黄の野槌
変化とは、しばしば醜きものなり。
特に安寧を望む者には苛烈なり。
繰り返し表現する、「リフレイン」と呼ばれる技法があります。
最初にみた夢。
始めに写る印象。
しばしば焼き付いたかのように蘇る、あの時の光景。
事があるごとに、何度も何度も蘇ってくる。
始めに見た光景を繰り返す事で、印象をより強くすることができます。
夢歩きでは夢を見ているキャラクターのプレイヤーが自分で夢をコントロールするともできますので(その気になれば縁故を持っている他のキャラクターが入ってくることもできます)、最初は不確定な要素が多い夢だったとしても、キャラクターが肉付けしていって核心的なものにするのが普通です。
また、逆もあります。
最初に見た時ははっきりしていった夢が、時間が経つにつれて、ぼんやりしたものに変わっていく。
強い意志や絶対的な目標を持っていたキャラクターに揺さぶりを掛ける時に有効となるでしょう。
迷いが見えるものに指針を与え、迷いなき力に一点を穿つ夢。
そして、その夢は、本当にあなたが全て自分で見た夢だったのでしょうか…?
* * *
麦が黄金の穂を揺らす収穫の秋。
畑の中で、農夫ラークは刈り取りの準備に追われていた。
家の中では、愛妻ミリアが今まで使っていた農具の片付けを手伝っていた。
夜になり、強い秋雨が辺りを流し続ける。
この雨で、せっかくの実りが駄目にならなければ良いが…。
ますます強くなる雨、ますます大きくなる雨音。
夕食を終えたミリアの腕が、微かに震えていた。
「ミリア…どうした」
ラークの両手がミリアの左手を優しく包み込む。
その手は熱かった。
「風邪を引いたのか?」
その顔は血の気が少し引いているようにも見える。
「………」
椅子から立ち上がったラークは、ミリアをゆっくりを立ち上がらせていく。
「立てるか?」
「…うん」
言葉とは裏腹に、ミリアの足腰はふらふらだった。
「無理をするな、ほら」
ラークの腕が、愛妻を軽々と抱える。
農作業が生業の男にとって、これくらいは負担にもならない。
奥の部屋まで運ぶ。
寝床にゆっくりと下ろされるミリア。
「熱いぞ…しばらくは手伝わなくて良いから、ゆっくり寝るんだ」
ラークの腕が、ミリアの体を離れようとする。
だが、ミリアの腕が、ラークの首を回り込んでくる。
「…怖いの」
首に回された手が、二人の顔を近付けようとする。
「風邪じゃないの…でも、とても怖い」
「どう怖いんだ?」
「わからない。でも、何かが来る、とても怖い何か…」
ラークに触れているミリアの全身が震えている。
そして、紙の生え際からは大粒の冷汗が今にも落ちそうな大きさ。
「もう言うな…」
ミリアから離れようとしていたラークの両腕が、再びミリアの柔肌に密着する。
腕を回されていた首が腕の動きに従って、二人を近付けていく。
やがて、灯の油がなくなった。
* * *
刈り取りが終わった収穫の秋。
畑の中で、刈り取った麦を連接棍で脱穀するラーク。
家の中では、愛妻ミリアがパンを焼く為の粉を挽いている。
ごりごりごり。
粉を挽く石臼の音が、遠くラークの耳にも届いている。
やがて、石臼の音は止まる。
粉を挽き終わったのであろうか、ミリアがラークのもとに小走りでやってくる。
「ラーク、ほら!穫れた最初の麦で挽いた粉!」
粉袋を開き、二人が艶色と手触りを確かめる。
その表情は満足そのもの。
「今年も良い麦になったな」
「明日はこれでパンを焼きましょう!」
ごりごりごり。
誰もいないはずの家から、石臼を回す音がする。
ごりごりごり。
誰が?
急ぎ家に戻るラーク。
そこには、石臼を回して麦を挽く、いつものミリアの姿があった。
(なら、さっきのは?)
振り返った視線の先には、秋晴れの開轄地。
(さっきのミリアは…ミリアなのか?)
「どうしたの?」
ミリアの声。
再び体が家に向く。
「腕が痛くなっちゃったから、代わって?」
「…あ、ああ」
ミリアに代わり、石臼を挽くラーク。
ごりごりごり。
両腕で臼を回しながら、ラークの視線はミリアを注視し続ける。
「どうしたの?私に何か付いてる?」
「なぁ…ミリア…」
お前は…
はっ。
そこでラークは目が覚めた。
背中全体に冷汗が流れていたようだ。
雨音はまだ続いている。
体を起こそうとしたが、ミリアが腕をラークの首に巻き付けたまま、熱い体の半分近くが被さっている。
『離れてほしくない』と言っているかのよう。
うっ…うっ…
微かに、ミリアの泣き声が聞こえる。
「ミリア…何があったんだ…」
しばらく後、か細く、うなされるような声があった。
「来る…来る…」
「教えてくれ、何が来るんだ」
ラークがミリアの肩を何度も揺らす。
だが、それ以上声は出なかった。
ミリアの体は少し落ち着いたようだ。
逆に、ラークの心は不安に満ちていた。
* * *
収穫を終えた麦畑が、春への眠りにつく晩秋。
畑の中で、ラークは畑の土に藁をかぶせる作業をしていた。
家の中では、愛妻ミリアが揺り椅子に揺られていた。
ミリアのお腹には、大きく育った赤ん坊がいた。
まだ見ぬ我が子の為、冬を暖かく過ごせる服を編んでいる。
畑仕事が終わり、家に戻るラーク。
暖炉の暖かい灯に照らされたミリアが、重い体を優しく気遣うように立ち上がる。
「っとと、無理をするな、もうすぐなんだぞ」
ラークが慌ててミリアの体をおさえる。
その時。
「ラーク…」
ラークの背後から、紛れもなくミリアの声がした。
正面のミリアは、紛れもなく本物のミリアだ。
だとしたら、後ろは…
「ラーク…」
ラークは意を決して後ろを向いた。
「お前は誰だ!」
大喝した先にいたのも、紛れもなくミリア。
顔、体型、服、大きな腹、寸分違わぬ『ミリア』。
「来た…」
ラークの背後にいるミリアが、背中越しに縮こまっていく。
正面の『ミリア』が、ゆっくりとラークのもとに歩み寄っていく。
「ラーク…どうしたの?私よ。何でそんな怖い顔をするの?」
違う。
本物はここにいる。
俺のミリアは、今背中で小さくなっている。
だとしたら。
「違う。お前はミリアじゃない」
「ねぇ、いつものように、外に出ましょうよ」
『ミリア』が差し延べる手には指一つ触れず、ラークはありったけの声を放つ。
「おまえは偽者だー!」
「おまえは偽者だー!」
きゃっ。
耳をつんざく音と、ミリアの驚嘆。
ラークは、それが自分で本当に絶叫していたことに気付かなかった。
「す、すまない、ミリア」
「私は、偽者じゃない…私は、本当の…本物の私?」
外では雨が降りしきる、家の暗闇の中、堅く結ばれた男女が互いを探しあう。
手探りで確かめあう二人。
ラークの熱い胸板、大きな背中、たくましい腕。
ミリアの柔肌、滑らかな腰つき、そして優しい温もり。
そう、そこにいるのは、紛れもなく、本物のミリアだ。
どんどん。
二人とも今度こそ安心して眠りにつこうとする時、雨音とは違う音がドアを叩いた。
どんどん。
「この中に人はあらんか?」
どうも急を要するようだ。
「何者だ!」
「我らは『収穫者』と申す。この村はまもなく戦場となる。急ぎ支度されよ!」
戦場?
誰が、この雨の中で?
「来る…今度こそ…やって来るの!」
ミリアが再び声を荒げた。
「分かった」
もう躊躇はない。
納屋から馬と合羽を出し、夜長の寒さをしのぐありったけの服をミリアに着せる。
ラークとミリアが外に出た時には、白い装束の男達3人が鎌槍を持って二人を護っていた。
「北へ行かれよ」
ぱんっぱんっ。
男に言われた通り、二人を乗せた馬は北に走り出した。
ミリアに何があったのか?
あの偽者は何だったのか?
あの男達と、誰が、雨の中に戦を交えるのか?
家の畑。
穫れた麦。
卵をくれる雌鶏。
そして平和な生活。
一体、何がどうなっているのか。
なぜ、多くのものを一瞬にして捨てなければならないのか。
でも。
全てを失った訳ではない。
ラークの後ろには、最愛のミリアがいる。
この冷たい雨の中でも、ミリアがつかまっている背中は暖かい。
草原の中を、ひたすら北に走ること一刻。
雨が止むと共に、朝が来た。
馬を止めて降りる二人。
「あの夢は…何だったんだ?何を見ていたんだ?」
「分からない…」
「分からないならそのままでいいんだ」
まだ多くの言葉が出そうにないミリアを優しく抱きしめる。
二人の口がそっと触れた。
* * *
新しい土地での出発。
麦が黄金の穂を揺らす収穫の秋。
畑の中で、農夫ラークは刈り取りの準備に追われていた。
家の中では、愛妻ミリアが揺り椅子に揺られていた。
ミリアのお腹には、大きく育った赤ん坊がいた。
まだ見ぬ我が子の為、冬を暖かく過ごせる服を編んでいる。
「ラーク…」
「ん?」
「この子、ラークにそっくりの農夫になりそう」
「そうか、でもなぜ?」
「この子、ラークが仕事をする音に合わせて、私を蹴ってくるの…」
変化とは、しばしば醜きものなり。
特に安寧を望む者には苛烈なり。
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夢の終わり