黒の青龍
『深淵』をプレイする人達には、それなりの「熱意」というものがあるのではないか?と、時々思うことがあります。
『深淵』の前評判は散々でした。
RPGマガジンでのリプレイは、やり方が独特なことと、暗い雰囲気が災いして、アンケート葉書での人気は最低に近いものであったと聞いています。
しかし、デザイナーサイドとしては、そんなことは百も承知ではなかったのでしょうか?
人気や前評判に迎合せず、自分達のやりたいことをカタチにするという「熱意」。
これが『深淵』を完成度の高いものにし、実際に触れた人達の満足度を高めているのではないかと思います。
基本ルールセットが2回の再版が行われたほどの売れ行きがあったシステムですが、 コンベンションでは余りみかけることがありません。
マスターが説明しにくいゲームであることも確かですが、特に世界やシナリオの話を始めると、途端にプレイヤーが引いていってしまいます(笑)。
どんなに熱心に説明しても、すればするほど逃げられていったり(実話)。
フツーのファンタジーRPGをプレイする人にとっては、『深淵』は非常に入りにくいゲームであることに代わりはないようです。
近年のRPGに不可欠な「良く分かる本」の類いはありませんし、背景世界を使用した小説は…出版社が潰れてしまいました。
一方、『深淵』の世界に足を踏み入れた人達は、独特のダークでドラマティックな雰囲気を自由に飛び回ることができるようになります。
ネタに困れば『夢歩き』が使えますし、ストーリーのバックボーンには、キャラクターの『運命』を合わせれば簡単にこじつけができます。
それでもダメなら、どこかから魔族の影を引っ張ってくれば良いのです。
『美しいストーリーを作る」』のが深淵マスターの命題ですから、彼らまたは彼女達は必死になって、『いかにキャラクターをストーリーで弄ぶか?』を考えています。
映画やアニメから題材をとったり、キャラクターの背景と運命、縁故だけで即興型のシナリオを作ってしまう人もいますし、天空の神々のちょっとしたイザコザが人の子に影響を及ぼす…ようなこともやってしまいます。
あるプレイヤーに、「深淵はファンタジーRPGの『毒』である」という言葉を聞きました。
「暗い話に耐性のない人に触らせると非常に危険であるが、なれさえすれば、どのようなRPGでも平気で動かせるようになるだろう」というのが、その人の考えでした。
私は、それに『狂気』という言葉も付けたいと思います。
『深淵』に毒されてしまった人達(特にマスターを良くやる皆様)は、それぞれが自分の『深淵』理論を確立し、それを達成(そして伝染?)させようとしていることが少なくありません。
『深淵』はテストプレイの期間が長かったこともあり、97年に製品版が出た時には、既に少なくない数の「ベテラン」が存在していました。
そのベテランは初心者の大いなる助けとなったことはもちろんですが、自分でキャラクターのストーリーを作っていって、マスターや他のプレイヤーが制御できない領域にイッテしまう人がいたことも報告されています。
深淵オンリーのコンベンションでは、この傾向は特に顕著でした。
「深淵をもっと多くの人に知ってもらおう」という意図とは裏腹に、末期には、魔族やプレイングの話で盛り上がるベテランと、話についていけずに縮こまってしまう初心者の構図が出来上がっていました。
『深淵』が、様々な面で、コンベンション向きではないシステムというのは、実際にプレイしている人達なら良く分かっていることと思います。
それはデザイナーが『深淵』というシステムに込めた『毒=狂気』に当てられてしまった人達のが、原因の一つなのかもしれません。
* * *
土鬼の障気が微かに漂う、エルミデ洞穴。
「緑のウォク」と、「冷めた瞳アイルーイ」の二人は、それぞれ魔剣を手にしていた。
その長剣は、『死の真紅』と呼ばれていた。
持ち主の精神を蝕み、狂乱の縁に追い立てる事により、戦闘能力を最大限に引き出すとされる。
手放した者の多くは、精神を崩壊させ、抜け殻のようになって果てていった。
ある者は死者の嘆きが聞こえ、またある者は冷酷なる嘲笑に取り付かれ、自ら命を絶つのだという。
だが、剣から送り込まれる狂気を制御する術があれば、能力を完全に引き出す事ができる。
選ばれし者が使えば、天をも砕く、とも噂されていた。
この二人は、『死の真紅』を手にしても、狂気を見せることはなかった。
二人は、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた強靭な精神力によって、「死の真紅」から流れ込む精神の狂気を露呈させずに済んでいた。
エルミデ洞穴は、『死の真紅』が封印されていた場所であった。
魔道師学院の大書庫にある伝説書には、こう記されていた。
「500年前、見物にきていたある貴族が落盤事故に巻き込まれた。
そして、フリーデン侯爵とその娘メラニートは、生き別れになってしまった。
退路のないメラニートは、一人取り残された怒りと、暗闇からいずる狂気に苛まれた。
洞穴の虫や蝙蝠と心が通じあえるようになっても、その狂気は収まることはなかった。
星座が数えられぬほどに回ったある日。
メラニート姫のいた落盤は、3人の若い探検か立ちによって開けられた。
だが、それは闇の狂気を開け放つことにも他ならなかった。
メラニートは、既に人間とは思えぬ異形に変貌し、若者を食らった。
メラニートの右手には、血のごとき真紅の短剣があったという。」
『死の真紅』を手にした二人ではあったが、常に一つの疑問があった。
「『狂気を駆り立てる真紅の短剣』が、なぜ長剣になったんだ?」
「分からないわ。
実際に作った人に聞かなきゃダメよ」
「だが、ここにいるのか?」
「サファールでこの剣を調べてくれたアッシム爺が言っていたじゃない。
『封印せし者は封印に足げく通う』って」
二人は、洞穴の奥にたどり着いた。
正面には、青・赤・緑の3つの扉が立ちはだかっていた。
「これが封印の扉だとしたら、やっぱり赤だろうな」
「そうよね。
赤い剣なんだから、赤の扉よね」
ウォクは、真紅の長剣の柄を掴み、ゆっくりと扉の前に差し出した。
剣の先端から、凄まじい震えがウォクの全身に伝わってくる。
「ぐ…ぐおぉぉ…」
剣は実際には震えていなかった。
真紅の剣が持つ、精神の狂気がウォクを痛め付けようとしていたのだ。
ウォクの形相は強張り、眼の色が赤く染まろうとしていた。
「ダメ!ここで負けたら何にもならないわ!」
「…わかってる…!」
ウォクは、手にした長剣を、正面の『赤の扉』にたたき付けた。
接触部分から、一瞬赤い光がほとばしる。
扉がスーッと、奥に開いていく。
と同時に、ウォクを襲っていた狂気も和らいでいった。
「この先が祭壇か。
さぁ、入ろうぜ。せっかくだから」
「そうね。せっかくだから」
扉の先は、黄金に準ずる輝きを持った、透明な淡い光を放つ石が、天井や足下にも、至る所に生えていた。
そして、その奥には、階段状の祭壇が立てられていた。
「これがメラニートの祭壇か…」
ウォクは息を飲んだ。
真紅の武器とは全く関係がなさそうに見える、透き通った黄土色の祭壇。
そして…入口の上には、一つの人影があった。
「お前達を待っていたぞ」
威力のある太い声。
声の主、漆黒の騎士鎧は、金の縁取りがされた美しいものであった。
戦人としての性か、ウォクとアイルーイの二人は、咄嗟に武具を構えた。
「お前は誰だ!」
「我名はグロブス」
グロブスと名乗った男は、大剣を中央に差したまま、不動の体勢で浮かび上がり、祭壇の下に降りてきた。
フルフェイスの兜のため、顔は分からない。
「グロブス?知らないわね」
「我名はグロブス。
『剣の大公アロセス』が眷属『怒れるゾルトス』の僕なり」
アイルーイは、その名前に戦慄を覚えた。
一方、ウォクは平然と対峙していた。
「誰だか知らないが、何の用だ」
騎士鎧の冷たい視線が、ウォクの腰に下げている、『それ』に当てられる。
「ほほぅ…長剣にまで進化したか。
後2つで完璧となるな。わざわざ苦労であった」
「進化だと!?」
「知らぬのか」
「俺が見つけた時は最初から長剣だったが」
「では、貴様が使った後に、片手半剣に進化するであろう」
「どういうこと…?」
「『死の真紅』は進化する武具だ。
この攻撃力は持ち主の精神力に比例する。
持ち主の精神を吸収し、かわりに狂気を授けることに因り、持ち主の闘争本能を引き出すことができるのだ。
そして、短剣から小剣へ、中剣、長剣と進化していく。
最終型に進化した暁には、凄まじい威力を誇るであろう」
再び、ウォクの腰にあるものから、狂気が流れ出しそうになっていた。
まるで冷気を帯びたように、鞘から背筋を凍らせん程の気配が辺りを包む。
「どうだ。私と共に、最強の力とならぬか?」
騎士鎧の問い掛けに、ウォクはあっさりと答えた。
「邪悪なものに協力する気はない」
騎士鎧は動じない。
「邪悪などではない。
兵が力を発揮できるところは限られる。
所詮兵は戦場でしか己を見出だすことはできぬ。
戦の気勢なき場所では、兵は抜け殻も同然。
だが、その剣さえあらば、戦なき日々の空虚を満たすことができるのだぞ」
剣の邪悪な効能を悟ったアイルーイ。
彼女の脳裏にあった、過去の記憶が一瞬に引き出された。
「そ…それって…。
許せないわ。
私のいた村は、そうやって一人の男に壊滅させられたのよ!」
「ほほう…。
その剣の効果を目の当たりにするとは、幸せ者だな。
さぁ怒るがいい。
怒りも精神の糧となるのだ」
「いい加減にしろ。
そんなに進化がお望みなら、お前を斬って進化させてやる!」
ウォクは、ゆっくりと真紅の長剣を構えた。
刀身の所々から、赤い稲光がたぎっている。
騎士はゆっくりと、己の大剣を引き出した。
「良かろう。
この模造品にも飽きていたところだ。
とくと楽しませてもらおう…」
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夢の終わり