総合TOP>古代史雑談「時には古代の話を」>史跡館>ちょっと意外な古代史スポット
今年の夏の家族旅行は、涼をを求めて岡山県(ほとんど鳥取県)の蒜山高原を計画しました。計画したときには、こんな"冷夏"になるとは思わなかったので(^^;
今回こそは古代史とは縁のない旅行になると思っていたのですが、どうしてどうして(^_^) 厳然と古代史"が存在することがわかりました。考えてみれば、ここは岡山と鳥取の県境です。吉備と出雲(中心は島根ですが)という、古代屈指の大勢力圏に挟まれているわけで、何かあって当然でしたね。
伝説や神話としては、この蒜山高原こそが「高天原」であるという話があるそうです。天の岩戸と呼ばれる岩があり、近くには鶏声(とりごえ)と言う地名が残ります。天照大御神を祀る茅部神社、那岐山(なぎせん)という山、大蛇(おろち)、祝詞(のっと)などの地名があります。
もちろん、直ちにこれらを「史実」と見ることはできませんが、かといって全く背景がないかというとそうでもなく、かなりの古墳が存在するのです。そのあたりを、八束村の四ツ塚史跡公園を中心にご紹介します。
蒜山高原の古墳(赤)--博物館の展示より--
駐車場になぜかトリの"埴輪"→
「四ツ塚史跡公園」には、郷土博物館と並んで、上図のように竪穴住居の復元、古代米の栽培田、野焼き広場などがあります。これらは「古代蒜山探検ヴィラ」の名付けられ、イベントとして土器作りなどが行われています。
↑左が赤米、右が黒米。
※赤米は晩稲(おくて)なので、この時期にはまだ実っていないので緑にしか見えません。
←博物館に展示してありました。 古代には赤米も栽培されていたことが分かっており、「古代のお米」として全国各地で作られ売られています。黒米についてはあまり知らないのですが..。
「野焼き広場」を越えた先には、移築された古墳と復元された竪穴住居があります。古墳の方は、もともとここにあったものではなく、別の場所(水別遺跡)から移築保存されたものです。
蒜山郷土博物館では、四ツ塚古墳群についての展示が目立ちました。
100分の1サイズの模型↑13号古墳→
特に13号墳は、円墳に台形の作りだしがつくというユニークな形であり、形象埴輪も見つかっており、博物館には埋葬主体の実物大模型も展示されていました。
駐車場の(鳥型)はこれでしたか 写真右スミには頭蓋骨も その四ツ塚古墳群(国指定史跡)は、ここに隣接しています。ついでに行ってみました。
古墳群は公園のように整備されています。解説によれば、6世紀に築かれた16基の円墳から構成された古墳群で、南側に並ぶ大きな4基が特に目立つことから「四ツ塚」と呼ばれたそうです。
できれば全部、少なくとも13号墳は見たかったのですが、時間もなくなってきたので(これ以上は家族に迷惑)一番手近な1号墳のみ、確認しました。1号墳は直径24m、高さ3.5mあります。横穴式石室で(写真の通り(^^;)、玄室の長さは4.88m。人骨をはじめ多くの副葬品が出土しましたが、その大部分は東京の国博だそうです。
史跡公園は、思っていたより大規模でしたし、古墳も立派でした。
川上村側からは離れているのですが、蒜山を訪れられた古代史ファンの方にはオススメのスポットですよ(^_^)/