殺戮遊戯
5
言峰は衛宮の笑みを沈黙で出迎える。
ふたつの銃口がある。ひとつは自分の眉間を狙い、もうひとつは心臓に向けられている。両方の銃も引き金に指がかかった状態で止まっている。人相手にはありあまるような大口径に、冷えきった輝きがまつろう。数々の死を担ってきた輝きだ。
どちらにも分があり、どちらにも分がない。首を黒鍵に挟まれていながら衛宮はうろたえず、自分への敵意も衰えない。
それどころか一連の動きを通して衛宮はますます暗殺者として整いつつあるようだ。流れを読み、自分には目もくれず引き金に手をかけ、こちらの向かう先に弾丸を撃ちこんできた。目的を単純化してほかの犠牲を切り捨てるやり方は、まさしく殺人機械の名がふさわしい。
ひとつ息をつく。高まっていた感受が静寂に落ちていく。
言葉がなくても、衛宮の意志が伝わってくる。
―――五分五分だ。さあ、どうする代行者。
緊張が拮抗している。枯葉のざわめきだけが冬を乱す。落ち着いてきた身体の奥とはうらはらに神経が限界へと近づきはじめていた。衛宮の目には研ぎすまされた殺意があり、月光のうつりこみにおおわれている。
そして、衛宮がまったく予想だにしない動きをみせた。
みずから刃に首をあずけたのだ。言峰には衛宮の肌が裂け、血管が切れる感触がわかった。血が吹きあがり、一瞬目を奪われ、そうした自分を悔やむ。黒鍵が動かせず、目の前には広がる血飛沫と勝ち誇った衛宮の表情。
黒鍵から手を離し、身体を沈ませるのが精一杯だった。生暖かい感触が頬にかかる。弾丸が頭をかすめ、髪を焦がす。身を翻し、飛びさじろうとしたところで、肋骨につきつけられた銃口を知った。
「手をあげろ」
もう片手の黒鍵も放し、言われたとおりにする。
銃口が背中を撫でていき、心臓の裏側でとまる。血の匂いがきつくからみついてくる。すこしだけ振りむくと、衛宮が首筋を押さえているのが見えた。多少血の気を失った顔をしているようだが、ほかは変わりない。動脈を傷つけたのだ、ふつうの人間なら失血によるショックで死ぬはずだった。
そこで言峰は舌打ちした。衛宮がふつうの人間であるはずがない。
「殺すのが惜しくなったよ、言峰」
撃鉄が起こされ、螺子のかみあう感触が骨に響く。いまさら面倒くさい手順を踏むのは、こちらに本気を知らしめるためだろう。
「令呪を破棄すれば、命まではとらない。どこにある」
「―――右腕だ」
抑えこんでいた屈辱が頭をもたげてくる。心の裏側からにじんできて、感情を恥辱で支配しようとする。また自分は脱落するのか。一度ならず二度までも落伍者の烙印を背負うのか。師を討ち、親を殺してまで手に入れた結果が、こんなみじめな敗北とは。
まだだ。まだ終わっていない。
言峰は目前に広がる冬の森を眺める。それにつづく街を思う。聖杯が完成しはじめていることも知らず、平穏に暮らしている人々。自分が望んでも手に入れられないもので満ちあふれた日常の風景。
目を閉じる。この地のどこかで形づくられているであろう聖杯に意識を伸ばす。暗闇を穿ち、心のひっかかりをすくいあげ、望みを託す。
この街から人が、そして衛宮切嗣とそのサーヴァントが。
―――いなくなればいい。
突如として、空が赤く染まった。ほどなくして地響きのようなうなりがやってきて、爆発するような音が重なる。
樹木の隙間から細い火柱が見えた。眼下に広がる街が火に包まれている。だがあの空の染まりようは異常だった。まるで街全体が一斉に発火したようだ。
聖杯は言峰の願いを、大火災として成就した。
「火事……」
背中の銃口に力がこめられる。
「貴様がやったのか、言峰」
「聖杯が起こしたことだ」
「なんだって……聖杯は願いをかなえてくれるんじゃなかったのか」
「願いも多々あれば、その叶え方も千差万別だ。聖杯は私の願いを受け取ってくれた。結果があれだ、衛宮切嗣。どうだ、いい眺めだろう」
ここからでも炎の熱がわかるようだ。火柱が各地であがりはじめ、遠く、サイレンの音も聴こえてくる。
「貴様、殺してやる……!」
「殺すがいい。それが貴様の愛した正義だ。わかっていたのだろう? 正義を通すには、犠牲も敵もその手でつくりださなければならないことを」
「おまえは―――悪魔か」
衛宮の言葉に、意識のどこかが叫びをあげる。
悪。それは言峰が心で殺しつづけ、意識の上にあげないようにつとめてきた単語だった。
自分はその枠に入ることで初めて、迷いを断ち切れ、生きつづけてもいい人間だった。神の教えに従えず、愛を理解できず、人の苦痛をわが歓びとする自分の、茨で飾られた最後の道程だった。
「礼を言おう。自分のとるべき道がやっとわかった―――」
手をひろげ、腕に街の眺めをおさめる。
「さあ、理想に酔え、衛宮。最高の舞台を作ってやったぞ」
背に恐ろしいまでの重圧がかかる。
燃えあがる冬の空に、銃声が響く。
目を見開いたのはなぜか心臓を撃ち抜かれたあとのように思える。最後に見たのは月明かりを払拭する朱色の空、街を灼きつくすであろう炎のゆらめき。
待ちかまえていた暗闇に、言峰は落ちていった。