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「すわてのメモ」ページ マンガ単行本、CD、活字本、映画などの感想文
2012/05/27 『きみといると』3 かがみふみを(双葉社、アクションコミックス 2010.4.12)
2012/03/03 『暁のARIA』1 赤石路代(小学館、Flowersフラワーコミックス 2006.11.20)
12巻で完結したらしい、この長編、1巻は早くに買ってあったのだが、やっと読み始めた。奥付けを見たら 2006年、そんな前かねえ。しかし読み始めると、1巻、どんどん読んでしまった。思えば、前の『AMAKUSA 1637』は江戸の初期へタイムスリップだが、それを除くと(私が読み始めた『不思議のRIN』以降の)赤石路代作品って、ずっと現代が舞台だったので、大正を舞台というのは珍しい。主人公ありあを初めとする女子のはかま姿を見ると、私が子供の頃の NHKとか(樫山文枝主演の「おはなはん」が大いに話題になった、まだ「国民的」ナントカという言葉が生きていた時代)TBSでもポーラテレビ小説というのがお昼にあったのだ、当時NHKは 1年続けたけど、こちらは半年、そういう連続ドラマを思い出して、大河的ドラマを期待させる。今回は連載各回の章の区切りなどないところも、また面白い。
しかし、この作品、めかけの子に生まれたピアノの天稟を持った少女の成長譚という側面とともに、作者ならではというか、誘拐された幼時の記憶に悩み、そしてその過去が現在によみがえる?といったミステリー小説的な側面もあり、一筋縄ではいかないようだ。1巻の後半では女子寮に入ったありあがストーカーにつきまとわれるサスペンスがあるが、過去の事件とつながっているのか? 主人公ありあの性格も、特別な才能と強い情熱を持ち、がんばるという側面とともに、おりあいの悪い母と喧嘩して家を出るという激情を持ち、本妻の子で兄であった夏王への思いを断ち切るためか、ピアノの教師白雪へ積極的にアプローチして行く(浅草の映画館が顔パス、当時としては、たぶん大不良娘(笑))という面、そして前述の過去の記憶に悩むという側面という風に、単純ではない。絵を描く月王が、白雪を慕い、才能のあるありあを邪魔者と思うわがまま娘、亜耶子に白雪先生はやめておくように言うのは何か知っているようである(p.142)。後は、ありあのルームメイトの早苗は、笑える単純な善人キャラなのかなあとか、ペッツォルト先生って実在したんだとか(笑)、声楽の桐島先輩って意外と出番ないんだなあとか、そういうことを思いながら、早く続きが読みたい。
2012/01/07 電子書籍『アイアンホース』望月三起也(eBookJapan)
望月三起也のSF短編集、というと、ああそう、と軽く受け流されてしまうか、それとも意外に思われるかな? この本は単行本で出た当時、1985年頃だったと思うが、本屋で並んでいる背だけ見たことがある。すぐ買わなかったら、そのうち見なくなってしまった。同じ頃出た『薔薇のイブ』(1973年頃の作品)は買って読んだのだが。私自身は少年画報社版『ワイルド7』16巻、「緑の墓」の後編に収録されていた「宇宙ハンター55」を読んだのが、望月SFを読んだ最初だ。その後、『ワイルド7』の後の“少年キング”連載、『俺の新選組』『優しい鷲JJ』の後、休刊直前に開始された『学園シャンプー』は、超能力とパラレルワールドを扱ったSFアクション物長編、だからSF物も描く、ということは分かっていた。その後は 80年代末か 90年代に入ってからだったか、朝日ソノラマから『ロサンゼルス 黄金の眼』という本が出て、これはSFというかファンタジー的アクション物だった。今は「ワイルド7」のその後、みたいなのより、こういったSF作品をもっと描いてもらいたかった、いや、今でも描いてもらいたい。どこで読んだか忘れたが、SFは好きだと言われていたことがあった。もっとも、かつての少年漫画の世界では SFは大きな柱だし、手塚治虫を見て育った作家たちが SFを描く、描けるのは読者の私としても当然のことと思える。
掲載誌が分かるものだけ書くと、「IRON HORSE」が 1979年“ヤングコミック”、この本では最初に掲載、末尾の「黒い砂」が 1982年“リュウ”、「誇代史」が 1982年“SFマンガ競作大全集”、「首」が同じく“SFマンガ競作大全集”の 1983年である。「誇代史」は、82年か 83年になってからかな?出たハードカヴァーの豪華本『マッドドッグ』(その後のマッドドッグの話など集めた短編集で竹宮恵子が文章を寄せている)にも収録されていて、私は既読だった。他には「新藤抜刀七回目の紅海」は、店頭で雑誌に載っているのを、ちょっとだけ見た覚えがあって、平のタモリという登場人物の名前だけ覚えていた。タモリがまだ、いいともをやる前の眼帯つけたアングラ芸人風の時代である。載ってた雑誌の名前が思い出せないが、その頃それまでとは違うSFとか中心の少年漫画雑誌が出てきていて、そういう雑誌に載っていたと思う。時代はちょっと後かも知れないが、“SFマンガ競作大全集”なんて名前もその頃の時代を思わせる名前だ(上記豪華本『マッドドッグ』を出した東京三世社が出していた)。上に書いたようにSF漫画というのは、古くから少年漫画の主要な柱の一つだったわけだけど、いよいよそういう漫画を読んで尚かつ幼少時よりテレビアニメを見て育ってきた世代が作る側になり、かつ今までの商業出版と違う同人活動が盛り上がってきていた時期である。漫画シーンが今までと違う次元に突入したと言える。
私はゲームをほとんどやらないし、ゲーム機のRPGゲームというのはいっさいやったことがないのだが、その私でも今は、中世騎士とビキニ鎧の美少女の存在する世界があることには驚かない。一方で、80年代末に徳間書店から出た『ワイルド7』の画集の中で、望月三起也が趣味でファンタジー世界の半裸美女のフィギュアを作っていることが紹介されているのを読んでいるので、今「IRON HORSE」を見ても、趣味全開の世界だなあと面白がりながら余裕で読めるが、当時雑誌掲載で読んだら、かなり面食らって異色作だなあと思っていたかも知れない。もちろん、当時、ゲーム機も PCもなかったけど、ファンタジー文学、テーブルRPG、ファンタジー映画、SF小説、SF映画というものはあって、好きな人はいたに違いないのだが、今よりずっと一般的に親しまれてなかったのだ。今読むと、「IRON HORSE」面白いし、長編の出だしのような内容で、もっと読みたいと思ってしまう。
いかにも望月三起也なタイトルの「M.4シャーマンvs.疫ティーゲル」も、ファンタジー世界物だが、この作品は現実世界から異世界へ巻き込まれてゆく形で、その巻き込まれてゆく男の子と女の子が、明らかに「学園シャンプー」の総ちゃんトモちゃんの原型の二人なのだ。しかし、こちらの二人はシンナー遊び中だったという不良、スカートも長いし(笑)、総ちゃん?は悪態ついて平気でトモちゃん?を犠牲にしようとするし。「学園シャンプー」の連載開始が 1981年秋、こちらの短編では、テレビの話題として漫才ブームのことが語られているから、その1年前くらいじゃないかと思われるのだが、どうだろう? ちょっと不良ではあるけど、やはり二人のやりとりが楽しく、いかにも今の現実を生きてる二人が、妖精だの魔物だのの世界に学生服のまま突入するのが面白い。しかも剣士が主人公の「IRON HORSE」と変わらず、また新選組の世界と変わらず、クライマックスの剣戟場面が迫力である。
一方で、この本の中では同じく派手目な作品、巻末の「黒い砂」、は、「優しい鷲JJ」第一話の世界のような南米のジャングルに普通に宇宙人がいるのが面白い。そしてサムライ教師ボギー的キャラのマネージャーが荒っぽく総司的キャラの男の子を支配している。総ちゃんちょっとかわいそうなのだが……二人の関係は読めば分かる。宇宙人のいる世界と、男はやせ我慢、男の価値は死ぬときに分かる、というような(特にその頃、そういった精神性が強調されてたように感じたのだが、どうだろう?)望月アクション世界が結びつく。
ゲーム機も PCもない頃にも、ファンタジー文学、テーブルRPG、ファンタジー映画というものはあって、好きな人はいたと書いたが、「新藤抜刀七回目の紅海」のタイトルの元の映画とか、ああいうのはまさにそうだろう。大受けすることはないけど、公開されて来ている。こちらは日本の武士二人が美女と怪物、魔物のアラビアンナイト世界を生きる楽しい話だ。望月三起也によるヴィジュアルとして、こういう世界が見られるのがいい。義経を扱った「喰月(くらいつき)」などはまだ『ワイルド7』「緑の墓」の最後に収録されていた「宇宙ハンター55」的な、少年漫画ぽい雰囲気があるが、これも“SFマンガ競作大全集”なのだろうか? 主人公が少年だから多少古めかしく感じるのかな? いろいろとアイディアのある話だ。「誇代史」は草波隊長出演の世界破滅物というか、こういうのなんというの? 月が舞台の「首」はまた一風違った、気の利いたSFショートショート的作品(“ビッグコミック”向け?)。このように、ファンタジックなSF短編集といっても一冊で多彩な内容の作品群で望月三起也漫画の魅力が楽しめる本となっている。