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遠いから来た少女

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12.新たなる旅立ち

 ラディン達が魔族の巣穴を後にした時には、すでに夜明けが来ていた。
 翌朝、アルラウネの正体が魔族だったと知らされた街の人々は騒然となった。地下道で発見された死体は、やはり行方不明になっていた人々だった。
 二日後には王都からラビエ王国の命を受け、調査団の一行が派遣されることになっていた。シーザリオンの得た情報に寄ると、どうやら今回のような事件が、各地で報告されているらしかった。今回の事件の功労者であるラディンとシーザリオンには多少の報奨金が出るらしかったが、付随するであろう面倒を考えると気が重かった。
 そんななか、シーナ・レイが姿を消した。


 視界いっぱいに広がっていたなだらかな田園風景は、コルダー侯爵領を抜けたころには高い山々の織り成す緑に変わっていた。前方に聳えるアルダー山脈を横切って四日も歩けば、魔道王国と謳われるヨークシアに続く街道に出るはずだった。
 木陰に腰を落ち着けて羊皮紙の地図を広げていたシーナ・レイは、軽やかな馬脚に顔を上げた。なだらかな稜線を描いた緑の眩しい街道を、一頭の栗毛が登って来る。
「よう」
 馬上から手を振る人影に、シーナ・レイは目を見開いた。
「ラディン」
「突然消えちまうから、今度こそ、かどわかされたんじゃねえかって心配したんだぜ」
「嘘つき」
「まあ……あの犬がいたんじゃ、それほど心配することもないがな」
 ラディンは身軽に馬の背から飛び降りると、辺りを見回した。
「あの駄犬はどうした?」
「見えないだけで、その辺にいるわよ。呼んでみましょうか?」
「呼ばんでいい」
「それにしても、よくここが判ったわね」
「そりゃあ、おまえほど目立つ人間は、そういないからな」
「あたし、そんなに目立つかしら?」
 シーナ・レイが尋ねた。
「おまえを探すなんざ簡単だ。まず、第一におまえが女だってことは一目瞭然だからな」
「そうなの?」
「ああ。それに近隣の国々では短髪の女は皆無だからな、それに……」
 いったん言葉を切るラディンの表情が、真剣味を帯びる。
「シーナ・レイ、おまえどこの生まれだ? 名前こそカザレス風だが、草原の出とは思えない。なにより、おまえのような黒い瞳の人間なんざ世界中探してもいやしねぇんだ。魔法とかってやつもそうだ。だいたい何だってあんな力を使える?」
 矢継ぎ早にあびせられる質問にシーナ・レイが苦笑する。馬で突然現れたラディンは、きっと自分を追いかけて来たのだろう。しばらくの思案の後、シーナ・レイは答えた。
「ええ。あたしの国はカザレスじゃないわ。ラディンも知らない、もっと遠い所よ。魔法についても答えようがないの……それだけじゃ駄目?」
「なら、おまえの連れている、あれは? ……あれは魔族だろう?」
「そうよ」
 シーナ・レイが頷いた。
「あいつは魔族の中でも桁違いだ……。あれほど高位な魔族がなぜ、おまえに従うんだ?」
「あたしにも解らないの。選んだのはあたしじゃない……リヴが、あたしを主人と定めたのよ」
「だったらこれは?」
 ラディンが背にぶら下げた袋から取り出したのは、アルラウネの一件で不思議な力を発揮した例の短剣だった。
「言えないわ」
「なんだよ、まともな答えなんて、ひとつも無いってわけか!」
 やってられん、とラディンは草の上に座ると、そのまま寝そべった。
「ごめんなさい」
 目を閉じ、かずかな若草の匂いに意識を傾けながら、ラディンはシーナ・レイの声を聴いていた。
「謝ることはないさ」
「……」
「俺がシーナ・レイをここまで追ってきたのは、なにもそんなことを追及するためじゃあないからな」
 ラディンは起き上がるとシーナ・レイから預かっていた短剣を差し出す。
「これを返さないとな」
「あげるって言ったでしょう」
「そうだな」
 ラディンは並んで座る二人の間に短剣を置いた。風に揺れる白い花に視線を落とす。意外に整った面立ちにある頬の傷痕が、なんとなくラディンらしくて少女が薄く笑う。
 シーナ・レイよりも少し長めの暗褐色の髪は、結んでいた飾り紐がなくなったために好き勝手に遊んでいる。紺の飾り紐は、いまはシーナ・レイの首に下がっている。
 しばらくしてラディンが口を開いた。
「実は、短剣を返すってのは口実なんだ」
 沈黙が続く言葉をうながす。
「つまり……俺はシーナ・レイと一緒に行くことに決めた」
「は?」
「婚約者どうしが行動を共にするのは当然のことだからな」
「はあ?」
「昨夜、俺達は婚約した」
「なんですって!? 馬鹿なことを言わないでよ。大体いつ婚約したっていうのよ」
 噛み付く少女にラディンは胸を張った。シーナ・レイの首から下がった飾り紐を指し示す。
「それを渡すとき、俺は『特別なもの』と言っただろう? その紐には神聖文字で俺の名が編み込まれている。俺の部族では、誰もが生まれたときに族長からそれを送られる。そして、将来を誓い合った者どうしが婚約の証にと、互いに交換し合うんだ――その腕輪のようにな」
 少女の腕の、少し大きめの腕輪。銀の腕輪はシーナ・レイがかつて『約束の証』にと送られた物だった。
「おまえの男の名は確か――ラザル・ハザだったな。俺はそいつと同じ草原の生まれだ」
「じ、冗談じゃないわ! あたしはラザル・ハザともう婚約しているんだから」
「そいつとは婚約解消だ」
 ラディンが宣言した。してやったりと笑む顔は満足げで、翠の眼が『俺の勝ちだ』と雄弁に語っていた。
「婚約なんて成立していないじゃない。あたしはラディンとは何も交換していないわ」
「そうか?」
 にやり、と意地の悪い笑みを口の端で作る。
「これは、ありがたくいただいておこう」
 短剣を懐にしまったのだった。
「あげないわよ! 返しなさいよ」
「一度もらったものは返さん」
 腕ずくで取り返そうとするシーナ・レイをあっさりかわした。
「俺を連れていけよ、シーナ・レイ。嫌だって言っても俺は無理矢理ついて行くぞ」
「認めないわよ、婚約だなんて。だいいち、あたしは恋人を探しているの。そこんとこ解って言っているんでしょうね!?」
「解ってるさ。でも、とにかく俺は付いて行くぜ。おまえと一緒にいると、何か面白いことにありつけそうだからな」
 魔道国ヨークシアのどこかにある解けかけた封印をふたたび封じたのは、古い伝承のとおり異界から訪れた旅人だと訊いた。かの旅人が姿を消したとも……。
 ラディンはしゃがみこむと足元に沢山咲いている花を摘んだ。そっぽを向く少女の髪に白い花を挿す。そして、草の上に置いてあった荷物を馬の背にくくり付けた。
「けっこう似合うじゃねえか」
「勝手にしなさい」
 怒る気も失せて少女は脱力した。
「ところでシーザリオンの姿が見えないけど、どうしたの?」
「置き去りにしてきた」
 シーナ・レイが絶句する。
「気にするな、いつものことだ」
 ふいに――
 木漏れ日を浴びていっそう笑みを深くする横顔が懐かしい姿とかさなった。ラディンと同じ象牙色の肌、翠の瞳、皮肉に笑う口元。やはり同じ暗褐色の髪を無造作に後ろで縛り、耳にはシーナ・レイと揃いの紅い耳飾りを嵌めた――。
「間違っていたんだわ、あたし」
 足取りを頼りに追ってきた人物が最初から違っていたことに、シーナ・レイは初めて思い至る。
「なんだ? なに笑っているんだ」
 くすくす笑う少女にラディンが尋ねる。
「なんでもないの」
 なんだか気が抜けてしまった。
 まぶしいほどの陽射し。シーナ・レイは目を細め、青空を見上げる。晴れやかな空はどこまでも青く、透明に澄み渡っていた。


 ラディンから置き去りにされたシーザリオンが彼等に追い付くのは、二日後のことである。



終わり






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