4月29日(土) 関空 → 広州 → 成都 いよいよ旅行出発。関西組は関空に8時10分集合。GW初日ということで、すごい混雑を予想していたら、特にそれほどでもなかった。たまたまある一角が人だかりになっていて、そこをテレビカメラが映していた。「GW初日関空は海外に向け出発する人々で大変混雑しております」なんて、ね。う〜ん。マスコミの情報操作は恐ろしい・・ チケットをもらい、うだうだと時間をつぶした後、出発ゲートで添乗員の花木さん(仮名)他東京組と落ち合う。ここでゆかこさん初登場。顔がかなり男前で何故かちょっとドキドキ(笑)荷物が非常に少なく、まるでピクニックにいくようなザックを持っていた。(後々私達はその小さなザックに非常にたくさんのすごいシロモノが隠されていることを知るのであったが・・。)ちなみに私達5人は全員ザック持参なのだが、一番ザックが重いのは大谷さんであった。(Jack wolfskinの黒地に薄くチェック柄になっているザック。なかなか可愛いです。) 大谷さんは前回モンゴルに行った時にトムクルーズのようなショートカットにしていて、すごくかっこよかったのだけど、今回は守りに入っていて、かなり女らしい髪型。(少し茶髪のショートボブ)本人曰く「うっとおしい」とのこと。若菜はばっさり短くしていて、なかなか格好良し。本田嬢もチベット仕様で無造作な肩までの長さ。皆さん、気合入っていますねー。 広州→成都と飛行機を乗り継ぎ、本日は成都の五つ星ホテル「錦江飯店」にて宿泊。こんな格好で五つ星に泊まってもいいのか!?と騒ぎつつホテルのレストランで夕食。麻婆豆腐や麺など、美味しい中華に舌鼓を打ちつつ、ここで今回のツアーメンバーの自己紹介を行う。総勢13名。(うち男性は2名)添乗員は笑い上戸の花木嬢。自己紹介を聞いていると、ブラピ主演の映画「7years in TIBET」を観て来られている方多し。(「クンドウン」の方がチベット通には評判いいはずなのに・・何故?) ラサ行きの飛行機は朝しか飛ばないらしく、明日は早いので(モーニングコールは4:30!!)せっかくの五つ星も堪能できずに早々と就寝する私達であった。 ※この夜大谷さん・ゆかこさんペアは部屋にあったバスローブを着て遊んだりなんかしていたらしい・・・余裕ですねー(その余裕が翌日恐ろしいことに・・)
4月30日(日) 成都 → ラサ → ツエタン 眠たい目をこすりながら、とうとうラサに向け出発。今は中国も連休中でラサに旅行に行く人が非常に多いらしく、フライトが予定していたものより1本遅い便になってしまった。成都の空港で群がる中国人達のパワーに圧倒される私達。やはり人口10億人の国の人々ははたくましいですな〜。 とうとうラサに到着!!嬉しい、嬉しい。しかし高山病対策のため動きがスローになる私達。空港の建物を出ると目の前は茶色い山々。あ〜、嬉しい。やっとチベットだあー。 ここで現地ガイド チベット族のタシさんと漢族の曽さん登場。タシさんに歓迎のカタ(白い細長い布で、先がフリンジ状になっている)をそれぞれ首にかけてもらう。タシさんは大柄でたくましく、曽さんは小柄。明らかに違うルーツを持つ二人であった。専用バスでツエタンに向け出発。途中ニンマ派南流の総本山ミンドゥリン寺を見学。お寺の中に入ると甘いバターの香りがたちこめている。ここはチベット。お寺の蝋燭台の中にはバターが入っており、それで蝋燭を燃やしているのだ。薄暗い広間に僧達が並んで座り読経をしている。今月はこの寺の創始者の誕生月でただいま15日間の法要の最中とのこと。貴重な砂曼荼羅も拝見させていただく。同じツアーのWなべさんはチベットに非常に心酔していて、言葉も勉強しておられるそう。彼女と一緒に若い僧侶に話し掛けたら、大変はにかんでいた。年はまだ16歳。彼はこれからず〜っとこの建物の中で暮らしていくのかなー・・・? 気が付けば僧侶達の食事時間になっていたらしく、スープのようなものを配り始めた。具沢山でなかなか美味しそうである。さっきの若い僧侶はよほどはにかみやらしく、上からかけている僧衣の布の中にすっぽり頭を隠してスープを食べている。他の僧侶達は観光客になれているのか、気にせず食事し、目が合えば笑いかけてくれる人もいる。みなさま修行中にごめんなさいでした・・・。 午後3:00頃ホテル到着。三つ星の沢当飯店。私と若菜、本田さんはトリプルのため2階。他の皆さんは4階。しかもエレベーターがなく、高山なのに階段を昇らないといけない。これはなかなかきついですねー。またもや美味しい中華を食べ、高地順応のため、各自夕方まで部屋にて休憩。この時大谷さんは少しつらくて、休憩時間に眠ってしまう。そして、その後たいへんな状態になってしまうのであった・・・。 夕食前にホテルの近くをみんなで散歩。(大谷さんは気分が悪く部屋で休憩)中国語の看板が連なる町をゆっくりゆっくり歩く。途中超市(スーパー)を発見。中に入って見ているとピカチュウもどきのイラスト入りの袋に入ったクッキーを発見。いきな若菜のはからいでピカチュウフリークの大谷さんへのお土産にする。 ホテルに戻り、大谷さん&ゆかこさんの部屋に行くと大谷さんがダウンしていた。空気が薄く、呼吸が大変とのこと。眠ってしまうと呼吸ができず、苦しくて目が覚めてしまうそうなので、晩御飯は2人づつ分かれていくことにする。先発隊は私と本田嬢。レストランに行くと花木嬢が心配して「医者を呼びましょうか?」「酸素枕は?」などいろいろ言ってくれるが、とりあえずは様子を見て・・と返事する。食べ終わって、大谷さん用のおかゆを作ってもらい、部屋に戻る。ゆかこさん・若菜組と交代。大谷さんをなるべく寝かさないようにしていたのだけど、一瞬眠ってしまったらしく、その後 目に見えて容態が悪化。呼吸が荒くなり、「手がしびれる」と言い出す。見かねて本田さんが花木さんに酸素枕を借りに下まで降りる。花木さん、曽さんが部屋にやってくる。曽さん曰く「ただの(!!)酸欠なので、医者を呼んで点滴する必要はない」とのこと。こんなに苦しんでいるのに「ただの」酸欠とは?!むっとしつつも花木さんと私達は点滴を主張。医者を呼んでもらうのであった。 中国人の女医さん登場。ショートボブになかなかたくましい体格。4階まで階段を上って来るのがつらかったらしく、ぜいぜいと肩で息をしている。「このホテルにはエレベーターがないのか?!」というようなことをぶーぶー文句言っていた。その後男性の医師も現れ、血管を広げ、血行を良くする薬を点滴してもらう。小さな顔に鬚をたくわえた彼は軍医さんだそうで、点滴の針を刺すのも上手かった。大谷さんの容態はなかなかよくならず、身体中がしびれ胸の上に文鎮がのっているようだとのこと。この時は私達4人、本当に途方にくれました・・・。すごく眠りたいのに、眠ると呼吸が止まってしまうので、またつらくなるの繰り返し。え〜ん、かわいそうな大谷さん・・しかしここで酸素枕が登場!大きな空気入りの枕から細い管が出ており、その管を口ではなく鼻に入れるのだそう。管をテープで固定する。(この時、大谷さんは気が付かなかったらしく、後でびっくりしたらしい) 長い長い夜。終わりはいつ来るのか。大谷さんは本当に良くなるのか、このまま入院してしまったらどうしよう・・?本当に不安な気持ちでした。ゆかこさんは以前日本で運転中に酸欠状態になったことがある(!?)らしく、経験豊富なゆかこさんの「大丈夫、大丈夫。」という言葉にはすごく安心できた。ゆかこさんがいてくれて本当に良かったっす・・。 結局2本の点滴をするのに夜中2時過ぎまでかかり、終盤には大谷さんの容態も落ち着いて一応解散。外はメーデーのお祭りでカラオケをやっていてうるさいし、もう本当に果てしなく続く長い夜でした。
5月1日(月) ツエタン 朝、なんと大谷さんが復活している!!朝食もしっかり食べ、観光にも参加するとのこと!流石中国4000年の歴史!それにチベット特産のドリンク剤「紅景天」!!まるで奇跡のようです・・・。あ〜、よかった・・・。 バスで「王家の谷」へ向け出発。信じられない悪路をバスがひた走る。この辺は雨季になると水はけが悪くバスが通れない道もあるらしい。途中急に羊の大群がやってきて、バスを止めてしまった。彼(?)らが行ってしまうまでしばし待つ私達。うーん、チベットですなあ・・。その後、畑を耕すヤクと人々を発見。写真撮影のためバスストップ。ヤクというのはチベットに生息している牛で、毛が長く、鋭い角がカーブを描いてそそりたっている。お寺に行けばヤクバター、普段はヤクチーズを食べバター茶を飲み、とチベット人にとっては欠かすことのできない動物なのだ。そのヤク様たちは農作業をしているというのに赤い飾りをつけていてまるでお祭りに参加するようだった。(でも近くで見ると目が血走っていてちょっと怖かった・・) 「王家の谷」ソンツェンガンポ王の古墳へ到着。外からみると「王家の谷」なんていうすごい代物ではなくただのこんもりした山、というかまさに古墳という感じ。ソンツェンガンポ王は古代チベット統一王朝の王であり、この国に仏教を導入した聖王ということでチベット人には「観音菩薩の化身」ということで信じられているそう。中はやはりバター油の匂い。現在過去未来の菩薩像、そしてパンチェンラマのお写真が飾られてあった。 ホテルに戻る途中、なんと民家を訪問!台所や居間など一般的なTibetanのお宅を拝見させていただく。おばあちゃんはとても貫禄があって、しわの1本1本に歴史が刻まれている感じであった。また小学生くらいの娘さんがとても可愛かった。ツアーのメンバーが彼女に戯れに口紅をつけてあげたら、はにかみつつもとても嬉しそうにしていた。(チベットの子供のはにかむような笑顔はとても可愛らしい。) ここで、女性陣はトイレをお借りする。家の中にあるのだけど、階段を上がるとトイレには屋根がない!(雨季はどうするんだろう・・?)トイレと言っても穴が空いているだけ なんだけど、なかなか楽しい。みんなで順番にトイレタイムを楽しむのであった。 民家訪問は本当に楽しいなあ・・ ホテルに戻り昼食をとった後、ヨンブ・ラカン観光。むかしむかし天空から仏教の経典が降りてきて、王がそれを精霊として祭ったという伝説の地。建物が吹き抜け状になっていて、天井を仰ぎ見ると、本当に神の使いが降りて来そうな気がした。このお寺は小高い丘の上にあり、アクセスがなかなか大変なのだが、帰り道そぞろに歩いていると若菜と大谷さんが(妙な)ダンスを始めた。(その頃我々のあいだでは突然ダンスが流行っていたので・・)と、いうのは先に下に降りてバスの前で待っている本田さんに見せようと思ったからだ。前を歩く2人が踊り始めたので、つられて私もやりだすと、私の横にいた「笑う添乗員」はなぴーも踊りだした。本田さんはうつむいていてなかなか気付いてくれない。しかし、こりずに踊りつづけていると、私達の後ろにいた「リボン娘」Eきど女史、「クライマー」こと佃煮屋さんのYくぼさんまで踊っているではないか!!7〜8人で盆踊り風に踊りながら坂を降りる私達。やっと気付いた本田さんが腰をぬかすほど驚いたことは言うまでもない・・・。(なんだ、みんな踊りが好きなのねー。) 昌珠寺観光。真珠のタンカ(仏画)で有名なお寺。最近インドに亡命したカルマパ17世のお写真がパンチェンラマの写真の横にひそかに飾ってあった。吉祥紋の魚や蓮の花をかたどった建物の柵(?)がなかなか可愛らしい。ところで、大谷さんは犬を見るとみんな「ジョン」と呼びかける。しかし、ここでは白に黒ぶちの犬がいたので「うし」と呼んでいた。犬の名前には2種類しかないそうである。
5月2日(火) ツェタン → サムエ寺 → ラサ 朝、ヤルツァンポ川を渡ってサムエ寺に行くためみんなで渡し船に乗る。寒い、ひっじょーに寒い!持ってきた衣服をこれでもかと着込み着膨れる私達。向こう岸は見えているのだが、中洲が多いため迂回路をとりまくらねばならず、1時間30分の船旅であった。屋根はないし、小雨は降ってくるし、もおーっ寒いっす、つらいっす。 この30人ほど乗られる渡し船には地元の人たちも乗っておられ、私達の近くにはおばあちゃんとその家族が乗っていた。おばあちゃんは髪を三つ編みにし、トルコ石の大きなピアスとトルコ石と金のかわいい指輪をしていてとても可愛らしかった。チベットの女性はよくお洒落をしていて、おばあちゃんになってもなかなか可愛いのだ。私がおばあちゃんのアクセサリーを褒めたら、おばあちゃんは若菜の靴を指差し、親指をたて「GOOD!!」というような仕草をしていた。Tibetan の心を奪う靴をはいているなんて、流石若菜くんは目利きですなー。おばあちゃんの孫の少年(なかなかハンサム)は中国語を話せたので、ここで筆談を交えた会話が進む。彼らはラサのポタラ宮近辺に住んでいるらしい。13歳の少年に「一緒にバター茶を飲みに行こう」とナンパされてしまったショキマリであった。(本当の歳を言ったら驚くだろうなあ・・) チベット最古の僧院サムエ寺を観光。1階がチベット式、2階が中国式、3階がネパール式になっているらしいが、あまりその差がよくわからなかった。途中修行している若い僧たちがいた。瓶の中に水を入れ、ストローで息をふきかけ、絶え間なく水を泡立たせるのだそうだ。(楽器を吹くための修行らしい)ひとり、とても上手い僧がいて瓶の中の水がずーっと泡だっていた。すごい!感心する私達。 さっき出会ったチベット族の少年は何故か子犬を抱いて拝観していて、五体投地の話をしいたら、突然見本を見せてくれた。(サービス精神旺盛だなあ・・) はなぴーの愛の五目御飯他のお弁当を食堂でみんなで食す。地元の人が水筒にバター茶をいれて飲んでおられたので、Nむらさんが「ひとくちちょーだい」って言ったら、コップに1杯下さった。みんなで回し飲み。初めて飲んだバター茶はあっさり味のスープのようで、思ったよりずっと美味しかった。 このサムエ寺はお寺の建物の立ち方そのものがマンダラであり「宇宙」を表しているという。それを上から見下ろすために、みんなで裏山に登る。中級者コースの頂上に着いた後、何故か元気いっぱいの私と本田さんはWなべさんについて上級者コースを目指す。頂上についたら、ここにも小さなお堂があり、中に人がいた。こんなところで寂しいだろうなあ・・ 帰りはまた渡し舟に乗って対岸まで戻る。今度は風向きのおかげで行きの半分くらいの時間で着いてしまった。その後はラサに向けて、ひたすらバスで移動、移動、移動。何故かハイな私達5人は最後列を陣取って、爆睡する人たちを省みず、まるで修学旅行のようにはしゃぎまわった。ツェタンの街で大谷さんへのお土産に買ったぴかちゅうモドキ(動物餅、つまり動物クッキー)もすっかり食べてしまい、妙に食欲旺盛なのであった。みんな、もう少し大人になろうね・・・。 PM8:00頃、標高3,600mの街、チベットの大都会ラサに到着!!うお〜、と、とかいだあ〜・・・!(ちょっと残念・・・)
5月3日(水) ラサ 今日は観光地の中の観光地、ポタラ宮見学。研究熱心な本田嬢はゆかこさんに「歩き方」を借りて、夜遅くまで学習していた。えらいぞ、本田さん。ポタラ宮といえば、もっと郊外というか山の方にあるものだと思っていたら、街の中心にどお〜んとそびえたっていてちょっとびっくり。巡礼者は正面から長い長い階段を昇っていくらしいが、我々観光客はバスで裏口の方に上って、見学しながら下って行くようになっている。バスの入り口からすごい大渋滞!!でなかなか前に進めない・・・。ひしめきあう車、うろちょろ歩く人々。「そりゃ、もうすごい騒ぎさーっ」(古いかな?)て感じである。 ふうーっ、やっと入り口にたどりつき、まず始めにトイレ。ここのトイレは穴が空いているだけのボットン式なのだが、その穴の底が非常に深く、高所恐怖症の人にはちとつらいのであった。えいやっと用を足すと、自分の身体から出た液体が放物線を描いて下に落ちていっているのが見える。(ちょっと男の人の「立ち○○○」のようだなあ・・・) ポタラ宮には代々の王達やダライラマ達の廟や、仏像がたくさんあり、本当に豪華絢爛、華麗な世界だった。柱に彫ってある細工のひとつひとつも非常に繊細で美しく、本当に夢の世界のようだ。例えば昔、貧しい地方のTibetan達ははるばる遠方から五体投地で苦労して苦労してここまでやってきて、このあまりに豪奢な夢のような世界を見て、どんなに感動したことだろう・・。一般人の生活とこの宮殿のあまりの豪華さとの間には大きな隔たりがあって、なかなか興味深い。でも人々の信仰心は厚く、王やダライラマ達への思慕の念も強いため、ポタラ宮のこの豪華さも冷たい感じではなく、人々の愛情に支えられているような気がした。 ここは文化大革命の影響も受けずに、昔のまま保存されているとのこと。流石の中国人もこの夢のような世界、Tibetanの魂を破壊することはできなかったのだろう。しかし、夢の世界とは言っても、今は観光シーズン。中国人の団体観光客に圧倒されつつバター片手にまわる巡礼者や白人達など、ものすごい人ごみの中をガイドさんについて行ってまわる私達であった・・。はあ〜、疲れた。 その後、ポタラ宮の向かいにある人民広場(!!)でポタラをバックに写真撮影。ここは昔池があったのに中国政府によって埋め立てられ、今の「人民」広場になったらしい。広場のまんなかにはどおーんと中国国旗が掲げられていた。なぜかちかくにディスコがあり、中に入ろうとするポーズを写真におさめる大谷さん。 昼食は始めてのチベット料理。ポテトモモというポテトの揚げ餃子みたいなのが美味しかった。 午後の部は小昭寺観光からスタート。この寺に行くとお坊さんがいきなり全員にカタ(白い布)をかけてくれた。(歓迎の意味らしい。)なんだか嬉しくなる私達。ここの僧達は低音の「うえーーーーっ」というような声で歌うようにお経を読んでいた。みんな陽気な人たちらしく、我々にアピールするかのように、にやにやしながら、「うえーーー」というような声を出していた。可笑しいなあ・・。 お次は大昭寺(トゥルナン寺)観光。この寺の周りには五体投地で祈りつづける仏教徒達がいた。みんな下にマットをひいて一日中お祈りをしているらしい。(何のために祈っているのだろうか・・。)この寺はソンツェンガンポ王の2人の王妃が協力して建立した寺で、中国人王妃 文成公主が中国から持ってきた釈迦牟尼像がある。仏像の衣装が和服の帯のような生地でできていて本当に美しい。しかし、ここも観光客だらけで見てまわるのが結構つらかった。屋上に上がって、下で五体投地の人々を眺める私達。(巡礼者の方々、ごめんなさいです・・・。) アニ・ツァング寺(尼寺)観光。ここの尼さんたちはみんな体育会系風で、ハンドボール部とかバスケ部といった感じの人が多かった。素朴な雰囲気が可愛らしい。
パルコルであてが外れたので夜はホテルの売店でお土産をお買い物。大谷さんは絵葉書を山のように買っていた。(まめだなあ・・)若菜くんはヤクのかわいいぬいぐるみ(手を入れてうごかせるやつ)を Get し、ご満悦。戦利品を身につけ、カメラにおさまる大谷さんであった。
5月4日(木) ラサ 本日はラサ最終日。抜けるような青空。(でも来る前に想像していたまっ青!!というような色の空には最後までお目見えできませんでした。)空は水色、快晴、快晴。 ラサ市外から西北に8km。(悪路のためバスの中ではジャンプ、ジャンプ。)岩だらけの山腹に壮大な伽藍が広がるデプン寺を観光。山道を少し登り(大谷さん苦しそう・・)、寺に到着。ここは文化大革命の傷跡が生々しく壁に「毛主席万歳!」と毛沢東の似顔絵が書いてあったのには驚いた。(中国人の観光者たちはどう感じるのだろうか?) 僧達が使っている台所も見せていただく。お鍋がたくさん吊るしてあったり、柄のない包丁で野菜(※これ、野菜だったか肉だったか記憶が定かではありません。どうでしたっけ?大谷さん?(肉でーす by お))を切っている僧がいた。なかなか面白かった。ところで寺院にはにんにくの匂いが禁物だそうだ。お釈迦様に失礼だからだそう。美味しいのにね、にんにく料理。 バス乗り場への帰り道、トイレに寄る。ここのトイレはやはりぼっとん式だけど、近くに川がながれているらしく、さらさと水の音がして、涼しげな風が吹き、なかなか心地よかった。決定!あなたが「NO.1トイレin Tibet」だ!!みんなのトイレを待っている間、「クライマー」Yくぼさんが妙な踊りを教えてくださった。「あぶらむし、へこきむし、いろけむし」の三部作。勘の良い若菜は早速習得して、一緒に踊っていた。 ところで、このYくぼさんという人は定年間近の佃煮屋さんなのだそうだが、山登りの達人でだじゃれ好きなおじさんである。私たちツアーのメンバーのフルネームを覚えたらしく、気が付けば、ショキマリは「まりちゃん」と呼ばれ、本田嬢も「Mえさん」と呼ばれ、大谷さんには何故か「まきさん」と呼びかけていた。(まきさんは違う人やろー)レストランのおしぼりで「うさぎ」を作ってくれたり、何かと芸達者な面白い方でした。 昼食はポタラ宮の近く、昨日のチベット料理屋の近所の「石頭屋」。あっさり味の中華ですごく美味しかった。大根スープ、もやしの炒めたやつ、饅頭!ああ、幸せ・・・。 今日は天気が非常に良いのでポタラ宮をバックにまたもや記念撮影。楽器を演奏しつつ、お金をもらおうとする子供が寄ってきたので、何故か踊りだすわたしたち。気が付けば、物乞いの子供達と一緒に歌って踊っているのであった。またもや「笑う添乗員」はなぴーも一緒に巻き込みつつ・・・。(もう、チベット人に笑われてるやん。) 市外北方約3kmの山腹にあるセラ寺を観光。山のもっと上のほうにも小さな建物があって、そこで修行している僧達もいるらしい。月に一度食べ物を取りに寺まで降りて来るそうだ。あんな山の上で修行三昧の日々、厳しそうだなあー。 この寺では馬頭観音という文字通り馬の頭を持った観音菩薩像を見た。僧侶が何故か日本語で「ばとー、かんのん」と言っていたなあ。またここの文殊菩薩像は首を少し傾けるようなポーズをとっている。外で若い僧侶達が毎日問答をしているのを聞いているそうだ。 中庭で午後3時30分に始まる僧達の問答を見学。2人ペアになって、一人がまず腕にかけた数珠をたくしあげてから、まるでたんかを切るようなポーズをとって質問をする。これは文殊菩薩様が剣で鞭を切る仕草だそうだ。すると相手がそれに対して答えるという形式で、延々と大きな声でやっていた。(質問内容は特に決まりはなく、政治的なことでなければ、なんでも良いそう)ここで話されている言葉はチベット族のガイド タシさんでもわからない仏教用の言葉だそうだ。なかなか男前の僧もいる。(きゃあ)チベットの僧侶達はみんな腕を出しているが、何故かみな一様にむだ毛がなく日焼けしていて(ちょっとテカリ気味)とても美しい。なんででしょうねー?突然彼らの問答に熱がこもりだしたかと思えば、偉いお坊さまが登場。皆に指導を始めた。僧といえどもまだまだ若く、遊びたい年頃だもんね。さぼりたい気持ちはよくわかるなあ・・ ダライラマの夏の離宮ノルブリンカを観光。みんなピクニックに来ていて、ビニールテントがたくさんあった。宮殿の中は流石に豪華であった。中にダライラマ14世が亡命の際に脱出した部屋などあり、生々しい。 パルコルを再訪。まずチョコアイスを1本大谷さんが買ってくれて、みんなで食べた。大谷さんはここで念願のベストを35元でGet。店主は私達の物まねをしたりなかなかひょうきんものであった。ゆかこさんは小さな電卓片手にすごいお買い物上手さを発揮!バジュラ(馬頭観音)のピアスを8元で購入。最初は1セット○○元(←ゆかこさんにご確認下さい)って言われたのに・・・。素晴らしい。ゆかこさんは実は駆け引き上手だったのである・・。(セットで18元だったかな byゆ) 最後の夕食はタシさんご推薦のチベット料理屋さん。市の中心部からは少し離れたところにあり、バスでこんなとこ通ってもいいのか?と、いうような細〜い道(しかも悪路)をひた走り、街灯もなければ看板もない民家のような家の前に到着。どうしよう、私達売り飛ばされたら・・?と思いつつ、中に入ると、ちゃんとレストランであった。はあ、よかった。(ほっ。)どなたかのお宅におじゃましたかのような雰囲気の小さなお店で、ここの料理は本当に美味しかった。あっさり味のスープ、冷菜、火鍋も登場。鍋の中には春雨のようなものとか昆布とかが入っていた。味は非常にあっさりしていて美味しかった。最後の夜なので私とゆかこさんはチベットのお酒「チャン」に挑戦。少し甘くてすっぱくてにごり酒のようなワインのような味で飲みやすかった。酒豪のゆかこさん曰く「高地は酔いが回るのが早い」とのこと。バター茶も美味しかった。大満足な私達。どうもありがとう(thugs rje che)! タシさん。
5月5日(金) ラサ → 成都 → 広州 4:45モーニングコール。え〜ん、眠いよー。今日はラサともお別れ。ああ、悲しいなあ・・6:00にホテルを出発し、バスで空港に向かう。まだ星が出てる!そういえばチベットに来て初めて星をゆっくり見たなあ・・・途中まだ暗い中トイレストップ。ここでゆかこさんは最終日にして初めての青空トイレを経験。トイレが近くないのね・・・(初日から青空トイレに行きまくったショキマリであった)10:30ラサ発、成都へ向かう。ああ、さらば、チベット・・・!!空港でちょっとブルーになる私達であった。 成都到着。ラサはとっても寒かったのに、ここはなんと31度!街行くお姉さんはナマ足にサンダル、ノースリーブであった。成都につくと途端に元気になって踊りだす大谷さん。酸素の量が全然違うらしい。違いのわからない他の面々・・・。飛行機が予定より1本遅くなったため、ここでは昼食を取るだけになる。初日に来てくれたガイドの王さんが現れ、せめてレストランへ向かうバスの中でだけでもといろいろ観光案内をしてくれる。彼女はなかなかの美人で話も面白かった。 お昼はホテルのレストランで美味しい中華。チベットでは高山病対策のためずっとお風呂に入れず、髪はべたべた、ほんのり臭い私達であった。(ちょっと恥ずかしい・・)Yくぼさんは紹興酒をご馳走して下さり、昼間からビールとお酒でいい気分。 PM4:10成都から広州へフライト。広州は大きなビルが立ち並び、成都よりもさらに大都会であった。今夜は華厦大酒店という大きなホテルに宿泊。(いいのかなー、こんなに汚いのに・・・) ホテルのレストランで夕食。むちゃくちゃ美味しいっす!さすが食は広州に在り!!ここに来て旅の趣旨が「グルメの旅」に変わったんちゃうか?というような美味しさであった。(思い出すだけでよだれがでそうです・・・。) 最後の夜は大谷さんも元気になったことだし、5人で集まって遅くまで話をする。(もう高山病にならないもんねー。)女5人集まれば恋愛の話ということで、ひとしきり話に花が咲き、最後の夜は更けていくのであった・・・。
5月6日(土) 広州 → 関空 午前中はフリータイム。Yくぼさんたちは広州のゲテモノ料理の材料を見学しに市場へ。他の面々はホテルの近くの繁華街(「北京路」という名前)でお土産のお買い物。てくてく歩いて目についた広州大百貨大厦という百貨店に入ってみる。流石 食の広州。食材が安い!お菓子やオイスターソース等のお土産を買う。もう少し時間があったら、いろいろ見てまわりたかったなあー。日本で買ったら高いもんねー、食料品。 ホテルまで戻り、最後の昼食のレストランへバスで向かう。「北園酒家」という高級そうなレストラン。「朝もしっかり食べたし、あんまり入らないなあー」とかいいつつ、ここもまた非常に中華が美味しい、美味しすぎる!チャーハンや野菜の炒め物、スープ、鳥の唐揚げに甘いソースをからめたものなどもう絶品!!大谷さんは体調不良であまり食が進まない様子で(可哀そすぎる!!)、そんな大谷さんをしりめに、ここでも我を忘れ、ビール片手にものすごい食欲を発揮する私たち。今回の旅のテーマ「slim & beauty in Tibet」は一体どこに行ったのか?体重計に乗るのが怖いなあとか言いつつ「お茶をたくさん飲んでるし大丈夫!」苦しい言い訳をしつつ、食べまくるのであった。美味しかった、ほんとうに美味しかった・・。 PM2:45広州を出発。空路、帰国の途につく。(ちょっと爆睡モード) PM7:15とうとう関空に到着。あー悲しい、旅が終わってしまった。荷物受け取り場でツアーメンバー全員集まって、最後のあいさつ。はなぴー本当にお疲れ様でした。どうもありがとう。今回の旅はいろいろあったけど、メンバーも個性的で、修学旅行のようなノリで本当に楽しかった。ラサは思っていたよりも都会で、便利になっただけ昔ながらの良さがなくなりつつあるような気がして少し残念・・。今度行くことがあれば、もっともっと田舎の方に行きたいと思う。 最後にゆかこさんがくれたメールの言葉がみんなの気持ちにぴったりだと思うので、ここに転記する。 「チベットは楽しかった。本当に楽しかった。また、どっかに行こう。」 また、どっかに行こうね。 おわり
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