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「すわてのメモ」ページ マンガ単行本、CD、活字本、映画などの感想文
2007/12/15 『CHIMES』2 渡辺静(講談社 2007.11.16)
“マガジンSPECIAL”で好感、興味津々で読んでいる「CHIMES」単行本 2巻である。2巻は敵らしい敵が登場、主人公初めての試練って感じになるが……命がかかったゲーム、プレーヤーは机の前に座ってるだけなのだが、緊迫の展開となる。そして、インターミッションという感じのエピソード、私の好きなキャラクターであるヒロインと、デートじゃん、それって感じになるのだが、ここでも謎のゲームマスターという興味で引っ張る。後半は購買部が登場、1巻の先生に続いて、現実の世界では、おっとりした売店のお姉さんが、肌もあらわな姿になったりするところも、そしてエピソードそのものも面白い。そして次なる、相当なピンチが待っているのである。
2007/11/04 [新刊]『琴子の道』1 (原作)森高夕次(漫画)松山せいじ(秋田書店、ヤングチャンピオンコミックス 2007.10.20)
2007/10/21 『TANABOTA』2 中島史雄(集英社、ヤングジャンプ・コミックスBJ 2006.1.24)
[新刊] 2007/10/18 『ないしょのつぼみ』3 やぶうち優(小学館、ちゃおコミックス 2007.7.4)
小学館の学習雑誌に 1年間連載される「ないしょのつぼみ」シリーズの第三作だ。今回の主人公、椎名つぼみは、ちょっとバカっぽいというか(笑)、幼いというか、そういうのが、可愛いという面もあろうが、私はどうも苦手だ。しかし、そんな、つぼみには彼女をフォローするような、ちょっとクールでスマートな、幼なじみの男の子がいる。つぼみが謎の若い男性からもらったシャープペンは描いたものを実体化出来る力があった。不思議なシャープペンを持ったつぼみの思春期前の 1年間。今回は、このファンタジックな全体の設定がラストになって、しみじみとした余情を作品に与えていたのが良かった。余情とともに、なんというか、若い世代に向けた前向きな希望もある。エピソードはわりと地味目か。恒例の夏の危ない事件はある。今回は体操服泥棒で、こういう事件が描かれるというのは、今どきなのかあと思う。後半の占いのエピソードは可笑しい。こういうエピソードは、このキャラクターならではだろう。やぶうち優のマンガでは、家族を描いても父親の影が薄いと思っていたが、今回はラストにおいて父親が重要な役割で登場した。それはいいが、やぶうち優のマンガでよく描かれる、幼ななじみがそのまま恋愛対象みたいになるという感覚が、未だによくなじめないということはある。比較的低年齢向けの作品では、一番読者になじみやすく、ストーリーも作りやすく、女の子の持つ、身近な好きな人と、父と母のような家庭を持ちたいというファンタジーに合致しているということなんだろうか。
2007/09/24 『CHIMES』1 渡辺静(講談社 2007.8.17)
作者は以前、同じ“マガジンSPECIAL”に「栖徒伊シズム」というペンネームで恋愛物を短期連載していたが、私はまったく興味が持てなかった。作者の名前だけが印象に残っていた。「静」は「しずむ」というのは先日、雑誌を見ていて知った。
2007/09/24 『激烈バカ オールスター復活祭』斉藤富士夫(ミリオン出版 2006.4.10)
私は、かつて“少年マガジン”に 1988年から 1995年にかけて連載されていた斉藤富士夫のギャグマンガ『激烈バカ』に、大いに感じるところがあって、私のページの中でも『激烈バカ』と斉藤富士夫について取り上げている。このたび、Googleで「激烈バカ」で検索してみたところ、私のページも上位に出てくるけど、この『激烈バカ オールスター復活祭』という本がミリオン出版から出ていることが分かった。早速購入してみた。コンビニで売るような、カヴァーのないペーパーバックの本で、390円。内容は講談社から出た単行本 15巻から選んだものに、新作描き下ろしが 6ページ巻頭にある。巻末には 2006年 1月の日付で「作者の言葉」が 2ページある。そこに書いてあった作品紹介で、“モーニング”に連載されていた『奇妙なボーダーライン』が本になっていたことを知った。この本のことも、ふと検索してみる気にならなければ分からなかったが、『奇妙なボーダーライン』が本になっていたこともまったく知らなかった。連載は喫茶店に置いてある“モーニング”を読んでいたのだが、落ち着いてゆっくり読み直したかったのだ。もう品切れらしい。この本に戻ると、なんでミリオン出版から、このような本が出たのだろうかと思ったら、最初の方に広告がある。“漫画実話ナックルズ”に「激烈!バカ万博」という連載があるらしい。現在まだ連載中かどうかは不明だが、斉藤富士夫が最近も活動していたらしいことが分かってうれしい。作者の郷里は新潟であるのは知っていたが、「奇妙なボーダーライン」の頃、なんだか郷里に戻っているような感じだったので、地震はあったし、どうしてるのだろうと思ってたのだ。
この本、講談社の単行本、4コマ漫画の単行本などによくある A5サイズの本 15巻を本の厚さにして、1巻と半分ほどに、まとめているわけだが、うまいことまとめていると思う。私がこれはと思った話が、いくつも入ってる。半面こんな話あったっけというものも、少数ある。いろいろなキャラクターが活躍する、いくつものギャグのシリーズがあるわけだが、それらを、これもあった、あれもあったというものを収録している。主要なシリーズは、時期的に流れを追えるようにしてある。半面この本を見ただけでは、それがシリーズものかどうか判別出来ないようなマイナーなシリーズもある。総じて、『激烈バカ』という作品を全然知らなかった人にも、その全貌が、単にどんな絵柄で、どういうキャラクターがいて、ということだけではなく、作品の持つ精神性みたいなものまで、なんとか分かるような本になっている。
今読み返すと、よく少年誌に載ってたなあというようなネタもあるが、考えてみれば、現在も“少年マガジン”は「ジゴロ次五郎」などに見るように、その手のネタには寛大なところはある。それよりも世の中がバブル経済に浮かれていたという時期に連載が開始された、バブル経済とほど遠いような作品世界である、このシリーズがバブル崩壊、経済停滞と社会がポストモダン状況に移ってゆく 1990年代中頃まで続いた。強烈な絵をメッセージとしてギャグを追求し、それが、作者がのたうつようにして人間の真実を追求することであるという、このシリーズの在り方は、現在の漫画読者にも求められている漫画の在り方の一つであると、私は思うのである。
2007/08/18 『えんまちゃん』 加賀美ふみを(双葉社 2007.6.28)
加賀美ふみを、『ちまちま』に続く作品は、これは“COMIC SEED”という双葉社の無料マンガ webサイトでの連載をまとめたもので、私は連載をずっと読んでいた。閻魔大王の娘、えんまちゃんが自分の不注意で人間の世界に逃してしまった「悪玉」という、人の心を悪にひきずりこむ玉を集めに人間の世界にやってきて小学校に転入、クラスの秋野静と友だちになる。魔女っ娘もの少女マンガ、もしくはオバケのQ太郎などの少年向けコメディーマンガ、異世界の愛らしいキャラクターが人間の世界にやってきて友だちになるという、日本のマンガで広く親しまれている物語の王道パターン、閻魔大王の娘という設定では私が知っているところでは朝倉世界一のギャグマンガ『地獄のサラミちゃん』がそうだ、そういう普遍的な物語が加賀美ふみを流にどう描かれるか。前半は、加賀美ふみを作品に今までにないアクティヴさで、えんまちゃんと静ちゃんたちの悪玉相手のドタバタが楽しく描かれる。そして後半なのだが、えんまちゃんと静ちゃんとの必然的な別れが、ドタバタとしながらも、とても切ない感情の高まりとともに描かれる。その切なさは読者の思い出の中にある、小学校の中学年頃の仲のいい友だち、あるいは好きだった本とか玩具とか、そういったものとの別れ、人が成長して行くための不可避な別れの切なさ寂しさのようなものの感情の記憶を呼び起こし、上質な作品に接した読後感を残すだろう。『ちまちま』に続き、一般誌という発表の場を得た加賀美ふみをの進境を示す作品である。
2007/08/14 『Q.E.D.』2 加藤元浩(講談社 1999.1.14)
2007/08/09 [新刊] 『アニコン』2 やぶうち優(小学館、ちゅちゅフラワーコミックス 2007.1.5)
2巻の展開では 7話前半の、兄のピンチを救うため?このマンガならではのコスプレヒロインの設定を生かしたエピソードが面白くて、このあたりで一気に盛り上がって楽しく最後まで読めた。まあ当然ながらのハッピーエンドなのだが、血のつながりないから兄妹でもいいんだよねという理屈は、どうも何かそこにトリックがあるような(笑)、釈然としないものがある。それだけ近親相姦に対するタブーというものは強力なのか。血のつながりはもちろん、兄だ、妹だと思ってしまったら、そこでダメでしょう。そういう社会関係が行為を拘束するのだと思う。だから、形だけでも一つ屋根の下で暮らす生活から、それぞれ独立して、それからだと思うんだよね。少女マンガ、やぶうち優の作品にもよくある幼なじみの関係のヴァリエーションなんだろうけどね。
もう一つの問題、オタクであることについて。オタクであることをカミングアウトする兄、程度の差こそあれ皆オタクなんだということが認識されてハッピーエンドだ。1巻の感想でも書いたけど、まあどうでもいいんだよね、オタクであるかそうでないかなんて、……って言うか、そういう人をある集団に属すると決めつけてレッテル張りする、そういうのっていつもあることだけど、ネットでそういうの目立ちすぎ、ほっとけって言うの。このマンガでも、それほど主人公たちが気にする、そういう決めつけ、偏見、いい加減にせいよと言いたい、私は別にオタク擁護とかでなくて、1970年代ロックな精神形成をしてきた身としては、そういうのってとにかくうぜえ。なんかの集団があって俺があるんじゃねえ、俺は俺だ。そうだろ。一方で、「どうしてオタクって嫌われるんだろう?」「一部の人の…人目を かえりみない傾向が要因じゃないかな」と兄とまあちが話し合ったりして、さすが小学館(笑)、一見教育的でさえあるが、私はそういう考え方、ある集団の中に、さらにいいグループと悪いグループがあって、悪いのは悪い人たちのせい、みたいな考え方にも賛成出来ない。だから、俺は俺なんだよ。それでいい。
まあちたちがコスプレする「ポスタル◆メイド」は、うまいこと考えるなあと思ったが、専門の人がデザインしたんだそうだ。そのコスプレも含めて、まあち、芽衣たちの可愛さは最近のやぶうち作品の中でも特に際立ったものに感じられ、頭の回る面もある、まあちは魅力的なキャラクターだった。
2007/06/18 『市長 遠山京香』5 赤石路代(小学館、Judy Comics 2006.1.20)
赤石路代が大人の女性向け雑誌(……なのだろうと思う、見たことないが)“Judy”に連載している女性市長が活躍するシリーズの 5巻である。5巻では各回のサブタイトルに「……町」がつく。ミステリー作家で主婦である主人公がありえねーってほどカッコ良く活躍して様々な問題を解決するエンターテインメントなのだが、そのテーマ、内容は現実現在の日本の都市に起こる事件、問題を題材としている。理想を思い描きながら、なんとかしなきゃならない問題をなんとかしようよという作者の思いが伝わるシリーズであるが、うまくそれが作品に昇華されているかというと、それは各回によって様々である。この巻では最初の「本を読む町」「ライオンの泣く町」がいい。特に「ライオンの泣く町」が話にケレンがある。迷子になった女の子がライオンと一夜を過ごす。御伽話みたいな光景から始まる。クライマックスでの市長の登場の仕方もいいし、ライオンをどう助けるんだろうかという興味で引っ張る。
「本を読む町」は図書館の本に見事なイラストが借りた市民によって書き込まれている本がある。一方で挿絵の子供や動物の首がカッターで切られて、赤のペンで血が描きこまれている本がある。二つの謎がうまくむすびつけられている。杓子定規にただ規則で事を運ぼうとする図書館長が登場するが、犯人を取り抑える場面が微笑ましい。
「ゴミ屋敷のある町」、いつも現場に出向いて行く市長であるが、この話は特に実際に当事者の人たちと接することで真実が分かって行く過程がよく描かれてる話だ。ゴミと近所づきあいというリアルな題材で、最後にゴミの捨て方改善で夜間ゴミステーションを作ったとあるが、確かに夜型の生活してると朝捨てるのはつらいんだよね。
「不登校児のいる町」は、市のやってる不登校児のためのスクールの会合に出た京香が、私の娘も今日学校に行きたくないと言った、「私たち親は学校の手先ではないんです」と熱弁をふるうところなど良かった。隠された真相があったのだが、それの分かり方はページが短いせいもあるだろうが、ちょっと安易だ。また猥褻行為って、具体的にどうだったのかももうちょっと描いてもいいのではないか。
「あなたの家を守る町」は、忙しい市長の代わりに咲岡君が現場に出向くが、案の定市長も行動を起こしていたというのが、ちょっと可笑しく、いかにも彼女らしくもある。せっかくの咲岡君活躍話なのだが、祖母がリフォーム詐欺にだまされたまま亡くなるという、気の毒な話がある。それだけに老人を相手とする詐欺の悪辣さがよく伝わるのだが。これもページ数も短い簡単な話だが、消費生活センターの相談員が、ちゃんと相談に載らないのに訳があったという話の進め方は、ちょっと面白い。建てられてる家を見て「これお金をとられたくない人間が建てる家よ」というのは思わず笑ってしまうが、でも、それが一面の真実を言い当ててるのだな。クリスティーの作品なんかでも、そういう真実への到達の仕方ってあるよね? それにしても気づいたのは、京香、結構おばさんって呼ばれてるなあ(笑、いや、小学6年生の娘がいる母親としては自然なのだが、絵で見ると 20歳代だから)。いきなりの市長の登場は、かつて水戸黄門みたいだと書いたが、それは相手にとってはシュールなものかもしれない。話のクライマックスでの彼女の市長としての登場をどう感じさせるか、それが読む者にあまり抵抗なく感じられたとしたら、このシリーズでは成功、いい話であると言っていいだろう。
2007/04/28 『Q.E.D.』1 加藤元浩(講談社 1998.12.16)
2007/03/26 [新刊] 『アニコン』1 やぶうち優(小学館、ちゅちゅフラワーコミックス 2006.9.5)
お兄ちゃんが、限界を越えて好きだという高校生の女の子がヒロインだ。でも、お兄ちゃんとは血のつながりはない、母の再婚相手の息子なのだ、ちょっとは安心? イケメンなお兄ちゃんは、「モテ系」というのだそうだ。でも、本当の姿はアニメオタクなのだった。そんなお兄ちゃんと彼女が学校世間で肩身の狭い思いをしないよう、彼女、まあちは、お兄ちゃんを「モテ系」にと変身させている。しかしお兄ちゃんの同級生、芽衣に秘密が知られてしまう。実は彼女もオタク、そして、まあちの同級生である弟に、そのことを隠すようにと言われているのだった。芽衣と一緒にイヴェントでコスプレするはめになった、まあち。芽衣のことを気づかう弟、潤も姉を追って、会場に……。てな感じの軽いラブコメなのだが、オタクが題材であるという点が注目される。もっとも、やぶうち優がゲーム大好きで、『水色時代』アニメ化の頃から、オタク男性ファンも、結構いるらしいことは知っているから、題材的には、そう意外性はない。描くのに適任な作家が描いたなあという印象だ。どういう風に、この題材を処理してゆくのかなあということに興味はある。興味はあるけど、まあ、あんまりオタクがどうのこうのというような言説には興味がない、というか、あまり深く関わりたくない。オタク名付け親と一般的に言われる中森明夫と同年代の私、そりゃ、そういう連中がいるなあということには関心が行ったけど、なんだかやたら「オタク」であることやないことが、たいそうなことであるような言われ方をしてたりする今は、どうでもいい。ただ自分の趣味があり、生き方があり、好きなものがある、その中には「オタク」向けのものもあったりするだけだ。狭い日本学校社会で、モテ系だオタクだ、何系だとグループ化がされて、どの集団に属してどういう生活を送るか、送っているか、若い人たちも大変なんだろう。だけど、学校社会であれこれ言われたって、そんなもん、すぐ関係なくなる、たった一人の社会人になるんだけどな。でも、若い頃は、その 1年 1年が長いんだよな。そんな若者たちの明日はどっちだ(笑)。