手芸部探訪記

オリジナルバージョン

2003年8月29日


ワタナベ・コウさんの手芸部に参加しました。

その時の体験記です。

おーたに::2004/4/15

Crazy Yang』Vol.2の編集前のオリジナル原稿です。捨てるに忍びなくひっそり掲載

 私は裁縫が嫌いだ。面倒だし、肩が凝るし、下手だし、どれを取っても良い所がない。そんなわけで、できる限り裁縫をしなくて済むライフスタイルを目指してきた。着る服さえ選べば、裁縫道具もアイロンも使わずに暮らす事は、そんなに難しいものではないのだ。

 昔から裁縫と仲が悪かったわけじゃない。小学校の頃はフェルトのマスコット人形作りが好きだった。「大高輝美のコロコロ人形」を片手に、たくさんのマスコットを作ったものだ。他に編物や刺繍もやった。あの頃が一番マメだったなぁ〜。

 小学校卒業後、中学、高校では、まったく手芸を楽しむ事はなく、マンガを描いたり、アニメを見てばかりいた。

 高校の家庭科ではデニムのタイトスカートを作った。外出できるものを(基本?)目指していた筈が、何故かウエストが細過ぎるピッチピチの腰巻のような物ができていた。当然、点数も悪かった。

 結論、服作りは面倒な上に外出できるレベルの物は作れない。私は二度と服を作ろうとは思わなかったばかりか、どんどん裁縫が嫌いになっていった。

 さて、裁縫から縁遠い生活を送っていた昨年の初冬、私は着付けを習う事にした。以前からきものには興味があった。老後は「サザエさん」のフネさんのようにきもので暮らしたいと思っていた。

 新しい事を始める時はわくわくする。しかし、初日の持ち物を見て愕然とした。

着付け教室:初日に持っていくもの。
・筆記用具・ソーイングセット(白糸・縫い針・マチ針5-6本)・タオル3枚

 は?何で?何でソーイングセットが要るの?うちにソーイングセットって、あったっけ?

 結局、家中の裁縫道具(ホテルで貰った物や、何かのおまけ)を掻き集めて持って行った。しかし、寄せ集め裁縫道具のみすぼらしさに、先生が気の毒に思われて、裁縫道具を貸してくださった。ああ〜。

 着付け教室では半襟付けと体型の補正道具の制作をした。そのためのソーイングセット&タオルだったのだ。久々の縫い物。玉結びも玉止めもできない。縫い方の名称もすっかり忘れている。

先生が仰った。
「半襟は毎回付け替える物ですから荒くで良いですよ。」
「あの、荒くって、何センチ間隔ですか?」
「補正道具を縫う時は最初と最後は返し縫をしておいてね」
「あの、返し縫ってどうやってやるんですか?」

 もうメゲメゲだった。着付け教室から帰ってから、楽しみの晩酌も出来ないぐらい疲れた。やっぱ裁縫は嫌いだ。この世に裁縫ある限り、きものは着れないかもしれない。私のきものライフに暗雲が立ち込めた。そしてそれが、裁縫と私の暗い再会だった。

 まぁ半襟付けも補正道具作成もしょっちゅうやる事ではない。洋服と同じように、できる限り関わらないようにしてやり過ごす事にした。

 きものは高価なものと思われがちだが、安い仕立てあがりのきものも売っている。その素材のほとんどはポリエステルだ。ポリのきものは静電気がひどくあまり好まない。されど高価な正絹のきものには手が出ない。何とかならないものか・・・。

 和服は洋服ほどには市場が大きくない。さらに約束事がいろいろあって煩わしい。呉服屋さんは妙に入りづらい。そんな時にはインターネット検索。きもの関連のサイトは意外にたくさんあった。

 なかでも堅苦しい礼装の着こなしではなく、自分流にきものを楽しんでいる方々のサイトはとても参考になった。趣向を凝らし、欲しい物が無いのなら、作ってしまう。

 身に付けるものを自分で工夫して楽しむ。私の中で今までに無かった発想だった。

 どうやら正絹以外の天然素材にはウールや木綿のきものがあるようだ。とある呉服屋さんのサイトで綿100パーセントのきものが販売されていた。とりあえず一枚仕立ててみた。綿のきものはパチパチしなくてしっくりくる。「やっぱフネさんには綿やね」と思いつつ、綿素材のきものが一般流通に少ない事が不満だった。結局、木綿だと浴衣になっちゃうんだよねー。

 そんなある日、自分の仕立てたきものと同じ布が、手芸屋さんで販売しているのを見つけた。「へー、洋服生地でもきものは作れるモンなんやな」目からウロコだった。だったら私にも作れないかな?

 和裁を勉強したら、リサイクルきものを直して着る事ができるかもしれない。和裁は直線が多いし、洋裁よりも簡単かも。とりあえず、ゆかたの作り方の本を買ってきた。よく解らなかった。洋裁よりも簡単なんてバカバカ。結局、己の甘さを実感しただけだった。

 いやいや、きっときものは大物過ぎたのだ。小物類から始めてみたらどうだろう?

 きもの友達から「足袋の型紙」を譲ってくれるサイトを教えて貰った。好みの布で自分サイズの足袋を作る事ができる。きっと市販の物よりも安価に作る事ができるだろう。んが、私は裁縫が苦手だ。縫うよりも白足袋を染めたり絵を描く方が楽しそうだった。

 カーテン生地で付け帯を作ろうという講習会にも行ってみた。カーテン生地というあたりが「風と共に去りぬ:スカーレット」風で楽しい。んが、やっぱり私は裁縫嫌悪が先に来てしまう。うーん・・・。

 そうだ、もしかしたら足袋も帯もミシンがあったら楽に作れるかも。またもや自分の技量を棚に上げた発想がむくむくと持ち上がってきた。タイミングよくミシンを買い換えるという友人からミシンを買った。ほぼ最新のコンピュータミシン。私にはかなり分不相応だ。

 残念ながら、取り寄せた足袋型紙の作り方も、講習会で貰った付け帯の作り方もいまいち理解不能だった。やはり裁縫の基礎知識は有るに越した事は無いようだ。

 良いミシンを買っても結局作るのは自分。自分のレベルがこんなに低すぎるのは問題だ。いかん、このままではこのミシンは猫に小判だ。アイロンと共に「我が家で使われない家電ナンバーワン」になってしまう。

 何とか裁縫の事を簡単に勉強できないだろうか?。困った時にはやはりインターネット検索。そして見つけたのが、コウドットコム・クイックソーイングだった。

 コウドットコムのクイックソーイング宣言を読んだ。「しばられない」という言葉に惹かれた。そもそも「きもの界」はいろんな「決まり事」に縛られている。うんざりだった。「・・・ねばならない」系が嫌いな私としては、クイックソーイング宣言にはとても好感を持った。

 とりあえず「CrazyYangの創刊号」と最もシンプルで自分が着そうな「ラグランTシャツの型紙」を購入した。次のクレヤンの増刊号は「木綿の着物」だった。即会員になった。

 しかし、私はクレヤンを読んでも、アマゾンで取り寄せたクイック・ソーイングを読んでも、今いち作り方がピンと来なかった。たぶん、きもの作りに興味はあっても、苦い記憶のある服作りには、興味が湧かなかったんだと思う。

 私は服作りどころか、もともと服や装いそのものにあまり興味が無かった。洋服は適当に無難に着れたらそれで良しと思っていたのだ。きものを着るようになって、洋服での装いも気になってきた。

 実のところ、適当に服を選んでいながらも、微妙に不満があった。ボタンの色、袖の形、丈の長さ、デザイン・・・。それらを自分好みに作る事ができる。そう思うと服作りもまんざらではない気になってきた。

 本や型紙を買い揃えたものの、最初の一歩がなかなか踏み出せない私だ。だったら一度、手芸部に参加してみよう。これでまず最初の一歩が踏み出せる。

 丁度、手芸部で作りたいものがあった。難易度は高そうだが、クレヤン創刊号掲載のアロハシャツだ。私の夏の普段着は、Tシャツに半袖のシャツをひっかけている事が多い。持っているシャツは何年も着古して、そろそろ新しいシャツが欲しかった。

 クレヤンを読んだ方はご存知だと思うが、アロハシャツは明治時代、日本からハワイに渡った方々が、きものをほどいて仕立て直したシャツが原型だとか。それに倣い、トロピカルな模様の生地ではなく、和調の文様でアロハを作ってみたいと思った。自分の欲しい物と作りたい物が一致した。手芸部の申し込みはアロハシャツで申請した。

 手芸部に参加して驚いた。べらぼうに楽しかったのだ。

 一枚の布が、裁断され、少しずつ形を成して行く姿・・・。物事をビジュアルに受けとめる私には、クレヤンやクイックソーイングに書かれていて、いまひとつピンと来なかった文章が目の前で繰り広げられ、実行されて行く事に深い感動を覚えた。

 当初はとても不安だった。裁縫から離れて随分経つ。初心者向けとはいえ、私ほど素人だと場違いじゃないのか?仕事を休んでまで行っても、何にも出来なかったらどうしよう。一日あるけど、やっぱ裁縫は向いてないと再認識するだけかもしれない。

 そんなこんなで当日は「今日は裁断まで出来たらええほうやろなぁ」と思っていた。しかし、ほぼ付きっきりで教えていただいた甲斐あって、何と!片袖を付ける所までできていた。洋裁というものはとても時間がかかるもんだと思っていたのに、この進行具合はどうだ。

 そもそも、裁縫が嫌いで、「ボタンが取れたら、全部取っちまうか、ボンドで付けちゃえ!裾が落ちたら、両面テープで貼っちゃえ!」と思っていた私が、ここまでできるなんて、感無量、自画自賛の嵐。しかも、途中で飽きて、ぐったりするんじゃないかと思っていたのに、楽しくてあっという間の一日だった。

 文字ではこの嬉しさ、楽しさを伝える事が難しくもどかしい。教えてくださった全ての皆様の前で感謝の舞でも踊りたい気分だ。なかなか一歩が踏み出せなかった服作りは、手芸部でたったか走り出した。

  手芸部にいらしてたポチさんとお話しできた事も嬉しかった。私は中学の頃、月刊OUTを読んでいた。まさかクレヤンを読んで、その雑誌の名前が出てくるとは思わなかった。シャア猫、ゆうきまさみさんのヤマトタケル、アウシタン・・・。何もかも皆懐かしい。

 その頃は働いている自分や、30代の自分がまったく想像がつかなかった。ましてや読んでいる雑誌の話を20年後にする事になるとは・・・。人生にも伏線ってあるのかな。昔、OUTを読んでいたのは、この瞬間への伏線だったのかもしれない。何だか不思議な気分だった。

 実はポチさんと話している間、手に汗をかくは、足は震えているは、心臓はバクバク言ってるは、随分と緊張していた。シドロモドロでトンチンカンな事を口走ってなかったか不安だ。

 手芸部に参加して、裁縫に対する嫌悪感はすっかりなくなっていた。だが、やはり裁縫は苦手だし下手っぴだ。面倒な所もある。しかし面倒な作業だと思う以上に、布から服を作っていく工程は面白く、楽しかった。

 きっかけはきものだった。きものからいろんな波紋が生まれ、広がっていった。服作りもまさにそのひとつ。

 そして手芸部をきっかけに新しい波紋が生まれていく。
 さて、次は何を作ろうか。


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