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LeafJ・シュトラウス 「こうもり」 (1999年12月29日の日記より)


仮面の向こうはどんな顔?

 大晦日というと日本では何故かベートーベンの交響曲九番ということになっていますが、オペラの世界ではよくシュトラウスのオペレッタ「こうもり」が上演されるようです。本来の設定は1874年の謝肉祭となっていますから、大晦日とは関係がないのですが、序曲でシャンパンの泡のようにはじける軽やかな和音といい、派手な衣装と舞台設定といい、大晦日にぴったりのオペレッタです。

 ルネッサンスの頃から、カーニバル(謝肉祭)には仮面を付けて歩くことが許されていました。一番有名なのはヴェネチアのカーニバルですが、これは何日もぶっ通しで続けられ、その間人々は何でも自分の好きな者に扮することができました。ゴンドラの漕ぎ手が枢機卿の衣装をつけてもったいぶって歩くことも可能でしたし、政府の要職にある大物貴族が粋な下町のあんちゃんの格好で、若い娘を追いかけることもできました。街の全員が自分ではなくなってしまうという、何とも不思議なお祭りです。

 シュトラウスの「こうもり」も一夜のバカ騒ぎの物語です。大金持ちの変人オルロフスキー殿下の夜会に招かれた人々は誰も彼も本当の自分ではありません。銀行家のアイゼンシュタインはフランスのルナール侯爵、その妻ロザリンデはハンガリーの伯爵夫人、女中のアデーレは女優オルガ、アイゼンシュタインをしょっ引くことになっている警察署長のフランクはシャグラン閣下・・・誰もが自分以外の何者かに扮してドタバタと賑やかなパーティーを繰り広げます。実はこれはファルケ博士と暇と金を持て余しているオルロフスキー殿下の仕組んだ悪戯なのです。自分が誰であるかを隠すだけで、人生は全く自由になります。しょっ引かれるアイゼンシュタインとしょっ引くフランクは、お互いに立場を隠すだけで、すっかり意気投合してしまいますし、女中のアデーレはゴージャスな女優に変身して男達を手玉に取ります。自分の妻とも知らずに美しい伯爵夫人にすっかり心を奪われてしまうアイゼンシュタイン、見慣れた妻の顔も仮面を付けるだけで魅惑の美女に見えてしまうのです。殿下の音頭でシャンペンを飲み干し、人々は皆心から演技を楽しみ、キスを交わします。

 夢のような一夜が明けてみれば、朝の光の中では仮面も扮装も色褪せてしまいます。本来の自分に戻った彼らを待っているのは、何とも味気ない現実。二日酔いの頭を抱えて、刑務所の中でお互いの素性を知ってまたまた大騒ぎ。全てはファルケ博士と殿下の悪戯と分かって大笑いのうちに幕が降ります。

 本当の自分を隠してなりたい自分になる、「私は○○である」と言ってそれに相応しい演技が出来れば誰にだってなれる・・・この一夜のバカ騒ぎを演出したオルロフスキー殿下(彼だけは自分自身のままということになっています)、彼が実はホモ・セクシャルであるという視点がこのオペレッタのポイントです。自分以外の者になりきって大騒ぎをしている人たちを醒めた目で見つめている殿下、彼は常に演技をしている人間、本当の自分を隠している人間(当時はホモ・セクシャルであることが容認されるような時代ではありませんでした)なのです。一夜明ければ本当の自分に戻っていく彼らと違って、殿下の人生は最後まで演技でしょう。本当の自分に戻れるからこそ、つかの間の扮装が楽しいのであって、一生そのままでいろと言われれば、これはとてもつらいことに違いありません。殿下の何とも物憂げな表情と突飛な行動、そこには決して本当の自分に戻れない呪われた人間としての悲しみが見え隠れしています。

 本当の自分を隠して全く別のなりたい人間になる、これは何も昔の仮面舞踏会の専売特許ではありません。最近になってこの「仮面」は非常に身近なものになったように思います。インターネットの世界です。53歳のトラック運転手が23歳の看護婦だと言ってしまえば、このインターネットの世界ではそのまま通用してしまいます。コンピュータという20世紀最大の発明の作り上げるネットワークの世界で、オルロフスキー殿下の夜会は今も繰り広げられています。ただ、大切なのは、仮面はいつか脱ぐ時が来るから、夜会は夜が明けるとお開きになるから、一夜のおふざけだからこそ楽しいのだということです。仮面を被り続けることのつらさ、本当の自分を表にさらすことの出来ない人間の孤独、偽りの関係でしか他人と関わり合いを持てない虚しさ、これらは全てオルロフスキー殿下が証明しています。

 大晦日、ベートーベンの第九もいいですが、「こうもり」を聴いて過ごすのも素敵です。年が明ければイヤなこともつらいことも、全てもう去年の出来事です。新しい一年、本当の自分を大切にして歩いていきましょう。



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