2007年12月備忘録

2007年12月31日(月)
大晦日
 非常に強風が吹き荒れていました。気温も一気に下がって真冬の気候です。実家は45年ほども前に建てられた木造家屋で,途中神戸大地震の大揺れに見舞われていることも手伝って,あたりの壁には柱との間に隙間がたくさんできて,隙間風がもろに室内に入ってきます。冬は冷房・夏は暖房という状態です。まあ自然が豊かでよいといえばそれまでですが・・・。年末の墓参りに行かなければならないと思っていたのですが,娘が行くというので,寒いのもあって,任せて行ってもらいました。これで少しは楽になりました。しかし,その代わりといっては何ですが,門の扉を支えている大昔風の蝶番部分が柱から外れてしまったとのことで,重い大きな扉を一旦はずして修復作業をしました。盆正月の2回しか帰省しない私にとっては,帰省したときがこういった作業を行うのに絶好のチャンスです。ついでに,その周辺のねじが緩んでいるところや釘が抜けかけているところの修復作業も同時に済ませ,正月元旦を迎える準備のしめ飾りを門にくくりつけて今日の作業完了です。
2007年12月30日(日)  帰省です。大阪でちょっとばかり寄り道をする予定だったので,いつもより少し早めの高速バスに間に合うように自転車を走らせました。当初の予定では11時10分発の学園都市行きに乗ることにしていたのですが,その前の神戸空港行きの10時45分発が席に余裕があったので乗ることができ,舞子には予定よりも半時間ほど早めに着き,大阪駅でゆっくりと昼飯を食っている時間的余裕がありました。大阪駅を通るのは半年振りでしたので,前回通過したときとは別の場所が工事中となっていて,相変わらずあちらこちらで行き止まりになっていました。いつまでこの工事は続くのでしょう。ともかく家内と待ち合わせの百貨店には約束の20分ほど前に到着です。いろいろと骨董の掛け軸を見ましたがこれと言って好みのものが見つからず,再度正月2日からの骨董市を訪問することにしました。偶然にその骨董展示会の会場で展示をしている店の方に声をかけられましたが,同じ高校の先輩であることがわかりました。奇遇というのはこんなことなのかもしれないと思いながらしばらく立ち話をしました。家に帰ってきたら,半年も帰っていなかったためか,飼っているチワワんに吠えられてしまいました。いくら物覚えのよい犬でもお盆以来では覚えていなかったようでした。
2007年12月29日(土)  昨晩は年賀状の表の住所印刷をする予定でしたが,夜10時過ぎから家内と電話で帰省の日程等に関して話をしているときに,ではそれに合わせて久し振りに大阪で骨董展を見て何か目ぼしいものがないか探そうかということになり,待ち合わせの場所やタイミングなど打合せの時間をとったため,宛名印刷の時間がかなり遅れてしまいました。そのため大学入試を控えた高校3年のとき以来になると思われるほど徹夜に近い状態でプリントが終了しました。結局布団に潜ったのは真夏なら太陽が昇ってこようかという午前4時ごろでした。そのまま今朝までずっとおきていようかとも思ったのですが,体調管理のことを考えて少しでも寝ておくことにして布団に入りました。ということで今朝は昼の12時起床です。約5時間半ほどは寝たことになります。昨日と違って曇時々晴の天気だったので,午後都合よく自転車で鳴門郵便局まで年賀状投函に出かけてきました。去年に続いて今年もぎりぎりの出来上がりで,非常な遠方の方を除いて多分元日に配達してもらえることになりそうです。いつかも書きましたが,このところ以前のような几帳面さがなくなりつつあって,毎日が気分的に時間に追い詰められているようで,心とともに体のゆとりがなくなってしまっています。少し時間的余裕がほしいところです。
2007年12月28日(金)
官庁御用納め
納めの不動
 仕事納めでした。11時から式がありました。今日は珍しく終日まともな雨だったので気分的にあまりいい条件ではありませんでした。ただ,今回の低気圧や前線はそれほど等圧線が込み合っていなかったので,いつものように不整脈が多発するというほどではなかったのがせめてもの救いでした。午後は早めに仕事を切り上げて明るいうちに帰りのバスに乗ることができました。明日から来年正月の3日までは連休となるので,ほんの少し息抜きができます。帰省して少なくとも1月1日だけは寝正月にしたいなと思っています。ただしあまり寝ていると,時差ボケ状態に陥ってしまい,正常な状態に戻すのにかなり時間を要するので,過ぎたるは及ばざるが如し状態にならないよう注意が必要です。
2007年12月27日(木)  今日は午前中ルーチンの仕事とは別件で外出しました。したがって午後からの出勤です。私は車に乗らないのであまり駐車場など気をつけて眺めることもないのですが,今日くらいになると,普段よりも止まっている車の台数がかなり少ないことに今日は気がつきました。休暇をとれば今日あたりから年末年始休みとあわせて長い連休とすることも可能ですので,駐車場にある車の台数も少ないのは当然というものでしょう。明日は仕事納め,11時から年末の締めくくりとして仕事納め式が行われる予定です。今年も遂におしまいで,あとは帰省するだけになりました。
2007年12月26日(水)  どんどんと時間だけが過ぎていきます。遂に押し詰まって年越しそばまであと5日しかなくなってしまいました。ところが今日もまだ年賀状の準備に手つかずのまま,雑用のために右往左往と走り回っていました。こうなったら仕方がない,どうもがいても29日土曜日に全部終わるように手立てを考えることにします。ということは29日も帰省できないということに決めざるを得ません。どうも最近の傾向として,昔の自分のように早め早めに物事を済ませるという性分はどこへ行ってしまったのかと自問自答したくなるような自堕落さに陥っています。時間は自分で作り出すものです。反省!
2007年12月25日(火)
クリスマス
終い天神
 結局今日も雑用のためそれほどゆったりとする時間がありませんでした。昨日の備忘録にも書いたのですが,年賀状の準備をしないといけないと思いつつも雑用にほとんど1日がつぶれてしまいました。雑用とはいえ,かなり重要な内容の書類つくりだったため手抜きができないので神経消耗でした。一応年末ということで普段のノルマはなかったため書類つくりは意外にはかどり今年の締めに到達しました。ほっと一安心です。
2007年12月24日(月)
振替休日
 年賀状の準備をせねばならないと思いつつ,今日は一応晴れたので外に出かけてやらないといけない雑用を済ませるために自転車で出ずっぱりの1日でした。というわけで結局年賀状書きは明日以降になってしまいます。幸いというかさすがに今年の最終週なので,会議などもほとんどなくて少し時間的余裕ができそうなので,この期間に年賀状作業をすることにしようと思います。
2007年12月23日(日)
天皇誕生日
 今朝まで雨が降っていたのですが昼ごろには晴れ間が見え始め,午後はところどころ水溜りがあった痕跡が残っているくらいで晴れになりました。新聞の天気予報がよく当たった1日でした。晴れたので,明日にしようと思っていた正月帰省のときに持ち帰る土産の一部を買いに出かけました。もうそんな時期がやってきているのですが,どうも雑用に追われて帰省の準備もままなりません。幸いにもノルマ予定表を見たら,明日は振替休日で休み,火曜日から金曜日までも会議がほとんどなくて,少しは準備する時間がとれそうです。昨日の夜の冬至ナンキンの残り物も食べてしまいました。これからゆるゆると昼の長さが長くなり始め,半月ほど経つとだんだんと昼が長くなる速さが速くなります。春代早く来い!
2007年12月22日(土)
冬至
 1日のうちでもっとも昼の長さが短くなる冬至がやってきました。おまけに天気も雨で1日中暗くて寒々とした環境となりました。単身赴任の宿舎で過ごす今年暮れ最終の土曜日とする予定なので,部屋の掃除と古雑誌や古新聞を縛って子ども会が回収屋さんに渡すときのための準備を済ませました。本来今日が雨でなかったら回収日となっていたのですが,運悪く朝から1日ずっと雨が降り続いていたので中止となりました。この縛った回収品は来月の収集日に出すことになりそうです。それとも明日と明後日のどちらかの休日は天気が回復するでしょうか。そうそう,今日は冬至なので冬至ナンキンを準備しないと・・・。
2007年12月21日(金)
納めの大師
 一昨昨日くらいから何やら熱っぽいと思いながら雑用や会議をこなしていたのですが,昨日丸1日忙しすぎるほど動き回ったので風邪気味だったのがやや悪化したのではないかと,今朝起きたときに感じてしまいました。今日は午後1時10分から学内説明会があったのですが,それはエスケープすることにしてしまいました。あ〜もうちょっとで今年もおしまいです。最後年末に風邪を引ききってしまわないように気をつけないといけません。
2007年12月20日(木)  昨日に続いて今日も会議デーでした。それも朝の9時から10時40分までかなりハードな内容の会議でした。午後には,13時から14時過ぎまでいつもは水曜日にやっている会議が今日に延期され行われました。14時40分から15時半まで次の会議。さらにはそれに続いて16時半から17時半までもうひとつ。こうなればもう勢いといわんばかりに18時から19時半まで・・・。実は最後のは忘年会でした。帰りは同僚の車で自転車置き場まで送ってもらいました。
2007年12月19日(水)  会議デーです。水曜日なので覚悟はできていました。まずは11時から12時まで人事関係の会議がありました。今日で持ち回りの会議1回を残して4回連続の審議を終了しました。終わりよければすべて良しということで,最近はあまり面白くないことが続いていましたが,この場合はひとまずほっとできているところです。昼食をはさんで13時10分から15時半まで続けて二つの会議でした。このうちの一つには非常に気が重い内容が含まれていたので,結局前の会議でのプラスとこの会議でのマイナスで,最終的にはそれほど気分がよいというわけにはいきませんでした。「人生いろいろ」と言って済ませられるような安易な中身ならもっと気が楽なのにと思ってしまいます。16時20分から18時10分までもう一つ会議というかシンポジウムが行われました。こういったシンポに出席したのは久方ぶりですが,なかなかためになる内容でした。ぎりぎり18時34分の帰りの最終バスに間に合って,無事に帰り着くことができました。
2007年12月18日(火)
納めの観音
 珍しくほんのちょっとだけ午後時間的余裕のある日でした。そのわけは,いつもならあるはずのノルマを先週中に済ませて,今週の今日は別の要件に当てるとのことで夕刻に行われる予定だったノルマがなくなったからです。その分とくをした気分で,この昼の時間が短いときに明るいうちに帰りのバスに乗ることができました。1か月に1回あるかないかの貴重なめぐみの時間でした。
2007年12月17日(月)  午前中は明日開催予定の会議の議事進行打合せがありました。この会議はなかなか重要なものですので周到な打合せが必要でした。時間をはるかにオーバーして12時半頃までかかりました。昼食を済ませたら既に13時半ごろだったので,午後のノルマの準備をして,14時40分から16時10分までノルマをやりました。その後雑用があったのでそれを済ませて17時33分発のバスで帰途につきました。途中寄り道をしなければならなかったのですが,それはau携帯電話の販売をしている店です。そのわけはというと,先日auから通知が入って,7年ほども前の現在手持ちの古い機種ではメールが扱えなくなるとのことで新機種へ無料交換しますというものでしたので,これはこの機会に是非無料で交換しない手はないというわけで途中au店舗によって交換作業を行っていました。そこで時間を食った後,スーパーに寄って買い物をしていたら,結局帰宅したのが8時半をまわっているころで,それからシャワーを浴びて夕食の準備をし食事を済ませたら既に10時ごろでした。なんか最近あまりやる気が起こらなくなってきているので余計に時間がかかってしまいます。帰ってきてメールボックスを見たら大先輩からの頂き物が届いていましたので,早速冷蔵庫に入れて保存しました。
2007年12月16日(日)  天気予報ではほぼ終日晴の好天気になるとのことだったので期待していたのですが,残念ながら曇がちの1日でした。それでも休みを利用しないとできない洗濯とか,洗濯物のアイロン掛けとか,部屋の掃除とかいった用事はしておかないと,いつ何時突如としてお客が来るかもしれないし,それにもましてかつてそうであったように病気が襲ってくることも考えられるので,もしそういう場合に足の踏み場もないほどに汚れていたのでは,一時的にせよ世話をお願いしなければならない方には迷惑がかかってしまいます。もう既に13年半も前のことで1994年5月30日になりますが,急性心筋梗塞でICUに入院した経験を持つ身としては,日頃から自分自身の周辺をきちっと整理して何がどこにあるかについても,口伝に人に正確に伝えることができるようにしておかなければならないことは経験済みですので,できる限りいくら雑用に忙しい最中でも,あまりいい加減な整理の仕方をしたくないというのが偽らざる気持ちです。とはいえ,13年以上も前の若い頃とは違って何をするにも億劫になっている昨今では,なかなか思うように身体も動かなくなってしまっています。それに加えて,定年まであと少しという時期が目前に見えてくると,精神構造が意外に「どうでもええわ!」という思考に変わっていくのが手にとるようにわかります。いわば自分を使った実践のようなものです。もっとマメにならないとと思いつつも,やりっ放しの状況が非常に多くなってきているのは,自らに歯がゆさを感じるところです。
2007年12月15日(土)
年賀郵便特別扱始め
 今日から年賀状の受付が開始されます。元日に着くようにするためには25日までに出すことが原則のようです。とするとそろそろ住所録の整理と裏面のデザインをつくらないと間に合いません。最近は昔と違って年末年始といえどもゆったりとできる時間が短いので落ち着いて年賀状などを書いている暇もありません。今年も28日の仕事納めまでほぼ毎日会議が計画されています。いくつかの会議はサボってしまいたいほどです。
2007年12月14日(金)
義士祭
 昨日の備忘録には今日はノルマが何もないので休みたいと書きましたが,結局日頃の習慣のようなもので出勤しました。自分の部屋に到着したら早速留守電のランプがピカピカと瞬いていました。4通も入っていたので,やっぱり出勤してよかったと思った瞬間ではありました。誰からかと思いましたが同僚からだったようで電話が通じなかったため,ある用件について相談があるので折り返し電話するようにとのメールメッセージも届いていました。電話をして一応解決です。午後も雑用いっぱいで,おまけにクリティカルな判断を要する問題について電話での打合せが必要でした。ただしこの重要案件についても少し時間を要しましたが解決できたのでほっと安心です。安心ついでに同僚の部屋へ油を売りに出向きました。少しばかり油を買ってもらって,たまっていたストレスがやや解消した気分です。
2007年12月13日(木)  今日もです。10時40分から12時半頃までと14時40分から16時半頃までの二つの会議がありました。その合い間は少しゆったりできるかなと思っていたのですが,そうは問屋がおろさずといったところです。午前10時頃に電話が入って,問題点が出てそれを知らせたいので出向いてくれないかとの連絡でした。おっと何なんだ?というわけで事情を聞くために出向いて,理解できたので修正版をつくって午後の空き時間に持参することにしました。というようなわけで,今日も1日落ち着いている暇もなく過ごしました。帰宅時間はいつもよりほんの少し早まったのでちょっと楽な感じかなと思っています。都合によっては明日は休みたい!
2007年12月12日(水)  会議デーが続きます。今日が本格的な会議デーです。9時半から10時50分まで一つ目の会議がありましたが,今日のこの会議は重要事項がいっぱいで,それにも増して煩雑な内容だったのでともすると忘れそうです。11時から12時まで二つ目があり,これもかなり重要な内容が採り上げられました。昼食をはさんで,13時10分から16時10分まで3時間ぶっ続けの三つ目の会議で,本来はこの会議はもう少し早く終わる心積もりをしていたのですが,途中でやや難題が見つかり,その措置の相談にかなりの時間を費やしました。ただほんとうに重要な案件は時間を割いてでも議論はしておくべきなので疲れはしたもののそれほど不毛の議論にはなりませんでした。これに続いて16時20分から17時20分まで四つ目の会議で,これもいつにも増して重要事項満載でした。ただ比較的スムーズに説明されたので1時間程度で終わりました。朝から夕方真っ暗になるまで会議攻めの1日でした。帰ってきたらもう何もやる気になりません(笑)。
2007年12月11日(火)  火曜日というのに会議攻めにあっています。9時から10時40分までみっちりと内容の濃い会議でした。さらに午後は会議というよりも雑用で同僚の部屋まで出かけたり,ノルマがあったりして結局今日書こうと思っていた締切を過ぎているというか今日が締切の原稿をまたまた書き上げてしまうことができませんでした。案の定夜帰宅後メールを開けたら原稿督促が飛び込んできていました。当面来週まで1週間猶予をもらおうと思ってメール返信をしたのですが,遅らせれば遅らせるほど書く気がそがれてというよりも書く時間的余裕がなくなってしまいそうな気がしたので,思い立ったが吉日ということで,夜中までかかって一応仕上げてしまいました。肩が凝りましたが何とかつくり上げて送信してしまいました。ぎりぎりセーフと言ったところでしょうか。
2007年12月10日(月)  月曜日はやたらにしんどい1日です。特に今日はノルマや会議が立て込んでいる上に,雑用がいっぱいで時間的の余裕がまったくなくて,あっという間に1日が過ぎ去ってしまいました。時間の経過が早く感じるのはいいことなのかもしれませんが,自分で考えていたことがまるでできずに時間だけが過ぎ去ったことは如何ともしがたく,いつも心の中で叫んでいるように「時間よとまれ〜〜〜!」といったところです。14時40分から16時10分までは久し振りに正規のノルマがあり,久方ぶりに大声を張り上げて話をしたので,喉が乾いてしまうほどでした。ただ,腹式発声は慣れているので,声がかれてしまうことはなかったのですが,歳も歳,これだけぶっ続けでしゃべるとくたびれて,そのあとはもう何もやる気がなくなってしまった1日でした。
2007年12月09日(日)  あ〜〜ぁ。結局昨日と今日で書き上げる予定にしていた原稿については,ほとんど手つかずで時間だけが過ぎ去ってしまいました。そのわけは,先週の金曜日の帰りぎわにまたまた嫌な内容の話を聞かされたため,それに対応できる対策を考えていたからです。今まで大きく波風を立てることなく,相手に気づかせることができるものと信じて少しばかり大目に見て行動してきたのですが,このところのその後人の振る舞いは目に余るものがあります。それこそ,いつも私が言っている「天動説」を通り越して,他人をないがしろにしてまで自分の意見を押し通そうとしているのが目立つようになってきています。組織を運営したり管理したりするには,規則・規程に従うことが第一義的に大事で,それを無視して私的な規則を本則以上に適用しようとすると,その組織自体が崩壊してしまいます。もし,規則そのものに不備があることがわかったときには,全体をつかさどる会議でその証拠を示して,だから規則改定が必要だとの説得をし,規則改定してはじめて効力が出るわけで,それを無視したら無法地帯と同じになってしまいます。というわけで,私の堪忍袋の緒はもうすぐ切れるところまで近づいています。それまでに何とかなるように,様子や経緯をいちばん理解していると思われる方に今夜メールを入れて,措置をお願いしました。こういう具合に,「天動説」をもって規程や規則を無視する人間がいると,それだで組織がむちゃくちゃになってしまいます。本来はこういった連中には,いくら賢いヤツでも職を辞してもらうのが,もっとも手っ取り早い改善策なのですが,そうもいかないのが悩みの種です。この種の話を書くと,必ず自分を保身して正当化しようとしているように聞こえますが,私はいつでも職を辞する覚悟はできています。しかし,その理由が理不尽なら,自分の職を賭けてまで喧嘩する意味がないので,もうしばらく様子をみながら対応することにします。
2007年12月08日(土)
針供養/こと納め
納めの薬師
 さて今日は日常生活の備忘録を書きます。昨日の夜は,というよりも今朝は,3時ごろまで雑用をやっていたので,寝たのが3時半を過ぎていました。このまま行くと徹夜になりそうなほどで,高校時代を思い出してしまいました。何故これほど遅くなってしまったかというと,雑用と書いたのは実はちょっと読みたい本があって読んでいたらついつい読みふけってしまったためです。というわけで,今朝は7時半に始めて目を覚ました後,二度寝モードで睡眠をとることにし,10時ごろまで寝ていました。外は晴だったので早起きして布団干しでもすればよかったのですが,少し遅めの布団干しでした。私のこの備忘録などを読んでくれている方が意外に多いのですが,いつも読んで気にかけてくれている方がいて,様子を見にわざわざ時間を割いて自宅までやってきてくれました。話ができて,別件ですが雑用1件が解決しました。助かりました。早速その方のコメントをもとにしてメールで連絡を入れ,措置してもらうことにしました。さて残るはもう1件のほうです。11日締切の原稿をつくらなければなりません。また今夜も徹夜になってしまいそうです。
2007年12月07日(金)
大雪
 娘ちーせんからの実家に届いている喪中ハガキの通報が既に第9段になりました。自分の親が亡くなられた方もいれば,奥様の親が亡くなられた方もいるということで,友人の中にもそろそろ親が他界する年齢に届いたということでしょう。それにしても亡くなられた親の年齢はというとほとんどが80歳代です。やっぱり医療が発達した今日ではもう80歳代まで生きるというのがまったく常識的になり,私の祖母が79歳,母が75歳で亡くなった時代に比べると,かなり長生きということが言えるように思います。私は現在62.4歳ですが,仮に母親が死んだ75歳まで生きることができるとすると,あと12.6年あります。或いは運よく親父の死んだ83歳まで生きることができるとすれば,まだまだ20.6年もあるのです。あと20年も生きなければならないのかと思うと,気が遠くなりそうです。おまけに親父は65歳を過ぎた頃からボケ始めて,現在で言うところのアルツハイマーだったので,晩年7年ほどは毎晩のように夜間徘徊を繰り返すようになっていました。遺伝的要素からいうと,私は男性ですので,女性の子ども即ち私の妹に比べて,親父のアルツハイマー体質を直接的に受け継いでいるはずなので,もうすぐボケ始める予定です。そのへんで私が自分の帰り道を尋ねるようになったら,必ずすぐに既に予約済みの老人病院へ入れてくれるように措置してほしいものです。家族と家で老後を過ごさせてやりたいなどということは,私の場合には一切考えてくれる必要はありません。親父のときのことを思い起こすと,ボケてしまった暁には,自分がボケていることを全然意識しなくなるので,他人に大きな迷惑をかけることが多々起こってきます。夜間徘徊がその象徴的出来事で,夜中に親戚を訪ねたりするようになったら,迷惑千万です。世間が何だかんだ言っても,それは他人事だからで,実際にボケ老人を1人抱え込んでみたら残りの家族全員がそのボケ老人に振り回され,人間らしい生活を送ることができなくなってしまうのです。だから,その道の世話をする専門的職業人に任せてしまうようにしたほうが,私にとっても家族にとっても幸せだと思われるからです。
2007年12月06日(木)  どんどんと押し詰まってきました。年末もそうですが,書かなければならない原稿が2通未完成のままです。おまけにどちらも来週の火曜日11日が締切りで,この土・日はこの件で忙しくなりそうです。先週の土・日は2日とも用事があって出払っていたのでそのつけが回ってきたということです。それほど忙しいのに,話がしたいので時間をとってくれという電話が今日入ってきました。明日の午後約1時間ほどに一応その話を聞くことにしましたが,その人からこのような内容の電話が入るときはいつもろくでもない話である場合が多いため,一応今から覚悟は決めておく必要がありそうです。いわゆる天動説的内容だと思います。これを聞かされた日から後は1週間ほども気分が悪いのが続きます。真に人の立場も考慮に入れて話をするようにしてもらいたいものです。
2007年12月05日(水)
納めの水天宮
 例によって会議デーでした。しかし今日の会議は少し遅めの15時から17時20分までだったので,かなりのシフト体制です。今の時期天気がよくても17時を過ぎるとあたりは既に暗くなってしまっています。今年の冬至は今月の22日なので,天球上の太陽はもうかなり南回帰線に近づいているはずです。あと2週間ですから,あっという間にやってきますね,冬至は。そうそう,冬至といえばナンキン!今年は買い忘れないようにしないと・・・。
2007年12月04日(火)
人権週間
 師走に入ると,普段とそれほど事情は変わらないはずなのに,忙しくなるとともに気分がざわざわしてきます。もう今年のカレンダーの残りは1枚になってしまいました。そうこうしているうちに年末が来て,正月が来て,あっという間に新年の仕事始めの日が来て,数えるだけでも忙しいですね〜。日も短くなって,朝は起きるのが嫌になるし,夕方は夕方で帰宅時間にはもう既に真っ暗で寒さが増してくるし・・・そろそろジャケットも厚手に着替えないと風邪を引いてしまいそうです。
2007年12月03日(月)
障害者週間
 北京五輪をかけた野球のアジア地区予選が行われました。今日がその最終日で台湾との試合でした。逆転に次ぐ逆転で最終的には2ケタ台に乗せた日本が勝利して,オリンピック出場の切符を勝ち取りました。今回は開催が北京なのでアジアで争われて残れるのは1チームだけという難関でしたが,何とか勝利したのですが,今日の試合はかなり印象的で,普段野球にまったく興味がない私でもテレビに釘付けとなるほどの対戦でした。オリンピックに期待がかかります。
2007年12月02日(日)  毎週なら土・日休みがゆっくりと取れるのですが,昨日の土曜出勤に続いて,今日も午後半日出かける必要がある予定が入っていました。13時20分に迎えが来て会場へ出かけ,14時から16時半までノルマを果たしました。このノルマはずっと立ったままでの仕事だったのでかなりくたびれました。一応ノルマをこなして帰ってきてから夕食をつくってやっとのことで一服する時間がとれました。今夜はいつもより早めに寝ようと思っていますが,さてどうなりますやら。
2007年12月01日(土)
歳末助け合い運動
鉄の記念日/映画の日
 土曜出勤でした。ノルマは午後だったので,朝は少し普段よりもゆっくりと出かけることができました。ということで朝は9時まで熟睡できてほんの少しですが体力回復です。食堂が営業していないため行く途中でコンビニに寄って昼食用のおにぎりなどを買ってからでかけました。出勤後平日と同じようにメールの始末をし,重要な内容のメールが2通入っていたのでレスを書き,昼食をした後13時50分からのノルマのために会場へ出かけました。16時にノルマ終了です。今日こそは同僚の車で送ってもらって帰りました。

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管理人:親父 (NCA00701[at]nifty.com([at]を半角アットマークに差し替えてください。))