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| 下総国葛飾郡大嶋郷戸籍・嶋俣里 |
ここがなぜ古代史スポットかというと、まず第一に、奈良時代の戸籍が残っている地域の一つである、ということです。
この地域は、古代の下総国葛飾郷嶋俣里にあたります。葛飾はそのまま区名、嶋俣→柴又ということで、非常に分かりやすくなっています。
この下総国の養老五年の戸籍が不完全ながら正倉院に残存しているのです。
この戸籍については、青木和夫『日本の歴史』第3巻(中公文庫)にややくわしく説明されています。
(略)大嶋郷のばあいは、甲和(かわわ)・仲村・嶋俣(しままた)の三里が置かれ、それぞれ里正が一人ずつ任命された。
甲和里と嶋俣里は、小岩と柴又の地であろうと明治時代からいわれてきた。それぞれ東京都の江戸川区と葛飾区の町名で、二つの町の中心は南北に三キロと離れていない。仲村里は、近年、もとの北葛飾郡の中村、いまの葛飾区の水元小合(みずもとこあい)町にふくまれている地に比定されるにいたった。柴又から三キロほど北である。(略)
この辺は古代利根川が流路の両側に押し上げた土砂の上、つまり自然堤防の上にある。甲和も川曲(かわわ)の意で、大嶋・嶋俣と同じく土地柄を示している。いまは江戸川と中川にはさまれているが、かつては利根川が大嶋郷三里の西側を流れていて、それが下総国と武蔵国の国界であった。(前掲書187頁)
東京の地名は分かりづらいので、右上に地図を入れてみました。
上の文章に「かつては利根川が大嶋郷三里の西側を流れていて、それが下総国と武蔵国の国界であった」というのは、いまの中川ではなく荒川の位置になろうかと思います。この川には現在も「両国」橋がかかっています。相撲で有名なあの両国です。
また、右は京成電鉄の路線図です(高砂駅にて撮影)。「柴又」「小岩」の駅名が見えます(この図では下が北になります)。
| 古代の「トラ」さん・「サクラ」ちゃん |
さて、柴又と言えば映画「男はつらいよ」の寅さんです。駅前にはえらく立派な銅像が立っていました。お約束(^^;ですので写真を撮りました。
ところで、8月3日付の朝日新聞夕刊12面に、”奈良時代の葛飾・柴又 おいさくら、おれたちゃ古いねえ 戸籍に「刀良(とら)」「佐久良(さくら)」”という、カラー写真入りのちょっと大きな記事が出たのを見られた方も多いと思います。
3日から柴又八幡古墳の発掘が始まっているという記事なのですが、葛飾区の文化財担当の職員が、当時のこの地域の戸籍の調査(レプリカを作るらしい)をしていて、「刀良」7人、
「佐久良売」2人を見つけた、ということです。
記事の中で山田洋二監督も言われていたように、この戸籍に「トラ」さんがいるのは、一部でよく知られた事実でしたが、今回は「サクラ」もいたとうことで、話題になっているようです。ただ、記事ではあいまいに書いていますが、これは「下総国葛飾郡大嶋郷戸籍」全体の数です。この郷には嶋俣里の他に甲和里・仲村里があったことがわかっていて、厳密に言うとこれらのうちの何割かが柴又ということになります。
それから、当時は兄弟姉妹で似たような名前にすることが多いので、上記も他にも、「乎刀良」2人、「小刀良」2人、「真刀良」1人、「小佐久良売」が1人います。また「刀良売」が5人もいます。記事にもあるように「売」は女性を表す一種の符号という説もあり、だから「佐久良売」が「さくら」になるのですが、そうすると「刀良売」も「とら」になりますね(^_^)
いずれにせよ、これが(夕刊とはいえ)全国紙でこの大きな扱いとは..。寅さん人気は根強いですね。私は実は1回も見てない(TVでも)のですが....。これは余談ですが、嶋俣里の里正(役人)の名前は、戸籍の末尾に署名があるので分かっています。
孔王部(あなほべの)小刀良 という人物です..(^o^)
| 柴又八幡神社と古墳 |
さて、この地域が古代史スポットであるもう一つの理由は、ここに古墳があることです。
問題の柴又八幡神社です。
京成の柴又駅からすぐですが、有名な帝釈天や矢切の渡しとは反対向きなので、あまり目につきません。
入り口近くにあった案内版です。 写真にある案内板によると、1965年・90年の発掘調査の結果、いまの社殿を中心とする直径20〜30m規模の円墳であることが判明。それ以前から社殿裏手に露出していた石組は石槨で、古墳の周囲には溝が掘られ、埴輪や直刀・馬具などの副葬品も見つかったとのことです。6世紀後半の後期古墳だそうです。
神社の本殿の奥。石槨があったところ。 「島俣」の字が嬉しい。 上にあげた新聞記事にあるように、今月3日から発掘調査が行われ始めたのですが、実は私がここを訪れたのが偶然にもその8月3日!でした。
このため、神社内は(期待していたのとは違って)大変な人。まさに「いま発掘してますよー」という状況でした。
というわけで、関東の古代史・前編、葛飾区柴又でした。
次回・後編は、業平ゆかりの地をご紹介します。