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絵本を大人が読む時代 〜その出会いと癒しについて考える
●絵本と大人の距離は縮まったのか
 ある企業の人事担当者である中高年男性の談話として次のようなエピソードを耳にしたことがある。読書好きの彼は入社試験の面接の際に、応募してきた学生たちに対して「今までに読んだ本のうち、一番好きな本は何か?」という質問をするのだそうだが、最近、主に女子の中で絵本のタイトルを挙げる学生が目立ってきたそうだ。
 人事担当氏は悩む、この現象を一体どう捉えたらいいのだろう? 若者の活字離れがここまで進んだと嘆くべきか、それとも何か別の社会的、心理的意味が隠されているのだろうか? と。
 私もいい年をした大人だが絵本は好きだ。しかし、そのような質問を受けたとき、やはり絵本の題名は言わないだろう。それはやはり、絵本とは文章がよく読めない子供のための本であるという先入観を私自身も持っているからかもしれない。
 『ぼくを探して』や『葉っぱのフレディ』などの作品が大人をも巻き込んで売れているという視点で社会的に注目を浴びたことが過去にもあったが、絵がシンプルすぎるせいだろうか、それとも海外でのヒットが波及した形だったせいだろうか、私の目には“絵本と大人たち”の関係性を示す現象として映らなかった。
 だがここ数年、それが形を変えて表に出てきたという印象がある。一言で言えば、絵本と大人の距離が近くなっただけでなく、その関係性を表現することについてためらいがなくなったということだ。例えば、直木賞作家の志茂田景樹氏による読み聞かせ活動や絵本著作はそのイメージとのギャップによって話題になったが、今や大人向けの表現活動を行ってきた作家による絵本は決して珍しくない。
 2002年に小学館から発売された文庫の絵本シリーズでは人気タレントや歌手による作品が大人をメインターゲットにしている。そうした絵本の特長は、大人が手軽に読めるような工夫がなされていることだ。
 例えば、判型も文庫やB6判変形といった携帯に便利な大きさのものが多く、価格も千円程度までに抑えられている。また、本のオビや店頭POPには“癒し”や“元気になれる”といった直接的な効能を訴えたコピーが添えられているのも特徴の一つだ。
 大人が絵本によって“癒され”“元気になる”という関係性が、ここにはある。そう考えたとき、確かに私自身の身にも覚えがあることに気が付いた。
 絵本の魅力のひとつは、短い物語のなかで、ひとつの世界が完結していることである。もちろんそれには絵の力も大きいが、絵だけを見るのとどう違うのかといえば、そこに短い文章が添えられていることで、その世界がこちらに向かって開かれている印象を与えることだ。
 この印象が非常に大事で、私たちは絵本を読むたび、その世界にいざなわれる。また同じ絵本でも、その時々の気分応じて別の解釈や発見があったり、誰かと一緒に読む、子供に読み聞かせるといった状況によって違った世界を感じることができる。
 ここに“癒し効果”があったのだ、と私は気が付いた。そしてそんな風に絵本と自分の関係性について分析し、表現することがはじめてだということも。書店で気に入った絵本を見つけ、金銭的に余裕があるときには買い求めたりしているので自分では「絵本好き」だと思っていたが、もしかしたら心のどこかで「それでもやっぱりたかが絵本」と思っていたのかもしれない。
 件の女子学生に気持ちを聞いたわけではないからわからないが、彼女たちの回答も、大人が絵本を好きと言いやすくなった時代の雰囲気によるものだという見方もできる。でも、人事担当者氏がそれ気付かなかったことは確かだ。

●大人になってから絵本に“出会う”人たち
 では、本当に子供以外にも絵本を好んで読む人が増えたのだろうか? また、そうだとしたらそれにはどんな意味があるのだろうか? そんな質問を「クレヨンハウス」の吉村厚子さん(子どもの本事業部事業部長)にしてみた。
 作家の落合恵子氏がオーナーを務める同店は28年前東京都港区にオープンし、絵本の専門店としても知られているが、売り場から見た印象は、ここ数年に限定した年齢による客層の変化はほとんど見られないそうだ。
 ただし、絵本を読む大人ではなく、大人が絵本と出会うきっかけはひと昔前よりずっと増えたはずだと言う。それは同店を含め、たくさんの絵本専門店が積極的に読者と作り手の仲立ちを目的とした仕掛けを作ってきた成果でもある。
 例えばそれはじっくり本を選べるような売り場環境の工夫であったり、作り手を招いてのワークショップやセミナーなどである。今では一般書店でも行われているこうした試みは、絵本や児童書の専門店が先駆けだといっていいだろう。
「その結果、絵本を身近なものとしてとらえている大人は増えているのかもしれません」
 吉村さんによると、絵本と読者の関係を決定するのはその内容ではなく、出会い方だそうだ。子供時代には程度の差はあれ、誰もが絵本に触れる。その魅力を早くから知り、大人になっても愛好家となる人もいるが、ある時期を過ぎると絵本から離れていく人がほとんどである。
 しかし、大人になってから再び絵本と出会う人たちがいる。それは親あるいは教育者として子供に与える立場として絵本を見直し、自分自身もその良さに惹かれていくケースと子供という存在を抜きに絵本という表現方法に出会い、アート作品として向き合うケースがある。絵本を読む大人たちが増えたとするなら、後者のタイプの読者層が厚くなっていることが考えられる、ということだ。
絵本の世界は絵と文だけで構成されるのではなく、そこに入り込むための仲立ちとなる存在が大事だと吉村さんは考える。それは子供にとっては親や保育者であったり、大人にとっては子供だったり、友人だったり、その本の作者だったりする。その仲立ちとなる存在との出会いこそが、人を新たな世界に導くのだろう。その“世界”とは、視野、視点と言い換えることもできるし、あるいは人生そのものかもしれない。
 「読むときに、自分の手でページをめくっていくという作業を介することも絵本の魅力の一つです。そのときに流れていた音や空気、そうした記憶が原体験として心に積み重なっていく。こうした過程はテレビやパソコンでは味わえないのではないでしょうか」。
 吉村さん自身は、大人になってから保育士という立場で絵本と出会ったケースだという。だから、大人と子供が絵本を介して、そこで語られる物語に出会うことで育まれる世界観や関係性を大切にしたいと考えている。
●親子三人で絵本を作る出版社
 絵本の魅力を作り手としての立場から聞いてみた。奈良県大和郡山市にある遊絲社(ゆうししゃ)は絵本の出版も手がけており、代表の溝江玲子さんは児童文学作家であることから、絵本に関する講演や創作講座の講師も務めている。
 「絵本の魅力とは、普段の生活からは見えない世界を描いていることだと思います。でも、読み手に自由な発想と枠にとらわれない主張を受け入れる力があれば、誰でもその世界に飛び込んでいくことができる。その魅力は普遍的だからこそ同じ絵本が綿々と読み継がれていくのでしょう」と溝江さん。
 溝江さんが子供向けの創作を行うとき、一番気をつけているのは子供が理解できるように表現することだと言う。しかし、その“わかりやすさ”についてのバランスが大事で、例えば言葉遣いを平易にしたからといって作り手の意図が伝わるとは限らないし、一見複雑な表現と思われるユーモアやアイロニーでも読み取る子供は決して少なくない。
 そして何よりも重要なことは、面白くないと読んでもらえないということだが、もちろん面白ければ何でも良いというわけではなく、子供へのメッセージには責任が伴うことを忘れてはならない。
 また、溝江さんの長男で同社のスタッフでもある純さんは
「名作であればあるほど、その表現は抽象的になっていくと思います。なぜなら絵本は“現実を変えていく力”の象徴ですから。」
と語る。“現実を変えていく力”とは、今、目の前にある事象が絶対ではなく、世界は自分がより良いと思った方向に変えていけるというメッセージだ。
 そのメッセージとは、絵本の中で“現実にはあり得ない設定”を通じて表現される。例えば“思いっきりジャンプしたら宇宙まで飛んでいった”とか“ライオンとヒツジが友達同士”などということは、現実という枠組みから見たときには非常識だが、絵本の世界ではごく普通に描かれる。
 子供はそうした“絵本の常識”に触れることで、現実の常識を乗り越える力、つまり想像力(創造力)を育むのだと溝江純さんは考える。だから絵本の作り手にとって最も大事なことは、子供の問題に向き合うときのひたむきさであるとも。
 「絵本を読む大人が増えたといっても、やはり女性、それも身近に子供がいる人がほとんどだと思います。それはそのまま社会の子供に対する関心への薄さだといえるかもしれませんね」
と言うのは、次男の溝江航志さん。遊絲社はこの親子三人によって運営されている。
 
●絵本の外に取り残された男性たちと社会
 確かに絵本の周辺を取材しても、そこに男性の姿は驚くほどない。少なくとも日本の男性は子供時代の一時期に触れただけで、成長するにつれて遠ざかり、二度と絵本と出会うことのない人がほとんどではないだろうか。
 私の息子を見ても、幼児期にはよく絵本を読み聞かせたものだが、小学生になるとアニメやマンガやゲームの方に関心が向いてしまったように思う。溝江純さんも航志さんも作り手という立場だとはいえ、強く絵本との関係性を意識し、それを表現しているのは男性として珍しい。
 それについて聞くと、二人ともやはり母親である玲子さんの影響が強いと答えた。
「実は子供時代の僕は絵本の中にあるメッセージが苦手だったんです。予定調和的に話を展開させていくために登場人物の誰かが無理をしているんじゃないか、という気にさせられたものです(笑い)。」
 純さんもある時期から絵本から遠ざかっていたものの、大人になってから絵本に出会い、その魅力に気付いたのだそうだ。一方、航志さんは男性が絵本を読まなくなる理由として、やはり他者からの目と先入観に負けてしまうのだと指摘する。
 「ある程度大きくなった男の子に対し、周囲は絵本を読むよりも体を動かすことを望むようになります。また、女子高生が絵本を買う場面は微笑ましい光景と映るでしょうが、男子がやったら引かれますよね(笑い)。結婚後も同じことが言えます。男性が子育てに専念したいと言って家庭に入ることはまずないですよね」
 アニメやマンガも好きだったという航志さんに、それらと絵本の違いを聞いてみた。
「一言で言えばビジネスとして成立しているかどうかということじゃないでしょうか。絵本の良さはビジネスではないからこそ、作り手側に表現への強い動機がある。つまり、伝えたいことがあるからこそ採算度外視で絵本を作るのです。アニメやマンガは受け取り側の間口が広い分だけそこが弱くなる。だからメッセージがない、あるいはきちんと伝えられない作品が多いのだと思います。」
 とはいえ、今の日本経済を支えているのは“ビジネス”であり、その正否は内容よりも流通する貨幣の量で決まってしまう。それはあらゆる産業における現実であり、誰もがそういう激烈な社会に否応なく巻き込まれているのは事実である。
 「絵本の中にあるのはそれと対極の世界であり、そういう価値観です。」と溝江玲子さん。
「今の多くの人は“何かにならなければならない”というストレスにさらされて生きているように見えます。それができないと“負け”なんだ、と。でもそんな狭い世界だけじゃない、もっといろいろ見てみようよ、と絵本は読者に語りかけているんですね。ストレスがたまったから癒されたいと、それが絵本を手にするきっかけになったのなら、もう一つ踏み込んで絵本の世界を知ってもらいたいと思います。」
 男性が中心となって動かしている貨幣経済、女性が中心となって守っている絵本の世界、その構造が象徴的だ。子供のときには誰もが目にしたことのある絵本に回帰していく大人たちが増えているということは、時代が絵本的世界観を求めているということかもしれない。
 この新たなフィルターを通して世の中を見ることが、“癒し”を越えた力になっていくことを、私は自分自身にも、そして“絵本を読む大人たち”にも望んでいる。
「望星 2004年10月号」(東海教育研究所)より
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