パラメディカ開店の理由 '98 10/10 記す、'98 7/15 校正、'99 10/2 再校 、'05 10/30 追記。

 発端は、妻が40歳で「乳ガン」と告知された平成5年8月にさかのぼります。その日、私は妻とともに赤羽の民間病院の診察室で、医師から病理検査の結果を聞きました。医師の示したカルテの「cancer」という文字が、今でも脳裏に焼き付いて消えません。
 
 病院からの帰り道、妻に「乳ガンや子宮ガンの体験者は多いし、術後の生存率も高いようだから、心配ないよ」と励ましながら、次の休日には一人で密かに、神田三省堂の医学書フロアに乳ガンについての本を探しに行ったものでした。しかし、さすがに専門書は歯が立ちそうもありません。そこで家庭医学書コーナーに行ったのですが、乳ガンに関する本は数冊しかありませんでした。
 結局、東京堂書店でアメリカ国立ガン研究所の「最新乳がんダイジェスト」を見つけ、手術後の患者のみならず、家族の精神的なケアまで記してあるのに驚いたものです。
 
 次に私が探したのは、実際に乳ガンにかかった方の「闘病記」でした。術後の化学療法や放射線療法、その副作用、患者の気持ちについて、いちばん具体的で詳しいのは患者さん本人が書いた闘病記でしょう。
 
 ある難病の患者さんが、病状について医師に細かな質問をしたところ「ぼくは、患者ではないので…」と、医師が言葉に詰まったというエピソードを読んだことがあります。このお医者さんはちょっと修行が足りないとしても、患者でなければ分からないことがあるのです。
 ある医師は、「視野が狭くならないためにも、医療の専門家こそ、闘病記を読むべき」とおっしゃいます。

 しかし、闘病記こそ新刊書店でも古本屋でも冷遇されているジャンルで、私も慌てていたこともあり、なかなか乳ガンの闘病記を見つけることが出来ませんでした。
 
 本店の闘病記リストをご覧いただければお分かりのように、実は乳ガンの闘病記は膨大な数が、様々な角度から書かれています。励まされる本もあれば、現代の医療に疑問がわいてくるような体験をなさった患者さんもいます。
 妻は平成8年に肺と骨に転移し、一年間の闘病生活ののちに亡くなりましたから、もう私には闘病記は不要なのですが、いつでも、どんな病気に関しても“闘病記”、つまり患者の生の声が手に入る場所があってしかるべきだと思いました。
 
 そんな“場所”として、図書館は私自身が学生時代に十進分類法を学んだ経験からいっても、病名ごとに闘病記を並べるには無理があります。大型の書店では在庫があったとしても、あちこちの棚にバラバラに並べられてしまいます。そもそも闘病記というのは、書名から何の病気に関する本なのかを知ることは難しいケースの方が多いのです。
 
 そこでインターネット上の“オンライン古書店”を考えつきました。
 昨今は“リアルタイム闘病記”としてのホームページも増え、その情報量には驚くばかりです。そんなページへのリンクも充実させれば、誰かの何かの役に立つかも知れないと考えたのです。

 医療の世界は少しずつ変わりつつあるようです。
 医師から病名の告知がなされ、患者も時には他の医師の意見も求める。
 そんな時代に、同じ病気の患者さんが直面した問題の記録(患者サイドからの総合的なカルテ)として、“闘病記”は貴重な資料と思えるのです。
   
 こんなことを考えながら、パラメディカという奇妙な古書店を始めました。古本屋と医療はミスマッチかも知れませんが、数年をかけて闘病記やリンクを揃え、情報源としての体裁を整えていくつもりです。
 
 ちなみに、Paramedicとはアメリカで主に救急救命士を指すようですが、“パラメディカ”という店名は単に語感からつけたもので、大それた意図はありません。

 補足('02 12/26)
 実は予備校で医学部受験生の進学相談を担当していた頃、「医師と看護婦以外の医療スタッフを“パラメディカル”と呼んでいたが、語感の問題から、最近では“コメディカル”と呼ぶ」と聞きました。ちょうど瀬名秀明さんの小説「パラサイト・イヴ」が評判になっていた頃でした。
 それも承知で、敢えて“パラ”を名乗っています。


補足2('05 10/30)

娘さんが在仏で、肺気腫と診断されたという方(元司書さん)への手紙 パラメディカの実態(一部修正)
(娘さんの病気、COPDについての本を紹介したあとの手紙です。)

お手紙、拝見しました。

先ず、「闘病記を中心に集めた古本屋が商売として成立するのか?」と、不思議に思われることと思いますが、これは成立しません。

パラメディカの発端は、こうです。

私の妻は乳がんの再発で、43歳で肺の手術をし、さらに骨転移で苦しみながら一年後に亡くなりました。妻の死後、私は勤めていた予備校をやめ、一年間は何もしないことにしました。

夫婦ふたりと犬一匹の暮らしで、病院に付き添えるのは私だけ、しかも勤務先の仕事は忙しく、百五十日以上余っていた有給休暇もなかなか使えず、周りから冷たい目で見られながら定時に退社し、病院に通う日々が続きました。

それでも、妻にとって、私が良き介護者だったかというと、そうとも思えません。夫が妻を介護したつもりでも、足りない部分はあるものです。この悔いが出発点になっています。

闘病記を読むと、さまざまな家族がどのような病と、どのように向かい合ったかが読み取れます。ある女性は抗がん剤の副作用で不妊になり、「子どものいない人生なんて考えられない」という夫から、離婚を迫られました。ドクターは、彼女が若いため、強めの抗がん剤を用いたのですが、それで離婚に至るとは思っていなかったらしく、事前に不妊についての説明もなかったようです。

乳がんの医学書には術式(縦に切るか、横に切るか)やホルモン療法については書いてありますが、「患者にとって何が大切かを考えよ」とは書いていないのです。場合によっては、命より大切なものもあるはずですが。

パラメディカは妻の保険支払金(入院保険の死亡見舞金で小額でしたが)と、私の退職金を元手にしたものですので、図書館には販売しませんし(データを用いることは自由ですが)、私自身の目を通したものしか受け入れないことにしていますので、基本的に寄贈も受けていません。だいたい古本屋のオヤジは頑固なもので(笑)。他のネット古書店で買ったのでは、半額で販売は不可能ですし、一般の古書市で闘病記のみを集めるなどと言ったら笑われてしまいます。だいたい古書組合に入るには、同業者の推薦と、70〜80万円ほどの加入費が必要です。

ですから、パラメディカはあくまでインターネット上の古本屋で、生活費は父の遺産の貸しビルや大学の非常勤講師でまかなっています。昼間は本探しや大学で、ほとんど家におりません。最初の数年は大晦日も元旦も本探しに出歩き、手持ちの資金を本代にまわすため、食事は最も安い吉野家の牛丼にしていました。中年太りが進んだため、毎日吉野家はやめましたが。

もともとは、一年ほど闘病記を集め、予備校か塾に復帰しようかと思っていたのですが、マスコミでも取り上げられるほど反響が大きく、日々注文が来るため、止められなくなって今日に至っています。

ちなみに、古本屋が成立しないのはむしろ専門書で、医学関係の情報は印刷している間に古くなるため、専門雑誌はインターネット上のみで閲覧するようになっています。同じく、看護の専門書も、毎年改訂版が出ますので古本は役に立ちません。患者が参考にするぐらいならいいでしょうが。

海外からの問い合わせはあるのですが、国内の実家に送り、そこから他の荷物とともに送ってもらうことで対応しています。インターネットの古本屋は、どこも冊子小包を用いており、国外までは送料が高くなって対応し切れません。

東洋医学は、以前にもお話したように、営利主義の偽者と本物を見分けるのが難しく、避けております。一部の漢方薬は保険が利きますが、「まだまだ一般市民に、東洋医学は高嶺の花」といったら偏見でしょうか。

ついでですが、病気になったとき、図書館を訪ねたけれど参考になる本は何もなかったという方が多いのです。たとえば、お子さんが医師から「神経芽細胞腫」と言われたとき、本当は近くの図書館のレファレンスコーナーで調べられるシステムが欲しいと思います。この「小児がん」は、闘病記が何冊か出ており、助からなかったケースでも治療法や、起きうるトラブルについて克明に記してありますが、闘病記を図書館で探すことは難しいと思います。国会図書館にはありますが、どうやって探すのかが問題ですし、患児の母親が国会図書館で半日過ごすのは難しいでしょう。

本当は自費出版の闘病記も受け入れる公共図書館があればいいのですが、私の知る限り存在しません。自費出版は玉石混交ですが、石を避けるため玉を失うのも悲しいものです。

説明不足のところは、同封の資料から読み取っていただければ幸いです。(同封資料は省略。)

’05 6/03


補足3 
携帯メールへの返信から 闘病記サイトの役割('03/10ごろ)

パラメディカに福岡からこんな携帯メールが届きました。

「はじめまして。私の次男が一歳のときに“肝芽腫”を発症、三歳で再発し、今二回目の移植を終えたところです。あまりいい結果ではないようで、これから腫瘍マーカーが上がっても、これといった治療法がないようです…。」

「“肝芽腫”に関する情報が欲しい」ということなのですが、残念ながら闘病記はまだ見つけていません。そこでネットで検索すると“肝芽腫の会”というサイトがありました。

神奈川の小児病院で出会った、肝芽腫のお子さんを持つ三人の親御さんたちが立ち上げたサイトで、自分たちの闘病体験から小児がんの基礎知識、主治医の先生のエッセイまで盛り込んであります。

この情報と、小児がんに関する専門書について福岡の方にお伝えしたのですが、「パソコンを持っていない」との返事に、困っていました。ところが、「その日、まだ病院に残っておられた主治医の先生に声を掛けたところ、翌日、先生が“肝芽腫の会”のホームページを打ち出してくれたのです。早速、会に連絡を取り入会しました。」とのメールが届き、同会メンバーの方からも感謝と、「情報も患者数も少ない病気なので、いっそう充実させ、携帯にも対応させたい」との連絡がありました。

患者数が百万人に一人以下、日本では全国で年間二十から四十人という患者数の肝芽腫にも、こうしたネット上のミニ患者会が出来ています。IT革命などと勇ましい掛け声とは別に、静かに、ささやかに、貴重な情報が集められ、公開されているのです。
end