LIST/専門別・医師のエッセイ
(注;解説つきはvol.5、6、7も参照してください。)
| 主に日本の臨床医のエッセイ(歌集・句集)を専門科目別に列挙します。専門は著者略歴に記載 してあるものを優先し、肩書きは執筆時のもの、エッセイは一部啓蒙書を含みます。 エッセイといっても、内容・配列はランダムです(^_^;)。店主のおすすめは太字で。 また、末尾に“聞き書き”、“郷土医史(?)”に分類されるものを一括の予定。 |
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| 同じ専門の著者名の配列もランダムです。年功序列ではありませんのて゛、念のため(^_^)。 文庫本のページにもあります。 |
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| 販売価格は定価の半額程度、入手しにくいもので6割程度に設定とお考え下さい。郵送・手数料はご注文一回につき380円。ご注文は「LIST・エッセイ/書名」のように、メールかFAX、もしくはお電話で。 | |
| このリストでは、原則として文庫本は除外しています。また、品切れの場合削除することがあります。 |
このお二人の本は、付録として一括。
【付録・永井明さんの本】 【付録・米山公啓さんの本】
| 専 門 | 書 名 | 著者名 | 著者略歴(執筆時のもの) | 出版社 | 刊年 | 価格 |
| 忘れえぬ患者 (上・下) |
− | 170人の医師たちが忘れられぬ患者を語る。 | メディカル ・トリビューン |
1981 | 売り 切れ |
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| 『医の心』を 燃やし続け |
− | 全国の医師会長ら62人へのインタビュー。 | 日本医療企画 | 1989 | 1000 | |
| 私の出会った名ドクター | 水野肇 | 中田瑞穂、黒川利雄、武見太郎、塚本憲甫、時實利彦、榊原仟、山村雄一氏らへのインタビュー。 | 読売新聞社 | 1991 | 800 | |
| 日本の名随筆 「名医」 | 斎藤茂太編 | 医師とは限らないが、若月俊一、岩城宏之、神谷美恵子、千葉敦子、永井明氏らのエッセイ。(注;当店在庫は箱なし。) | 作品社 | 1994 | 600 | |
| 外科 | 三弓先生のひとりごと 街医者のカルテから |
伊藤三弓 | 1929年生まれ。千葉医専卒。西新宿に開業。 | あずさ書店 | 1991 | 700 |
| 手術と不安 | 内村逸郎 | 1934年生まれ。千葉大医学部卒。柳原病院院長。 | 勁草書房 | 1989 | 900 | |
| メスとパレット | 森武生 | 1944年生まれ。東大医学部卒。都立駒込病院勤務。 | 婦人之友社 | 1996 | 1000 | |
| メスとパレットU 無影燈のかげ |
森武生 | 同 上 | 婦人之友社 | 2003 | 800 | |
| 眠りへの散歩道 | 太田和夫 | 1931年生まれ。東大医学部卒。東京女子医科大学腎臓病総合医療センター名誉所長。 | 春陽社 | 2002 | 800 | |
| 患者を生かす医者、 死なす医者 |
大鐘稔彦 | 1943年生まれ。京都大学医学部卒。現在、阿那賀診療所院長。 | 講談社 | 1998 | 900 | |
| 無輸血手術 | 大鐘稔彦 | 同 上 | さいろ社 | 1998 | 800 | |
| 鬼手仏心 (注;VOL.7に解説) |
大鐘稔彦 | 同 上 | 集英社 | 1995 | 700 | |
| 赤ひげは死なず | 大鐘稔彦 | 同 上 | 講談社 | 1995 | 売り きれ |
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| 医者のマナー | 大鐘稔彦 | 同 上 | 金原出版 | 1998 | 1000 | |
| ナースのマナー | 大鐘稔彦 | 同 上 | 金原出版 | 1996 | 600 | |
| 患者のマナー | 大鐘稔彦 | 同 上 | 金原出版 | 2001 | 900 | |
| 私の名診・誤診・迷診 | 大鐘稔彦 | 同 上 | 旺史社 | 1989 | 500 | |
| 私が出会った 外科医たち |
大鐘稔彦 | 同 上 | 金原出版 | 2002 | 2000 | |
| 外科医べからず集 梶谷語録に学べ |
大鐘稔彦 | 同 上 | 金原出版 | 2005 | 1500 | |
| 手術室から「セ・ラ・ヴィ」(注;VOL.7に解説) | 森岡恭彦 | 1930年生まれ。東大医学部卒。東大教授退官後、日赤医療センター院長。 | 講談社 | 1994 | 売り きれ |
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| ヒロシマの外科医の回想 | 原田東岷 | 1912年生まれ。慈恵会医科大卒。広島市で開業。 | 未来社 | 1977 | 900 | |
| ヒロシマのばら | 原田東岷 | 同 上 | 未来社 | 1989 | 800 | |
| 命見つめて 六十年 |
原田東岷 | 同 上 | 渓水社 | 1997 | 1400 | |
| リトル東京で、 ゆっくり診療十七年 |
入江健二 | 1940年生まれ。東大医学部卒。青医連運動参加の後、ロサンゼルスで開業。 | 草思社 | 1999 | 1000 | |
| リトル東京 入江診療所 |
入江健二 | 同 上 | 草思社 | 1991 | 800 | |
| 太閤さんの歯 | 堀凖一 | 1935年生まれ。東大医学部卒。 | 旺史社 | 1996 | 800 | |
| 閑かなる死 | 黒柳弥寿雄 | 同 上 | ゆみる出版 | 1990 | 800 | |
| 医者の ひそかな反省 |
阿部令彦 | 1925年生まれ。慶大医学部卒。聖路加国際病院臨床医学教育顧問。慶大名誉教授。 | 主婦と生活社 | 1995 | 700 | |
| 治る医療、 殺される医療 |
小野寺時夫 | 1930年生まれ。東北大学医学部卒。 | 読売新聞社 | 1998 | 900 | |
| 私的町医者 生態学 |
矢吹清人 | 1937年生まれ。弘前大学医学部卒。矢吹外科医院開業。 | 東京書房社 | 1988 | 700 | |
| アニーの夏 | 矢吹 清人 |
同 上 | 東京書房社 | 1985 | 700 | |
| 雑草の如く生きて | 本多憲児 | 1918年生まれ、東北大学医学部卒。福島県立医科大学教授。 | 自費出版 | 1992 | 900 | |
| 患者には 言えない |
本多憲児 | 同 上 | 扶桑社 | 2000 | 800 | |
| 外科医の告白 | 本吉晴夫 | 1923年生まれ、岡山大学医学部卒、外科を開業。別著「告発」は小説集。 | 三樹書房 | 1992 | 700 | |
| 白衣をぬいで | 岸としお | 1917年生まれ、東京医専卒、海軍医学校卒。軍医ののち、目黒に開業。 | 自費出版 | 1999 | 700 | |
| マメしくてらが〜 | 西川泰右 | 1936年生まれ、弘前大学医学部卒。同大講師を経て青森にて開業。 | 北の街社 | 1995 | 700 | |
| 天皇さま お脈拝見 |
杉村昌雄 | 1909年生まれ、東大医学部卒、女子医専(東邦大学医学部)教授を経て、宮内庁侍医。 | 新潮社 | 1982 | 500 | |
| メスと鋏の間に | 君島善次郎 | 1924年生まれ、千葉医大卒。東京・三鷹市で開業。 | イーストプレス | 2000 | 800 | |
| 医の中の蛙 | 勝海進一郎 | 1931年生まれ、順天堂大学医学部卒。和光市で開業。 | 近代文芸社 | 1997 | 700 | |
| 雪原に描く シュプール |
大平整爾 | 1937年生まれ、北大医学部卒。日鋼記念病院院長。透析外科が専門。 | 日本メディカル センター |
2001 | 1000 | |
| 中古外科医 −心の旅日記− |
池田典次 | 1928年生まれ、横浜医大卒。元横浜市立市民病院外科部長。 | 近代文藝社 | 1993 | 600 | |
| よみがえれ!町医者 | 藤井康広 | 1954年生まれ、東京慈恵会医科大学卒。藤井医院院長。 | 日本評論社 | 2001 | 800 | |
| 無胃人からの伝言 | 山田淳一 | 1910年生まれ、北大医学部卒。北海道健康保険北辰病院長。 | 自費出版 | 1995 | 500 | |
| 新・白衣のポケット | 松浦雄一郎 | 1936年生まれ、広島大学医学部卒、同大教授、医学部長。 | かまくら春秋社 | 2003 | 800 | |
| チョコレートを1.2トン食べました | 森部一雄 | 1928年生まれ、昭和医学専門学校卒、病院勤務医、船医を経て、日本生命名古屋診査センター勤務。 | ネスコ | 1997 | 800 | |
| 病気にならない生き方 | 新谷弘実 | 1935年生まれ、順天堂大学医学部卒後渡米、胃腸内視鏡や大腸内視鏡手術のパイオニア。 | サンマーク出版 | 2005 | 800 | |
| 脳外科 | 医のこころを求めて | 大塚顕 | 1932年生まれ。新潟大学医学部卒。長野赤十字病院勤務。 | 医療タイムス | 1991 | 700 |
| 脳外科最前線 | 平塚秀雄 | 1935年生まれ。東京医科歯科卒。佐々総合病院勤務。 | 廣済堂 | 1996 | 1000 | |
| やさしい脳神経外科 | 平塚秀雄 | 同 上 | 中野書店 | 1991 | 800 | |
| OH!脳 | 小宮博一 | 1951年生まれ。富山医科歯科大卒。国保成東病院外科医長。 | 名著出版 | 1996 | 900 | |
| 脳外科医だから できること |
神野哲夫 | 1940年生まれ。慶応大学医学部卒。藤田保健衛生大学医学部、脳神経外科学教授。 | リヨン社 | 2000 | 700 | |
| 脳神経外科 | 脳を診る 命に出会う | 安芸都司雄 | 1950年生まれ。慶応医学部卒。東京都済生会中央病院勤務。 | 集英社 | 1998 | 売り きれ |
| 医学の危機 | 安芸都司雄 | 同 上 | 世界書院 | 1993 | 1000 | |
| 総理の病室 | 三輪和雄 | 1927年生まれ。社会保険中央病院勤務。 | 新潮社 新潮文庫 |
1982 1986 |
500 200 |
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| 脳を活かす | 三輪和雄 | 同 上 | ブレジデント社 | 1986 | 売り きれ |
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| あげは蝶が飛んだよ | 三輪和雄 | 同 上 | 朝日イブニング ニュース社 |
1986 | 売り きれ |
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| いのちある限り | 三輪和雄 | 同 上 | サイマル 講談社文庫 |
1976 1985 |
600 200 |
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| 脳外科医の告白 | 三輪和雄 | 同 上 | 講談社 | 1994 | 800 | |
| 脳とともに | 竹内一夫 | 1923年生まれ。杏林大学教授。厚生省“脳死に関する研究班班長”。 | 講談社出版 サービスセンター |
1989 | 1200 | |
| 笑いの処方箋 | 中島英雄 | 1944年生まれ。群馬大学医学部卒。 中央群馬脳神経外科病院院長。 落語家としての芸名、桂前治。 |
法研 | 1997 | 売り きれ |
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| 笑って脳ドック | 中島英雄 | 同 上 | 講談社 | 2000 | 700 | |
| ドクターワッシーの 中国旅日記 |
石黒修三 | 1941年生まれ。金沢大学医学部卒。 | 北國新聞社 | 1992 | 800 | |
| 偉人たちのお脈拝見 | 若林利光 | 1952年生まれ、神戸大学医学部卒の脳神経外科医。“病跡学”を 主張し、歴史史上の人物を診断する。 |
日本医療企画 | 1998 | 売り きれ |
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| 医者の独り言 | 神保実 | 1933年生まれ。東大医学部卒。東京女子医科大学教授。 | 楽友舎 | 2002 | 600 | |
| ラストホープ | 福島孝徳 | 1942年生まれ。東大医学部卒。カロライナ脳神経研究所、マルセイユ大学、フランクフルト大学教授。 | 徳間書店 | 2004 | 700 | |
| 福島孝徳 脳外科医 奇跡の指先 |
PHP研究所 | エッセイではないが、上記福島先生に取材した本なのでここに置く。 | PHP研究所 | 2005 | 700 | |
| 小児 脳神経外科 |
おしゃべりな診察室 | 藤原一枝 | 1945年生まれ。岡山大学医学部卒。都立墨東病院勤務。 | 講談社 | 1992 | 売り 切れ |
| 心臓外科 | 在米日本医師の独白 | 廣瀬輝夫 | 1926年生まれ。千葉大医学部卒。元ニューヨーク医科大学教授。 | 学生社 | 1995 | 1000 |
| ジャパニーズ・ドクター | 廣瀬輝夫 | 同 上 | 講談社 | 1987 | 売り きれ |
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| 心臓の秘密 | 瀬斉幸安 | 1930年生まれ。日大医学部卒。日大第二外科教授。 | 法研 | 1996 | 800 | |
| ふたつの心臓 | 武内敦郎 | 1925年生まれ。京都大学医学部卒。大阪医科大学第二外科教授。 | メディカ出版 | 1997 | 900 | |
| 続・ふたつの心臓 | 武内敦郎 | 同 上 | メディカ出版 | 2003 | 900 | |
| 虫を愛で医を語る | 岡田慶夫 | 1926年生まれ。京都大学医学部卒。元滋賀医科大学学長。 | 近代文芸社 | 1997 | 1000 | |
| 外科医の祈り | 新井達太 | 1926年生まれ。東京慈恵医科大学卒。埼玉県立小原循環器病センター総長、など。 | メディカル トリビューン |
2001 | 700 | |
| 心臓外科医 | 南淵明宏 | 1957年生まれ。奈良県立医科大学卒。大和成和病院心臓病センター長。 | 講談社 | 2003 | 800 | |
| ブラックジャックはどこにいる? | 南淵明宏 | 同 上 | PHP研究所 | 2003 | 700 | |
| 心臓外科医の挑戦状 | 南淵明宏 | 同 上 | 中央公論新社 | 2004 | 800 | |
| いい医者・いい病院の見分け方 | 南淵明宏 | 同 上 | 二見書房 | 2003 | 800 | |
| 異端のメス | 南淵明宏 | 同 上 | 講談社 | 2008 | 700 | |
| 頭頚部外科 | のど医者の記 | 佐藤武男 | 1925年生まれ。阪大医学部卒、熊本大学教授を経て、大阪府立成人病センター総長。 | 医薬ジャーナル社 | 1991 | 1000 |
| 呼吸器外科 | 大きく息を吸って | 藤澤武彦 | 1942年生まれ。千葉大大学院(医学)卒。千葉大教授を経て、同大付属病院院長、同大副学長。 | 日経BP企画 | 2007 | 800 |
| 消化器外科 | 千里清話 | 岡村純 | 1932年生まれ。阪大医学部卒。大阪逓信病院院長。肝臓移植にもかかわる。 | メディカ出版 | 1996 | 1200 |
| けんこう列車 | 井上毅一 | 日本獣医畜産大学獣医学部卒、福島医大卒。世田谷に開業。 | ライフリサーチ | 1997 | 800 | |
| 外科医のメス | 白樫雅規 | 1955年生まれ。三重大学医学部卒。 | 健友館 | 2003 | 700 | |
| やぶ医者! 誤診、ミス、事故は こうして起こる |
東海林茂樹 | 1949年生まれ。北大医学部卒。秋田労災病院、藤原記念病院などに勤務。 | 祥伝社 | 2004 | 800 | |
| 心のスケッチ | 小山靖夫 | 1929年生まれ。岡山医科大学卒。栃木県立がんセンター名誉所長。 | 自費出版 | 2004 | 700 | |
| 小児外科 | アメリカで医者を やるにはわけがある |
木村健 | 1937年生まれ。神戸大学医学部卒。アイオワ大学教授。 | 草思社 | 1995 | 1100 |
| 「不思議の国の アリス」症候群 |
角田昭夫 | 1952年東大医学部卒、神奈川県立こども医療センター顧問。 | 講談社 | 1993 | 1000 | |
| 脱腸外科医のレッドカード | 浅野周二 | 1936年生まれ、金沢大学医学部卒、石川県立中央病院小児診療センター室長など。 | 叢文社 | 2002 | 500 | |
| 救急・ 外傷外科 |
救命センターからの 手紙(注;VOL.7に解説) |
浜辺祐一 | 1957年生まれ。東大医学部卒。都立墨東病院医長。 | 集英社 集英社文庫 |
1998 2001 |
800 200 |
| こちら救命センター | 浜辺祐一 | 同 上 | 集英社文庫 | 1992 | 200 | |
| 救命センター 当直日誌 |
浜辺祐一 | 同 上 | 集英社 集英社文庫 |
2001 2004 |
800 200 |
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| 救命センターからの手紙、再び | 浜辺祐一 | 同 上 | 集英社 | 2005 | 800 | |
| 整形外科 | 人間修繕学の はざま |
桜井実 | 1932年生まれ。東北大学理学部から医学部へ進学。同大名誉教授。 | 近代文芸社 | 1998 | 1000 |
| 医者はミスしちゃいけないの? | 加藤芳正 | 1949年生まれ。名古屋市立医科大学卒。名古屋市名東区で開業。 | 新風舎 | 2004 | 700 | |
| 愛と幻想のニュータウン | 齋藤清人 | 1953年生まれ。慈恵医科大学卒。横浜市で整形外科を開業。 | 悠飛社 | 2001 | 700 | |
| とんでもはっぷん | 五島信幸 | 九州大学医学部卒。整形外科医院を開業。 | 文芸社 | 2003 | 600 | |
| リハビリ | 札幌発 リハビリテーション物語 |
岡本五十雄 | 1943年生まれ。札幌医科大学卒。勤医協札幌丘珠病院勤務。 | 桐書房 | 1993 | 800 |
| 美容外科 | 美人にメス | 折登岑夫 | 1943年生まれ。東大医学部卒。米国で開業、帰国後も開業。 | 朝日新聞社 | 1993 | 700 |
| こちら美容外科110番 | 折登岑夫 | 同 上 | 草思社 | 1994 | 900 | |
| 病理学 | 私の歩んだ道 −比較病理学 |
千葉胤孝 | 1922年生まれ。北大農学部畜産学科卒、家畜の腫瘍などを通じて病理学を研究。 | 近代文藝社 | 1994 | 売り 切れ |
| がん哲学 | 樋野興夫 | 1954年生まれ。順天堂大学医学部病理学教授。 | to be 出版 | 2004 | 売り 切れ |
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| ひとこと ひととき 心をこめて |
大裕一 | 1918年生まれ。東大医学部卒。元東京医科大学学長。 | 金原出版 | 1987 | 800 | |
| 神経病理学 | 神経病理学に魅せられて | 平野朝雄 | 1926年生まれ。京都大学医学部卒。アルバート・アインシュタイン医科大学・モンテフィオーレ医療センター教授。 | 星和書店 | 2003 | 1000 |
| 酔芙蓉の花が紅に染まる頃 | 田中順一 | 1937年生まれ。京都府立医科大学卒。東京慈恵会医科大学教授、等。 | 興仁社 | 2003 | 600 | |
| 解剖学 | 南半球の月 | 粟屋和彦 | 1922年生まれ。九州大学医学専門部卒、山口大学医学部教授から同大学長を務める。 | 近代文藝社 | 1991 | 900 |
| 未来世代のために | 森千里 | 1960年生まれ。旭川医科大学卒、千葉大学大学院医学研究院教授。森鴎外の曾孫にあたる。 | 環境新聞社 | 2004 | 500 | |
| 人生はわからない | 岡本道雄 | 1913年生まれ。京都大学医学部卒、元京都大学医学部総長。 | 法研 | 2004 | 700 | |
| 麻酔科 | 麻酔科医物語 | 永井一成 | 国立相模原病院勤務。 | 日総研 | 1988 | 1100 |
| ガンで死ぬのも悪くない | 諏訪邦夫 | 1937年生まれ。東大医学部卒。帝京大学医学部教授。 | 講談社 | 1996 | 800 | |
| 老医の言いたい放題 | 伊東和人 | 1924年生まれ。千葉医科大学卒。国立千葉病院麻酔科医長などを歴任。 | 日本図書 刊行会 |
1998 | 1000 | |
| 中年ドクター、 宇宙飛行士受験 奮戦記 |
白崎修一 | 1958年生まれ。弘前大学医学部卒。釧路赤十字病院麻酔科医。 | 学研 | 2000 | 700 | |
| 放射線科 | 長崎の鐘 | 永井隆 | 1908年生まれ。長崎医科大学卒。長崎にて原爆被災。1951年放射線障害にて死去。 | サン・パウロ | 1995 | 200 |
| この子を残して | 永井隆 | 同 上 | サン・パウロ | 1995 | 300 | |
| いとし子よ | 永井隆 | 同 上 | サン・パウロ | 1995 | 300 | |
| ロザリオの鎖 | 永井隆 | 同 上 | サン・パウロ | 1995 | 300 | |
| 如己堂随筆 | 永井隆 | 同 上 | サン・パウロ | 1996 | 300 | |
| 原子雲の下に生きて | 永井隆 | 同 上 (これは被曝した子供たちの体験をまとめた本) |
サン・パウロ | 1996 | 300 | |
| 永井隆に愛と平和を考える | サンパウロ編 | 番外(^_^;)。課題図書感想作文コンクールより。 | サンパウロ | 1995 | 300 | |
| 永井隆 平和を祈り愛に 生きた医師 |
中井俊巳 | 番外(^_^;)。永井医師の伝記。 | 童心社 | 2007 | 700 | |
| 放射線障害を語る | 吉澤康雄 | 東大医学部放射線健康管理学教授。 | 東大出版会 | 1978 | 600 | |
| X線の影と光と | 小野庸 | 1921年生まれ。九州高等医専卒。福岡大学教授。 | 日本プランニング センター |
1990 | 1000 | |
| 放射線医学博識用語辞典 第二版 | 多田信平 | 昭和36年金澤医科大学卒、東京慈恵医大・放射線医学教授。 | 日本医事新報社 | 2002 | 1300 | |
| 法医学 | 死体は生きている | 上野正彦 | 1929年生まれ。東邦医科大学卒。元東京都監察医務院長。 | 角川書店 | 1990 | 600 |
| 死体を語る | 上野正彦 | 同 上 | 時事通信社 | 1989 | 600 | |
| 死体は知っている | 上野正彦 | 同 上 | 角川書店 | 1994 | 600 | |
| 死体を語ろう | 上野正彦 | 同 上 | 時事通信社 | 1997 | 700 | |
| 死体検死医 | 上野正彦 | 同 上 | 角川書店 | 1997 | 600 | |
| 死体の叫び | 上野正彦 | 同 上 | ぶんか社 | 2001 | 700 | |
| 死体の証言(対談集) | 上野正彦 山村正夫 |
同 上 | 素朴社 | 1990 | 600 | |
| 法医学教室の午後 | 西丸與一 | 1927年生まれ。横浜医科大学卒。横浜市立大学教授、等。 | 朝日新聞社 | 1982 | 600 | |
| 続法医学教室の午後 | 西丸與一 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1984 | 600 | |
| 法医学教室との別れ | 西丸與一 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1992 | 600 | |
| 死に方がわからない | 柳田純一 | 1934年生まれ。慶應大学医学部卒。東京都監察医。 | 東京書籍 | 1994 | 売り きれ |
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| 法医学への招待 | 石山c夫 | 1931年生まれ。東大医学部卒。帝京大学医学部教授。 | ちくま ライブラリー |
1991 | 700 | |
| 雪の中で死にたい | 月居典夫 | 北大医学部卒。札幌・西警察署監察医、等。 | 東京法令 | 1988 | 600 | |
| 水ばしょうの詩 | 月居典夫 | 同 上 (上記の続編) | 東京法令 | 1992 | 700 | |
| 片手で自絞死できるか | 桂秀策 | 1926年生まれ、岩手医専卒。岩手医科大学名誉教授。 | 読売新聞社 | 1998 | 700 | |
| エッセー 隠坊医者のたわごと | 吉村三郎 | 1916年生まれ、慈恵医大卒、東京都監察医医務院院長など。 | 近代文藝社 | 1995 | 600 |
| 内科 | 平和を作る人たち | 安藝基雄 | 1919年生まれ、東京帝国大学医学部卒。 | みすず書房 | 1984 | 1300 |
| 一臨床医として生きて(注;VOL.7に解説) | 安藝基雄 | 同 上 | 岩波書店 | 1994 | 1500 | |
| 臨床随想 | 祖父江逸郎 | 1921年生まれ。名古屋大学医学部卒、同大医学部長、付属病院院長を歴任。 | 名古屋大学 出版会 |
1984 | 900 | |
| いのちを愛した人 | 村瀬敏郎 | 1921年生まれ。慶応大学医学部卒、村瀬病院を開設、日本医師会会長などを歴任。 | 追悼集 刊行会 |
1998 | 1000 | |
| 阿部正和著作・講演集 | 阿部正和 | 1918年生まれ。慈恵医科大卒。同大内科教授、元学長。 | 医学書院 | 1993 | 2200 | |
| 医学を志す 平田幸正先生と語る |
平田先生 と語る会 |
1925年生まれ。九州大学医学部卒。東京女子医大糖尿病センター所長などを歴任。 | 篠原出版 | 1994 | 1700 | |
| 健康百科 | 高久史麿 | 1931年生まれ。東大医学部卒。自治医科大学学長。 | ライフ メディコム |
2000 | 700 | |
| いのちをもてなす | 大井玄 | 1935年生まれ。東大医学部卒。元国立環境研究所所長。 | みすず書房 | 2005 | 1000 | |
| 私の歩んだ道 (注;VOL.7に解説) |
日野原重明 | 1911年生まれ。京都帝国大学医学部卒。聖路加看護大学学長。 | 岩波書店 | 1995 | 700 | |
| 現代医療への提言 | 日野原重明 | 同 上 | 岩波書店 | 1995 | 800 | |
| 医と生命のいしずえ | 日野原重明 | 同 上 | 同文書院 | 1991 | 売り きれ |
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| いのちの器 | 日野原重明 | 同 上 | 主婦の友社 | 1989 | 800 | |
| 人生の四季に生きる | 日野原重明 | 同 上 | 岩波書店 | 1987 | 700 | |
| 命をみつめて | 日野原重明 | 同 上 | 岩波書店 | 1991 | 700 | |
| 生きることの質 | 日野原重明 | 同 上 | 岩波書店 | 1993 | 売り きれ |
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| 病むことみとること | 日野原重明 | 同 上 | 日本基督教団 出版局 |
1991 | 700 | |
| 出会いに学び、 老いに成長する |
日野原重明 | 同 上 | 講談社 | 1996 | 600 | |
| 健やかな いのちのデザイン |
日野原重明 | 同 上 | 岩波書店 | 1986 | 800 | |
| 看とりの愛 | 日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1994 | 900 | |
| いのちの終末を どう生きるか |
日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1987 | 700 | |
| 「いやし」の技の パフォーマンス |
日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1989 | 700 | |
| <ケア>の新しい考えと展開 | 日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1999 | 売り きれ |
|
| 音楽の癒しのちから | 日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1996 | 900 | |
| 「フレディ」から 学んだこと |
日野原重明 | 同 上 | 童話屋 | 2000 | 700 | |
| 生きかた上手 | 日野原重明 | 同 上 | ユーリーグ | 2001 | 600 | |
| 豊かに 老いを生きる |
日野原重明 | 同 上 | 春秋社 | 1995 | 600 | |
| 人生百年私の工夫 | 日野原重明 | 同 上 | 幻冬舎 | 2002 | 600 | |
| 病んでこそ知る 老いてこそ始まる |
日野原重明 | (高野悦子さんとの対談) | 岩波書店 | 2002 | 800 | |
| 文藝別冊 KAWADE夢ムック 日野原重明 |
日野原重明 | (「生き方を広げる副読本」との副題。) | 河出書房新社 | 2002 | 600 | |
| いのちの言葉 | 日野原重明 | (名言集) | 春秋社 | 2002 | 700 | |
| 医学と人間 | 山村雄一 | 1918年生まれ。大阪帝国大学医学部卒。同大学長、等。 | クリニック マガジン |
1987 | 4000 | |
| 霧多布人になった医者 | 道下俊一 | 1926年生まれ。北大医専卒、釧路赤十字病院浜中診療所長、町立浜中診療所長。 | 北海道新聞社 | 2004 | 800 | |
| 医者の病気 | 上原偉男 | 1920年生まれ。岡山医科大学卒。元岡山赤十字病院副院長内科部長。 | 編集工房ノア | 1990 | 1000 | |
| いのちを支える | 小笠原望 | 1951年生まれ。弘前大学医学部卒。高松赤十字病院内科部長。 | 四国新聞社 | 1997 | 700 | |
| 臨床医六十年の 軌跡 |
浅井一太郎 | 1911年生まれ。東大医学部卒。虎の門病院院長。 | 名著刊行会 | 1998 | 1200 | |
| ガンを診察して四十五年 | 二本杉皎 | 1915年生まれ。京大医学部卒。大阪赤十字病院長。 | 誠之書房 | 1987 | 800 | |
| 母さん医者、 遠く離れて単身赴任 |
鈴木陽子 | 1940年生まれ。大阪市立大学医学部卒。えりも町診療所勤務。 | 講談社 | 1994 | 800 | |
| 医者の目に涙 (注;VOL.7に解説) |
石川恭三 | 1936年生まれ。慶應医学部卒。杏林大学教授。 | 主婦と生活社 | 1990 | 700 | |
| 医者の目に涙 ふたたび |
石川恭三 | 同 上 | 主婦と生活社 | 1997 | 700 | |
| いのちの診断書 | 石川恭三 | 同 上 | 青春出版社 | 1994 | 700 | |
| 心に残る患者の話 | 石川恭三 | 同 上 | 主婦と生活社 | 1994 | 700 | |
| カルテの裏側に | 石川恭三 | 同 上 | 主婦と生活社 | 1992 | 700 | |
| 生へのアンコール | 石川恭三 | 同 上 | 岩波書店 | 1998 | 1000 | |
| ふつうの医者たち | 南木佳士 | 1951年生まれ。秋田大学医学部卒。佐久総合病院勤務。 | 文藝春秋 | 1998 | 600 | |
| 医者という仕事 (注;VOL.7に解説) |
南木佳士 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1995 | 700 | |
| 臆病な医者 | 南木佳士 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1999 | 700 | |
| ふいに吹く風 | 南木佳士 | 同 上 | 文春文庫 | 1996 | 200 | |
| 八十八歳の秋 若月俊一の語る 老いと青春 |
南木佳士 | 同 上 (注;インタビュー) | 岩波書店 | 1999 | 900 | |
| 死の中の笑み (注;VOL.7に解説) |
徳永進 | 1948年生まれ。京都大学医学部卒。鳥取赤十字病院勤務。 | ゆみる出版 | 1982 | 800 | |
| 心のくすり箱 | 徳永進 | 同 上 | 岩波書店 | 1996 | 900 | |
| 隔離 | 徳永進 | 同 上 | 岩波 ライブラリー |
1991 | 400 | |
| 病室 | 徳永進 | 同 上 | 太郎次郎社 | 1989 | 900 | |
| 形のない家族 | 徳永進 | 同 上 | 思想の科学社 | 1990 | 売り きれ |
|
| 老いと死がやってくる | 徳永進 | 同 上 | 雲母書房 | 1998 | 売り きれ |
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| 死のリハーサル | 徳永進 | 同 上 | ゆみる出版 | 1986 | 700 | |
| 医療の現場で 考えたこと |
徳永進 | 同 上 | 岩波書店 | 1995 | 1000 | |
| やさしさ病棟 | 徳永進 | 同 上 | 新潮社 | 1998 | 700 | |
| ニセ医者からの出発 | 徳永進 | 同 上 (注;当店在庫は少々汚れ(^_^;) | 同友館 | 1993 | 700 | |
| こんな人に 会っちゃった |
徳永進 | 同 上 (注;佐野洋子さんらとの対談) | 看護の 科学社 |
1993 | 1000 | |
| 臨床医のノート | 徳永進 | 同 上 | MED | 2001 | 1100 | |
| 野の花診療所まえ | 徳永進 | 同 上 | 講談社 | 2002 | 800 | |
| 死の文化を豊かに | 徳永進 | 同 上 | 筑摩書房 | 2002 | 800 | |
| 人あかり | 徳永進 | 同 上 | ゆみる出版 | 2004 | 800 | |
| 野の道往診 | 徳永進 | 同 上 | NHK出版 | 2005 | 700 | |
| 野の花診療所の一日 | 徳永進 | 同 上 | 共同通信 | 2003 | 700 | |
| 藪医者のつぶやき | 森田功 | 1926年生まれ。三重大学医学部卒。元順天堂大学講師。 (注;同じ著者の小説はvol.11参照) |
毎日新聞社 | 1981 | 500 | |
| 藪医者のほんね (注;VOL.7に解説) |
森田功 | 同 上 | 毎日新聞社 文春文庫 |
1986 1996 |
600 200 |
|
| やぶ医者のねがい | 森田功 | 同 上 | 毎日新聞社 文春文庫 |
1991 1998 |
600 200 |
|
| やぶ医者のなみだ | 森田功 | 同 上 | 毎日新聞社 文春文庫 |
1989 1997 |
500 200 |
|
| やぶ医者の一言 | 森田功 | 同 上 | 平凡社 文春文庫 |
1991 1995 |
600 200 |
|
| やぶ医者の正念場 | 森田功 | 同 上 | 平凡社 | 1996 | 600 | |
| やぶ医者の言い分 | 森田功 | 同 上 | 平凡社 文春文庫 |
1987 1994 |
600 200 |
|
| やぶ医者の散歩道 | 森田功 | 同 上 | 飛鳥新社 | 1995 | 800 | |
| やさしさ病棟 | 森田功 | 同 上 | 新潮社 | 1998 | 売り きれ |
|
| 町医者のうでまくり | 森田功 | 同 上 | 毎日新聞社 | 1998 | 700 | |
| 町医者四十年 | 森田功 | 同 上 | 平凡社 | 2000 | 700 | |
| 町医者 森田功の生涯 |
松中昭一 | 友人による森田功氏の評伝。 | 東京図書 出版社 |
2003 | 900 | |
| 病むこと生きること | 佐藤英一 | 1935年生まれ。神戸医科大学卒。同大学医学部教授。 | 文化創作出版 | 1990 | 800 | |
| 医者の目にも涙 | 佐藤英一 | 同 上 | 文化創作出版 | 1992 | 700 | |
| 医者の目にも涙そのニ | 佐藤英一 | 同 上 | 文化創作出版 | 1993 | 700 | |
| 医者の目にも涙その三 | 佐藤英一 | 同 上 | 文化創作出版 | 1995 | 700 | |
| 医者の目にも涙その四 | 佐藤英一 | 同 上 | 文化創作出版 | 1997 | 800 | |
| がんばらない | 鎌田實 | 1948年生まれ。東京医科歯科大卒、諏訪中央病院院長。 | 集英社 | 2000 | 800 | |
| あきらめない | 鎌田實 | 同 上 | 集英社 | 2003 | 800 | |
| 「こんな医者には 診てもらわん!」 |
矢野健一 | 1941年生まれ。阪大医学部卒。学生時代からラグビー、海外遠征登山、医師になってからも東南アジア医学踏査と、パワフルな方(^_^;)。 | どうぶつ社 | 2001 | 800 | |
| 医の名言 | 荒井保男 | 1924年生まれ。横浜市立医専卒。飯山医院院長。 | 中央公論社 | 1995 | 売り きれ |
|
| 野苺の咲く診療所 | 山本淑子 | 1948年生まれ。東京女子医科大卒。熊本、芳野診療所勤務。 | 日本 エディター スクール出版部 |
1995 | 800 | |
| カルテに 書かなかったこと |
井久保伊登子 | 岡山大学医学部卒。ご自身が胃がんで全摘手術を受けられた方。 | 青土社 | 1993 | 800 | |
| ちょっとしみじみ 悩みつきない医者人生 |
井口昭久 | 1970年、名古屋大学医学部卒、名古屋大学医学部付属病院長。 | 風媒社 | 2004 | 700 | |
| 朝霧の中へ | 熊谷優利枝 | 1911年生まれ。東京女子医科大卒。 | 日本随筆家 協会 |
1988 | 700 | |
| 医者の父から7人の 子供たちへ |
黒岩卓夫 | 1937年生まれ。東大医学部卒。ゆきぐに大和総合病院院長。 | 教育史料 出版会 |
1991 | 700 | |
| 病院潰して なるものか |
佐久友朗 | 1942年生まれ。東邦大学医学部卒。同大勤務の後、横浜・十慈堂病院院長。 | 勁文社 | 1994 | 800 | |
| まあ聞いて! 医療現場の おもてうら |
佐久友朗 | 同 上 | あけび書房 | 1998 | 900 | |
| 駆け出し医者の 診療日記 (注;VOL.7に解説) |
金光弘 | 東京、昭島市で開業。 | 自費出版 | 1994 | 売り 切れ |
|
| 駆け出し医者の 診療日記 パートU |
金光弘 | 同 上 | 自費出版 | 1997 | 700 | |
| 武石村往診日記 | 矢島嶺 | 長野県の診療所所長。 | KK ベストセラーズ |
1995 | 800 | |
| 道を開く | 江藤仁之 | 1926年生まれ。日本医科大学卒。 | 広報社 | 1989 | 800 | |
| 町医者の述懐 | 山上昭壽 | 1927年生まれ。和歌山県立医専卒。 | 勁草書房 | 1990 | 700 | |
| 患者が待っている | 馬場省二 | 1910年生まれ。東大医学部卒。各地の国立療養所に勤務。 | 朝日新聞社 | 1992 | 700 | |
| 人間の軌道 | 大島研三 | 1907年生まれ。東京帝国大学医学部卒。 | メディカル トリビューン |
1985 | 1000 | |
| こころをみる心で診る | 渡辺武 | 1952年生まれ。千葉医大卒。船橋で開業。 | リヨン社 | 1993 | 700 | |
| 過ぎし日々の名残り | 名尾良徳 | 1910年生まれ。千葉医科大学卒。 | 自費出版 | 1997 | 800 | |
| ナル先生の診療 いろはカルテ 上下 |
鳴沢淳英 | 京都大学医学部卒。広島市内で開業。 | 清風堂書店 | 1988 | 1200 (二冊) |
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| 犬の香典 | 村山実 | 新潟大学医学部卒。 | 自費出版 | 1994 | 600 | |
| パリ診断記 | 飯島眞 | 日大医学部卒。元日本館主治医。 | 啓明書房 | 1989 | 600 | |
| 人の情けは 医のこころ |
高柳新 | 東京医科歯科大卒。全日本民医連副会長。 | 新日本出版社 | 1998 | 800 | |
| 病者と医者の周辺 | 高橋有恒 | 1917年生まれ、六価クロム禍を告発した医師という。 | 双柿舎 | 1981 | 900 | |
| OK先生のメッセージ | 小野哲也 | これは医師である著者の出会った内科医OK先生の言行録。 | 近代文藝社 | 1995 | 500 | |
| セコイアの並木道 | 塩川優一 | 1918年生まれ、東大医学部卒。順天堂大学教授。リウマチの専門家。 | 日本医学館 | 1994 | 売り 切れ |
|
| 続・セコイアの並木道 | 塩川優一 | 同 上 | 日本医学館 | 1998 | 1000 | |
| 軍医のビルマ日記 | 塩川優一 | 同 上 | 日本評論社 | 1994 | 1000 | |
| 医の奉仕 | 小野康平 | 昭和5年慶應医学部卒。足利日赤病院院長叙勲記念の自費出版。 | 北泉社 | 1986 | 600 | |
| わらじ医者京日記 | 早川一光 | 1924年生まれ、京都府立医科大学卒。高齢者医療が専門。 | ミネルヴァ書房 | 1979 | 500 | |
| 続わらじ医者京日記 | 早川一光 | 同 上 | ミネルヴァ書房 | 1980 | 700 | |
| お迎え来た… ほな行こか |
早川一光 | 同 上 | 佼成出版社 | 1998 | 500 | |
| 老いと死のはなし | 早川一光 | 同 上 | 佼成出版社 | 1993 | 600 | |
| わらじ医者 健康問答 |
早川一光 | 同 上 | ふたば書房 | 1996 | 600 | |
| 長生きも芸のうち | 早川一光 | 同 上 | 小学館 | 1989 | 500 | |
| おいおい あんなぁ へぇ〜 |
早川一光 | 同 上 | ふたば書房 | 1990 | 500 | |
| 畳の上で死にたい | 早川一光 | 同 上 | 日本経済 新聞社 |
1986 | 500 | |
| 畳の上で大往生 | 早川一光 | 同 上 | ふたば書房 | 1988 | 500 | |
| ほな、また来るで | 早川一光 | 同 上 | 照林社 | 2004 | 800 | |
| わらじ医者の女房 | 早川ゆき | 上記、早川一光先生の奥様のエッセイ(^_^;)。 | ふたば書房 | 2001 | 1000 | |
| 私のすたこら人生 | 稲垣元博 | 1919年生まれ、慈恵会医科大学卒、芝病院名誉院長。東京民医連副会長。 | 学習の友社 | 1998 | 1200 | |
| 内科医のメモから | 菅邦夫 | 1914年生まれ、東大医学部卒、東京・渋谷区に開業。 | ことばの森工房 | 1988 | 600 | |
| 献血車中雑記帳 医想天外 |
手島第一郎 | 1925年生まれ、千葉医科大学卒、北九州赤十字血液センター所長。 | 葦書房 | 1988 | 800 | |
| 封印の扉 刑務所・拘置所、診療メモ |
塚田錦治 | 1956年生まれ、独協医科大学卒、クリニック院長の傍ら、刑務所・拘置所医務官を務める。 | 筑波書房 | 2000 | 600 | |
| ヒポクラテスの憂鬱 | 鈴木厚 | 1953年生まれ、北里大学医学部大学院卒、川崎市立川崎病院内科医長。 | 文光堂 | 2002 | 1200 | |
| 内視鏡医のたわごと | 勝健一 | 1939年生まれ、大阪医科大学卒、大阪医科大学第二内科教授。 | 金芳堂 | 2007 | 1200 | |
| (血液学) | 神様のくれた もうひとつの命 (注;小説ですが(^_^;) |
赤塚祝子 | 1947年生まれ。慶應医学部卒。横民病院勤務。 | 集英社 | 2000 | 700 |
| 医者修行 | 正岡徹 | 1932年生まれ。大阪大学医学部卒。日本血液学会会長。 | 医薬ジャーナル社 | 1997 | 1400 | |
| 血液病おろおろ旅 | 正岡徹 | 同 上 | 医薬ジャーナル社 | 2001 | 売り 切れ |
|
| (糖尿病) | 彼岸花の鎮魂歌 | 大森安恵 | 1956年生まれ。東京女子医科大学卒。糖尿病センター所長。 | 時空出版社 | 1992 | 1100 |
| 女医のこころ | 大森安恵 | 同 上 | 河出書房 新社 |
1996 | 1000 | |
| 野原か断崖か | 平岡茉莉 | (星山真理)1947年生まれ、新潟大学医学部卒、柏崎中央病院勤務。 | 考古堂書店 | 2002 | 800 | |
| 聴診器 私のようこそ、ようこそ |
馬場茂明 | 神戸大学第二内科教授、同病院長。 | メディカ出版 | 1989 | 600 | |
| ランゲルハンス島とともに | 馬場茂明 | 同 上 | 神戸新聞総合 出版センター |
2002 | 800 | |
| (透析学) | 透析医の泣き笑い | 後藤善昭 | 1939年生まれ。東京医科大卒。 | 秋桜社 | 1994 | 900 |
| 神経内科 | パリ医学散歩 | 岩田誠 | 1942年生まれ。東大医学部卒。同大助教授。 | 岩波書店 | 1991 | 1000 |
| 循環器科 | 3番診察室にどうぞ | 村崎芙蓉子 | 1935年生まれ。東京女子医科大卒。新宿三井クリニック勤務。 | 角川書店 | 1992 | 700 |
| こころに赤い聴診器 | 村崎芙蓉子 | 同 上 | 文化出版局 | 1983 | 600 | |
| 血圧はウソをつく | 渡辺尚彦 | 1952年生まれ。聖マリアンナ医科大学卒。同大講師。 | ネスコ | 1997 | 800 | |
| サイレントキラーの恐怖 | 渡辺尚彦 | 同 上 | アドア出版 | 1994 | 800 | |
| 心臓屋のちょっとひと言 | 山澤育宏 | 1939年生まれ。神戸大学医学部卒。東京医科大学教授。 | 朝日 カルチャー センター |
1994 | 700 | |
| 心臓病学 | 大統領からくじらまで | P.D.ホワイト | 1986〜1973年。ハーバード大卒。WPW症候群の発見者。世界の心臓病予防の父。 | 丸ノ内出版 | 1980 | 800 |
| 消化器科 | 風流医譚 (注;VOL.7に解説) |
上野幸久 | 1921年生まれ。東大医学部卒。 | 未来社 | 1980 | 1000 |
| 風流肝心譚 | 上野幸久 | 同 上 | 未来社 | 1984 | 1100 | |
| ベートーベンは肝硬変 | 上野幸久 | 同 上 | 未来社 | 1988 | 900 | |
| 月曜日は休肝日 | 上野幸久 | 同 上 | 保健同人社 | 1991 | 800 | |
| 医者の筆不精 | 西岡幹夫 | 香川医科大学第三内科教授。肝臓病が専門。 | NHK文化 センター高松 |
2001 | 600 | |
| 医者の診た日本国の処方箋 | 水野宏 | 1964年に名古屋市立大学医学部卒。同大臨床教授。 水野宏胃腸科開業。 |
碧天舎 | 2004 | 600 | |
| 明日こそ晴 | 酒井義浩(国光太郎) | 1941年生まれ。東京医科大学大学院卒。東邦大学大橋病院消化器内科教授。 | 東京医学社 | 2004 | 800 | |
| 私のアラビアンナイト −不思議の国の文化と医療事情− |
浅香正博 | 1948年生まれ、北大医学部卒、同大消化器内科学教授。 | 先端医学社 | 2005 | 700 | |
| 泌尿器科 | こちら泌尿器科110番 | 入澤俊 | 1928年生まれ。福島医科大学卒。喜多方市で開業。 | 草思社 | 1990 | 1000 |
| 続こちら泌尿器科110番 | 入澤俊 | 同 上 | 草思社 | 1992 | 1000 | |
| こちら泌尿器科110番 続の続 |
入澤俊 | 同 上 | 草思社 | 1996 | 1000 | |
| 必ず患者が知っておきたい 医者のホンネ |
池田直昭 | 1931年生まれ。東北大学医学部卒。池田病院院長。 | 三笠書房 | 1994 | 600 | |
| 「ヤブですいません」 | 喜多島周治 | 1999年生まれ。昭和48年、地元の医科大学に入学(^_^;)。 | エピック | 1999 | 700 | |
| 皮膚科 /泌尿器科 |
開業医だからできること | 関根博 | 1925年生まれ。千葉大医学部卒。東村山市で開業。 | リヨン社 | 1996 | 800 |
| 皮膚科 | 女医と結婚すべからず | 高瀬孝子 | 東京女子医大卒。つくば市内に開業。 | 多摩 ネットワーク センター |
1995 | 500 |
| 肌の歳時記 | 鈴木啓之 | 1938年生まれ。日大医学部卒。同大助教授。 | 講談社 | 1994 | 800 | |
| これでも医者だどさ | 高島巌 | 1930年生まれ。北大医学部卒。札幌市内で開業。 | 北海道新聞社 | 1991 | 800 | |
| めもらんどぅむ で でるまとろぎあ |
上野賢一 | 1927年生まれ。東大医学部卒。東大医学部講師、東京医科歯科大助教授、筑波大教授などを歴任の後定年。 | 金原出版 | 2003 | 2200 | |
| 人の魂は皮膚にあるのか | 小野友道 | 熊本大学医学部卒。同大医学部教授、医学部長。 | 主婦の友社 | 2002 | 1000 | |
| 耳鼻咽喉科 | いい加減な人ほど 病気が治る ふしぎな法則 |
弦本日芳 | 1961年生まれ。国立医学部(^_^;)卒。朝日野総合病院医長。 | リヨン社 | 1999 | 700 |
| 間接鏡 | 南昌平 | 1919年生まれ。日本医科大学卒、開業医。 | 近代文芸社 | 1985 | 500 | |
| 医学への夢 | 檜 學 | 京都大学医学部卒。島根医科大学学長。 | ナカニシヤ 出版 |
1989 | 1200 | |
| はな・のど医者の やぶ的文明論 |
仙頭哲夫 | 九州大学医学部卒。東京都品川区に開業。 | 近代文藝社 | 1985 | 500 | |
| 続はな・のど医者の やぶ的文明論 |
仙頭哲夫 | 同 上 | 近代文藝社 | 1993 | 500 | |
| 続々はな・のど医者の やぶ的文明論 |
仙頭哲夫 | 同 上 | 近代文藝社 | 1997 | 500 | |
| 眼科 | 眼科医院物語 | 庄司肇 | 1924年生まれ。九州高等医専卒。木更津市に開業。 | 未来社 | 1987 | 800 |
| 陽先生の検眼鏡 | 中村陽 | ? | 自由企画 | 1993 | 700 | |
| 目は心と体の窓 | 小田逸夫 | 1927年生まれ。東大医学部卒。外科から眼科へ転ずる。 | 文芸社 | 1998 | 600 | |
| 定年時の断層撮影 | 福田雅俊 | 1925年生まれ。東大医学部卒。琉球大学医学部教授。 | 近代文藝社 | 1991 | 800 | |
| 面目ないが | 寒川猫持 | 1953年生まれ。眼科医にして、歌人、バツイチ、猫好き(^_^;)。 | 新潮社 | 1999 | 売り 切れ |
|
| 人生なんでん かんでん |
寒川猫持 | 同 上 | 講談社 | 2000 | 700 | |
| 眼とこころ | 桑原安治 | 1908年生まれ。慶応医学部卒。白内障研究の第一人者。 | 未来社 | 1983 | 800 | |
| 産婦人科 | 産婦人科医だから できること |
北村邦夫 | 1951年生まれ。自治医科大学卒。日本家族計画協会クリニック所長。 | リヨン社 | 1995 | 800 |
| 産婦人科医の カルテ |
天児都 | 1935年生まれ。九州大学医学部卒、福岡市内に開業。 | 石風社 | 1986 | 400 | |
| トシコのカルテ | 瀬戸トシコ | 東京女子医科大学卒。 | 桐書房 | 1991 | 800 | |
| 産婦人科診察室から | 井尾裕子 | 1956年生まれ。帝京大学医学部卒。立川市に開業。 | 小学館 | 1997 | 800 | |
| ただいま子育て中につき 本日休診 |
山崎利彦 | 1948年生まれ。京都大学医学部卒。 | 草思社 | 1995 | 700 | |
| 未来への処方箋 | 谷口二郎 | 1949年生まれ。東京医科大卒。宮崎市内で開業。 | 鉱脈社 | 1998 | 600 | |
| 私の開業医四十年間のあゆみ | 赤枝日出雄 | 徳島大学医学部卒。 | 近代文藝社 | 1991 | 600 | |
| 上海より上海へ | 麻生徹男 | 1910年生まれ。九大医学部卒。陸軍軍医として中国各地を移動。 | 石風社 | 1993 | 1200 | |
| 胎児たちのサバイバル | 多祢雅夫 | 1936年生まれ。神戸医科大学卒。六甲病院、神戸逓信病院に勤務。 | 神戸新聞 総合出版センター |
2000 | 800 | |
| 過去からの発信 | 野平知雄 | 1927年生まれ。東京医科大学専門部卒、同大付属病院に勤務。 | 健友館 | 2002 | 700 | |
| 閑窓夜話 | 高橋毅一郎 | 1885年(明治18年)生まれ。東京帝国大学卒。 | 日本醫事 新報社 |
1995 | 800 | |
| 性摩訶不思議 | 石濱淳美 | 1915年生まれ。九州帝国大学卒。 | 彩図社 | 2002 | 500 | |
| あの日、あの時、 一期一会 |
雨森吉彦 | 1932年生まれ。東大医学部卒、日赤病院に勤務。 | 新風舎 | 2004 | 800 | |
| 小児科 | 紫のつゆ草 | 養老静江 | 1899年生まれ。東京女子医専卒。鎌倉で開業。養老孟司先生の母(^_^) | かまくら 春秋社 |
1992 | 800 |
| ひとりでは生きられない (注;上記の改題。同内容。) |
養老静江 | 同 上 | かまくら 春秋社 |
2004 | 800 | |
| 赤ちゃんとの時刻 | 細谷亮太 | 1948年生まれ。東北大学医学部卒。聖路加国際病院小児科部長。 | 朝日新聞社 | 1998 | 売り 切れ |
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| いのちを見つめて | 細谷亮太 | 同 上 | 岩波書店 | 1998 | 売り 切れ |
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| 小児病棟の四季 | 細谷亮太 | 同 上 | 岩波現代 文庫 |
2002 | 400 | |
| いつもいいことさがし | 細谷亮太 | 同 上 | 暮しの手帖社 | 2005 | 700 | |
| 命のノート | 細谷亮太 | 同 上 | 講談社 | 2006 | 700 | |
| 医者が泣くということ | 細谷亮太 | 同 上 | 角川書店 | 2007 | 800 | |
| 小児疾患と文学 | 角田昭夫 | 東大医学部卒。神奈川県立こども医療センター勤務。 | 日本 医事新報社 |
1989 | 1200 | |
| 推理小説医学考 | 角田昭夫 | 同 上 | 日本 医事新報社 |
1996 | 売り きれ |
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| 沖縄の島医者 | 藤江良雄 | 1926年生まれ。千葉大医学専門部卒。沖縄県医療福祉センター診療所長。 | サイマル出版会 | 1982 | 600 | |
| 花のように | 馬場一雄 | 1920年生まれ。東大医学部卒。 | メディ サイエンス社 |
1987 | 1000 | |
| われらいかに死すべきか | 松田道雄 | 1908年生まれ。京都大学医学部卒。戦後自宅で開業。 | 平凡社 ライブラリー |
2001 | 400 | |
| 小児科医の反抗期 | 廣田貴久 | 愛知医科大学卒。 | 朝日新聞 出版サービス |
1997 | 700 | |
| こどもたちのカルテ | 大宜見義男 | 1939年生まれ。名古屋大学医学部卒。 | メディ サイエンス社 |
1985 | 800 | |
| ぼりぼり先生ありがとう | 岩堀晃 | 1957年生まれ。千葉大医学部卒。神奈川県立こども医療センター勤務。1997年狭心症のため39歳で死去。 | 岩堀晃追悼文集 編集委員会 |
1998 | 800 | |
| 素敵なお母さん | 相沢昭 | 1934年生まれ。東邦大学医学部卒。中野区に開業。 | グラフ社 | 1993 | 500 | |
| ハイ、こども診療所です | 梅村浄 | 1945年生まれ。田無市の自宅で診療所開業。 | 晶文社 | 1995 | 1100 | |
| こどもの心に耳をすます | 梅村浄 | 同 上 | 岩波書店 | 2001 | 900 | |
| こどもの病む世界で | 日下隼人 | 1947年生まれ。東京医科歯科大学卒。武蔵野赤十字病院勤務。 | ゆみる出版 | 1984 | 500 | |
| おせっかい先生の 診療室 |
王瑞雲 | 1940年生まれ。東京女子医科大学卒。国立市に開業。 | 樹心社 | 1993 | 1000 | |
| 王先生の親子カルテ | 王瑞雲 | 同 上 | 樹心社 | 1994 | 1000 | |
| 少女はすぐに 母になる |
王瑞雲 | 同 上 | 樹心社 | 2002 | ||
| お医者さんは 神様ではない |
山田真編 | 同 上 (※厳密にはエッセイではありませんが(^_^;) |
筑摩書房 | 1987 | 500 | |
| 子ども診療室から | 山田真 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1993 | 600 | |
| 闘う小児科医 ワハハ先生の青春 |
山田真 | 同 上 | ジャパンマニシスト | 2005 | 900 | |
| 毛利子来の 子育てストーリー |
毛利子来 | 同 上 | 筑摩書房 | 1988 | 600 | |
| えせ医者Mの 伝説 |
毛利子来 | 同 上 | 新潮社 | 2001 | 700 | |
| 親と子、 ないしょの話 |
毛利子来 | 同 上 | ちくま文庫 | 1994 | 200 | |
| たぬき先生の 小児科ノート |
毛利子来 | 同 上 | ちくま文庫 | 1992 | 200 | |
| 医系家族 | 寒川正明 | 1917年生まれ。東京慈恵医科大学卒。戦後、開業。 | 近代文藝社 | 1993 | 700 | |
| 妻と旅のはじまり | 山岸稔 | 慶大医学部卒、元産業医科大学教授。 | 診断と 治療社 |
1994 | 1200 | |
| こどもは未来である | 小林登 | 1927年生まれ、東大医学部卒、国立小児病院院長。 | 岩波書店 | 1993 | 500 | |
| 風韻怎思(ふういんしんし) | 小林登 | 同 上 | 小学館 | 2005 | 800 | |
| こんな患者は よそへ行け |
大峡弘義 | 1953年生まれ、順天堂大学医学部卒、大はざま小児クリニック院長。 | 文芸社 | 2000 | 700 | |
| 解体母性新書 | 大川尚美 | 1955年生まれ、東海大学医学部卒、横浜市内で開業。 | かまくら春秋社 | 2001 | 700 | |
| 今でも気になっている | 宮城英雅 | 1938年生まれ、東京医科歯科大学卒、沖縄で開業。 | ボーダー インク |
2005 | 600 |
| 精神科 心療内科 |
新版 人間をみつめて |
神谷美恵子 | 1914年生まれ。津田英学塾、東京女子医大卒。 | 朝日新聞社 | 1974 | 売り きれ |
| こころの旅 | 神谷美恵子 | 同 上 | 日本評論社 みすず書房 |
1974 1982 |
700 800 |
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| 若き日の日記 (著作集 補巻) |
神谷美恵子 | 同 上 | みすず書房 | 1984 | 1400 | |
| 心の病気と 現代 |
秋元波留夫 | 1906年生まれ。東大医学部卒、東大教授、松沢病院院長などを歴任。 | 東京大学 出版 |
1976 | 600 | |
| 精神医学逍遥 | 秋元波留夫 | 同 上 | 医学書院 | 1994 | 2300 | |
| 心の医療 | 秋元波留夫 | 同 上 | 大月書店 | 1980 | 売り 切れ |
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| 新 未来のための回想 | 秋元波留夫 | 同 上 | 創造出版 | 2002 | 1400 | |
| 精神医学遍歴の旅路 10の講演 | 秋元波留夫 | 同 上 | 創造出版 | 2004 | 1400 | |
| 彷徨記 | 西丸四方 | 1910年生まれ。東大医学部卒。 | 批評社 | 1991 | 1400 | |
| 精神医学者の 随想 |
高良武久 | 1912年生まれ。九大医学部卒、慈恵会医科大学で森田正馬教授に師事。 | ナツメ社 | 1983 | 売り 切れ |
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| 精神科医が ものを書くとき 〔T〕 |
中井久夫 | 1934年生まれ。京大医学部卒。神戸大学医学部教授。 | 広英社 | 1996 | 売りきれ | |
| 精神科医が ものを書くとき 〔U〕 |
中井久夫 | 同 上 | 広英社 | 1996 | 売りきれ | |
| 治療文化論 (同時代ライブラリー) |
中井久夫 | 同 上 | 岩波書店 | 1990 | 売り 切れ |
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| 精神科治療の 覚書 |
中井久夫 | 同 上 | 日本 評論社 |
1982 | 売り きれ |
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| 分裂病と人類 | 中井久夫 | 同 上 | 東京大学 出版会 |
1982 | 売り 切れ |
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| 記憶の肖像 | 中井久夫 | 同 上 | みすず書房 | 1992 | 売り 切れ |
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| 時のしずく | 中井久夫 | 同 上 | みすず書房 | 2005 | 1400 | |
| 最終講義 | 中井久夫 | 同 上 | みすず書房 | 1998 | 1000 | |
| こんなとき私はどうしてきたか | 中井久夫 | 同 上 | 医学書院 | 2007 | 売り 切れ |
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| 治療の テルモピュライ |
星野弘 他 |
この本は番外(^_^;)。中井久夫の薫陶を受けたという精神科医7人の論集と、座談会。 | 星和書店 | 1998 | 1500 | |
| 悩みをひとり 占めするのは やめなさい |
河野博臣 | 1928年生まれ。久留米大学医学部卒。がんのサイコオンコロジスト。 | 毎日新聞社 | 1999 | 売り きれ |
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| 人と人の間 | 木村敏 | 1931年生まれ。京都大学医学部卒、ドイツ留学後、名古屋市立大学医学部教授など。 | 弘文堂 | 1972 | 売り きれ |
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| 生命のかたち/ かたちの生命 新版 |
木村敏 | 同 上 | 青土社 | 1995 | 売り きれ |
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| 「精神が病む」 ということ |
浅野誠 | 1946年生まれ。千葉大医学部卒。遠山高史はペンネーム。 | 大和書房 | 1999 | 700 | |
| ビジネスマンの 精神病理 |
浅野誠 | 同 上 | JICC | 1990 | 700 | |
| ボーダーラインの 心の病理 |
町沢静夫 | 1945年生まれ。東大文学部心理学科、横浜市立大学医学部卒。国立精神・神経センター精神保健研究所勤務。 | 創元社 | 1990 | 900 | |
| ボーダーライン | 町沢静夫 | 同 上 | 丸善 株式会社 |
2003 | 900 | |
| 自尊心 という病 |
町沢静夫 | 同 上 | 双葉社 | 2000 | 800 | |
| 「自己中心性」の病理 | 町沢静夫 | 同 上 | 双葉社 | 1998 | 800 | |
| ある死刑囚 との対話 |
加賀乙彦 | 1929年生まれ。東大医学部卒。作家・精神科医。本名小木貞孝。 | 弘文堂 | 1990 | 800 | |
| 医者のホンネ (注;VOL.7に解説) |
柴田二郎 | 1928年生まれ。山口医専卒。山口大学教授。 | 新潮社 新潮文庫 |
1993 1995 |
700 200 |
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| 患者に言えない ホントの話 |
柴田二郎 | 同 上 | 新潮社 新潮文庫 |
1993 1997 |
700 200 |
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| 精神科 クリニック物語 |
柴田二郎 | 同 上 | 中央公論社 | 1993 | 売り 切れ |
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| 病いに 医者いらず |
柴田二郎 | 同 上 | 王国社 小学館文庫 |
1993 1999 |
売り きれ |
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| 精神科医だから できること |
酒井和夫 | 1951年生まれ。東大医学部卒。 | リヨン社 | 1994 | 800 | |
| 他人のままで | きたやま おさむ |
1946年生まれ。京都府立医科大学卒。北山医院院長。 | 集英社 集英社文庫 |
1985 1986 |
500 200 |
|
| みんなの精神科 | きたやま おさむ |
同 上 | 講談社 講談社α文庫 |
1997 2000 |
900 − |
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| みんなの深層心理 | きたやま おさむ |
同 上 | 講談社 | 1997 | 900 | |
| 心のカタチ、 こころの歌 |
きたやま おさむ |
同 上 | 講談社 | 1999 | 700 | |
| 心の消化と排出 | 北山修 | 同 上 | 創元社 | 1988 | 売り 切れ |
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| 幻滅論 | 北山修 | 同 上 | みすず書房 | 2001 | 1000 | |
| 止まらない回転木馬 | 北山修 | 同 上 (注;研修医時代のエッセイ集。元の定価\680(^_^;) |
中央公論社 | 1975 | 売り きれ |
|
| 戦争を知らない子供たち | 北山修 | 同 上 (注;大学5年生の時のエッセイ集。元の定価\450。) |
ブロンズ社 | 1971 | 売り きれ |
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| さすらいびとの子守唄 | 北山修 | 同 上 (元の定価\590。少しくたびれた本。) |
角川文庫 | 1971 | 500 | |
| 人形遊び | 北山修 | 同 上 (注;元の定価\680(^_^;) |
中央公論社 | 1977 | 500 | |
| 人形は語らない | 北山修 | 同 上 | 朝日出版社 | 1983 | 500 | |
| 「困った人たち」の 精神分析 |
小此木啓吾 | 1930年生まれ。慶應医学部卒。 | 大和書房 | 1995 | 600 | |
| 心のトラブル | 平井富雄 | 1927年生まれ。東大医学部卒。東大医学部分院神経科医長など。 | 東京書籍 | 1977 | 500 | |
| こころ医者の手帳 | なだいなだ | 1929年生まれ。慶應医学部卒。 | 毎日新聞社 | 1993 | 600 | |
| カルテの余白 | なだいなだ | 同 上 | 毎日新聞社 | 1977 | 400 | |
| 人はみな心病んで生きる | 大原健士郎 | 1930年生まれ。慈恵会医科大卒。浜松医科大学教授。 | 講談社 | 1993 | 600 | |
| おれたちは親子 | 大原健士郎 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1984 | 500 | |
| おれたちは家族 | 大原健士郎 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1989 | 売り 切れ |
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| 「職員室」の心の病 | 大原健士郎 | 同 上 | 講談社 | 1997 | 600 | |
| 神経質性格、 その正常と異常 |
大原健士郎 | 同 上 | 講談社 | 1997 | 売り きれ |
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| よりよい 生と死を求める |
大原健士郎 | 同 上 | PHP | 1998 | 700 | |
| 精神科医つれづれ | 大原健士郎 | 同 上 | 星和書店 | 1996 | 1200 | |
| 精神科医という生活 | 大平健 | 1949年生まれ。東大医学部卒。聖路加国際病院精神科部長。 | 講談社 | 1997 | 700 | |
| 貧困の精神病理 | 大平健 | 同 上 (当店在庫は、はしがきにマーカーの跡(^_^;) |
岩波同時代 ライブラリー |
1996 | 500 | |
| 診察室にきた赤ずきん | 大平健 | 同 上 | 早川書房 | 1994 | 700 | |
| 患者のカルテに見た自分 | 中沢正夫 | 1937年生まれ。代々木病院精神科部長。 | 情報センター 出版局 |
1986 | 700 | |
| ストレス「善玉」論 | 中沢正夫 | 同 上 | 情報センター 出版局 |
1987 | 600 | |
| 無視、時々、対話 | 中沢正夫 | 同 上 | 新日本出版社 | 1991 | 700 | |
| 地図は現物ではない | 中沢正夫 | 同 上 | 萌文社 | 1991 | 700 | |
| 六十で悪いか! | 中沢正夫 | 同 上 | 朝日新聞社 | 1998 | 900 | |
| 心は死なない | 鬼頭清裕 | 1954年生まれ。東京医科歯科大卒。都立松沢病院勤務。 | 三五館 | 1994 | 700 | |
| ブレークスルー | 鬼頭清裕 | 同 上 | 三五館 | 1994 | 600 | |
| リカちゃんコンプレックス | 香山リカ | 1960年生まれ。東京医科大学卒。 | 太田出版 | 1991 | 500 | |
| 「こころの時代」 解体新書 |
香山リカ | 同 上 | 創出版 | 2000 | 700 | |
| 自転車旅行主義 | 香山リカ | 同 上 | 青土社 | 1994 | 800 | |
| 町の精神科医 | 浜田晋 | 1926年生まれ。東北大学医学部卒。上野で開業。 | 星和書店 | 1991 | 1500 | |
| こころ医者の記 | 浜田晋 | 同 上 | 毎日新聞社 | 1985 | 売り きれ |
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| 老いを生きる意味 | 浜田晋 | 同 上 | 岩波書店 | 1990 | 売り きれ |
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| 新版 人はなぜ、 気が狂うのか? |
小田晋 | 1933年生まれ。東京医科歯科大卒。筑波大学教授。 | はまの出版 | 1994 | 700 | |
| 現代人の精神病理 | 小田晋 | 同 上 | 青土社 | 1992 | 900 | |
| 精神変容のドラマ | 小田晋 | 同 上 | 青土社 | 1994 | 900 | |
| 汗をかきかきレジデント | 野田文隆 | 1948年生まれ。千葉大医学部卒。武蔵野病院勤務。 | 星和書店 | 1991 | 1200 | |
| 男医にはわからないこと | 松井律子 | 1958年生まれ。神戸大学医学部卒。神戸市東灘区に開業。 | 三五館 | 1997 | 売り 切れ |
|
| わたしの心を 聞いて |
苅部千恵 | 昭和55年横浜市立大学医学部卒。1998年に横浜市内に開業。 | ぴいぷる社 | 2001 | 700 | |
| 精神科医のノート | 笠原嘉 | 1928年生まれ。京都大学医学部卒.藤田保健衛生大学教授。 | みすず書房 | 1976 | 800 | |
| 新・精神科医のノート | 笠原嘉 | 同 上 | みすず書房 | 1997 | 売り きれ |
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| 朝刊シンドローム | 笠原嘉 | 同 上 | 弘文堂 | 1985 | 700 | |
| アパシー・シンドローム | 笠原嘉 | 同 上 | 岩波現代文庫 | 2002 | 600 | |
| 患者は教科書 | 竹村堅次 | 1924年生まれ.慶應大学医学部卒。昭和大学医学部教授 | りん書房 | 1995 | 500 | |
| 心の傷を癒すということ | 安克昌 | 1960年生まれ。神戸大学医学部卒。同大附属病院勤務。 | 作品社 | 1996 | 900 | |
| 「家族」という名の孤独 | 斎藤学 | 1941年慶應医学部卒、家族機能研究所代表。 | 講談社 | 1995 | 800 | |
| 悩み上手は ストレス知らず |
斎藤茂太 | 1916年生まれ。慶大医学部卒。北杜夫の兄(^_^)。 | 家の光協会 | 1998 | 600 | |
| 女性なら誰でも 「母親」になれるのか |
斎藤茂太 | 同 上 | 講談社 | 1997 | 600 | |
| 豆腐の如く | 斎藤茂太 | 同 上 | 佼成出版会 | 1994 | 600 | |
| 斎藤茂太先生に 相談する |
斎藤茂太 | 同 上 | 同文書院 | 1991 | 700 | |
| 連れそって快老 看取って満足 |
斎藤茂太 | 同 上 | 家の光協会 | 1997 | 700 | |
| 醜形恐怖 | 町澤静夫 | 1945年生まれ、東大文学部心理学科、&横浜市立大学医学部卒。 | マガジン ハウス |
1997 | 700 | |
| シンデレラさん、お大事に。 | 杏野丈 | 杏野丈はペンネーム。本名針間克己、東大医学部卒。 | メディア・ファクトリー | 2002 | 600 | |
| こころの 時限爆弾 |
石川元 | 1948年生まれ、東京慈恵会医科大学卒。香川医科大学教授。 | 岩波書店 | 1998 | 1000 | |
| 心理学プラス1 | 瀬藤和寛 | 1947年生まれ、阪大医学部卒、同大付属病院神経科精神科を経て、大阪府児童相談所勤務。 | 双葉社 | 1996 | 売り きれ |
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| 和解と精神医学 | 森山公夫 | 1934年生まれ、東大医学部卒、同大医学部精神神経科講師。 | 筑摩書房 | 1989 | 800 | |
| こころの体操 | 関谷透 | 1931年生まれ、北大医学部卒、関谷クリニック院長。 | 廣済堂出版 | 1998 | 800 | |
| 歩いてバンセ | 西浦信博 | 1936年生まれ、大阪医科大学大学院修了。京阪病院院長、など。 | 花林書房 | 1996 | 1200 | |
| 北の医局(歌集) | 菊野恒明 | 1948年生まれ、慶応大学医学部卒。秋田市郊外の精神病院に勤務。 | 北冬社 | 2002 | 1100 | |
| 松沢病院院長日記 | 風祭元 | 1934年生まれ、東大医学部卒。都立松沢病院15代院長。 | 星和書店 | 2004 | 1500 | |
| 医師の『人格障害』を疑う | 定塚甫 | 1946年生まれ、金沢大学医学部卒。定塚メンタルクリニック院長。 | アストラ | 2004 | 売り きれ |
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| ああ!診療譚 言わせてもらおう! |
日下部康明 | 1943年生まれ。おぶすま診療所所長。 | 文芸社 | 2002 | 500 | |
| こころ医者、 夜更けのひとりごと |
稲葉秀邦 | 1944年生まれ、昭和大学医学部卒。埼玉森林病院院長。 | 文芸社 | 2002 | 500 | |
| ハマクリナムの花 | 友成久雄 | 1934年生まれ、熊本大学医学部卒。弘潤会野崎病院精神科部長。 | 新風舎 | 2004 | 売り きれ |
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| プロフェッサー ・オン・ザ・ロック |
ただ かいと | 不明(^_^;)。アルコール依存症の精神科教授という。 | 星和書店 | 2004 | 700 | |
| 精神科医の落語診断 | 中田輝夫 | 1937年生まれ、昭和大学医学部卒、同大教授。 | 青蛙房 | 1986 | 1200 | |
| 精神科 脳外科 |
初仕事は “安楽殺”だった |
塩月正雄 | 1920年生まれ、海軍医学校卒。塩月弥栄子さんの夫。 この本は原爆投下後の長崎での体験記。 |
光文社 | 1978 | 500 |
| 予防医学 | 産業医が診た ビジネス社会 |
市野義夫 | 1926年生まれ。東大医学部卒。NECの顧問医。 | NEC 文化センター |
1992 | 600 |
| 航空医学 | ヒトからひとへ | 大島正光 | 1915年生まれ。東大医学部卒。 | 自費出版 | 1986 | 1200 |
| 翔んでる医学 | 黒田 勲 | 1927年生まれ。北大医学部卒。 (当店在庫は表紙にやや汚れ) |
泰流社 | 1981 | 1000 | |
| 公衆衛生 | 医の目鷹の目 | 園田真人 | 1926年生まれ。九州医専卒。 | 時事通信社 | 1984 | 600 |
| 医の目鷹の目PartU | 園田真人 | 1926年生まれ。九州医専卒。 | 時事通信社 | 1988 | 600 | |
| 神経生理学 | ゲッティンゲン便り | 高野光司 | 1958年千葉大学医学部卒、独ゲッティンゲン大学教授。 | 日本図書刊行会 | 1999 | 売り 切れ |
| 細菌学 | 真八百文字遊戯 | 大黒勇 | 慈恵会医科大学卒。東京医科大学教授。 | 近代文藝社 | 1990 | 700 |
| ウイルス学 | 生命・医学・信仰 | 川喜多愛郎 | 1909年生まれ、東大医学部卒。千葉大医学部教授を経て、同大学長。 | 新地出版 | 1989 | 売り 切れ |
| 歯科 | 今日の夢明日の夢 | 斎藤貞雄 | 1923年生まれ。日本歯科医専卒。 | 日本 歯科新聞社 |
1990 | 1200 |
| 歯の風俗誌 | 長谷川正康 | 1920年生まれ。東京医科歯科専門学校卒。 | 時空出版社 | 1993 | 900 | |
| 歯が痛くない時読む本 | 塩田博文 | 1953年生まれ。神奈川歯科大学卒。 | 砂書房 | 1993 | 700 | |
| 銀歯を入れたサル | 坂本洋介 | 1958年生まれ。日本歯科大学卒。 | 近代文藝社 | 1994 | 600 | |
| 飯高壇林 | 増田進致 | 1941年生まれ。東京歯科大学卒。 | 文眞堂 | 1988 | 600 | |
| 歯科医療とはなにか | 飯塚哲夫 | 1936年生まれ。日本歯科大学卒、澁谷病院院長。 | 愛育社 | 1999 | 600 | |
| 歯科医学研究室の小窓から | 三好作一郎 | 1932年生まれ。大阪大学歯学部卒。福岡歯科大学名誉教授。 | 文芸社 | 2003 | 1000 | |
| アジア歯科事情 | 森本 基 | 1997年生まれ。日本大学松戸歯学部教授。 | 医歯薬 出版社 |
1997 | 1500 | |
| 歯周病を診て五十年 | 石川純 | 1922年生まれ。東京医科歯科専門学校卒。北海道大学名誉教授。 | 自費出版 | 1998 | 800 | |
| 法歯学 | 歯、声なき証言 | 山本勝一 | 1928年生まれ.東京歯科大学卒。 | 神奈川 新聞社 |
1986 | 700 |
| 死体に歯あり | 鈴木和男 | 1927年生まれ.東京歯科医専卒。 | 徳間書店 | 1992 | 800 | |
| 法務技官 | 無粋想念 | 望月芳郎 | 1908年生まれ、日大歯科・医科、中央大独法科卒。 | けやき書房 | 1994 | 1000 |
医師の伝記(郷土史・聞き書き)
| 産む、死ぬは 自分で決める |
稲子俊男 | 同時代社 | 1999 | 1100 | 避妊リング(Oリング)の開発者、初代日本尊厳死協会理事長太田典禮医師の評伝。 |
| 引導をわたせる 医者となれ |
比企寿美子 | 春秋社 | 1999 | 1000 | 1867年徳島の医家に生まれ、東大卒。九大第一外科教授として、日本の外科黎明期に活躍、第二次大戦の空爆で亡くなった医師三宅速の伝記。著者の祖父に当たる。 |
| 医人岳人 | 荒木久 | 西日本新聞社 | 1989 | 700 | 大正2年生まれ、九州大学医学部卒、久留米大学医学部・消化器外科の教授。シュバイツァー博士の教えを受け、マッターホルンやユングフラウに登頂経験のあった脇坂順一医師の聞き書き。 |
| 牛込下宮比町 十三番地 |
坂口孝 | 研成社 | 2000 | 800 | 糖尿病研究の黎明期に活躍した坂口康蔵の評伝。著者は康蔵の四男に当たる。 |
| Dr.JAPAN | 石塚忠雄 | 学陽書房 | 1987 | 800 | 日本びいきだったアメリカの整形外科医・ディビッド・M・ボスウォースの評伝。著者は弟子に当たる東京慈恵会医科大学卒の整形外科医。 |
【付録・永井明さんの本】
永井明さんは東京医科大卒の医師だったのだが、臨床から離れ、医療ジャーナリスト。
店主が医療に関心を持ち始めた頃、最初に読んだのが著者の「僕が医者をやめた理由」。
肺ガンの末期患者が喀血、病室の床一面が赤いカーペットを敷いたように血に染まっているのを見て、「逃げ帰りたくなった」という永井先生の本音に、何か親しみを覚えたもの。
永井先生の本は数多く出版され、おまけに選書に再録されたりキリがない(^_^;)ため、このリストは網羅的なものではない。
2004年7月10日、肝臓がんのため56歳で亡くなられた。
お申し込みは「永井/書名」のように、メールかFaxで。郵送料は冊数にかかわらず一回380円。
| 書名 | 出版社 | 刊年 | 価格 | 備考 | |
| n1 | ぼくが医者をやめた理由 | 平凡社 | 1993 | 400 | 内科の医者として10年ほど病院に勤務し、医者をやめてしまった著者が“やめた理由”を振り返る。これは卒後2年間の研修医時代編。“平凡社ライブラリー”版。 |
| n2 | ぼくが医者をやめた理由つづき | 平凡社 | 1994 | 400 | 研修を終えて、内科医時代を振り返る。あとがきにあるように「わたしはこれで医者をやめました」と明記してあるわけではない。“平凡社ライブラリー”版。京都府立医科大学を卒業した映画監督の大森一樹氏が解説を書いている。 |
| n3 | ぼくが医者をやめた理由 | 角川文庫 | 1998 | 200 | n1の文庫版。 |
| n4 | ぼくが医者をやめた理由つづき | 角川文庫 | 1998 | 200 | n2の文庫版。 |
| n5 | 新宿医科大学 | 平凡社 | 1991 | 500 | 著者の母校、新宿にある東京医科大学を舞台に医学生時代を振り返る。 |
| n6 | 新宿医科大学 | 平凡社 | 1996 | 400 | n5の“平凡社ライブラリー”版。1960〜1970年代の新宿を舞台にした、“ぼくが医者をやめた理由”PARTV。永倉万治さんの解説。 |
| n7 | ボクが病気になった理由 | 平凡社 | 1990 | 500 | 医大を卒業し国家試験にも合格している映画監督、大森一樹監督によって映画化された作品の小説とシナリオ、さらに完成までの過程。 |
| n8 | 仕組まれた恐怖 | 講談社 | 1986 | 600 | 「エイズ」のページでも紹介したが、“エイズ生物兵器説”を永井氏が追ったルポ。n1以前にこんな本を書いていたとは意外。 |
| n9 | 定本 からだの手帖 | 双葉社 | 1992 | 800 | 医師をやめた永井先生は、翔洋社という出版社を興し、「からだの手帖」という雑誌を発行するが…。 |
| n10 | 医者につけるクスリ | 平凡社 | 1992 | 500 | 平凡社の雑誌「QA」に、4年半に渡り連載されたコラムをまとめたもの。その時々の医療にからんだ内容。 |
| n11 | 恋愛胃潰瘍の作り方 | 角川書店 | 1993 | 500 | 「ストレスをちゃんと理解でき、物語としても面白く読めるもの」というリクエストによって生まれた。「野性時代」に連載された。 |
| n12 | お医者さんの罪な話 患者さんの笑えぬ話 |
青春出版社 | 1994 | 500 | 「実は医師は薬のことをあまり知らない」「『様子を見ましょう』という診断の意味」など、医療のホントを探る。 |
| n13 | 病気の値段 | 光文社 | 1994 | 500 | 先ずは代表的な病気にかかったとき、どのぐらいの費用がかかるかを試算。次に“臓器”の値段を考えてみる。在庫は背文字に汚れ。 |
| n14 | 看護婦ヒロタの場合 | 平凡社 | 1994 | 500 | 開業医の家に生まれ、子どもの頃から看護婦さんが身近にいたという永井先生が、その看護婦の視点から綴った物語。 |
| n15 | ブラックジャックには なれないけれど |
飛鳥新社 | 1994 | 500 | 循環器内科、脳神経外科と、8人の専門医を訪ね、医療現場のホンネを探ろうとしたルポ。 |
| n15# | ブラックジャックには なれないけれど |
朝日文庫 | 1999 | 売り きれ |
n15の文庫版。 |
| n16 | 医者のためいき 患者のつぶやき |
PHP | 1995 | 売り きれ |
医療不信、病院の実態、医療費問題、エイズ、生殖医療をテーマとしてそれぞれを追ったルポ。 |
| n17 | お医者さんには 謎がある |
いそっぷ社 | 1997 | 売り きれ |
最近は老人に仮装してルポをまとめた著者は“体験レポート”が好きらしく、ここでは街の薬局や、各地の医師を突撃レポート。 |
| n18 | 病む人、癒せぬ人 | 朝日新聞社 | 1997 | 500 | パレスチナ、ザイール、ルワンダと、各地の医療ボランティアの実態を探ったルポ。正体不明の日本人“ドクター”も登場する。 |
| n18# | 病む人、癒せぬ人 | 朝日文庫 | 2000 | 200 | 上記の文庫版。 |
| n19 | 病者は語れず | 文藝春秋 | 1995 | 700 | 91年に発生した“東海大病院安楽死殺人事件”を追ったノンフィクション。患者に塩化カリウムを注射した30代半ばの医師の“幼さ”! |
| n19# | 病者は語れず | 文春文庫 | 1999 | 200 | 上記の文庫版。 |
| n20 | 医者が尊敬され なくなった理由 |
飛鳥新社 | 1989 | 500 | 医者と患者の関係を考える。「学閥が表面化する時」の章の、“医局会”のエピソードが落語のようで笑える。 |
| n21 | 実録 ぼくの更年期 |
浩気社 知恵の森文庫 |
1998 2001 |
500 売り きれ |
50歳台に突入した永井先生、自分をモデルに“オトーサンの更年期”の実態に迫る(^.^)。 |
| n22 | あやしい船医、 南太平洋をゆく |
角川書店 | 2000 | 600 | 水産大学校の訓練船に乗り組んだドクトル永井の酒浸りの日々。冗談抜きで、アルコール依存症じゃないのかい? |
| n23 | ストレスに効くはなし | 角川文庫 | 1999 | 200 | 「恋愛胃潰瘍の作り方」の文庫版。 |
| n24 | 心とからだの処方箋 | 講談社 | 1998 | 700 | “講談社ニューハードカバー”シリーズの一冊。 |
| n25 | ただ、ふらふらと | 中央公論新社 | 2004 | 800 | “酔いどれドクター最後の日誌”との副題。本当に亡くなる直前までの日誌。 |
| n26 | 医者のぼくが「医療常識」を 信じない理由 |
講談社 講談社α文庫 |
1999 2003 |
− 200 |
いくつかの雑誌に掲載したエッセイをまとめた本。 |
【付録・米山公啓さんの本】
米山先生は聖マリアンナ医科大卒、神経内科の医師だったのだが、現在は文筆業に専念。
聖マリ二期目の医学生だった当時の生活を記した「医者の半熟卵」(集英社文庫)が、情けなくて傑作。
もともと看護雑誌にエッセイを書いておられていた方だが、けっこう渋めの二枚目で、言動とズレがあるの
が好ましい。
ヨネヨネ先生の本は“あまた”出版されているので、このリストも一部に過ぎない。
お申し込みは「米山/書名」のように、メールかFaxで。郵送料は冊数にかかわらず一回380円。
| 書名 | 出版社 | 刊年 | 価格 | 備考 | |
| y1 | 大学病院医者物語 | アドア出版 /徳間文庫 |
1992 1996 |
700 売りきれ |
雑誌「エキスパートナース」に連載されたエッセイ。店主は聖マリアンナ医科大学に先入観(^_^;)があったのだが、この本で見方が変わった。(つづく※) |
| y1# | ナースステーション 午後3時 |
徳間文庫 | 1996 | 売り切れ | y1の文庫版。清水みよこさんが解説。 |
| y2 | 続 大学病院医者物語 | アドア出版 |
1994 | 700 | (※つづき)どう変わったかといえば、医師の価値というのは出身大学の偏差値には比例しないということ。なにしろ店主は予備校勤めが長かったので、大学というとすぐランキングが頭に浮かぶ…(^_^;)。 |
| y2# | 午後の 外来待合室 |
徳間文庫 | 1997 | 売り切れ | y2の文庫版。藤水名子さん(結核で入院経験アリ)が解説。 |
| y3 | 聞きのがせない 医者語・ナース語 |
アドア出版 | 1993 | 売りきれ | 医療で用いられる用語を、分かりやすく、時には駄洒落を交えて解説。医学用語エッセイとして、気軽に読めて、「あっ、そうか」という発見も。 |
| y3# | 聞きのがせない 医者語・ナース語 |
徳間文庫 | 1998 | 売り きれ |
y3の文庫版。 |
| y4 | 聞きのがせない 医者語・ナース語 v2 |
アドア出版 | 1994 | 売りきれ | 上記の続編。 |
| y4# | 医者がああ言えば 患者がこう言う |
徳間文庫 | 1999 | 200 | y4の文庫版。 |
| y5 | いまさら医者に 聞けない 130の質問 |
アドア出版 | 1995 | 700 | これは聖マリアンナ医科大学の同僚も巻き込んだ共著。 |
| y6 | 転院してください | 日本経済 新聞社 |
1994 | 売り切れ | 医療の現場での、“転院(トランスファー)”という切実な問題をテーマにした四つの物語。高齢者をいつまでも置いてくれる病院はない。 |
| y6# | さまよえる患者 | 集英社文庫 | 1997 | 200 | y6の文庫版。安西篤子さんが解説を書いている。 |
| y7 | 医者の言葉はウラオモテ | アドア出版 | 1997 | 売り切れ | y3とその続編からのセレクション。「平成スーパー医学辞典」と副題。類書はあるのだが“ヨネヨネ節”は独特。 |
| y8 | アタマ医者の 病院スーパー・ライブ |
海竜社 | 1996 | 売り切れ | これも「エキスパート・ナース」に連載しているエッセイをまとめたもの。y2に続くもので「医者物語」パートVに当たる。 |
| y9 | 午後の電話は ぼけはじめ |
徳間文庫 | 1997 | 700 | もう少し家族が“ぼけ”に関する知識をもっていれば患者も楽になるのではと、著者は言う。 |
| y10 | ぼけを知る | アドア出版 | 1996 | 売り切れ | 「午後の電話はぼけはじめ」の改訂版。著者の専門は神経内科だから、最も詳しい領域の本。 |
| y11 | 医者も歩けば | 幻冬舎文庫 | 1997 | 200 | 消化器内科、神経内科、外科、耳鼻科と病院を科目ごとに解体する。 |
| y13 | 大学病院 最後の一年 |
幻冬舎文庫 | 1998 | 200 | 著者は大学病院を辞し、作家へ転身する。 |
| y14 | 介護の鉄則 | 小学館文庫 | 1998 | 売り切れ | 介護医療のあり方を「診る」「看る」「観る」の三つにわけて考える。 |
| y15 | 医者の個人生活 365日 |
集英社文庫 | 1995 | 200 | 著者は「日記の形態をした小説エッセイ」と呼ぶ。 |
| y16 | 午前3時の 医者ものがたり |
集英社文庫 | 1995 | 売り切れ | 医者になりたてで“当直”に明け暮れていた頃の悲喜こもごも。 |
| y17 | 医者の半熟卵 | 集英社文庫 | 1996 | 200 | 聖マリアンナ医科大学合格から国家試験合格までの日々。 |
| y18 | 医者の上にも 3年 |
集英社文庫 | 1997 | 200 | 不安と喜びに満ちた“研修医時代”を描く。 |
| y20 | 医者の出張猶予 14ケ月 |
集英社文庫 | 1998 | 200 | “長期出張”の顛末。 |
| y21 | ロックド・イン 症候群 |
学陽社 | 1996 | 700 | これは小説。“ドクター勾坂の事件カルテ”No.1。 |
| y21# | ロックド・イン 症候群 |
幻冬舎文庫 | 1999 | 200 | 上記の文庫版。 |
| y22 | ディメンティア | 学陽社 | 1996 | 700 | “ドクター勾坂の事件カルテ”No.2。 |
| y23 | ハーレクイン症候群 | 学陽社 | 1996 | 売りきれ | “ドクター勾坂の事件カルテ”No.3。 |
| y24 | エイリアン・ハンド | 学陽社 | 1997 | 700 | “ドクター勾坂の事件カルテ”No.4。 |
| y25 | 未来病院へ ようこそ |
青春出版社 | 1997 | 600 | 星新一のショートショートが好きだったという著者が試みた短編集。 |
| y25# | 幻想病院 | 双葉文庫 | 2001 | 売りきれ | 上記の追補版。 |
| y26 | 忘れる脳 覚える脳 |
青春出版社 | 1996 | 売り切れ | そう、脳のメモリーを有効に使うためには、余計なファイルを削除すること。 |
| y27 | さらば大学病院 | アドア出版 | 1998 | 売り切れ | 米山先生はなぜ大学病院を辞めたのか…、かなりシリアスでキツい本。 |
| y28 | 変わろうとしない 医者たち |
大和書房 | 1999 | 900 | はしがきで近藤誠氏の著作に触れ、「日本には、近藤の論点を完璧に論破できるデータはない」と断じている。 |
| y28# | 使命を忘れた 医者たち |
集英社文庫 | 2002 | 200 | 上記の改題、文庫版。 |
| y29 | ひと目でわかる 医者にもらって 効く薬、無駄な薬 |
講談社 | 1998 | 売り切れ | “薬”のページに入れるべきだろうが、米山ファンのためここに(^_^;)。神経内科が専門のため、抗がん剤・ホルモン剤・婦人科的な薬剤は入っていない。 |
| y30 | 勝手に訪問 | 幻冬舎文庫 | 1999 | 売り切れ | 東京の主な大学病院を訪ねて、勝手に評価する。編集のK嬢とのコンビが楽しい。 |
| y31 | 勝手に訪問2 | 幻冬舎文庫 | 1999 | 売り きれ |
今度は東京近郊から関西へ“アポなし評価の旅”は続く。 |
| y32 | 医者を忘れて 大航海 |
幻冬舎文庫 | 1998 | 200 | 別に“船医”になったわけではなく(^_^;)、豪華客船取材旅行。 |
| y33 | 医者のヒラメキ 患者のメーワク |
幻冬舎文庫 | 2000 | 200 | 大学病院における医学研究と学会発表の実態?学会発表というのは、どの分野でも専門分化が進んだため、ほとんどの参加者が理解不能なのだろうが…。 |
| y34 | 大学病院倒産 | KSS出版 | 1999 | 800 | 大手のホテルにもコンビニが出店する時代なのに、病院の売店はキオスクにも及ばない貧弱さ。大学病院に、「経営努力」などという発想はあるのか? |
| y34# | 大学病院の 「本当の話」 |
王様文庫 | 2000 | 200 | 上記の文庫版。三笠書房。 |
| y35 | ワン・ワールド | 廣済堂出版 | 1999 | 600 | なんと、主に野良犬を主人公にした連作短篇集。表紙を飾り本文中に挟まれた犬の写真(藤原暢子撮影)もなかなか。 |
| y36 | 週刊医者自身 | 集英社文庫 | 1998 | 200 | “週刊プレイボーイ”に連載したエッセイ。 |
| y37 | 大学病院の 不健康な医者たち |
新潮OH!文庫 | 2001 | 売り切れ | 米山先生が大学病院を辞めるまでの3年間。 |
| y38 | 癒しの診察室 | 徳間文庫 | 2002 | 200 | 製薬会社の雑誌「SCOPE」に連載した医療短編小説。 |
| y39 | 学閥支配の医学 | 集英社新書 | 2002 | 売りきれ | 独立行政法人化で医科大学はどうなるのか。 |
| y40 | そのぼけは 治ります。 |
法研 | 2000 | 売り切れ | 実母を脳血管性痴呆で亡くした体験を踏まえて。 |
| y41 | 医者の検診 初体験 |
集英社文庫 | 2000 | 売り切れ | 「大学病院医者物語」の続きにあたる。 |
| y42 | 人間はどうやって 死んでいくのか |
青春文庫 | 2002 | 売り きれ |
人間はガンそのものによって死んでいるのではないのではないか。臨床で経験した死を振り返り、死について考える。 |
| y43 | 患者さん、 これだけは わかってよ |
講談社 | 1999 | 売り きれ |
“講談社ニューハードカバー”シリーズの一冊。医師、病院とのつきあい方。 |
| y44 | いのちは カネで買え |
集英社 | 2002 | 売り切れ | 治療、検査、医者、薬、医療情報、介護保険、いのちのコストを考える。 |
| y44# | 命の値段が決まる時 | 集英社文庫 | 2005 | 200 | 上記の文庫版。 |
| y45 | 健康病の治し方 | 徳間文庫 | 2000 | 売りきれ | 文庫オリジナル。健康、老人気質などがテーマ。 |
| y46 | 「健康」という病 | 集英社新書 | 2000 | 300 | 現代人は“健康”であらねばならないという強迫観念にとりつかれている。 |
| y47 | 臓器提供者 | 双葉文庫 | 2002 | 200 | 特別な遺伝子適合形をもった女性をめぐり、臓器売買組織が暗躍する小説。 |
| y48 | 医者の厄日 | 青春文庫 | 1999 | 売り切れ | マーフィーの法則の病院版(^_^;)。「医者は治せる病気しか治せない」などなど。 |
| y49 | 医者がぼけた 母親を介護する時 |
集英社文庫 | 2003 | 200 | お母様が高血圧で肥満、糖尿、心不全を抱え、痴呆を発症する。 |
| y50 | 不健康家族の 「それは病気だ!」 |
インター メディア出版 |
2001 | 600 | 「病院でドッキリしないための健康防衛マニュアル」との副題。都市近郊に住む最木藤(さいきどう!)一家をめぐるメディカル・ドタバタギャグ。 |
| y51 | 医者にNO!と言う ための55の知識 |
経済界 | 2004 | 売り切れ | 医療界、病院の現状、医療費、健康とは、これからの医療を良くするために、米山先生からの提案。 |
| y52 | 大病院の通信簿 | 双葉社 | 2004 | 売り切れ | 最初に病院評価をしてから6年、再び都内の有名病院をアポなし突撃取材。「医シュラン」の副題。 |
| y53# | もの忘れを防ぐ28の方法 | 集英社文庫 | 2005 | 200 | 副題「人の名前がすぐ出なくなったら読む本」。 |
| y54 | 脳は本当に歳をとるのか | 青春出版社 | 2004 | 300 | 50歳を過ぎてから成功した男たちの秘密を探る。 |
| y55 | こころとからだの12ケ月 | 集英社 | 2005 | 700 | 今度はブログ・スタイルの医療エッセイ。洒落た正方形の本。 |