「ひゅー……団体さんのお出ましだ」
「ど、どうしよう…あんな数…見た事無い」
ミドリがまた泣き出した。
「ねえ、見て! 人だよ!」
怜緒が指差した先には、黒髪の青年が立っていた。
「誰だ…あれ」
校門の上に立ち、黒いコートをたなびかせる一人の男。
「ミドリちゃん、あの人…」
「知らない。あんな人、出て来た事ないもの…」
「裏門もダメだッ。囲まれてやがる」
様子を見に行っていた震が走り込んで来た。
「チッ。成す術なしか…」
その時、窓から覗きこむ怜緒と男の視線がぶつかった。
(やばッ…!)
ギクリとする怜緒。男の眼に怪訝な色が浮かんだ。
「…部外者、か? ヒト風情が何故この娘の夢の中に入って来れる…?」
男は口中で呟いた。見れば他にも少年がいるようだ。
「…考えるより聞くが早いか」
男はそう結論付けると、ふわりと腕を横に払った。すると化け物達が一斉に道を開ける。
「…あいつの命令で動いてるのか?」
「僕達に、来いってコトか…」
怜緒達は目配せしてから教室を出て男の許へと向かった。
* * *
「ほう……来たか」
化け物のひしめく校庭で向かい合う。男の命令を忠実に守っているのだろうか、化け物は怜緒達を襲おうとはしない。だが喰らいたい衝動まではおさまっていないらしく、殺気がひしひしと伝わって来る。
(…ヤベェな)
震は本能的に直感した。化け物、というより男に対する警戒が強まっていく。
この獣達はどうやら群れをなしていながら、それぞれが自身の破壊衝動に従って活動しているようだ。こういう生物を従わせるモノ…それは圧倒的な『力』の差しかありえない。手合わせしなくとも男の常人を超越した力が推し量られた。
「…お前達に問う」
と、男が口を開いた。
「何故、どのようにして、この娘の世界(こころ)にいる」
「知るかよ。こっちが聞きたいっつの」
「……偶然の事故か?」
「…あんたは? ワケ知り顔じゃん」
「…私は高御。それ以上に何を問う」
ヒトの形をしていながら、男には人では無いような雰囲気が備わっていた。
「…どうしてミドリちゃんを狙うんですか」
怯むことなく怜緒が問う。
「私がしている事ではない。娘は『鍵神』に魅入られてしまった…ただ、それだけだ」
「…助けられないんですか?」
「鍵を失うわけにはいかぬ。娘の事は不運であったが仕方ない」
「おいおい。アンタそりゃ無責任ってモンじゃない?」
苛立ちを隠せない声で蓮が言った。
「…案ずるな。お前達の意識は出してやれるからな」
高御はそう言うと手を差し伸べて見せた。
「私の手を取れ。娘の意識(このせかい)と心中したくなければな」
「おい! オレ達は助けられても…葉月は助けられねぇって言うのかよ!」
「娘一人の為に『鍵神』を犠牲には出来ん。さぁ、私と来るがいい」
「ッ…!」
「……行きません」
怜緒の凛とした声が響いた。その場の者の迷いを、断ち切るかのように。
「霞ヶ谷……さん」
「怜緒ちゃん…」
「僕は…見捨てたりしないから」
高御の眉が僅かに吊り上がった。
「何も出来なくても、僕は誰かを見捨てたくない」
「……右に同じ。一度引っ掛けた女のコは、最後まで守る主義なモンで」
蓮が進み出る。
「他人の犠牲の上に生かされる人生など、願い下げだ…俺も残ろう」
「乗りかかった船だしなッ」
最早、少年達は迷いも畏れも消えた瞳をしている。抹消(ころ)す事は容易いが……だが。
「そうか…。この世界と運命を共にすると言うのなら仕方ない。それが……君達の望みなのだから」
高御の足元から風が生まれる。
「しかし、『鍵神』を殺めるような事があれば……容赦はせぬ」
竜巻が巻き起こり、高御は消えた。
「消えやがった……」
と、化け物達が咆哮(さけ)び、暴れ始めた。抑止力を失った所為だろう。
「くッ…囲まれたな」
化け物の一匹がミドリに襲い掛かる。
「危ないッ!」
咄嗟に怜緒は飛び出してミドリを庇った。刹那鋭い爪が振り下ろされて目を閉じるが、予想していた痛みはやって来ない。
「あれ…?」
見上げるとそこには、化け物の攻撃を受け止めている蓮の姿があった。
「い、伊吹君!」
「困るんだよねぇ。俺の友達とかわゆいミドリちゃんに手ェ出されちゃ」
止めた腕を滑らせ、相手の体勢を崩すと、蓮は地面に手をついて思い切り相手の喉笛を蹴り上げた。化け物は瞬時に白目を剥いて倒れ、動かなくなった。
「おにーさん本気になっちゃうよ?」
からかうように不敵に笑う、その格好良さに思わず見とれる怜緒。
「年上の余裕で道開けてやっからさ。ミドリちゃんに傷付けんなよッ」
物怖じすることなく駆け出す蓮。
「霞ヶ谷! だいじょぶかッ!」
声がした方向を振り返ると、震が手を振っている。
「風間君! うしろッ!!」
震の背後から化け物が襲いかかり、怜緒は悲鳴を上げた。
「ヘヘッ。心配ありがとよッ!」
震は反してニヤリと笑い、向き直り様化け物の太い腕を掴んだ。攻撃の勢いを活かしてその腕を引き込み、流れるように背面を取る。
(上手いッ…!)
遠心力のついた踵落しが首に炸裂し、化け物は鈍い悲鳴と共に地に倒れた。
「生憎予習済みなんだよ。てめェらの戦法(パターン)はな」
化け物はもう声も無く失神している。
「…でもまァ、趣味様様だぜ」
「か、風間君…」
言いかけた瞬間、今度は震が叫んだ。
「霞ヶ谷! 後ろだッ!!」
「えッ?!」
弾かれるように振り返ると、巨大な爪が怜緒の眼前に振り下ろされていた。
「――!!」
反射的に身をかわす事も出来ず、怜緒の瞳が見開かれる。
(やられる……!!)
「霞ヶ谷!」
刹那、薫が間に割って入った。腕を鋭い爪に添わせるようにしてその攻撃を受け流す。
「せ、瀬生さんッ?!」
体勢の崩れた化け物の足をパンと払い、巻き込むように叩き落とす。骨の砕ける嫌な音がして、化け物は動かなくなった。
「怪我は?」
「あ、ありません」
「そうか。こいつら…体躯の巨大さに圧倒されていたが、攻撃は大味で協調性も無いとみえる。殻の無い頚部さえ狙えば、人間でも互角に渡り合えよう」
(…この人達…)
ただ者じゃない、と怜緒は思った。
「ほら、行きな! こいつらは俺様達が引き受けちゃうから」
「う、うんッ。みんな、気をつけてね!」
怜緒とミドリは走って行った。三人が背中を預け合いながら構える。
「なかなかやるじゃーん。薫、震!」
「伊達に格闘技マニアやってねーって!」
「ふん…」
「あら、薫ちゃんご機嫌ナナメ?」
「うるさいッ! いちいち茶化すな!」
「いや〜ん、怒られたぁ。こわぁ〜い」
「……伊吹って、カマ?」
「まっ! 失礼な! プンプンだわ!」
「おふざけはそこまでだ……来るぞ」
薫の瞳がキツくなる。
「おしッ!」
震が意気込む。
「――頼りにしてるぜ? 2人とも」
蓮が軽い調子でウィンクする。
「……しばしの間、お前らにこの命、預けよう」
正面を見据えたまま薫が言い、三人は化け物との戦闘に突入した。
* * *
「…ったく、何なんだっつの!」
息を切らせながら震がぼやいた。
「無駄口を叩くな。酸素の無駄だ」
こちらも息を切らした薫が受ける。
「倒しても倒しても次々と出てくるしよ…。おまけに頚を狙わなきゃ攻撃が通用しねぇと来たもんだ」
先ほど誤って殻を攻撃した際の衝撃で、震の拳はすっかり痺れていた。
「俺(おとな)のミリキに惹かれて来ちゃったのよ」
肩で息をしながらも軽口を叩く蓮。
「メスか? こいつら」
「うーん、いい指摘だな!」
チラッと視線を廻らし、怜緒達が無事に逃げ切った事を確認する。
「……怜緒ちゃん達はうまく逃げたみたいだな」
「囮の役割は果たせたか。……ならば」
三人で目配せし、頷き合う。
「逃げるぞッ!」
三人は怜緒達の行方を追って走り出した。
続 戻 |