Stand By Me
本文抜粋
言峰は明日から国外へ出ることになっていた。明日は早朝の飛行機に乗るから今日のうちにここを発つという。それを聞いた凛は、澄ました顔をして荷作りの手伝いを申し出た。意向もうかがわず、手伝ってやるから感謝しろと言わんばかりの大きな態度で礼拝堂へ入ってきた凛を、言峰は苦笑を浮かべながら出迎えてくれた。
それで出てきたのがこの馬鹿みたいに大きいスーツケースだった。適当に放りこめばいいと言峰は言ったが、いくらなんでもその通りにしては淑女の名がすたる。どうにかして言峰を感心させ、幼くとも女らしい一面を感じさせてやるようなやり方はないものかと、凛は腕を組んでしばし考えこんだ。
言峰は仕事でもしているのか、部屋を出て行ったきり戻ってこない。凛としては、構わないと思いつつもないがしろにされている気がしていささかつまらなかった。慣れないことを考えていたせいか、胃にかすかな痛みがあった。
何日間日本を離れるかはわからないが、荷物の大きさを見るに長い期間なのだろうと思う。別段いたとしてもずっと顔を合わせているわけではないし、合わせたとしてもろくなことはないが、言峰がいつ戻ってくるのかを知りたかった。ふだん言峰がいなくても何の支障はなく、むしろ喉の閊えがとれたように清々する方が多い。しかし曲がりなりにも後見人をつとめてくれ、不本意ながらも信頼している人間が近くにいないというのは、何かあったときに困る。
凛はふたたび溜息をつき、そんな自分に驚いた。まさか自分は言峰が行ってしまうのを寂しいと思っているのか。そんなはずはないと、叩きつけるように凛は荷物をスーツケースのなかへ入れはじめた。もとより言峰の許可は得てあるのだ、適当でいい。しかし手あたりしだいに詰めこんでみても中身が全部入らず、凛はまた腕を組んだ。
「荷物が多すぎる」
凛はスーツケースへ八つ当たりっぽく毒づいた。近くにあった法衣を隙間へと押しこもうとするが、襟が邪魔になってなかなか納まってくれない。あきらめて引っ張ると勢い余って広がってしまう。言峰の上着は凛が両腕を伸ばしきっても弛むくらい大きく、あらためて自分と言峰の違いを知った。いつも対等な位置にいるから意識していないが、こう見ると言峰は大人の男性なのだと思う。
法衣を床に広げて畳もうと凛は試みたが、大きくてなかなか自分の服のようにはいかない。自信を傷つけられた気がして凛が躍起になっていたところへ、言峰が戻ってきた。
言峰はスーツケースの無秩序な中身と周囲の散らかり具合を冷静に見つめ、
「すぐに終わると胸を張っていたのは誰だったかな」
「だって、入りきらないのよ」
凛はケースを指さして抗議した。
「一遍に詰めこむからだ」
凛の隣からケースの中身を覗いた言峰の口調は批評家のように生真面目だった。
「せっかく手伝ってあげたのに、なによ」
「私は一度も頼んでいないがね」
「もう」
まったくの事実だが、そう言われて凛はつまらなくなる。かといって素直に喜ばれても何か裏があるのではないと疑ってしまうから、どちらにしろこうやって不機嫌をあらわすのが常だった。