2006年01月備忘録

2006年01月31日(火)  今日も昨日と同じく10時40分から12時まで会議でした。この会議では提案する側に立足される案件があったので普段とは少しばかり異なりやや緊張感をもって臨まざるを得ませんでした。しかし,この懸念も杞憂に終わるほどスムーズに議事が進みました。結果的に提案どおりの結果を得ることができましたので,ホッと一安心です。これで,これまでやってきた仕事のほとんどが完了したかたちです。
2006年01月30日(月)  午前10時40分から会議がひとつありました。この会議はかなりスピードアップして約50分ほどで済みました。会議が終了してから午後にかけては3種類の書類をそれぞれ完成させて提出しなければならなかったので,時間がかかりました。この3種類の書類がどれも似たような書類なので,頭の中で区別するのが大変で,さらに同時並行で修正したりプリントしたりしているとそうにもややこしくなってしまいます。それでも昼過ぎにはやっとのことで出来上がりました。午後は14時40分から16時10分までノルマでした。このノルマにはかなり力を入れたので疲れてしまいました。
2006年01月29日(日)
旧元日
 昨日に比べて,今の時期にしてはかなりすっきりとに晴れた1日でした。それでも眠気のほうが先にたって結局10時半まで寝てしまいました。まあでも眠れない時期が続いたときよりもよく眠ることができるので,体調が次第に元に戻って健康になりつつあることは間違いないものと思います。しかし以前のようにこの睡眠がとれなくなって無理に起きていなければならなくなったら,睡眠不足も限界に達して健康を保っている糸がプッツリときれたときに病気につながることとなります。気をつけなければなりません。
2006年01月28日(土)
初不動
 晴れたり曇ったりの1日でした。朝のうちは風も比較的強かったのですが午後に入るとほとんど無風状態になりました。先週はかなり仕事やノルマが立て込んでいたので睡眠不足になっていたのを取り返すために昼まで寝ることにして布団に篭り11時ごろまで寝ました。遅く起きると1日がやたらに短くて掃除と洗濯だけで夕方がやってきます。やらなければならない仕事も持ち帰っているのですがなかなか落ち着いてそれに手をつけることもできません。夜に入るとやっぱり寒さがしみてきます。電力量の請求書を見ると,去年に比べてかなり余計に電気を使っていることがわかりました。約1.2倍から1.3倍になります。それだけ今年の冬は寒いということです。あと約2か月彼岸が来るのが待ち遠しいですね。
2006年01月27日(金)  来週の火曜日1月31日に提出締切となっている書類を今日ほぼ1日かけてやっとのことでつくり上げました。細かい作表が含まれていたの,で目が疲れるしパソコンのクリックの数の多さにも辟易するしで,すんでのところで腱鞘炎になるかと思うほどの仕事量でした。幸い昨年度同様の書類を作成した際のデジタルファイルが残っていたので,一部はそれをカットペーストすればよかったため時間の節約ができたのがせめてもの救いでした。この書類のほかに翌日の2月1日提出締切の書類もついでにつくってしまいました。やっとのことで一段落といったところです。
2006年01月26日(木)
文化財防火デー
 今日も早朝出勤でした。午前9時から会議だったのですが,この会議思ったよりもスムーズに要領よく進み,半時間あまりで終了しました。10時半頃までかかるかと思っていたので,ほんの少しですが余分な時間が生まれました。こんな時間ができるのは1年に何回あるでしょうか。この時間を利用して朝の会議で決まった事柄を実行に移す書類を整えて行動開始です。午前中にこの仕事は完了しました。午後のノルマはなくなったので,来週締め切りの書類の後半部をつくり始めました。どうも乗り気がしなかったのですが,一気につくってしまうことにし,夕方までかかってこの書類後半部を全部つくり上げました。あとは前半部を残すのみです。一応この土日ですべて完成できそうです。
2006年01月25日(水)
初天神
 会議デーでした。10時40分から12時までひとつ目。そこで珍事件がありました。この会議の部屋にいつもならいちばん早いくらいに出てきている方が欠席されてしまったのです。会議中も何故だろうとみんな揃っていぶかしがっていましたが,結局12時の会議終了まで現れませんでしたので,ひょっとして体調でも崩したのではないか,あるいは車で事故でも起こしたのではないかという話になり,同僚が会議終了後に携帯に電話して確かめてみることにしました。彼が午後現れて,その経過を聞くと,当たらずといえども遠からずの理由でした。お母さんの体調異変のため急にお母さんが住んでいる家に駆けつけなければならなくなって,連絡をとっている暇もなかったそうです。このところ非常に冷たい気候が続いていますので,健康なものでも体調異変をきたしそうになるのに,老齢の方にとってはさらにそれに輪をかけて体調管理に苦労すると思います。しかし,大事に至らなかったというので一安心しました。13時10分から二つ目と三つ目の会議が連続してありました。これらの会議は普段ならあわせて2時間半ほどかかるのですが,今日はかなりスムーズに議事が進んで1時間半程度で終了しました。その結果,この空いた時間に別の仕事ができ,その結果をスタッフにメールで発信することもできました。今日の仕事はちょうどこれで時間が終わりになりました。会議デーだった割には,意外に今日は充実した1日となりました。
2006年01月24日(火)
初地蔵
 午前9時から会議がありました。予定では10時半までの予定でしたが,比較的スムーズに進行できたので,約半時間で終わることができました。次の会議は10時40分から設定されていたので,ほんのしばらくですが一息入れる時間ができました。10時40分から11時過ぎまで二つ目の会議をこなして,一応今日午前中のノルマ終了です。午後は最初の会議で指摘された書類の書き直し作業をしました。込み入った仕事をしたためか午後3時ごろにはめちゃくちゃに眠たくなって居眠りモードに入りました。午後は次から次へと来客があったり電話があったりで対応に追われました。くたびれた1日です。
2006年01月23日(月)  ライブドアの社長が逮捕されたというニュースが入ってきました。かなり複雑な内容ではありますが,新たな手法での会社経営に対する警鐘と受け取ることができる反面,若い企業の急激過ぎるそして「微妙な」法の抜け穴を「巧妙に」狙った成長に対する警鐘とも言えるでしょう。かなり急激な逮捕劇です。それも,通常国会が始まる直前の逮捕劇となると,何やら胡散臭い煙が漂っているいるように見ることはできはしないでしょうか? これは憶測の域を脱することはありませんが,何事につけてもまったく新しい手法を導入するときには,よくよく注意深く準備しておかなければならないということでしょう。今後検察がどのように展開するのかが注目すべきところですが,時代の変遷をもたらすには避けて通ることができない場面なのかもしれないと思ったりもします。
2006年01月22日(日)  センター試験2日目も終わりました。新聞報道によると,昨日の最後に行われた英語リスニングのテストではかなり混乱したようで,数百人の受験生が再試験を受験したとのことでした。故障その他の装置に当たってしまった受験生の方は時間的に2倍もの精神的苦痛を味わったことになり,受験時刻も遅くまでになって,正常な状態で受験できた生徒さんとはかなり違った精神的状況だったことと思います。しかしこの辺では,雪もなく一応晴でしたのでそれだけでもよかったです。2日目を終わって持ち帰った試験用紙で自己採点をした上で2次試験の志望校の希望調整をすることになりますが,ここがいちばん難しいところですね。受験生の方々はもうしばらく頑張ってください。
2006年01月21日(土)
初大師
 センター試験初日です。私が受験する頃,つまり42年も前にはセンター試験はもちろんのことその前身である共通一次試験もありませんでした。国立大学や公立大学は第1期校と第2期校に分かれて入学試験を行うだけで,現在のセンター試験のようないわゆる基礎力をはかるための試験はなかったです。その分一発勝負というか二発勝負だったわけです。1期校は3月3日から5日まで2期校は3月21日から23日までの試験だったように記憶しています。そのために,今の高校生のようにやたらに早くからそしてやたらに寒い時期から試験に奔走しなければならないという事態はありませんでした。ただやっぱり一発勝負というのはかなり緊張を強いられました。当時を振り返ると,やっぱりかなり勉強をしたな〜と思い起こされます。何やら今考えるとどうしても知識詰め込み型の勉強であったことは否めませんが,当時の勉強の仕方で今でもやっていたら或いはやるだけの時間と意欲をもっていたら,もっと新しい研究ができたのではないかと思います。いずれにしても時代は移り変わり,若者の性格なども変化してもう私の高校生時代とは比較できないほど時代が進んでしまいました。私の子どもたちを見ていても,彼らが高校生であった時代と現在とでもかなり風潮が異なってきているように感じるのですから,世の中は,いい意味でも悪い意味でも加速度的な進化を遂げているということができそうです。入試の時期が近づくたびに,3月だったときにも2月になったときにも1月のセンター試験のときにも,必ずといっていいほど雪が舞うという何やら試験と切り離すことができない自然現象があります。今年もセンター試験当日雪に見舞われている地方が多数あるようです。どうか寒さに負けずに受験生の方々は頑張ってほしいものだと思います。
2006年01月20日(金)
大寒
 16時20分から17時50分までノルマがありました。このノルマはずっと立ちっ放しなので疲労が倍増します。昨日メールを送っておいた同僚から電話が入りました。送ったメールの内容は既に知っているとの返事でした。その電話と同時に注意喚起の内容も知らせてくれました。ありがとうございます。
2006年01月19日(木)  弟子の指導が13時から入っていたので,朝のうちにひとまず書類つくりを半分片付けました。この書類は今日中に完成させてコピーをつくり配達する必要があるので,残りの半分は弟子の指導を済ませたあとで完成させました。コピーも完成させました。このコピーをそれぞれに配達も済ませました。この書類つくりで今日は1日過ぎてしまいました。
2006年01月18日(水)
初観音
 会議デーでした。いつもなら10時40分からの会議も審議事項がかなり多いため10時開始でした。11時45分頃までかかって一応この会議が終わりました。午後には14時40分から16時40分頃まで二つ目の会議でした。今日の会議は両方ともかなり重要事項が含まれていたのでかなり疲れてしまいました。そのため夕刻から夜にかけて行われる予定のコンパは欠席し,同僚に車で送ってもらって早々に帰宅しました。人間というのは不思議なもので,自宅に帰るとなぜか気分的にゆったりとできます。それだけ外ではストレスがかかっている証拠でもあります。そとでも言いたいことを言ってやりたいことをやって自由奔放に行きたいものです。
2006年01月17日(火)
土用
 午後から晴れ間が覗きました。このところの天気はめまぐるしく変化しています。これほど頻繁に変化すると体調管理が次第に厳しくなってきます。ここしばらくは暖かかったこともあって風邪はほぼ完璧に治りましたが,明日以降また気温が下がって寒さが増すようですので注意する必要があります。経過してみれば早いもので,今日は阪神大震災があってからまる11年になります。思い起こせば,宿舎の机の引き出しが水平に全開してしまったという,生まれてこのかた経験したことがない光景に遭遇したことが目の前に浮かんできます。二度とこのような地震が揺らないことを祈りたいですが,自然はなかなかそうはいかないでしょう。
2006年01月16日(月)  今朝の天気は昨日からの続きで一応晴れてはいました。天気予報では夜にはまた雨になるとのことでしたが,昨日取りに行って乗って帰ってきた自転車で出かけました。案の定午後に入って雨になり帰りはこの雨が強まって自転車で帰るにはずぶ濡れになりそうだったので,同僚の車で宿舎まで送ってもらいました。従って,また今日も自転車は街中の置き場に止めたままになっています。話は変わりますが,午前10時15分の予約で鳴門病院の循環器科での定期診察がありました。主治医によれば「忙しく働いているわりには調子よくいっている」とのことで,いつもと同じ薬を処方してくれて今日の診察はおしまいでした。自己診察では何やら睡眠不足がたたっていると思うのですが,あのよく診る主治医が調子よいと言うのですからそうなのでしょう。このところストレスがたまっていることには違いないのですがそれも表にまだ出てきていないようです。
2006年01月15日(日)
小正月
 やっと晴れ間が戻りました。一昨日乗って出かけて街なかの置き場に放りっぱなしにしてあった自転車を取りに出かけました。川べりをやや早足で歩いているとちょうどよいくらいの気温でした。このまま暖かくなってくれると助かりますが,予報ではそうもいかないらしい天気図になっていて,明日は辛うじて晴ですが,そのあとはまた曇がちか雨か雪になるようなので,体調管理が大変です。持ち帰った仕事は,ほんの少しですがはかどりました。
2006年01月14日(土)  昨日の夜から降っている雨が続いています。気温が上がっているはずなのですが,それほど高く感じないのは太陽が出ていないからでしょう。夕方からはまた季節風が戻ってきてしまいました。2日続いた雨も明日は上がって晴れ間が出るとのことです。今日は朝のうち少しゆっくりとしたのですが,午後は書類の点検をしました。昼寝もしたかったのですがそんな暇はありませんでした。家に帰っても,持ち帰った仕事をこなす毎日が,これからの1か月ほどは続きそうです。
2006年01月13日(金)  久しぶりに本格的な雨になりました。午後から降り始め,予報によると明日は1日中雨のようです。昨日の予報どおり気温も2度ほど上がりました。やっと今週は週末がやってきたという感じです。この原因はとよく考えてみたら,週の初めにはまだ風邪気味が治りきっていなくて体力的に十分でなかったからに違いありません。ただ今日あたりは身体の重さを感じることがないほどにまで回復していると思います。16時20分からのノルマは忘れずにやったのですが,昼食の時間に小会議があったのをまったく忘れてしまっていました。何故かしらこの予定だけはホワイトボードの予定表に書き込んでいなかったためです。この結果を誰かに聞いておかないといけません。ただ今日は提出する必要がある書類作成にほとんどの時間を費やしてしまいました。でもまあこれで一仕事片付きました。
2006年01月12日(木)  昨日の会議疲労が尾を引くかと思っていましたが,今朝起きる際には割りにすっと疲労回復していました。それにしても昨日の会議は長すぎました。おまけに今日も実は午後3時からその続きのような内容のミニ会議がありました。雑用の忙しさのために,というか風邪気味だったのも手伝って,弟子の指導を少々延ばしていたのをさらに延ばす羽目に陥ってしまいました。来週の木曜日までに私のノルマを果たしておかなければなりません。ただ,来週の月曜日には重要会議があって,私が休むと定足数割れになってしまうそうで,いわばキャスティングボートを握っている立場に立たされることとなりました。覚悟を決めておかなければ・・・。
2006年01月11日(水)
鏡開き/蔵開き
 会議デーでした。いつも水曜日は会議デーで会議が立て込んでいるのですが,今日ほどまともに立て込んでいた日も珍しかったです。時系列順に並べると,11時から12時10分まで一つ目,昼食をはさんで,13時10分から17時10分まで二つ目,さらに17時40分から20時50分まで三つ目という具合です。自分の部屋に落ち着いて腰掛けている時間は昼食時の約50分間だけでした。会議は座っているので疲れないように思いますが,なかなかどうしてくてびれ果ててしまうのが常です。特に今日のようにぶっ続けでの会議では,最後になるともう気力もなくなってきてしまいます。ただ今日の会議は,最後になるほど重要事項でしたので,寝ているわけにもいかなかったのもあって,大いにくたびれました。
2006年01月10日(火)
十日えびす
 珍しく久方ぶりに少し早起きしたら昼過ぎには眠たくなってしまいました。日頃の習慣というのは恐ろしいもので,ちょっとなまくら癖をつけてしまうとそれが尾を引いてしまいます。おまけに4日から風邪気味微熱状態だったためにやる気が失せているのも一因です。ここしばらくは何もやる気が起こりそうにありません。ところが今日は何やらやたらに雑用が多く発生して,前もって予定していた倍くらいの用事をこなす羽目に陥りました。まず午前中には書類の準備のための回覧をまわす手はずを整え,それに続いて同僚のパソコンのファイル整理作業の手伝いをしました。この作業が意外に時間を食ってしまいました。それに続いて昼食の時間を利用して短い会議がありました。この会議が終わったのが13時過ぎ,この会議終了後の食事となりました。午後も書類のやりとりなどでほとんどに時間を費やし,最終的には弟子の指導もエスケープしなければならない状況になってしまいました。くたびれました。
2006年01月09日(月)
成人の日
 成人の日です。40年以上も前に過ぎ去ったはずの成人の日の式に出席したときの様子がまだありありと頭に浮かんでくるのは何故でしょうか。その年は私が住む市の体育館が新築落成した年に当たったので,その新しい体育館での成人式でした。はたちということで新調した背広を着て出かけたことも,その背広の柄まではっきりと目に浮かんできます。当時はまだ身体がやたらに痩せていたので,もしその背広が残っていても今は着ることができませんが,現在通用しているスーツの記号で現すとA3号からA4号くらいの体格だったという記憶があります。現在はAB5〜6号ですから,胴回りが加齢と共にかなり太くなってしまったことを物語っています。慎重は当時よりも1.5cmも低くなっているというのにです。懐かしい記憶と共に,もう既に40年も時間が経過したんだと感慨無量ですが,私の寿命を親父の寿命と同じ82歳と仮定すると,余命は21.5年という計算になります。ただ,お袋の寿命は75年でしたから,親父とお袋の寿命の平均をとったほうが確率的には妥当なような気もするので,私の余命を78.5歳としましょう。現在まで曲がりなりにも生きてきた時間は60.5年ですから,あと残りは今までの1/3以下です。この間を如何に充実して過ごすかが問題です。今から余命を有効に生きるための設計をしておかなければ,時の過ぎるのはあまりに早いので,あっという間に最期を迎えることになりそうです。
2006年01月08日(日)
初薬師
 仙台市内の病院から拉致された赤ちゃんが無事にかえってきたそうで,暗いニュースばかりの中で一縷の明るい光が差し込みました。犯人は中年の夫婦とのことですが,いかなる理由があるにしても,特に乳幼児の誘拐・拉致は許されるものではありません。それも誘拐後に身代金を要求するという手口は何とも嫌悪感が伴う内容です。それはともかくとして,生まれたばかりの乳児が両親の元に戻ったことは喜ばしいことです。今夜のニュースの報道によると,現在警察で誘拐した夫婦が取調べを受けているとのことですが,いくら院長に恨みがあったと仮定しても,その恨みつらみを,まったく無関係の,それも生まれて間もない何も知らないというよりも何の罪もない幼子を誘拐・拉致するなどというのは,許されることではありません。他の病院でもこの事件をわが身の教訓として,こういう事件が起きないような対策を講じておくことが望まれます。
2006年01月07日(土)
七草
 午前9時半頃に実家から送り出した宅配便が配達されました。実家は非常に田舎ですので,4日に帰ってくるときにはまだ宅配便を受け付けてくれるお店がまだ開店していなかったため,家族のものに日を改めて送り出しておいてくれるように言って帰鳴したもので,結局荷物の到着が今日になってしまいました。届いた荷物を開けて中に入れていた衣類を整理してしまいこむと同時に,部屋の掃除もしました。今日は天気予報では雪にでも覆われそうな話でしたが,朝のうちからよく晴れてベランダからは太陽の光が差し込み,比較的穏やかな日和となりました。午後1時過ぎから大先輩の家にパソコンの修復と調整作業にお伺いすることになっていましたので,少し早めに昼食を済ませて,もしものときに必要と思われるソフトウェアなどを入れたディスクも準備しました。約2時間ほどで修復作業が終了しました。もともと電話で伺っていたときには,ウィルスに感染したのではないかと心配していましたので,まずウィルス駆除ソフトの更新を調査し,最新のものにアップデートしなおして,ウィルスの感染を直接的にチェックしましたが,その段階でほぼ100パーセントの確率で感染していないことが確認できて,一安心でした。ウィルスに感染していないと決まったら,あとはもう時間の問題です。次の段階として,普段表示されていたはずの日本語ホームページの画面が表示されないという症状に対応する原因を調べることにしました。その結果,症状が変化した直前に行った操作をお聞きしたところ,中国の知人のホームページを表示させたとのことでしたので,文字情報の中身をチェックしたところ,自動判別がなされる設定になっていないことがわかりました。このため,日本語のページを表示させると分けがわからない中国語が表示されてしまうという状況に入り込んでいたのです。大先輩が,なまじ中国語を流暢に読み書きできるために,無意味にランダム表示されているはずの中国語をそのまま解釈できてしまい,ウィルス感染を疑われたものでした。文字セッティングを自動判別に切り替えて一件落着です。こんなことなら電話で指示を出しながら試行するのでもよかったかなと思いながらの作業でしたが,どうしても実際に現物を見ながら,自分で操作しながらでないと,直感が働かないものです。結局2時間ほどで,これがウィルスかと勘違いされて捨ててしまったというファイルの復帰を行い,ついでにいろいろと不必要になっているファイルの整理もして,今日の作業は終了しました。ウィルス感染ではなくてよかったよかった!
2006年01月06日(金)  それほど天気はよくなくて寒波が遠ざかる様子もなく,昼でも気温が上がりませんでした。本来なら今日は出勤するつもりだったのですが,風邪気味で体調不良のため年休を利用して休みました。そのためといっては少しばかり御幣がありますが,同僚がほとんどの仕事をやってくれて,本来出勤していれば多少なりともお手伝いできたのに,まったく協力できず申し訳ないことをしました。おまけにこの同僚は,私の体調を気遣ってくれて,夕食までご招待してくださいましたので,言葉に甘えてご招待されることにしました。お蔭で自炊をする必要もなくなり助かりました。本当にありがとうございます。
2006年01月05日(木)
小寒/初水天宮
 今日は年次休暇をとって休みにしてあったのですが,午後に入って,エアコンを入れて部屋の温度を適当に上げてあるにもかかわらず,悪寒とまではいかないのですが少しばかり背筋がゾクゾクして,どうも風邪気味です。幸い明日も年次休暇にしてあるので,ある意味でタイミングがいい時期です。明後日からは3連休となるので,この期間に完璧に風邪を治してしまいたいと思います。それにしても今年の冬は北陸から東北・北海道にかけて,今年は豪雪で,積もった雪の重みで建物が倒壊してその下敷きになって死亡したり,雪下ろしをしていた方が雪の中にはまり込み窒息死したりとかなりの被害が出ています。言ってもどうにもならないことかも知れませんが,雪害を受けておられる豪雪地域にお住まいの方々は,くれぐれもご注意ください。
2006年01月04日(水)
官庁御用始め
 年休をとってあるのでもう1日実家にいることもできたのですが,明日鳴門に帰ってくると今日よりも混雑しそうな予感があったので,今日帰って来ました。大阪の実家に比べて徳島はかなり寒いと感じました。比較的スムーズに乗り継ぎができたので,約3時間半で帰りつくことができました。さらには途中舞子のバス停で,偶然友人に出くわし彼も鳴門まで帰るところだったので,鳴門のバス停から自転車置き場まで彼が乗ってきていた車に乗せてもらいました。幸運が続きました。ただ,家についてしばらくしたら実家から電話が入り中学校時代に担任をしてくれていた先生から,しばらくぶりで話がしたいとの連絡があったとのことでした。帰ってきてしまったのである意味不運ですが,これだけは予想できなかったことで致し方ありません。いずれ少しばかり暇を見つけてこの先生には連絡をとり一度会って話をしたいと思います。
2006年01月03日(火)  3が日の休みも今日でおしまいです。明日から3日間は年次休暇をとって来週月曜日の成人の日の祝日まで連続で休みになるようにしましたので,ほんのすこしだけですがゆったりとした時間が過ぎていきます。予定としては,明日中に鳴門に帰って一人暮らしの部屋の掃除をしたり,洗濯をしたりするつもりではいます。今年は何やら新年を迎えた気分がしないので普段の年よりもちょっと早めに鳴門に帰ることにします。
2006年01月02日(月)
振替休日/初荷
初夢/書き初め
 親戚の年始まわりに出かけてきました。曇り勝ちの天気ではありましたが,雨は朝のうちに小雨が降っただけでそれほど悪天候にはならなかったので,ちょうど自転車でまわってくることができました。途中開いているスーパーで毎年新春恒例の駅弁大会をやっていました。うまそうな駅弁を見つけたので家族の人数分買って帰って,これで昼食にしました。お節に飽きてきているときの駅弁は普段よりも新鮮な味がします。
2006年01月01日(日)
元日/年賀/初詣で
 はや今年の1日が過ぎ去ってしまいました。今日は珍しく家族と一緒に雑煮を食べたり,テレビを見たりして遊んでしまいました。天気が比較的よかったのでまだ気分的には少しましです。明日は年始まわりに親戚を訪ねた後,普段はいけない店屋さんに行って,ちょっとした買い物をしようと計画しています。正月は,お節料理ばかりで満腹状態なので,少し変わった食い物を調達しに出かけてこようとも考えています。何かちょっとした美味しいものを食べたくなりますので(笑)。

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管理人:親父 (NCA00701[at]nifty.com([at]を半角アットマークに差し替えてください。))