part-Tへ
どんな出方をするのか皆目見当もつかないが、とりあえず採れるだけの対策を施さなければいけない。幸い友人の関係者にカメラ雑誌の編集者がいたので相談をすることに…。
その編集者いわく、「どうせ商業で撮ったスイカの写真の著作権がとか言う類なんだろう」と思っていたらしいが、事の概要を話すと血相を変えた…。
「とにかく作品原版を保護しなければならないな。どこかに隠す必要がある。」
問題は審査用に提出したキャビネサイズの作品20点の行方だ…。
どの道こちらから連絡をとれる訳は無く、相手の出方をうかがうしかない。いずれにしてもヤサを手繰られないようにしばらくは背中を気にする日々が続く。尾行された事を知らなければアウトだ!!
しばらくして友人に、外されたかつての担当者から電話があった。しかし声の様子がおかしい…。ともかく会ってみる事にした友人は夜の渋谷に向かった。私も友人から連絡を受けて、万が一の格闘に備えて黒ずくめの動きやすい服に着替え、身元を証明するモノは一切持たずに移動する。
待ち合わせの時間に友人に電話を入れる。しかし繋がらない…。98年当時の渋谷は携帯電話が繋がり難いことで有名だった。しかも時間はもっとも回線が混む午後6時。
ともかく、何かあった時にはすぐ離脱できるように、中心街から外れたところに車を止め、少し歩いて、渋谷駅ハチ公前へ向かう。
しかし一足遅かった。当然ながら友人の姿は無く、気づかれぬように尾行して様子をうかがい、記録を残すもくろみは崩れ去った。
夜の渋谷の雑踏に姿を消した、友人の行方は全くわからない。
連絡を待つしかない、苛立ちに満ちた時間が過ぎて行く。
1時間以上立ったとき、ふと携帯が鳴る。友人からだったが、声は切羽詰っている。そして二言三言話したら途切れた。友人の所在地は全く聞き出せない…。
part-Vにつづく