特集:ペアライフシステム預託金詐欺商法事件
被害者の声


《1990年前後のバブル期、悪徳不動産会社カネシロが第一勧銀(現・みずほ)、三菱銀行(現・東京三菱)と提携して引き起こしたペアライフシステム預託金詐欺商法は多くの被害者を出しました。銀行による巨額な過剰融資被害にあった被害者たちは、生活を守るため、被害者の会を結成し、大銀行の横暴とたたかってきました。銀行の貸し手責任を負わないかたくなな態度のため、10年以上経つも未だに、解決せず、被害者たちは家族ぐるみで苦しんでいます。
 ペアライフ詐欺商法被害者たちの怒りの手記、生の訴えを随時紹介します。

■岸田義彦さんの怒りの訴え

 昭和61年2月頃妻の実兄である田代恒夫の紹介でカネシロを知り、カネシロの社長が自宅に来て、日野の土地付きアパート(平成15年競売)の購入を勧められました。この時は、住友銀行高幡不動支店から融資を受けましたが、私の会社の状況(営業報告書の提出)、源泉徴収票の提出、また、住友銀行に呼び出され面接を受けた上で融資が実行されましたが、物件価格1憶2800万のうち1憶しか融資はおりませんでした。
 平成元年9月実兄(恒夫)がペアライフの話を妻に持って来たようです。パンフレットには銀行の融資額、物件価格、預託金、月当たりローン金額、月当たりローン充当金、賃貸借料、お客様の収益金の欄がありましたが、パンフレットの内容については特になされなかったようです。その後2〜3回ほど実兄(恒夫)が来て妻に話をしていきましたが、ローンの返済が何を減資としてどのようになされるか、また、預託金がどのようなものなのかも説明がなっかったようです。妻は、この段階で当然日野のアパート同様に購入する物件の賃貸借料によってローンの返済が行われれるものと解釈をしておりました。
 以前、住友銀行で融資を受けたときには厳格な審査と面接がありましたので今回も当然三菱銀行(現東京三菱銀行)に呼ばれて審査を受けるものだと考えておりましたが、恒夫(妻の実兄)が、銀行の融資書類を持参し私どもの印鑑を借り私の書類は誰が署名したかは判りません。(当時私は、単身赴任で自宅には1〜2ヶ月に一度帰れればいい方でした。私が全く知らない間に行われた融資で、住友銀行の時とは全く違っていました)捺印し銀行へ持って行きすぐに融資が下りてしまいました。何の審査もなく、また、面接もなく、銀行からは一切の連絡もないままに融資が決定されました。総額で1憶5880万という金額でその内訳にについてはほとんど理解していませんでしたが社会的信用が高い大手都市銀行がそんなに簡単に融資する物件であるということは、ペアライフシステムは信用できる話なのだと感じました。
 預金通帳には融資金額が振り込まれ、その後で、払戻書や、振込依頼書を書いたこともないのにほぼ全額引き出されカネシロに対して振り込みがなされておりました。
 その後、カネシロが経営に行き詰まり私どもが直接物件の家賃を集金するようになって初めて家賃収入が19万程度しかなく80万のローン返済額のうち60万がカネシロの持ち出しであることをしりました。60万を補填する財力は私どもにはありませんのですぐに銀行により取引停止となった後、初めて三菱銀行の担当者が私どもの家に来て返済を迫りました。
 その後、返済出来ずにダイヤモンド信用保証(株)に債権が移り、今度はダイヤモンド信用保証から呼び出しがかかり一括返済を迫られたり、私の会社に返済に催促の電話も来ました。また、妻は心労から来るストレスにより平成9年12月11日に平衡感覚を失いめまいにより倒れてしまいました。意識はあるが歩くことも出来ず、自分の手足を思うように動かせなくなってしまい医者からはメニエール病と診断されました。
 この件で三菱銀行に全く責任がないとは到底思えず、早く納得のいく解決が成されることをねがっております。
 現在は、物件は全て競売になり自宅は、執行官の調査は済み、期日が何時はいるのか、自宅が何時とられてしまうのか、眠れない夜を過ごしています。


■老沼恵美子さんの怒りの手記


 多摩市のカネシロ不動産は、第一勧業銀行、三菱銀行などと提携し、「手持ち資金なしで、確実な資産形成ができる」「節税対第にもなり安定した収入が得られる」などの謳い文句で、ペアライフ・システムを一般の人々に勧誘、販売していました。
 ペアライフ・システムとは、カネシロ所有の不動産を顧客の自宅や所有している物件を担保に、金融機関から売却代金と売却代金とは別に預託金として高額の融資を受けさせ、預託金は、カネシロあるいは、その子会社である東京ファクタリングで、株・ゴルフ会員権売買などで運用する商法です。または、この預託金を貸して金利を取り、そこからお金を借りて株等を売り買いしている人達がいたようです。その中には、銀行員・弁護士・税理士・司法書士なども含まれています(これは、後で調べて分かったことです)。
 また、対象となる不動産賃貸価格を大幅に上回る設定がされており、カネシロは、その不動産を一括かりあげして高額の賃料支払いを保証し「預託金」については、10年または6年間に渡り毎月元本を償還するとともに運用益として元本の減少とは無関係に一定額の支払いを保証し、更に10年または、6年後には買い受けた時の5割増し以上の金額で買い戻し契約がされていました。
 購入者の中には、自宅の建替えのために銀行に融資の相談に行き、そこで自己資金がなくても、自宅の建替えができると、銀行員に紹介された人、地元の弁護士の所に別の件で相談に行って、ペアライフ・システムを紹介された人などもいます。
 当時母は78歳緑内障で、第一級身体障害者、二年前には大腿骨骨折で、人工股関節置換術を受けていた。収入は、小額のアパート収入と、公的年金だけでした。
 連帯保証人の私は、平成二年二月までは、母の病院の送り迎え身の回りの世話をしていました。3月から、友人に紹介され、輸入雑貨の店に勤め始めたばかりでした。
 4月ごろだったと、記憶していますが、カネシロの社員が、見てほしい物件があると、再三言ってきました。カネシロとは、二年程前、事業用の買い替えで、アパートを買ったときの不動産会社です。見るだけという約束で、案内されました。
 二年前に買ったアパートローンも5000万円以上、28年も残っているので、まったく購入する、気はありませんでした。一月程して、カネシロの社長と社員が、説明だけでも聞いてほしいと、自宅にきました。「ペアライフ・システムは前にも申し上げたように、銀行員、弁護士、税理士もやっている。もし変なものであったら、銀行は融資をしないから、心配しないで良い」と、カネシロの社長は説明しました。最初は三菱銀行の融資と言うことでした。三菱銀行は6300万円しか融資しないということなので、この融資の話は、成立しなかったと、思っていました。6月入って、第一勧業銀行が、融資するので、挨拶にきたいと、カネシロから連絡がありました。わたしの勤務の都合により、6月12日(火曜日)夜9時過ぎに、カネシロの社長、社員と、第一勧業銀行の社員が、自宅にきました。
 融資の申し込み書を、そのとき書いたと思います。2年前に買ったアパートの担保物件に余力があるので、その物件に担保をつけさせてほしいと、勧銀の融資課長が、もうしました。そこに担保を設定するとは、そのときまで考えてもいませんでした。
 リスクを心配して母が、勧銀の融資課長に、もしカネシロが倒産して、支払いができなくなった時のことを聞くと、「購入物件を売れば、返済できるから心配ない」という説明を受けました。
 書類には印紙も貼ってなく、この段階で契約が、成立するとは考えていませんでした。
それに、一度もあった事もない三菱銀行との契約が、成立しているとは考えてもいませんでした。カネシロには銀行の融資がおりなければ、売買契約は成立しませんから、心配要りませんと、言っていました。
 7月10日ころに通帳の記帳をしたところ、勧銀が自宅にきた2日後に、三菱銀行と勧銀からの融資がなされて、さらに口座よりカネシロに振り込まれていました。
 銀行に行ってもいないのに融資がおりるとは、思いもしませんでした。まさか、一流銀行の第一勧銀と三菱銀行が、不正な融資をするとは、当時は思ってもいませんでした。
 二年前にカネシロと、取引をした直後より勧銀の広報誌(家づくり)が毎月カネシロから送られてきました。更に年末ジャンポ、サマージャンボの宝くじもカネシロが、家族の人数分と言って70枚を3回もってきました。近所でもカネシロと第一勧銀の人とカネシロの人はよく飲みに行っていると、うわさになっていました。隣の家を買ったのがカネシロで、それを紹介したのも第一勧銀の融資課長だと、聞いています。
 バブルの最中とはいえ7億4000万円とは、売ったご本人もびっくりしたそうです。それを買う資金を融資したのは、第一勧銀ではなく、関連のノンパンクだったそうです。後の調べでわっかたのですが、7億4000万円でも高すぎるのに更に1億おおい8億4000万円も融資がなされていました。その物件は、競売になり2年まえに6800万円で、落札されたそうです。
 平成5年に母がなくなり相続が発生しました。平成6年4月から3ケ月に渡り、勧銀の融資課長および行員から毎日5−6回電話および訪問(朝8時より夜9時ごろ)してきた。
 ある日は午後8時ごろ回覧を届け、自宅に戻ると家の前に勧銀の行員がいました。自宅に入れなくなり、一時間あまりに渡り、車で後をつけられました。6月には行ってもそれは続き、ある朝、兄が勤めに出る前に、勧銀の行員が、自宅にきました。話がしたいと、言うことだったので、こちらには、契約書に類するものは、一切受け取っていないので、あるなら、9時過ぎに兄が帰るので持ってくるように、言いました。9特過ぎに、勧銀の行員が、4人で、来ましたが、契約書は、もって来ませんでした。
 7月に入って内容証明が、とどいた。
 3ケ月ほどして、三菱、第一勧銀に、融資に関する書類を渡してほしいと、電話をしました。三菱銀行は、翌日、書類を準備してくれました。第一勧銀には、差し入れなので、渡せないと、言われました。後に、「昭和61年に差し入れの契約書もコピーを渡すように」という全銀協の通達が、出でいたことをしりました。
 平成8年に銀行から呼び出しがあり、弁護士に自分の書いた書類のコピーは、すべてもらうことができると、聞いていたので、払い出し書や、振込み依頼書のコピーを、もらいました。コピーに押されていた、印影は、母の銀行印のようでしたが、筆跡は、家族の書いたものではありませんでした。「未完払い」、「通帳なし」の印が押してあり、「印鑑不鮮明につき、再徴求」の印が押してありました。白紙に印鑑をおした、記憶‥もないし、銀行に行ってもいないのにもうひとつ印鑑が押してありました。母は他人に印鑑を渡すようなひとではありません。このように、通常では、起こりえないことが行われていた。 このシステムの契約は一見購入者が銀行借り入れによって、不動産を購入し、運用を、カネシロに任せるように見えるが、しかし、このシステムの実態は、購入者を、介して、金融機関から、より多額の金銭を、融資させ、金融機関もまた、貸し付け残高を増加させ、かつ、そのリスクは購入者が、負担するという、システムでした。
 このシステムを問題なく維持するには、10年以上にわたり、預託金を、きわめて、高率(年20−30%)に運用する必要があり、その間、継続的に、賃料相場とは、大きくかけ離れた、高額の賃料を、支払う必要があり、さらに、預託金元金償還継続する一方で、最後まで同額の利息の支払いが、必要になる。このような事が、確実に行われる事が前蔓になっている事はカネシロはもちろん融資を行った金融機関も熟知していたはずです。
 結果として、カネシロおよび東京ファクタリングは、契約締結後10年以上に渡り、支払いを行うどころか、短い人では2ケ月(平成3年1月ころ)、で賃料支払い、預託金償還、預託金利息の支払いを、遅延し始め、平成3年夏頃には、すべて停止してしまい、時事上平成3年10月倒産しました。
 そして、購入者には、金融機関に対するローンの支払いと、価値のない、物件が残りました。
 融資金額は、4000万円から30億円、総額は約180億、被害者は約150名。
 今の銀行法は、銀行に有利に出来ていて差し入れ方式により、契約書も渡してもらえない。
 裁判所は印鑑さえ押してあれば、署名は誰のものでも、その書類は有効であるとの見解を、くずしていない。