薔薇と雨と彼女の秘密

本文抜粋

 薔薇をずっと眺めつづけている言峰を見やって、よく飽きないものだとカレンは考える。なにげなく向けているという風なのに、ぶれることもなければひとときも外れることもない言峰の視線は不気味だった。たしかに薔薇は小さくはかなく、雨に散る寂しげな様子は言峰の嗜好に合っているようだが、花じたいに興味を持っているのだとしたら意外に思える。そういえば、薔薇が咲いているときに言峰が姿を見せたのははじめてかもしれない。
 休憩を挟み、カレンがふたたび本の束を手にして回廊へさしかかった時、言峰はまだ薔薇を眺めていた。あれは人間ではなく存在していないと思えばいいのだろうが、中庭をめぐっていると嫌でも目についてしまう。
「神父」
 立ちどまったカレンは根負けして言峰に声をかけたが、あくまで仕事のついでだという雰囲気を崩さなかった。
「そんなところに立っていて面白いのかしら。それとも雨に濡れるのが趣味?」
 意識していなくても刺々しい声になっていた。カレンの問いかけに言峰は目だけを向け、
「面白くはないな。それに雨に濡れるといった趣味もない」
「それならどうしてそこに立ってるの」
「薔薇を見ている」
 空虚なもの言いをする言峰の声には、しかし言葉以上の意味をあえて打ち消している印象があった。
「蔵書を整理しているのか」
「ええ」
 カレンは少しばかりの優越感をおぼえながらうなずいた。
「必要のないものは寄付することにしました。捨てるには勿体ない稀覯書もありますし。どちらにしろ貴方の承諾は得る必要はないと思うのだけれど」
 カレンの声から意図を感じ取ったのだろう、言峰はわずかに口端をあげた。
「だがバゼットの承諾は得たのだな」
 何冊かバゼットのもとへ行く蔵書は形見分けのようなものだ。渋々と肯定しつつ、カレンは早々と萎んでいく優越感を惜しんだ。バゼットが関わると、カレンはこと自分でも抑えきれない感情を覚え、計算しきれない行動に出てしまう。
「それならば構わんよ」
 わざとらしく、誇ったように笑う言峰の姿は生きている人間としか思えなかった。ちょくちょく対峙するうちにカレンは、死者とわかっていながらも言峰を生きた人間として見るようになっていた。言峰の頬を伝い落ちた雨粒が肩に水滴となって留まり、表面に艶やかな緑が丸まっている。雨にけぶり現実を霞ませた眺めは、言峰が幻影なのではなく、自分が幻影の渦中にまぎれこんでしまったという錯覚へカレンを陥らせていた。
 気分を仕切りなおすために、カレンは腕に持った荷物を抱えなおした。
「バゼット、今日は来ないけど」
 感情を読まれないようにカレンは平坦に言うが、嫌味になっていた。言峰は動じる気配もなく、
「知っている」
「嘘ね」
 カレンは反射的に否定していた。
「さあ、どうだろうな」
 言峰がほんの一瞬、礼拝堂のほうを見やる。つられて視線をやりそうになるのをかろうじてカレンは押しとどめた。