「すわてのメモ」ページ

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「すわてのメモ」ページ マンガ単行本、CD、活字本、映画などの感想文

私の読んだマンガ単行本

2007/12/15 『CHIMES』2 渡辺静(講談社 2007.11.16)

“マガジンSPECIAL”で好感、興味津々で読んでいる「CHIMES」単行本 2巻である。2巻は敵らしい敵が登場、主人公初めての試練って感じになるが……命がかかったゲーム、プレーヤーは机の前に座ってるだけなのだが、緊迫の展開となる。そして、インターミッションという感じのエピソード、私の好きなキャラクターであるヒロインと、デートじゃん、それって感じになるのだが、ここでも謎のゲームマスターという興味で引っ張る。後半は購買部が登場、1巻の先生に続いて、現実の世界では、おっとりした売店のお姉さんが、肌もあらわな姿になったりするところも、そしてエピソードそのものも面白い。そして次なる、相当なピンチが待っているのである。

2007/11/04 [新刊]『琴子の道』1 (原作)森高夕次(漫画)松山せいじ(秋田書店、ヤングチャンピオンコミックス 2007.10.20)

『エイケン』を愛読した、松山せいじが“少年チャンピオン”連載「ゾクセイ」、“ヤングチャンピオン烈”「ヤンほぼ」、“ヤングチャンピオンいちご”「奥サマは小学生」に続いて、まだ仕事しますか、始めた連載が、これなのだ。予想外だったのは同じ“少年チャンピオン”で仕事をしている、森高夕次の原作による連載ということだ。最も、職人肌を感じさせる御大が原作付き仕事を始めるというのは、それほど意外ということはない。最初「琴子の道」といいう題名を聞いて、森高夕次を古くから知っている読者は、“漫画アクション”に連載された「おさなづま」の漫画中漫画「めぐみのピアノ」を連想したことだろう。そのイメージ通り、「琴子の道」は音楽マンガなのであった。そして波瀾万丈のメロドラマである。それはいいのだが、2話での交通事故で警察がいっさい登場しないのは、ちょっと乱暴過ぎないか。目撃者が大勢いる事故なのだ。目撃者から見れば、事故の加害者が被害者を拉致して行ったように見える。警察に届けずに手術、当事者だけで、謝ります、そうですか、事を荒立てるつもりはありません、じゃ済まないよ。編集者も何も言わなかったのだろうか、波瀾万丈であるなら、なおさら、こういうリアリティはきちんとしとかなきゃならないんじゃないか、森高、松山両者とも読者として面白さに信頼を置いている作者であるし、深読みすると話題作りのために、あえてこういう展開にした、とまで考えたりなどして、ととまどっている。とまどっているうちにも、どんどん物語は進んでしまって、今まで松山せいじの作品というと、コメディしか読んでないのだが、1巻の終わりの方では、初めて、本当に悪役というものを描いているのを見られる。波瀾万丈のメロドラマは、私の幼い頃には小学館の学習雑誌にも載っていた、継母にいじめられるみたいな、古い少女マンガの世界であり、それは伝統的な物語の世界なのだろう。それはともかく、最初、小学生が生活のためにビル掃除のアルバイトをしているのかと思った、琴子はさすがに可愛い。1巻ではまだ話が始まったばかりで、いやーなところで終わっているのだ(笑)。次の展開が待たれる。

2007/10/21 『TANABOTA』2 中島史雄(集英社、ヤングジャンプ・コミックスBJ 2006.1.24)

“ビジネスジャンプ”の増刊に連載されたシリーズの後半である。ブライダルプロデュースの会社の契約カメラマン、26歳の日蔭が出会う様々な魅力的な女性の悩みを解決、それと同時にセックスもいたしてしまうという、あ、やれない回もあるか、タナボタ体験を描いたコミカルなシリーズだ。ストーリーの舞台、設定、人物のやりとりに相応のもっともらしさを添えて読ませ、お色気シーンはヴェテランの作者の筆で楽しませる、大人向けエロティック・コメディーだ。この巻に登場するのは、日蔭の童貞を奪った女?、農村に嫁ぐ女性、お兄ちゃんと慕う妹、手加減に悩む元ハンドボール選手の美容師、看護婦さん、海辺のペンションの女主人、女子アナウンサー、天然酵母パン屋のスタッフ。表紙の眼鏡のメイドさん、カラー扉のビキニの女性、どちらも好ましい絵である。メイドさんは……パン屋の話に登場するが、ヒロインではない。単なる、いい話を読んだで終らないエロティックなヴィジュアル、ただエッチなだけじゃない短編としてのまとまり、そして、登場する女性の、それぞれの魅力、充実したコミカルなシリーズであった。

[新刊] 2007/10/18 『ないしょのつぼみ』3 やぶうち優(小学館、ちゃおコミックス 2007.7.4)

小学館の学習雑誌に 1年間連載される「ないしょのつぼみ」シリーズの第三作だ。今回の主人公、椎名つぼみは、ちょっとバカっぽいというか(笑)、幼いというか、そういうのが、可愛いという面もあろうが、私はどうも苦手だ。しかし、そんな、つぼみには彼女をフォローするような、ちょっとクールでスマートな、幼なじみの男の子がいる。つぼみが謎の若い男性からもらったシャープペンは描いたものを実体化出来る力があった。不思議なシャープペンを持ったつぼみの思春期前の 1年間。今回は、このファンタジックな全体の設定がラストになって、しみじみとした余情を作品に与えていたのが良かった。余情とともに、なんというか、若い世代に向けた前向きな希望もある。エピソードはわりと地味目か。恒例の夏の危ない事件はある。今回は体操服泥棒で、こういう事件が描かれるというのは、今どきなのかあと思う。後半の占いのエピソードは可笑しい。こういうエピソードは、このキャラクターならではだろう。やぶうち優のマンガでは、家族を描いても父親の影が薄いと思っていたが、今回はラストにおいて父親が重要な役割で登場した。それはいいが、やぶうち優のマンガでよく描かれる、幼ななじみがそのまま恋愛対象みたいになるという感覚が、未だによくなじめないということはある。比較的低年齢向けの作品では、一番読者になじみやすく、ストーリーも作りやすく、女の子の持つ、身近な好きな人と、父と母のような家庭を持ちたいというファンタジーに合致しているということなんだろうか。

2007/09/24 『CHIMES』1 渡辺静(講談社 2007.8.17)

最近は月刊マンガ誌“マガジンSPECIAL”で、この連載が楽しみである。以前は漫画は単行本で読むことが多かったが、だんだんと雑誌を定期的に買うようになると、雑誌で読んで済ますことが多い。本まで買うとなると、かなり夢中だということだ。どこが、それだけの魅力なのだろう。学園で女子生徒が飛び降り? うつ伏せで血だらけで死んでいるという、最近マンガでよくあるような血なまぐさい光景から始まる。主人公が誘いこまれたオンラインゲームでは、ゲーム中の死が現実になるというのだ。最近、若者の起こす凶悪犯罪など「ゲーム感覚」と良く言われる。命のやりとりをゲームのように感じているというのだが、その逆? みたいな発想である。なぜ、そんなゲームがあるのか、ゲームをプレイすることになった主人公たちは生き延びられるのかということも、もちろん多大な興味を引くのだが、私がまず惹かれたのは、そういう奇妙で恐ろしいゲームが現実の学校と同じ空間で繰り広げられる。現実の学校が秘密の夢の中のような空間になる。そこに好きなクラスの女の子とともに入って行って怪物と戦うという設定に、とてもセクシーさを感じたのだ。連想するのは、筒井康隆の小説『パプリカ』で他人の夢の中に入って行くような、あの感覚だ。ちなみに、私は私は、この手の怪物と戦うようなゲームには、まったく経験がない。二十歳の頃がインベーダーゲームのブームで、喫茶店に入るとゲームがあったが、その後はいっさいゲーム機の類と接したことはない。パソコンを使うようになって、FM TOWNS版の『パワードール』が唯一最後までプレイしたゲームだ。ヒロインのキャラクターも私は大いに気に入っている。クラスのマドンナ的な存在なのだが、男の子に守られるようなお姫様ではなく、怪物と戦って行く仲間として、いくじがない主人公を明るく励ますような、アクティヴな、自分を持っている女の子である。実はアーケードゲームなどの達人ではあるのだが、それ以外、学校ではまったくさえない(絵的には、ちょっと可愛らしいような)主人公が、彼女を守りたいという思いで、彼女に励まされながら、どう成長してゆくのかということが一つのテーマである。他の仲間たちも、ストーリーが面白く盛り上がるような、面白く盛り上がるようなキャラクターに、うまく作っている。主人公、ヒロイン、仲間の彼らがどうなるのか、謎が果してどう説明されるのか期待と不安のシリーズである。

作者は以前、同じ“マガジンSPECIAL”に「栖徒伊シズム」というペンネームで恋愛物を短期連載していたが、私はまったく興味が持てなかった。作者の名前だけが印象に残っていた。「静」は「しずむ」というのは先日、雑誌を見ていて知った。

2007/09/24 『激烈バカ オールスター復活祭』斉藤富士夫(ミリオン出版 2006.4.10)

私は、かつて“少年マガジン”に 1988年から 1995年にかけて連載されていた斉藤富士夫のギャグマンガ『激烈バカ』に、大いに感じるところがあって、私のページの中でも『激烈バカ』と斉藤富士夫について取り上げている。このたび、Googleで「激烈バカ」で検索してみたところ、私のページも上位に出てくるけど、この『激烈バカ オールスター復活祭』という本がミリオン出版から出ていることが分かった。早速購入してみた。コンビニで売るような、カヴァーのないペーパーバックの本で、390円。内容は講談社から出た単行本 15巻から選んだものに、新作描き下ろしが 6ページ巻頭にある。巻末には 2006年 1月の日付で「作者の言葉」が 2ページある。そこに書いてあった作品紹介で、“モーニング”に連載されていた『奇妙なボーダーライン』が本になっていたことを知った。この本のことも、ふと検索してみる気にならなければ分からなかったが、『奇妙なボーダーライン』が本になっていたこともまったく知らなかった。連載は喫茶店に置いてある“モーニング”を読んでいたのだが、落ち着いてゆっくり読み直したかったのだ。もう品切れらしい。この本に戻ると、なんでミリオン出版から、このような本が出たのだろうかと思ったら、最初の方に広告がある。“漫画実話ナックルズ”に「激烈!バカ万博」という連載があるらしい。現在まだ連載中かどうかは不明だが、斉藤富士夫が最近も活動していたらしいことが分かってうれしい。作者の郷里は新潟であるのは知っていたが、「奇妙なボーダーライン」の頃、なんだか郷里に戻っているような感じだったので、地震はあったし、どうしてるのだろうと思ってたのだ。

この本、講談社の単行本、4コマ漫画の単行本などによくある A5サイズの本 15巻を本の厚さにして、1巻と半分ほどに、まとめているわけだが、うまいことまとめていると思う。私がこれはと思った話が、いくつも入ってる。半面こんな話あったっけというものも、少数ある。いろいろなキャラクターが活躍する、いくつものギャグのシリーズがあるわけだが、それらを、これもあった、あれもあったというものを収録している。主要なシリーズは、時期的に流れを追えるようにしてある。半面この本を見ただけでは、それがシリーズものかどうか判別出来ないようなマイナーなシリーズもある。総じて、『激烈バカ』という作品を全然知らなかった人にも、その全貌が、単にどんな絵柄で、どういうキャラクターがいて、ということだけではなく、作品の持つ精神性みたいなものまで、なんとか分かるような本になっている。

今読み返すと、よく少年誌に載ってたなあというようなネタもあるが、考えてみれば、現在も“少年マガジン”は「ジゴロ次五郎」などに見るように、その手のネタには寛大なところはある。それよりも世の中がバブル経済に浮かれていたという時期に連載が開始された、バブル経済とほど遠いような作品世界である、このシリーズがバブル崩壊、経済停滞と社会がポストモダン状況に移ってゆく 1990年代中頃まで続いた。強烈な絵をメッセージとしてギャグを追求し、それが、作者がのたうつようにして人間の真実を追求することであるという、このシリーズの在り方は、現在の漫画読者にも求められている漫画の在り方の一つであると、私は思うのである。

2007/08/18 『えんまちゃん』 加賀美ふみを(双葉社 2007.6.28)

加賀美ふみを、『ちまちま』に続く作品は、これは“COMIC SEED”という双葉社の無料マンガ webサイトでの連載をまとめたもので、私は連載をずっと読んでいた。閻魔大王の娘、えんまちゃんが自分の不注意で人間の世界に逃してしまった「悪玉」という、人の心を悪にひきずりこむ玉を集めに人間の世界にやってきて小学校に転入、クラスの秋野静と友だちになる。魔女っ娘もの少女マンガ、もしくはオバケのQ太郎などの少年向けコメディーマンガ、異世界の愛らしいキャラクターが人間の世界にやってきて友だちになるという、日本のマンガで広く親しまれている物語の王道パターン、閻魔大王の娘という設定では私が知っているところでは朝倉世界一のギャグマンガ『地獄のサラミちゃん』がそうだ、そういう普遍的な物語が加賀美ふみを流にどう描かれるか。前半は、加賀美ふみを作品に今までにないアクティヴさで、えんまちゃんと静ちゃんたちの悪玉相手のドタバタが楽しく描かれる。そして後半なのだが、えんまちゃんと静ちゃんとの必然的な別れが、ドタバタとしながらも、とても切ない感情の高まりとともに描かれる。その切なさは読者の思い出の中にある、小学校の中学年頃の仲のいい友だち、あるいは好きだった本とか玩具とか、そういったものとの別れ、人が成長して行くための不可避な別れの切なさ寂しさのようなものの感情の記憶を呼び起こし、上質な作品に接した読後感を残すだろう。『ちまちま』に続き、一般誌という発表の場を得た加賀美ふみをの進境を示す作品である。

2007/08/14 『Q.E.D.』2 加藤元浩(講談社 1999.1.14)

“マガジンGREAT”掲載作品、98年 5月号「六部の宝」六部とは昔、地方を巡礼して歩いた人、泊めた六部が宝を持っているのを知った村人が六部を殺し、呪いを受けたという伝説のある村の屋敷がある。六部の宝のありかを記した古文書の解読を頼まれた燈馬と可奈は村の屋敷に赴くが、嵐に閉ざされた中、研究に訪れた大学生たちが殺されて行く。閉ざされた環境での連続殺人、木枯し紋次郎にもある(笑)スリリングで好きなシチュエーションの話だ。解決も申し分ない。98年 7月号「ロスト・ロワイヤル」6台しか作られ定いないという幻の名車が可奈の後輩の祖父によって発見され、日本に送られたが預り主のはずの社長は存在を否定、可奈が後輩のために探す話。ポーの「盗まれた手紙」に元をたどる宝探しミステリー、目的物のありそうもない場所で探すパズルとしては面白い。引き取りに来たら実物がない、いっぱい食わされたと、えらい剣幕のフランスの自動車博物館の人、老人の親友でありながら名車に目が眩んで隠してしまう有名デパート社長、親友に裏切られた老人、最後は 3人、にこやかに写真に写っているが、心理的なドロドロしたものが、ちゃんと解決されたかは描かれない。冒頭、警察の道場で師範相手に一本取る可奈が、後輩の女の子を後ろに乗せて 16歳でバイクを乗りこなしていることが判明する。

2007/08/09 [新刊] 『アニコン』2 やぶうち優(小学館、ちゅちゅフラワーコミックス 2007.1.5)

2巻の展開では 7話前半の、兄のピンチを救うため?このマンガならではのコスプレヒロインの設定を生かしたエピソードが面白くて、このあたりで一気に盛り上がって楽しく最後まで読めた。まあ当然ながらのハッピーエンドなのだが、血のつながりないから兄妹でもいいんだよねという理屈は、どうも何かそこにトリックがあるような(笑)、釈然としないものがある。それだけ近親相姦に対するタブーというものは強力なのか。血のつながりはもちろん、兄だ、妹だと思ってしまったら、そこでダメでしょう。そういう社会関係が行為を拘束するのだと思う。だから、形だけでも一つ屋根の下で暮らす生活から、それぞれ独立して、それからだと思うんだよね。少女マンガ、やぶうち優の作品にもよくある幼なじみの関係のヴァリエーションなんだろうけどね。

もう一つの問題、オタクであることについて。オタクであることをカミングアウトする兄、程度の差こそあれ皆オタクなんだということが認識されてハッピーエンドだ。1巻の感想でも書いたけど、まあどうでもいいんだよね、オタクであるかそうでないかなんて、……って言うか、そういう人をある集団に属すると決めつけてレッテル張りする、そういうのっていつもあることだけど、ネットでそういうの目立ちすぎ、ほっとけって言うの。このマンガでも、それほど主人公たちが気にする、そういう決めつけ、偏見、いい加減にせいよと言いたい、私は別にオタク擁護とかでなくて、1970年代ロックな精神形成をしてきた身としては、そういうのってとにかくうぜえ。なんかの集団があって俺があるんじゃねえ、俺は俺だ。そうだろ。一方で、「どうしてオタクって嫌われるんだろう?」「一部の人の…人目を かえりみない傾向が要因じゃないかな」と兄とまあちが話し合ったりして、さすが小学館(笑)、一見教育的でさえあるが、私はそういう考え方、ある集団の中に、さらにいいグループと悪いグループがあって、悪いのは悪い人たちのせい、みたいな考え方にも賛成出来ない。だから、俺は俺なんだよ。それでいい。

まあちたちがコスプレする「ポスタル◆メイド」は、うまいこと考えるなあと思ったが、専門の人がデザインしたんだそうだ。そのコスプレも含めて、まあち、芽衣たちの可愛さは最近のやぶうち作品の中でも特に際立ったものに感じられ、頭の回る面もある、まあちは魅力的なキャラクターだった。

2007/06/18 『市長 遠山京香』5 赤石路代(小学館、Judy Comics 2006.1.20)

赤石路代が大人の女性向け雑誌(……なのだろうと思う、見たことないが)“Judy”に連載している女性市長が活躍するシリーズの 5巻である。5巻では各回のサブタイトルに「……町」がつく。ミステリー作家で主婦である主人公がありえねーってほどカッコ良く活躍して様々な問題を解決するエンターテインメントなのだが、そのテーマ、内容は現実現在の日本の都市に起こる事件、問題を題材としている。理想を思い描きながら、なんとかしなきゃならない問題をなんとかしようよという作者の思いが伝わるシリーズであるが、うまくそれが作品に昇華されているかというと、それは各回によって様々である。この巻では最初の「本を読む町」「ライオンの泣く町」がいい。特に「ライオンの泣く町」が話にケレンがある。迷子になった女の子がライオンと一夜を過ごす。御伽話みたいな光景から始まる。クライマックスでの市長の登場の仕方もいいし、ライオンをどう助けるんだろうかという興味で引っ張る。

「本を読む町」は図書館の本に見事なイラストが借りた市民によって書き込まれている本がある。一方で挿絵の子供や動物の首がカッターで切られて、赤のペンで血が描きこまれている本がある。二つの謎がうまくむすびつけられている。杓子定規にただ規則で事を運ぼうとする図書館長が登場するが、犯人を取り抑える場面が微笑ましい。

「ゴミ屋敷のある町」、いつも現場に出向いて行く市長であるが、この話は特に実際に当事者の人たちと接することで真実が分かって行く過程がよく描かれてる話だ。ゴミと近所づきあいというリアルな題材で、最後にゴミの捨て方改善で夜間ゴミステーションを作ったとあるが、確かに夜型の生活してると朝捨てるのはつらいんだよね。

「不登校児のいる町」は、市のやってる不登校児のためのスクールの会合に出た京香が、私の娘も今日学校に行きたくないと言った、「私たち親は学校の手先ではないんです」と熱弁をふるうところなど良かった。隠された真相があったのだが、それの分かり方はページが短いせいもあるだろうが、ちょっと安易だ。また猥褻行為って、具体的にどうだったのかももうちょっと描いてもいいのではないか。

「あなたの家を守る町」は、忙しい市長の代わりに咲岡君が現場に出向くが、案の定市長も行動を起こしていたというのが、ちょっと可笑しく、いかにも彼女らしくもある。せっかくの咲岡君活躍話なのだが、祖母がリフォーム詐欺にだまされたまま亡くなるという、気の毒な話がある。それだけに老人を相手とする詐欺の悪辣さがよく伝わるのだが。これもページ数も短い簡単な話だが、消費生活センターの相談員が、ちゃんと相談に載らないのに訳があったという話の進め方は、ちょっと面白い。建てられてる家を見て「これお金をとられたくない人間が建てる家よ」というのは思わず笑ってしまうが、でも、それが一面の真実を言い当ててるのだな。クリスティーの作品なんかでも、そういう真実への到達の仕方ってあるよね? それにしても気づいたのは、京香、結構おばさんって呼ばれてるなあ(笑、いや、小学6年生の娘がいる母親としては自然なのだが、絵で見ると 20歳代だから)。いきなりの市長の登場は、かつて水戸黄門みたいだと書いたが、それは相手にとってはシュールなものかもしれない。話のクライマックスでの彼女の市長としての登場をどう感じさせるか、それが読む者にあまり抵抗なく感じられたとしたら、このシリーズでは成功、いい話であると言っていいだろう。

 

2007/04/28 『Q.E.D.』1 加藤元浩(講談社 1998.12.16)

“マガジンGREAT”掲載作品、“マガジンGREAT”は読んではいないが、週刊“少年マガジン”や“マガジンSPECIAL”で見る“マガジンGREAT”の広告に載っていて、興味を持っていた作品だ。広告によると本格ミステリマンガらしいのだが、広告で目立つのはキュートなヒロイン、この娘が探偵? と思っていた。読んでみて、人物関係が分かったが、この少女、水原加奈は天才型探偵であるクラスメート、燈馬の手足となって動く役割なのだ。父親は叩き上げタイプの警部だ。燈馬はすでに 14歳でマサチューセッツ大学を卒業というキャリアを持つが、いつもは屋上に一人でいる弱気な変り者の男の子で、加奈に頭が上がらない。「Q.E.D.」とは証明終了という意味で、燈馬が、この文字を書くと、ストーリーは事件解決に至る。「ミネルヴァの梟」(1997年 7月号掲載)、「銀の瞳」(1998年11月号掲載)の 二話を収録している。変人の天才型探偵を主人公にした、謎解きのある、きちんと整った作品は、本格推理小説の黄金期の短編を連想させる。クリスティやクイーンの、名作とまではいかないが、きちんとした水準作といった感じだ。「ミネルヴァの梟」はゲーム会社の社長が自社ビル内で殺害された事件で、社員たちに容疑がかかる。加奈の友人が、殺された社長の娘で、容疑者の一人と交際している。加奈は、胸にマイクを仕込んで、新聞記者に扮し、事件解決のための材料を集める。「銀の瞳」は、和製の人形館を乗っ取ろうとした強欲な男が人形館の中で殺される。加奈が、捜査の邪魔になると閉じ込められた部屋から、窓から屋根にあがって抜け出し、燈馬に指示された解決の手がかりを探す。いつもは大人しそうな燈馬が事件解決の説明となると不敵な面構えになるのもいいし、どちらの作品も加奈のアクティヴさが魅力だ。

 

2007/03/26 [新刊] 『アニコン』1 やぶうち優(小学館、ちゅちゅフラワーコミックス 2006.9.5)

お兄ちゃんが、限界を越えて好きだという高校生の女の子がヒロインだ。でも、お兄ちゃんとは血のつながりはない、母の再婚相手の息子なのだ、ちょっとは安心? イケメンなお兄ちゃんは、「モテ系」というのだそうだ。でも、本当の姿はアニメオタクなのだった。そんなお兄ちゃんと彼女が学校世間で肩身の狭い思いをしないよう、彼女、まあちは、お兄ちゃんを「モテ系」にと変身させている。しかしお兄ちゃんの同級生、芽衣に秘密が知られてしまう。実は彼女もオタク、そして、まあちの同級生である弟に、そのことを隠すようにと言われているのだった。芽衣と一緒にイヴェントでコスプレするはめになった、まあち。芽衣のことを気づかう弟、潤も姉を追って、会場に……。てな感じの軽いラブコメなのだが、オタクが題材であるという点が注目される。もっとも、やぶうち優がゲーム大好きで、『水色時代』アニメ化の頃から、オタク男性ファンも、結構いるらしいことは知っているから、題材的には、そう意外性はない。描くのに適任な作家が描いたなあという印象だ。どういう風に、この題材を処理してゆくのかなあということに興味はある。興味はあるけど、まあ、あんまりオタクがどうのこうのというような言説には興味がない、というか、あまり深く関わりたくない。オタク名付け親と一般的に言われる中森明夫と同年代の私、そりゃ、そういう連中がいるなあということには関心が行ったけど、なんだかやたら「オタク」であることやないことが、たいそうなことであるような言われ方をしてたりする今は、どうでもいい。ただ自分の趣味があり、生き方があり、好きなものがある、その中には「オタク」向けのものもあったりするだけだ。狭い日本学校社会で、モテ系だオタクだ、何系だとグループ化がされて、どの集団に属してどういう生活を送るか、送っているか、若い人たちも大変なんだろう。だけど、学校社会であれこれ言われたって、そんなもん、すぐ関係なくなる、たった一人の社会人になるんだけどな。でも、若い頃は、その 1年 1年が長いんだよな。そんな若者たちの明日はどっちだ(笑)。