たとえば囀る雛のように
本文抜粋
バゼットはヒーターの前に背を向けた格好で鎮座させられている。それだけならまだしも、あたらしく服を着せられた上から薄掛けや毛布を巻きつけられて身動きがとれない。試しに身体をよじってみたが、腕も動かなければ膝も伸ばせず、自分の意思では立ちあがれそうにもなさそうだった。おかげで震える余地もなく、寒気もだいぶおさまってきていた。そのかわり、顔が火照って仕方ない。首をあげているのも辛くなり、バゼットは首まで巻きつけられた毛布に頬をもたせかけた。
言峰はさっきからシンクの前で何やら作業をしている。視界に入らず、直接会話を交わすことがなくても、こうして近くに言峰の気配を、同じ空間にいるというつながりを感じられるのがバゼットには嬉しかった。この家に来てから身体の調子は段々と重くなっているが、心は確実に安らいでいる。
ヒーターの唸る隙間を縫って雨の音が滑りこんでくる。ひたひたと続く単調な音が屋根を打ち、熱にひきずられがちな意識を現実へと冷ましてくれる。強くも弱くもならない雨は永遠に止まないような気がしてきた。ヒーターの熱に髪をあおられるのを感じつつ、バゼットはしばらく単調な音を聞いていた。仕事に忙殺されている間は、こうして雨の音を聞く余裕もなかった。
気がつくと言峰が前に立っていた。片手にカップ、もう片手には大きめの瓶を持っている。瓶の中身は蜂蜜だろうか、白みがかった飴色を見せている。床に置かれたそれらを呆然と眺めているうち、言峰の手が額に触れてきた。
「気分はどうだ」
「暖房が熱くて……」
「寒いよりはましだろう」
言峰は蜂蜜の瓶をヒーターの前に追いやり、
「怠そうだな。食欲はあるか」
冷静に体調を訊いてくる口調は医師のようだ。目の前に座りこみ、すぐ近くからこちらの目を覗きこんでくる。身体に分散していた熱が頬に集まってくるのをバゼットは感じた。
「わかりません。ここのところろくな食事をしてませんから」
「おまえが碌でもないものしか食わないのはいつものことだろう。今さら聞くまでもない」
わざと意味を取り違えているのだろう、真顔で言う言峰にからかわれているとわかっていてもバゼットは反論できない。
「手を出せ」
言われたとおりにしようとするが、布地が入り組んでいて時間がかかる。なんとか隙間を見つけ出して手を伸ばした自分の姿がおかしかったのか、言峰はうすく笑いながらカップを渡してくれた。中身は白湯に見えたが微かに色を帯び、鼻を刺すような入り組んだ甘い香りがたちのぼってきた。
「何でしょうか、これは」
「聞かない方がいい」
バゼットは戦々恐々と試してみたが、待ちかまえていたほどの味でもなかった。弱りきった身体にはこれくらいの甘さがむしろ有難い。
「飲めそうか」
言峰の質問に、バゼットは笑顔を浮かべて頷いた。
「それなら、よほど舌が鈍っているか、普段から味に疎いかだな。おそらくは両方だろうが」
いつもどおりの意地悪な口調は、それでもどこか柔らかさを感じさせる。一連の物言いはもしかしたら、言峰なりの謙遜なのかもしれないと、バゼットはいささかのぼせはじめた頭で考えた。それほどに飲物の甘さは暖かく、心地よかった。