ。(2000.1.17)。

☆交響曲第5番、第7番 カルロス・クライバー/VPO

両録音とも画期的な演奏として大変評判になったもの。放送などで何度も聴いた。再発で入手しやすくなったので往時の感慨を再びと聴いてみたが、意外にあっさりしていた。こっちの耳がすれっからしになったのか?

☆交響曲第5番、ピアノ協奏曲第5番 R.ゼルキン、小澤/ボストン (25CD-8007) 1981年録音

協奏曲は全集からのカット。ゼルキンは小澤のベートーヴェン演奏を好んでいたのかが疑問。ゼルキン晩年の演奏に聞かれる自由闊達さがよく出た演奏。小澤の指揮はよくサポートしているのだろうが、内容のなさが救いがたく出ているような気がする。

それが如実に表れたのが交響曲の方だ。これほど外面的に整理され、推進力もあり、ダイナミックで快適なテンポの演奏はほかにはないほどだが、聞いた後の虚しさはどうしてだろう。同様に先鋭なスタイルのカルロス・クライバーの録音があれほどエキサイティングなのはどうしてだろう(2002年にCDとして購入しなおして聞いてみたが、20代の興奮は蘇らなかった)。音としては微温的なバーンスタインの演奏が聴き応えという点では勝っているのはどうしてだろう。音が非常に貧しくへたくそなフルトヴェングラーのライブ録音が今でも感銘を与えるのはどうしてだろう。このあたりに小澤のこのころの限界を見るような気がする。ヴィーンシュターツオーパーの音楽監督という楽壇最高の地位のひとつにつく指揮者ではあるが、深さが伴ってきたのだろうか?あるいはヨーロッパの音楽言語を数多く聴いてきた現代日本人聴衆にとって、聴いて違いはわかるという段階になっているのだろうか? 反対に考えれば、(私が)感動するにせよ感動しないにせよ、それだけ自分のスタイルをオーケストラに徹底し、オーケストラがそれに応えてそのような演奏をするのは、すごいことではあるが。それだけ指揮者の意思が伝わるという意味で。

☆セル/VPO,ギレリス ザルツブルク音楽祭ライブ オールベートーヴェンプログラム
(ORFEO C 484 981 B) 1969年8月24日第10回オーケストラコンサート(マチネ)

エグモント序曲、ピアノ協奏曲第3番、交響曲第5番

中野雄氏の「ウィーンフィル 音と響きの秘密」(文春新書)に触発されて購入。
ザルツブルク音楽祭にギレリス初登場として話題になったコンサートらしい。セルとはクリーヴランドで協奏曲全集を入れており、セルが事務局に彼を推薦したようだ。そんなことよりも何よりも、演奏が素晴らしい。一言で言えば、勢いだ。雄渾でかつ緻密な演奏。録音も近接で明瞭だが全ての音域がバランスよく捉えられており、コンサートホールというよりも、指揮者が聴いているような音響である。(第九のコーラスの練習のときに聞いた生の音の迫力を彷彿とさせる。)中でもエグモント序曲がすごい。エグモントはもともと迫力のある曲だが、オーケストラが必死に演奏しているのが録音から窺える。セルはヴィーンフィルをダルな団体として嫌っていたとも聞くが、来日直前の最晩年の彼は好悪とかの感情は超越していたのではなかろうか?クリーヴランドのように各セクションが同質化していないため音楽が豊かである。引き締まった解釈のセルと豊穣で自発性のあるヴィーンフィルががっちり組み合った丁丁発止しの名演である。ピアノ協奏曲は、ギレリスを聞くよりもオーケストラに耳が行ってしまう。第5交響曲は、クリーヴランドとの全集で聞こえた第1楽章コーダのモチーフの強調がここでも聞こえる。彼の解釈だったことが確認できる。時空を超えたCDでこれだけの感激を味わえるのが信じられない。一期一会のコンサート会場ではさぞすごかったことだろう。なお、1969年の音楽祭にはオザワもコシを振って登場している。さんざんに叩かれたらしいが、彼もセルのこのコンサートは聞いたのだろうか?
2002/12/01記

☆交響曲第5番、 エグモント序曲、 シューベルト 交響曲第8番「未完成」 

  バーンスタイン/ニューヨークフィルハーモニック (30DC 351) 2003.08.27購入

☆交響曲第6番 ワルター/コロンビア響 (FDCA 523)

LP時代から名盤の誉れの高かったものでLPで何度も聴いた。中古店でシリーズもののばら売りを安売りしていたのを購入。解説文などはないが、LPと同一の演奏である。とはいえ、この演奏が絶賛される理由がよくわからない。というより、むしろこの曲自体を私が好んでいないということかも知れない。

☆交響曲第3番「英雄」 ワルター/シンフォニー・オブ・ジ・エアー(旧NBC響)

2003年10月26日購入(町田 タワラヤ)

ワルターがトスカニーニ追悼演奏会でシンフォニーオブジエアを指揮した宇野氏絶賛の「英雄」の復刻盤が限定販売で出ていたので購入。第一楽章の途中から急に演奏の表情が厳しくなるような気がした。マルケヴィッチが直前に同じ曲目で同オケを指揮しており、その演奏(DGでCD発売されている)に酷似しているという情報がある。ワルターは十分リハーサルを実施したのだろうか?旧NBC響であるこのオケは指揮者なしでも楽々演奏ができると言われていたのでトスカニーニ風に演奏することは結構容易だったのかも知れない。そのフォーマットの上でワルターが指揮をしていたのかも知れない。

ワルターの「英雄」を聴く。前日、第一楽章途中から表情が厳しくなったと思ったのは勘違いだった模様。聴きなれたコロンビア響との英雄がサラサラ流れたのとは違い、第一楽章のアタックは厳しく、第二楽章は詠嘆の歌を深沈と奏でる。ここが一番感心した。第三楽章トリオのホルン三重奏は少々物足りない。第四楽章でテーマが完全に提示されるまでの響きの薄い序的な変奏部分が貧相に聞こえる。また最後の最後の和音がスーッと抜けるように弱くなるのが異様に聞こえた。温和なワルターの固定観念を打ち破る演奏でドキュメントとしては貴重だが、セル/VPOの第五のように何度も聴きたいと思わせるものではない

☆交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」 カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団 1983年11月7日 バイエルン国立歌劇場 ライヴ録音 (ORFEO C 600 031 B MADE IN GERMANY 2003年初出) 1324(税抜き) 2004/9/5購入

今から20年前の録音。リリアン・クライバー(カルロスの娘)のライナーノートによると、この演奏は、カルロスのキャリアで唯一の「田園」の指揮だという。このオーケストラのアーカイブによってその際ライヴ録音され保管されていたが、長年の保管のため、音楽は聞き取れるがステレオ効果や雰囲気が失われてしまっていた。しかし、カルロスの息子のために録音されたカセットテープがあり、注意深く保管されたマスターテープより音質が優れていたため、カセットテープを元にこのCDが作成されたという。

T 8'16 U 12'02 V 2'48 W3'30 X8'26

2004年7月 カルロス・クライバー逝去。このCDは昨年HMVなどのネット情報では話題になっていたのだが、昨日9月4日 久しぶりに横浜駅周辺にCDなどを買出しに出たおりに、購入した。音質は、カセットテープから起こしたとは思えないほどバランスが取れている。少々気になるのは、多少潤いが欠けることくらいか。演奏は、カルロスの唯一の演奏というのが惜しいほどの出来栄えだ。みずみずしい表情、感情が汲み取れる。木管や金管のソロの音色、表現が多彩で巧みだ。そのため、全体に室内オーケストラ的な軽やかさが感じられる。ただ、レコ芸の海外レコード評で指摘されていたが、第3楽章のスケルツォが反復を省略しているためあまりにも短過ぎる。この農民たちの喜びの踊りがまるで序奏部であるかのようにあっけなく、凄まじい雷雨に襲われてしまうのは、違和感を覚えた。また小さい傷だが感謝の歌の冒頭、ホルンのエコー音型の出が少し遅れたのにはドキっとさせられた。


☆ピアノ協奏曲第2番(ハイドン ピアノ協奏曲)アルゲリッチ ロンドン・シンフォニエッタ (COCO-6117) 1980年録音

宇野氏の著書による熱烈な賛辞を読んで購入。ハイドンの協奏曲はそれほど面白くない。ベートーヴェンもあまり印象に残らない演奏である。 

☆ピアノ協奏曲 第3番、第5番 フライシャー セル/クリーブランド  (SRCR 1524) 1961年録音

セルの指揮を聞きたくて買った演奏。セルの指揮のものではかつてギレリスとの透徹した名演の全集があったが、今も入手可能か? これは、独奏、指揮ともとりたてて特徴の感じられない演奏。

☆ピアノ協奏曲 第4番、第5番 グルダ、シュタイン/ヴィーンフィル (GCP-1007) 1970年,1971年録音

第5番のLPは吉田秀和さんの「世界のピアニスト」の影響で買ったもの。このCDは、廉価盤。特に5番の冒頭カデンツアが独特の音とスタイルを示している。

☆ピアノ協奏曲全集 アシュケナージ、メータ/ヴィーンフィル (F00L-50340/3) <1983年11月録音>

2003年6月1250円で購入。6つのバガテルOp.126,アンダンテ・ファヴォリ, エリーゼのために併録。
日々雑録に書いたが、意外と悪くない。というより、最近どんな演奏を聞いてもそれなりに満足するようになって来てしまった。カラヤンのアルルの女組曲など中古で買ったはいいがダルでつまらないと敬遠していたがこのごろは悪くないじゃないかと思うようになってきた。許容量が広がったのか、真剣に聞いていない証拠か?だが、楽しめた方が得かも知れない。(2003/7/14)

テンシュテットのマーラー全集15枚組中古を格安で売っていた近所のブックオフに、80年代録音のアシュケナージ、メータ/VPOのベートーヴェン ピアノ協奏曲全集4枚組(当時の新品定価10800円)が、これまた格安で売っていて、1番のCDを持っていないこともあり、お手軽に聞いてみようかと衝動買いした。

聞いてみたところ、これが悪くない。アシュケナージとメータといえば、ロンドンレーベル(デッカ)の一時期の看板人気アーティストであったがゆえに、へそ曲がりとしては極力避けてきた。アシュケナージのピアノソロは、ショパン、シューマンを多少聞いた。よく音大生御用達の演奏と言われる彼の録音だが、その音色が生理的に好みではなく、メロディーの歌わせ方やアクセントも奇異に感じることが多く避けてきたし、メータはNYPでボンクラになってしまったとの印象から特に興味が湧かなかった。多分レギュラープライスなら絶対買わないCDだったと思う。

今回のCDは、アシュケナージのあの嫌な音が聞こえず、結構透明で伸びやかな音色だった。メータの指揮も華美ではなく、VPOと丁寧で暖かい演奏を繰り広げている。

どうしても限られた財力、時間ゆえに取捨選択をせざるを得ないのだが、できるなら偏見を捨てて聞きたいものだ。

 

☆ヴァイオリン協奏曲 ロマンス第2番 シェリング(Vn) S=イッセルシュテット/ロンドン響 (17CD-14) 1965年録音

非常に端正な演奏。ただしこの曲自体非常に高雅だがシンプルであり、ブラームスの曲に比べて聴き劣りがすると思う。ロマンスは非常に美しい。

☆ヴァイオリン協奏曲 グリュミオー、デイヴィス/ACO (グレートコンポーザーGCP-1017 フィリップス 432 774-2)

この人たちの競演は、モーツァルトの協奏曲全集では定番的な扱いになっている。ベートーヴェンの演奏としてはややおとなしい。2002/12/01記

2003年9月20日 (土)  グリュミオーのベートーヴェン Vn協奏曲

昨晩寝入りばなに聞いた。シェリング盤が気に入りのため、あまり熱心に聞いていなかったCD。

オーケストラは、C.デイヴィス指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団。冒頭のティンパニによる主要モチーフがほとんど聞き取れないなど解釈的には疑問が残るが、オーケストラのトゥッティの響きや木管の合奏時の溶け合った音色の美しさなどは特筆すべきものだ。これはシェリング、イッセルシュテット盤にはなかったもの。

それにもましてグリュミオーのヴァイオリンの音色は高雅で美しい。第二楽章など単純な分散和音がこれほどまで冴え渡るとは。

ただ月並みな言い方だが、感性的な美しさが主で、精神的な逞しさや高潔さという(なぜかそのようなものを感じる演奏がある、そのいい例がシェリング盤)ファクターは希薄。ただ(何回も行きつ戻りつだが)、音楽的には非常に美しく、誠実な演奏ではある。

☆三重協奏曲 カラヤン/ベルリンフィル (ブラームス二重協奏曲 セル/クリーブランド) オイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル (7 64744 2) 1969年録音

非常に豪華な顔ぶれの競演。三重協奏曲自体従来それほどの名曲とされてこなかったがこの演奏により再評価された。それでもあまりなじめない。ブラームスの方は後期の作品であるがやはり他の協奏曲と比べて一段落ちるような気がする。


☆中期弦楽四重奏曲集 

アルバン・ベルク四重奏団 (英EMI CDS747131 8) 1979年録音 (\4243+税)

第7番 へ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」
第9番 ハ長調 OP.59-3「ラズモフスキー第3番」
第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」
第11番ヘ短調  Op.95「セリオーソ」

つい最近(2000年)入手した。ラズモフスキーの1番は学生時代に愛聴してきたが、2番、3番への親しみが少なく、ベートーヴェン体験の空白地帯だと気になっていた。いざ聞いてみるとこれまでに何度かFM放送などで聞いた経験のある曲だった。1番はかねてスメタナ四重奏団とズスケ四重奏の演奏で聞いており、アルバン・ベルク四重奏団の演奏も放送で聞いて感心したことがあったが、今回その流麗で美しい演奏を聞けて大変感激した。ダイナミズムも十分あるが、ゴツゴツした取り付きにくさが皆無のようだ。滋味のある演奏というとスメタナの方に軍パイがあがるが、聞いていて喜びがあるのはこの演奏だ。

☆後期弦楽四重奏曲集 

アルバン・ベルク四重奏団 (東芝EMI CC30-3197-200)1981年〜1983年録音 (\12,000+税)

第12番 変ホ長調 Op.127
第13番 変ロ長調 Op.130 (第5楽章と第6楽章の間に初演時に第6楽章である「大フーガ」Op.133)
第14番 嬰ハ短調 Op.131
第15番 イ短調   Op.132
第16番 ヘ長調   Op.135

かつては難解と思われていたこれらの曲も、かれらの演奏で聞くと非常に親密で心の襞に染み込むようなものになる。交響曲や協奏曲に比べて音色の多彩さやダイナミックさは少ないとは言え、4本の弦楽器の対話、絡み合い、掛合い、和奏はそれらより深いものを語り掛けてくれる。第14番は、学生時代にFMをエアチェック(ズスケカルテットだったと思う)して、ポケットスコアを読みながら熱心に繰り返し聞いた思いでの曲。大フーガだけは、どうもつかみどころがないが、それ以外は聞く喜びをもたらしてくれる。これは後期ピアノソナタ曲集にも言えることだが、アルバンベルク四重奏団ほどの満足を与えてくれる録音には残念ながらめぐり合えていない。


☆チェロソナタ集(第3〜5番)ロストロポーヴィッチ、リヒテル(PHCP-3528)  1961年,1962年,1963年

第3番が好きなので4番や5番の印象がほとんどない。この二人の演奏は、まったく見事というほか言葉がみつからない。リヒテルはなぜか鈍重でムラが多いイメージがあるがこの演奏では大変颯爽とした切れのいい演奏をしている。がっぷり四つとはこのことだ。(チェロ好きの知人に贈呈)。アンナー・ビルスマが長野県須坂市に来演したことがあり、妻と結婚前に聴きに行った。そのときにこの第3番を演奏した。渡辺順生のフォルテピアノだった。一度でこの曲が好きになった。田舎町だったが、熱心なファンが押しかけて、小ホールは満員の盛況だった。学生時代のN君も聴きにきていたという。

このCDは中国出張の折に持って行き、チェロ好きの知人に贈呈した。

☆チェロソナタ集(第3〜5番)フルニエ、グルダ(POCG-2777)  1959年

フルニエとグルダによるベートーヴェン チェロソナタ 第3番から第5番。ケンプとの録音をよくCDメガストアで見かけ欲しいものリストに入っているのだが、これが目についたので買ってみた。数年前、世話になったチェロ好きの知人にロストロポーヴィチとリヒテルの同じ曲目のCDをプレゼントしてしまったので、曲自体しばらく聞いていなかった。第3番を聴いたが、ロストロとリヒテルが重厚巨大だが少々堅苦しいのと違い、自由闊達で伸びやかだった。これは1枚ものだが1000円。 2004.12.17購入

☆ヴァイオリンソナタ 「春、クロイツェル」 クレーメル、アルゲリッチ(POCG-50061) 1987年、1994年録音

もう10年以上前に長野で彼らのデュオで春を聞いたことがある。ただビッグネーム見たさにミーハーとして聞きに行った記憶があり、大ホールでの演奏会だったこともあり、大変感激度が薄いものだった。春やクロイツェルは名曲かも知れないがもっと親密なサロン等で演奏者の息遣いを感じながら聞いたほうが楽しいかもしれない。一昨年日本の無名のデュオが丸子町で全曲連続演奏会を敢行したたが、それに比べれば格段のうまさなのだ。しかし聞いていてほとんど感動しない。このようなデュオはむしろ演奏者たちが楽しいのだろう。

その後、新しいヘッドフォンを入手し、このCDの演奏が相当変わった。


☆ピアノソナタ全集 グルダ (415 193-2:セット番号 415 244-2〜415 252-2)
 1967年7-8月 ピアノ:スタインウェイ

アマデオに録音した全集。吉田秀和氏が「世界のピアニスト」で大絶賛だったのでどうしもて聞いてみたくて地元のCD屋に注文したら忘れていたころ(約1年後?)に入荷連絡が来た代物。おそらく短期間に一気に録音したものと思われる。ピアノの音質が全体的にほぼ均一のため。そのせいか若干粗いと感じるところはあるが、十分満足のいく演奏。ポリーニの機械的な弾き飛ばしに比べたらよほどすばらしい。(比較はヴァルトシュタイン、テンペストなどで可能。ポリーニは比較的若いころの後期ソナタの評判がよいが未聴)。
 編集上の欠点は一曲ごとのトラック番号で、各楽章はインデックスであること。

☆ピアノソナタ集(悲愴、月光、熱情) グールド (SRCR 1928) 1966年〜1967年

グールドの特異なテンポの演奏。ライナーノートの彼の解説が面白い。彼は殊に熱情ソナタを嫌っていたらしい。面白さはある。

☆ピアノソナタ集(悲愴、月光、熱情、テレーゼ) R.ゼルキン (SRCR 1534) 1962年、1973年

以前から聞きたくて去年廉価盤を入手して聞いてみたが、期待が大きすぎたためか感銘は深くなかった。なぜか音が荒く、テクニックも磐石ではない。誠実な演奏ではあるが。

☆ピアノソナタ集(悲愴、月光、熱情) ホロヴィッツ (SRCR 2069) 1962年,1972年

某誌でベスト演奏に選ばれており、妻が購入。ホロヴィッツに魅せられているわけではなく、興味本位で聞いてみた。磨きぬかれた音というわけではなく、不完全燃焼的な演奏。

☆ピアノソナタ集(悲愴、月光、熱情) ゲルバー (新星堂エンジェル SAN-50 1970年代録音) 2002/12/01記

 1999年?中古盤でもとめたもの。新たに全曲録音を行ったはずだが、それより前のもの。

☆ピアノソナタ集(テンペスト、ヴァルトシュタイン、告別、他)ポリーニ (F00G 20402) 1988年

期待して聞いてみたが、空虚な演奏。音が充分鳴っているだけ。いわゆる意味が伝達されて来ない気がする。ポリーニは完璧なピアニストではあるが、生き物のような微妙な感触、生き生きした躍動的なリズムは欠けているような印象である。無機的? これは、ショパンのピアノソナタ集にも感じられた。

☆後期ソナタ集第27番〜第32番 ソロモン (7 64708 2) 1951年〜1956年

吉田秀和氏の著書で挙げられていた録音ではないが、ソロモンの演奏が絶賛されていたため東京で外盤を入手。どうしてもグルダと比べてしまうが、やはり指捌き的なテクニックが十分でないのが聞いていてつらい部分がある。特にハンマークラフィーアの大フーガなど。しかし、巨大で哲学的な雰囲気のある演奏ではある。

☆後期ピアノソナタ集(No.27-No.32) ケンプ (DG 453 010-2 ドイツ盤) 2002/12/01記

2000年頃横浜で求めたもの。中野雄氏の「丸山真夫 音楽の対話」や同氏が参加されているクラシックCDの名盤に触発されて、シューベルトのピアノ曲集(ソナタ21など)と一緒に購入。ケンプの音楽を女々しい、テクニック不足などとけなす輩の耳はいったいどうなっているのか。所詮音楽の好みの問題と言ってしまえばそれまでだが、このような透徹した夢幻的な美しい音楽はめったに聞けるものではない。いかめしさ、厳しさ、深遠さ、雄渾さ、それはベートーヴェンの音楽そのものに十分あるのに、それを敢えて強調すべきだろうか?否、この演奏はそのままですでに十分だ。No.28の初々しい表情。最終楽章のフーガなどもっと指回りを、畳み掛けるようにと思う瞬間があるが、ピアノの和声が他の演奏家のものと違い格段に透明である。

☆後期ソナタ集(第30番〜32番) ヴェデルニコフ (COCO-78749)  1969年,1974年,1976年

数年前DENONレーベルから一挙に発売されて話題を呼んだソ連の幻のピアニストの録音。某誌でベスト演奏に選ばれており、妻が購入。磨きぬかれた演奏ではないが、非常に達者な演奏。おそらくそれほど編集の手が入っていないのだろう、勢いが感じられる。某誌の評では曲にあわせてスタイルを変えるカメレオン的なピアニストと書かれていたが、どうだろう。テクニックは非常に達者で、構成力や心に訴える力を持っている。悪くない演奏である。

☆ディアベリ変奏曲 アラウ (416 295-2) 1985年録音

昨年末に購入。正直言ってアラウの演奏を聞く機会はあまりなかった。しかし、この録音は見事である。間然とするところのないテクニック、豊麗だがアシュケナージのような嫌味は感じられない冴えた美音、膨大なこの大曲を見通しよく弾ききる力。アラウの他の録音を聞いてみたいと思わせるものだった。私の好みに合う演奏家かもしれない。ブレンデルの来日公演の曲目だったので、予習用によく聞いた。そこで指捌き的な面で不満が出てしまった。


☆ミサソレムニス バーンスタイン/コンセルトヘボウ (413 780-2) 1978年録音

これも発売当時大変話題を呼んだ録音である。この録音が全曲初体験。名曲、大作であるが曲としては全体のプロポーションがよくないためあまり好きではない。グローリアの膨大なエネルギーは後期のベートーヴェンに特有のものか、大フーガやハンマークラフィーアのフーガに共通する。またサンクトゥスの優美なヴァイオリンのオブリガートは美しい。宗教的なことに言及すると、ユダヤ系のバーンスタインは「カトリック的な様式の」ミサ曲の演奏に際して宗教的な戸惑いはないのだろうか? 宗教的に無節操な日本人の言うことではないが。

☆劇音楽「エグモント」セル/VPO(1969年12月ヴィーン) 2003/01/26記

やはり中野雄氏の前述の本に示唆されて購入(1/24,1000円、但しサービススタンプによる)。中野氏の本は誤ってカップリングのモントゥーの「ロザムンデ」の録音年月1957年をエグモントの録音年月だとしており、そのため当時のデッカの録音云々という記述も奇異なものになっている。ヴィーンフィルの録音中最も優れているものと書かれているのだが、信憑性が薄くなってしまう。(この件について文芸春秋社にメールを送ったところ、参考にしたいとの返事が返ってきた)。セルとVPOは、上記のザルツブルクで共演した後この録音を残したことになる。


ベートーヴェンその1   ベートーヴェンその3(第九)

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