2005年8月、毎年夏の恒例のプロ野球観戦旅行のついでですが(^^;、今年は前々から行ってみたかった下野薬師寺へ行くことにしました。
余談ですが、常宿にしているホテルが池袋で、現地の最寄り駅が東北本線の自治医大駅。さて、どこで何回乗り換えることになるのかなと調べてみたところ、最近開通した「湘南新宿ライン」というのがあり、乗り換えなしで行けることがわかりました。
さて、自治医大駅を降りてから現地からはタクシーです。歩いていけないこともないのですが、当日は雨だったのと、時間に制約があったので、大枚をはたきました(金額は忘れましたが2000円前後だったかと)。
下野薬師寺跡に設置されている周辺地図です。
(○が自治医大駅)
国分寺や国庁までは近いようでかなりありそう。
博物館と薬師寺跡の位置関係も立体地図になっています。下野薬師寺は、7世紀末に創建された大規模寺院です。その規模は地方寺院としては破格で、下野出身の豪族、下毛野朝臣古麻呂の実力によると考えられています。古麻呂は大宝律令制定のメンバーでした。
また、奈良朝廷は鑑真を招いて受戒制度を整備しますが、そのための「戒壇」を設けた3寺院(「三戒壇」)が、東大寺、筑紫観音寺、そしてここ下野薬師寺です。
そしてもう一つ、ここが知られているのは、かの道鏡が別当職に左遷されたことでしょう。遺跡のすぐ隣に建てられている下野薬師寺歴史館は、写真撮影禁止だったのでここでご紹介できませんが、あまり広くはないのですが、薬師寺の歴史についてコンパクトにまとまっていると思います。私としては、文字史料とその解説が詳しかったのが嬉しかったですが、小学生あたりには難しいでしょうか。
いずれにせよ、入館無料とは思えないです。※しかも、最近の発掘成果で、従来は戒壇・経蔵と考えられていた建物が金堂である可能性が高いこと、つまり一塔三金堂という飛鳥寺様式の寺院だったことが分かったそうです。これは歴史館のHPにもパンフレット類にもまだ反映されていない新事実で、パンフにコピーがはさまれている状態でした。うーん、現地へ行った人だけが(今は)知っている情報って、楽しいな(^^)
中に情報検索用のパソコンや参考文献が並んでいる部屋があるのですが、そこの机やイスがちょっと凝った形になっていて面白かったです。行かれた方は、お見逃しなく。
さらに、こちらで(無料で!)自転車を貸してくれます。ガイドマップもあります。隣の薬師寺跡だけなら徒歩でも十分ですが、少し離れた「道鏡塚」にぜひ行きたかったので、自転車をお借りしました。
まず整備の進む薬師寺跡へ。ここの目玉は、当時の姿に復元された回廊です。
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古くからの史跡碑と説明。
現在整備されつつあります。
回廊部分の礎石が整備され、建物の一部が復元されています。
回廊まだ新しいです。資料館では、復元のようすを収録したビデオを見ることができます。
現地には発掘写真があります。
また、図面もありました。
こちらをクリック(別ウィンドウ36KB)
博物館の屋上の展望スペースから見下ろしたところです。
すぐ隣は、もと(中世)の薬師寺、現在は安国寺です。ここにも礎石などが残っているらしいのですが、この日は何か行事をやっているらしく、部外者が敷地内に入るのははばかられるので遠慮しました。
車道をはさんで(西へ)進むと、幢竿(どうかん)跡と塔跡とが東西に並んでいるのが見つかります。
↓下が幢竿(どうかん)跡です。くわしい説明は、こちらをクリック(別ワインドウ33KB)
↑上が塔跡です。現在はこの状態ですが、これから整備をしていくようです。
←左の写真の右に移っている土盛りが、塔跡です。隣接しているわけです。
雨が降り出すのを気にしながら、さらに自転車を走らせ、龍興寺へ。
ここには、道鏡塚と伝える古墳があります。そこへの「お参り」が目的です。
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龍興寺は、
山門がきれいに整備(復元?)されていて驚きました。
←寺の案内図です。右下の□が、上の写真の山門になります。
行きたかった目標は「道鏡塚」なのですが、もう一つ気になったのが「鑑真和尚碑」です。探したのですが、時間切れで見つかりませんでした。
道鏡については、孝謙上皇との恋愛とか、皇位を簒奪しようとしたとか、色々と悪く言われてきました。江戸時代には「巨根伝説」などの下品なネタにされ、近代の天皇の神格化の下では国賊扱いされました。
確かに、彼が上皇の寵愛を受けて権力の座に上ったこと、彼を天皇にしようという動きがあったことは確かですが、私はむしろ主体は孝謙の方じゃないかと疑っていますし、権力をめぐって暗躍したのは「よくある」話です。特に道鏡を悪役視するのはどうかな、と思います。
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↑下には礎石らしき石が並んでいます。
←道鏡塚。後ろは古墳かなと思います。よく調べていませんが、たぶん「伝承」でしょう。
↑道鏡塚の前にあった説明です。「守る会」の存在は知りませんでしたが、言っておられることはよく分かります。
道鏡がどう考えていたのか、彼の擁立事件はどういう「事件」だったのかを、 以前私なりに考えて「お話」にしてみたことがあります。こちら(スズメ♂の硬派短編集)にありますので、よろしければお読みください。