「なになに? 怜緒ちゃんのお知り合い?」
「し、知らないよっ」
 怜緒はぷるぷると首を振った。
「なーにとぼけてんだよッ! 守護霊様」
 片方の男が怜緒の肩を叩く。
「は?」
「とぼけているのはお前の頭だ。馬鹿はすっこんでいろ」
 きつめの男がその男を押し退けて怜緒の手を掴んだ。
「お前が夢に出てきた。俺を守ってくれたんだ。」
「えッ…」
「ちょいとキツいお兄さん。彼は男どすよ?」
 花魁口調で蓮が口を挟む。
「わかっている。何だお前は」
「俺? 俺は某有名私立の三年生。無敵のナンパ師、伊吹蓮様だ!」
「そうか、君は怜緒というのか。俺は瀬生薫という」
「ちょっとあーた! 聞きなさいよ!」
「え、えーと…。話が良く見えないんですけれども」
 怜緒は無理に笑顔を浮かべ、何とか事態の把握に努めた。
「出張守護霊だろ? アリガトウゴザイマ…うぐ!」
「黙れ」
 薫の容赦ない裏拳が炸裂した。
「確かに君が混乱するのも無理はない。何しろ俺でさえいきなりこんな所に飛ばされて途方に暮れてるんだからな」
「瀬生さんも?」
「ああ。だがまずは君の話を聞かせてくれ」
「…はい」
 怜緒は出来るだけ頭を整理しながら事のいきさつを話した。謎の女性の夢、日本の終わりの夢、ときどき聴こえる幻聴の事……普通なら精神異常を疑われるような話だとは思いながら、笑われるのを覚悟で怜緒は話した。
(ヘンな奴だと思われちゃうかな…)
だが予想に反して3人の態度は真剣そのものだった。それどころか、さっきまで軽口を叩いていた蓮までもが真剣になっていたのだ。
「俺の夢にも……出る。白い服を着た女性が」
「俺もだぜ。麗しの女神様」
「お前の夢に何でオレのバババァちゃんが出て来るんだ?」
 沈黙。
「なんか、俺達にやってもらいてー事があるみたいだな、女神様は」
「バババァちゃんだろ?」
「馬鹿は黙っていろ」
ドゴ!
「みんなも……おんなじなの?」
 怜緒が目を丸くして三人を見る。
「俺は女神様のスリーサイズを推定するぐらいしか出来なかったけどな」
「出来なかったんじゃなくて、しようとしなかったんだろう」
「オレはてっきりバババァちゃんが怒(いか)ってンのかと思ってたけどな。でも街が燃えてバケモンに襲われる夢は見たぜ。ハッキリ覚えてんのは霞ヶ谷だけだけど、良く見たらここにいる奴等全員いた気がする」
「…嘘みたいな話だが…この目で見てしまってはな」
「ま、いいじゃん。俺達は強烈な秘密を共有してる仲間だって事が判明したんだからさ」
 蓮の言葉に何故か怜緒は微笑んだ。
「仲間…ですか。そう、ですよね」
 ささやかな嬉しさが怜緒の胸に込み上げてきた。
「よっし! いい事考えた。もし無事に帰れたらさ、明日夕方6時、東京タワーの展望室で落ち合おうぜ」
「ふむ、悪くないな」
「僕も賛成だよ」
「よっし! これがただの夢じゃねーって確認だな!」
「じゃ、話がまとまったとこで人捜しを再開しようぜ」
 いつの間にか蓮が仕切っている。いい加減で馬鹿な事を言っている割にリーダーシップはあるようだ。
 と、不意にガタン! と音がした。四人がそちらを見ると、中学生くらいの少女が街の奥へと走って行く。
「あ…人」
「女の子はっけぇーーーんッ!」
 怜緒のセリフを遮って蓮は叫ぶと、猛ダッシュで走り出した。
「は、速い」
「さながら狩りだな」
 少女の足で蓮の速さにかなうはずもなく、距離はグングン縮まっていく。
「や…、こ、来ないでぇぇッ!!」
 少女は不意にこちらに向き直り、絶叫して両手を突き飛ばすように前に突き出した。
「クッ?!」
 白い光が炸裂し、蓮は思い切り吹き飛ばされた。
「いてぇッ!」
 ズザザザッ、と音を立てて蓮が倒れる。
「い、伊吹君!」
「ッてえ…。何が起こったんだ?」
 少女は怯えきった顔のまま息を切らし、震えている。
「どうしたの? そんなに怯えて…」
 怜緒の声に弾かれたように少女はビクッと身体を震わせた。
「つ…捕まらないわ!」
 少女の周りの空間が波紋のように揺らぎ、少女は姿を消した。
「きっ! 消えた!!」
「何て事だ…」
「伊吹君…大丈夫?」
 怜緒が蓮を抱き起こす。
「………」
「ど、どこか怪我したの?」
「……刺激的だぜ……」
「へ?」
「惚れたぁッ!」
 がばっと起き上がる。
「捜すぜ! んでおとーす!」
「火、ついちゃったみたい……」
「まあ…あの娘には色々聞かねばならない事がありそうだからな。捜すか」
 半ば呆れながら承諾する薫。
「でもあの子…凄く怯えた目をしてた」
「霞ヶ谷…」
「さっき僕らを見て逃げ出した時…何だか凄く怯えきった様子だったんだ。まるで何かに追われてるみたいに」
「つまり俺達以外に何かがいるという事か?」
「…多分」
「だとしたら余計に急がなくてはな」
 仰いだ先には、少し白茶けた様子の学校らしき建物がそびえていた。
「学校…?」
「突然消えることのできる相手に言うのもなんだが…身を隠すには都合の良さそうな場所だ」
 この街の何処かにあるであろう彼女の自宅を探すよりも、まずは身近な可能性を当たって見たほうが良い。そう結論付けて、一行はそこを目指した。

*  *  *

 近付いてみると、そこは県立らしき中学校だった。やはり人の気配はない。
「ここが君と俺との愛の巣になるんだね〜」
「こいつの脳には虫がわいているのか?」
「と、とにかく中に入ろうよ。それから伊吹君、もうあんなスピードで追いかけちゃダメだからね」
 怜緒は浮かれている蓮にそう釘を刺した。


 校舎内も不気味なほどに静かで、人のいる気配はない。
「本当にあの子、こんな所にいるのかなぁ」
「てゆうか、どーしてこうも人がいねぇんだろ」
「わかんないけど…。……伊吹君、何見てるの?」
 蓮の手には紺の小さい手帳が開かれている。
「ん。あの子の生徒手帳」
「えッ?!」
 驚いて蓮から手帳をひったくる。確かに表紙にはこの学校の校章が印刷されていた。
「1−Bだってよ。そこ行ってダメだったら家の方に行ってみようぜ。住所書いてあるから」
「…。いつの間に盗んでいたんだ」
 呆れと驚きが入り混じった声で薫が呟く。
「転んでもタダじゃ起きない奴だから、俺」
 飄々と言ってのける蓮を見て、怜緒は素直に感心した。