青の翼人
樹木は枯れて、地に帰り草を育てる。
獅子は死んで虫を育てる。
死は、決して無駄ではないのだ。
南方には、キオスやオメラスといった比較的小規模な国家が点在している。
それらの国々は、時として領土拡大のための戦をおこす。
一度戦ともなると、人の思いなどどうでも良くなる。
兵隊と兵隊の争いには、兵士一人一人の思考など必要ない。
必要なのは、ただ「敵軍を叩く」という力のぶつかりあいだけだ。
そして、戦の後には赤黒い血と、もはや動かなくなった肉の塊が残されていく。
昨日も、戦があった。
広大な畑が、生臭い血の匂いと、兵士だった死体で埋め尽くされていく。
収穫を目指して伸びていた作物が、赤黒い体液で一面汚されている。
南の太陽は、死体を早く腐らせていく。
死体の周囲には多数の蠅がたかり、卵を生み付け続けている。
そして、戦場にやってくるのは、兵隊だけではなかった。
戦が終わった戦場で、死体から物を漁りにやってくる者達は珍しくない。
油をかけられて燃やされる前に、死屍類々の山からなにがしかの宝を拝領しようとする者達である。
彼らが奪った得物のほとんどは血糊で汚れているが、それでも宝飾品の類いならば丹念に水で洗って、研磨砂で磨き上げれば、街で高く売れることも少なくない。
こういった死体漁りに手を出すのは、大抵は戦の匂いを嗅ぎ付けてきた盗賊団の一行と決まっている。
だが、近所を戦場にされた普通の住民が、収入を得て生きるために、死体漁りをすることも決して珍しくない。
特に、年中争いが絶えないこの南方では、少年達も小遣い稼ぎに戦場跡に向かうことは当たり前のようなことだ。
広大な畑だった合戦場。
既に、多くの物が死体漁りに精を出している。
重く、匂いがする死体を転がして、金目になりそうな物を探していく。
とはいえ、普通の住民から徴用された一般兵がさしたる得物を付けていることはめったにない。
死体漁りたちが真っ先に探すのは、戦場で華々しく散った隊長や騎士の死体である。
彼らの骸からは、金目の物や装飾された戦道具に加え、首飾りや指輪といった宝飾品が見つかる場合があるからだ。
それゆえに、一度騎士の亡骸が発見されると、死体漁り達が我先にと金品を得ようとする。
その金目の物のために、死体漁り達が小競り合いになることもある。
反対に、誰も手を付けたがらない死体もあった。
「魔道師」と呼ばれた者の亡骸である。
魔道師は、部隊での貴重な参謀として、あるいは戦闘を補佐する儀式や呪文の使い手として戦場にやってくる。
彼らも騎士ほどではないが、自分の存在を示すための宝飾品を身に付けていることが多い。
だが、ただでさえ魔道師は「魔族の道に手を染めた者」として世間からは忌み嫌われている存在である。
そんな魔道師は、死体になっても人を寄せ付けることはなかった。
「魔道師が死ぬと魔族が食いに来る」と信じている盗賊もいるという。
それゆえ、魔道師の亡骸は、見つけ次第油をかけて燃やしてしまうのが常道となっていた。
戦場の跡で、死体漁りに精を出す、十数人の男達。
その中に、一人の男…どうしても盗賊や平民とは似つかわしくない風貌の男が入ってきた。
「もし、そこの方よ」
死体漁りに、首を下に向けて神経を集中させている若い男は、突然後ろから声をかけられて、ドキリとした表情で後ろを向いた。
「…な、なんだよ…」
後ろを振り向いた若者はさらに心臓が震え上がった。
そこには、長く逆立った七色の長髪をかざし、透き通るように白い瞳を持ち、漆黒のローブを纏った細身の男が立っていたからだ。
若者は後ずさろうとして腰が抜け、赤黒く変わった畑の大地に尻を落とした。
「お…お前何者だよ…」
「魔道師だ」
魔道師、と正体を明かした男は至って冷静だった。
「い、いくら魔道師でも取った物は分けてやらないぞ…」
「金目の物に興味はない」
「じゃあ、何が欲しいんだ…」
「魔道師の亡骸はないか」
「!」
魔道師の亡骸、と聞いた若者は、それが意味するものをすぐに悟ると、さらにすくみ上がった。
もはや恐慌状態に近かった。
若者は、その風貌と名乗りに恐れを成し、絶叫に近い大声を上げた。
「まっ…魔道師が来たー!」
絶叫を聞いた他の死体漁りたちの視線が、魔道師に集中する。
それでも、魔道師は冷静に周囲に目をやると、両手を上げて武器を持っていないことを示した。
ほんの少し、時間が止まった。
盗賊団の頭領らしき男が、少し声をあらげて魔道師に問うた。
「魔道師風情が何の用だ!」
魔道師はなおも冷静に、そしてはっきりと答えた。
「あなた方と同じ、死体漁りだ」
死体漁り、と聞いて周囲がざわめき、緊張が走る。
「だが、私は金目の者には興味がない。それらは好きに持って行くとよい」
そういわれて、魔道師の周囲は緊張を少し緩めた。
しかし、その次の言葉が、再び彼らを緊張させた。
「この戦場に、魔道師がいたという話を聞いた。もし、その魔道師が死んで、まだ姿が残っているのなら、私をそこへ案内してはくれないか?私が欲する者はそこにある」
盗賊の頭領が、少しおびえながら答える。
「あぁ、確かに魔道師らしい格好の奴なら死んでいた。この先の大木の辺りだ」
「そうか、感謝する」
魔道師は、死体の場所を聞くと、その方向にやすやすと足を向けて歩いて行く。
そして、盗賊団の一行から離れようとした時に少し立ち止まった。
「教えてくれた例に、一つ良いことをお教えしよう。今夜にも、この畑に『収穫の猟犬』がやってくる。死者の魂を残らず刈り取っていくから、陽が落ちる前にここを立ち去った方がいい」
死体漁りたちは、その言葉に従う他なかった。
魔道師は、広大な畑の一角に立つ大木のそばにやってきた。
そこには、大木を背にして、部隊の本陣が立てられていた場所があった。
天幕は大きく破られ、所々赤黒い染みが付いている。
天幕の中に入ると、中は大きく荒らされ、既に死体荒らしにあった数体の中に、手付かずの死体があるのが何体か見つかった。
魔道師はその死体達を眺めたあと、近くに寄り、ローブを付けた死体の一つ、その膨れ上がった左手を見た。
左手は、手の甲が赤の獣毛で覆われていた。
それは「刻印」だった。
あまたの魔族と契約を結び、星座に則した魔力を使うことができる印。
刻印は、星座の魔力によって様々な部位に、様々な形状で現れる。
この左手は、変化を司る野槌座の刻印だった。
だが、魔道師はその左手の刻印に手を触れようとはしなかった。
「これは『死んでいる』」
次いで、別の魔道師の死体も調べ始めた。
上半身裸で、炎のように赤い髪を持った戦車座の刻印をもつ魔道師。
この刻印も『死んでいた』。
魔道師は、ふぅと溜め息を付いた。
それには少しの落胆の意味があった。
魔道師が死体漁りをしてしばらく経った。
「あった」
魔道師は、刻まれた主が死んでも、なお『生きている』刻印を発見したのだ。
その刻印は、生命と創造を司る黒剣座の魔道師が持っていた。
黒剣座の刻印は、右肩を大きく覆う黒い痣。
「これは使える…」
魔道師は短剣を使い、右肩の周辺から右腕の部分までを大きく切り取った。
そして、その切り取った部分を両手で抱え、天幕を出て再び陽の下に当たった。
畑の中、まだ作物が血で汚れていない部分に、切り取った肩を置く。
切り口からは、表面を覆う刻印がまだ生きているかのように、鮮血が滴り落ちている。
その切り取った肩を中心に、近くに打ち捨ててあった槍の穂先で、ゆっくりと、確実に、黒剣座の魔方陣を描いていく。
魔方陣は1時間程で出来上がった。
いよいよ、「融合の儀式」が始まる。
「ふぅー…」
魔道師は大きく深呼吸をした。
両腕のローブを大きくまくった。
その左肘には、黒剣座の魔道師の死体と同じ、小さいながらも黒い痣があった。
両手を前に合わせ、そして切り取った大きい刻印に触れる。
「答えよ…汝がまだ生きているならば、我がその力を受け取ろう」
魔道師の問いに、刻印はゆっくりと答えた。
(我を望むか)
「このまま燃やされては不本意であろう?」
(我を受け入れるならば、どうなっても知らぬぞ)
「このまま使わぬよりはよかろう?」
(よかろう、我を存分に使うがよい)
ぶーん。
魔道師の両腕が激しく震える。
「う…ぐぅ…」
口からは何度もうなりの声が漏れる。
両手を付けている死体から、肩にあった黒い痣が少しずつ両手に移っていく。
「そうだ…あと少し」
ぶーん。
「お…おぉ…」
死体に付いていた黒い刻印は、魔道師の両手を経由して、やがて完全に両腕に到達した。
その直後。
ばちん。
「ぶっ」
両腕が漆黒になった魔道師が、口から鮮血を吐いて後ろに大きくあとずさる。
さらに転倒し、なおもなおも大きくせき込む。
(さぁ…我は汝のいずこにいればよい?)
なおも転倒したまま、魔道師は声を上げる。
「ひ…左腕に同類がある…」
(ならば話は早い)
右腕の黒い痣が、魔道師の体を貫いて左腕に集まる。
そして、魔道師の左腕部が全て漆黒の痣に染まった時。
ばーん。
左腕の5本の指の先から、赤とも黒とも付かぬ鮮血が吹き出し、大地を汚していく。
何とか立ち上がった魔道師が、その左腕を左右に振り回す。
黒剣座の血が、さらにその力を示したいかのように、大地を黒く記していく。
「これが…お前の力か…!」
黒剣座の刻印を融合する儀式は無事に終了した。
融合した刻印の力は、魔道師が思っていたよりも強力なものであった。
他にいくつかの刻印を所持していたこの魔道師も、一歩間違えれば他の刻印に影響が及び、魔力が暴発するという危険があったのだ。
なぜ、人の子の危険を冒そうとまでして、刻印の魔力を増そうというのか?
その答えは、一度魔力に魅せられたものならば誰でも知っている。
『魔力は素晴らしい』からに他ならない…。
樹木は枯れて、地に帰り草を育てる。
獅子は死んで虫を育てる。
死は、決して無駄ではないのだ。
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夢の終わり