登場人物の名前について

 ここでは、長岡先生の作品に登場したいくつかの「名前」について、考えたり見つけたりしたことをいくつか書いてみます。それぞれの作品の設定を見る上でも名前は重要ですが、このコーナーでは、そういったことから少し離れた側面からの考察をしてみたいと思います。


翁丸
2005.10.31.

 今回は人間ではなく、犬の名前です。「凍れる月」(『うす紅色の夏の影』所収)に登場するあの犬ですが、この名前、『枕草子』をふまえているものと思います。

 第7段「うへにさぶらふ御猫」。この話に登場する宮中で飼われている犬が「翁丸」という名です。この犬がとてもかわいそうな扱いを受けます。同じように宮中で飼われてる「命婦のおとど」というネコがいて、これが五位の位をもらって敬語で呼ばれているのですが、このネコの乳母(がいる!)がふざけて、翁丸に「命婦のおとど食へ(噛め)」と言い、その通りに翁丸がしようとする(もちろんネコは逃げた)と、それを天皇に見とがめられ、半死半生のボコボコにされてしまいます

 どうも平安貴族は犬より猫の方がお好きなようですが、どうでしょう、長岡先生はむしろ犬やキツネの方がお好きなのではないでしょうか。この「翁丸」の名前を使われる辺りに、そんな感覚を感じます。


 

開と珂瑠
2004.09.29.


 奈良時代を描いた短編「飛火野幻想」の主人公は、仏師の開(はるき)と少年珂瑠(かる)の二人ですが、二人の名前に込められた?関連性について、最近気づいたことです。

 まず開(はるき)ですが、この変わった名前はおそらく天智の実名から引いてこられたものと思われます。天智には「中大兄」「葛城」という名前が知られていますが、「開」という名もあったことは確実です。『日本書紀』に「開別皇子」という表記がありますし、『大安寺縁起』という資料には天智のセリフの中で自分のことを「開」と言っているからです。

 なお、上述の「開別」は「ひらかすわけ」と読まれていますが、それでは「開」は「ひらかす」で、名前らしくありません。これに対して長岡先生は「開」を「はるき」読ませています。これは(これも最近気づいたのですが)、欽明天皇の尊号「天国排広庭天皇」の「開」に、『日本書紀』が「はらき」という読み仮名をつけている(「開、此をば波羅企と云ふ」) ところからのアイディアではないかと思います。

 次に珂瑠(かる)ですが、「珂瑠」は「軽」に通じます(実際文武天皇は「珂瑠皇子」とも「軽皇子」とも書いたようです)。軽といえば、文武天皇か孝徳天皇が思い浮かぶのですが、これを孝徳と結びつけると、意外なつながりが見えてきます。

 孝徳と天智との関係は、ご存じのように叔父−甥の関係です。
 では、「飛火野幻想」の二人はどうでしょう。もちろん、珂瑠と開のあいだに血縁関係はありません。しかし、珂瑠の姉(当麻真人宇智古)と開の兄とは恋人関係でした。ああいう事件が起こらなければ、二人は結婚しただろうと思われます。 そうなると、開の父の妻=義母の弟が珂瑠ですから、珂瑠と開の関係もまた、叔父−甥ということになるのです!

 これは偶然でしょうか?
 もちろん、二組の「珂瑠と開」には、名前と叔父−甥関係のこと以外に、特に共通点はありません。ですから、偶然でなかったとしても、ちょっとした"仕掛け"といったものだとは思いますが....。


千古とかぐや姫
2003.11.09.

 「花散る里の物語」で、五条の斎(道祖神)によって作られた美女。主人公の春樹は、彼女を「かぐや姫」と名付けます。その彼女の魂は、実は以前に病で亡くなった召使い女のものであり、彼女の「両親が慈しんでつけてくれた名」は「千古」でした。
 「千古」という名は初めてではなく、『夢の奥城』の間麻呂の妻(倭姫皇后の侍女)の名前でした。ちょっと連想はつながらなかったのですが、長岡先生が同じ名前を使われることは過去にも例があるし、気にしていませんでした。

 ところが、きょう別件で『日本の女性名』(教育社歴史新書)を読んでいて、予想外の内容が飛び込んできました。
 平安中期の右大臣藤原実資は、『小右記』の著者であり、藤原道長の"ライバル"として有名ですが、彼の娘(母は亡妻婉子女王の女房)の名前(童名)が「千古」であり、しかも彼はこの娘を溺愛しており、「かぐや姫」と呼んでいたというのです

 これは偶然とはとても思えません。長岡先生は、この実資の娘のことをご存じの上で、それを設定の中に組み込まれたのだろうと思います。うーん、やっぱり渋いところを突いてこられるなぁ....(^^;

童女君と市鹿文

 最新作『暁の回廊』に登場するこの二人、かなりユニークな名前だなとは思っていましたが、最近、二人とも『日本書紀』に登場する人物名であることを知りました。

 「童女君(おみなぎみ)」は、雄略天皇の后の一人の名前です。もと釆女で、父親は和珥臣深目。天皇が一夜を共にしただけで妊娠したので、天皇は疑いを持ち、最初は后としなかった、とあります。
 この童女君の産んだ娘が春日大娘皇女で、のち仁賢皇后となり、色々と問題の多い例の武烈天皇を産むことになります。

 「市鹿文(いちかや)」は、景行天皇紀に登場する熊襲梟帥(くまそたける)の娘の名前です。姉の市乾鹿文(いちふかや)とともに天皇側に抱き込まれ、姉は父熊襲梟帥討伐の手引きをしますが、天皇は彼女を「不孝」として殺してしまいます。ひどい話だ(^^; 妹の市鹿文は、火国造に賜わられてしまいます。

 珍しい名前なので偶然とは思えません。特に雄略紀には、同じ『暁の回廊』に登場する「葛城の一事主神」の話があります。市鹿文も、そのイメージは『暁の回廊』の市鹿文のイメージと無関係ではありません。長岡先生は、彼女たちの名前を作品の中に取り入れて、時代の雰囲気をうまく出している、と思います。

味稲(美稲)

 うましね。『春宵宴』では薫子の母の名前。「玉響」のメインキャラの一人の名前でもありますが、この名前の出典がずっと知りたかったったのですが、意外なところで見つけました。

 『初月の歌』に、柘枝仙媛(つみのえやまひめ)の伝説が使われています。135頁にあるように、「吉野を流れてきた柘の枝が女性となって それを拾った男としばらく暮らした後 天に飛び去るという天女の物語」です。
 この伝説は、『万葉集』巻3・『懐風藻』・『続日本後紀』所載の興福寺僧の長歌から推測されているのですが(岩波古典文学大系『万葉集』頭注)、それらによると、この天女と暮らした吉野の人()の名前が、「美稲」なのです。

 「美稲」が男の名前であったと聞けば、「玉響」のストーリーが思い浮かびます。また、天に飛び去る天女という設定は、『春宵宴』のストーリーが思い浮かびますね。
 それにしても、『春宵宴』と『初月の歌』がこういうふうにつながっているとは。長岡先生、さすがに奥が深い!


ご感想など掲示板にお書きいただければ幸いです。



CRECSENTスズメ♂分室へ戻る