RAY paint SSS / column____Concept
「写真は記録である。」
過去、日本において、
呪われし呪文のごときこの約束事を打ち壊し、新たな写真表現の地平を築こうとした先人たちがいました。
それは写真が美術から分岐した時点から引きずっている課題でもあり、
また現代のメディアミックスの状況下において、再び意識される問題となりました。
かつて幾人かの写真家の方々が、古くは昭和初期の芸術写真、そして第二次大戦後においてはスナップ至上主義以後の「アレ・ブレ・ボケ」に代表される手法、また他にも3色分解による特殊な表現…など。いずれも写真の記録性という枠の限界を越えようとさまざまな作品を創られました。
しかしいずれも主流にはなりませんでした。
時代的な問題も、もちろんあります。しかしこんな一説を聞いたこともあります。
「写真」 という言葉がいけない。
真実を写す。この意味がいけないんだ。ということらしいです。
写真というものの基本に立ち返ると、写真表現というものは存在せず、いかにその場にいてシャッターを切れるか?
このことがもっとも大事です。そして、シャッターが開いてフィルムまたは受光素子に露光している間は絶対にブラしてはいけない…。
しかし、記録とその再現と言うことに拘るならば、写真でなくてもいいのではないでしょうか。
映像というメディアがあるんですから。
それに映像の方が遥かに臨場感をもって解かりやすく見る人に伝達出来ます。
いまやデジタルカメラ内蔵の携帯電話があふれかえる中で、「写真」と言う言葉に忠実である事に意味を感じません。
そして、美術から受け継いできた写実記録性と言う問題を、もう映像に預けてしまう方が良いと私は思っています。
「写真」ではなく「photograph」。つまり光の記録と概念を変えた時、
そこには新たな可能性の地平が広がるのです。
ここでは、表層を切り取る写真から、表現の写真へ。そして記録性の枠を越える写真を提示していこうと思っています。
Photographic Artist Shizuma,Sakakibara 写真家 榊原静磨(靜磨)