すわてのメモ-女性美 スポーツ
ブルマーまたはブルーマー、ブルマーズ、ブルーマーズ及び同タイプの運動着について、メモ

更新

2006/10/15 独立したページにして内容(1990年代のブルマー記事)追加 

ブルマーのページ

真面目な考察サイトからCG、着用派、画像販売、アダルトぽいのまで、ブルマー程度なら、インターネットではごくフツー、さまざまなサイトがある。その中で、「ブルマー」で検索すると Googleで一番に出てくるし、わざわざ紹介するまでもないのだが、ここさえ知っていればいいだろうという「ブルマー情報局」にリンクを張っておく。私が 1998年、インターネットで webページを見られるようになって、真っ先に行ってみたページの一つである。

ブルマーの資料

『ブルマーの社会史』は、ブルマーそのものより日本の女子体育がどう広まったかに重点の置かれた本。何人かの著者による分担執筆で、戦後のショーツ型ブルマーについての章を担当した女性の先生は、ショーツ型ブルマーになる前に学生時代を終えて良かった、ショーツ型ブルマーをはかされた娘は不運だったのと書いてある人である。この先生の取ったアンケートによると、ショーツ型ブルマーが恥ずかしかったという人が予想通り多いが、同時にカッコ良く思ったなどと肯定的な意見の人も少数だがいる。“投稿写真”1994年 7月号の「ブルマー危機一髪!」は、現在入手は困難でしょうが、数ページの中で、ブルマーの起源と変遷を小さいながら図版付きでまとめ、当時の状況まで解説した優れた記事。

ブルマー採用の理由が知りたい

ショーツ型ブルマーが広く女子体育時の服装として採用された理由、『ブルマーの社会史』を読んでも分からないんだよね。web上で、ときどき、東京五輪で日本女子バレーが活躍したから、または女子バレーで日本が、だぶだぶのブルマーなのに、相手国の選手がぴっちりブルマーでカッコ良かったからというのがまことしやかに言われるのだが、これは採用されたブルマーが抵抗無く受け入れられた理由ではあっても、体育の服装として採用される理由にはならないと思う。私が思うには、ダンスの科目などのある女子の体操着として、体の線が分かりやすいので、指導がしやすい、ダンスの演技などのときも見た目が美しい、わざわざレオタードを着用させるまでもないが、それに近いメリットがあるということが理由ではないだろうか。ずっと前、あるブルマー関係のページの掲示板で、1999年頃に、まだ二十歳くらいの東京オリンピックはおろか、小学校にあがったら周囲はハーフパンツで、同級生のブルマー姿を見たことないという若者が、東京五輪女子バレー説を主張するので、以上の説を述べてみたら、うがった理由ですね、などと言われてしまった。やはり実際に当時の資料などで確かめてみたいものだ。

『ブルマーの社会史』の感想文

ブルマーがやってきた頃

マンガやテレビの『アタックNo.1』『サインはV』などで、雑誌などで、こういう体操着があるんだというのは知っていたけど、1971年、小学六年生の初夏、実際に、男子と大差なかった女子の白のショートパンツがブルマーに代わって、目の前で見たときに感じたこと、これって下着じゃん……なのに女子たちは自慢気に、スカートに下にはいては、もうスカートめくりされても平気だと男子をからかった。パンツなのに……パンツなのに……。でも、中学一年のとき、隣りのクラスの女の子がブルマーを忘れて、うちのクラスの女の子に借りて、その子がいないときに返しにきて、机の上にたたんで置いて帰った。貸した女の子が戻ってきて、それを見て「もうっ、××子ったら」と苦笑しながら言って、しまっていた。それを見て、あ、やっぱり、ちょっと恥ずかしく思ってるんだと分かった。

しかし、いずれにしろ、当時、スカートめくりだのパンティが見えることは男子にとって、少年マンガにも描かれる重要事だったが、ブルマーがどうこうというのは聞いたことがなかった。スカートめくって、「ちぇ、ブルマーか」っというのは聞いたことがあるが。そもそも「ブルマー」「ブルーマー」という呼称さえ、めったに耳にしなかった。あれは「ブルマー」と呼ぶのだと、かろうじて知っているといったところだった。「サインはV」の実写ドラマの人気の一つには、ユニフォーム姿のお色気があったと思うし、1974年の「新・サインはV」はオープニングの場面しか見てないのだが、ユニフォームのブルマー姿で体育館をメンバーたちがぞうきんがけして、ズラリとお尻がならぶという、露骨にお色気を強調している光景があった。だから、当時から見る人は、太股をつけねまで露出して、お尻の形丸分かりの水着みたいな、男性にとって、うれしいものとしてブルマーを見ていたとは思うのだが、にもかかわらず、当時は、なんだかブルマーについて言及したりするのが、なんだか、はばかられるような、そんな雰囲気があったのではないだろうか。

1980年頃のブルマー事情

なんだ、ブルマーやレオタードをエッチな目で見ている男って、けっこういるんだなあということが初めて分かったということで革命的だった『アクションカメラ術 PART 2』、次いで“セクシーアクション”などの雑誌の創刊。これはブルマーやレオタード好きな男性におおいに精神的な安堵を与えるものだったのではないかと思うが、同時に、こういう目で男がブルマーやレオタードを見ているということをマスコミ的に全国に知らしめることになり、1990年代のブルマー廃止の端緒となったと言える。

そういや、思い出したのだが、タモリがまだ深夜ラジオの「オールナイトニッポン」をやってた頃、私はその放送は聞いてなかったが、どうやらブルマーがネタとして盛り上がった時期があったらしく、テレビでタモリが白い体操シャツにブルマー姿でカツラをかぶって女子高生に扮してるのを見たことがある。どうやら、当時ブルマーは一部では、エッチであるとともに、ヘンテコなもの(制服)としても見られていたようだ。イエローマジックオーケストラの『テクノデリック』で、体操の号令で「トレシャツ、ブルーマー」などと服装を点検する声が入ってるが、これも似た印象である。

1990年代、ブルマー終焉期

1990年代の中頃から後半にかけては、いろんな週刊誌や新聞などに、ときどき「ブルマー廃止」についての記事が出た。私が見た、いくつかを紹介。

※以下の文章のうち、本文の引用部分は〈 〉を使用

“週刊文春”92.11.12日号記事「女子高生の反乱 「ブルマーは嫌よ」」

(P. 202〜 203 の 2ページの記事、“文春”の常として?“朝日”の取り扱いを「仰々しい見出しの第一報」と批判的。記事中の見出しに「生徒の不満に新聞が大騒ぎ」。記事の結びは、荻野アンナのコメントで「下着っぽくない提灯ブルマーに戻したら」という軽めの記事。)

“投稿写真”94年 8月号特集記事「ブルマー危機一髪」(P.29 〜 35)

“日本経済新聞” 96.7.18 記事(生活家庭)「ブルマー絶滅? 自由なスタイル求め 生徒から廃止の要求」

ブルマーの語源であるブルーマー夫人への架空の取材の趣向。ブルーマー着用が提唱された時代と現代との違いを浮きぼりに。

ブルマー終焉期のお気に入り本など

オリジナル・イラストも準備中

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