緑の野槌
『深淵』の夢歩きには、様々な技法があります。
ただフツーに、キャラクターの夢を語ってもいいし(マスターに慣れてないと、ほとんどの人はそうなるでしょう)、プレイヤーが勝手に自分の見た夢を話し出してしまう人もいます。
ゲームに慣れてくると、プレイヤーもマスターもどんどん夢を紡ぎ合っていく事ができますので、キャラクターが実際に体験する事以上に、『夢歩き』で見た事の方がスリリングだった、という事も少なくありません。
運命カードの[語り部]の欄には、夢を表現する為の指針となる単語が2つ書かれています。
台詞・神話・欲望・英知・追想・出自・主張・前兆の8種類。
この『緑の野槌』のカードでは、[欲望/台詞]となっています。
プレイヤーもマスターも、指針を参考に夢を語れば良い訳です。
ここで、『夢を見る』側と『夢を見せる』側という対局が生まれます。
プレイヤーは「こんな夢が見たい」と夢歩きのカードを渡すと、マスターが「こんな夢を見たよ」と答えてくれるのです(…が、夢歩き判定に成功したが為に、はっきりと夢を見せてくれない事もあります)。
夢歩きの技法では、「対称」という表現も多用されます。
例えば、『光と闇』『空と海』『赤と黒』『生と死』『過去と未来』などが良く使われています。
片一方を強調する事で、もう片方をより強く意識させる事もできます。
どん底の闇から見える、一筋の微かな光。
キャラクターとNPCのそれぞれ(あるいは同じキャラクター同士)を対極になぞらえる事で、より強い印象を与えられるのです。
ところで、『夢歩き』そのものも、キャラクターの現実と対極の関係にあります。
しかも、現実と違って、夢で見る物はプレイヤーが積極的に介入でき、しかも他のキャラクターからの干渉を受けにくい(受けないということはない)ので、夢で見たある物と、現実で見るそれとでは、現実で見た時の方があっさり(物足りない?)ように感じる事があります。
ここで「そんなモノか」と受け止めるのは簡単なのですが、では夢で見たモノはどこに行ってしまったのでしょう?
『夢の再現』(=正夢)を試みようとするのも一興。
逆に、モノに関するあっさりした夢を見て、実際にはとんでもないモノだった、という印象を与える事もできます。
何気ないけど、気になって仕方がない…そんな事はありませんか?
『夢歩き』は、現実への対極・投影・逆対称を現すことでも楽しめます。
* * *
「お前は鬼を止めた」
ん………
廃屋の藁の中で、イアンはその声で目覚めた。
草の乾いた擦り切れの音の中から、藁とも髪とも分からぬ物を携えた頭が出た。
「俺が…止めるのか?」
「止めたんだ」
イアンの横から、戦友のリッチーが体を起こした。
「そんな覚えはないぞ」
「潮の洞穴に囚われていた鬼が、岩の封印を破って、この村に襲ってくる」
立上がり、戦支度を整えるリッチーの横で、イアンは何が何だか分からなくなりかけている。
「どういう事だ?俺かお前が寝ぼけているか?」
右手は眼をこすって、左手が水筒を探し出した。
水筒のフタを開けて目覚めの一滴。
「ん…?何だ?これは水じゃないか?」
「そうさ。気付けの酒は戦に悪いぞ」
いつの間にすり替えてられていた水は、酒精がなくとも目覚めの助けとなった。
そして、リッチーの顔はまだ赤かった。
「お前か!良い酒だったのにな」
「俺にも良い酒だったさ。おかげでいい夢が見られたよ」
イアンはハッとした。
「それが、俺が鬼を止めた夢か」
「当たり」
軽い体操で体をほぐしたイアンも戦支度を始めた。
比較的軽装備のリッチーと比べると、イアンの身支度は時間がかかる。
「いくら俺の腕力でも、鬼を止められるかどうかは分からんぞ」
「だが、イアン、お前は俺よりは長生きしていた」
「お前の夢の中でか?」
「鬼の長い腕が、俺の頭を正面から殴り付けてきたところで、目が覚めちまった。でも、頭をかち割りそうな痛さは残ってた」
「俺の酒を取った罰だ」
リッチーは申し訳なさそうに、以前の廃屋に残っていた干し肉を短剣で切った。
イアンに寄越した分は大きめの方だった。
身支度と簡単な腹拵えと、そして出物腫れ物を片付けた二人だった。
再び、寝床にしていた藁の上にいる。
「なぁ、リッチー」
「あん?」
「もし、俺じゃなくて、お前が鬼を止めていたら、その夢はどうなったんだ?」
リッチーは天井を見上げた。
しばしの沈黙。
「やっぱり、そこで目が覚めたんだろうな」
「そうか」
「俺は偵察兵上がり、お前は前線だったからな」
「だが、偵察兵が探りを入れてくれるおかげで、戦いは有利に進む」
「『見つかる前に見つけろ』そう教えられた」
こうやってな、と言いたげなポーズ。
藁の中から、頭が出ないように、しかし鋭いまなざしで物を見据える姿。
「そして、その先には何があった?」
「…穴だ…洞窟。俺は『潮の洞穴』と名付けてみた。別に海沿いにある訳じゃないが」
「穴から鬼か。良くある昔語りだな」
「そして俺が慎重に洞穴の先を見通して、お前はその後ろで迎撃姿勢を取っていた」
「迎撃というと…こうか?」
イアンの武具は片手半剣、円形盾、中装鎧、そして兜。
左利きのイアンは、円形盾を固定した右腕をグッと前に出し、左腕と頭を盾の後ろに隠して前屈みになる。
「そうしたら、あの鬼独特の匂いが漂ってきた。こう…土と卵が混ざって腐ったような奴だ」
リッチーが余りにも克明に夢を語ってくれるので、イアンもついつい彼の追憶に引き込まれていた。
「で、リッチー、お前の夢の中で、結局、俺はどうやって鬼を止めたんだ?」
小屋の中の二人が戦闘姿勢を止める。
リッチーは首を横に振った。
「そこまでは…うまく見て取れなかった。ただ、大きな鬼の影を止めていた、イアンの白い姿が見えただけだった」
やれやれ。
「俺の酒を飲んでおいて、肝心の活躍が聞けないのか!?」
「という事は…お前、鬼を止めたいか?」
「鬼とはやった事がないし遭った事すらない。だか強いという話は聞いている」
「強い奴には燃えるよな、俺達」
リッチーが頭のバンダナをキュッと締めた。
「戦に慣れた奴なら、誰だってそういうぜ」
イアンは装備の確認をしていた。
彼の片手半剣に曇りはない。
「よし!ではその洞穴に挨拶に行くか!」
「夢の続きを見せてやる…最高の奴をな!だから、今度はお前がもっと良い酒を出してくれないと困るぜ」
傭兵イアンと偵察兵リッチーの仕事は、村を襲った土鬼の退治だった。
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夢の終わり