Я[なにわふくしま資料館]Я
2012.1.4

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『上方 第46号 上方大風水害号』(抄)
その19

上方郷土研究会編輯 創元社 1934.12


大風水害彙報(9)

管理人註
   

教育史上に刻む   輝く殉職の記録     文部省が表彰する教職員       けふ限り全部申達

 あゝ! 昭和九年九月二十一日―関西未曾有の大風水禍の犠牲となつ た学童の霊は、大阪市内二百六十二名、堺市百九名、三島郡七十名、豊 能郡七十六名、泉北郡六名、南河内郡四名、中河内郡四十三名、北河内 郡八十六名、計六百五十六名といふおびたゞしい数にのぼり、哀れ手を 喪ひ足を失ひ病床に呻吟するものまた五百七十五名を算するにいたつた が、敢然起つて或は学童の避難に或は自ら傷つきつゝ学童の救出にと身 を挺して殉職または重傷を負つた数多の教職員に対し、文部省から表彰 することゝなり、調査方を府知事あて急命して来た。  府学務課ではけふ五日を締切期限として各市町村長宛表彰教職員の申 達方を申渡したが、修身教科書の生きた範を身をもつて誇らかに示した 殉職教員数は中等教員一、小学校長二、訓導一五、使丁三、給仕二の二 十三氏と判明、このうち殉職教職員十八氏は、直に文部大臣宛表彰の手 続がとられるものと見られ、使丁、給仕五氏に対しては、県府知事から 表彰と感謝状が授与されるはずである。  また病床にありて教へ児を憂ふ重傷の訓導のうち、大阪市から九訓導、 堺市から七訓導の表彰方申請あり、これはそれ/\府当局で詮考の上、 功績大なるものと認められたもの数氏を選び、同時に文部大臣宛て表彰 方を稟請するはずとなつた。このほか多数学童の美談のかず/\など 「殉職佳話」とともに近く美談集が府当局から上梓される。いまこゝに この人たちが死を飾つた最後の記録を繰り展げてみよう。  【中略】         大阪姫島校訓導 里見豊昌氏  学校玄関で登校児童を安全地帯への避難に指揮中、倒壊校舎の下敷と なつて殉職、享年三十三。  【中略】     殉職使丁  【中略】         大阪姫島幼稚園使丁 秋田卯之助氏  幼稚園に飼育してゐる動物の飼料を買求めんとして嵐の朝危険を冒し て外出し、帰途隣接の姫島小学校校舎の倒壊に遭ひ圧死した、享年六十 五。         大阪大和田第一校使丁 浜本イワさん   使丁室で濡鼠となつて登校して来た児童の着衣を乾かしてゐたが、 危険なので数名の児童を救出しつゝ、避難の途中校舎倒壊のため圧死し た、享年四十。  【後略】                   (大朝)

『大風水害殉
職教員美談』
『大風水害遭
難学童美談』
大阪府学務課
1934































『上方 第46号』(抄)目次/その18/その20

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