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Leafワーグナー 「ニーベルングの指環」のためのノート (2004年7月12日〜2004年8月24日の日記より)


史上最大のお引っ越し

 「375年、ゲルマン民族大移動」、これを知らない受験生はおりません。そしてその結果として西ローマ帝国は滅んだと学校では習います。まるで大挙して押し寄せたゲルマン民族がたった1年で西ローマ帝国をぶっ潰したかの如きイメージ、宇宙人襲来じゃあるまいし。西ローマ帝国は「滅んだ」わけではありませんし、ゲルマン民族だってローマを「乗っ取った」わけではないのです。ローマとゲルマンの「戦争と平和」の歴史は実に2世紀以上に渡る西ヨーロッパ世界誕生までの融和と反発の歴史なのです。

 紀元前から紀元4世紀にかけて、ヨーロッパ大陸の覇者は地中海を中心としたローマ帝国でした。最大時には現在のフランス、ベルギー辺りから海を越えてイギリスまで領土を広げ、なお広がろうとする巨大な帝国ですが、ライン川、ドナウ川の川向こうの暗い森に住むゲルマン民族は幾度となくローマ軍を押し返し、頑固に抵抗を続けました。ラインの西とドナウの南に点在するケルン、ボン、ウィーンなどの都市はローマ軍駐屯地がその起源、この辺りがローマ帝国とゲルマン民族の軍事境界線だった名残です。この「森の中の野蛮人」(ローマ人は自分たち以外は全部野蛮人だと信じていました)相手の苦戦の経緯は、カエサルの「ガリア戦記」やタキトゥスの「ゲルマニア」に詳しく描かれております。

 ゲルマン民族と一口に呼びますが、それは多種多様な部族を勝手にローマが総称したもので、彼らは一度だってゲルマン民族としてまとまったことはありません。その内訳は、ガリア地方にはブルグントとフランク、北部ドイツにはアングロとサクソン、エルベ川上流にはロンバルド、ポーランド西部にはヴァンダル、黒海周辺にはゴート、スカンディナビア半島辺りにはノルマン、そんなたくさんの部族がそれぞれ勝手にジワリジワリと南下を試みます。
 ゲルマン民族は狩猟と牧畜で生活してきましたが、人口が増えるにつれて農業の重要性が増してきました。しかし彼らは輪作を知らなかったので、畑が痩せると新しい畑を求めて一族郎党プラス羊と豚を連れて次の土地に移動する生活、要するに元からお引っ越しはお手のモノだったんですね。375年にフン族に追い立てられてドナウ川を渡った西ゴート族は、壮大な民族移動の過程での一つのエピソードに過ぎません。
 彼らの憧れの地は豊かな穀倉地帯である地中海周辺、あそこまで行けば何もせんでも麦が実って、それで拵えたビールを明るいうちから飲んで昼寝して暮らせるぜぃ、だってよ、ローマの連中見てみ?一日中遊んでるじゃん。昔も今も経済的に豊かな土地は貧しい人間を引き寄せる、これは誰にも止められません。

 軍事境界線があっても別に地雷が埋めてあるわけでもなし、のどかな時代のことですから人間の方は勝手に行き来しておりました。ローマ帝国の端っこを掠めて野良仕事に精を出していた彼らですが、元々が森の民、身体が大きくて頑丈、粗食に文句を言わない彼らはローマ軍の兵士として出稼ぎに出るようになります。何しろ当時のローマの男ときたら、朝シャンした後はお偉いさんのところでご機嫌伺いを兼ねて軽くブランチ、午後はお風呂でおしゃべりとマッサージ、その後競技場でスポーツ観戦か劇場で観劇、これは皇帝あるいは皇帝候補の人気取りのおかげで全部タダ。その後は夜中までかかってフルコースを平らげ酔っぱらって寝る・・・なんて生活に浸りきっておりまして、これじゃ辺境の地で軍隊暮らしなんてできるわけがありません。4世紀頃にはローマ軍の主力はゲルマン兵、有名な将軍まで登場します。ローマ帝国は既に内側からゲルマン化していたのです。

 ヨーロッパが「神の禍」と恐れたフン族のアッティラ、彼は東ローマを悠々と蹂躙し、ローマを目指します。対する西ローマはゲルマン民族のフランク人を雇い入れ防戦します。ローマ教皇レオ1世の必死の泣き落とし(ローマなんて略奪するモン何もありませんぜ、大王のようなお方が自らお出ましになるような所じゃおまへん)によって撤退したアッティラは、結婚式の翌日になぜか急死。
 神様、グラッツィエ!西ローマがホッとしたのも束の間、アッティラの宰相の息子オドケアルが頑張ってしまいます。それに目を付けたのは東ローマ、あのさ、西ローマの総督やんない?やる、やる!ところがオドケアルは東ローマの傀儡であるにはヤマっ気がありすぎました。あいつ、邪魔、東ローマは東ゴート族を使ってオドケアルを暗殺します。その東ゴートのテオドリック大王は、東ローマの「鉄砲玉」として重宝がられていたものの、用済みになった途端にお払い箱。ヴァンダル族は、イベリア半島に移動、北アフリカまで足を伸ばしますが、これも東ローマ皇帝のお気に障ったようで、お払い箱。ブルグンド族はライン川辺りで西ローマと仲良くやろうとしたのですが、その西ローマは裏からフン族に手を回し、これを不意打ちによって潰します。この不意打ちが後に「ニーベルンゲンの歌」として語り継がれます。

 このように多くのゲルマン民族が南に向かう中、イギリスに渡ったのはアングロ族とサクソン族、現在のアングロ・サクソンのご先祖様です。そして、最後に移動を始めたのがノルマン族、なぜか暖かいところじゃなくてアイスランドを目指します。寒くて農業は無理、せっせと海賊稼業に精を出します。最初からこっちの方が得意だったのでしょう。

 ゲルマン民族の移動方法の多くは「遠距離移動の武闘派」です。少数精鋭の戦士が一気に南下してその地を武力で制圧し、圧倒的多数のローマ系原住民を支配するというやり方、この方法は迅速ではありますが長期支配には向きません。この中で唯一「近距離移動の生活派」を採用したのがフランク族です。取り敢えず隣に一族郎党で引っ越して多数派になる、しかし元の土地もガッチリ確保する、このジワジワ型は時間はかかりますが確実です。
 この現実的なフランク族の面目躍如は宗教問題です。他のゲルマン部族がニケーアの公会議で異端とされた二元論のアリウス派を信仰したのに対し、フランク族の王、メロヴィング朝のクローヴィスはいち早くローマ教会が正統とするアタナシウス派に改宗、ローマとの強いパイプによって安定政権を目指します。が・・・、肝心の内部の方の構造改革がお留守だったようで、クローヴィスの死後、彼の4人の子供はゲルマン伝統の分割相続を主張、せっかくパパが築き上げた王国を4分割してしまい兄弟喧嘩に明け暮れます。再び統一国家となったのはクローヴィスの曾孫クロタール2世の代になってから。しかし、この曾孫、渾名が「無為の王」、何もせんで遊び呆けていたおかげでフランク王国の実権は宮宰に握られてしまい、やがて、カロリング朝が起こります。番頭が本家を乗っ取ってしまったような形、何とか箔を付けたいカロリング朝と東ローマとのキリスト教ご本家争いを闘っていたローマ教会の利害はかちりと一致します。
 キリスト教は5大本山(コンスタンティノープル、アンティオキア、アレクサンドリア、エルサレム、ローマ)を活動の拠点としてきましたが、ペテロが活動したローマは別格なんだかんねと、ローマ教会はローマ司教をローマ法王に格上げしてしまいます。ローマ法王?何言ってんの、西ローマ帝国を喰い潰したくせに。正統派はウチらだろうが!と東ローマ帝国、この対立にフランク王国は巻き込まれてしまった、というか自ら参戦したというか。

 キリスト教は元々偶像崇拝をしませんし、聖母マリアを崇めたりもしませんでした。ところがローマ教会は、ラテン語、ギリシャ語を全く理解しないゲルマン人たちに布教するにはどうしても視覚に訴える偶像が必要でしたし、彼らの地母神信仰を満足させるためには聖母マリアが必要でした。こちとらがゲルマン民族に取り囲まれて苦労してるのに助けにも来んで、エラソーなことばっか言いやがって、ローマ教会は東ローマと決別し、フランクを選びます。番頭だった自分たちがご本家を乗っ取ったことを黙認してくれたローマ教会、カロリング朝の王たちは同じゲルマン民族を追い出して手に入れた土地をローマ教会に寄進し、この「公認」に応えます(774年ピピンの寄進)。これに味を占めたローマ教会はあちこちの王に恩着せがましく「箔」を売ってはタカリを繰り返すようになってしまうのですが、これはまた別のお話。

 東ローマがある限りふんぞり返ることもできないローマ教会は西ローマ帝国の復活を狙います。あのフランクのカールってヤツどうよ?あれ?いーんでない、喧嘩強いし、この前も分捕った土地くれたし、あれ皇帝にしちゃう?本人なんて言ってんの?いーの、本人なんか!
 800年のクリスマス、ローマに誘き出されたカールのアタマにローマ法王レオ3世が西ローマ帝国皇帝の冠を勝手に乗っけます。といっても、西ローマ帝国なんてどこにもないんですけどね。しかし、この架空の帝国の実体であるフランク王国、これがカールの孫の代にゲルマン伝統の遺産相続で大もめ、結局3つに分裂してしまいます。これが現在のイタリア、フランス、ドイツの原型となります。

 ローマ教会も東ローマ帝国も徹底的にゲルマンを利用しました。老獪なローマ帝国の末裔たちの前には森の奥からポッと出てきたゲルマン民族なんて歯が立たなかったのでしょう。
 しかし、ゲルマン民族の伝統は、ローマ教会の中に形を変えて伝えられていきます。例えばクリスマス、イエスが12月25日に生まれたなんて聖書には一行も書かれておりません。この日はゲルマン民族の「冬至」、蘇る太陽を励ます「ユールの祝祭」の日です。クリスマスツリーは森の民ゲルマンの象徴です。母なる大地を信仰するゲルマン人の熱意によって聖母マリアはローマ教会最大のスターになります。キリスト教文化の一つの時代を築いたゴシックですが、これは「ゴート人様式」の意味、ゲルマン民族の文化は西ヨーロッパ世界にしっかりと根付いていくのです。


参考文献:「西洋の歴史」(ミネルヴァ書房)
       「素顔のローマ人」(弓削達 岩波書店)
       「ヨーロッパ史序説」(前川貞次郎 ミネルヴァ書房)
       「中世の形成」(R・W・サザン みすず書房)


ゲルマン神話のタイムカプセルを開く

 この世に創世神話を持たない民族はありません。ゲルマン民族も当然に彼らの世界の成り立ちを雄弁に語る神話を持っていました。

 太古、世界には海も大地も天もなく、ギンヌンガガップと呼ばれる果てしない奈落の口の南には、炎を上げて燃え上がる炎熱の国ムスペルスヘイム、北には氷と霜に凍てついた霧の国ニブルヘルムがあるばかりでした。ムスペルスヘイムの熱とニブルヘルムの霜が出会った時、水の滴がしたたり落ち、命が生まれました。巨人ユミルの誕生です。ユミルは同じく水の滴から生まれた巨大な牝牛アウズフムラの乳によって育まれ、その寝汗から息子たち、娘たちが生まれました。しかし、彼らは毒の川の影響で皆邪悪でした。やがて牝牛が舐めた塩の岩から神々の祖先となるべき男ブーリが生まれました。ブーリはボルという息子を得て、ボルは霜の巨人ボルソルンの娘ベストラと結婚し、やがて3人の息子が生まれます。アース神族の始まりであるオーディン、ヴィリ、ヴェー。この三兄弟は日増しに荒々しさを増す巨人族を見かねて彼らの源であるユミルを殺します。その巨体から流れ出た血によって、船に乗っていたベルゲンルミルとその妻以外の巨人族は全員が溺れ死んでしまいます。オーディンたち三兄弟は、ユミルの胴体から大地を、頭蓋骨から天を、血から海と川と湖を、骨から山を、髪から木々を作り上げました。次いで彼らはムスペルスヘイムの火花から太陽と月、星々を作り、ユミルの脳みそを投げるとそれは雲になりました。

 ある日三兄弟が浜辺を歩いているとニレとトネリコの木が漂っていました。オーディンが息を吹き込み、ニレから男がトネリコから女が作られました。この二人が人間の祖先です。神々は人間をミッドガルドに住まわせ、ベルゲンルミルの子孫である巨人族を閉め出すためにユミルの睫毛で柵をこしらえました。

 こうして出来上がった世界は、3つの平面上の9つの国で構成されています。

天上 アースガルド アース神族(オーディンたち)の国
ヴァナヘイム ヴァン神族(豊穣の神々)の国
アールヴヘイム 光の妖精たちの国
地上 ミッドガルド 人間の国
ヨーツンヘイム 巨人の国
ニダヴェリール 小人の国
スヴァルトアールヴヘイム 黒い妖精たちの国
地下 ニブルヘルム 凍った霧と暗闇の国
ヘル 死者の国


 この世界を貫いて伸びているのは巨大なトネリコの木ユグドラシル(世界樹)。ユグドラシルの起源は誰も知らず、その枝は世界中に広がり、天に届き、そして永遠に生き続けます。この木には3本の根があります。1本は神の国アースガルドに伸びて、その根の下では、ウルド(過去)、ベルダンディー(現在)、スクルド(未来)の3人のノルニル(運命の女神)が神聖な泉(ウルザンブルン)から汲み上げる水によってユグドラシルを守っています。2本目は巨人族の国ヨーツンヘイムに伸びて、ミーミル(知恵の神)の泉によって潤っています。その泉にはオーディンの片目が沈んでいます。かつてこの水を飲み知恵を得る代償に、彼は片目を差し出したのです。3本目の根は死と氷の世界ニブルヘイムにまで至ります。その根の下にはフヴェルゲルミル(沸き立つ鍋)の泉があり、そこから11本の川が流れ出ています。泉のほとりには巨大な蛇ニドヘグが棲み着いています。オーディンの放った鷲が遠い空からニドヘグを見張っています。ユグドラシルは全ての世界の生き物を支えているのです。

 神々の長オーディンは、アースガルドの玉座に2匹の狼と2羽のカラスを従えて、全世界を見渡しています。カラスは毎日世界中を飛び回り、見てきたことをオーディンに報告します。巨人族が神々への復讐を狙っていますから油断はできません。アースガルドの一番の高台であるグラズスヘイム(歓喜の国)にはヴァルハラがそびえています。そこは死せる人間の勇者たちが集う館、彼らはそこで来るべき巨人族との決戦の時に神々と共に闘うべく鍛錬の日々を送っています。
 神々は虹の橋を渡ってユグドラシルの根元に集い、世界を治めています。この橋を守るのはヘイムダル、彼がギャラールホルンという角笛を吹けば、それは巨人族との決戦が始まることを意味するのです。

 神々の中に少々毛色の変わったロキという神がおりました。彼は元々は神々の宿敵巨人族だったのですが、オーディンと「義兄弟の杯」を交わしてアースガルドに加わったのです。しかし、元々が邪悪な巨人族、ロキの3人の子供をオーディンは追放します。ヘルは地底深く投げ込まれ死の国の女王となり、ヨルムンガンドは海の底に投げ込まれ尻尾をくわえればミッドガルドを取り巻くほどの巨大な蛇となり、狼の姿をしたフェンリルは神々によって魔法の紐に繋がれます。このオーディンの仕打ちを恨むロキは、オーディンの子で光の神であるバルドルを殺します。怒った神々はロキを大岩に縛り付け、その上に毒蛇を垂らします。ロキの妻シュギンが蛇の口から滴る毒を鉢に受けているのですが、一杯に溜まると捨てに行かなければなりません。この間にロキが身をよじり、大地が震え地震が起こります。

 光の神バンドルを失った世界は次第に闇と寒さに蝕まれていきます。木々は倒れ、山々は崩れ、ついにロキを縛っていた縛めが断ち切られます。フェンリルが魔法の紐を食いちぎり、ヨルムンガンドは海を泡立たせ、天を二つに引き裂いてムスペルスヘイムから炎の剣を振りかざして巨人スルトルが、死の国からはヘル率いるゾンビたちが、ロキの元に馳せ参じます。神々はオーディンの使い姫であるヴァルキューレたちが集めた死せる勇者の軍団と一緒に迎え撃ちます。しかし、オーディンはフェンリルに飲み込まれ、豊穣の神フレイはスルトルの剣によって、怪力無双の雷の神トールは槌を振るって奮戦するもののヨルムンガンドの毒によって、倒れていきます。ユグドラシルは燃え上がり、大地は海に沈みます。これがラグナロク(神々の黄昏)の光景です。
 沈んだ大地はやがて浮き上がり、生き残った僅かな神々と人間たちが新たな世界を作ります。「蒔かずとも畑は実り、悪は全て善となり、あの光の神バンドルも戻ってくるだろう」・・・・。世界は失われ、そして再生します。

 ゲルマン民族の記憶は氷の大地アイスランドに保存されました。初めてアイスランドに住み着いたのはアイルランドのキリスト教修道士であると伝えられています。何でこんなところに住み着いたのかは不明ですが、おそらく隠遁生活に憧れていたのでしょう。しかし、この坊さんの静かな生活は気の毒なことに長続きしませんでした。ノルマン民族のヴァイキングが登場したのです。いかつい髭面に角を生やした兜、毛皮と甲冑、大食らいの大酒飲み、何かというとすぐに剣を振り上げるヴァイキングの前に坊さん呆気なく退散。その後も大勢のむさ苦しい海賊たちがこの氷の大地に上陸します。その数約2万。これはキューティクルきらきらのロン毛がご自慢だったノルウェーのハラルド「美髪王」のせい。

 9世紀も半ばというのにノルウェーは中央集権が進まず、タキトゥスの「ゲルマニア」のまんま、部族社会が続いていました。その中でも一番の実力を誇ったのがハラルド。日の出の勢いの彼はホルダランドの王の娘で美貌の誉れ高きギダに求婚します。ところがギダは「たかだか数カ国の王が私に相応しいと?私を妃とするならばハラルド王にはこの国全体を手に入れて貰わないと」。これに発奮したハラルド、よっしゃー!全ノルウェーを手に入れるまで髪を洗わない!(汚ねー)と誓いを立てます。嫁欲しさに頑張って連戦連勝、ついにノルウェー全土を手にしたハラルドはやっとこさその髪を洗います。長年お手入れをサボっていたわりにはその髪はキラキラサラサラ、天使の輪っかがキラめいて、「シラミの王」改め「美髪王」の誕生。高ピー女のギダが喜んで結婚したのは言うまでもありません。
 しかし、このキューティクル王、自分に従わない者には容赦がありませんでした。各地の部族の長に「俺に税金払うか、この国を出て行くか、どっちか選びな!」と迫ります。みんな税金払う方を選ぶとタカをくくっていたのでしょうが、何しろ相手は人の風下に立つくらいなら死んだ方がマシという名うての海賊連中です。ジョートーじゃねーか、あばよ、シャンプー馬鹿!彼らは続々とアイスランドを目指します。

 他のゲルマン民族がほとんどキリスト教に改宗した後も、アイスランドはゲルマンの神々を奉る異教徒であり続けました。どうにかしてキリスト教徒になって貰わんと、彼らが救われん・・・というのは建前で、本音のところ、ヴァイキングの略奪に手を焼いて何とか「神の慈悲」のもと、海賊を止めて貰いたいというわけで、次々と宣教師がアイスランドに上陸します。とんでもないところにまで出掛けていくのが宣教師という連中ですが、この場合、いくら何でも寒すぎるし相手がヤバすぎる。この地に派遣された宣教師はどうもあまりやる気がなかったみたいで、アイスランド共和国が正式にキリスト教を国教としたのはやっと1000年になってからのことでした。

 この時間差によってゲルマンの神々は現代まで記憶されることができました。宣教師たちが聖書を読ませようと持ち込んだラテン文字は、皮肉なことにゲルマンの神々の物語を続々と書き留めることになります。

 「ただ極北の北欧人の移住地アイスランドのみが、他の国々が失ったものを補償してくれる。アイスランドが記録したもののみが、一般に古代ゲルマン文学について脈絡あることを述べるのを、はじめて可能にしてくれる。」(古代ゲルマン文学の権威であるホイスラーの言葉)・・・、この氷の大地に埋められた「タイムカプセル」は、やがて12世紀から13世紀にかけて豊かな果実を結びます。


参考文献:「サガとエッダの世界」(山室静 現代教養文庫)
       「ヨーロッパの心 ゲルマンの民族とキリスト教」(植田重雄 丸善)
       「北欧神話と伝説」(グレンベック 新潮社)


「エッダ」の世界

 12世紀から13世紀にかけて、アイスランドでは「ルネッサンス」とも呼ぶべき動きが起こりました。1000年にキリスト教を国教として以来片隅に追いやられてしまったゲルマン神話を再び取り戻そうという動きです。

 北欧神話の集大成「エッダ」、現在「エッダ」と呼ばれるものは2つ存在します。一つは、9世紀から13世紀にかけて古ノルド語で書かれた神話の集成で通称「詩のエッダ」、もう一つは13世紀、アイスランドのスノッリ・ストルルソンがまとめた通称「散文のエッダ」です。但し、物語は大部分が被っておりますし、この時代のこと、コピーマシンはないわけで、手書きの写本を誰かが写して、それをまた誰かが写しての繰り返しですので、どれがオリジナルとは言えず、どれもがオリジナルとも言えるという曖昧さ、この問題に足を踏み入れるのは、方向音痴が青木ヶ原の樹海にコンパスなしで入り込むのと同じこと、到底私の手には負えません。

 では、「エッダ」の世界。

「巫女の予言」
 オーディンヴォータン)によって蘇った巫女が創世の記憶とラグナロク(世界の終わり)の予言を語る、北欧神話のダイジェスト版。

「トリュムの歌」
 怪力無双の雷の神トールドンナー)が大切な槌を巨人族のトリュムに盗まれてしまいます。槌の「身代金」は愛の女神フレイアフレイア)。「指環」では独身の彼女ですが、ここでは人妻、おまけに彼女の鼻息で神々の神殿が揺れるというおっかない女。仕方なくトールは自らの巨体に花嫁衣装をまとって槌を取り返しに巨人の館に乗り込みます。

「スキールニルの歌」
 豊穣の神フレイ(フレイアの双子の兄、フロー)が巨人族の娘に一目惚れ。スキールニルがパシリになって求婚するという話。美男の誉れ高きフレイの純情ぶりが楽しい。

「ロキの口論」
 神々の世界の問題児、炎の神ロキローゲ)が宴会に乱入、芸能レポーターよろしく神々のスキャンダルを暴きまくります。その後、鮭に変身して滝壺に隠れていたのですが、トールに発見され、毒蛇の下に縛り付けられてしまうという話。

「オーディンの訓言」
 オーディンが語る人生の教訓。酒はほどほどにしとけ、お招きの席ではがっつくな、バカは無口な方が良い、人手不足を嘆くなら早起きして働け、女を口説くときはお世辞とプレゼントを惜しむな、良さそうな女だって手に入れてみれば男にはつれないもの等々・・・。神々の長は意外に気配りのヒトなのだ!たとえ神様だってあれこれと苦労してるんだぞ。

「ヴェルンドの歌」
 天才鍛冶屋ヴェルンドがニードゥド王に捕えられ王のために休む間もなくこき使われます。ヴェルンドは王の二人の息子を殺し、その頭骨を銀の杯にして王に、眼球を宝石に細工して王妃に贈り、彼らの娘を妊娠させて復讐するという恐ろしいお話。

「フンディング殺しのヘルギの歌」
 フンディング王をなぜか女装して倒したヘルギの冒険物語。その後ヘルギは自分が殺したヘグニの息子にオーディンが加勢したために討ち取られてしまいますが、ヴァルキューレに導かれ虹の橋を渡ってヴァルハラに迎え入れられます。つまりはオーディンの手の込んだ小細工?ヴァルハラのスカウト裏話か。

「レギンの歌」
 オーディンとロキがうっかりカワウソに化けていた小人族のオトを殺してしまいます。オトの兄弟であるフレイドマルはカワウソの毛皮を覆い尽くす黄金を賠償に要求。ロキはこれも小人族のアンドヴァリアルベルヒ)から黄金を巻き上げ支払をしますが、最期の毛一本を覆うために差し出した指環にはアンドヴァリの呪いがかかっていました。フレイドマルの息子、ファーヴニルファーゾルト)とレギンミーメ)は生前贈与を要求しますが父はこれを拒否、ファーヴニルは父を殺して黄金を独占します。レギンは自らが手塩にかけて育てたシグルドジークフリート)をそそのかし、シグルドは今や巨大な龍に変身したファーヴニルを討とうと旅立ちます。

「ファーヴニルの歌」
 巨大な龍ファーヴニルの通り道に穴を掘って隠れていたシグルドは真下から龍の心臓を一突き、あの黄金はお前に死をもたらす、不気味な予言を残してファーヴニルは死にます。天晴れ!レギンはシグルドを讃え、ファーヴニルの心臓を料理してくれと頼みます。あちっ!アツアツの心臓で火傷したシグルドが思わず指を舐めると、たちまち彼は小鳥の言葉が分かるようになってしまいます。心臓を自分で食べればいいのにね、レギンに騙されているのにさ、レギンの首を斬れば黄金が手に入るのに・・・、シグルドはレギンの首を斬りファーヴニルの心臓を食べ、不死身となります。再び小鳥たちの声、黄金を手に入れなよ、ギューキ王の姫を娶ると良いよ、王様んとこ行く途中、火の川の畔に一人の戦いの乙女が眠ってるよ、オーディンが眠らせたんだ・・・。莫大な黄金を手に入れたシグルドは予言通りにギューキ王の元へ。

「シグルドの短い歌」
 シグルドは予言通りギューキ王の娘グドルーングートルーネ)を娶ります。そしてギューキ王の王子グンナルグンター)はブリュンヒルドブリュンヒルデ)を娶ります。しかしブリュンヒルドが愛しているのはシグルド。彼はグドルーンのもの、私はグンナルのもの、彼を抱くことができないのならシグルドなどいっそ死んでしまえばよい!ブリュンヒルドはグンナルにシグルドを殺せと迫ります。グンナルは少々オツムがとろい弟のグドホルムにシグルド殺害を命じます。いまわの際のシグルドが、兄グンナルが「災いの女」と詰ったブリュンヒルドは自らの腹に剣を突き立て、予言を語ります。グドルーンは私の兄アトリと再婚するだろう、グンナルは私の妹オッドルーンと再婚を望むだろう、しかし、その願いは叶わずアトリはグンナル一族をひどい目に遭わせるだろう、グドルーンはやがて夫であるアトリを殺すだろう、大波がグドルーンを異国へ運び、そしてシグルドの娘スヴァンヒルドは計略によって死ぬ・・・。声が詰まる・・・、シグルドの側で私の遺体を焼いて・・・。

「ブリュンヒルドの冥府への旅」
 シグルドの後を追って冥界に下ったブリュンヒルドの前に巨人族の女が立ちふさがります、他人の夫を追う女を通すわけにはいかないよ。お黙り!いいかい、二人の王が争って片方にはオーディンが味方した、私は羽衣を取り上げられて仕方なくもう一人の王を勝たせると誓った。私の裏切りに怒ったオーディンは私を眠らせ、その周囲を炎で囲い、ファーヴニルの黄金を持つ勇者だけがそれを飛び越せると定めた。それは彼だった、それなのに私たちは添えなかった・・・、だから私とシグルドはもう離れることはないのよ!

「アトリの歌」
 アトリはグンナル一族を招き、酒を振る舞った上で騙し討ちにします。グンナルの弟ヘグニは心臓をえぐられ、グンナルは蛇の穴に放り込まれ毒蛇に噛み殺されます。グドルーンはアトリとの間に生まれた息子たちを殺し、その心臓を料理してアトリに食べさせます。人々が大混乱に陥る中、グドルーンだけは泣きませんでした。彼女はアトリを刺し殺し、館に火を放ち兄弟の復讐を遂げます。

「ハムディルの歌」
 アトリを殺して海に身を投げようとしたグドルーンは、波に攫われてヨーナクル王の国へ流れ着きます。王と結婚してハムディル他3人の息子を産んだグドルーン、シグルドとの間の娘スヴァンヒルドはゴート族のイェルムンレク王に嫁ぎましたが、王の側近ビッキがお后は王子とできているとデタラメを言ったお陰で王に殺されます。息子たち、お前たちの姉上が殺された、なすべきことは分かっているはず!母上、母上はかつて兄様と息子たちを失って嘆かれたとか、今また私たちを失って嘆かれることになろうとは・・・。 イェルムンレクの城に乗り込んだ兄弟たちは、ゴート族の死体の山を築いた後、壮絶な討ち死にを遂げます。「今日死のうが、明日死のうが、戦士の誉れは我らのもの!」

 「指環」の登場人物の元ネタと思しき人物の名前に括弧書きを入れてみましたが、イメージはだいぶ違っております。何よりもその荒々しさと血生臭さ、神も人も、男も女も、その欲望と情念に忠実です。乾いた砂漠の真ん中で生まれたエホバが唯一無二の存在であり、姿も声も持たないという純粋に思念の神であるのに対して、豊かな森の奥で生まれたゲルマンの神々は実に多様です。神々の長オーディンでさえ思うに任せない(神様ってのも困ったときは「神頼み」をするのであろうか?)混沌たる世界、炎と氷という矛盾するものから生まれた邪悪な巨人と命の塩から生まれた神々と人間の織りなす世界、それはキリスト教の道徳観に侵略される以前のゲルマンの人々が、鬱蒼と茂る暗い森で営々と育んできた世界です。枯れ木が若芽に変わり、死肉が次の命に変わる世界、始まりは終わりであり、終わりは始まりであり、死者は生きており、生者は死んでいき、全ては循環し、あたかも尻尾をくわえてミッドガルドを取り巻いていた巨大な蛇の姿さながら、生と死の間、善と悪の間に決して線を引くことを許さない、永遠に循環する森の民族の遠い昔の記憶です。


参考文献:「エッダ グレティルのサガ」(松谷健二 筑摩書房)
      「エッダ 古代北欧歌謡集」(新潮社)


「ヴォルスング・サガ」の世界

 12世紀以降、アイスランドでは、「エッダ」などに記録された神々と人間の物語の断片を一つの長編にまとめ上げた文学がブームを巻き起こします。これらは「サガ」(語られしもの)と呼ばれ、アイスランドのゲルマン人たちにとっては、結婚式やお祭りの席、あるいは一族が集っての団らんの夕べに欠かせない娯楽となりました。我々はどこから来てどこへ行くのか?を解き明かす民族の記憶、有名人たちの逸話に尾ひれがついた人間ドラマ、超自然的パワーを持ったヒーローが活躍する活劇・・・、氷に閉ざされる厳しい冬、テレビもプレステもDVDもない長い夜、暖炉の温もりを囲んでのとっておきのお楽しみ、今夜はどんな冒険の話?ねぇ、夕べのお話の続きはどうなるの?「サガ」は父から子へ、子から孫へと伝えられていきました。

 その中から、神々の長オーディン、そしてフン族の血を引くヴォルスング一族の物語。

 フン族の王レリルと妃には子供ができません。神に願うと戦乙女フリョーズがカラスの姿で登場、リンゴを落していきます。そのリンゴを夫婦仲良く食べたところ妃は見事懐妊するのですが、今度は6年間子供が胎内から出てきません。その間にレリルは遠征先で病死、妃は腹を割いて胎内で既に6歳という我が子を取り出し、死んでしまいます。孤児として生まれた王子、それがヴォルスング。
 ヴォルスングは戦乙女フリョーズと結婚し、シグムンドとシグニューの双子の兄妹、それに続いて9人の子供に恵まれます。シグニューはガウトランドの王シゲイルと結婚するのですが、婚礼の場に片目の老人(オーディン)が登場、広場のリンゴの木に一振りの剣を突き立て、抜くことができる者にこの名剣を与えようと言い残し姿を消します。誰がやっても抜けないのですが、花嫁の兄シグムンドが引っ張ると簡単に抜けてしまいます。どうしてもその剣が欲しい花婿シゲイルですが、お前がこの剣に相応しい勇者であれば抜けたはずと言い返され、イジケてしまいます。
 シゲイルはヴォルスングとその息子全員を招待します。何かある・・・シグニューは父とシグムンド、弟たちに警告します。シグニューの予感は的中、シゲイル一党の騙し討ち、ヴォルスングは討ち死、息子たちは森の木に縛り付けられ、毎日一人ずつ狼に食べられていきます。残るはシグムンドのみとなった夜、シグニューは兄の口に蜜を塗らせ、オオカミがそれをペロペロ舐めているところ、シグムンドはその舌を食いちぎり逃げ出します。シグニューは兄を森の隠れ家に匿います。

 シグニューは、二人の息子をヴォルスング一族の復讐のための戦士に鍛えようと森の兄のところへ送り出します。しかし二人とも臆病で役に立ちそうにないと殺してしまいます。ある夜、シグニューは魔女と姿を交換し兄の寝床へ潜り込み、息子シンフィヨトリを生みます。剛胆な戦士に成長したシンフィヨトリと自分がその父とは知らないシグムンドは、シゲイルの城に討ち入ります。一度は捕えられますがシグニューの機転で脱出し、見事一族の仇を討ちます。シグニューは兄に近親相姦の秘密を打ち明け、炎の中に消えていきます。

 シグムンドは故国に帰って王となりボルグヒルドという妃を娶り、ヘルギという息子を得ます。しかし妃はシグムンドの連れ子シンフィヨトリが邪魔、毒を盛って殺してしまいます。我が子の遺体を抱いたシグムンドが海辺を彷徨っていると一人の老人(オーディン)がシンフィヨトリの遺体を運び去り、シグムンドは妃を追放します。
 シグムンドはヒョルディースと再婚しますが、彼女に横恋慕していたフンディング王の息子が攻めてきます。シグムンドは奮戦しますが、またもや謎の老人(オーディン)が登場、老人の槍をシグムンドが斬りつけると剣はぽっきりと折れてしまいます。倒れたシグムンドに駆け寄るヒョルディース、お前は男児を産め、そしてこの折れた剣から伝説の剣グラムを鍛えよ、それがシグムンドの遺言となります。ヒョルディースは下女に身をやつしシグルズという男の子を産みます。

 さて、オーディンとロキ、そしてヘーニルの3人の神は、旅の途中とある滝で一匹のカワウソを殺します。それはフレイドマルの3人の息子の一人オトルでした。フレイドマルはカワウソの毛皮を覆うだけの黄金を要求、ロキは黄金を調達に出かけます。
 滝で小人の王アンドヴァリを捕えたロキはその全ての黄金を奪います。最期に残った腕輪、それさえあれば再び黄金を作れる、それだけは勘弁してくれ、ロキは聞く耳持ちません。その腕輪を持つ者は命を落とす!アンドヴァリは腕輪に呪いをかけます。
 ロキが分捕ってきた全ての黄金を差し出してもカワウソの髭1本がどうしても隠れません。しかたなく例の腕輪を差し出すオーディン。
 黄金の山に我を失ったフレイドマル、分け前をくれない父を恨んだ息子のファブニルとレギンは父を殺してしまいますが、今度はファブニルが黄金の虜に。巨大な龍に変身した兄は黄金の上にとぐろを巻き誰も寄せ付けません。

 レギンは刀鍛冶となりシグルズに出会います。レギンはこの若者にあらゆる武芸を教え、老人の姿のオーディンは神馬スレイプニルの血を引く名馬グラニを与えます。
 成長したシグルズにレギンが黄金の話をしてそそのかします。ならば龍を倒せるような立派な剣をおくれよ。シグムンドの形見である剣のかけらからレギンは「斬鉄剣」グラムを鍛え上げ、それを振るってシグルズは父の国を乗っ取っていたフンディングの一族を皆殺しにします。
 レギンに教わった通り龍を倒したシグルズ、レギンはお前を殺す、その黄金は持つ者に災いをもたらす・・・断末魔の龍の予言。

 焼いた龍の心臓を食いたい、レギンの頼みでファブニルの心臓を料理していたシグルズは、熱い肉汁で火傷してしまい思わす指を口に入れます。とたんに小鳥の言葉が分かってしまいます。レギンはシグルズを憎んでいるよ、心臓を食べれば誰よりも賢くなれるよ・・・、シグルズはレギンの首を刎ねファブニルの財宝を名馬グラニに積んで旅立ちます。

 ある山の上に天まで届く炎が燃えているのが見えました。シグルズが炎を超えて飛び込んでみると一人の戦乙女が眠っていました。目覚めた戦乙女はブリュンヒルデと名乗り、シグルズにあらゆる知識を授けます。恐れを知らぬ勇者でなければ愛を交わさないと決めていたブリュンヒルデ、彼女はシグルズこそがその勇者と確信し、二人は誓いを交わします。
 しかし、ブリュンヒルデにはある予感がありました。シグルズはギューキ王の娘グズルーンと結ばれる、私たちは死んでいき、結ばれることはない・・・。

 ギューキ王の元を訪れたシグルズ、王の妃で魔女のグリームヒルドは、この勇者を是非娘婿にと願い忘れ薬を飲ませます。たちまちブリュンヒルデを忘れてしまったシグルズはグリームヒルドの娘グズルーンと結婚します。
 次にグリームヒルドは長男のグンナルの嫁にブリュンヒルデを望みます。しかし、グンナルはどうしても炎を超えることができません。グリームヒルドは魔法でシグルズとグンナルの姿を入れ替えます。グンナルになったシグルズはかつてそれを自分が贈ったことも忘れてしまい、ブリュンヒルデの腕からアンドヴァリの腕輪を外し、代わりにグンナルの用意した結婚指環を渡します。
 シグルズが記憶を取り戻したのはブリュンヒルデとグンナルの婚礼の後のこと、既にシグルズはグズルーンの夫、ブリュンヒルデはグンナルの妻、運命は取り返しがつきません。

 ある日水浴びに出かけたブリュンヒルデとグズルーン、どちらが川上に入るかで喧嘩になります。炎を超えて貴女に求婚した勇者は私の夫よ、ほら、この腕輪を見て!
 怒り狂ったブリュンヒルデはグンナルに迫ります、全てを失うか、シグルズを殺すか、二つに一つよ!グンナルは弟ヘグニの忠告を無視して、もう一人の弟グットルムにシグルズの寝込みを襲わせます。返り討ちにしながらも致命傷を負ったシグルズ、運命には誰も逆らえぬ・・・、グズルーンの悲鳴、ブリュンヒルデの高笑い、そしてブリュンヒルデは自らの胸に剣を突き立て、シグルズの後を追います。

 グズルーンはフン族のアトリ王と再婚します。アトリ王は今ではグンナルたちが持っている黄金が欲しくてたまりません。グンナル一族を宴に招き、不意打ちを仕掛けます。激戦の末生き残ったのはグンナルとヘグニの兄弟だけ。黄金はどこにある?アトリは問いつめます。弟の心臓を見るまでは誰にも教えぬ!アトリはヘグニの心臓をえぐってグンナルに見せます。愚か者!これで黄金の在処を知るのは俺だけだ!アトリはグンナルを蛇の穴に突き落とし殺します。兄たちを殺されたグズルーンはアトリとの間の二人の子を殺し、肉を料理し、血を酒に混ぜ、頭蓋骨を杯にして夫に供します。
 父の死を聞いたヘグニの息子ニヴルングが軍勢を率いて登場、アトリを殺します。グズルーンは城に火を放ちフン族を皆殺しにします。

 海に身を投げたグズルーンですが、ヨーナク王に助けられ、彼と三度目の結婚をします。グズルーンとシグルズの間に生まれた娘スヴァンヒルドはやがて美しく成長し、イェルムンレク王の求婚を受けます。しかし王の大臣ビッキがイェルムンレクの息子ランドヴェールをそそのかします。これほどの美しい姫は老いた父上ではなくあなたにこそ相応しい、片方でこの奸臣は父王に、王子と花嫁は密通していると告げます。王は息子を縛り首に、花嫁を馬で踏み潰します。

 シグルズの面影を残す娘を殺されたグズルーンは、ヨーナク王との間の3人の息子に命じます、姉上の敵を討つのです!3兄弟はイェルムンレク王の城に攻め込みます。戦場の真ん中に登場した片目の老人(オーディン)、やつらの甲冑は剣を通さない、石を投げろ!イェルムンレク王の軍隊の投石によって3兄弟は殺されます。ただ一人生き残ったグズルーンの行方は誰も知りません・・・。

 「エッダ」の伝説とゲルマン民族の歴史を巧みに寄り合わせた「サガ」、しかし、じんわりとキリスト教の影響が見てとれます。神は男の神しか登場しません。その男神の中で人間と絡むのはオーディンのみ、既に一神教が浸透しつつあります。忘れ薬のせいでブリュンヒルデではなくグズルーンと結婚したシグルズは、その事実を知っても何もしません。彼が真のゲルマンの男であれば、ブリュンヒルデをグラニの背に乗せて森の奥深くへ走り去っていたはず、結婚は既にキリスト教的に神聖なものとなっているのです。

 反面、後半のブリュンヒルデとグズルーンの血生臭い確執には、ゲルマン民族伝統の「契約」よりも「血縁」を守るべしという部族社会の掟が感じられます。それもそのはず、この部分、実はノンフィクションなのです。
 「自由」「勇敢」を意味するフランクの名を頂いたフランク族、メロヴィング家のクローヴィスは5世紀末にフランク王国を樹立します。486年にはセーヌ川とロワール川の間を支配していたローマ帝国の生き残りシアグリウスを滅ぼし、500年にはブルグント王国を征服し、507年には西ゴート王国を併合し、フランク「王国」をフランク「帝国」にまで押し上げた勤勉な王は、さらに496年にはカトリックに改宗してローマ法王との提携関係の基礎を作り上げます。

 えー、余談ですが、王国と帝国の違いは?と言いますと、一人の王様が治めているのが王国ですが、その王国の中でも異なる言語と文化を持つ「複数民族」を一人の王様が治めている場合、これを帝国と呼びます。かつて日本は「大日本王国」にしときゃ良かったのに、この定義を知らなかったのか「大日本帝国」と名乗ってしまい、日本列島だけじゃ帝国じゃないじゃん!と気付いて拙速で植民地獲得に乗り出し大やけどするハメに陥りましたっけ。

 で、このクローヴィス亡き後、フランク族は伝統の分割相続の癖が出て、4人の王子、テウデリヒ、クロドメール、ヒルデベルト、クロタールが帝国を4つに分割してしまいます。558年に再び統一したものの、その後これまた4人の王子による4分割。ノイストリアのヒルペリヒ王の王妃はフランク族の庶民の出のフリーデグンテ、アウストラシアのジギベルト王の王妃は西ゴートの王女様であるブリュンヒルト、片や庶民とは言えフランク族、片や王女とは言え異民族、この二人の嫁の確執から次々と悲劇が生まれます。
 そもそもの原因はヒルペリヒの色と欲の二刀流のせいです。既に結婚しているくせに愛人だったフリーデグンテと結婚するために王妃を追放したヒルペリヒですが、兄嫁ブリュンヒルトの実家の財産に欲を出し、彼女の姉ガルスウィンダと結婚を目論みます。ここまで来て追い出されてたまるもんですか!庶民の出のフリーデグンテは王冠に固執するあまり何の罪もないガルスウィンダを暗殺します。あの女、よくも私の姉上を!ブリュンヒルトは夫ジギベルトに夜な夜な寝物語で復讐を迫ります。妻に洗脳された王はノイストリアに攻め込みますが、よりによって王妃フリーデグンテの手にかかって戦死(弱っ!)、未亡人ブリュンヒルトがアウストラシアの実権を手にします。あれっ、亭主が死ぬと王国丸ごと転がり込んでくるわけ?で、あの女が今じゃ王様気取りってわけ?ってことはウチの亭主も用なしってことよね、フリーデグンテは甲斐性なしの夫ヒルペリヒを暗殺、ノイストリアの実権を手にします。
 この二人の凄まじい抗争が周囲を巻き込み、この後メロヴィング朝の滅亡を招きます。女の喧嘩は怖いのだ・・・。

 さて、めでたい婚礼の席に剣なんぞ持ち込んで争いの種を蒔き、その斬鉄剣を自分で折り、呪われた黄金を水の底から引っ張り出し、結局、最後には自らの血を引くヴォルスング一族を滅ぼす神オーディン、結局、何がしたかったんだろ?これが分からない・・・。


参考文献:「アイスランド サガ」(新潮社)
      「ゲルマン北欧の英雄伝説−ヴォルスンガ・サガ−」(東海大学出版会)
      「西洋の歴史」(ミネルヴァ書房)


「ニーベルンゲンの歌」〜神なき世界

 「エッダ」の神話、そして数々のサガに納められた英雄伝説から、やがて13世紀、バイエルンかオーストリア辺りの一人の詩人によって、ドイツ語の英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」が生まれます。「ニーベルンゲン」とは「霧の国の人」、つまり北欧神話の冥界、ニブルヘルムの人を意味します。人は全て滅びると分かって生まれてきます、滅びると分かって争います、滅びると分かって愛します。世界は何度でも再生するでしょう、しかし、その世界で失われた者たちは決して戻ってはきません。

 遠い昔の物語。ラインの中流にはブルグントという国がありました。治める王はグンテル、その妹クリエムヒルトは女性の鑑と崇められる美女、ある夜クリエムヒルトは鷹が二羽の鷲に引き裂かれる夢を見、母はお前の夫は早死にかもと案じます。この母の予感は的中することになります。

 ラインの下流にはニーデルランドという国がありました。その王子ジーフリトは武勇の誉れ高い美丈夫。クリエムヒルトの噂を聞いたジーフリトは何としても妻に迎えようとブルグンドに出かけます。グンテルの叔父であり右腕であるハゲネがジーフリトの武勇伝を語ります。ジーフリトがたった一人旅をしていた時、財宝を巡って争うニーベルンゲン族のシルブンクとニベルンクという兄弟と遭遇、名剣バルムンクを報酬に調停を頼まれたジーフリトですが、調停は不調に終わり、兄弟は12人の巨人と700人の戦士をジーフリトにけしかけます。これをたった一人で打ち倒したジーフリトは、兄弟に仕えていた小人のアルプリヒをひっ捕まえ隠れマントを奪い、分捕ったニーベルンゲンの財宝の番を命じます。また、かつて倒した龍の血を浴びたジーフリトの全身は剣も通らぬとか・・・。

 えらいヤツがやって来たのー、グンテルがのっけから傲慢かましているジーフリトを仕方なくもてなしているところに、ザクセンとデンマルクが攻めてきたとの報、僕に任せちゃいな!僅かな手勢を率いて出陣したジーフリトは敵を撃破、ついにクリエムヒルトと会うことを許されます。

 さて、海の向こうのイスランドにはプリュンヒルトという女王がおりました。大変な美女にして無敵の戦士、彼女を娶るには槍投げ、石投げ、幅跳びの三種競技に勝たねばならず、負けたら首が飛ぶとか。そして今まで勝った男ゼロ。これを聞いたグンテルはプリュンヒルトを妻にと願い、ジーフリトに助力を求めます。交換条件は当然にクリエムヒルトとの結婚です。

 ジーフリトは家臣との触れ込みで三種競技に挑むグンテルですが、プリュンヒルトの並外れた力に怖じ気づき、ジーフリトに泣きつきます。僕に任せちゃいな!隠れマントがあるもん、これを着ると姿が見えなくなるばかりか12人力が加わるのさ!かくしてグンテル+ジーフリト+12人の合計男14人力で辛うじてプリュンヒルトに勝つことができました。しかし、誇り高きプリュンヒルトはグンテルがその身に手を触れることを許しません。

 新妻に強引に迫るグンテルですが、14対1で辛うじて勝った相手に一人で勝てるわけがない、あっさりと縛り上げられ壁に吊される始末。ジーフリト、何とかしておくれよ!その夜、灯りを消した寝室に隠れマント着用で登場したジーフリトはグンテルのふりをしてプリュンヒルトを押さえつけ、何とかお床入りと相成りました。この時、何を思ったのかプリュンヒルトの金の指環とベルトを持ち帰ったジーフリトは、それをクリエムヒルトに与えます。これが後に因縁となります。

 時は流れて、10年後、それぞれ一人ずつ息子に恵まれた二組の夫婦は、ブルグントで再会します。楽しい宴会もクリエムヒルトとプリュンヒルトの夫自慢から気まずい雰囲気に。うちのジーフリトは世界最高の王よ、あなたの夫ジーフリトはうちのグンテルの家臣と名乗ったわ、言ったわねぇー。翌朝のミサ、これ見よがしに着飾ったクリエムヒルトはプリュンヒルトより先に礼拝堂に入ろうとします。家臣の妻の分際で!あのね、あなたの初夜のお相手はご亭主のグンテルじゃなくてジーフリトなのよ、ほら、この金の指環とベルトが証拠よ!
 許せない!プリュンヒルトの怒りに家臣たちはジーフリト殺害を決意し、ハゲネが作戦を練ります。

 ザクセンとデンマルクが再び攻めてきた!んじゃ、また僕に任せちゃいな!調子よく出陣するジーフリトですが、これはハゲネのウソ。クリエムヒルトの元に現れたハゲネは、大切なご主人をお守りするためにもジーフリトの弱点をお教え下さいと言葉巧みに迫ります。夫の弱点、それは龍の血を浴びた時に菩提樹の葉が貼り付いていた肩甲骨の間、そこに糸で印を付けておきましょう。

 あのね、敵襲ってのガセだったみたい、でもみんなせっかく武装して集まったんだから狩をせん?やろう、やろう!狩の幹事役であるハゲネはわざと飲み物の支度を忘れ、一同喉がカラカラです。泉まで競争せん?最初に着いた人が水飲むってのどう?やろう、やろう!一番乗りは当然ジーフリト、お行儀良くグンテルに先を譲ったジーフリトが泉にかがみ込んだその時、ハゲネの槍がジーフリトの肩甲骨の間の糸のマークにピンポイントでヒット、ジーフリトは死にます。

 ハゲネのせいよ、ニーデルランドに戻らずブルグントに留まったクリエムヒルトは涙の日々。そうだ、ジーフリトの遺産を何とかしなくちゃ、ニーベルンゲンの財宝を取り寄せるクリエムヒルトですが、管理人のアルプリヒの「この財宝は災いをもたらす」との言葉に将来を案じたハゲネは、財宝をラインに沈めてしまいます。またしてもハゲネめー、クリエムヒルトの恨みは募るばかり。

 やがてクリエムヒルトはフン族のエッツェル王と再婚、息子が一人生まれます。お兄様と久しぶりに会いたいわ、おー、それはグッドなアイディア、ブルグントの一族を招くエッツェル王ですが、ハゲネは当然行きたくありません。でも行かないと何か身に覚えがあるっぽいし・・・、迷った末に出かけたハゲネ、この決断が命取りとなります。
 旅の途中、ラインの水の乙女たちと遭遇したハゲネは彼女たちに占いを求めます。ブルグントの一行は坊主一人を残してみんな死んじゃうよ!ってことは先に坊主殺しておけばいーんだ、哀れな坊主を川に放り込むハゲネですが、なぜか坊主は沈みません、いやな予感が・・・。

 エッツェル王の宮殿で始まった宴会ですが、最初から雰囲気は最悪。とうとうお互いに剣を抜いてしまいます。ブルグント一族はエッツェル王とクリエムヒルトの間の子供を含めてフン族を大量に殺し窓から死体を放り投げます。クリエムヒルトは彼らを閉じ込めて宮殿に火を放ち、最期に生き残ったのはグンテルとハゲネだけでした

 ハゲネ、この夫殺し!さぁ、ジーフリトの残したニーベルンゲンの財宝をどこに隠したの?ふん、王が生きておられるうちは明かすわけにはいきませんな。クリエムヒルトはやむなく兄グンテルの首を刎ねます。さぁ、ニーベルンゲンの財宝はどこ?お前のような魔女に誰が教えるか!何ですってぇー、私の夫を殺しておいて、よくも、よくも!クリエムヒルトは自ら剣を振るってハゲネの首を落します。
 歴戦の勇士が女に殺されるなんて、こんな屈辱があってよいのか?その場に居合わせた戦士たちはクリエムヒルトを殺します。

 人はこれを「ニーベルンゲンの災い」と呼びます。その災いをもたらしたニーベルンゲンの財宝はラインの川の底、その在処は誰も知りません。

 ここに至ってあれほどの「出たがり」のオーディンが出番なし、物語は古代のゲルマン神話から中世の宮廷文学へその足を踏み入れたのです。その過程を象徴するのが「およそ王子らしからぬ」英雄のジーフリトと「王であること」に終始するグンテル、「冷徹な実務家」ハゲネの対立、そして「愛」を体現するクリエムヒルトと「地位」を体現するプリュンヒルトの対立です。

 ジーフリト、彼はやんごとなき王子様でありながらやることなすこと「野生児」そのものです。財宝を巡って争うシルブンクとニベルンクの元に突然に現れ、調停役を買って出るも不調、普通ならお役に立たなくてごめんなさい、のところ、俺に楯突きやがってぇと皆殺し、金庫番のアルプリヒを脅しつけるあたり、こりゃ王子様というよりヤクザに近いです。そんな彼ですが、こと恋だけは思うに任せない、惚れた王女様を略奪することもままならず、彼女の兄である王の言いなりで騎士としてご奉仕、ご機嫌を窺うしかありません。
 グンテル、彼は王であり、王であることは何であるかを知っています。それは龍を倒すことでもなく、黄金を奪うことでもなく、龍を倒せる人間、黄金を奪える人間を「使える」ということなのです。三種競技のチャンピオンであるプリュンヒルトを娶るに当たって、グンテルはジーフリトの力を利用してインチキすることに何の躊躇いもありません。それで自分の価値が下がるとも思いません。なぜなら彼は「王」だから。
 ハゲネ、彼の頭には富と権力の維持と伸張しかありません。ジーフリトの武勇伝を誰よりも良く知っていた彼は、その情報をフルに活用することで、ジーフリトの力を利用しつつ、グンテルとの間を裂くことも忘れません(「もしジーフリトが亡いものとなれば、あまたの国々が王の領土となるだろうと説いた」)。ハゲネにとって権力とはジーフリト流の武勇でもなく、グンテル流の地位でもなく、緻密に計算されたパワーゲームの結果です。
 クリエムヒルト、美と愛の象徴であり、ゲルマンの野生児ジーフリトから宮廷の作法通りの崇拝を得た姫様は、夫亡きあと復讐の鬼と化します。何しろ下手人のハゲネだけではモノ足りず、自分の実家を滅亡させるという怒りよう。ジーフリトの残した財宝は彼女にとってはあくまでも「私へのプレゼント」「だから私以外の者が手にしてはならないの」「なぜって私は愛された女だから」「愛は黄金を所有するに足るの」。クリエムヒルトにとって愛とその結果の婚姻の契約は血縁を凌ぐ絆、これは古代ゲルマンにはあり得ないキリスト教的価値観です。
 プリュンヒルト、男14人力と張り合う荒々しきゲルマンの姫様は、なぜか「宮廷的価値観」に囚われた不思議な存在です。ジーフリトと義理の妹クリエムヒルトの結婚式、突然泣き出すプリュンヒルト、「お妹君のことが、私は心から悲しいのでございます。あの方は臣下の身分の者と並んで座っているではありませんか」、プリュンヒルトにとって、ジーフリトの男っぷりも幸せそうなクリエムヒルトも意味がない、何しろジーフリトはグンテルの家臣だと信じております。そして、義理の妹であるブルグントの王女が臣下と結婚することは泣くほど悔しいことなのです。

 クリエムヒルトとプリュンヒルトの血で血を洗う抗争の発端は、「どちらが先に礼拝堂に入るか」です。既に人物たちにはキリスト教徒であることが当然に求められ、これではオーディン、出る幕ありません。
 ゲルマンの神話は中世キリスト教の宮廷物語に飲み込まれつつあり、その断末魔の声が矛盾だらけの人物像に表れています。

 さて、黄金です。この物語の黄金は呪われてはおりません。兄弟が取り合いをしていたところに通りかかったジーフリトが分捕り、小人のアルプリヒがその管理人に任命されたってだけです。黄金がもたらす数々の惨たらしい死、それは呪いのせいではなく、まさにそれが黄金だからなのです。
 金、この不思議な金属、キラキラと美しいですが実用性ゼロ、柔らかいので武器にも馬具にも使えません。なんだってこんなものに人は目の色変えるのか?それは金が稀少である、だからみんなが欲しがる、ただその一点のみです。もう呪うまでもない、人間の欲望が金を巡って勝手に争う時代が来てしまったのです。

 金属はその精製の過程で大量の森林を消費します。ゲルマンの人々を育んだ森は、黄金の前にただただ消費されていきます。森が失われていくと同時に、ゲルマンの神々も失われていきます。

 「いま、我々は、神なき時代に生きている。」(ニーチェ)

参考文献:「ニーベルンゲンの歌」(岩波文庫)
      「ニーベルンゲンの歌を読む」(石川栄作 講談社学術文庫)


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