「それすらも平穏な日々」より
「悪戯しますよ」本文抜粋
家に帰ると、お化けに出迎えられた。
言峰はドアを開けたまま、目の前にあらわれたそのお化けを冷静に見つめた。正確にいえばそのお化けはバゼットなのだが、何を考えていたのかまったく意図がわからない恰好をしていた。シーツらしき布を顔だけ出して頭からかぶり、床に長々と引きずっている。帽子だけはどこからか調達したのか、黒い裏革でできた、魔女を彷彿とさせる上物な品だった。腰を屈めているのは、バゼットなりの演出だろうか。
「お菓子をくれないと、いたずらしますよー!」
子供のようにはしゃいだバゼットが言う。そういえばそんな季節だったと言峰は思い出した。バゼットの目には期待と喜びが爛々と輝いている。おそらく何日も前からたくらみを練っていたのだろう。こうしてバゼットが押しかけてくるたびに言峰は自宅の鍵を渡すのではなかったと後悔する。しかし取りあげたり鍵を交換したとしても、バゼットなら扉を壊して涼しい顔で入ってくるだろう。その時の損害を考えれば、自分の溜息など安いものだ。
言峰が黙っているとバゼットが首をかしげてシーツごと腕を振り、
「いたずらしますよ?」
まるで悪びれない顔で反応を要求してくる。ちょっかいをださずにはいられなくなるよう思わせるなら、バゼットの顔つきは成功しているようだった。本人は無自覚な愛嬌に満ちている。 普通の人間なら骨抜きにされるであろうバゼットの表情は、言峰の嗜虐心を存分に呼び覚ました。
「面白い試みだが、普通は仮装した者が家を訪ねて回るものだろう。これでは逆だ」
言峰はそう言って外を指し示す。バゼットは考えこみ、納得したようにうなずくと外へ出た。
ここぞとばかりに言峰はドアを閉めて鍵をかけた。これで決着がついた気になり、部屋に入るとソファに外套を投げかけた。
(後略)