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「すわてのメモ」ページ ラジオ

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2007/12/16 new

ラジオが欲しい

ポケットに入れられるラジオが欲しい

手でさげられるラジオが欲しい

短波もOKなラジオが欲しい

世界中の放送が聞けるラジオが欲しい

2006年12月18日(月)

ラジオのカタログで AM/FM/TV 1 - 12chというスペックを見ると、ちょっと気が効いてるような気がしたものだが、今は虚しい。後、何年か経つと、何の役にも立たなくなる。

ソニー FMステレオ2バンドシンセチューニングラジオ SRF−M807

ソニー ICF−800 電源コード付属

2006年 4月 2日(日)

はじめて使ったラジオは電池を使わないゲルマニューム・ラジオだった。1970年の 2月頃、小学校 4年生だった私は、週に一時間の、課外の「科学クラブ」でキットを買わされ、ハンダごてで何カ所かくっつけて完成させた。片手の手の平に入るくらいの、小さなクリーム色の箱から出たコードの先を、コンセントの片方にだけ差し込むようになっていて、そんなもの差し込んで大丈夫なのかなと思ったけど、説明書に差し込むように書いてある。コンセントに差し込むと、同じく箱からコードが出ているイヤホンから、ごく小さな音で、地元の放送局の放送が聞こえる。野球のシーズンオフに平日の午後 8時から TBS系でやっていた「ヤングスタジオ・ラブ」というフォーク歌手の公開番組を聞いた。深夜放送「パック・イン・ミュージック」の白石冬美や馬場こずえが司会をやっていたように思うのだが、よく覚えていない。歌われた歌や登場した歌手も、ほとんど覚えていないのだが、この番組は 3年、シーズンオフにオンエアされて、最後の年、「花嫁」が大ヒットした、はしだのりひことクライマックスがゲストで、歌われた4thシングルが「花嫁」などの明るい曲と、うってかわって、都会の青年の孤独な心情を歌った、でも、どっかカッコ良かった「沈黙」という曲と、まだ新人の歌手が歌った、年老いた父母のことを歌って、人生を問う歌が印象に残っていた。歌手の名前は覚えてなかったが、2年ほどして、大ブレイクした井上陽水「人生が二度あれば」だった。

春になって、さすがにゲルマニューム・ラジオでは飽き足らなくなって、ダイエーでサンヨーのトランジスタ・ラジオが安売りで 1500円ほどで売られていたのを買った。当時の私にしては、思い切った買い物だった。地元の局で午後10時過ぎから“平凡パンチ”の番組、モコ・ビーバー・オリーブの「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」、前田武彦と「怪奇大作戦」の(と、最初は分からなかった)小橋怜子の東芝提供「ヤング・ヤング・ヤング」などを聞いた。ただ、そういう番組でいろんな内外のポップスやロックを聞いたと思うのだが、最初の頃、あまり海外のポップスに興味が持てなかった。学校が休みの時とか、季節の変わり目などに風邪を引いて、学校を休んだときに聞く、昼間の歌謡曲番組が好きだった。平山美紀のデビュー曲の「ビューティフル・ヨコハマ」など聞いた。このラジオは、縦10センチ、横15センチくらいのプラスチック製で、表面は白、電池の交換は黒い裏蓋の部分全部をはずして、中の部品をむきだしにして電池を替えるのだった。学校から帰ると、地元ではトヨタ自動車が提供していた「全国こども電話相談室」などを聞いた。その後、5時過ぎから藤村俊二が DJをやってる歌謡曲の番組も聞いた。由紀さおりの「生きがい」が、その番組で流れた 1970年の秋、11月の、ある木曜日「全国こども電話相談室」が始まると、電話のお姉さんの藤田恒美アナウンサーが無着成恭先生たちに、大変なことが起こりましたねえというような話をしているので、何が起こったんだろうと思った。夕方のニュースで三島由紀夫が自衛隊駐屯地で割腹自殺したのを知った。

中学に入って最初の秋、そのラジオも、なにしろ、平気で高いところから落としたりしてたので、壊れてしまった。ソニーの黒いボディの AM、FMの 2バンドのラジオを買った。本当は新聞やテレビでも宣伝をしていたナショナル、テクニクスのワールドボーイという、すぐれた機能満載の機種を買いたかったが、そういうお金の余裕はなく、30種類くらいある様々な機能を紹介した広告を繰り返し、ながめるだけだった。でもそのソニーのラジオで、平日の夜10時前、江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」をはじめとする作品が、小沢昭一や佐藤オリエらによって連続ドラマで演じられるのを聞いた。ニッポン放送の電波が、雑音と韓国語だか中国語だかの声に混ざって、ときどき聞き取れなくなりながらも、岡山市で受信できたのである。このラジオで、夜の若者向け音楽番組、FMの日曜夜 6時からの石田豊「リクエスト・コーナー」や平日午後 7時15分からの「サウンド・オブ・ポップス」、TBSの深夜放送「パック・イン・ミュージック」などを聞き始めたのだった。1974年の春になると、TBSでは「パック・イン・ミュージック」が始まる前の夜の時間帯がワイド番組化して、その最後が「ソニーBCLジョッキー」という番組だった。小川哲哉が海外短波放送の話題を紹介する番組、ソニーから BCLを目的としたスカイセンサー・シリーズが発売されたのだ。ナショナルのワールドボーイ同様、このラジオも広告を見て、面白そうだなあと思ったが、購入することはなかった。

今、ラジオではソニーの 10バンドほどのアナログ・チューナーの短波ラジオを持っている。その他、ラジカセがいくつか、DENONのシステム・コンポのチューナーなど、ラジオを聞くための手段はいくつもあるが、ほとんど聞くことはない。このところ、日曜に NHKで「ラジオ名人寄席」という、玉置宏が司会で、物故した寄席名人の録音を紹介する番組を聞いているが、これを聞き出したのは、1970年代、日曜の夜は、野球に興味がない私は NHKで「上方演芸会」「民謡を訪ねて」「日曜名作座」と続くプログラムを聞いていたのを思い出したからだった。「上方演芸会」は、田舎の公民館などをまわる公開番組で、大人気タレントは、ほとんど出ないのだが、それでも、それで聞く落語など面白かったりしたものだ。「上方演芸会」も、今でもやっているようだが放送日時が変わってしまっているのだ。その頃の森繁久弥と加藤道子の「日曜名作座」では、夢野久作の『あやかしの鼓』や筒井康隆の『筒井順慶』などやった。今、ラジオを聞くのは、そのくらいで、もしラジオを聞くしか時間のつぶしようがないようなことがあったら、NHK第二の教育番組にダイヤルを合わせるのではないかと思う。それほど、今のラジオに私の聞きたいような番組はないように感じるのだが……それでも、小さくてスマートで、そう高価でないラジオを持っていたい。それが私のはじまりであるように思うからだ。

ソニー ICF−SW11 ACアダプタ別売

ソニー ワールドバンドシンセサイザーレシーバー《FMステレオ/LW/MW/SW》 ICF−SW07

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