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(3)千葉市蘇我

 1999年夏、ニフティのミニオフとマリンスタジアム観戦のため、関東へ行きました。18きっぷ使用で、往路は朝家を出て、快速・普通を乗り継いで、千葉マリンのナイターに間に合わせるという強行軍でした。疲れました。もう若くない(^^;
 それはともかく、宿を近くの千葉みなと駅前にとったのですが、ふと地図を見ると、次の駅(京葉線)が「蘇我」になっている。お、これは何かあるかな、と。

JR蘇我駅 

 くわしいめの地図を見ると、JR蘇我駅から少し南に下ったところに、蘇我神社(蘇我比[口+羊]神社)があります。調べてみると延喜式内社です。ということは、この辺りはかなり前から「蘇我」という地名だったはずです。

 実際に歩いてみたのですが、これが遠い遠い。歩いて20分以上かかりました。夏の暑い日だったんで、 もう汗だくだくでした。すぐ近くにバス停がありまして、行き先は千葉駅と千葉中央駅でした。もし行かれるなら、千葉中央駅(こっちの方が本数が多かった) からバスに乗ることをオススメします。

蘇我ひめ神社 行ってみた感じは、予想通り普通の大きさの普通の神社でした。観光客は きっと来ないでしょう。私が写真を撮っていたら、近所のおばぁちゃんたちが怪訝そうな顔でこっちを見ておられました。
 神社の看板にあった「御縁記」によると、日本武尊の東国への遠征のさい、千葉沖で風浪が強くなり、竜神の怒りをしずめるために、弟橘姫が自ら海に身を投げます。その時、同道していた5人の姫も一緒に入水したのですが、その中の一人、蘇我大臣の娘はこの近くの海岸に流れ着いて助かりました。のち(応神朝)、蘇我氏がこの周辺の国造となり、この神社を祭った、とのことです。
 近くにあった千葉市教育委員会による説明の看板には、「曽我野は古代、蘇我氏に属する部民の居住地であった」とあります。これがまあ妥当でしょう。ただ、戸籍などで確認はできませんが。


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