ほんぎゃらげぇ〜
ほんぎゃらげぇ〜

 

 

U.S.A. 

Oct. 12th, 1996

 

Flight No. UA818 Departure-16:55(KIX) Arrival-11:20(LAX)
Flight No. UA2158 Departure-12:55(LAX) Arrival-14:00(LAS)
fly to U.S.A.
Las Vegas, Nevada - Hurricane, Utah ラスベガスからハリケーンへ
Oct. 13th Zion - Bryce Canyon, Utah ザイオン公園からブライスキャニオン公園へ
Oct. 14th Lake Powell - Page, Utah
Monument Valley, Arizona
レイク・ポウエルからモミュメント・バレーへ
Oct. 15th Grand Canyon,Arizona モニュメント・バレーからグランドキャニオンへ
Oct. 16th Arizona Kingman グランドキャニオンからキングマンへ
Oct. 17th Hoover Dam-Las Vegas, Nevada フーバーダムからラスベガスへ
Oct. 18th Flight No. UA2809 Departure-09:29(LAS) Arrival-10:30(LAX) fly to L.A.
LosAngels Santamonica, California ロス・サンタモニカ
Oct. 19th Flight No. UA817 Departure-11:15(LAX) leave L.A.
Oct. 20th, 1996 Arrival-15:20(KIX) arrive in Osaka

Oct.12th, 1996

  ラスベガスからハリケーンへ
LAS - Hurricane, Nevada - Utah

L.A.よりシャトルに乗継ぎ午後2時過ぎVEGAS到着。飛行機では寝れず、二人ともすごく機嫌が悪い。スーツケースが出てくる間スロットで遊ぶ。調子よし。確かに空港のスロットはよくでる。隣のおばさんはかなり儲けているみたい。

  レンタカーの手続きをする。 クーポンを探すのに手間取る(滋[夫]が厳重に保管しすぎて在処を忘れていた)セダンのはずがミニバンDODGE CARAVANしかあいてなく、この車になってしまう。その時はこんな大きな車運転しにくいし、燃費が悪いのにいやだなーと二人とも思っていたが、後になって同じ料金で、こんな広々とした車が借りれてよかった!とつくづく思う。

今回の旅の足DOGE CARABAN SE
いざ車に乗り込んでDOLLARの駐車場を出ようとすると、
今度は車の貸出書がどこかに行ってしまい、それがないとゲートを開けれないと言われる。
結局滋[夫]の上着のポケットに入っていたが、滋はずっとそんなもん知らんと言い張るし、
私は持ってないし、ついにカウンターでそんな物もらわなかったとか取り上げられたとか言ってる
うちにポケットから発見。
滋、しっかりしてくれー。空地でサイドブレーキの位置をチェックした後ようやく出発。

  私たちはVEGASの道(ストリートの名前さえ分からない状況)をこわごわ走り出す。
シャトルバスの運ちゃんに教えられたように行くとTropicana Ave.に出る。(その時はわからない)


ハイウェイI−15
Zion方面に向かって
北上中
  そのうちストリップ(Las Vegas Blvd.)を横切り私たちの泊るEXCALIBURを左手に見ながら右折してInterstate-15にのる。あーよかった。ちゃんとハイウェイにのれた。後は真っ直ぐ行くだけだ。二人は.St.George目差して走る。少し走るとNellis AFBの看板が出てきたので、一旦ハイウェイを下り、矢印の方へ行ってみるがそれらしき建物が見えてこない。滋がインターネットで探し出したAir Force Baseはついにわからなかった。

  再
I-15にのり、ひたすら走る。Brian Adamsをかけるが二人とも疲れすぎて反応できない。いつもなら一緒に歌うだろうに。景色は一面の砂漠。植物は地面にぽつぽつ生えている草の様な物だけ。木はない。景色は走っても全然かわらない
 
サービスエリアなどなく、トイレに行きたくなったらどうしよう、こんなとこでしたらガラガラ蛇にかまれるかな。ふっとそんな事が頭をよぎる。途中で食べ物サインが出てきたのでハイウェイを下り、バーガーや飲み物を買う。
Two Cheese Burgers, please You want chilly sauce in it?.なんでチーズバーガーにチリソースなんかかけるの?そんなもんいらん。ここにもスロットがあり、上半身裸のロン毛のおっさんやあと2〜3人が真剣にやっている。レジでキャンディーいらない?とか聞かれるが、何かうっとおしくて無視してしまう。車はまたI-15にのり、北東むいて走り出す。

  アリゾナ州の近くに来ると道の両脇に岩が現れはじめ、砂漠を脱出した感じ。坂を駆け上がると道は今度カーブを描きながら下っていき、両脇の岩はだんだんとそびえ立つようになってくる。なんとなく元気がでてくる。写真でも撮ろうかな。しばらく走るとリゾート地が出てきたので(なんていうとこか忘れた)トイレと飲料水のために寄る。I-15に戻るために少し引き返すのだが(西の方をむいて)何と夕陽の眩しいことか!サングラスをしているのに、更にはフロントガラスの上の方はブルーになっているのになーんにも見えない。本当に車に乗ってて気づいたことは太陽の眩しさ日本の夏の日差し何か比べものにならないような太陽。ギラギラギラギラ。

  二人は言葉数も少ないまま益々疲れながらユタ州に入り、St.Georgeに近づく。辺りはもう暗かったっけ。だのに、滋はZionのふもとのSpringdaleまで行こうと言う。えーうそぉー、 しんどー。私はSt.Georgeで早く泊るとこ探して早く寝たいようと思ってたけど、この日は何度も滋を怒らせていたので(飛行機で寝ているとこを、私のスーツケースが積み込まれるのが見えて、あー私のカバン!と叫んで起こしたり、滋の数々のミスを指摘した)じゃあSpringdaleまで行こかと同意してしまった。今から考えるとやめとけばよかった。

  車はZion National Parkの看板の方へ進んでいき、I-15から9号線(state and provincial)にのる。あとはSpringdaleまで一本道。...のはずが走ってるうちにあれっ、なんかへんだなあ。

  なんか嫌な予感がする。地図を見ると9号線の途中から17号線になっていて、それにのってしまうとまたI-15へいってしまう。交通量はだんだん減っていき、道は悪くなるしついには対向車が全然いなくなってしまう。げっ、絶対に間違ってる、と思った瞬間、I-15がでてきてしまいあーやっばり。U-ターンして戻ってみると途中で東の方へ道がのびていて、そっちが9号線。暗いし、看板は小さいし、見過ごしてしまったよう。気を取り直してSpringdaleに向けて再出発。あと22マイルぐらい。(約35Km)



Best Westen Hotel
やっと見つけたモーテル

1日目
213マイル
約343キロ走行

町がやっと見えてきた最初のホテルに車を停めてみるといきなりNo Vacancy。とりあえず聞いてみようとフロントへ行ってみるが、やっぱり満室。あと2マイル行くとモーテルやホテルがあると教えてくれたので更に車を進める。しかし、しかし、行くとこ行くとこすべて満室。

  どっこも空いてない!えー今ってシーズンオフじゃないの?!(後で分かったことだが10月中旬はまだまだオンシーズンでおまけにこの日は土曜日だった)ついに全部のホテルに断られ、町外れのB&Bもいっぱいで途方に暮れてしまう。だからSt. Georgeに泊ろ言うたやん!私の怒りは今にも爆発しそうだったが、あまりの疲労とショックで言葉にならない。仕方がないので引き返すことになり、途中のVirginでまた宿探し。でもやっぱり満室。ここでも宿はみつからず、道を間違えたとこまで35`の道のりを逆戻り。Hurricane。すぐに出てきたモーテルはVacancy。ホンマに空いとんやろな。断られるのが当たり前になっていたので、信じがたい。

  車を降りてフロントに行くと、やった!ホンマに空いとった!そのモーテルの名前はBest Western。これから行く先々で御見掛けすることになる。チェックインしてやっと夕食にありつく。モーテルの近くのレストラン。滋はスパゲティー、私はラザニア。うー、まずー。トマトソースが無茶苦茶酸っぱい。レストランをでて、その横の食料品店で朝食を買い出しする。どのパンも砂糖漬けであまそう。どれも食べたくない。すでに一日目にしてアメリカの食べ物には愛想が尽きる。レジに持っていくと、いきなり、”You guys, are you from Japan?” “Yes.” “Can I talk with you in Japanese for a while?” “Japanese???” でたー!実はこの兄さん、モルモン教の布教活動のため仙台にいたらしい。それからしばらく日本語で話す。今思うと何かケント・デリカットそっくり。ほんとに恐ろしく長い長い疲れきった一日の最後にこんな出会いがあってホッとする。

Oct. 13th, 1996

  ザイオン公園からブライスキャニオン公園
Zion - Bryce Canyon, Utah

ザイオン国立公園の入口
Zion National Park
昨夜は二人ともぐっすり寝れて元気を取り戻す。ホテルの朝食を食べてチェックアウト。
確かチェックインした時、7時から10時の間に朝食が出ますと言われていたが、
そういうモーテルのシステムについてよく分からなかったため、
滋にフロントまで行ってもらう

近くのGas Stationで給油。滋が先払いや、ファーストペイって書いてあるというので見ると、
それはFast Pay。First Payではない。
私もよく見なくて一緒にお金を払いに行くと、First pump, then payと言われる。
戻ってよく見るとFast Pay(支払いは早くできます---カード類など使えて支払いに
御手間は取らせませんの意味)滋、ファーストはファーストでも発音、意味は全然違うんだよ。




The West Temple
2380m
昨日引き返してきた道をその日は全然違った気持ちで走る。真っ暗で気がつかなかったが、こんなにきれいな所だったんだ。
辺りには牧草地が広がり、牛がのんきそうにに草を食べている。ザイオンが近づくにつれ、道は緩やかな峠道になり、だんだんと切り立った岩肌が現れてくる。真っ青の晴れ渡った空にうす茶色の、見た事もない巨大な岩がぼこぼご、バーンという感じでそびえ立つ。  

  あまりの美しさと驚きに途中の土産物屋の駐車場で写真を撮る。広大な大地。巨大な岩。そして道。それだけ。園内に入ると、巨大岩石の群れが目の前に迫ってくる。それぞれに名前がついていて、エンジェルやテンプルや教徒の名前がついていたり、どこでも神がかかりだなぁと思う。ただし、日本の夫婦岩。ここの岩を見てしまうと夫婦岩は何と貧相で小さくて馬鹿げていて、日本の小ささを改めて実感。滋曰く、「ここに比べたら、夫婦岩なんか屁やな。」


ザイオン国立公園でのスケッチ
by Shigeru

 まず最初に見えるTowers of the Virgin。空に向かってそびえ立つ大岩壁。岩というより山。すごい高さ。ずっと上を向いているため首が痛くなる。ロッジの前にそびえ立つ赤茶色の巨岩。

 地層がよく見える。そして縦にも層が走っている。その巨岩の足元にはVirgin Riverが流れ、道を挟んで公園があり、そしてその奥にロッジ。まるで立ちはだかった神様たちがロッジを守っているような感じ。私たちはそのロッジに泊りたくなり、空いているか聞いてみるがもちろんNo。それならせめてその日はぎりぎりまでザイオンで遊んで、ブライスには夕陽が落ちる頃に到着するように、そしてあらかじめホテルは予約しておこうということに。しかし、それから約1時間を電話のかけかたで無駄にしてしまう。何度もフロントで両替してもらい、試みるがうまく行かず、ついにフロントの人がBryce Lodgeの空き状況をコンピューターで調べてくれる(チェーン店らしい)でもやっぱり満室。Best WesternのRubys Inn BryceのToll Freeへ電話することになり、親切にかけかたを教えてもらうそして無事部屋確保。ここは私が泊りたいなと思っていたモーテルなのでやった!という感じ。(ホントは最悪の事がここで待っている)

安心して私たちは公園奥へと進んでいくその前に3時間の乗馬を申し込んでいく
手元のパンフレットを見ながらそれぞれの岩を探すのだが、岩は見る角度によって
全然違って見えるのでなかなかAngels Landing等が見つからない
私たちはそれぞれのポイントに車を停めてそれぞれの岩を堪能する
双眼鏡で観察すると、岩の上に人がいたということ
私には見えなかったけど。こんなすごいお化け岩に登るなんて、ほとんど命懸け
岩はいかにもモロそうだし、確か1000メートル近い高さはあるはず
だけど上から見る景色はいったいどんなだろう
登るのはとても私にはできないけど
川をずっと歩いていくトレイルは歩いてみたかった

Temple od Sinawava 1347m

午後1時半から乗馬。私の馬はSlim。うーん、このテブ馬のどこがスリムなんだろう。乗馬は最も楽しみにしていた事だけど、今回はトレイルを歩いて登るツアーなのでトロットやギャロプはなし。結構きついスロープを馬はフガフガーと鼻を鳴らしてしんどそうに上がっていく。

 前のおばちゃんは馬は初めてで、やっぱりなめられている馬はだんだん皆から遠ざかっていき、ついにガイドのJakeが木のムチを渡す。今度はSlimが遅れだしJakeが馬を蹴るように前から指示が飛ぶ。Kick up Slim, maam! すると今度は滋の馬が遅れだし、(でも実際は駆け足をさすためにしばらく馬を止めていた)手綱で叩くように言われる。そのうち何度も滋が遅れるので変だなと思い、すぐに滋の魂胆がわかる。何て奴!まじめにやれよ!

 だんだん勾配がきつくなり、もう車がはるか下の方にちっちゃくなって見えるようになると、あんなに暑かったのが嘘みたいに涼しくなってくる。途中で休憩し、水を飲む。マイアミから来た壮年夫婦のおばちゃんとお互い腰が痛い!backache! backache!と意見があってしまう。

 なんでも3週間の休暇でここを訪れているらしい。うらやまし!私たちがたった1週間でどこそこ回ると説明すると、日本から来てるのにたったの1週間なの?とビックリしていた。そしてLake Powellが人工の湖であること、またそこで“サルの惑星”の撮影が行われていたことなどを教えてくれた。おまけにというか、うえるではなく、うえるということもわかった。

 休憩を終えて更に進むといきなり辺りに何も無くなり、一面の草原になり、その周りを巨岩が取り囲んでいるといった風景があらわれた。スゴイ!まさに巨岩群の中の広大な高原を馬がどこまでも行くといった状況で、この時は退屈な乗馬もしてよかったと思ったりした。それからトレイルは元来た道に合流し、相変わらず滋は馬を停めては走らすといったことを繰り返しながら、Virgin川をわたり、さあ終わり!というときついに滋の馬は怒った。川の真ん中で止まってしまい動こうとしない。手綱でピシピシ叩くと急にヒヒーンじゃないけど顔をあげ、パカパカ走り出した。あーあ 滋ってバカ!けがしてもしらんわ。


ホースバック・ライディング
Trail Ride

腰が痛い!せめて1時間の方にしとけばよかった
私たちは次の目的地、ブライスキャニオンに向う

馬の途中に見たトンネルに、岩肌にできたアーチを見ながら近づく
トンネルの中にはいくつか窓があり、そこから周りの岩が見渡せる
よくこんな所にトンネルなんかつくったものだ
US-89で北へ向い、右に折れてUS-12へ
途中町を通るが皆あちらの人は速度をよく守っていて
何もないとこではバンバンとばすが町に入った途端、安全運転
家も何も出てこない道が何十キロも続く
なんてありえない日本では、考えられない

UT-12に入ると、いきなり岩の色がREDにそして形もザイオンとは異なり、柱状の先端の尖ったものや、まるで人の手で彫刻を施した城みたいなものや、その他いろいろ奇怪な形の岩が現れはじめる。確かにブライスが近づいてきた。
なんとか夕陽が落ちる前に到着。サンセットの美しい場所を求めて園内を走る。ザイオンと比べて標高がかなり高くなり(海抜2500b級)、だから寒い。
 ブライスの岩はさっきまでいたザイオンとは全然違う。色は更に赤く、しかしピンクや白い部分があったり。まるで宮殿の豪華な柱のように、綿密なデザインのもとに彫刻されたような、あるいはきちんと並べられた尖塔、ある場所などは中世のゴシック建築そのものみたいだし。ほんとに自然の力だけでこんなに繊細かつ力強いなものができるのか。不思議、きれい、驚き。形容詞もさっきとは違ってくる。夕陽をうけた神殿は赤く染まり、本当に幻想的。まさに神の住む宮殿


ブライスキャニオン国立公園
Bryce Canyon National Park

もう日が落ちそうだったけど、思わずトレイルに下り、その急な道を下まで下りてみたくなった。下の方はさらに不思議な迷路みたいで、トレイルの両側には奇怪な岩が門のようにそびえていたり、仏像みたいに私たちを見下ろしていたり。一番下まではいけなくて残念。もう辺りは暗くなってきた。乗馬するならこっちでやればよかったな。下まで下りていってこの神殿の中を馬で歩けば、ほとんど不思議の国にトリップした気分かも。神の存在を信じない人でもここを訪れると、神はいるんじゃないか、また、自然の力の前ではいかに人間は無力なのかと思わざるをえない。

夕焼けによる
色の変化が美しい
Bryce Color Country
ブライスキャニオンを後にするとまもなくRubys Inn到着。レストランに長蛇の列。どうもツアー客らしい。外人だって団体で旅行するんだ。
 チェックインを済ませ、さっきの駄々混みレストランで並ぶことに。ここしか食事できるとこがないらしい。バーガーショップもあったけど、もうハンバーガーは食べ飽きた。覚悟を決めて並んでると、前の老夫婦はどうやら日本人らしい。この旅行ではまだ日本人に出会ってなかったが、ついに団体さんと一緒になったらしい。そういえばここは旅行会社のパンプレっとにも宿泊先としてリストにあがってたっけ。とか思いながら滋としゃべってると前のフルムーンカップルが「あななたち日本人?」って話しかけてきた。このお二人とは次の目的地でもまた出会ってしまうのだが、やっぱり似たような所を回っているらしい。偶然にも関西人で、話がはずむ
 以前にもグランドキャニオンへ行ったことがあるそうで、また行くなんてよっぽど感動したのかな。まもなく私たちにも順番が回ってきた。その日のディナーは最悪だった。ビュッフェだけど取ったものすべて味悪し。特に滋のピラフみたいなものは腐臭がするし、チキンは固くて骨だらけ。ブロッコリーはえっ、生!? そういえば滋はこの旅行が始まってまもなく、やはり、お腹を下し、このディナーのせいで更にひどくなる。

 ギフトショップをぶらぶらしておばあちゃんに置時計を買い、アクセサリー欲しいなと見てると、滋のお腹はまた急降下のようで、それとともに機嫌も急降下。また険悪なムード。そういえば今回はよく喧嘩したな。


Best Western
Ruby's Inn

2日目
135マイル
約217キロ走行

部屋へ戻ると今回最悪、それとも最高のハプニングが待っていた。入浴した時、二人ともヒーターをつけおまけにバスタブにお湯をはっていたものだから、滋がバスルームのドアを開けた瞬間熱気が流れ出し、ビリリーン!と火災報知器が鳴り出した。
 私はパニック。滋は天井の報知器を手で押さえ少しでも音を小さくしようとする。フロントの内線番号はどこにも書いてない。とりあえずオペレータの番号を回すが、誰も対応しない。ひえー どうしよと思ってるとやっと、ドアをノックする音が。二人とも誰か確かめもせずドアを開け、止めてくれー!青年は報知器を天井からむしりとると事情を説明してくれ、私たちには一切責任ないからと言い残し部屋を出ていった。
 一瞬、さっきの人はホテルのスタッフ?それとも消防署の人?それともただの宿泊客?気になってドアを開けるとまだそこにいた。ホテルの従業員と分かってチップをあげると報知器を天井に戻し、もう大丈夫という。
 あーよかった。しかし、入浴後の事で、頭にタオルはまいてあるわ椅子にはブラジャーがのっているわ。とりあえず電話が通じないのでフロントへ行こうとしていたので服は着てたけど、しかし今思うとすごい状況であった。あーこれで眠れないと思うが、ベッドに入った瞬間、その日を振り返る暇まもなく意識はふっとんだ。

Oct. 14th, 1996

  レイク・パウエル    モミュメント・バレー   モミュメント・バレー
Lake Powell-Page, Utah
Monument Valley, Arizona

Rubys Innをあとにして、私がハンドルを握る。
昨日来た道を途中まで引き返し、US89をひたすら南下。
とりあえず次のDestinationはLake PowellほとりのWhaweap。
昨日もそうだが,うわさのプレーリードッグやリスなど1度もみかけない。
この辺りを走っていると道端にひょっこり姿をあらわすということなのに。
何か出てこいと思いながらひたすら走る

滋は昨日に引き続き体調不良。助手席でダウンしている。
初めての運転だが、道が広いし交通量が少ないのでとても走りやすい。
ブライスを離れると景色は大しておもしろくないが、たまに何にもない、
ただ果てしなく野原の広がるところに電線があったりして、
よーく見ると、山、と言っても土だらけの山のふもとにホントに小さな集落があったりして。
いったいどんな暮らしをしてるんだろうとか想像したり。
 とにかく夕方頃にモニュメントヴァレーへ行けたらいいのだけどそれはとんでもない距離なので、とりあえずPageの町で泊ることになるのか?走ってみなけりゃわからない。

 車は65〜70マイルで順調に走る。町に入ると超スローで走らなければならないのだが、つい忘れて追越しに入ろうとしたり、なかなかマナーになじめない。車はまもなくアリゾナに入る。ユタ州よ、またモニュメントヴァレーで会いましょう。

 2時間ぐらい走ると、景色が変わってくる。また赤茶色の岩石が出現し、その向こうにはスカイブルーの一部分が見えている。Lake Powellが見えてきた。全く不思議な水の色。茶色に囲まれたその部分だけが青く浮き出したような感じ。サルの惑星がふと頭をよぎる確かにSF的な感じがしないでもない。車が下り坂にかかるとだんだんその青の面積が大きくなり、Science Fictionの世界が眼下に広がってくる。やがてWhaweapのサインが見え、私達はLake Powellでつかの間の休息をとることにする。

レイク パウエルLake Powell


Lake Powellでのスケッチ
by Shigeru

湖にはたくさんのボートハウスが停泊し、ずっと沖の方ではジェットスキーを楽しんでいる人もいるようだ。本当に“青”あるいは“ブルー”。私達が海や湖を描く時、ほとんどの人は何気なくこの色の絵具を使うんだろうけど、ここの青さはまさにその色湖のほとりにはリゾートホテルがあり、プールでは何人かの人たちが身体を焼いたり、泳いだり、景色を楽しんだり、読書したり、本当にのんびりとリゾートしてる。外国に行って思うのは、特に今回感じたのはあちらの人たちはくつろぐという事がとても上手だということ。日本人はとにかくのんびりするという事にかけてはすごく下手。暇をもてあますというか、とにかく旅行に来たら休む暇もなく動き回り、(もちろん何週間も休暇が取れるんだったら違うんだろうけど)落ち着いてとどまることがない旅行はリラックスのため、というのがアメリカでの一般的な思想らしいが、私達の場合も他の日本人同様、普段よりも忙しく動き回り、夜にはいつも疲れきっているという状態だった。

 前日に引き続きまたもやまずいビュッフェを食べ、そういえばここでも昨夜ロッジで一緒になった日本人グループと再会し、これからのルートも同じである事を知りまた会いましょうといいながら別れ、(でもそれから会う事はなかったけど)、まだまだそこにいたかったけど次に車を走らせることになった。


「猿の惑星」の撮影場所
Lake Powell

走り出してすぐ、Glen Cyanion Dam到着。すこし見学してからとりあえずPageの町で給油する事に。

 そしてどうしても一回はB&Bに泊まってみたいという滋のために、インターネットで探してあったところを探し回る事になる。もしここで部屋が取れたら今日はLake Powellでもう少し遊べるという事で、二人は必死で探し回ったけど、どう探しても見つからない。あきらめて今度はモニュメントヴァレーのロッジを電話で予約する事にしたんだけど、これがまたうまい具合に電話がみつからない。スーパーに入り、両替にも失敗しながら小銭をかき集め、2台しかない電話の一つをようやく確保し(おまけに一台は壊れている)、何度もトライ。何度か失敗してるうちにやっとかかった。何とも長いロッジの説明テープが流れ、ようやくフロントにつながり、そしてやっと予約する段階になって何と!お金がきれかかる。もう小銭はないんだぜ!なのに私はVISAの番号を言い間違えて、また最初から言うハメに。うわー、早くしてくれー。もうだめか、と思ったがやった、ギリギリセーフ!部屋確保!。それもモニュメントヴァレーのすぐ側だ。やった!安堵のため息を何度も吐きながら、モニュメントヴァレーまでのドライブが始まった。

 ペイジの町は小さく、少し走るともう外れまでやって来た。私達はこれから走らねばならない恐ろしいぐらい長い距離を不安に思いつつ、時計を眺めては夕方には着くんだろうかとだんだん心細くなる。と言うのもペイジを出たのはもう午後3時を過ぎていたから。実はそう思っている時にはもう、道を間違えていた。滋がSTOPを見落としそうになり、私もあわてて“止まれやでー!”と叫んだが、実はそこで左折しなければならなかった。私達は止まりはしたがそのまま直進してしまったのだ。
 だって、本当に標識が小さくて分かりにくいんだから。直進後、全然車がいなくなった。道は汚くなるし。だいぶ行ってから変だなあと思い地図を見てると、突然滋が急ブレーキをかける。何とその先は舗装されていないじゃないか!うすうす間違った道を走ってると思ってたが、やっぱり間違ってた。どうやら私達はインディアン道20号線に入ってしまったらしい。確かにこの道でも行けそうだが、道が悪いので引き返す事に。あーあ、ただでさえ時間が無いのに....。アメリカの道はホント不親切。引き返す途中もその道が何号線であるかという標識は何一つなかった。猛スピードで引き返し、さっきの「止まれ」まで来ると、交差する道に小さな字で確かに“STATE- 98”と書いてあった。

ひたすら走る。走る。走る。途中、パトカーに捕まってた人
がいたけどそれでも飛ばす。飛ばす。飛ばす
とろい車はさっさと抜いて、急がなくては
絶対に夕焼けに染まるモニュメントヴァレーを見るんだから。

途中インディアンの子供たちがヒッチハイクしてる
そういえばペイジの町でもインディアンたくさんいたな
モニュメントヴァレーで暮らすインディアン達はいったいどんな感じなんだろう

98号からUS Federal-160に入るとだんだんそれらしい景色になってくる
この道を32マイル北上し、US Federal-163に左折すればあとは一直線

この道に入ってから交通量が多くなり今までみたいにスイスイ走れない、だけどメーターは60マイル(約100`)をさしてる。スピード感が麻痺しそう
滋は前の車の群れをゴボウ抜きにしてまだまだ陽の高いうちにKAYENTAの町までやって来た。
これは調子がいいぞと思った瞬間、何これー、道路工事?またまた何の標識もない。でっかい交差点が現れ、163号と確信したわけではなかったが
ここしかない!と左折。ずーっと工事が続きトロトロ走ること約15分。やっぱり何にも標識が出てこないので、また道間違えたかなと思ってると道は上り坂にさしかかった

丘を駆け上がると
突然に現れたビュート

 車が坂を上りきり、下りに差しさしかった瞬間、二人は思わず叫んでしまう。“!!!!!”。

 目の前には限りなく広がる大地があり、その中を道はどこまでも、遥か何マイル先までも続く。そしてその道の彼方にはモニュメントヴァレーの一部らしいビュートがそびえていた!

 すごい衝撃、感動。今もあの風景を思い出すと、驚き、爽快感が心の中を駆け抜ける。何度もポスターや写真やテレビで見たような風景だったかもしれない。でも私にはこの旅一番!に匹敵するぐらいの感動的、かつBreath-takingなシーンだった。命の洗濯とかいう言葉があるけど、ほんとに頭も体も心もぜーんぶ真っ白になったような感じ。不眠症も治って、この旅ではすごく元気になったけど、それはほとんどこの景色と、これから見るモニュメントヴァレーによって為された業ではないか。写真でその迫力が伝わらないのがやっぱり残念だけど。

私達は道を間違ってなかった事を確信し
これから始まるまた別のワンダーランドに向って最後の一踏ん張りだ。
そこからはビュートがたくさん現れ、あれこそがモニュメントヴァレー
の有名なやつや!とか、これこそが何じゃらや!とかわーわー言いながら
SAN JUAN COUNTYへやって来た。
モニュメントヴァレーはもうそこだ。
再びユタ州へ入り、そしてすぐに、ビジターセンター右折。
ここからあの有名な景色を見れるんだろうか。


モミュメント バレーでのスケッチ
by Shigeru


Butteのスケッチ
by Shigeru


モニュメント バレー
Monument Valley

3日目
324マイル
約522キロ走行

 期待は裏切られなかった。まさしく、あのいつも目にするWest Mitten Butte,East Mitten Butte, Sentinel Mesa等が青い空にむかってどっしりと突き出す様が、自分たちがいる高台から180度のパノラマになって見晴らせるのだ。私はやっぱりここが一番!他のところもよかったけどやっぱりこの景色が一番私の心に感動を与えてくれた。
ビュートの一つ一つが力強くかつ美しく、そして非常に神秘的であり、ここがナバホの居留地である事を考えると、前日買ったポストカードの、百年以上前に撮られたインディアン達が当時のままここに蘇って来て、馬にまたがりビュートの合間を走り回っているような錯覚を私に起こさせる。だけど実際は4駆の車がトレイルを走り、彼らは現代の服を着てHello!と話しかけてくる
ここで馬のツアーもあったけど、きっとすごい砂埃で眼が痛いんだろうなと敬遠してしまうが、ナバホのお兄さんに導かれてビュートの麓に行くのも悪くないなと思ったりもする。やっぱり乗馬はザイオンですべきではなかった。
ドイツ人らしいグループが皮ジャンに皮パンツでイージーライダー気取りにしゃべっていたりする。バイクのナンバーはカリフォルニア。服もレンタル?アメリカンルックにあこがれるヨーロッパ人って多いのかな?。
そろそろ夕焼けのころになってきたが、思ったほどは赤く焼けなかった。しかし、チェックインして部屋から変わりゆく色合いを眺めるのは、ビュートが薄紫色に包まれて、その上に漆黒の闇が覆い被さるまで見ていても全然飽きないのだった。

 部屋はこの旅で一番Expensiveだったが、この景色とコーヒーメーカーがある事を考えると全然惜しくない金額だ。後で犬と猫にも歓迎されたし。食事も私はまあまあ。あの独特のインディアン風のスープはあまりおいしくなかったけど忘れられない味。部屋に戻ると滋は熱があるにもかかわらずギターを弾く。今まで忘れ去られていたギターもやっと出番が来たようだ。

 

Oct. 15th, 1996

  モニュメント・バレーからグランドキャニオンへMonument Valley -  Grand Canyon, Arizona

さぁ、この日も滋は早起きだ。
朝焼けのモニュメントヴァレーを見るために、まだ真っ暗なうちに起きだした。
夜明けは6時半ぐらいだったろうか。日本とあまり変わらないような気がしたけど。
私も起きて用意しながら、ちらちらとベランダ越しに、もううっすらとオレンジ色
になりかけたビュートの立ち並ぶ方を見やる。
太陽はこちらから昇るのだ。空が白みかけると、ビュートたちはまるで
そのオレンジ色をバックに映し出された影絵のように、それぞれの形を黒く、
くっきりとあらわしだした。まもなく空が黄金色に輝きだし、
ビュートの隙間から光が辺りを照らしはじめる。

滋はこの時もギターを片手に、その情景には全く似合わない曲を
せっせと弾いている。
そして時々手を休めては煎れ立てのコーヒーを飲みながら、
2人して感動的な朝を心行くまで堪能した。

朝焼けのモニュメント バレー
まれで映画のよう

 博物館へ行った。受け付けにはやっぱりダサくてお尻だけ異様にでかいナバホの姉さんが立っている。ここにはモニュメントヴァレーで撮影された映画のポスター類や、伝統的はナバホ族の生活の様子を再現した部屋などがあったりして、なかなか楽しめる。映画スター達は、私達が昨日通って来た道を何台ものバスでやって来たのだろうか。それとも主役だけはセスナ機とかで来てたりして。

 あーあ、もう少しビュートを見ていたい。けど、そろそろグランドキャニオンへ向けて出発しなくては!今回の旅のクライマックスであり、最も楽しみにしている場所でもあるし。だけどもう既に、ザイオンやブライスやモニュメントヴァレーや、すごいモノを見過ぎてしまったからグランドキャニオンを見てもあんまり感動しなかったりして。なーんて心配は、今思えばホントにバカみたいな心配だったけど。

チェックアウトして、その時フロントにいた女性はここでは初めて見た美人だった
それに初めて見たスタイルも愛想もよい人だった
ナバホの女の人たちはホントにデブで、愛想が悪いというか
Showman-Shipにかけている
ストアーで乳液や(とにかく空気が乾燥しすぎて、おまけにBest Western
にあった石鹸がきつすぎたためか、全身が粉ふきイモ状態)
私の趣味である薬などを買って、さあ、今日も頑張ろう!
とビュートたちに別れを告げる。

ちょっと走るとまた、アリゾナ州に戻る。
この標識を撮って車に乗り込むと、そこに立っていた白人のおじさんがバイバイ!
と手を振ってくれる。やっとアメリカ人らしいキャラクターに出会ったなと思う

だけどこのおっちゃん、写真が出来上がって見てみると
げっ、うつってない!えっ、オバケ?! そんな訳ありません。ちゃんと影だけ映ってました。


巨石に抱かれた
Goulding's Lodge
Monument Valley
が見える唯一のロッジ


和枝殺風景な大地を
ひたすら運転する

 KAYENTAまで来ると滋が何かぐったりしてる。また熱が出てきたようだ。薬買っといてよかった。運転を変わると滋はすぐに眠ってしまった。あーあ、毎朝張り切りすぎやねん!

 とにかくグランドキャニオンまでの道はもう調べてあるし、このAAAの地図はホント、心強い。途中、何台かのツアーバスとすれ違う。きっとその一台は例の日本人グループが乗っているに違いない。おっちゃん、おばちゃん、お先です。

  あまりにも風景が殺伐として来て、途中、牛が死んでたり、犬が死んでたり、という以外は全然変わったものが出てこないインディアンの事を考えながら走る。やっぱり、いくらあの、モニュメントヴァレーがあろうと、あんなに都会から遥か離れた田舎にずーっと住むなんて、ぜったい嫌になるだろうな。時々映画スターに会えるとしても。それにあのダサいファッション。いや、ファッションもトレンドも、そんな言葉は存在しないって感じ。

  時々退屈すぎて運転を放棄したくなるが、止まったところで何もない。もう何度も聞いたブライアン・アダムスだけが私を元気づけてくれる。たった2本のテープだけど、これがなければ精神障害を起こしそうだ。ついでにベット・ミドラーも持ってくるんだった。このころやっと気づいたのだが、どうやら車のラジオはこわれている!それまであまりにも田舎を走っていたのでラジオ局がないんだろうと思ってたけど、いいや、そんなことはない。だって、モニュメントヴァレーでもラジオかかってたじゃないか。アメリカでFMを聞きながらドライブするのはどうやら無理らしい。

89号に合流する前、Tuba Cityで給油。ここは先払いみたいなんだけど、何か先に給油せい、と言われたらしい。よう分からん。車は89号から右折してState-64へ。しばらくして、グランドキャニオンのミニバージョンがあらわれた。 Little Colorado River Gorge

  ここはちゃんとLook-Outになっているようなので、行き過ぎたけど引き返して見ることに。車を降りると何これ、あつーい!まるで夏みたい。あとで半袖に着替えることにして、とりあえず崖のふちまで行ってみよう、と歩き出す。と、石につまずいた。あぶなーと思ってると、んっ?何か靴がパタパタいってるぞ。

ひえー、靴底がー、....取れてる!うそやろ、これからあんたの出番やのに。グランドキャニオンでハイキングするはずなのに....。靴は買って以来数えるほどしか履いてないのにもう、ズタボロになってしまった。

とにかく歩きにくいので底を引き剥がし、崖まで歩く。キャニオンの底をコロラド川が流れている。まさに、グランドキャニオンの一部という感じ。早くグランドキャニオンを見たくなってくる。

Watch Tower
古代インデアンの遺跡を模して
1932年に建てられた

 

  ようやく調子の出てきた滋と運転をかわり、後部座席で軽装に変身し、間もなく車はグランドキャニオンの入り口へ。ついに着たか!グランドキャニオン!

とりあえず靴を探すんだ、ということでストアーへ寄ってみるが、靴は土産用のインディアン御用達モノしか置いてない。仕方なく“SUPER KRAZY”なる接着剤を購入し、靴底を張りつける。この時にはもう片方まで底が剥がれていた。もう!

  私達はWatch Towerへ上り、キャニオンを見下ろす。Wow! 今までとは規模が違うぜ!美しさと言うよりは、そのスケールのすごさに圧倒される。キャニオンはどこまでも広がり、その向こうに真っ直ぐな地平線が続く。これが地表の割れ目?大きく避けた大地はその断層を幾重にも見せながら、山のように、あるいは段々畑のように、そして砂漠のように地平線まで続いている。コロラド川が大きく蛇行するのが見える。、だけどこの川がこのキャニオンを造ったなんて本当だろうか、というくらい細く穏やかに見える。ここは本当にデカすぎて、確かに空から見ないとその全貌は把握できない。

ビジターセンターへ向う。とにかく広い。
エントランスからVillageまで何十`もあるし
またVillage内も広すぎて迷子になりそう
Maswik LodgeだけVacancyとなっている
しかし、その場所を探すだけでひどく時間がかかり
ロッジはたくさんあるんだけどフロントがどこなのかさっぱりわからない
やっと着いた時にはもう、No room. 迷ってる間に取られてしまった!
Cancellation Releaseの出る4時半ごろもう一度来てみと言われ
やっぱり園内泊は無理だろうなとがっくりする

さて、次に何をするか?とにかく何をしていいのか検討がつかない。取り集めたパンフレット類をめくりつつ、やっぱりヘリコプターかなと思うが何でかヘリ関係の資料だけないじゃないの。じゃあ、Tusayanへ行ってみるしかないね。そこに空港があるんだから。ついでにそこで部屋も確保しようかという事もあり、一度園内を出る。何せ入場券は一週間有効なんだから空港に近づくとセスナやヘリがひっきりなしに離着陸をくりかえす。受け付けで申し込みをすませ、「あんた達のフライトはゲート4番か5番からだからね。名前を呼ぶからそこにいて」と言われずーっと座ってると、あーあ、勘違い。ゲート4、5じゃなくて4時か5時の間違いじゃないの?さっきのケバケバの指輪だらけのお姉さんがやって来て、「30分フライトが早くなったから、4時前にはここにいるように」だって。英語では確かにYour flight wil be at 4 or 5”だけだから。ゲートがいっぱいあるわと思いながら見てた私は何故かこの簡単な文章を複雑に処理していたのだったうーん、私はあまりにも思い込みによる勘違いが多すぎるぞ、滋は物忘れがひどいし。二人の性格がもろに出た旅だったかもしれない。それじゃあと言う事でその辺のモーテルの下見に行ったり車でごろごろしてたら、もう少しでヘリコプターは私達なしで飛び立ってしまうとこだった。おっと。


Helicopter
Scenic Fright

 ラッキーなことに私が一番前。体重が軽いからかしら、とか思ってたけど後で聞いたら、デブが右側にかたまっていたらしく、一体コンピューターにインプットしていた体重は何のため?と疑わしくなる。パイロットのおじさんは(多分若いかもしれない)愛想がよくて、“ハ〜イ!”

ヘリに乗るのは初めてだけど、計器類とかすごく少なくて、これだけで操縦してるなんて信じられない。

おじさんはひっきりなしにテープを巻き戻したり計器を触ったり、でまたテープを巻き戻したり、操縦以外にもいろいろ大変そう。やっと機体は飛び立った。

ヘリはまず一面の樹海を進んで行き、これは確かにキャニオンが地表の割れ目である事を実感させてくれた。数分後、キャニオンが見えてくる。だんだん近づき、そして足元の樹海がもう少しでなくなりそうになる。そして、まさに機体がキャニオン上空にさし出したその瞬間、恐怖と開放感とが同時に私を襲った。私達5人はキャニオン上空を自由に飛回る鳥になった!

キャニオン内部はまさに地球誕生を彷彿させるような地層の嵐で、何十億年もの歳月をかけて積み重なったものがよくこれだけの規模で残っているものだと感心する。それにそれを上空からこうして眺めていると、地球ができ、生物が、そして人類が誕生し、その人類が空飛ぶ物体なるものを発明した結果、今こうしてその遥か昔を目にしているというのはとても劇的で、ロマンチックで、何かコミカルでもある

ヘリからは内部のいろんな形のプラトーをあらゆる角度から見ることが出来る。ここでも形の顕著なものにはそれぞれ名前がついているらしく説明してくれるのだが、英語で全部聞き取れないのがくやしい。プラトーはあるところはギザギザだったり、なめらかだったり、またあるとこは植物が生えていたり、それぞれの場所によって特徴がある。また石の成分によって色の出方が違うらしく、その成分の名前がまた英語では全部覚えてないのでわからない。ちゃんと勉強しとくべきだった。

  ヘリはその特性を活かし、岩のぎりぎりのところまで近づいてくれるので、その岩肌の質感や、地層断面がマーブル状になっている様がよーく観察できる。また驚いた事に、断崖ぎりぎりに道が走っているのが見えるが、あっぶなーと思っていたらこれは私達が通ってきた64号だという事に気づきビックリ!機体は今度はノースリムまで進み地表の続きがまた現れた。これだけの幅が、実は大昔には陸続きだったなんて到底信じられない。コロラドリバー相変わらず心細げにみえるけど、よく見ると白波がたっていたりしてその荒々しさを少々感じる事が出来た。残念ながら夕陽で眩しくよく見えなかったり、インディアン居留地がパイロット側で全然見えなかったりしたけど、この1時間のヘリツアーは本当に素晴らしい!!

ヘリポートに戻ってくると、乗り込む前に撮影した記念写真が売られていたので購入。

Grand Canyon
Helicopters

Take Off To Adventure!!


スイスシャレー風ロッジ
Maswik Lodg

 

4日目
230マイル
約370キロ走行

 そして時間的にはもうアウトとは分かっていたが、とりあえず園内ロッジにTELしてみる。やっぱりNo Room Available!

それではTusyanで部屋探しだ!といくつか見るが、どうやら滋はこの、絶望的な状況においてまだ園内泊をあきらめていないらしい。もう一度戻ろうと言う。どうせ空いてないのに! しつこい奴!

それではどうぞ、気のすむようにして下され。もう時計は5時をまわっていたのに引き返す事に。もうあんたが自分で交渉してねって感じで、私は車で待っていた。そして待つ事、待つ事。もしや!とは思ったりしたけど、どうせまた下痢でトイレかしらとか思ってると、滋が嬉しそうに何かヒラヒラさせて戻ってきた。やったね!部屋確保!恐れ入りました。滋の粘り強さには頭が下がります

フロントで一番高い部屋しか空いてないと言われたらしいけど、モニュメントバレーでそれ以上高い部屋に泊まっていたし、しかも、グランドキャニオンで泊まれるなんて、もう、いくらでも払いますって感じ。部屋はスイスシャレー風で広く、コーヒーメーカーはないけどまあ許そう。

Bright Angel Pointから沈み行く太陽を、そしてそれによって赤く輝きだしたキャニオンを見る。日が落ちてくると寒く、半袖でうろうろしている外人の年寄りには驚かされる。私はヘリに乗る直前から寒くてまた長袖に着替えていた。この日のディナーはセルフで好きなものが取れるので、メキシカンに挑戦だ。ビーフタコスはまずまずの味だった。そして次の日の朝に備えさっさと寝る事にする。今回はとてもヘルシーな奴等になってしまった。バーの前を通り過ぎたけどほとんど客がいない。皆ここでは朝型人間になってしまうようだ。

Oct. 16th, 1996

  グランドキャニオン〜キングマン
Grand Canyon - Kingman, Arizona

グランド キャニオンの日の出
Grand Canyon
Mather Point

 早起きには慣れてしまった。あまり苦痛を感じずに夜明けごろ起きる。頭も服もぐちゃぐちゃのまま朝焼けの美しいポイントへ車で向う。Mather Poinだ。すでに本格的カメラを構えている人が数人いる。とにかく寒くて寒くて、突然冬がやって来たという感じ。あたりがもう少し明るくなるまで車で待つ。場所を確保して右手に見える大地の切れ目あたりが輝いているのを見つける。あの辺から太陽が昇りそうだ。間もなく太陽が顔を出し、暗かったキャニオンを色づけはじめる。朝と夕方以外はフィルムの無駄というらしいが、確かに昼間のキャニオンは単調かもしれない。朝日は雲を輝かせ、そしてキャニオン内部のプラトーを上の方だけ薔薇色に染める。ぼうっと浮き出たような感じ。太陽が昇るにつれ、反対側の断崖をも明るく際立たせる。空はまだ白く、すべてが靄に包まれところどころ明るく浮き出しているようだ。時間がたつにつれ、キャニオンは輝きを増していった

 部屋へ戻る途中、やっと野生の動物に遭遇した。鹿の親子が道端まで出てきていた。思わず車を近づけシャッターを切る。滋に昨夜のレストランから朝食を取って来てもらい、腹ごしらえをする。そうしてる間にも、窓の外には鹿の群れがやって来て草を食べているのが見え、いても立ってもいられない

 滋はまた熱がでてきたらしくしんどそう。寝てしまった。どうやらトレイルを歩くのは無理みたい。にも関わらず私はレンジャーみたいな格好。雰囲気だけでもなりきろう!一人で外をぶらぶらして鹿を観察。

この日は私はレンジャー、滋はなんかだらしない奴
といった変な組み合わせで車で各ポイントを回る事に

Bright Angel Trailが見えた時にはハイキング!
と思ったが滋の体調と、私の靴の状態ではとてもできそうにもない
ほんの少しトレイルを歩くと、何とミュールの糞が
大量に落ちていてその臭ささといったら....
ここを歩くのかと思うとちょっとぞっとしてしまう
まあ、すぐ慣れるんだろうけど。トレイルは途中、すごい急勾配で下っていき
下の方でSwitchbackになっているのがよく見える
確かにここをPhantom Branchまで下りていくのは至難の技かもしれない
行きはよいよい帰りは恐い!消えた奴もいれば死んだ奴もいる、そうだろうな
ミュール隊がトレイルの中腹辺りにいるのを発見
このミュールツアー、楽でよさそうだけど、すごい人気でシーズン中は
ロッジと同じぐらい予約を取るのが難しいらしい
それにかなり危険らしく、英語もMust be Fluentじゃないと受け付けてくれないらしい


ホピ ポイントから下を見下ろす
Hopi Point

 これはどうやら英語をもっと勉強しないとお話にならないようだ。峡谷内は気温がかなりあがる事を考えると、やはり10月中旬あたり、まさに今がトレイルシーズンかもしれない。絶対また来るぞ。そしてせめてIndian Gardenまで下りてみる!。

 私達はウエストリムを端のHermits Restまで散策している。ここはシーズン中はシャトルバスが走り、個人の車は通れない。今はいくつかのグループとおんなじ様なペースで各ポイントで停車し、写真を撮り、また次に向かうといった状況。Hopi Pointでは老夫婦があそこにラフター達がいるよ、と教えてくれ、川の中州(英語でSandbankという事まで学ぶ)で休憩する彼らの姿が双眼鏡から見て取れる。何日間もかけて川を下るツアーがあるが、きっと彼らも何日かかけてコロラドからここまでやって来たに違いない。まさに、Crazyな奴等。(おじさんもそう言っております) やっぱりラフティングはケアンズで十分!

 どこのポイントか忘れたけど、なんともここの雰囲気にマッチしない連中をみかけてしまった。女性2名に男性2名。男たちは別として、彼女たち2人全身黒でタイトにきめ、どうみてもアメリカ人ではなさそう。絶対、フランス人だと思ってると、やっぱり、あの独特の鼻声混じりの喉を絞められたような言葉が聞こえてきました。おしゃれにしてるとここでは浮くのよね明日はラスベガスで私もおしゃれしよう!

 キャニオンをあらゆる角度から見学しながら、とうとう西の端、Hermits Restまでやって来た。ここに着く頃にはまたもや靴底が剥がれ修理され、またそれが剥がれかけていた。ぜんぜん役に立たなかったね、この靴。そしてSuper Krazyも!Hermits Restのトイレはまるで雛人形のように、段々になった雛壇ごとき所に腰掛けて用を足さねばならない。ドアを開けた瞬間、えっ!。でもとても清潔で日本の公衆トイレはなんであんなに臭くて汚いんだろうと思うほど奥にはお土産やさんがあり、昔の開拓時の居間を再現してあったりしてなかなかよい雰囲気。土産はもう買ってあるし、あまりここにとどまる理由はなさそう。店をでると、足元にはキャニオンが広大な角度で広がっている。どうやらこれが最後の見納めとなりそうだ。滋は薬切れ状態みたいにまたぼーっとしてるし、名残惜しいけどそろそろ出発しますか。

 


West Rim
Raft River

KAZUE GETS BEHIND THE WHEEL!! やっとキャニオンの中を運転!
64号に合流し、向かうはTusyan

Imax Theatreでもう一度興奮をあじわおう。着いてすぐ、1時半開演に間に合う
映画はまだグランドキャニオンにインディアンが住んでいた頃から始まり
その後の白人開拓者達の侵入の様子を再現している
圧巻だったのはコロラド川を白人達が筏で冒険するシーン
本当に木の筏で役者たちがラフティングをするのだが
これってさっきキャニオン上から見下ろしていたのと同じ川?というぐらい獰猛で荒々しい
そこを筏で下ろうなんて、ほんとうにCrazy, でも so brave!
そんな人たちが作った国なんだアメリカって
まさに西洋からの冒険者、野望に満ち溢れた集団の国
だけどそれ以前、インディアンたちがここを見つけた時
の驚きといったらどんなだったんだろう


Canyon MaricopaPoint
眼前にBatlleshipと呼ばれる
巨山がそびえる

映画は約1時間で十分満足できるものだった。空中撮影してるシーンはおもわず体が左右に揺れそうになるし、ヘリツアーでも体験できないぐらい接近してくれるし。グランドサークルツアーの締めとしてはなかなか。そして映画とともに私達の冒険も終わろうとしている。あとはベガスとサンタモニカを残すだけ。

 さあ、今日はどこまで走ろう。できるだけベガスに近づこうか。とにかくホテル探しもこの日で最後かと思うとホッとするような、でも少し寂しいような。とりあえず、滋ご推薦の航空博物館めぐりが待っているらしい。ではそちらへ向かいましょ。

 博物館はローカル空港の中にあった。ここからもグランドキャニオンへの遊覧ツアーが出ているらしい。飛行機マニアグッズとかが置いてあってなんか嫌な予感。中では滋がおーっ!!と何度も叫ぶ。よほどのモノがあるらしい。私はぜーんぜんわからん。興味なーい。でも一つだけ目を引くものがあって、それは日本の神風特攻隊。中にハチマキ巻いた人形が乗せてあって、こんなに小さな簡素な飛行機で体当たりしていったのかと思うと、何と哀れか。今私がかつての敵国を車で観光し、そして神風特攻隊をそこで見るなんて何か神妙な気分になってしまう。パシャパシャ滋は写真を撮りまくり、アンタ体調悪かったんちゃうん、と非難したくなる程元気。まあいいか。見るものは多い方がいいもんね。外においてある初代Blue Angelsの前で写真を撮ってもらう。航空ショーなら今度喜んで付き合うからね。(ただしアメリカに限る)

受付けの姉さん二人にバーイして、再び64号を南へ下る。私達のDestinationはKingmanに決まり。

しばらく走ってWilliamsでI-40にのる。あとはひたすら西へ走るだけ。Go, Go West! あと200`弱。滋は博物館を出たとたんやっぱり“しんどい”そうで、さっきはあんだけ元気やったやん!と思いながらも、しんどかったら寝とってええでと親切を装いグガーっと寝ている滋を横目で睨みながらひたすら西へ。この「ひたすら」という言葉ほどこの時の心情を説明するのに適した言葉はない。とにかく、飛ばしても飛ばしても全然風景は変わらないしブライアン・アダムスは今日もエンドレステープで一日中こればっかり。平均時速60マイル。キングマンまでの距離は確実に減りつつあるけど退屈だからもっと飛ばそう。70マイル。そして75マイル。でもバスだってこれについてくるからビックリアメリカンドライブもそろそろ終わりに差しかかり、あっというまの5日間を回想しつつKingmanに到着。


Blue Angels


Fuji Ohka 桜花
Piloted Suicid Rocket

Planes od Fame

Historic Route66
King Man

 滋にもそろそろ起きてもらい、53の出口で下りる。インターステイトを出た瞬間、そこはモーテルだらけ、ずらーっと道に並んでいる。モーテル街を端まで行って滋と運転をチェンジし、それでは部屋の品定め。結局どのモーテルも安いことが分かったが、更に安いところを求め、しかもContinental Breakfast付$27という”Travel Inn”に決定。場所はI-40の少し北。受付けの兄さんはジーパン、長髪、スリム、とどっかのロックグループにいそうなタイプで、ラジオの曲に合わせてハミングしながら“Room?” かなりくだけてる。これこそ“モーテル”って感じ。さらにもらった鍵は別の部屋の鍵らしく、さっきの人に言ったら誰か従業員が鍵をぐちゃぐちゃにしてしまったらしい。今年はひどいとか言ってたけど毎年こんな事が起ってるの だろうか。さすがアメリカ。いいかげん。部屋は滋の希望でSmoking 吐き気がするほど臭く、おまけにトイレは調子が悪く結局自分で調節するはめに。やっぱり安い部屋には落とし穴が。とかしてるうちにお腹が減って来た。ガイドブックで見つけたチャイニーズへ行ってみよう!ここはI-40の48の出口を下りて北へ行ったところ。もうまずいアメリカ料理もおいしいタコスも私達の胃は拒否反応を示しだしていた。が、しかし、このチャイニーズレストランはライトがついてないじゃない。つぶれてる!期待が一気にしぼみながらも次のレストランを探すため、一つ手前の51出口のへ戻る。ここで何と、諦めていたチャイニーズを発見してしまう。店構えは不気味で、無理矢理中国風にしてあったりしてほんとに変滋は逃げ腰だったけど、これを逃してはこのド田舎に西洋料理以外の店があるわけない。車も何台か止まってる事だしとりあえず入りましょ。戸をあけると以外にも普通の中華レストランという感じでほっとする。食卓の上のキッコーマン醤油や箸を見つつ安心した気分になる。メニューを見ると更に安心し、結局酢豚と酢鳥を注文。最初のスープはとてもおいしく懐かしい味。ベガスまでは中華も和食もあきらめていただけにひたすら感激する。酢豚と酢鳥が待ち遠しい。しかし、目の前に出されたモノは何じゃこれー!!!!酢豚と酢鳥らしきものの上にはクランベリーソースのような真っ赤なタレがどぅわ〜っとかかっていて、見るからに気色わる。一口食べたらさらに驚き!酢と砂糖の味だけ。すっぱくてあまい。それだけ!確かに酢豚はSweet and Sour Porkだけど、まさにその言葉通りじゃない私はもう意地になって食べたけど、油っぽくて滋はもうギブアップしてる。最後には小説によく出てくるおみくじクッキーがでてきた。だけどなんて書いてあったかは忘れてしまう。すっかりアメリカンナイズされた中華に幻滅した夜。結局あの色と味に私の胃は順応できず、部屋に戻るとすっかりディナーをトイレに放り出すはめになってしまった。

Oct. 17th, 1996

  フーバーダムからラスベガス
Hoover Dam - Las Vegas, Nevada

Hoover Dam
映画「パパと呼ばないで」で
パトリック スウェイジが
逃走のために崖から
車を落としたシーンの撮影現場.

朝5時ごろに目が覚める。昨夜はとんでもない中華のせいで早々とダウンしてしまったからかな。ゆっくりシャワーをあびて支度する。何故かかなり重たくなったスーツケースにびっくりしながら、ひえーまだお土産も買わないといけないし、自分の為にも買い物したいのに!という事で例のズタボロの靴を置いていく事にした。コンチネンタル・ブレックファーストとは名ばかりの砂糖漬けドーナツとコーヒーを滋に取って来てもらって朝食。コーヒーはやっぱり薄くて、最初の日に買ったインスタントコーヒーをわんさか入れてしまう。うーん、Tasty! 今日はやっと滋も復活したようで、ではまた別のアメリカを体験しに行こう! 

  ここのモーテルで取ったベガスのいろんなパンプレットを読みながら、胸はワクワク。いかがわしい広告もたくさんあって、これでヘルシー人間の集う国立公園から、がらっと変わって悪の街ラスベガス(映画でも言ってます)へ向かうんだ、と実感してくる。

 昨夜下りた48の出口を出て、念の為に給油。ここでRoute 66関連グッズを売ってたので、おそろいのマグカップを購入。これでコーヒー飲むたびにアメリカを思い出すね。Route 66は日本でも一部の人にはちょっとしたブームなのかな。最近“Early Timesで関連グッズプレゼント”ってCMやってたり、確か私がジャケット買った店もRoute 66って名前だったっけ。地図を見るとRoute 66はI-40の少し北をKingmanから東へSeligmanまでのびている。きっとI-40が出来るまでは重要なルートだったんだろう。
 
買い物を済ませ車へ戻ると、滋がキーが抜けないって焦っている。えーうそっ、ここまで何のトラブルもなく来れたのに....どうしよう!と一瞬私も焦るが、これは絶対滋のまたまたあわてん坊が何か勘違いしてるんじゃないかなと思い、ちょっと貸してみぃ。なーんだ取れたやんか!滋はキーの回しすぎ。私に指摘されまたもや膨れっ面をしながら車は今度はひたすら北をむいて走っていく。ルートはU.S Federal-93。次の目的地、Hoover Damまで76マイル。滋はまたまた勘違いで(指摘するのもだんだん申し訳なくなってくるなぁ)ここは有料道路!って言い張るけど、絶対違うぞと私は言う。実際違うかったけど反撃するのも気を使う。だってさっきのキー事件で滋は非常に機嫌が悪いから。男は女に間違いを指摘されるのが大嫌いらしい。車は車内のいざこざに関係なく快調に進む。

  約1時間走ってもうすぐHoover Damだという時に“Prepare to stop”って標識が。工事だからしゃーないね。2〜3分位かしら、と思っているうちに5分、10分と経っていく。実はこの“止まれ”はとんでもない程忍耐力が必要であった。だって30分経ってもまだ動かないんだから!前の政府公用車からも人が2、3人降りてきて、どう見てもアメリカ人にとってもこれはただの“止まれ”ではなさそう。仕方がないのでよっちゃんに頼まれていたアメリカのトラックの写真を撮ったりしつつ、やっと解除されたのは何と40分後。ホントに何から何までやる事が大規模だねぇ。“今日は下痢してなくてよかったね、滋”と思いながら遂にHoover Damへ到着
  何と言ってもあの、Patrick Swayzeが撮影したとこだもんね。いったいどこが撮影現場かなとキョロキョロするが、しかしこのダムってたいしたことないじゃない。だけど道には観光客が結構な数でウロウロしてるし、アメリカは水力発電なんてめずらしいのかな。結局撮影現場らしき所は通行止めで入れない。あまり美しいとこではないのでお昼をto goしてさっさと出発しよう。ベガスまではあと40マイル強。道の反対車線も例の“止まれ”になっているらしく、停滞している車の列の長いこと!

延々と何キロも続く車の列。一つ向こうの街まで続いていたのには本当に驚かされる
呑気なアメリカ人たちもこれにはお手上げって感じ
砂漠の中に突如として現れるホテルにカジノ
もうベガスの端?と思ったらまだまだ先でした
この辺りは部屋も安そうだし、ここで泊まればよかったね
また周りは砂漠になってそしてまた町が現れる
何回かこれを繰り返すとベガスが現れた!
タワーが見え、飛行機が降下していくのが見える
Boulder Highwayの出口を下りて信号待ちをしてると
いかにもカジノでお金を使い果たしたという感じの若い
まじめそうなホームレスが立っていた
胸には“家なし、金なし、食べ物なし、お恵みを”と書いてある
何かベガスの入り口でこの街の恐ろしさを見てしまった様な気分

 Tropicana Ave.を西へ進んで行く。いくつかのストリートを横切りながら走るとやっとThe Strip(Las Vegas Boulevard)。 右折して、とりあえずチェックインにはまだ早いから先にHard Rock Hotelへ行く事に。Harmon Ave.に入り、しかしベガスって結構広く、地図で見ると近いように見えるこのホテルもなかなか現れない。4キロ位走ってやっとあのシンボルであるどでかいギターが見えてくる。ホントにこのホテルには感激!入り口の取っ手はフライングVがかたどってあるし、カジノを取り囲むようにしてミュージシャン達のコスチュームやギターが飾られている。音楽好きには最高のホテルカジノは小さいけどここではスロットがよく出た!ショップは駄々混みで欲しいT-シャツは売りきれだったけど、二人とも可愛いのが買えて大満足。そろそろ2時。チェックインタイムなので私達のホテル、Excaliburへ。

 Excaliburはまるでおとぎの国の様で、だけどその大きさには迷子になりそう。チェックインカウンターは今まで見たことないぐらいの数だし、カジノも広くて何がどこに有るやらわからない。そういえばここでは生まれてはじめてVallet Parkingもしたし、ちょっとリッチな気分を味わえる。ポーターは今までの田舎の人たちとは大違い、さすがShowman Shipにのっとってますって感じでニコニコ営業スマイル。

ラスベガス
ハードッロク ホテル前
Hard Rock Hotel
プリンスの衣装、
マイケル シェンカー、
レニー クラビッツ、
ジミー ペイジが使用して
あったギターなどが飾ってあって
とてもワクワクするホテル

Exculiber Hotel
古代英国へタイムスリップ
アーサー王が蘇る?

エクスカリバーのスタッフ
この人達は夜になると
シックなロックミュージシャン
に変身!


ラスベガスのネオン
Las Vegas

 部屋は広くてここでもダブルのツイン。やっぱり少々煙草臭かったけど、エアコンが既に効いていてとても心地よい。もう10月も後半なのにベガスはやぱり砂漠の中、まるで真夏のような暑さ。私達はその日の行動予定を立てる。期待していたディナーショーは諦めなければならない事を悟り、結局MGMでの例のすごいヤツとタワーでのBig Shotを体験後、無料のショーを見る事で意見は一致。再び車でMGMへ出かけるが、とにかく広すぎて駐車場から目的地まで歩く歩く。間違ってモノレールに乗ってしまったり、時間を無駄にしながらも遊園地へたどり着く。

 結局Sky Screamerはすでにその日のチケットは売り切れで乗れなかった。幸か不幸か。これはほんとにすごい迫力!人間ミサイルになって人の頭上をかすめながら飛んでいかなければならない。早く日本にも出来る事を願うが、絶対無理だろう他の乗り物も信じ難いほど水をかぶるらしく、とても乗る気になれない。なぐさめてくれるように、プレスリーの物まねが始まった。

 次に我々はストリップを北上しStratosphere Hotelへ。ここでも散々タワーへの入り口を探し回り、散々歩いてやっと頂上へ。幸いBig Shotはがらがらで、待つ暇もなく椅子にくくり付けられる。発射直後私は首がガクってしまうが、滋は不気味な薄笑いを浮かべていて超気持ちワルー。これは全然恐ろしくはなかったが、落ちてくるときの胃が浮く感じはどうも好きになれないだけどベガスの街が一瞬にして見渡せるのはよかった。これ、夜だったらすごく綺麗だろうな。それに暗い方がスリルがあっていいかも。

 結局これだけやって次にTreasure Islandの海賊ショーに着いたときには、もう6時半!。次の開演までにはまだ時間があるので、それでは昔なつかしのホテル見学にでかけよう。この辺は昔から映画によく出てくるポイントだから是非見ておかなくては。そろそろ日も暮れてきてネオンがつきはじめる。やっと街がラスベガスらしくなっていく。それにつれ道端ではストリップのチラシや夜のお相手関係のビラが至る所で配られてるし。Rivieraのあのネオンはまさに映画通りで感激。その前にはStardustがあって、その時は気づかなかったけど、そこはShow Girlの舞台になったとこ。そうしてる間にもストリップでは何か撮影が行われるような気配消防車が来て道に水を撒いているし、カメラマンが何人か集まっている。Show Buisinessを実感せずにはいられない。

Treasure Islandのショーは大迫力。
装置もすごいが役者の体当たりの演技もすごすぎる。
あれだけ火をふくとは思わなかった。かなり離れているのに
一瞬顔が熱くなるぐらいの火の勢い。
演技してる人達はやけどしないんだろうかと心配してしまう。

お父さん(私の父は消防士)がここにいたら一人で激怒していたかもしれない。
沈没した船がまた浮上してくると、何と甲板に立っていた人は
ずぶぬれになりながらまだ立っている。思わず大歓声。

Treasure Island


Big Shot Stratospher

6日目
87マイル
約140キロ走行

  ショー自体は短い時間だったけど大満足。何と言っても無料だし。だけど無料のショーでこれほどの迫力なら、ディナーショーなど一体どれほどの迫力なんだろう。滋と是非一緒に見てみたかったな。それにホワイトタイガーのショーも見たかったし、ボリジョイバレイも見たかった!一泊では何にも見れません。

 歩き回って腹減り減り。今日こそ日本食をたべるぞ!それならやっぱりサンレモのお寿司屋さんへ行こうよ。ということで唯一日本人が経営するこのホテルへやってくる。しかしベガスは思ってたよりはるかに広い。ほんとに車があって助かった。だけどアメリカへやって来た初日、この今では通り慣れたTropicana Ave.を、こわごわ泣きそうになりながら走っていた自分達の悲愴な姿を思い出すと、二人とも笑わずにはいられない。ほーんと、今ではスイスイ、走り慣れたホームタウンのように走ってるんだもん

 お寿司はいくつか不思議な歯ごたえのものもありつつ、非常においしく、また、日本酒もうまい!やっぱりいいね、日本食は。さあ、腹ごしらえも出来たし、後はギャンブルするしかない!町外れのスーパーで閉店時間を気にしつつ、あわてて買い物をし、そう、ここではベビーオイルが量は日本の3倍で値段は日本の3分の1以下、という超お得なものを見つけてしまったりでなかなか帰りたくない

 Excaliburに戻りさあギャンブルタイム。さっきの調子で大儲けするぞ!と張り切るが、なーんか調子がでない。昼間はじゃらじゃら出たのに何で?って思うぐらい出ない。うーん、お金はどんどんなくなっていくし。悲しい...。詮小心者で金無しの私達は最低25セントのスロットばっかりしてたから、儲かっても微々たるもんなんだよね。だからなくなるのもあっという間。やっぱり5ドルとかのをしなくてはいけないのかも。考えたら日本のパチンコの方がよっぽど金かかるじゃない。私達はこれだけ楽しめて、スッた金額はたかが30ドル足らず。やっぱ、\3000では億万長者への切符は売ってもらえない!私達は諦めも早く、昼間出会ったお伽の国の主人公達が目の前のステージでは黒でシックにきめ、ムーディーな曲を演奏していているにもかかわらず、そそくさと部屋へと退散したのであった

  なんかそれまでのヘルシーな生活が身に染み付いてしまったのかな、全くナイトライフを楽しめなくなったみたい。私なんかアメリカに来てから一度も本場のバーボンウイスキーを飲んでない!まあ、その日はやっぱり早起きしてたし、ストリップを歩き回ったときに砂埃がいっぱい眼に入って、コンタクトの調子もわるいし。そして次の朝のフライトも早いことだし...。とにかくベガスの夜は終わりがないけど我々はBed Timeにした方がよさそうです。

Oct. 18th, 1996

  ロス・サンタモニカ
Santamonica  LosAngels,  California

New York New York

 

 L.A.へのフライト マッキャラン空港は国内線の場合、荷物は入り口で渡し直接ゲートでチェックインすればよいらしい。滋がタウン誌から発見してくれなかったら、あやうくこのチェックインカウンターの長蛇の列に並んでいたかもしれない滋、感謝!たまにはいい事もするもんね。この日も日本では起きた事もないような時間に起き、朝食もとらずにチェックアウト。早朝だというのにカジノはまだ数十名の人と共に営業真っ最中で、早朝というよりはまだ晩の続きExcaliburをTropicana Ave.から出ると、左手には朝の光を受けたNew York New Yorkが偽の自由の女神とともに美しくオレンジ色に輝いていたので、思わずカメラを取り出してしまう。これは後で現像してみると恐ろしいぐらい良く取れていた。引き伸ばせば十分ポスターにもなり得るぐらいに。(年賀状のネタに使う事になった!)
   空港では“駐車禁止!”のアナウンスにもめげず、もう別れなければならないダッヂを道路の脇に止めたまま荷物を預ける順番を待つ。前のグループが時間がかかっているので、と言うのはパスポートをいちいち見せないといけないらしく、前にいた女性が私達にCrazy Ideaとこぼしていた。正にその通りと思いながら、そして何度も車を除けるようにというアナウンスが嫌でも耳に入り私達は非常に焦ってくる。別の職員が“こちらもどうぞ”と声をかけてきたけど別のグループに先に行かれてしまい、焦った私達はもう一人別のぼーっと立っている職員に声をかけに行き、しかしあっちに並べと追い返さる。だが元の場所に戻るとそこにはまた別のグループがすでにいて、おもわず自分達の行動とアメリカ人の行動に頭に来てしまう。そこでまた例のアナウンスが鳴り響き、気がつくともう我々のダッヂしか道路にはいなくなっていた。もとの場所に戻りかけたとき、ついさっき私達を冷たくあしらった黒人が今度は普通に“どこまで行くの?”と聞いてくれ、やっと仕事をする気になったのかと思ってしまう。彼は先ほどの態度とは打って変わってまじめにテキパキ仕事をし、私と滋のスーツケースは無事L.A.行きのタグをつけられ準備が整う。

 しかしホッとしたのもつかの間、また次に問題が...。とにかく何度も書いたけど、アメリカの道路標識は不親切で突然出てくる。私達は車をちゃんと駐車場に停め、先にゲートへ行ってBoarding Passを受け取ってから車を返しに行こうと思っていたのだけど、(今から考えるとそんな事してたらよっぽど時間がかかる)駐車場の標識も何にも出てこなくなり、さほど広くもない空港周辺をさまよってしまう。時間は十分にあったけど、ターミナルから離れていくとどんどん焦りは大きくなり、今度はCar Returnの表示が出て来た時にはもうそっちへ下りていかないと、ハイウェイにのってどこかに行ってしまうといった分岐点が突然現れびっくり仰天。そこを下りると正に旅のスタート地点であるDollar Rent a Carがすぐあり、こんなに無事にすぐにそこへ着けた事に安心しながらも、アメリカの不勤勉さを思うとシャトルバスはすぐあるんだろうかと心配になってくる。結局そんな早朝にもかかわらず事務所は出発する人達でにぎわっており、空港までのシャトルバスは心配する必要もなくすぐやって来た
  そうそう、滋はまた返したダッヂにカバンをのせたままで慌てて取りに行き、そういえばここを出発した時も滋の物忘れのせいであやうく駐車場から出してもらえなかった事を思い出し、思わずため息。料金は保険やなんやかんやで結構高額になってしまったけど、計算すると一日5千円位で借りれた事になりやっぱりこれはかなりお得。
  私達二人とそれからグループ旅行の白人を乗せたシャトルバスは間もなくUnitedのターミナルへと到着。朝食をいつものファーストフードで済ませまだやり足りないとばかりにスロットに小銭をつぎ込む。確かベガスへ着いたときにはじゃらじゃらと出たのに、もう運も使い果たしたのか、どんどんお金は消えていく。そしていよいよ搭乗時間。もう旅行もクライマックスか。なんとなくヴェガスから飛び立つのは、今までの旅行がもう過去のもになった事を実感させるようでちょっと寂しい。そしてそれとは別に、メルローズプレイス何度も見たハリウッドやそしてサンタモニカへの期待で複雑な心境になってくる。

Santamonica

 

Santamonica Main St
Ocean Park Blvd.
映画「スピード」の舞台

日本人の妻を持つNavyの
弟がいるフランクと
マイケルとアーネスト

9日間
のトータル走行距離
1,209マイル
約1,947キロ

  飛行機は約1時間弱でロスに到着。やっぱりスモッグのせいなのか空はどんより曇ってる。はっきり言ってすごく汚い空。それまで美しく澄み切った青空しか見てなかったので、これぞ正に大都会と実感。ここで既になんとなく期待外れ!という気持ちになってくる。確かにロスは今から思うと大きく期待外れであった。と言うのはそれまでの行程に全神経を集中していたあまり、この街の下調べを全くしていなかったのだ。そしてこの無知が我々に数々の失敗を引き起こしてしまうのであった。

  まず、2人は浅はかにもタクシーに乗ってしまう。そういえば誰もタクシーになんか乗ってなかったっけ。サンタモニカは空港から遥か彼方で(ちょっと大袈裟かも)、タクシーで行けば軽く\4000このタクシーの運ちゃんはモロ、イタリア人で変なアクセントの英語をしゃべってた。

  このイタリア野郎は私達が告げたHOLIDAY INN BAY VIEW PLAZAの場所をわかってないらしく場所を教えろという。ただこのホテルがサンタモニカには二つある事は知ってたけど。最終的には滋が“ヒコストリート!”と叫んで、“Oh, Pico(ピコ) street!!”と無事解決したが、その間、私は地図を運転するおっさんに“これ見てみぃ”と渡したり、さすがに運転中で見れん!言っていたが、あるいはどこそこの近くとか言ってみたりいろいろ試したがなかなかわかってもらえず苦労した。

  おっさんは到着後、チップの額に不満なのかなかなか立ち去ろうとしない。空港からサンタモニカまでそんなにかかるとは思ってもみなかったし、(だって\4,000だぜ)おまえの態度も悪い!だからこれ以上チップやるか!そんな奴は無視してさっさとホテルにチェックインしようとしたが、なんせ時間が早すぎてまだ部屋の準備ができてないらしい。そりゃそうだ。そこで私達は荷物を預けてHollywoodへ行くことに。カウンターの臨月間近のお姉さんに滋が“バスでハリウッドに行くにはどうしたらいいか”をたどたどしい英語で聞いたものだから、彼女は親切にも日本人スタッフに内線をつないでくれ、ただその時“It’s a very good idea”っていうのを聞いてうーん、これってもしかして大変なことを皮肉っていくるのではと嫌な予感がする。そして予感は的中。サンタモニカからハリウッドまでバスで行くなんて至難の業で、なんせ乗換え、渋滞をふくめて2〜3時間近くかかる!?さすが車社会のL.A.。 レンタカーがなくちゃどうやら私の思い描いていた探索はお手上げみたい。Hollywoodも Melroseも諦めか......。

  実はここでこの旅行記は一旦おわっている。というのは、帰国数日後に私(和枝)がパジェロで事故おこし、とても執筆する気になれなかったからであり、そしてその事故から立ち直った年末頃にはツェルマットへのスキー旅行へ出発し、その旅行が余りにも楽しすぎたためだんたんとこのアメリカ大冒険の興奮が覚めてきてしまったからである。


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