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元素記号を初めて習った時、なぜ水素は H で、酸素は O なのか、などと不思議に思ったことはありませんか。英語で水素は hydrogen、酸素は oxygen だから、その頭文字を採ったのだとの説明を受けたかもしれません。では、なぜ「金」は Au で、「銀」は Ag、「水銀」は Hg なのでしょう。そもそも水素を英語で hydrogen、日本語で「水素」と言うのはどうしてなのでしょう。そんな、私自身が抱いた疑問についての答えを探してみたいと思います。あわせて、それぞれの元素についての興味深い事実、逸話をも御紹介します。まずは下の注をお読みになってから御利用下さい。(元素の目次へ)
注:各項の最初にいくつかの言語による名称を列挙します。「希」は現代ギリシャ語、「羅」は現代使われているラテン語です。古典時代にはまだ発見されていなかった元素も多く、そういう元素の名は当然ながら古典ギリシャ語や古典ラテン語にはありません。
「中」には中国語の普通話(北京語を基礎とする共通語)の名称をピンインで表記します。( )の数字は「声調」を表します。中国語の元素周期表で御覧になれるように、すべての元素が漢字1字で表されています。その大部分は特別に作られた文字です。(中国では昔から、新しい言葉を取り入れる時に漢字までも作ってしまうことがあります。「葡萄」もそういう例の一つだそうです。)
これらの特殊な漢字の圧倒的多数には「カネヘン」が付いています。中国で使っている簡体字の「カネヘン」は日本の漢字と形が少し違いますが、これが付いていたら金属です。非金属のうち、常温で気体のものは「气(キガマエ)」、固体のものは「石(イシヘン)が付きます。「カネヘン」も「キガマエ」も「イシヘン」も付かないのは「金」と「汞(水銀)」と、サンズイに臭(点あり)を書いて臭素を表す文字の計3つだけです。(サンズイが付く文字は臭素だけです。なぜでしょう。)
1. | 2. | 3. | 4. | ||||
5. | 6. | 7. | 8. | ||||
9. | 10. | 11. | 12. | ||||
13. | 14. | 15. | 16. | ||||
17. | 18. | 19. | 20. | ||||
21. | 22. | 23. | 24. | ||||
25. | 26. | 27. | 28. | ||||
29. | 30. | 31. | 32. | ||||
33. | 34. | 35. | 36. | ||||
37. | 38. | 39. | 40. | ||||
41. | 42. | 43. | 44. | ||||
45. | 46. | 47. | 48. |
1. H 水素
英:hydrogen | ハイドラジャン |
仏:hydrogène | イドロジェヌ |
独:Wasserstoff | ヴァッサーシュトッフ |
希:υδρογονον | イズロゴノン |
羅:hydrogenium | ヒュドロゲニウム |
中:qing(1) | チン |
注:カタカナを添えましたが、あくまでも参考です。正確なものではありません。英語のシュワーの音は「ア行」で表しますが、この母音は「ア」のような「ウ」のような音です。
ギリシャ語には [ h ] の音を表す文字がありません。古典ギリシャ語には [ h ] で始まる語があり、その場合にはアポストロフィー(’)の鏡文字(左右に裏返った形)のような記号を付けて示しました。この記号は気息記号と呼ばれますが、現代ギリシャ語では [ h ] が使われないため付けません。(形式的に付けることもあるようですが。)
現代ギリシャ語名称の「ズ」と「ゴ」の子音は [ z ] [ g ] ではありません。現代ギリシャ語の δ は古典時代と異なり、英語 this の th に当たる音です。また、現代ギリシャ語の γ も古典時代と異なり、「軟口蓋摩擦音」です。
中国語の漢字は气(キガマエ)に「軽」の作り。だだし「又」の下に「土」ではなく、「ス」の下に「工」。
水素という名前は読んで字のごとく、「水の素(もと)」を意味します。ドイツ語も Wasser(水)と Stoff(素材、材料。英語の stuff)から成っています。英語などはギリシャ語起源で、hydro- は υδωρ(ヒュードール、水)に由来します。また、-gen は 「生み出す」という意味の動詞に由来する語尾で、「〜から生み出される、〜を生み出す」という意味を添えます。「アレルゲン allergen」や「発癌物質 carcinogen」などの語にも入っています。
1783年、フランスの化学者ラヴォアジェ(1743-1794)が hydrogène と名付けたのが始めだそうです。(「元素111の新知識」には1789年とありますが。)
水素を発見したのはイギリスの物理学者キャヴェンディッシュで、1766年に初めて水素ガスを分離しました。(すでに1671年、ボイル・シャルルの法則で知られるイギリスの化学者ボイルが、鉄を希硫酸に溶かすと燃える気体が発生することを記載してはいますが。)
18世紀には化学者の間でも、まだ水や熱・光が元素と考えられ、空気とその他の気体の区別も明確でなく、すべての燃える物には目に見えず重さもない「フロギストン phlogiston 」が含まれていると信じられていました。
キャベンディッシュは1783年、金属に酸を作用させて得た「燃える空気」と普通の空気の5分の1(つまり酸素)とを燃焼させると水が生ずることを見い出しながら、なおフロギストン説にこだわり、この「燃える空気」こそフロギストンに違いないと考えました。(酸素の項「フロギストン」参照)
原子番号1番の水素は原子量 1.00794 のもっとも基本的な元素です。自然界に存在する水素のうち 99.9850% は原子核が1個の陽子だけから成り、その周りを1個の電子が回るという単純な構造をしていますが、0.0149% は原子核の中に更に中性子1個を含んでいます。
中性子は陽子とほぼ同じ大きさの素粒子で(陽子より質量がほんの少し大きいですが)、電気的には中性ですから電子の数に変りはなく、したがって基本的な水素の性質は同じなのですが、なにしろ元々が軽い水素のこと、中性子が1個加わるということは原子の質量がほぼ2倍になるということです。原子量が238余りもあるウランに中性子が1個くっつくのとは訳が違います。中性子1個を含む水素は、中性子を持たないものとの性質の違いが著しいために、「重水素」あるいは「デューテリウム」という特別な名前が与えられています。記号では H の左肩に小さく2を書くか、D で表します。
英語では heavy hydrogen または deuterium と言いますが、後者は「2番目」を意味するギリシャ語 deuteros( δευτερος デウテロス、現代ではゼフテロス)に由来します。
重水素は1932年米国の化学者ユーリーによって発見され、ユーリーはその功績により、1934年ノーベル化学賞を受賞しました。
重水素に対し、原子核が1個の陽子のみから成る普通の水素を「プロティウム( 英語では protium プロウティアム)」と呼ぶことがあります。これは「一番目」を意味するギリシャ語 protos(πρωτος プロートス)に由来します。この水素が電子を失ってプラスの水素イオンとなったものは、まさに陽子そのものですが、陽子は「プロトン」と言います。これも protos に由来します。(ついでですが、「蛋白質」を意味する「プロテイン protein」も「第一の物質」という意味で protos から作られました。)
また、中性子2個を含み「三重水素」あるいは「トリチウム」と呼ばれる同位体もあります。英語では tritium と言いますが、これは「3番目」を意味するギリシャ語 tritos( τριτος )に由来します。記号では H の左肩に小さく3を書くか、T で表します。
三重水素は普通の自然界には存在しません。(原子炉の廃ガスに含まれていたものや核実験で生じたものがごく少量あるので全くないとは言えませんが。)人工的に作られたものも半減期12.26年でひとりでに壊れていきます。
水素の単体である エイチ・ツー( H の右下に小さく2を書くおなじみの記号)は無色、無臭のガスで、重さは空気の14 分の1 です。
ちなみに、いくつかの気体を軽い方から並べると下のようになります。(右の数字は空気に対する比重です。)
1 | 水素 | 0.0695 |
2 | ヘリウム | 0.139 |
3 | ネオン | 0.70 |
4 | 窒素 | 0.987 |
5 | 酸素 | 1.053 |
6 | フッ素 | 1.31 |
7 | アルゴン | 1.38 |
8 | オゾン | 2.14 |
9 | 塩素 | 2.47 |
10 | クリプトン | 2.92 |
11 | キセノン | 4.53 |
12 | ラドン | 7.74 |
20世紀初頭には巨大飛行船の浮揚ガスに水素が使われましたが、引火しやすい性質により爆発事故が相次いだため、ヘリウムにとって代わられました。
飛行機がまだ生まれたばかりでまだ大量長距離輸送の能力を持たなかった20世紀初頭、飛行船は軍用また旅客輸送の手段として時代を担うものと考えられていました。1928年に初飛行をした LZ127 グラーフ・ツェッペリン号は全長 236m、乗客20人を乗せられるほか、食堂や厨房まで備えていました。ただし、引火しやすい水素を積んでいますから火気厳禁、たばこを吸うなどもってのほか、料理も火を使わずにすむものが工夫されました。1929年には東京へも飛来、さらに大平洋を越えて3日足らずでサンフランシスコに到着、ニューヨークを経由して、出発地ドイツに戻り、21日間と5時間54分で世界一周を達成したそうです。
1937 年にはツェッペリン社の誇る豪華飛行船ヒンデンブルク号が独米間の定期路線に就航しました。全長 245 m、たとえて言えばサッカー球場3つ分の敷地に立つ15階建てのビルに匹敵する大きさです。所要時間も海上を行く船の半分に短縮されました。ところが、1937年5月6日、米国ニュージャージー州レイクハーストに着陸しようとしていた時に原因不明の火災を起こしてわずか30秒で焼け落ち、36人が死亡、62人が負傷しました。
注:同位体とは、陽子の数が同じで(つまり同じ原子番号に属し)中性子の数の異なる原子のことです。上に述べた3種の水素はすべて水素元素の同位体です。元素は同位体の集まりの形で存在します。元素の化学的性質は陽子の数(=電子の数)で決まりますから、各同位体は同一の元素としての基本的な性質を共有しています。ただし、水素の場合は他の元素と比べて同位体どうしの差が激しく、たとえば重水素の分子は中性子を含まない水素の分子よりも沸点が高いなどの違いがあります。
すべての原子には原子番号が付けられています。原子番号はそのまま、その原子の原子核に含まれる陽子の数、ひいてはその原子核の周りを回る電子の数を表します。ちなみに地球上に天然に存在する元素は1番の水素から92番のウランまでです。
注意:小学館の大日本百科全書第8巻「原子」の項に「水素からウランまで92種の元素が地球上に天然に存在する」とありますが、化学用語小辞典では、そのうち「47番と61番を除く90種の元素が天然に存在する」としています。しかし47番は銀ですから、これは明らかに間違っています。多分90種が天然にあるというのは正しいでしょうが、除かれるのは何か。専門家の書いたもののが食い違うのは素人泣かせですが、実はよくあることで、英語の辞書などでもいくつか読み比べると間違えが見つかります。
2. He ヘリウム
英:helium | ヒーリアム |
仏:hélium | エリョム |
独:Helium | ヘーリウム |
希:ηλιον | イリオン |
羅:helium | ヘリウム |
中:hai(4) | ハイ |
注:中国語の漢字はキガマエの中に「亥」が入ります。
ギリシャ語は、古典的な書記法に従えば η の上に有声の気息記号(’の鏡文字)と鋭アクセント(アキュート・アクセント、つまり普通のアクセント記号)が付きます。現代ギリシャ語では気息記号を付けなくてもよいようです。発音は古典的には「ヘーリオン」。この「ヘー」は広い長音です。現代ギリシャ語では h の音がなく η は ιと同じ発音です。
「ヘリウム」という名前は「太陽」を表すギリシャ語 ηλιος(古典ではヘーリオス、現代ではイリオス)に由来します。
1868年8月18日、フランスのピエール・ジャンサン(Pierre J. C. Janssen 1824-1907)がインドで皆既日食を観測し、太陽コロナのスペクトルを分析して、未知の元素があることを確信しました。同じ年の10月20日、イギリスの天文学者ロッキャー(Norman Lockyer 1836-1920)と化学者フランクランド(Edward Frankland 1825-99)はロンドンで曇天の日の太陽光を分析して、同じスペクトルを確認しました。彼らはこれが金属元素であり、太陽にしか存在しないと考えて helium と名付けました。
ところがその後、ヘリウムは地球上にも存在することがわかりました。アメリカの地質学者ウィリアム・ヒルブランド(William Hillebrand)はウランの鉱石を酸に溶かしたときに気体が発生することを確認しましたが成分の特定には至らず、後に同じ実験をしたスウェーデンのクレーヴェ(Per Teodor Cleve)とランゲル(Nils Abraham Langer)が1895年この気体をヘリウムと確認し、その原子量を正確に測定しました。また、彼らとは別にイギリスのラムゼー(William Ramsay 1852-1916)とトラバーズ(Morris William Travers 1872-1961)もこの新しい気体がヘリウムであることを確認しました。
He という記号はラテン語から作られたものです。現在の元素記号は1813年、スウェーデンの化学者ベルツェリウスが提案したものですが、その原則によれば、ラテン語の元素名の最初の一字を大文字で使い、同じ頭文字のものが表れたときは二字目以降のアルファベットを添えるということになっています。また、非金属元素の大部分が一文字であるのは、使用頻度の高いものを一文字にしたからだそうです。ということで、水素は H、ヘリウムは He となっています。また、鉄、銅、金、銀が Fe、Cu、Au、Ag などと分かりにくいのも元がラテン語であるためです。
ヘリウムには2つの同位体があります。原子番号は2番ですから原子核に含まれる陽子は2個ですが、99.9999% はさらに中性子を2つ持ち、質量数4となっています。また、0.0001% は中性子が1個(つまり質量数3)です。それぞれ He の左肩に小さく4や3を書いて、ヘリウム4とかヘリウム3とか呼びます。
ヘリウムは原子量 4.00260 で、水素に次いで2番目に軽い元素です。
宇宙では水素に次いで2番目に多い元素だそうですが、太陽などの恒星が核融合によって絶えず水素をヘリウムに変えながら輝いているということを考えれば、それもうなずけます。
地球上では逆に少ない元素のうちの一つですが、その割には私たちの周りでけっこう使われています。
その一つがスーパーの開店や縁日などの時にもらえる浮かぶ風船です。ヘリウムは水素と違って引火性がないので現代の小型飛行船にも使われます。ただし、ヘリウムは単原子の気体で非常に径が小さく、ゴムの分子の間を通り抜けてしまいます。せっかくの風船もそのうち萎んでしまうのはよく経験なさったことと思います。
潜水用の呼吸ガスには酸素とヘリウムの混合物が使われているそうです。普通の空気にはおよそ78%の窒素が含まれていますが、窒素は血液中に溶けたものが急浮上の際の圧力低下と共に気泡となり、毛細血管をふさいで潜水病を引き起こす恐れがあります。その点、ヘリウムは窒素の27分の1(水100 ml あたり1 ml)しか水に溶けないからよいのだそうです。
液体ヘリウムは優れた冷却剤で、超伝導に必要な極低温を作り出すためにも使われます。ヘリウムは普通の圧力の元では絶対零度(ー273.155 ℃)でも固体にならず液体のままで、すべての物質のなかで最も低い沸点(4.215 K = ー268.934 ℃)を持っています。
液体ヘリウムには、超流動と言って、容器の内壁をよじ登って外に流れ出すという現象がみられます。ソ連の物理学者カピッツァが 1930 年代にヘリウム4が絶対温度 2.2 K で超流動現象を起こすのを見つけました。また1970年代にはアメリカの3人の物理学者、リー、リチャードソン、オシェロフがヘリウム3も 0.002 K 以下で超流動現象を起こすことを発見しました。
3. Li リチウム
英:lithium | リすィアム |
仏:lithium | リティョム |
独:Lithium | リーティウム |
羅:lithium | リティウム |
中:li (3) | リイ |
注:中国語の漢字は「カネヘンに里」です。
英語名で「すィ」としてあるのは thief、three などの th / θ / を示しています。
lithium という名前はギリシャ語の lithos( λιθος、石)に由来します。 λιθος の発音は古典では「リトス」(「ト」の子音は t の帯気音)、現代では「リソス」(「ソ」は英語 thorn の tho)です。ちなみに、「リトグラフ、石版画」の lithograph も lithos と grapho( γραφω、書く)から成っています。
リチウムは 1817年、スウェーデンの化学者アルフェドソンによりペタル石の中に発見されました。当時ナトリウムやカリウムが動植物界に広く分布することが知られていましたが、リチウムは鉱物界に広範に存在する元素としてギリシャ語の「石」に因んだ名前を与えられました。
リチウムは火成岩や鉱泉の成分として地表に広く分布し、主要な鉱石としてはペタル石の他、紅雲母、リチア輝石があるそうです。
ただし、存在量を見ると地球上にはナトリウムの 500 分の1程度しかなく、宇宙存在量もケイ素( Si )の千分の1に過ぎないのだそうです。
少し脇道にそれますが、ペタル石(petalite)という名前は「葉」を意味するギリシャ語 πεταλον( petalon ペタロン)に由来します。葉っぱの形に裂けた薄い片(劈開片)として産出することが多いためだそうです。また、長石に似ていることもあって日本では葉長石(ようちょうせき)とも呼ばれます。
面白いことに、この petalon に由来する英語 petal は「花びら」を意味します。さらに、現代ギリシャ語 πεταλο も「花びら」です。
この石はかつてカストール石 castorite と呼ばれたこともありました。これは、この石がイタリアのエルバ島では常にポルックス石を伴って産するため、両石を双児とみなし、夜空の双子座に因んだものです。しかし、結局カストール石はペタル石と同定されたため、鉱物名として採用はされませんでした。
リチウムは原子量 6.941、金属の中で最も軽く、水と比べても半分近くの重さしかありません。下にいくつかの金属を軽いものから並べます。(数字は比重です)
1 | リチウム | 0.534 |
2 | カリウム | 0.860 |
3 | ナトリウム | 0.971 |
4 | ルビジウム | 1.53 |
5 | カルシウム | 1.55 |
6 | マグネシウム | 1.74 |
7 | ベリリウム | 1.85 |
8 | セシウム | 1.873 |
9 | ストロンチウム | 2.6 |
10 | アルミニウム | 2.7 |
11 | スカンジウム | 2.992 |
12 | バリウム | 3.5 |
13 | イットリウム | 4.45 |
14 | チタン | 4.50 |
軽金属といえばまずアルミニウムを思い浮かべますが、リチウムはその5分の1の重さしかありません。また、最も重い金属であるオスミウムと比べると 42分の1です。
リチウム、カリウム、ナトリウムの3つは水に浮かびます。ただし、不用意に水に入れると激しく反応し爆発する可能性もあります。
水に浮かぶというのは金属っぽくありませんが、その他にこれらの金属はペーパーナイフで切れたり、ロウのようにこねられたり、など私たちが金属に対して持っているイメージとはかなり異なる性質を持っています。
周期表の一番左側を縦に見るとリチウム、ナトリウム、カリウムに加えてルビジウム、セシウム、フランシウムが並んでいますが、これら6つの金属は上に挙げたような性質を共有し、また陽イオンを作りやすく、水と反応して強いアルカリ性を示すのでアルカリ金属と呼ばれています。(参照:ハロゲン)
ついでながら、高校生はこの6つを「リッチな彼女はルビーせしめてフランスへ(LiッチNaKのじょはRbCsめてFrスへ)」などと覚えます。
リチウムは、同じアルカリ金属に属しながらもナトリウム以下の他の金属と異なる点も多く、乾燥空気中では安定していて(熱しなければ)ほとんど酸化されませんが、窒素とは室温でも直接に反応し窒化物を生成するため、保存するには灯油などに浸されます。(ナトリウム以下は窒素とは反応しないものの、酸化されやすいため、やはり灯油などに入れて保存します。)
リチウム電池(負極にリチウムを使用)は従来のマンガン乾電池(負極に亜鉛、正極に二酸化マンガンを使用)の倍の 3 ボルト以上の電圧を出せるため、電子ウォッチやカメラの電源として使われます。
リチウムの化合物は鬱病の治療にも使われているそうです。1948年オーストリアの精神科医カーダが炭酸リチウムに顕著な抗鬱病効果があることを報告し、後その結果が追試確認されて、現在ではリチウムの炭酸塩、酢酸鉛、クエン酸塩、硫酸塩が鬱病の治療薬として認められているそうです。(そのためか研究社の羅和辞典には lithium carbonicum「炭酸リチウム」が見出しとして挙げられています。)
ただし、リチウム化合物は過剰摂取すると腎臓障害や昏睡を経て死をもたらす有毒物だとのことで、常に血中濃度を確かめながら投与が行われるのだそうです。
4. Be ベリリウム
英:Beryllium | べリリアム( ry にアクセント) |
仏:beryllium | ベリリョム |
独:Beryllium | ベリュリウム |
中:pi (2) | ピイ |
中国語の漢字は「カネヘンに皮」です。帯気音の p を使って低い音から急速に高く上げながら「ピイ」と言います。なぜ無気音の p で始まる漢字を選ばなかったのか少し不思議です。無気音の p の方が / b / に近く聞こえたでしょうに。(北京語にはいわゆる濁音はありません。)
ベリリウムは1828年、ドイツの有機化学者ウェーラーとフランスのビュッシーがそれぞれ独自に緑柱石から単体を分離しました。命名者はドイツのクラップロートで、緑柱石のドイツ語名 Beryll(ベリュッル、「リュ」にアクセント)に因んだものです。ちなみに緑柱石の古典ギリシャ語名は βηρυλλος(ベーリュッロス、「ベー」にアクセント)、英語では beryl(ベラル、「ベ」にアクセント)です。
緑柱石は柱状に結晶した透明または半透明の石で、色は緑の他、青、白、桃、黄、赤などがあります。ベリリウムの主要な鉱石である他に、良質な結晶は宝石になります。濃緑色のものはエメラルド、青緑色のはアクアマリン、桃や赤色のはモルガナイトです。
ベリリウムは原子量 9.01218 、もろくて硬い灰色の金属です。 軽水や重水とともに中性子の減速材として原子炉に使われるほか、その酸化物は化学的に安定で耐火性に優れるため、原子炉材料やロケットの燃焼室に使われているそうです。また、銅やニッケルにベリリウムを1〜2%加えると強度が増すため、これらの合金は衛星や精密機械の電子部品に使われるとのことです。
ベリリウムは昔、グルシニウム glucinium と呼ばれたこともありました。これは、1797年フランスのボークランが未知の金属化合物を発見した時に(その元素は単離できなかったものの)それが甘味を持つことからギリシャ語「甘い」に因んで名付けたものだそうです。
フランス語の発音はグルシニョム(ニョに強勢)。英語ではグルースィニアム(スィに強勢)、または glucinum グルーサイナム(サイに強勢)。
ギリシャ語の「甘い」は古典で γλυκυς(glykys)、現代ギリシャ語で γλυκος 又は γλυκυς です。「ブドウ糖 glucose」もこれに関係があると思われますが、研究社のリーダーズ英和は「甘いワイン gleukos γλευκος」を語源としています。
ベリリウムとその化合物には甘味がありますが、わずかの量で死をもたらす強い毒性を持ってもいます。ベリリウムの利用が始まった頃、それを分離、加工する工場の従業員に慢性及び急性の食欲不振、呼吸困難、肉腫などが見られたことがあったそうです。
5. B ホウ素(硼素)
英:boron | ボーロン |
仏:bore | ボル |
独:Bor | ボール |
中:peng (2) | ポン |
注:中国語の漢字は日本語と同じ「硼(イシヘンに朋)」です。発音は帯気音の p に、eng はシュワーのように「ア」と「オ」の中間のような音です。決して「エ」ではありません。第2声で発音して下さい。
ホウ素の化合物である硼砂(ほうしゃ、borax )は古くから知られていて、特種ガラスやエナメル塗料の原料として使われてきたそうです。無色の柱状結晶鉱物ですが、空気中で風解して白色粉末となります。
1720年、硼砂と硫酸とからホウ酸が得られ、1808年イギリスの H. デイヴィー(Humphry Davy)らがホウ酸を電解して単体としてホウ素を取り出しました。デイヴィーははじめホウ酸( boric acid )に因んで boracium という名を提案しましたが、その性質が炭素( carbon )に似ていることから carbon の語尾をとって boron と改めたのだそうです。
なお、硼砂の borax という名前はアラビア語で bouraq(白い)と呼ばれたことに因むそうです。
注:1892年にはフランスのモアッサン( Henri Moissan 1852-1907)がもっと純粋なホウ素を単離しました。もっと後には本当に純粋なホウ素も取り出されましたが、これは不可能に近いほど難しいことなのだそうです。
ホウ素は原子量 10.81 、80.1% は陽子5、中性子6から成る原子核を持ちますが、19.9%は中性子が5個の同位体です。単体のホウ素は黒灰色を帯びた耐火性の非金属固体で、ダイヤモンドに次いで硬い物質です。電気的には金属と非金属のあいだの半導体的な性質があり、シリコン半導体のドープ剤として使われているそうです。
ホウ酸はホウケイ酸ガラスと呼ばれる硬質ガラスを作るのに使われています。普通のソーダ石灰ガラスに10〜20%ほどのホウ酸を加えると、化学薬品にも犯されにくく、電気絶縁性も増し、熱膨張率が下がって温度の変化に強くなるとのことで、ビーカーやフラスコの原料になるそうです。
また、ホウ酸の水溶液は弱酸性で弱い殺菌力を持つため、かつては洗眼薬や火傷などの消毒薬として使われていましたが、発疹や消化管障害などの中毒作用があることがわかったため、最近では次第に使われなくなっているようです。
6. C 炭素
英:carbon | カーバン |
仏:carbone | カルボヌ |
独:Kohlenstoff | コーレンシュトッフ |
希:ανθραξ | アンスラクス anthrax |
羅:carboneum | カルボーネウム |
中:tan (4) | タン |
注:中国語の漢字は「イシヘンに炭」です。帯気音の t で、第4声ですから高い音程から急速に下げながら発音します。
ανθραξ の α には鋭アクセントが付きます。古典では更に無気の気息記号(アポストロフィと同形)が付きます。
英語の carbon はカタカナでは「カーボン」と表記するのが普通ですが、当サイトでは原則としてアクセントのない曖昧母音(シュワー)を「ア行」で表記しています。英語らしく言うためには「カ」にしっかりアクセントをおいて「バ」のところは「バ」のような「ブ」のような曖昧な感じで発音して下さい。
英語の carbon はフランス語の carbone から来たと思われますが、carbone は 1787年フランスの化学者トモルボーがラテン語の carbo(木炭)に因んで提唱したものです。(ちなみにフランス語では「木炭、石炭」ともに 「 charbon シャルボン」と言います。)
炭素が元素として認識されるようになったのは近代に入ってからですが、炭素から成る物質は、木炭、石炭、煤、黒鉛(石墨)、ダイヤモンドの形で古代からよく知られていました。なかでもその代表は「木炭、石炭」ですから、炭素の名称もそれと密接に結びついています。
現代ギリシャ語の ανθραξ (アンスラクス)は「炭素」の他、「石炭」「炭疽」をも表しますが、古代ギリシャ語の ανθραξ (アントラクス)は「石炭」の意味でした。
ドイツ語では、Kohlenstoff(Kohle 石炭、木炭、Stoff 素、材料)という言葉もありますが、「石炭、木炭」に当たる Kohle(n) もそのまま「炭素」を表します。複合語では Kohlen が使われ、たとえば、「二酸化炭素」は Kohlendioxyd、「炭酸」は Kohlensäure、「炭酸カリ」は Kohlensaueres Kali と言います。
炭素は原子量12.011 で、98.9%は陽子6個、中性子6個を持つ(質量数12の)炭素12ですが、1.10%は中性子を7個もつ同位体、炭素13です。他に中性子8個の炭素14 などの放射性同位体(ラジオアイソトープ)もあります。
炭素12は原子量の基準として使われています。原子量というのは、最近では相対原子質量(relative atomic mass)と言うのだそうですが、原子の相対的な重さのことです。すなわち、炭素12の質量の12分の1を単位として、それで各元素の原子の質量を割ったものが原子量(相対原子質量)です。あくまでも比ですから単位を付けず無名数として表されます。たとえば、水素原子の質量は大雑把に言って1.67 x マイナス27乗キログラムほどですが、原子量では1.00794 となります。
また、原子量が(基準である炭素でさえも)整数にならないのは陽子と中性子の質量が微妙に異なることの外、各元素における同位体の割り合いに応じた平均をするためです。
初期の頃には水素が基準とされていましたが、後、酸素の質量の16分の1が使われ、1961年からは化学会と物理学会の統一基準として炭素12が使われるようになりました。この変遷の裏には化学・物理学の進歩などのドラマがあるのではないかと思いますが、ここでは立ち入りません。
ところで、炭素12の原子1個の質量の実測値は19.9267 x 10のマイナス27乗キログラムで、その12分の1の 1.66057 x マイナス27乗キログラムが原子量の単位、すなわち原子質量単位(記号 u)だそうです。
(斎藤一夫著「元素の話」による。小学館の「大日本百科全書」では「近似的に 1.6605655 x マイナス27乗キログラム」とある。また、ジョン・ディンティス編「化学用語小辞典」には 1.66033 x マイナス27乗キログラムとありますが、これは間違えではないでしょうか。)
陽子と中性子の質量はそれぞれ 1.6725 x マイナス27乗キログラム、1.6748 x マイナス27乗キログラムですが、これを原子質量単位で表すと、それぞれ 1.0073 と 1.0087 になります。ついでに、電子は陽子の約1836分の1で 0.0005486 だそうです。(数字は上野景平著「これが正体身のまわりの化学物質」による。ただし、本によって違う数字もあり、困ります。)
元素と原子
ここで、「元素」と「原子」という2つの言葉について説明しておきます。基本的にはこの2つは同じで、この世に存在する 110 余りの元素の種類に対応する110 余りの原子の種類があり、それ以外のものはありません。たとえば、炭素12、炭素13、炭素14 などの同位体も基本的には同じ種類の「原子」であり、同じ「元素」に属します。
しかしながら、この2つの言葉には微妙な使いわけがあります。それはこれらが同じものを別の角度から見た言葉だからです。
まず、「原子」とは一定の空間を占め、一定の重さを持つ個々の具体的な物です。したがって、1個1個数えたり、大きさや重さを測ったりすることができます。また、同位体のように原子の「個性」を問題にすることもできます。それに対して「元素」は個を超えた総称であり、いくつかの同位体を包括する名称であって、共通項を抽出した抽象的な名前です。ですから「元素の種類(数)」は問題にしますが、「元素の大きさ」や「元素の重さ」とは普通は言いません。
注:具体的な種類を添えれば、「炭素(水素、酸素、など)という元素の大きさ」と言えないこともないでしょうが、普通は「炭素原子(水素原子、酸素原子、など)の大きさ」と言うでしょう。
「原子」を数えるということは、たとえば「炭素原子1個、炭素原子2個」とか「酸素原子1個と水素原子2個」とか言うことですが、「元素」を数えるというのは「炭素と水素と酸素という3つの元素」などと言うことです。
「元素」は集合名詞?
「元素」を「集合名詞」に例える人もいます。斎藤一夫は「元素の話」に、次のように書いています。
「原子を個人、民族を元素にたとえると、かなり理解しやすくなるのではなかろうか。水素原子という実体のある粒子は宇宙にきわめて多数存在し、あるものは水素分子、あるものは水、メタンなどという形で存在する。しかし状態は異なっていても、水素原子としての共通性をもっている。そういう水素原子すべてを包括的にとらえて、水素という元素の概念が得られる。(中略)
民族という言葉が集合名詞であるのと同様に、元素という言葉も同種の原子の集合名詞ととらえるのが正しい。」
これはかなり納得できる例えだと思いますが、例えはあくまでも例えにしか過ぎません。あくまでも、「元素」の概念をつかむための手がかりです。要するに「元素」とは、斎藤も書いているように、「実体のある物ではなく、同種の原子をまとめていう包括的な名称」なのです。
話が本筋から離れますが、私としては、「集合名詞」という例えには完全には満足できません。たとえば、「日本民族」が「元素」だとすれば、「原子」に当たるのは個々の日本人、すなわち鈴木一郎さんや、山田花子さんや、田中翔さん、などということになりますが、日本人というのは全部で1億2千何百万人いて、それぞれ個性を持った別の人格ですので、これを「原子」と同じに見ることはできません。たとえば、水素という「元素」に属する「原子」はそれこそ星の数の何倍もあるでしょうが、そのうち 99.985% は全く同じもの、いわば「クローン」であり、他の同位体もそれぞれが同じ「クローン」で、個性と言えるのは3つの同位体の3様の「個性」だけなのですから。
また、「集合名詞」というのはあくまでも「集合」ですから、その中の個々の「要素」が「見える」感じがします。「要素」が「見える」ということは、まだそれぞれの個性が目に付き、場合によっては「例外」も許される感じがします。英語の文法でよく見かける次の例を見て下さい。
1. His family are all well. | 彼の家族はみな元気です。 |
2. The audience were moved to tears. | 聴衆は感動のあまり涙した。 |
3. The committee are divided on the matter. | 委員会はこの問題で意見が分かれている。 |
動詞が複数形になっていることに御注目ください。動詞が複数形ということは、主語である「集合」に含まれる一つ一つの「要素」が見えているということです。1の例はまだよいとして、2では本当に全員が泣いたのかなと疑ってみたくなりますし、3では一つの「集合(=元素)」に相反する性質の「要素(=原子)」が含まれることになります。
私には、「元素」という名称は「集合」というよりも、もっと抽象化された概念のように思えます。同じ集合名詞でも people や family、audience、committee などよりも、machinery や、scenery、jewelry、poetry のようなものに近いのではないでしょうか。
英語には「機械」「景色」「宝石」「詩」に対し集合的な表現と個別的な表現があります。
machinery | a machine |
scenery | a scene |
jewelry | a jewel |
poetry | a poem |
個別的な表現の方には不定冠詞の a を付けておきましたが、これは一つ一つ数えられる言葉ですから、複数にもなります。それに対して集合的な表現の方は数えられない言葉ですから、普通には a を付けたり複数にしたりはできません。次の例のように常に「単数扱い」されます。(この場合は「物質名詞」と同じように扱われます。)
How much new machinery has been installed?
どのくらいの(量の)新しい機械(類)が設置されましたか。
先に挙げた family や audience、committee などの集合名詞が単数形のままで「複数扱い」されるのと対照的ですが、それだけに machinery などは中の「要素が見えず」、抽象化されているように思えます。
もし英語に「atomry 」という言葉があれば、同じ「集合名詞」にしてもその方が「元素」に近くなるのではないでしょうか。
ちなみに、英語では「元素」にあたる言葉は element ですが、これは「原子」に当たる atom と同じく「普通名詞」です。ひとつの元素なら an element と言いますし、elements と複数にもなります。もちろんこれは英語の慣用の問題ですから、この element が「集合」的な意味を帯びていても何ら問題はありません。事実、「普通名詞」として使われる「集合名詞」はたくさんあります。
下の例で、集合名詞の family や people が a family、families などと、 a book、books などの「普通名詞」と全く同じように使われていることに御注目ください。
1. His is a large family. | 彼の家族は大家族です。 |
2. There are five families living in this apartment house. | このアパートには5所帯が暮らしています。 |
3. The Japanese are an industrious people. | 日本人は勤勉な国民だ。 |
4. There are many peoples in Asia. | アジアには多くの民族がいる。 |
注:集合名詞のなかでも machinery や、scenery、jewelry、poetry は普通「数えられない名詞」として辞書に乗っていますが、たとえば machinery が「一つの工場の機械設備」とか、少し派生して「ある組織の機構」を指す場合、一つの集合として「普通名詞」のように使われる可能性はあります。つまり「いくつかの工場の機械設備」や「いくつかの組織の機構」という意味では複数になることも考えられます。他の scenery、jewelry、poetry も同様です。
「元素」は抽象名詞?
高木仁三郎は「元素の小事典」の中で、「元素ということばは、同じ原子番号、したがって基本的に同じ化学的性質をもった物質の総称で、やや抽象化されたことばです。」と書いています。
「元素」という言葉が「抽象名詞」だと言っているわけではありませんが、このように「抽象化された」名称と捕らえるのがよいと私も思います。
また少し話が脇道にそれますが、「抽象化する」とはどういうことでしょう。例として「犬」を抽象化することを考えてみましょう。
「犬」にはセント・バーナードやゴールデン・レトリーバーのような大きいものからチワワのような小型犬まで、またコリーのように鼻のすっと高いのからチンやパグや、ブルドッグのようなのまで、いろいろいます。私たちは「犬」と聞いた時にこういう個別の「犬」を思い浮かべることもできますが、また一方、どの犬にも共通した「犬というもの」を考えることもできます。四本脚で走るのが速くて、嗅覚や聴覚が特に発達していて、リーダーに忠実で、頭が良く、人にもよくなつくなど、どの犬にも共通した像を抽出することができます。これがすなわち、「犬」を抽象化するということです。
脇道のまた脇道ですが、日本語の「犬」と英語の dog の違いに付いてちょっとお話します。まず、下の例を見て下さい。
ドアを開けたら犬がいました。
I opened the door, and there was a dog.
私は猫と犬を飼っています。猫はまだ若いですが、犬はすごい年寄りです。
I have a cat and a dog; the cat is still young but the dog is very old.
私は犬が大好きです。I like dogs very much.
犬は忠実な動物です。The dog is a faithful animal.
日本語で単に「犬」となっているものが英語では a dog、the dog、dogs、となっていることに注目して下さい。英語では「普通名詞」には原則として a や the や複数を表す -s などが付き、単独で使われることは普通にはありません。dog も普通名詞ですから、この原則に従います。( 無冠詞の dog を参照。)
日本人はこういうことに慣れていないため、学生が間違えて This is dog. とか I like dog. とか言いますが、英米人は何も付いていない「 dog 」という言葉に接すると、「何か概念だけが形もなく漂っている」ように感じるそうです。古事記に「国わかく、浮かべるあぶらの如くして水母(くらげ)なす漂へる時に」とあるのと同じような感じでしょうか。
そして a dog とか dogs、the dog とか言うことで初めて、形のある個体となった「犬」を思い浮かべることができるのだそうです。してみると、ただの「dog」は抽象的な概念にすぎず、a や the を伴って初めて「具象的なもの」となるということになります。( my、your、Mary's などには the が内包されています。)
「犬」という概念をどういう形で具象化するかは a や the や複数を表す -s などで決まります。簡単に言うと、a dog は「ある一匹の犬」という意味です。話し手が頭に思い浮かべた一匹の犬で、聞き手にはまだ特定できない(と話し手が考えている)犬を指します。dogs はそれが複数になったものです。話し手が思い描く複数の犬で、聞き手には特定できない(と話し手が考えている)犬です。数は2匹以上なら何十億匹でもよく、事実上この世のすべての犬をも指し得ますが、すべてを網羅するとは限りません。
注意:「私は犬が好きです。」を I like a dog. と言うと「変な人」と思われかねません。これは「ある一匹の犬」のことが好きだという意味です。I like a girl. なら正常ですが、I like a dog. は異常と思われかねません。I like an apple. となると変態っぽく聞こえます。I like dogs. や I like apples. と言って下さい。
これに対して the dogs と言えば相手も特定できる(と話し手が考えている)複数の犬です。数匹かも知れませんが、世界のすべての犬を指すことも出来ます。
そして、the dog と言うと、「相手にも特定できる(と話し手が考えている)一匹の犬」、あるいは「抽象化された総称としての犬」を指します。これはどちらも、「相手にも特定できる(と話し手が考えている)」ことを示す定冠詞の働きによります。すなわち、さっき話した犬ということで特定される場合もあれば、「犬」と聞けば世の中の人すべてが思い浮かべるはずのイメージと特定される場合もあるのです。( 後者の用法はまた、dog という言葉が本来表している「抽象的概念」を定冠詞 the が「固定した」と考えることも出来ます。)
The dog is a faithful animal. 犬は忠実な動物だ。
これがいわゆる「総称の the」と言われるもので、「さっき話した犬」とか「あなたも知っている例の犬」とか言うときの普通の the とは異なります。つまり、個々の犬ではなく、犬全般の「総称」として「犬というもの」という意味を表しているのです。(ついでながら「総称の a」というのもあります。)
「総称の the」は下に挙げる「抽象化の the」と基本的に同じものです。
The pen is mightier than the sword. ペンは剣よりも強し。
具象物としてのペンが剣よりも強いわけはありません。ここではもちろん「ペン」によって代表される「文筆活動」を言っています。the sword も同じく「武力」を意味します。上の文は「文は武よりも強し。」と訳されることもあります。
以上の例における「犬」「ペン」「剣」はどれも、それに含まれる様々な個体に共通する性質や用途をくくり出してまとめた「抽象的な概念」になっています。次の例も御覧下さい。
The mother in her was excited at this poor orphan.
彼女の母性がこの哀れな孤児を見て掻き立てられた。
The Englishman within him has asserted itself.
彼の心の中のイギリス人魂が頭をもたげた。
He played the man.
彼は男らしい態度を取った。( He played the piano. なども同類)
同様に the atom と言えば、個々の原子ではなく「総称」あるいは「抽象化された概念」としての原子を語ることができます。それが「元素」のイメージに近いのではないでしょうか。たとえば次の文は「原子は」と訳しても「元素は」と訳しても同じだと思います。
The atom is the fundamental building block of all matter.
元素はすべての物質を形作る基本的なブロック(積み木)である。
ついつい仕事の癖が出て、横道に深入りし過ぎました。本道に戻る前にごく単純な「元素」の定義を示します。元素とは原子のタイプである。元素には 110 余りのタイプがありますが、そのタイプのことを「元素」と言うというわけです。したがってこの宇宙には 110 余りの元素があることになります。
炭素は宇宙で4番目に多い元素だそうです。地球上では 十何番に下がるようですが、人体に限って見れば水素、酸素に次いで3番目の多さを誇り、体重 70kg の成人に含まれる炭素量は13kg だそうです。「有機の王様」の名に相応しく、生命物質である蛋白質や糖、核酸、アミノ酸、脂肪などはすべて炭素化合物です。
また、現在地球上に知られている物質は1300万種あるそうですが、そのうちの 90% は炭素を含む有機化合物だとのことです。
一酸化炭素は CO と表されるように炭素と酸素の化合物です。一酸化炭素は血液中のヘモグロビンとの結合力が酸素より1000倍も強く、その結果ヘモグロビンが酸素を運ぶことを妨げます。無臭でもあり、非常に危険な有毒ガスであるゆえんですが、また、いろいろな有機化合物の出発原料として有用でもあるのだそうです。
二酸化炭素は COツー(右下に小さく2を書く)と表され、私たちにもなじみの深い化合物です。一酸化炭素と異なり毒性がほとんどないので、炭酸飲料の泡にも使われています。消火器にも使われていますが、二酸化炭素は空気よりも重いため、燃焼部分に覆いかぶさって空気を遮断することで消火するのだそうです。
二酸化炭素が固体となったものはドライアイスと呼ばれ、冷却剤としてお馴染みです。最近ではお菓子屋でケーキを買ったり、スーパーで肉を買っても入れてくれる時がありますね。ドライアイスは固体から液体を経ずに気体となる(すなわち、昇華する)性質があり、この時に大量の気化熱を奪います。
炭素のみから成る物質(すなわち、炭素の単体)には、スス、木炭、コークス、活性炭、炭素繊維、黒鉛、など私たちの身近の物から、ダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなど、余りなじみのないものまで数多くあります。一つの元素だけからなる物質を単体と言いますが、炭素の単体には上のようにいろいろな種類があります。同じ元素の単体でありながら違う形を取っているものを同素体と呼びますが、炭素は硫黄などと並んで同素体が多いことでも知られています。
元素と単体
ここでまた少し寄り道をして、元素と単体の関係についてお話しておきます。「単体」は上に挙げたように、ススや、木炭、黒鉛、ダイヤモンド、といった具体的、個別的な物質ですから、前に述べたように抽象性を帯びた「元素」とは違いが明らかだと思われるかも知れません。しかし、近代化学の発展期においてはこの2つの違いは必ずしも明確ではありませんでした。
近代化学の歴史は、物質の根源は何か、つまり「元素」とは何かを追求する歴史でしたが、また、一面では「単体発見の歴史」であったとも言えます。
「元素」は非常に古い言葉です。人間は大昔から、この世の現象や物質の根本を形成しているものは何かということを考えてきました。古代中国人は「木、火、土、金、水」の「五行(ごぎょう)」を、また古代インドにおいては「地、水、火、風」の「四大(しだい)」を「元素」と考えました。また、古代ギリシャでは、紀元前600年頃ターレスが「万物の源は水である。」としたのを始め、紀元前500年頃のヘラクレイトスは「火こそ万物の源である。」と言うなど、いろいろな考えが出されましたが、紀元前5世紀にエンペドクレスが「土、水、風(空気)、火」の四元素が根源であると説いたのを紀元前4世紀のアリストテレスが大成し、この考えがその後長いあいだ西洋思想を支配することになりました。
アリストテレスは「知られた事実から始めなくてはならない」として、実際に観察される事実に基づいて物事を考える必要を強調しました。これは今日から見れば当然ですが当時としては非常に進んだ考え方でした。そしてこの考えによって、紀元前400年頃にデモクリトスが唱えた原子論も想像の産物として葬り去られたのです。(まだ実験という考えもなく、目に見えるものより小さな物は見るすべもない当時のことですから、アリストテレスの主張もかなりの部分が想像の産物だったのが面白いところですが。)
「大日本百科全書」の記述によれば、紀元前6世紀始めの釈迦は四大に「空」を加えて「五大」としたとのこと。またインドの四大ないし五大の思想がギリシャに伝わったことも考えられるとのこと。また、エンペドクレスは「土、水、風(空気)、火」はそれぞれ「固体、液体、気体、エネルギー」を代表し、それぞれが重量、乾、湿、冷、熱などの性質をもっていて、これら四つの元素が「愛」によって互いに混合し、「憎」によって分離して世界の変化をもたらすと考えた、のだそうす。
全くの余談になりますが、リュック・ベッソン監督の「フィフス・エレメント The Fifth Element 」という映画があります。ブルース・ウィリス、ゲアリー・オールドマン、ミラ・ジョヴォヴィッチなどが出ている暇つぶしには楽しい映画ですが、これが宇宙を救う「第5の元素」を追い求めるという設定になっていて、結局のところ、それは「愛」であるというようなお話ではなかったかと記憶しています。
ところで、アリストテレスも第5の元素を考えたようです。彼はこれを第1物質 quinta essentia と呼び、これ自身は現実の姿を持たないが、これに乾、湿、冷、温、4つの性質が加わって「土、水、風(空気)、火」の4元素ができると考えたそうです。
「元素」は英語では element と言いますが、特に化学分野の言葉ではなく「要素、成分、基本」を意味する一般的な言葉です。学問の「初歩」を指すこともあれば、軍隊の「小部隊」を指す時もあり、電気回路の「素子」を言う時もあります。これに当たるラテン語の elementum も辞書に「元素、要素、基礎、初歩、字母、アルファベット」とあります。ギリシャ語では στοιχειον(ストイケイオン、現ギでは、スティヒーオン)と言うようですが、これにも「初歩、要素、アルファベット字母」の意味があります。要するに、「元素」というのは、本来、「いちばん元にあるもの」という素朴な言葉なのです。
近代化学の時代に入ると、「思索」ではなく「実験」によって科学的に「元素」を求めようとする努力が行われるようになりました。ただし、ギリシャ哲学の段階から一足飛びに「化学」の時代に入ったわけではありません。そこに至るまでには長い「錬金術」の時代があったのです。
錬金術というのは、すべての物質が4つ、あるいは5つの「元素」からなっているという古代ギリシャからの考えを元に、他の物質を金に変えることを目指したものです。これは目的が「金」という財宝であるだけに公開されることのない秘術であって、学問的体系をなすに至りませんでしたが、そこで行われた数々の実験の結果や、そのために工夫された道具などが後の化学の発達に役立ちました。なにしろ、17世紀に「万有引力の法則」を始め多くの科学的業績をあげたニュートン( Sir Isaac Newton 1642-1727)でさえ、かなり錬金術に凝っていたということですから、科学と錬金術の分けがたい関係が伺えます。
英語で錬金術師を alchemist、錬金術を alchemy と言いますが、これらはアラビア語から取り入れられたことばです。始めの al は英語の the に当たる定冠詞ですが、化学が学問として独立するようになってから、この al を除いた chemist が「化学者」に当てられ、更に造語して chemistry(化学)という言葉がつくられました。言葉の上でも「化学」は錬金術に負うところ大なのです。
ついでながら、中世においてはヨーロッパよりもアラビアの方が科学が進んでいたために、かなりのアラビア語が文化語としてヨーロッパの言語に取り入れられました。アルコール alcohol、アルカリ alkali、代数 algebra、などがその例です。語頭に al が付いているものが多いですが、中には admiral(海軍大将、提督)のように語尾に付いているものもあります。これは amir al bahr(海の司令官、amir 司令官、bahr 海)の前半部 amiral が語源です。(綴りはラテン語の admirabilis 「驚嘆に値する」との類推で変化)。また、ジブラルタル Gibraltar にも al が入っていますが、これは jabal al Tariq タリクの山(タリクはアラビアの将校 Tariq ibn Zayid にちなむ)から来ています。
ちなみに、日本では「化学」は始め「ふきわかつ術」「分析術」などと呼ばれましたが、これは「化学」を表すオランダ語 scheikunde(スヘイキュンデ、scheiden 分離する+ kunde 知識、技量)から意訳したものです。また分析・合成の両面があるということから「分合術」とも呼ばれました。その後、天保8年(1837)からは宇田川榕庵(ようあん)が大著「舎密開宗」を著したことにより「舎密(せいみ)」が広く使われるようになりました。これは「化学」表すもう一つのオランダ語 chemie(ヘミー)を音訳したものです。明治になってから富国強兵のために設置された化学研究機関も「舎密局」と呼ばれています。
「化学」という語は中国語訳ですが、上海刊行「六合叢談(りくごうそうだん)」(1857-58)で使われ、日本でも先に「分合術」の語を用いた川本幸民が著書「万有化学」(1860)に使うなどして「舎密」に取って代わるようになりました。
注:「スヘイキュンデ scheikunde」と「ヘミー chemie」の「ヘ」は音声記号では / xe / と書き、日本語の「へ」とは異なります。子音 / x / は「無声軟口蓋摩擦音」と言って、喉の奥を強く擦るようにして出す音です。よくドイツ語の Bach の ch が例に出されますが、ドイツ語だけでなくスペイン語、ロシア語、現代ギリシャ語、アラビア語など多くの言葉で使われている音です。「せいみ」の場合、日本語にはない音なので「セ」と聞き取ったのでしょう。( scheikunde は「シケイキュンデ」と読まれていたようです。)ちなみにワインの一種「シェリー」は産地名「ヘレス / xereθ/」が訛ったものだそうです。ついでながら、「化学」はドイツ語では Chemie(ヒェミー)、フランス語では chimie(シミー)です。
注:以上、日本における「化学」の名称の変遷については講談社の「オランダ語辞典」によります。「舎密開宗」については、小学館の「日本国語大辞典」には「天保8年(1837)刊」、「元素の話」には「1847年に出版」とあります。どちらも日本最初の化学書と紹介していますが、後者では、ヘンリーの法則で知られるイギリスの化学者ヘンリーが書いた「実験化学の基礎」のオランダ語訳を訳したものだと言い、前者では単なる訳ではなく宇田川榕庵が独自の考えをも取り入れて書いたとしています。また、「オランダ語辞典」ではオランダ語訳の題名を Chemie, voor beginnende Liefhebbers ( 1803 )、原著を W. ヘンリー著 An Epitome of Experimental Chemistry ( 1801 初版)としていますが、「日本国語大辞典」では原著を ウィリアム・ヘンリー著 Elements of Experimental Chemistry(実験化学要義)と紹介しています。なお、「化学の常識なるほどゼミナール」によれば宇田川榕庵は津山藩の藩医であったそうです。
「元素と単体」に話をもどします。既に書いてきたように「元素」は本来、ただ頭の中で考えだされた「あるはずだ」という抽象的存在です。そして、その実体を明らかにしようとしてきたのが近代化学の初期の歴史であったと言えます。
1627年アイルランドに生まれたボイル( Robert Boyle 1627-91)はボイルの法則でおなじみですが、物質に関する知識を体系化しようとする試みを公表した最初の人だそうです。彼は「懐疑的化学者」という本を書いて、ただ思弁によって唱えられたギリシャの四元素説を批判し、実験に基づいて「元素」を定義しなければならないと説きました。実験を正確に行い化学分析によっていろいろな物質の成分をあきらかにすることが重要だと述べて、「元素」を「それ以上単純な物質に分けることができない物質」と定義しました。
実験を重視するボイルの考えはその後の化学の発展に大きく寄与しましたが、「それ以上単純な物質に分けることができない物質」という定義は今日では「元素」ではなく「単体」に与えられています。ボイルの頃には「元素」と「単体」の概念は区別されていませんでした。
「単体」を今日のように正しく定義したのは近代化学の祖とも言われるフランスのラヴォアジェ(Antoine Laurent Lavoisier 1743-94)だそうです。「元素」が多少「抽象的な」色彩を帯びた包括的名称であるのに対し、「単体」は「具体的な物質」であって、たとえば金属としての鉄や銅、気体としての酸素、水素、固体としての硫黄などが「単体」です。既に挙げたスス、木炭、コークス、活性炭、炭素繊維、黒鉛、ダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどもすべて炭素の単体です。
日本語の「単体」という言葉はフランス語の corps simple、ドイツ語の einfacher Körper の訳ですが、英語でもそれらの直訳の simple substance を使います。ただし、英語では element を「元素」「単体」の区別なく使うこともあるそうです。そのせいか、ジョン・ディンティス編「化学用語小辞典」には「元素」の定義を「それ以上簡単な物質には分解できない物質」としています。
また日本人の書いたものでも、崎川範行著「新しい化学」には「化合物と単体(元素)」という一節があり、「(それ以上簡単な物質に分解され得ない)基礎物質を前の化合物に対して、単体、あるいは元素とよぶことになる。たとえば化合物である水を分解すると、酸素と水素の二つの元素になるし、硫酸を分解すれば水素とイオウと酸素の三種類の単体、つまり元素になる。」と書いてあります。
「元素と単体」はつきつめれば、「元素と原子」と同じく、同じ実体を異なる角度から見たものだと思います。私としては、「元素」が「あらゆる物質の究極の元となっている物質」という素朴な名称、かつ「すべての同位体を含めたある原子の種類」という包括的な名称であるのに対し、「原子」は1個1個数えられる粒としての物質であり、「単体」は同じ種類の原子(=同じ元素)だけからなる物質、と考えるのがよいのではないかと思います。
さて、話を「炭素の単体」に戻します。
前に書きましたように、炭素の単体にはたくさんの同素体がありますが、そのうち、スス、木炭、コークス、活性炭、炭素繊維などは結晶構造を持たず、「無定形炭素」と呼ばれています。それに対し、黒鉛、ダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどは独自の結晶構造を持ち、その結晶の仕方(つまり原子の結びつき方)の違いのためにこのような似ても似つかない姿になっているのです。
ごく大雑把に言いますと、ダイヤモンドは正四面体を積み重ねたような構造をしています。1個1個の正四面体(正三角形4枚を張り合わせてできる立体)は各4個の頂点と中心とに炭素原子を持ち、この構造がいくつも互いに頂点を共有する形で重なりあって並んでいます。
この構造のためダイヤモンドはすべての物質の中でもっとも硬く、熱伝導率は銅の5倍に達しますが、電気伝導性はまったくありません。宝石として珍重されますが、これが木炭や黒鉛と同じものから出来ているとはちょっと想像できませんね。しかし、早くも1772年フランスのラヴォアジェはこれを燃焼させると二酸化炭素のみが残ることを発見し、ダイヤモンドが炭素からできていることを示しました。(ダイヤモンドを燃やすのにはずいぶんと勇気が要ったのではないかと思います。)その後、1796年、イギリスの S. テナントはダイヤモンドが炭素だけからできていることを明らかにしました。
一方、黒鉛は金網を何枚も重ねたような構造をしています。この一枚一枚の金網は正六角形を並べたような作りで、六角形の各頂点に炭素原子があると思って下さい。黒鉛は別名「石墨」とも言い、英語名の graphite がギリシャ語 γραφω(書く)に由来することからも分かるように、古く書記材料として利用されましたが、今日では鉛筆の芯の原料としても使われています。ダイヤモンドと反対に電気伝導性を持ち乾電池の正極としても使われます。
また、カーボンナノチューブはこの金網を筒にしたような構造、フラーレンはこの六角形を組み合わせてサッカーボールのようなボール状にした構造です。(五角形が入らない点がサッカーボールとは違いますが。)
カーボンナノチューブは今や時代の先端を行くナノテクノロジーを代表する新素材で、高性能電池や壁掛けテレビなどへの応用が期待されるほか、体内に入れても安全な生体適合性を活かして人工心臓弁やインシュリンを放出する超小型カプセルなど、バイオ医療への利用も考えられています。
NEC特別主席研究員・名城大教授の飯島澄男氏がその構造を解明、1991年に発表して世界的に注目される契機となりましたが、その存在を世界ではじめて示したのは信州大学教授の遠藤守信氏で、1976年にフランスのオルレアン大学のアグネス・オベラン教授と共同で発表した論文においてでした。
日本経済新聞のコラム(2003年9月1〜5日)によれば、遠藤教授は炭素素材の研究で悪戦苦闘して修士論文をまとめた後、もう炭素をいじって真っ黒になるのはイヤだと思いながら日立製作所に就職、希望通り半導体研究に打ち込んでいたところ、わずか1年でまた是非にと大学に呼び戻され再び炭素と格闘することになりました。
炭素繊維をテーマにしたものの、その繊維がうまく出来たり出来なかったりで、またもや真っ黒になりながら実験をくりかえす毎日、あるとき装置の一部が破裂したときにはもう止めようかとも思ったそうです。そういう中である日のこと、いつもは炭素繊維を生やすための基板を実験のたびに蒸留水で洗浄して空焼きしていたのを、面倒になってただ紙ヤスリで擦っただけで実験してみますと、不思議なことに繊維がうまくできました。紙ヤスリがカギだとは思いもしなかったものの、ともかく確実に繊維ができ太さも制御できるようになったので、1973年それを論文にまとめたのだそうです。
その論文がオベラン教授の目に止まってオルレアン大での共同研究に誘われました。1974年5月に渡仏、夏の間フランス語を勉強した後9月から3ヶ月の電子顕微鏡での観察訓練を経て、日本から持って行った炭素繊維の観察を本格的に始めました。そして、クリスマス休暇も返上、顕微鏡室に泊まり込むまでして、ついに中空のチューブのように見える繊維の端に黒い微粒子がついたものを見つけました。電子顕微鏡を使って、長さ1cm 程の繊維の先端に数十〜百ナノメートルの粒子を見つけるというのは、数キロ先に落ちている十円玉を見つけだすようなのもなのだそうです。
黒い微粒子が紙ヤスリについていた酸化鉄だということも分かりました。基板についた酸化鉄が炭素繊維の成長を促していたのです。これで再現性のある作り方から繊維の成長過程まで解明できましたが、実用化するにはまだ一度に作れる量が 0.01 mg と少なすぎました。その後1985年頃に「流動床法」という技術にメドがつき、百億倍の 100 kg が一度に作れるようになったのですが、何とこの技術の着想は「くしゃみ」から得たのだそうです。
ある日の電車の中、遠藤教授は新聞記事にくしゃみで飛び出したインフルエンザのウィルスは15 m ほど飛び散ると書いてあるのを読みました。電車の中で誰かがくしゃみをしたら車内にウィルスが広がるんだと思った時、そうだ今まで基板にまいていた鉄の微粒子を浮かせてみたらどうだろうと考えたのだそうです。一か八かの思いつきが突破口となりました。
ちなみに、飯島澄男教授の製法は真空中の高圧放電によるもので、ガスから作る遠藤守信教授の製法のほうが生産性が高いとのことです。いずれにせよ、フラーレンを発見(1985)した人たちには1996年のノーベル化学賞が与えられていることを考えると、遠藤教授も(そしてもしかしたら飯島澄男教授も)近いうちにノーベル賞をもらうのではないでしょうか。
米炭素学会から最高賞
2004年6月、遠藤・飯島両氏が米国炭素学会の「科学技術功績メダル」の受賞者に選ばれました。(米国のドナルド・ベチューン博士も同時受賞)
炭素の研究に関する優れた業績に送られる功績メダルは同学会最高の賞で、不定期に選ばれ、過去の受賞者はノーベル化学賞受賞者3人を含む4人しかいないとのことです。(日本経済新聞、2004年6月26日夕刊より)
ついでながら、ナノメートル( nm )というのは「10億分の1メートル」のことで、原子や分子のような微小なものの大きさを言う時に使います。そしてそういう微小なものを扱う技術がナノテクノロジーです。原子の大きさは大雑把に「1オングストローム、Å」つまり「1億分の1センチメートル」と言われますが、これをナノメートルで表せば、0.1 nm ということになります。ウィルスは約 200 nm、一円玉の直径は 2千万 nm です。カーボンナノチューブの太さは数ナノ〜数十ナノメートル、種にする鉄の微粒子は直径約 10 nm だそうです。
さらについでに、ナノメートルの更に千分の1をピコメートル、さらにその千分の1をフェムトメートル、更に千分の1をアットメートルと言います。これらの単位を使うと原子の大きさも、それぞれ 100 ピコメートル、10万フェムトメートル、1億アットメートルということになります。
逆に、ナノメートルの千倍、言い換えれば1メートルの百万分の1はマイクロメートル(=ミクロン micron、英語ではマイクラン)といいますが、原子の大きさは 0.0001マイクロメートルといういことになります。( micrometer = micron、nanometer、picometer、femtometer、attometer )
7. N 窒素
英:nitrogen | ナイトラジャン |
仏:azote | アゾート |
独:Stickstoff | シュティックシュトッフ |
希:αζωτον | アゾトン |
羅:nitrogenium | ニトロゲーニウム |
中:dan (4) | タン |
英語名 nitrogen はギリシャ語 nitron (硝石、硝酸カリウム、英語では nitre または niter)と -gen(〜を生ずる)から成ります。イギリスのキャヴェンディッシュ(水素の項参照)が硝石から窒素を取り出したことから、Dr. Chaptal という人物(多分フランスの政治家・化学者 Jean-Antoine Chaptal シャプタル 1756-1832)が nitrogen という名前を提案しました。これに由来する名称が英語、ラテン語、スペイン語、ポルトガル語でも使われています。
フランス語名 azote は1789年(1791年説も)フランスのラヴォアジェがギリシャ語から造語し提案したもので、「否定」を表す a- と「生命」を意味する ζωη(zoe)から作った azotikos(生命がない)という形容詞が元です。現代ギリシャやイタリアではこれに由来する名称を使っています。英語でも nitrogen ができるまでは azote(エイゾウト、アゾウト)と呼ばれました。
ついでながら、「否定」を表す a- は atom(原子、「分けることができない」)や asymmetry(非対称)、Amitabha(阿弥陀、無量光仏、「量ることができない」)などにも入っています。「阿弥陀」はギリシャ語ではなくサンスクリットですが、両者は遠い親戚ですから共通な点があります。ついでながら「ミダ」の部分は meter と関係があるそうです。)
ドイツ語の Stickstoff は「窒息させる ersticken」「窒息する ersticken、sticken」から取った Stick と「素、元」を意味する Stoff の合成語で、日本語の「窒素」はこれを直訳したものです。なお、ドイツ語ではラテン語と同じ Nitrogenium が使われることもあるようです。
中国語の漢字は气(きがまえ)に炎が入ります。発音は第4声で dan です。無気音ですから息をそっと出すように気を付けて下さい。強く息を出すと「炭素」になってしまいます。なお北京語には有声音がありませんから濁音で「ダン」と言っても dan として理解されます。
原子番号7番の窒素は原子量14.00674で、99.63%は中性子を7個持つ窒素14ですが、0.37%は中性子を8個持つ窒素15です。
単体の窒素は2つの窒素原子から成る不活性な気体(Nツー)です。元素としての窒素を発見したのはスコットランドの化学者ダニエル・ラザフォード(「アイヴァンホー」を書いたウォルター・スコットの叔父)で、1772年エジンバラ大学に提出した博士論文で発表しました。これに先立つ1760年代ヘンリー・キャヴェンディッシュとジョーゼフ・プリーストリーとがそれぞれ別々にに実験し、空気から酸素を取り除くと残った「空気」の中ではロウソクが消えネズミが死ぬということを確認しましたが、どちらもこれが独自の元素であるという結論には達していませんでした。
窒素が不活発で他の物質と化合しにくいのは2つの原子の結びつきが非常に強くなかなか切り離せないためなのですが、最近ワシントンのカーネギー研究所で1個1個バラバラになった窒素原子を作り出すことに成功したそうです。ただしそれには150ギガパスカルを越える高い圧力が必要でした。これは約150万気圧に当たります。(1気圧は 1013.25ヘクトパスカルですが、ギガはメガの千倍つまり、10億を表し、ヘクトは百を意味しますから、ギガはヘクトの1000万倍です。ついでながら、キロのあと、千倍ごとに、メガ mega-、ギガ giga-、テラ tera-、ペタ peta-、エクサ exa-、が単位に付きます。)
窒素は空気の最多成分で、体積の78.1%、重量の75.5%を占めます。窒素が多くなり過ぎると私たちは窒息してしまいますが、同時に窒素は生命になくてはならないものです。それは窒素がDNAの成分でもあり、蛋白質や酵素を形成するアミノ酸の成分でもあるからです。体重70kgの成人は 1.8kg の窒素を含んでいます。肥料の3要素として「窒素、リン酸、カリ」と並べられるように、窒素は植物の生育にも欠かせないものです。
空気中に豊富に存在する窒素ですが、私たちはこの窒素を直接に体に取り入れることはできません。動植物がこれを利用できるのはアゾトバクター属の細菌(バクテリア)のお陰です。マメ科の植物も、根に寄生する細菌が窒素を固定(使える形に変えること)してくれるお陰で蛋白質を蓄えることができるのです。
アゾトバクターは空気中の窒素をアンモニアに変えながら、その反応のエネルギーで生きています。そのアンモニアは簡単に酸化されて亜硝酸、さらに硝酸イオンと変わり、植物に取り込まれ、蛋白質などに合成されます。その植物は動物に食べられ、その動物の排泄物や死骸はまた別の細菌によって分解されてアンモニアになり、さらに別の細菌によって窒素分子に変えられます。このように窒素は細菌、植物、動物、人間の間を回って生命を循環しているのです。
ところで、夏の雷は秋の豊作をもたらすと言われているそうですが、これもあながち迷信とばかりは言えません。なぜなら、雷の放電のエネルギーで空気中の窒素が酸化され、雨にまじって地上に降りそそぎ作物の肥料となるからです。
アゾトバクター( azotobacter )という名前が azote(窒素)と bacteria(細菌)から出来ていることは一目瞭然ですが、ついでに言うと bacteria は 「棒、杖」を意味するギリシャ語 βακτηρια からラテン語を経由して英語に入った語です。(古典ギリシャ語では「バクテーリア」、現代ギリシャ語では「ヴァクティリア」、いずれも「リ」にアクセント。)
ところで、アンモニアの語源は、古代エジプトの多産と生命を象徴する羊頭神 Amen(アーメン)のギリシャ語名 Ammon(アンモーン、アモン)にあります。それはリビアの Ammon 神殿の近くで塩化アンモニウムが採掘され sal ammoniac(アンモーンの塩)と呼ばれたことに由来します。(アンモーン神はギリシャではゼウス、ローマではユピテルと同一視されていました。「アンモナイト」も「アンモーンの角」という意味で名付けられたのだそうです。)
また、アミンやアミノ酸という言葉も語源をたどればアンモーン神に行き着きます。 amine(アミン)は ammonia と塩基、元素、化合物などを示す語尾 -ine からの合成語です。アミノ酸の amino は amine から作られました。
細菌たちが何億年も前からごく自然に空気中の窒素を固定してアンモニアを作っているのに対して、人間は高温、高圧下で多くのエネルギーを使って窒素をアンモニアに変換しています。
1905年ドイツの化学者フリッツ・ハーバー(1868-1934)が窒素ガスと水素ガスを 500℃、1000気圧の元で触媒を使って反応させ、アンモニアを作ることに成功しました。このハーバー法により空気から窒素肥料ができるようになり農業生産高が急激に高まりました。現在では触媒の改良により150気圧で、より効率よくアンモニアが作れるようになっています。また、新しく天然ガスと空気からアンモニアを作る方法も開発され、これによれば 380℃、80気圧で製造でき、ハーバー法の半分のエネルギーで済むようにもなっています。
窒素は融点が 63.29 K(ー209.86 ℃)、沸点が 77.4 K(ー195.8 ℃)と非常に低く、液体窒素はマイナス195.8 ℃ の温度を保つ優れた冷却剤です。たとえば、バラの花を浸せばたちまち凍結し、金づちでたたくとガラス細工のように粉々に割れてしまいます。液体窒素は卵子、精子、血液などの保存や、超伝導磁石の冷却などに利用されています。
窒素はその不活発な性質のために無毒ですが、その化合物の中には毒性の強いものもあります。自動車の排気ガスに含まれ NOx(ノックス)と総称される様々な窒素酸化物は酸性雨やオキシダントの原因になります。また、一酸化二窒素( NツーO )は吸い込むと顔面が引きつり笑ったように見えるため、笑気ガスと呼ばれます。
そうした中で、一酸化窒素( NO )は人間の体内でも合成され、循環器系、免疫系、神経系で重要な役割を担っています。その作用の一つに筋肉を弛緩させる働きがあり、ニトログリセリン( nitroglyceline )を服用すると狭心症の発作が治まるのは、これが分解してできる一酸化窒素が冠動脈を広げるためだそうです。また、バイアグラ( Viagra )が勃起を助けるのも、一酸化窒素を出すことで陰茎への血流を制御する筋肉を弛緩させるからなのだそうです。
一酸化窒素のこの作用は 1987年サルバドール・モンカーダ( Salvador Moncada )によって発見されましたが、これを利用しているのは人間だけではありません。面白いことに、蚊など人の血を吸う昆虫は、血を吸う時にこの一酸化窒素を放出し人の血管を広げ、血を吸いやすいようにしているのだそうです。
窒素と爆薬
火薬・爆薬の製造にも窒素は欠かせません。最初に作られたのはいわゆる黒色火薬で、硝石(硝酸カリウム)と硫黄と木炭の混合物です。紙、印刷、羅針盤とともに中国人の四大発明の一つとされていますが、始めは7世紀前半、なんと発火性医薬品として用いられたとのことです。軍用としての配合の記述は北宋政府編集の「武経要説」(1045) に見られるそうで、文永11年(1274)、元の軍隊が博多を襲った時にも震天雷または鉄包と呼ばれる火器が使われました。(この武器は鉄缶に火薬を詰め、点火して爆裂させるものだそうです。)西洋では、イギリスの僧侶ロジャー・ベーコンが1242年の著書に黒色火薬の製法を記載しています。
1846年、グリセリン(今日ではグリセロールと呼ぶ)に硝酸(nitric acid)と硫酸(sulfuric acid)を反応させてニトログリセリン( nitroglyceline )が作られました。これは石切り場での作業やトンネルの掘削に威力を発揮しましたが、非常に取扱いが難しく危険なものです。1867年、スウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel 1833-96)はこれを珪藻土に吸収させ、雷管をつけて起爆させない限り爆発しないようにしました。これがダイナマイトで、ノーベルはこの発明によって得た莫大な資産でノーベル賞を創設しました。
1863年には TNT(トリニトロトルエン trinitrotoluene )が発明され、今日では更に取り扱いやすく強力な爆薬が作られています。たとえば HMX(シクロテトラメチレンテトラニトロアミン cyclotetramethylenetetranitramine )、RDX(シクロトリメチレントリニトロアミン cyclotrimethylenetrinitramine )などで、軍用に広く使われているそうです。
注:上の爆薬の名前に「ニトロ」が入っていることは、これらが窒素(nitrogen)を含む化合物であることを示しています。他にも、 potassium nitrate(硝石、硝酸カリウム、KNOスリー)や nitric acid(硝酸、HNOスリー)などの英語の名称には窒素が入っていることが明示されています。
爆薬と言うと破壊や殺傷を連想しますが、あんがい私たちのすぐそばで人命保護に役に立っているものもあります。アジ化ナトリウム(sodium azide、 NaNスリー)がそれで、自動車のエアバッグに使われています。エアバッグにはそれぞれ 200g のアジ化ナトリウムが入っていて、衝突速度がある限界を越えると電気センサーが感知して起爆され、300℃の熱を発生して40分の1秒でバッグを膨らませるのだそうです。
注:詳しいことは私には分かりませんが、アジ化ナトリウムやアジ化鉛(PbNスリー)、アジ化水素(HNスリー)などのように窒素原子3つから成る部分を含む化合物をアジ化物と呼ぶようです。
アジ化物をフランス語で azide(アズィド)、ドイツ語で Azid(アツィート)と言いますが、日本語の「アジ」はフランス語から来たものでしょうか。アジ化物の中のあるものは日本語でもアジドと呼ぶそうです。(注:フランス語には azoture という言い方もあります。)
英語では azide(アザイド)と言いますが、この語はもちろん窒素の別名 azote から作られています。英語では「〜化物」には -ide という語尾が付きます。たとえば、酸化物 oxide(オクサイド)、臭化物 bromide(ブロウマイド)、塩化物 chloride(クローライド)、窒化物 nitride(ナイトライド)などです。(参照:「〜化物」の語尾)
ちなみに、アジ化物は結びつく金属によって大きく性質が異なり、アジ化ナトリウムは起爆されるまでは安全なのに対して、アジ化鉛は衝撃によって爆発しやすいのだそうです。
窒素は安定を求めて破裂する
窒素を含む化合物がなぜこのように大きなエネルギーを生み出すのかというと、それは大量の熱の発生とともに窒素が急激に窒素ガスに戻ろうとし、激しい体積の膨張が起こるからなのだそうです。(窒素ガスというのは窒素にとって非常に安定した状態、いわばめったなことでは犯されることのない安心できる状態なのです。)
8. O 酸素
英:oxygen | オクスィジャン |
仏:oxygène | オクスィジェーヌ |
独:Sauerstoff | ザウアーシュトッフ |
希:οξυγονον | オクスィゴノン |
羅:oxygenium | オクスュゲーニウム |
中:yang (3) | ヤン |
中国語の漢字は气(きがまえ)に羊が入ります。第3声ですから低く押さえるように「ヤー」と始め、徐々に上げながら「ーン」と発音します。「ン」は ng ですから下の先はどこにも付きません。もっとも日本人は語尾の「ン」を大体いつもそんな感じに発音していますから、特に意識する必要ありません。むしろ気を付けなければいけないのは tan(炭素)、dan(窒素)など n で終わる場合で、この時は下の先をしっかりと上の歯あるいは歯茎に付けます。
フランス語の oxygène を提唱したのはラヴォアジェです。「酸、酸っぱい」を意味するギリシャ語 οξυς と -gen(〜を生ずる)からの造語です。これこそすべの酸の素であるという誤解からの命名だそうですが、大化学者ラヴォアジェのまさに歴史に残る大失敗でした。今では、塩化水素(HCl)のように酸素を含まない酸があり、水素こそ酸の素であるということが判っています。
注:現代ギリシャ語では οξυς(オクスィス)は「鋭い、急激な、突き通すような」などの意味です。ついでに、「酸」は οξυ(オクスィ)、「酸っぱい」は οξυνος(オクスィノス)、ついでに「酢」を οξος (オクソス)と言います。古典ギリシャ語でも οξυς(オクスュス)は「鋭い、尖った、刺激性の、急激な、熱情的な」などの意味です。「酸」をどう言ったのかは確認できませんでした。
イギリスでは始めこの名前に抵抗があったようですが、結局は英語でも oxygen を使うようになりました。これにはエラスムス・ダーウィンが書いた Oxygen という詩も貢献したようです。これは酸素をたたえる詩で、 1791年に発表されました。ちなみに作者は「進化論」を書いたチャールズ・ダーウィンの祖父にあたります。
ドイツ語の Sauerstoff は oxygène の直訳で、sauer「酸っぱい」と Stoff「素」からの合成語です。ちなみに、「酸」は Säure(ゾイレ)と言います。また Sauerwasser(ザウアーヴァッサー)と言うと炭酸水のことです。
酸素発見の栄誉は今日、イギリスのプリーストリー(Joseph Priestley 1733-1804)、スウェーデンのシェーレ(Karl Wilhelm Scheele 1742-86)、フランスのラヴォアジェ(Antoine Lavoisier 1743-94)という3人の化学者に与えられています。ただ、論文の発表や、交わした手紙の有無や時期などの関係からか、プリーストリーを発見者としている本もあります。
プリーストリーは 1774 年に酸素を作り出し、最初の発表者となりました。彼はこの「新しい空気」の中ではロウソクがより明るく燃え、ネズミがこれを吸うとより生き生きとすることを記しています。シェーレはこれより2年早く酸素を作り出しましたが、論文の原稿を出版者に送ったのは1775年、発表は1777でした。ラヴォアジェは1774年の秋、独自に酸素を作り出したことを発表しましたが、それより前の10月にプリーストリーが彼を訪れ、まだ発表前に「新しい空気」の抽出の経緯を語ったことが判っています。また、ラヴォアジェは否定していますが、シェーレが1774年9月30日にラヴォアジェ宛に投函し、研究の経過を記した手紙の写しがシェーレの書類の中から死後に発見されています。
いずれにせよ、最初に「新しい元素」として「酸素」を認識したのはラヴォアジェでした。彼は燃焼における酸素の役割を解明し、それまで 100年のあいだ化学理論を支配していたフロギストン説を葬り去るという大きな功績を残しました。(「水素」の項「フロギストン」を参照)
早くも中世においてレオナルド・ダヴィンチ(Leonardo da Vinci 1542-1519)は、空気には何か生命にとって不可欠なものが含まれており、これが使い尽くされるとロウソクの炎も生き物も長らえることができないと述べています。しかしながら、一般に人々は18世紀始めに至るまで、空気はそれ自体ひとつの元素であると信じていましたので、上の3人の発見者以前に実際に「酸素」を作り出していた人々も、それが何であるかをはっきり認識してはいませんでした。
17世紀にはイギリス、ロシア、デンマーク、フランスの科学者がそれぞれ酸素をつくりだしていますが、この当時すでに硝酸カリウム(KNOスリー)を徐々に熱すると何かの気体が発生することが知られていました。1624年にオランダの発明家コルネリウス・ドレッベルが英国王ジェームズ1世の御前で実験した世界最初の潜水艦でもこの「気体」が使われたと思われます。この潜水艦には12人の漕ぎ手とドレッベルの他数人が乗っていましたが、その一人は後に、艦内の空気が消耗するとある容器から補充したと報告しています。この容器の中身は上のようにして作られた「気体」だったと思われますが、「酸素」が発見されるのはこれより150年後のことでした。(ちなみに、プリーストリーとシェーレは酸化第二水銀 HgO を熱することで酸素を得ました。)
酸素は原子番号8番で、8個の陽子を持っています。99.76% は中性子を8個持つ酸素16(元素記号 O の左肩に小さく16 と書きます)ですが、0.20% は中性子が10個の酸素18、0.048% は酸素17です。原子量は15.9994です。1961年以前には酸素の質量を16として、その16分の1を原子量の単位としていたこともありました。(原子質量単位を参照)
酸素は宇宙の中で、水素、ヘリウムに次ぎ3番目に多い元素です。太陽系では水素、ヘリウム、酸素の割り合いは重量比で「千:百:1」だそうです。
太陽のような恒星では核融合によって水素がヘリウムに変換されていますが、水素が使い尽くされてしまうと、次にはヘリウムを炭素に変える核融合が起きます。そしてヘリウムも尽きるとこんどは炭素を酸素へと融合しはじめます。太陽の場合はここまでですが、もっと質量の大きな星になると更に酸素を融合してシリコン、リン、硫黄へと変換するのだそうです。
酸素は酸素ガス(Oツー)の形で空気の約5分の1(体積では21%、質量では23%)を占めています。また、地球の地核質量の47%が酸素です。水(Hツー0)は酸素化合物の代表とも言えますが、その質量の88%は酸素です。人間の体の70%は水分ですから、体重70kgの成人の場合、そのうちの実に43kgが酸素原子の重さと言うことになります。
空気中の酸素の割合が17%よりも低くなると私たちは呼吸が出来なくなります。しかし、逆に25%を越えると、あらゆる有機物は非常に燃えやすくなり危険です。1967年1月27日、アメリカのアポロ1号の打ち上げ時に火災が発生し、3人の宇宙飛行士が犠牲となりました。これはカプセル内の空気が100%酸素であったために、電気系統からの小さな火花が大きな火事になってしまったのだそうです。(1969年7月20日、アポロ11号は月面「静かの海」に着陸しました。)
酸素が物を燃やしやすくすることは、簡単な実験で確かめることができます。中ジョッキくらいの縦長の器を用意してください。中にマンガン乾電池につまっている黒い粘土みたいなものを入れ、それに消毒液のオキシドールを注ぎます。ぶくぶくと出てくるものが酸素です。まず、ロウソクに火を付けて吹き消した後、すぐにこの容器の中に差し入れてみて下さい。ロウソクの炎がともります。次に荷造り用の荷札の紙をほんの少しだけ残して切り捨て、(同程度の針金の先に小さな紙片を付けても同じですが、)針金の先端を持って紙に火を付け、器の中に差し入れてみて下さい。針金が線香花火のように燃えます。(注意:危険を伴います。子供だけではやらないで下さい。くれぐれも材料は少なめに、まわりに燃えやすいものを置かないように気を付けてください。)
オキシドールは過酸化水素の水溶液です。乾電池の中の黒いものには二酸化マンガンが入っており、これが触媒になって過酸化水素が酸素と水に分解されます。傷口にオキシドールをぬった時も同じ反応が起きています。ですから、触媒には二酸化マンガンでなく血液でもいいわけですが、あとジャガイモの皮などでもいいそうです。
過酸化水素(HツーOツー)は活性酸素の一つで、強い酸化力のために生体内で老化、遺伝子損傷、炎症などの弊害を引き起こします。(生体には活性酸素に対する防御機構もありますが。)
オキシドールは過酸化水素の3%水溶液で、その酸化力を活かして殺菌、消毒に使われます。純粋な過酸化水素は無色の油状液体(「淡青色シロップ状」とした本もあります)で、融点マイナス0.89℃、沸点152.1℃、水に似た物理的性質を持っているそうです。
酸化は酸素の代表的な作用です。火が燃える時のような激しい急激な酸化もあれば、生体内で行われる穏やかな酸化もあります。私たちの体の中で体温が作られエネルギーが生み出されているのも、火が燃えるのと同じく炭素化合物を酸化する反応なのです。何か不思議な気がしますね。また、ある種のバクテリアを殺すのも鉄を錆びさせるのも酸化の反応です。
注意:「酸化」というとまず「酸素との結合」を連想しますが、化学で言う酸化はそれだけではありません。少し前までは、酸素と化合する反応、または水素を失う反応を酸化と言いましたが、現在ではそれらを含めて物質から電子が逃げる反応すべてを言うのだそうです。
オゾンは酸素の同素体です。普通の酸素が酸素原子2つから成る 0ツーの形を取っているのに対し、オゾンは酸素原子3つから成る Oスリー( O の右脚元に小さく3を書きます)です。空気中にも、落雷や紫外線の影響で発生したオゾンが 0.02 ppm 程度含まれていますが、紫外線の多い夏には増加し、0.1ppm を越えることもあります。紫外線に富む高山、海岸、森林などでさわやかな感じがするのもオゾンの働きです。
しかしながら、オゾンは生体にとって非常に危険なものでもあります。その強い酸化作用による殺菌力のため、上水道の殺菌、廃水処理、空気浄化などにも使われますが、微量でも長時間吸い続けると呼吸器の細胞が冒されて呼吸困難になります。
オゾン ozone は「臭う」という意味のギリシャ語 οζω(オゾー)が語源です。普通は青みを帯びた気体ですが、マイナス112℃以下で液体に、マイナス193℃以下で固体になります。液体は青色、固体は暗紫色でどちらも強い爆発性があります。
オゾンはまた地球上の生命にとって、なくてはならないものでもあります。地球の上空10〜15kmに始まり50km に至る範囲(特に20〜25kmのあたり)はオゾン濃度が高く、このオゾンの層がすっぽりと地球を取り囲んでいます。オゾン層は太陽から放出される紫外線のうち、特に波長の短い有害紫外線を吸収し波長の長いものに変えてくれます。もしオゾン層がなかったら地上の生物は有害紫外線のため遺伝子を破壊され、皮膚癌などに冒されて生存が危うくなります。
地球の歴史を見てみると、ちょうどこのオゾン層が形成されたころに、生物は水中から陸上へと進出してきます。生物がまず水中に栄えたのは、生命にとって水が大切だというだけでなく、水によって有害な紫外線から守られていたからでもあるのです。オゾンが酸素の同素体であり、オゾン層が形成されうるまでに酸素を増大させたのが植物の光合成であったことを考えると、オゾン層はまさに生物自身が作り出した紫外線に対する防御壁と言うことができます。
地球の歴史46億年の中で、すでに45億年前には大気が存在していましたが、その組成は二酸化炭素、水蒸気、窒素などで、生物が呼吸できるかたちの酸素はほとんどありませんでした。30億年くらい前から藻類による光合成が始まりますが、その後の10億年くらいは、せっかく作られた酸素も鉄の酸化に使われてしまい、大気中には増えません。20億年くらい前になってやっと1%ほどになります。6億年前にもまだ数%だったようですが、その後の2億年ほどの間に急速に増加し、植物が地上に現れる頃には20%に達していたそうです。奇跡的とも言える増え方ですが、現在でも植物が光合成によって供給する酸素は毎年1000トン以上になると見積もられています。
太陽系の惑星の中でオゾン層を持つのは地球だけです。オゾン層ができるためには大気中に酸素が豊富になければいけませんが、地球以外で大気中に酸素を持つのは火星と金星だけで、しかも火星の酸素は 0.15%、金星はそれ以下に過ぎません。
余談ですが、最近、土星の周回軌道に入った探査船カッシーニによる調査から、土星の輪の中に原子の状態の酸素が存在し、急増しているらしいということが発表されました。ハッブル宇宙望遠鏡が水酸基を観測したことは以前にありましたが、酸素が単体で見つかったのは初めてだそうです。
この酸素は輪の中の氷塊が粉々になった際に放出された可能性が高いそうです。それがたまたま隕石が飛び込んできて氷塊を砕いたというだけなら良いのですが、
輪の中の氷塊や岩石が繰り返し衝突している結果とも考えられ、もしそうだとすると輪の中の氷塊は徐々に崩壊して減り、百万年以内に輪そのものが無くなってしまう可能性もあるそうです。(朝日新聞、2004年7月3日夕刊より)
9. F フッ素(弗素)
英:fluorine | フルアリーン、フローリーン |
仏:fluor | フリュオール |
独:Fluor | フルーオル |
中:fu (2) | フー |
英、仏、独すべて fluorite(ホタル石、フッ化カルシウム CaFツー)から造語されましたが、これは「流れる」という意味のラテン語 fluo(不定詞 fluere)に由来します。
日本語、中国語はその音訳です。厳密に言うと音訳というよりも、最初の音をとっただけで、この伝でいけばヘリウムは「ヘ素」、ウラニウムは「ウ素」とかになりますが、そうならなかったのは幸いでした。
中国語では第2声で下から上へしゃくりあげるように言います。/ f / の音ですから、日本語の「フ」ではありません。漢字は气(きがまえ)に「弗」を書きます。
英語名となっている fluorine を作ったのはフランスの科学者アンドレ・アンペールで、1812年のことでした。のちに彼は気を変えて「破壊的な」というギリシャ語から phthorine(プトリーン)を提案したのですが、すでにイギリスの大化学者ハンフリー・デイヴィー(Humphry Davy)が使うなど fluorine が定着し始めており、結局これが残ることになりました。
ホタル石の英語名がなぜ「流れる」に由来するかといいますと、この鉱物が炎の中で液状に溶けて流れるからです。しかも、自分が溶けるだけでなく、他の金属にまぜればその金属を溶けやすくするために、製鉄用の融剤としても古くから使われてきました。
ついでながら、フッ化物(フッ素の化合物)を英語で fluoride(フルアライド)と言います。ホタル石の fluorite(フルアライト)やフッ素 fluorine と似かよっていてややこしいですね。
フッ素というと私たちはまず歯を丈夫にするものというイメージがありますが、それはフッ化ナトリウム(NaF)という化合物の話で、フッ素そのものは非常に毒性の強い危険なものです。
実際、何人もの化学者が単体のフッ素を取り出す過程で体をこわしたり、死んだりしました。フランスの大化学者ゲイ・リュサックも病気にかかりましたし、イギリスのデイヴィーも白金の器に取り出したフッ素が器をこわして漏れ出したため、フッ素を吸い込んで命を落としました。フッ素は白金までも侵してしまうほど反応性の強い元素なのです。(注:デイヴィーについては「元素の小事典」によります。Nature's Building Blocks にはただ病気にかかったと書いてあります。)
フッ素の単離に始めて成功したのはフランスのモアッサン( Henri Moissan 1852-1907、ホウ素を参照)です。彼は1886年、フッ化水素 HF を白金の容器の中で電気分解し、ホタル石をくり抜いて作った容器の中にわずかなフッ素の気体を取り出しました。この過程で金よりも高価な白金を大量に消費してしまったそうですが、モアッサンはこの功績により1906年のノーベル化学賞を受賞しました。
フッ素は塩素などとともにハロゲン族と呼ばれる元素です。ハロゲン族の原子はその特徴的な電子の配列構造のために、もう一つ電子を取ると非常に安定した状態(閉殻構造)になります。したがって、電気陰性度(他の原子の電子を引き付ける力)が非常に強く、極めて反応性に富むのが特徴です。
ハロゲンという言葉はギリシャ語の halos(塩)と -gen(〜を生む)から合成されたものです。(スウェーデンのベルツェーリウスが命名。)ハロゲン族の元素は金属と典型的な塩を作りやすく、「造塩元素」とも呼ばれます。
ハロゲン族は7B族あるいは17族ともいい、周期表を見ると縦にフッ素 F、塩素 Cl、臭素 Br、ヨウ素 I、アスタチン At と並んでいます。高校生はこれをふっ(F)くら(Cl)ブラ(Br)ジャー愛(I)のあと(At)などと覚えます。
(ハロゲン族とは逆に、電子を一つ他の物質に押し付けることで自らの安定を図ろうとする元素もあります。リチウムを始めとするアルカリ金属元素がそれで、やはり強い反応性を示します。こちらの覚え方はリッチな彼女はルビーせしめてフランスへでしたね。)
ハロゲン電球は小型で強い光を出せるので店鋪のスポット照明やスポーツ施設の投光照明などに使われます。これは白熱電球の一つですが、電球内に窒素やアルゴンなどの不活性ガスの他に微量のハロゲン(ヨウ素、臭素、塩素などの単体または化合物)を封入することで、タングステンのフィラメントの劣化を抑制するものです。従来の電球では、点灯中の高温のためタングステンが蒸発してガラス壁に付着し曇りが出、フィラメント自身も細くなるという難点がありますが、ハロゲンガスはこの蒸発したタングステンと化合し、電球内の対流によってフィラメント近くに行くと、再びその熱で分解してタングステンをフィラメントに戻すという働き(ハロゲン再生サイクル)をします。このハロゲンの働きでフィラメントの寿命が伸び、しかもフィラメント温度を高くして効率をあげることができるのです。(ガラスには高温に耐えられるように石英ガラスを使います。)
ハロゲン電球は1959年アメリカのツブラー E. B. Zubler らによって発明され、翌年は日本でも実用に供せられたそうです。
フッ素は原子量 18.9984032、自然界では 100%中性子10個のフッ素19ですが、中性子が9個の同位体もあります。
フッ素の単体は2原子から成るフッ素ガスですが、自然界には存在しません。フッ素ガスは淡黄色で刺激臭があり有毒です。強い反応性があり酸素、窒素以外のほとんどすべての元素と直接化合します。(注:「元素111の新知識」には「無色ガス」「すべての元素と直接反応する」とあります。)
水素とは暗所でも爆発的に化合してフッ化水素 HF を作ります。フッ化水素の50%水溶液はフッ酸と呼び、ガラスを腐食する性質があるために、ガラス器具に目盛りを刻んだりするときにも使われます。
ウラン濃縮にもフッ素ガスが使われます。天然のウランにはU238とU235という2つの同位体がありますが、核分裂に使用されるのは質量の少ないU235の方です。ウランとフッ素の化合物である六フッ化ウラン(UFシックス)が揮発させやすいことを利用し、「遠心分離法」や「ガス拡散法」によって質量の多いウラン238をふるい分け、ウラン235の純度を高めるのだそうです。(詳しくはウランの項で)
フッ化ナトリウム NaF は歯を丈夫にし虫歯を予防する作用があるため、微量が歯磨き粉に入れられたり、国によっては水道水に添加されたりしますが、一方で木材の防腐剤として使われるなど、強い毒性のある物質です。粉末は粘膜を刺激し、神経系統を侵します。1943年アメリカのある病院で患者に出されたスクランブルエッグに、塩(塩化ナトリウム)と間違えてフッ化ナトリウムが使われていたため、47人が死亡したほか163人が治療を受けたそうです。
フッ素化合物には、ほんの5グラムで命にかかわったり、ゴキブリや蟻の駆除剤としても使われるなど強面のものが多いですが、また人間の体には微量ながら不可欠なものでもあります。血液には 0.5 ppm、骨には 2000から12000 ppm など、体全体で3から6グラムが含まれています。私たちは毎日の食事を通して平均 0.3 から3 ミリグラムのフッ化物を摂取していると思われますが、特に多くフッ化物を含む食品としては、鶏、豚、卵、バター、チーズ、ジャガイモ、茶、さば、いわし、鮭、たら、などだそうです。
フルオロカーボン(fluorocarbon)は炭化水素の水素をフッ素に置き換えた「有機フッ素化合物」の総称です。この名前は「フッ素」を表す fluoro と「炭素」を表す carbon から成っています。フッ素ガスやフッ化水素などとは対照的に極端に安定で、耐熱性や耐薬品性に優れ安全で無害なものが多く、人工血液として使われているものもある程です。
フルオロカーボンにはいろいろなものがありますが、なかでも私たちにお馴染みなのは、オゾン層を破壊することで知られるフロンでしょう。これはデュポン社(DuPont)で開発されたもので商品名をフレオン(freon)と言いますが、日本ではなぜかフロンと呼ばれています。フロンにもいろいろな種類があります。CFC(クロロフルオロカーボン chlorofluorocarbon)は冷蔵庫やエアコンの冷媒として幅広く使われていましたが、1995年末で生産全廃となりました。代替物として使われている HFC(ハイドロフルオロカーボン hydrofluorocarbon)はオゾン破壊はしないものの、地球温暖化の原因となるため排出が抑制されています。(オゾンを破壊するのは「クロロ」の部分つまり塩素です。)
もう一つ、私たちにお馴染みのフッ素化合物はフライパンなどに使われているテフロン(Teflon)です。これもデュポン社の商品名で、化学的にはポリテトラフルオロエチレン( Polytetrafluoroethylene, PTFE)という物質です。「ポリ」は「ポリネシア(原義:多くの島の地)」にもありますが、ギリシャ語の πολυς(ポリュス、多い)に由来します。化学では「重合」を表すとのことで、ポリテトラフルオロエチレンはテトラフルオロエチレンの重合体だそうですが、詳しいことは私の能力を越えます。「テトラ」はギリシャ語で「4」を表し、テトラフルオロエチレンの分子には「4つのフッ素原子」が含まれていることがわかります。(海岸にある波消しブロック「テトラポッド」は「4つの脚」という意味です。日本では商標になっているそうですが、英語の tetrapod は普通名詞で、「四足獣」をも意味します。)
テフロンは熱にも酸にも強く、そして何よりも表面がつるつるで物がこびりつかないのが便利な点ですが、そのテフロンをアルミニウムのフライパンにくっつけるのは大問題でした。何しろくっつかないのがウリの代物をくっつけようと言うのですから大変です。これはテフロン発見から10年以上たった1950年代に解決されました。金属の表面を酸で処理して微小な穴をたくさん作り、そこにテフロンが食い込むようにしたのです。
テフロンはまた、零下240℃になるまで柔軟性を保つという、他のプラスチックにはない特徴を持つため、宇宙船の開発にも使われました。テフロンが宇宙開発の中で発見されたという俗信があるようですが、話は逆で、1969年7月20日にアポロ11号が月面着陸するよりも10年前に、テフロンのフライパンはフランスのテファル社(Tefal)によって発売されていました。また、テフロンの発見は1938年4月6日デュポン社のロイ・プランケット(Roy Plunkett)によってなされました。
余談:1969年7月21日、人類最初に月面に降り立ったニール A. アームストロング(Neil A. Armstrong)は次のような言葉を地球に送りました。
That's one small step for a man, one giant leap for mankind.
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな躍進だった。」というような意味ですが、この引用には初め a man の a がなく、one small step for man のように伝えられました。当時、NHKの報道の中で同時通訳をしていた西山千氏は「これは人類にとって小さな一歩だ」と訳し始めましたが、あとから mankind(人類)が出て来たので大いに慌てたと、後年の著書で述懐しています。人生最大の過ちと恥じ入っておられますが、実際に当時の録音を聞いても a は聞こえません。電波の関係で聞こえなかったのか、アームストロングが一世一代の場面でとちったかでしょう。引用辞典でも a を入れていないものがあるようですから、西山氏が上のように訳し始めたのは無理からぬことです。
英語では次の例のように無冠詞の man は mankind と同じく、他の動物と対比される「人類」を表します。
Man is not as completely social as ants and bees.
人間は蟻や蜜蜂ほど完全に社会的存在ではない。
How long has man existed on the earth?
人類はいつから地球にいるのだろう。
Dog is man's best friend.
犬は人間の最良の友である。
不定冠詞の付いた a man は、(1)ある男、ひとりの男、(2) 一人の人間、(3) 誰であれ人、などの使い方があります。(2)(3)では性別を問いません。アームストロング船長は(2)の意味で使ったと思われます。(1)との差をどれほど意識していたかは分かりませんが。
(3) の使い方は無冠詞の man と紛らわしいの下に例を挙げます。こちらは「他の動物との対比」の意味はなく、たいていの場合 one で置き換えることができます。
A man cannot live without hope.
人は希望なしには生きられない。
A man is known by the company he keeps.
人はどういう人とつき合うかで判断される。
A man will betray others to save himself.
人は自分が助かるためには他人を裏切ることがある。
注1:無冠詞の man の例として辞書に Man is mortal.(人は必ず死ぬ)とい表現が載っています。死ぬのは「人類」に限ったことではありませんから a man でもいいように思えます。ちなみに、A man can only die once.(人は一度しか死なない。死ぬのはどうせ一回限りさ。)という言い回しがあります。また、「人は必ず死ぬ。」は All men must die. とも言います。
おそらく Man is mortal. は「他の動物」とではなく「不滅の神々 the immortal gods」と対比した「人類」を言っているのでしょう。
ついでながら、「神」と「人」を対比した格言を2つ。
Man proposes, God disposes. 事を図るは人、決するは神
To err is human, to forgive divine. 過つは人の常、許すは神の業
蛇足ですが、2つ目をもじった戯れ言もあります。曰く、
To err is human, and to blame it on somebody else is more human.
注2:「犬は〜である」という諺では無冠詞の dog が使われていることがあります。「人類」を表す無冠詞の man と同様に他の動物と区別した「犬類」を表すとも考えられますが、これは諺に限った表現でしょう。
Dog does not eat dog.(骨肉相食まず。)
Dog bites dog.(似たもの同士が噛みつきあう。)
また、総称の the が使われることもあります。
The dog is a friend of man.(犬は人間の友である。)
注3:男女を問わず「人」の意味で man を使うのは、男性が社会の中心であった時代はともかく現代の風潮には合いません。こういう場合、man よりも person や people、human being などが使われる傾向が増えているようです。
英語では従来、男女を問わず「人」を表すのに「男性系」の用語で済ませてきました。上に挙げた例文でも he や himself が女性を含むことに注意して下さい。たとえば、「私たちの一人一人がその義務を果たすべきだ。」を英訳すると、Each of us should do his duty. となります。法律や契約書の文などで厳密に言う時は his or her duty となりますが、日常ではいちいちこうは言いません。
注4:不定冠詞の付いた a man が「誰であれ人」の意味で使われるのは、不定冠詞が「任意」を示すことにより結局は「総称」をも表し得るからです。数学の証明でおなじみのように、任意のものについて言えることはすべてのものについて成り立ちます。たとえば、
A dog is a faithful animal.(犬は忠実な動物である。)
という文において、a dog は「ある不定の犬」つまり「任意の犬」ですから、上の陳述は結局すべての犬に当てはまることになります。(実際の話し言葉では、Dogs are faithful animals. と言う方が普通らしいですが。)
ということで、「任意の人」について言えることは結局「誰であれすべての人」について言えるということになります。(不定冠詞が場合によって「ある一つの特定のもの」を表したり、「どれでも良い任意のもの」を表したりするのは誤解を招きかねませんが、たいていは文脈と常識で分かります。良く使われる言葉ほど多義性に富むものです。)
また、同様に「任意の男」について言えることは「誰であれすべての男」について言えますから、a man は「男というもの」という「男の総称」としても使えます。ですから、上に「誰であれ人は」の例として挙げた文も、「男というものは」と取ろうと思えば取れるわけで、訳知り顔に
A man will betray others to save himself. などと言ってみても、
Yes, but a woman won't.(そうね、でも女は違うわ。)と言われてしまうかも知れません。
注の注:脱線のついでに、woman という言葉の成り立ちについて書きます。民間語源説(folk etymology )に woman は womb(子宮)+ man というのがありますが、これは間違えです。実際は古英語 wifmann が元で、wif 「女、妻」と mann「人(human being)」の合成です。どうして wifmann が woman になったかといいますと、
wifmann → wimmann → wuman → woman という変化によります。
まず、f が後続の m に同化して消え、次に w の影響で i が円唇化して u になり、それが中英語の時代(1100-1500)にフランス語の影響で o と綴られるようになりました。(同様に「愛」は love と綴られましたが発音は「ルヴァ」のようでした。また「来る」は comen「クマン」。注:この2語で「ア」は「シュワー」を表します。)
複数形の women の場合、古英語の複数形 wimmenn の i が(恐らく後の e の影響で)円唇化しなかったため、発音は i のまま、綴りだけが単数形にそろえて o となり、英語で唯一 o を i と読むという不思議な綴りになりました。(なぜ children は「チャイルドレン」でないのか?を参照)
10. Ne ネオン
英:neon | ニーアン |
仏:néon | ネオン |
独:Neon | ネオン |
希:νεον | ネオン |
中:nai (3) | ナーイ |
中国語の漢字は气(きがまえ)に「乃」が入ります。発音は第3声で、低く押さえるように「ナ」と始め徐々に音程を高めながら「イ」に移ります。
ネオンは1898年ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジにおいてウィリアム・ラムゼー(William Ramsay 1852-1916)とモーリス・トラヴァーズ(Morris Travers)によって単離されました。その存在はすでに1897年の講演の中でラムゼーが予測していたものです。ラムゼーは当時まだ不完全であったメンデレーイェフの元素周期表から、ヘリウムとアルゴンとの間に来るべき新しい元素の存在を確信していました。(メンデレーイェフは正しかった!を参照)
ネオンという名前はギリシャ語の νεος( neos 新しい、若い、早い)に由来します。初めラムゼーの息子がラテン語の novus(ノウス、新しい)から novum(ノウム)を提案したのに対し、ラムゼーはその着想を活かしながらギリシャ語で neon としました。
注:neos、novus は男性形、neon、novum は中性形です。ちなみに現代ギリシャ語の ατομον( atomon 原子)は中性です。
ついでながら、ギリシャ語の neos は neo- という接頭辞として色々な言葉に使われています。最近もっとも知られているのはネオコンではないでしょうか。ブッシュ政権とともに語られる新保守主義者(neoconservative)あるいは新保守主義(neoconservatism)のことです。その他、ネオナチ(Neo-Nazi、新ナチ主義者)、neoclassicism(新古典主義)、neo-Keynesian(新ケインズ主義者)など、いろいろあります。
ネオンはヘリウム、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドン、とともに第18族(0族とも言う)に属し、一般に「希ガス元素」と呼ばれています。
「不活性ガス」とも呼ばれますが、それはこれらの元素が不活性で(全くあるいはめったには)他の元素との化合物を作らないからです。不活性であるということは安定であるということでもありますが、その安定さは、これらの原子の一番外側の電子の軌道が「完全充填」の状態にあり、他の原子と電子のやり取りをするまでもなく完全に満たされた状態にあることから生まれます。(アルカリ金属元素やハロゲン元素などの強い反応性=不安定さと逆ですね。)
高校生は「希ガス元素」の He、Ne、Ar、Kr、Xe、Rn をヘイねえちゃん、ある日車でくせーぞルンルンと覚えたりします。
ついでながら、原子番号1番の水素から10番のネオンまで( H、He、Li、Be、B、C、N、O、F、Ne)を覚えるのに、かの有名な「水兵リーベ僕の船」というのがあります。リーベ(愛)などというドイツ語も入って、いかにも旧制中学時代の趣があります。朝日新聞の週末版 be によりますと、数研出版の「チャート式」でも1966年発行の初版からこれを載せ、版を重ねても「昔の学生の覚え方」などと紹介してきたそうですが、監修した野村祐次郎東大名誉教授は、旧制中学や高校ではそんな覚え方はしなかった、65年ごろ数研出版から届いた初版草稿で見たのが最初だとおっしゃっているとのことです。
この覚え方、いったい誰がどこから覚えてきたか、未だ謎ですが、既に国民的な記憶法(ニモニック mnemonic)として定着の感があります。
この後に続く元素については全国的な記憶法はないようです。
Na、Mg、Al、Si、P、S、Cl、Ar、K、Ca、については
「七曲がるシップス、クラークか」とか「なーに間がある、Ship すぐ来らあ、閣下は」など。それに続く、
Sc、Ti、V、Cr、Mn は
「スコッチヴァクローマン」という閣下の名前のようなものや、四国地方限定の「スコッチの暴露マン」、東北地方の「好かん千葉の黒饅(くろまん)」などがあるそうです。また、
Fe、Co、Ni、Cu、Zn、には「徹子にはどうせ会えんよ」なんというのもあるようです。
もう一つ、ついでに、英語では「水兵リーベ僕の船」のような定番はなく、最初の10個の元素についてもいろいろな覚え方がありますが、その中の一つを御紹介します。
Happy Henry likes beer but can not often find N-E.
最後の N-E をビールの銘柄と考えれば、これはなかなか良く出来ているのではないでしょうか。
希ガスを英語で言えば rare gas と言うことになりますが、IUPAC(国際純正及び応用化学連合)の命名法では noble gas となっています。日本でも以前はこれを直訳して「貴ガス」と書いていました。この命名はこれらの元素が他の元素と(全くあるいはめったには)化合せず「気高く孤高を持する」ことに由来します。( noble には「貴族」の意味もあります。)日本では、希ガス元素が地球上では希(まれ、rare)であることから、いつしか「希ガス」と書かれるようになりました。(参照:希ガスは希?)
全く関係のないことですが、日露戦争の司令官でのち学習院院長となった乃木希典(のぎまれすけ)の名前には「乃」と「希」という「ネオン」に関係ある漢字が2つ入っています。气(きがまえ)に「乃」は中国語の「ネオン」です。脱線のついでに、70才を古希(古稀)といいますが、これは杜甫の詩句、「人生七十古来稀なり」から来ています。
金、銀や白金族元素を「貴金属」と言いますが、これは化学の分野では「反応性が低い(言い換えれば、気高く孤高を持する)金属」という意味であり、これに対する英語も noble metal です。(宝飾品としては precious metal ですが)。一方、空気中で容易に酸化され、イオン化傾向が比較的大きい金属を「卑貴族 base matal 」と呼ぶそうです。余り魅力的な名前ではありませんね。
ついでながら、ワインの「貴腐」は英語で noble rot あるいは pourriture noble(プリテュール・ノブル、フランス語より)と言います。どちらにしろ「高貴」な名前がついています。
ネオンは原子番号10番、原子量 20.1797 で、 90.48%が陽子10個に、中性子10個(つまり質量数20)のネオン20ですが、9.215%はネオン22、0.27%はネオン21です。
融点24.48K、沸点27.10K(ー246.05℃)で極低温用の冷媒としても利用されます。
またヘリウムと同様、酸素に混ぜて深海潜水や宇宙旅行時の呼吸ガスとしても使えます。特に、ネオンはその異常な性質として気体・液体比率が非常に大きく、液化すると体積が1400分の1になります(多くの気体は500〜800分の1)ので、貯蔵や輸送に有利です。
私たちにとってネオンは何と言ってもネオンサインとしてお馴染みです。低圧力のネオンを放電管に封入して65〜90ボルトの電圧をかけると放電によって赤橙色の光を放ちます。ヘリウムを入れれば黄色、アルゴンは赤〜青、クリプトンは黄緑、キセノンは青〜緑、など他の元素も独自の発光をします。つまり、「ネオンサイン」にはネオンだけが使われるわけではありません。ネオン放電管(化学でもネオンに代表させてこう呼びます)は消費電力が少なく、発色も豊富なので、広告塔、小型機器の証明付きスイッチなどに使われています。
日本語でネオンサインやネオン灯を単に「ネオン」と言いますが、英語でも特に誤解の心配がない限り、neon sign や neon lamp と言わずにただ neon と言います。( sign は「看板」の意味です。)
11. Na ナトリウム
英:sodium | ソウディアム |
仏:sodium | ソディヨム |
独:Natrium | ナートリウム |
羅:natrium | ナトリウム |
中:na (4) | ナー |
中国語の漢字はカネヘンに「内」です。発音は第4声で、高いところから急に下げながら「ナー」と言います。
英語の sodium は soda(ソーダ)に由来します。「ソーダ」と言えばまず「ソーダ水」を連想しますが、本来は炭酸ソーダや、重炭酸ソーダ(重曹)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などのナトリウム化合物、または化合物中のナトリウムを指す語で、日本語では「曹達」という漢字を宛てます。
英語でも古くは natrium(ネイトリアム)と言ったようですが、今では普通 sodium と言います。カタカナで書いてあっても英語とは限りませんから注意が必要です。ドイツ語や日本語はラテン語の natrium を採用しました。これもやはり soda に当たるラテン語に由来するそうです。
ついでながら、塩化ナトリウム( NaCl、食塩)は次のように言います。
英:sodium chloride | ソウディアム・クローライド |
仏:chlorure de sodium | クロリュール・ドゥ・ソディヨム |
独:Natrium chlorid | ナートリウム・クロリード |
羅:natrium chloratum | ナトリウム・クローラートゥム |
中:lühuana | リューホアナー |
注:中国語の lü(4) はキガマエに「緑のツクリの部分」を入れた文字で「塩素」を表し、hua(4) は「化」です。
ソーダは狭義には炭酸ナトリウム(NaツーCOスリー)を指します。炭酸ナトリウムは洗浄剤として聖書の時代からも使われていました。またガラスの原料の一つとしても重要です。(現在、窓ガラスなどに普通に使われるガラスをソーダガラスと言いますが、二酸化珪素、酸化ナトリウム、酸化カルシウムを約7:2:1の割合で含んでいます。)
古代においてはエジプトが炭酸ナトリウムの産地で、ナイル川の渓谷やサハラ砂漠に産出し、トリポリから輸出されましたが、ある種のシダ植物を焼いた灰からも作られていたそうです。(植物には動物ほどナトリウムが含まれていないのですが。)産業革命とともに需要が高まり、工業的な生産が工夫されるようになりました。
「ソーダ」という言葉は以前、ナトリウム化合物の中のナトリウムを指すのに使われましたが、現在の化学では使われません。一方、化学工業界では現在でも根強く残っており、化学名では炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、などであるものが工業名としては炭酸ソーダ、硫酸ソーダと呼ばれます。
また、炭酸ナトリウムや水酸化ナトリウムの製造、あるいはこれらを原料とする各種関連物質の製造を行う化学工業をソーダ工業と呼ぶそうです。ガラスや石鹸、染料の製造などが含まれます。
重曹は「重炭酸曹達」の略です。工業界ではいまだにそう呼ばれていますが、化学名としては「炭酸水素ナトリウム」と言うとのこと。かつて「重炭酸〜」とか「重硫酸〜」とか呼ばれていたものを、現在の化学では「炭酸水素〜」「硫酸水素〜」と言うのだそうです。
重炭酸塩(正しくは炭酸水素塩)は炭酸塩を構成する2つの金属元素のうちの一つが水素に置き換わった形をしています。たとえば、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウムなどの「炭酸塩」は NaツーCOスリー、KツーCOスリー、CaツーCOスリーのように、炭素原子1つ酸素原子3つのまとまりに金属原子2つがくっついた形になっていますが、「重炭酸〜」あるいは「炭酸水素〜」は、NaHCOスリー(炭酸水素ナトリウム)、KHCOスリー(炭酸水素カリウム)、CaHCOスリー(炭酸水素カルシウム)のようになっています。同様に、硫酸ナトリウムが NaツーSOフォーであるに対して重硫酸ナトリウム(硫酸水素ナトリウム)は NaHSOフォーです。
ところで、この「重〜」は何を意味しているのでしょう。英語では sodium bicarbonate(重炭酸ナトリウム)、calcium bicarbonate(重炭酸カルシウム)などのように「2倍、2重」を表す bi - が付いています。「重〜」はこの翻訳でしょうが、何かが2重に含まれているようには見えません。「化学用語小辞典」(ジョン・ディンティス編、山崎昶訳)には「重〜、bi -」の説明として「以前、酸性塩を表すのに用いられた接頭辞。」とありますが、何が2重なのかの説明はありません。で、結局、素人の私には分かりません。(「炭酸水素〜」のほうは sodium hydrogen carbonate などのように言います。)
ちなみに、英語の bi - という接頭辞はラテン語の bini(ビーニー)に由来し、bicycle(自転車)、bilingual(バイリンガル)、binoculars(双眼鏡)、bigamy(重婚)などにも含まれています。bini は「一対、二重」などを表す特別な数詞で、ラテン語には他に基本数詞 duo(2つ)、順序数詞 secundus(2番目)、数詞的副詞 bis(2回) があります。duo は duet(デュエット)や duel(決闘)の語源です。bis は biscuit(ビスケット、2回調理された)に含まれ、またフランス語ではコンサートなどで「アンコール!」と叫ぶ時に使われます。(フランス語の encore は「また again、まだ yet」などの意味で、「アンコール!」には使われません。)
ついでながら、日本語の「重」には「かさなる」という意味と「おもい」という意味があります。「重箱」は「おもい」わけではなく、「かさねて」置くからその名があります。「重量、重要、重厚」などの「重」はもちろん「おもい」の意味ですね。むかし、「おもい」の意味では「ジュウ」と読み、「かさなる」の意味では「チョウ」と読むと教わったことがあります。「重複」は「ちょうふく」と読むべきであり、「捲土重来」は「つちをまいてかさねてきたる」だから「けんどちょうらい」だと。確かに、「重傷」を「じゅうしょう」と読めば「おもい傷」、「ちょうしょう」と読めば「傷を受けた者をさらにきずつける」になるなど、他の熟語にもその傾向は見られますが、確定的ではないようです。「重訳」には「ちょうやく」の読みが最初に載っていますが、「重版」はふつう「じゅうはん」ですね。「鼎の軽重を問う」というのもあります。当然これは「軽いか、重いか」ですが、「ケイジュウ」とは言いません。
ちなみに、「ジュウ」は呉音、「チョウ」は漢音です。漢文は普通、漢音で読みくだします。ところで、現代中国語では「重」を、「重い」の意味で zhong(4)、「重なる」の意味で chong(2)と読みます。カタカナで書けばどちらも「チョン(グ)」ですが、前者は無気音で第4声、後者は帯気音で第2声ですから中国人にとっては明らかに異なります。
ところで、「重水素」に当たる英語は deuterium または heavy hydrogen です。deuterium のほうは「2番目」を意味するギリシャ語 deuteros に由来しますから、日本語名の「重」はこれと無関係で、英語の heavy の翻訳ということになります。また、英語の heavy hydrogen は 水素の重い同位体の総称として「3重水素、トリチウム」を含むこともあるそうです。
(30 Aug., 2004)
12. Mg マグネシウム
英:magnesium | マグニーズィアム |
仏:magnésium | マニェズィヨム |
独:Magnesium | マグネーズィウム |
羅:magnesium | マーグネースィウム |
希:μαγνησιον | マグニスィオン |
中:mei (3) | メイ |
中国語の漢字は「金偏に美」です。第3声で発音して下さい。
マグネシウムという名前は Magnesia という地名に由来します。この地でマグネシウムの鉱石が採れたことによりますが、マグネシアがどこかについては2説あります。
「元素111の新知識」および Nature's Building Blocks ではギリシャのマグネシア地方であるとし、後者は更にこの地名がマグネーテースという種族の名に由来するとしています。
大日本百科全書では、現在トルコにあってマニサと呼ばれている古代リディア王国の都市マグネシア・アド・シピルム(Magnesia ad Sipylum)であるとしています。
ちなみに、大日本百科全書によれば、磁石を意味する英語の magnet もマグネシア・アド・シピルムに由来し、それはこの地方が天然磁石である磁鉄鉱の産出地として知られていたからだそうです。
「マグネシア」という言葉は、今日では酸化マグネシウムを表しますが、古くはいくつかのことなった物質の名称に冠せられ、酸化カルシウム(石灰)と混同されていたこともあるようです。
マグネシウムは原子量 24.3050 、単体は銀白色の金属です。単体としては産出しませんが、塩類や岩石の成分としては自然界に多量に存在し、地殻の金属元素としては6番目に多いです。また、海水や動植物にも含まれます。
主要鉱物はブルース石(水滑石・すいかっせき)、苦灰石(くかいせき)、菱苦土石(りょうくどせき)で、それぞれ水酸化マグネシウム、炭酸カルシウムマグネシウム、炭酸マグネシウムを主成分としています。
海水中には塩化マグネシウムとして 0.13% の濃度で含まれます。毎年1億トンの金属マグネシウムを100万年にわたり取り出したとしても海水中の濃度は
0.01% 減るに過ぎないそうです。
また、海水を濃縮して塩化ナトリウム(食塩)を取り出し、残りの液を煮詰めると、硫酸マグネシウムなどのマグネシウム塩を多量にふくむ苦い塩類混合物の粉末ができます。これが豆腐製造に使われるニガリです。
マグネシウムは動植物にとって必須な金属元素で、体重70kgの成人の体には20〜30g 含まれているそうです。蛋白質、核酸、脂質の生合成に関わる酵素類を活性化するなどの重要な役割を担い、不足すると筋肉のふるえ、脈の乱れが起こるそうですが、人間にとっての必要量は普通の食事で充分に摂取されるとのことです。
マグネシウムは実用金属としては最も軽いため、その合金は自動車や航空機の機体やエンジン部品などの材料として使われます。初めてマグネシウムが使われた乗り物の部品は競争用自転車のフレームでした。同じ部品をスチールで作れば5倍、一般に軽いと思われているアルミで作っても50%は重くなるでしょう。(軽い金属の一覧)
マグネシウムの箔や粉末は過熱すると白色閃光を放って燃えます。この性質を利用して昔は写真のフラッシュに使われましたが、現在でも花火や焼夷弾などに使われます。
金属の塊としてのマグネシウムは非常に発火しにくいものですが、一度発火すると高熱を発し、これを消化するのはほとんど不可能です。水をかければそれと反応して水素ガスを発生し、酸素がなくとも窒素と反応して燃え続けます。
実際、マグネシウムを海水中から取り出す方法が開発されたのは、第二次世界対戦中、マグネシウムのこういう性質を利用した爆弾製造の必要からでした。
13. Al アルミニウム
英:aluminium | アリュミニアム |
米:aluminum | アルーマナム |
仏:aluminium | アリュミニョム |
独:Aluminium | アルミーニウム |
羅:aluminium | アルミニウム |
中:lü (3) | リュウ |
中国語の漢字は金偏に「呂」です。ただし簡体字の「呂」では、2つの「口」の間の「ノ」がありません。
欧米で使われる aluminium あるいは aluminum という名称はどちらも明礬(みょうばん)を意味するラテン語 alumen に由来します。はじめイギリスの科学者ハンフリー・デイヴィ(Humphry Davy)が aluminum と名付けたのですが、後にヨーロッパではイギリスも含めて aluminium という名称が好んで使われるようになりました。一方アメリカではそのまま aluminum が好まれ、1925年米国化学会(American Chemical Society)が議論の末にこれを採用して今に至っています。
明礬(ミョウバン)は、ある一定の構造式をもった塩類の総称です。含まれる金属イオンあるはアンモニアイオンに応じて、クロムミョウバンとかアンモニアミョウバンとか、多くのミョウバンがありますが、もっとも古くから知られているのはカリウムアルミニウムミョウバンで、これが初め「ミョウバン」と呼ばれたものです。現在でも単に「ミョウバン」と言えばカリウムアルミニウムミョウバンを指します。
カリウムアルミニウムミョウバンは紀元前のギリシャで既にその存在が記録されていますが、ヨーロッパだけでなく、中国や日本でも古くから媒染剤として、あるいは製紙用に使われています。日本では始め中国から輸入され、「唐明礬」の上等で透明なものは薬用にも使われました。江戸時代には幕府から明礬を独占販売することを許された「明礬会所」というのがあったそうです。
「明礬」は「透明な礬類」という意味で、明礬が無色の正八面体結晶でガラスのような光沢を持つことから、こう名付けられたようです。なお、「礬」というのは硫酸を含む鉱物のことだそうです。たとえば、硫酸第一鉄は淡緑色の結晶であることから、俗に「緑礬(りょくばん、ろくばん)」と呼ばれます。
ミョウバンはラテン語で alumen(アルーメン)、英語で alum (アラム)、フランス語で alun(アラン)と言いますが、「元素111の新知識」によると1787年フランスの化学者ラヴォアジェが alumine(アリュミン)として記載しているそうです。ちなみに、現代フランス語では alumine はアルミナのことです。
アルミナは酸化アルミニウム(AlツーOスリー)の工業的、鉱物学的名称で、地殻中に存在するアルミニウムのもっとも安定で普通の存在形態です。加熱による変態があり、水酸化アルミニウムやアルミニウム鉱石の1つであるボーキサイトなどを500度Cに加熱すると脱水してγアルミナとなり、更に1000度C以上に熱するとαアルミナになるとのことです。
天然にも存在します。宝石鉱物の1つであるコランダム(綱玉、金剛砂)は、実は αアルミナで、これに酸化クロムを0.2%くらい含むものがルビー(紅玉)、酸化チタンと酸化鉄(III)をそれぞれ0.1〜0.2%含むものがサファイアだそうです。これらの鉱物はダイヤモンドに次いで硬く、モース硬度は9です。
今ではルビーやサファイアは工業的に作られており、確か何百万円かで家庭でも使える製造機が売り出されてもいます。もちろん宝石になるほど高品質なものは作れないでしょうが。
ミョウバンやアルミナは非常に古くから利用されていました。18世紀の終わりにはその中に金属が含まれていると考えられるようになりましたが、それを初めて証明したのはイギリスの科学者ハンフリー・デイヴィ(Humphry Davy)です。19 世紀初頭のことでした。(「元素111の新知識」にはデイヴィが1807年にミョウバンからアルミニウム酸化物を分離したとありますが、他の本では確認できません。)
ただし、単体のアルミニウムを初めて取り出したのはデイヴィではなく、1825年、デンマークの電気物理学者エールステッド(Hans Christian Oersted)の功績です。ただし、彼が取り出したアルミニウムはまだ純粋なものではなかったそうです。その後1827年、ドイツの化学者ウェーラー(Friedrich Wöhler)がその製造法を改良し純粋なアルミニウムを得ました。
しかしながら、この方法で得られたアルミニウムは非常に高価で、1855年のパリ万国博では、「粘土から得た銀」として宝石類と並べて展示されたそうです。当時、ナポレオン3世は銀よりも高価であったこの金属で食器を作り、特別な賓客をもてなす場合にだけ使用したとのことです。
アルミニウムは原子番号13、原子量 26.98154、天然に存在するものは100%、中性子を14個持つアルミニウム 27 です。地殻中に酸素、珪素に次いで豊富に存在し、金属元素としては最も多く、鉄の2倍もあるそうです。
銀白色の軽金属ですが、空気中では表面が酸化され光沢を失います。しかしながら、この酸化被膜のお陰で中までは侵されません。軽くて柔らかく箔、缶、板、チューブ、パイプなどへの加工が容易で、おなじみの1円玉を始め、アルミ缶、アルミサッシ、アルミ箔、調理器具など身近ないろいろなものに使わわえれています。また、銅4%、マグネシウム 0.5%、マンガン 0.5% を混ぜた合金はジュラルミンと呼ばれ、軽くて強いので航空機の機体などに使われています。
アルミニウムは製造に大量の電気を必要とし、しばしば「電気の缶詰」と形容されます。アルミ缶1個分のアルミニウムを得るには、20ワットの蛍光灯を 15時間付けっぱなしにしておくだけの電気が要るそうです。
しかし、アルミニウムはアルミ缶などからの再利用(リサイクル)が容易で、しかもその場合には、最初に鉱石(酸化アルミニウム)から取り出す時のエネルギーの5%しか掛りません。
14. Si ケイ素(珪素)
英:silicon | スィリカン |
仏:silicium | スィリスョム |
独:Silizium、-cium | ズィリーツィウム |
中:gui (1) | クイ |
中国語の漢字は珪素の「珪」です。第1声ですから、高く平らに「クイー」と発音します。g は無気音ですから、呼気を抑えてそっと出してください。
日本語では元来「珪素」と書きましたが、昭和21年に実施された当用漢字表に基づいて「ケイ素」が正式名になったそうです。
英語名は silicon ですが、最近は日本語でも「ケイ素」より「シリコン」の方がお馴染みですね。英語の silicon は直接的には silica(シリカ、二酸化ケイ素の別名)から、carbon(カーボン、炭素)、boron(ボーロン、ホウ素)などの語尾を付けて作られた語ですが、さらにその由来をたずねると、silica は「火打石、フリント」を意味するラテン語 silex(属格形 silicis )から alumina(アルミナ)などの語に倣って作られたそうです。簡単に言えば「シリコン」は「火打石 silex 」に由来するということになります。
ケイ素と集積回路
シリコン(ケイ素)はゲルマニウムなどとともに半導体です。(注:銅やアルミニウムなどのように電気をよく通すものを「導体」、ガラスやプラスチックなどのように電気をほとんど通さないものを「絶縁体」と呼びますが、「半導体」とはそれらの中間的な性質を持つ物質のことです)
半導体はダイオードやトランジスターなどを作るのに使われますが、シリコンと言えば何と言ってもコンピューターの中心を成す ICチップですね。 ICチップは数ミリ角のシリコンの小片(チップ)の上に集積回路(IC)を作ったもので、単に「石」とも呼ばれます。これはシリコンがほとんどの岩石の主成分でもあるからです。
ICチップを作るには、まず工業的に作られた丸太ん棒のようなシリコンの単結晶を薄い輪切り(ウェーハー wafer と呼ぶ:お菓子のウエハースと同源)にします。これがハムよりも薄い 0.2 〜 0.3 ミリくらいのものだと言うから驚きですね。もちろん包丁では切れません。ダイヤモンドの刃の付いたカッターで切ります。このカッターは「薄切り(スライス)に切るもの」という意味で「スライサー」と呼ばれます。
このハムのようなウェーハーは直径が15センチくらいのものですから、一枚で何百個ものチップが出来ます。ですが、一個一個に切り離してから回路を作るのではなく、いっぺんに何百個分もの回路を同時に作ってから切り離します。もちろんまたダイヤモンドカッターで切ります。このカッターは「賽の目(ダイス)に切るノコギリ」という意味で「ダイシング・ソー」と呼ばれます。
回路というのはトランジスターやダイオード、コンデンサー、抵抗などを配線でつないだものですが、小学校の理科の授業で作る「豆電球と電池とスイッチをつないだだけのもの」も最も単純な形の回路です。どういう仕事をさせるかによっていろいろな種類の回路があります。
昔はコンピューターも真空管やトランジスターなどをハンダを使って一個一個電線でつなぐことで作られましたが、このやり方では図体が大きくならざるを得ず、しかも絶えず部品の故障に悩まされました。やがて開発された集積回路では、1つの小さなシリコン基盤の上にトランジスターなどの部品も配線も作ってしまうということで小型化および故障の軽減を達成したのです。
現在の集積回路(IC)は数ミリ角のシリコンの上に何百万というトランジスターなどの素子と配線とを作り付けたものです。出始めのころの集積回路とは集積度が桁外れに違いますから、IC と区別して LSI(大規模集積回路)とか超LSIとか呼ぶこともありますが、今では事実上 IC と言えばすべて LSI(あるいは超々LSI)ですから単に IC と呼んで何の問題もありません。
数ミリ角などという小さなものの表面にどうやって何百万もの素子をもつ回路を作るのか、非常に不思議ですね。詳しいことを説明することは私には出来ませんが、写真の焼きつけ・現像と同じ原理で印画するように作り付けるのだそうです。ミクロン(百万分の1メートル)の単位のものですから、肉眼では見えませんが、もし見えるように拡大したらこの配線図は何畳敷もの部屋、あるいは体育館の床をも覆ってしまうほど大きなものになることでしょう。
シリコンとシリカ
ケイ素は原子番号14、原子量28.0855で、92.23%がケイ素28です。他にケイ素29(4.67%)、ケイ素30(3.10%)などの同位体があります。
地殻中では酸素に次いで2番目に豊富な元素で、すべての岩石、天然水、大気、多くの植物や動物の骨、組織、体液に含まれています。ただし、単体では存在せず、酸化物か、または酸素やアルミニウム、マグネシウム、カルシウムなどの金属とのケイ酸塩として、岩石、土壌、粘土などを構成しています。
石英は代表的なケイ素の酸化物で、その主成分は二酸化ケイ素(SiOツー)です。メノウも石英の一つの形であり、水晶は石英が明瞭に結晶となったものを言いますから、やはり二酸化ケイ素を主成分とします。宝石のアメシスト(紫水晶)も同様です。
また地殻を構成する鉱物中もっとも存在量が多い長石はアルカリ金属やアルカリ土類金属を主成分とするケイ酸塩です。ケイ酸塩を主成分とする鉱物には他にオパールや石綿もあります。
シリカ(二酸化ケイ素の別名)は古くから火打石その他の道具として使われてきました。もちろん、水晶やメノウなどが宝飾用に使われたことは言うまでもありません。また炭酸ナトリウムや炭酸カリウムを加え加熱溶解して冷やせばガラスになることも早くから知られていました。
単体のケイ素は青灰色の金属光沢があり、始めは金属と誤解されたようです。1824年(1823年と書いた本もある)、スウェーデンの化学者ベルツェリウス(ベルセーリウスとも)が 取り出すことに成功しましたが、これはアモルファス(非晶質)のもので、結晶のケイ素を得たのは 1854年、フランスの化学者 Henri Deville(アンリ・ドゥヴィーユ)が初めてだそうです。
注:Deville の読み方については「ドービル」とした本がありますが、これは正しくありません。ただし、フランス語の ville は「町」の意味で「ヴィル」と読むので、Deville が「ドゥヴィル」である可能性はあります。
工業的には、ケイ素は「砂」からとります。「砂」といっても幼稚園の砂場の砂というわけにはいきません。「珪砂」あるいは珪石と呼ばれる二酸化ケイ素(シリカ)を多く含んだ石英砂がその主たる原料です。時には珪砂は二酸化ケイ素そのものです。
前に書きましたように、ケイ素は地殻中で2番目に多い元素であり、重量比でおよそ26%を占めています。酸素のおよそ50%とあわせると地殻構成元素の4分の3以上を占めていることになります。また、二酸化ケイ素(シリカ)は地殻を構成する造岩鉱物の60%を占めています。したがって、ケイ素(シリコン)の原料は極めて豊富であると言えます。
注:ここで言う「地殻」とは、地球の表層の、質量にして地球全体の約 0.7%の部分を言い、気圏 0.03%、水圏 6.91%、岩石圏 93.06%から構成されています。
米のモミガラにもシリカが含まれています。モミガラの主成分はセルロースで、これを燃やした灰のおよそ90% はシリカなのです。いつかこれからIC チップに使えるような高純度のケイ素が経済的に得られるようになれば、米の国日本としては魅力的な話かもしれません。
ただし、シリカ(二酸化ケイ素)からシリコン(ケイ素)を取り出すということは日本では行われていません。シリカは日本にもあるのに、なぜでしょう。
シリコンも電気の缶詰
シリカは地球上に豊富に存在しますが、それはとりもなおさずシリカが非常に安定した物質であるということです。その極めて安定なシリカを壊しケイ素(シリコン)を単体として取り出すというのは言わば自然の摂理に反することであり、そのためには膨大なエネルギーを必要とするのです。
アルミナ(酸化アルミニウム)からアルミニウムを取り出すのにも多量の電力を必要とし、そのためアルミニウムは「電気の缶詰」と言われますが、シリカからケイ素を取り出すにはそれ以上の電力を消費するのだそうです。日本のように電気の高いところでは費用が掛り過ぎるというわけです。
1トンのシリコンを得るためには、シリカ3トンを木炭0.6トン及びコークス類0.6トンなどと一緒に電気炉に入れ、放電によって融解し還元分解(つまり酸素の引き剥がしを)します。この時に消費される電力は13,000から15,000キロワット時だそうです。
(注:上の数字は「ここが知りたい半導体」によります。「わかりやすい半導体のはなし」という本には「1キログラムのシリコンを作るのに13,000キロワット」と書いてありますが、たぶん誤りでしょう。)
このように膨大なエネルギーを使って取り出したシリコンは「金属級シリコン」と呼ばれますが、日本では100%輸入だそうです。ただ、このままではまだ純度が低く、不純物に敏感な半導体の原料にはなりません。
次にこれを細かく砕き、無水塩酸との化学反応により気体にします。通常はトリクロロシラン(SiHClスリー)かモノシラン(SiHフォー)という気体だそうです。そしてこの気体を水素と共に電気反応炉に入れ電気を通しますと、予め内部に置かれてあった細い多結晶シリコンの棒の表面にシリコンが析出してきます。これが大きく成長するようにしてできたものが多結晶シリコンの塊です。ただし、この多結晶シリコンも、金属級シリコンと同様に製造には多量の電力を必要とし、日本では多くが輸入されているそうです。
注:「シラン」はケイ素の水素化物の総称で狭義には SiHフォーのみを指すそうですが、他に SiツーHシックス(ジシラン)、SiスリーHエイト(トリシラン)などもあるとのこと。英語の silane は「スィレイン」または「サイレイン」と読みますが、silicon と methane のから造語されたようです。
注の注:「ジシラン」の「ジ」は英語では di - で「2(重)の」という意味のギリシャ語に由来します。「ディ」の方が原音に近いですが、英語ではふつう「ダイ」と読みます。例:dioxide ダイオクサイド、二酸化物。
多結晶シリコンは 99.999999999%(イレブン・ナイン)という高純度のケイ素ですが、まだこれでは半導体の原料にはなりません。結晶の向きがバラバラなので、もう一度これを溶かし、結晶の向きをそろえながら固めななおす必要があるのだそうです。ちなみに、シリコンの融点は 1410 ℃です。詳しいことは省きますが、こうしてできたものを単結晶シリコンと呼びます。
単結晶シリコンの固まり(インゴットと呼ばれる)は直径が15〜20センチの丸太ん棒のような恰好をしています。前に書きましたようにこれをハムのように輪切りにしてウェーハーを作るのです。単結晶シリコンはほとんど日本国内で生産されているそうです。
シリコンとシリコーン
美容のための豊胸や、乳癌の手術後の容姿の維持を目的にシリコーンが使われます。日本ではよく「シリコン」と間違って呼ばれていますが、これは有機ケイ素化合物であってケイ素(シリコン)その物ではありません。英語ではケイ素の silicon に対し、silicone と呼びます。どちらも第1音節にアクセントを置いて「スィリカン、またはスィラカン」と「スィリコウン、または「スィラコウン」のように発音し分けます。日本では「シリコン」と「シリコーン」と呼ぶように決められているそうです。
上記の目的で胸に挿入される物を英語で silicone implant(シリコーン・インプラント)と言います。implant は「埋め込む」また「埋め込まれる物」という意味です。歯科でも、チタン合金やエメラルドで出来た歯根を歯茎の骨に埋め込むことを「インプラント」と呼びます。
シリコーンは耐熱性、耐寒性、耐水性、耐薬品性、電気抵抗性に優れています。油、グリース、ゴム、樹脂の4形態がありますが、上のような特徴を活かして溌水剤、潤滑剤、ワックス、シール材、パッキング、電線被覆など様々な用途があります。
2005年7月17日付朝日新聞beによれば、第2次対戦中に日本軍が撃墜したB29爆撃機の内部を調べると、寒い上空でも凍らない不思議な潤滑剤が使われていた。それがシリコーンで、以後日本の化学会社でケイ素化合物の研究が盛んになった、との「伝説」があるそうです。
珪肺
近年、二酸化ケイ素の一形態であるアスベスト(石綿)の発ガン性などが明らかになり、使用が禁止されましたが、珪肺は昔から鉱山、石切り場、ガラス工場、陶磁器製造業などに働く人の職業病として知られています。
珪肺の「珪」はもちろん「珪素」に由来しますが、これは二酸化ケイ素の粉塵が肺に沈着することによって起こります。英語では silicosis(スィリコウスィス)と言います。
ちなみに、粉塵を吸い込むことによって引き起こされる肺の疾患(珪肺、石綿肺、炭肺など)を総称して「塵肺」と言いますが、これを表す英語は英語の中で最も長い単語です。
pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis
もっとも普通は簡単に pneumoconiosis と言うようですが。
(May, 2005)
15. P リン(燐)
英:phosphorus | フォスファラス |
仏:phosphore | フォスフォール |
独:Phosphor | フォスフォル |
羅:phosphorus | ポースポルス |
希:φωσφορος | フォスフォロス |
中:lin (2) | リン |
日本語の「リン」は以前「燐」と書かれていました。中国語の「リン」は [ l ] の音で第2声に発音します。中国語の漢字は日本の漢字の火偏のところが石偏になっています。
フランス語と現代ギリシャ語では後ろの「フォ」を強く、ドイツ語では前の「フォ」を強く発音します。
ラテン語の ph は帯気音ですから、「ポ」は強く意気を吐きながら発音します。最初の「ポ」を高く発音します。ラテン語は日本語と同じ高低アクセントです。(注:ヨーロッパの人は ph を [ f ] として発音し、アクセントも強弱にしてしまう傾向があります。)
古典ギリシャ語では、φ は p の帯気音でしたが、現代ギリシャ語では [ f ] です。古典ギリシャ語の φωσφορος(ポースポロス、2つめの「ポ」を「高く」発音)は「光をもたらすもの」「空けの明星」の意味でした。
リンは自然界に単体では存在しません。ドイツの錬金術師ブラント(Hennig Brandt)が1669年、尿から分離しました。
英語名は「光をもたらすもの」を意味するギリシャ語 φωσφορος に由来します。ギリシャ語で「光」を φως(属格形 φωτος )と言いますが、photograph(写真)の photo も同語源です。
このとき得られたリンは、いくつかある同素体の一つの白リンですが、白リンは暗いところでリン光を発し、空気に触れるとひとりでに燃え出すという珍しい性質があります。また、骨や歯の主成分はリン酸カルシウムなので、まれに墓場でリン光が見られるそうです。これがヒトダマの正体かもしれません。
リンの同素体
リンにはいくつかの同素体がありますが、その主なものは次の3つです。
白リン
純粋なものは無色のロウ状固体ですが、しばしば表面に赤リンの被膜を生じるため(か?)淡紅色に見えることから黄リン(オウリン)ともいいます。空気中でリン光を発して酸化され、約60℃で発火するので、水中に蓄えます。猛毒で殺鼠剤の原料になります。以前はマッチにも使われましたが現在は使われません。
赤リン
白リンを空気のない状態で400℃に数時間加熱して作ります。(300℃とした本もある)。6種類の変態があり、市販品は無定形ですが、結晶性のものに紫リン(シリン)があります。白リンと異なり空気中でリン光を発することはありません。無毒です。発火点は230℃で、マッチの材料となります。また、リンを含む医薬・農薬の合成などにも使われます。
黒リン
白リンを非常に高い圧力下で加熱することで作られます。白リンと異なり電気をよく通します。また、空気中でリン光を発することはありません。無毒です。
毒にも薬にも
白リンが猛毒(致死量は 0.15g )であることは古くから知られていましたが、他にもリンを含む有機化合物には神経毒になるものがあり、殺虫剤や生物化学兵器として利用されます。サリン(sarin)も有機リン化合物です。(注意:サリンの「リン」は元素の「リン」とは全く関係ありません。)
一方、リンは骨の主成分がリン酸カルシウムである他に、遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核酸)や、RNA(リボ核酸)も成分としてリンを含んでいます。体内で筋肉を収縮させるエネルギーとなるアデノシン3リン酸(ATP)もリンの化合物です。70kg の人体には 700 〜 780g のリンが含まれているそうです。
肥料の3大要素として「窒素、リン酸、カリ」と言われるように、リンは動植物の生育に重要な役割を果たします。以前、家庭用洗剤に含まれるリン化合物が河川や湖水の微生物を異常繁殖させ水質低下を招くことが問題になったことがありますが、現在はどうなっているのでしょうか。
16. S 硫黄
英:sulfur、sulphur | サルファー |
仏:soufre | スーフル |
独:Schwefel | シュヴェーフェル |
羅:sulfur、sulphur、sulpur | スルフル、スルプル |
希:θειον、θειαφι | スィオン、スィアフィ |
中:liu (2) | リウ |
中国語の漢字は「硫」です。日本語では古くは「ゆわ」「ゆわう」と言っていました。日本国語大辞典では「ゆあわ(湯泡)」から「ゆわう」「いわう」と変化したものか、としています。また、岩波の古語辞典では「ゆわ」の項に、「ゆ」は「硫」の字音「ル」から、「わ」は「黄」の字音「ワウ」を日本語化した発音(古代日本語には [ l ] の音がなかったので「硫」の頭子音を [ y ] に変えて発音)であると記し、その一方で「硫黄、由乃阿和(ユノアワ)、俗云由王(ユワ)」という「和名類聚抄(平安時代の辞書)」の記述を紹介しています。
硫黄は非常に古くから知られていた元素なので、ほとんどすべての言語にそれを表す単語があります。古英語では brimstone(語義:燃える石)と言いました。その他、フィンランド語で rikki、ハンガリー語で ken、マオリ語で whanariki、ズールー語で isibabule など、さまざまな言い表わし方があります。
英仏独における名称はラテン語名またはサンスクリット名の sulvere に由来すると思われます。
現代ギリシャ語は、英語化して書けば thion、thiafi で、「スィ」は英語の th のように下先を上前歯の先にあてて発音します。前者は「スィ」に、後者では「ア」にアクセントを起いて下さい。これらは「神の」を意味するギリシャ語 θειος に由来します。硫黄が神に供える「香」の成分であることから生じた名称と思われます。θειον は古典ギリシャ語では「テイオン」のように発音します。
「チオ」も硫黄
化学名には thio- で始まるものがいくつかありますが、これはもちろん硫黄のギリシャ語名に由来します。英語では「サイオウ」のように読みますが、thio- を古典ギリシャ語式に読めば「ティオ」です。日本語では「チオ」と言います。
たとえば、チオエーテルとかチオ硫酸ナトリウム(ハイポとも呼び写真の定着剤としても使われる)などがあります。「チオ」は酸素を硫黄で置換したという意味で使うのだそうで、たとえば、エーテルの代表の CツーHファイブOCツーHファイブ(ジエチルエーテル)の O を S に置き換えた CツーHファイブSCツーHファイブ はチオエーテルと呼ばれるとのことです。また、アルコールの OH基が SH基に置き換わった化合物をチオール(thiol)またはチオアルコール(thioalcohol)と言うそうです。
チオ硫酸ナトリウムを英語で sodium thiosulfate と言いますが、「チオ硫酸塩」を表す thiosulfate(サイオウサルフェイト)は、thio も sulfate も「硫黄」に由来するところが面白いですね。また、チオエーテルをスルフィド(sulfide)とも言うそうですが、これも「硫黄」に由来します。ついでに、スルフィドと同じような構造で硫黄原子が2つある化合物をジスルフィド(disulfide)と呼びますが、「ジ di-」は「2」の意味です。
硫黄は単体が天然に存在するため非常に古くから知られており、そのために特定の発見者はいません。(他に、炭素、鉄、スズ、鉛、銅なども同様です。)
ただ、これを始めて元素として分類したのはフランスの化学者ラヴォアジェで、1777年のことだそうです。
湯の華も硫黄
温泉地で見られる「湯の華」は硫黄の沈殿物です。また、箱根の大涌谷、小涌谷や大分の地獄巡りで鼻をつく腐卵臭のもとは硫化水素(HツーS)ですが、これは高濃度になると猛毒だそうです。
硫酸(HツーSOフォー)が硫黄の化合物であることは中学の理科の時間でも習います。英語では sulfuric acid と言います。硫酸は生産量が世界最大の化学薬品で、用途は、リン酸肥料、火薬、繊維、プラスチック、蓄電池などの製造や石油精製など極めて広く、硫酸生産量が国の産業水準の一指標となるほどだそうです。
なお、石油や石炭を燃やすと成分の硫黄が二酸化硫黄になり、そのまま大気中に放出されると、最終的には硫酸に変わります。大気中の硫酸は呼吸器を冒し、酸性雨となって環境に大きな被害をもたらします。
臭いものは硫黄
ネギ、タマネギ、キャベツの匂いのもとは硫化アリルという硫黄化合物だそうです。さらに、ニンニクの匂いは二硫化アリル。だいたい不快な臭いは硫黄が多いそうで、スカンクの出す臭気も3種類の硫黄化合物によるとのこと。また、世界最大の花と言われるアモルフォファルス・ティタヌムは 500メートル離れたところからでも魚が腐ったような強烈な臭いがするため、英語では corpse plant また corpse flower(日本語にすれば「死骸植物」とか「死体花」)とも呼ばれますが、その臭気のもとはやはり2種類の硫黄化合物だそうです。
注意:本により、この植物の学名の種形容語を titanum ではなく titanium と書いてあるものがあります。本サイトではブリタニカ百科事典が titanum としていることなどから、titanum を採ります。
学名 Amorphophallus titanum のラテン語による正式な読み方は「アモルポパッルス・ティタヌム」に近くなりますが、英語式に読むと「アモーフォファラス・タイタナム」のようになります。英語では他に titan arum lily という呼び名もあります。蓼喰う虫もなんとかと言いますが、ある種の蜂にとってはこの臭いがたまらない魅力のようで、開花すると大挙して集まるそうです。「死体花」の受粉はこの蜂の肩にかかっています。
アモルフォファルス・ティタヌムは和名を「ショクダイコンニャク(燭台蒟蒻)」と言うそうです。確かに、コンニャクの学名も Amorphophallus rivieri と言いますから同じ属であることが分かります。
ところで、この「花」と言われているものは厳密には花ではありません。コンニャクと同じサトイモ科に属するミズバショウやウラシマソウ、オオマムシグサなどと同じく、「花」はロウソクのように突き立たった肉穂花序(にくすいかじょ、英語で spadix)とそのロウソクを包むようにある仏炎苞(ぶつえんほう、英語で spathe )から成ります。この肉穂花序が2メートル50センチ以上、仏炎苞の直径が1メートルを越えるところから世界最大の花と言われるわけですが、やはりその地位はラフレシアに譲るべきなのかもしれません。
ついでながら、Amorphophallus の phallus はラテン語で「男根像」のことです。 amorpho- はギリシャ語で「形のない」という意味なので、この2つが一緒になってどういう意味なのか、私には分かりませんが、まっすぐに突き立った肉穂花序からの連想であることは確かなようです。
愚か者の金
鉄の鉱石の一つである黄鉄鉱(FeSツー)、及び、銅のもっとも普通の鉱石である黄銅鉱(CuFeSツー)は、どちらも硫黄を含んでいますが、金色をしているため英語では古くから fool's gold(愚か者の金)と呼ばれているそうです。
薬にもなる硫黄
体重70kg の成人には140 g の硫黄が含まれています。メチオニンやシステインというアミノ酸の成分として、体の中の酵素や組織、器官、皮膚、爪、毛髪などを形成する蛋白質に含まれているのだそうです。
スルファニルアミドは硫黄を含む有機化合物ですが、雑菌による感染症の治療薬として使われています。面白いことに、菌はこれを葉酸という(増殖のために必要な)栄養素と間違えて取り込んでしまい、かえって増殖できなくなってしまうのだそうです。
注意:「元素111の新知識」には「スファニルアミド」と書いてありますが、他の資料から「スルファニルアミド」としました。英語では sulfanilamide(サルファニラマイド)で、sulfur(サルファー、硫黄)との関連が明示されています。
脚気の研究から世界で初めて発見されたビタミンであるビタミンB1は、チアミンとも呼ばれます。英語では thiamine または thiamin(サイアミーン)ですが、この語は硫黄を表す thi- と vitamine の amine から合成されました。チアミンは有機硫黄化合物です。
注:ビタミンB1は鈴木梅太郎が米糠から発見、アベリ酸と命名して、1910年東京の講演で発表しました。翌年にはコメの学名からオリザニンと改名し専門誌に発表しました。しかし、脚気と米糠の関係はこれ以前から多くの学者の注目するところで、事実ポーランドのフンクも1911年米糠から有効物質を抽出、14年にはこれについて Die Vitamine という書物を出版しています。
フンクはこの有効物質を分析した結果、一種のアミンであると考え、vita(ラテン語で「生命」)に必要な amine(アミン)という意味で vitamine(ビタミン)と命名したのです。
後、他のビタミンが発見されていくにつれ、その中にアミンと関係ないものもあることが判り、イギリスのドラモンド(J. C. Drummond )がアミンの意味を除くため、最後の e を除いて vitamin と綴ることを提唱し、今に至っています。
(May, 2005)
17. Cl 塩素
英:chlorine | クローリーン |
仏:chlore | クロール |
独:Chlor | クロール |
羅:chlorium | クローリウム |
希:χλωριον | クローリオン |
中:lü (4) | リュー |
中国語の漢字は「气(きがまえ)」に「緑」の旁が入った形です。発音も「緑」と同じく第4声の lü です。
英語から現代ギリシャ語まではすべて「黄緑」を意味するギリシャ語 χλωρος が元になっています。これは塩素ガスの色に由来し、1810年、イギリスの H. デイヴィーが chlorine と命名したのがその始まりだそうです。
ついでながら、 χλωρος はクロレラ(chlorella)やクロロフィル(chlorophyl)の語源ともなっています。
現代ギリシャ語名の頭音は「ク」と書いておきましたが、英語などの [ k ] とは異なり、ドイツ語の Bach の ch やロシア語の X と同じ無声軟口蓋摩擦音で、喉の奥をこするようにして出します。カタカナでは「バッハ」や「ナホトカ」のように「ハ行」で書かれることもありますが、日本語の「ふ」はこれとは全く異なる音なので、ここでは敢えて「ク」としました。
ちなみに、英語ではこの無声軟口蓋摩擦音を [ k ] として取り入れます。たとえば Bach や Haxoдкa を日本では「バッハ」「ナホトカ」と言いますが、英語では「バーク」「ナコートカ Nakhodka」のように発音します。また、昔ソ連の首相だった「フルシチョフ」は英語では「クルシュチョフ Khrushchev 」です。
古典ギリシャ語の χ は、現代ギリシャ語と異なり K の帯気音でした。強く息を吐きながら「カ行」を発音します。カタカナではカ行に小さい「ハ」を添えて「カハ」とか「クハ」と表記することもあります。ローマ人はこれを ch で表しました。χ を含むギリシャ語が英語に入った場合、ほとんどはラテン語を経由していますので ch で綴られます。
日本語名「塩素」は、代表的な塩(えん)である「食塩 NaCl 」の成分であることに基づいています。しかしながら、慢性高血圧の原因になるなど食塩の過剰摂取が問題とされるのはナトリウムイオン(Na+)のためであり、塩化物イオン(Cl -)とは関係ありません。
ハロゲンの語尾
英語において 語尾 -ine はいろいろな物質に付けられますが、元素名としてはフッ素(fluorine)、塩素(chlorine)、臭素(bromine)、ヨウ素(iodine)、アスタチン(astatine)の5つ、すなわちハロゲン元素だけです。塩素の発見以降、ハロゲン元素にはこの語尾が使われるようになったのだそうです。
-ine と -ide で大違い
塩素は食塩の成分であり、有史以前から身近な元素であったわけですが、自然界ではすべて金属、非金属、有機化合物と結合しており、単体としては存在しません。塩素の単体である塩素ガスを最初に発生させたのはスウェーデンの化学者シェーレで、1774 年のことでした。後1810 年、イギリスのデイヴィーがこれを元素と正しく認識し chlorine と命名します。
塩素( chlorine )は黄緑色のガスで刺激臭があり有毒です。喉、鼻、肺などの粘膜に作用して充血や呼吸困難を引き起こします。空気中にわずか 3 p.p.m. あるだけで眼や肺を冒しますが、500 p.p.m. では5分間で致死量に達するとのことです。第1次世界大戦では毒ガスとして使用され、1915年4月22日にはドイツ軍の使用によりイギリス陣営に500 人の死者、15000 人の負傷者が出ました。
これに対し塩化ナトリウム( sodium chloride =食塩)などに含まれる塩化物イオン( chloride )は安定で比較的安全です。(参照:ブロマイド bromide)
プールの消毒
プールでしばしば経験する消毒の臭いは塩素の臭いです。プールや水道水の殺菌に使われるのは次亜塩素酸や、そのカルシウム塩 Ca(OCl)Cl(さらし粉の主成分)やナトリウム塩です。これらは活性酸素を発生し、その強力な酸化力のために漂泊や殺菌の作用があります。
注:塩素ガスが水に溶けると黄緑色の塩素水になり、その一部が水と反応して塩酸と次亜塩素酸になります。
注:さらし粉のことをカルキとも言いますが、カルキはオランダ語 kalk(石灰、消石灰)に由来する語です。
塩素による水道水の殺菌は100年以上にわたって行われて来ましたが、最初に導入されたのは 1897年、イングランド南東部のメイドストーン(Maidstone)という町で、これにより、そのとき流行していたチフスを抑えることができました。以後、塩素による殺菌はイギリスだけでなく世界の先進諸国に広がり、かつて人口稠密な諸都市にしばしば発生したチフス、コレラ、髄膜炎などが防げるようになりました。次亜塩素酸塩は低濃度で長期間にわたって効果を維持し、家庭や病院でも安全に使用できます。
ただ、水に溶けた有機物質と反応して有害な有機塩素化合物を発生する可能性が問題にされることもあります。その中には、極めて高濃度の場合ではありますが、ラットに対して発ガン性を示すものもあり、そのために使用を控える動きもあります。
その悲劇的な例として、1991年、ペルーの各地で塩素殺菌が禁止されたことがありました。結果としてコレラの大規模な発生につながり、90年代を通して100万人が感染、そのうち1万人が亡くなりました。塩素殺菌は再開されましたが、コレラを抑えるにはその後何年もかかりました。
DDT、PCB、ダイオキシン
かつて DDT は殺虫剤として、PCB は電気絶縁材、潤滑剤として使われましたが、今日では人体に対する毒性が明らかになり使用が禁止されています。また、ダイオキシンはベトナム戦争で枯葉剤として密林に散布されましたが、ガンや胎児の奇形、死亡を誘発することが問題になりました。これらの3つの物質はどれも有機塩素化合物です。
フッ素のところで紹介しましたが、CFC(クロロフルオロカーボン chlorofluorocarbon、通称「フロン」)がオゾン層を破壊するのも塩素のためです。大気中に放出されたフロンは紫外線によって分解され、塩素酸化物に変わります。これがオゾンから酸素原子を奪うためにオゾン層が破壊されるのだそうです。
注:DDT はジクロロジフェニルトリクロロエタン( dichlorodiphenyltrichloroethane )という物質です。最初の dichloro- は「塩素2原子を含む」という意味だそうですが、英語では「ダイクローロウ」のように発音します。
注:PCB は一般に、また法律用語としてはポリ塩化ビフェニール( polychlorinated biphenyl )と言われますが、化合物命名法としてはポリクロロビフェニール( polychlorobiphenyl )と呼ぶのが正しいのだそうです。塩素原子数や置換位置の異なるものの総称です。
注:「ダイオキシン」は本来はなんとかなんとかジオキシンという長い名前を略したものだそうです。塩素原子数や置換位置の異なるものがあるようですが、代表的なものに TCDD( tetrachlorodibenzo-p-dioxin テトラクロロジベンゾ - p - ジオキシン)があります。化合物名では dioxin を「ジオキシン」と読むようですが、一般には英語読みに近い「ダイオキシン」として知られています。ちなみにドイツ語では Dioxin ディオクスィンです。
胃酸は塩酸
塩酸は塩化水素(HCl)の水溶液で、多くの工業的用途があります。中でも、染料、薬品、写真工業での利用が多いそうです。
人体内でも胃の中で作られ、消化のために使われますが、塩酸は非常に強い酸であるために、細胞の中で作られるとその細胞自身を消化してしまいます。そのため、体は非常に巧妙な方法を考えだしました。
塩酸を分泌する細胞は壁細胞(へきさいぼう)と呼ばれます。壁細胞はまず胃の中に塩化カリウム(KCl)を放出します。次にプロトンポンプと呼ばれる仕組みを使って細胞内の水素イオン(H+)と細胞外(=胃の中)のカリウムイオン(K+)とを交換します。これにより、胃の中に残った塩素イオン(Cl-)と胃の中に放出された水素イオンとが結びついて塩酸(塩化水素)ができるのです。
18. Ar アルゴン
英:argon | アーゴン |
仏:argon | アルゴン |
独:Argon | アルゴン |
中:ya (4) | ヤー |
中国語の漢字は「气(きがまえ)」に「並」の上のチョンチョンを取り除いたものが入ります。
英語などの語源はギリシャ語 αργος です。「怠け者の、働いていない、役に立たない」などの意味ですが、これはアルゴンが希ガスの一つであり不活性であることによる命名です。
アルゴンは無色、無味、無臭の単原子ガスで、空気より1.4 倍重く、空気のほぼ1%を占めています。(注:体積で 0.9325 %、重量で 1.285 %)
希ガスとは言え、ヘリウム(空気体積の 0.0005 %)、ネオン(同 0.0018 %)、クリプトン(同 0.0001 %)、キセノン(同 0.000009 %)、ラドン(同 0.000000000000000006 %)と比べると決して希(まれ)ではありません。
注意:ネオンの項で書きましたように、「希ガス」は本来は「貴ガス」であり、「まれ」というより「高貴で、気高い」という意味あいで与えられた名称です。
アルゴンは工業的に重要な気体で、液体空気から取り出されます。世界で年間75万トン以上が生産されるそうですが、地球の大気には66兆トンのアルゴンが含まれていますので原料は無尽蔵と言えます。
アルゴンはその不活性な性質のために、タングステンをフィラメントに使った普通の電球から、蛍光灯、ネオンサイン、ガイガーカウンターなど様々な電子管に封入されています。アルゴンは蛍光灯の中では点灯を円滑にし、放電を一定に保つ働きをするそです。またネオンサインでは青や緑の発光をします。
19. K カリウム
英:potassium | パタッスィアム |
仏:potassium | ポタスィヨム |
独:Kalium | カーリウム |
羅:kalium | カリウム |
中:jia (3) | チアー |
中国語の漢字は金偏に甲です。
英語の potassium は、草木を燃やしてできる灰や、それから取るアク(灰汁)を意味する英語 potash に由来します。Potash は pot と ash の合成語で、ash(草木灰)を水で浸した液(アルカリ液)を鉄製の pot(るつぼ)で煮沸濃縮して得られる固形物をこう呼んだものです。これは不純な炭酸カリウムですが、後には他のカリウム塩をも表すようになりました。
アルカリ液が洗濯物の汚れをよく落とすことは旧約聖書の時代から知られていたそうです。また、potash はガラスや石鹸の製造にも古くから用いられました。
カリウム化合物はナトリウム化合物とともに歴史上早くから利用されて来ましたが単体が得られたのは19 世紀になってからです。1807年イギリスの H. デイヴィが potash(この場合、水酸化カリウム)を電気分解することにより初めてカリウムの単離に成功しました。カリウムは初めて電気分解法によって得られた金属だそうです。
デイヴィの命名による potassium という名称はフランス語だけでなく、イタリア語(potassio)、スペイン語(potasio)、ポルトガル語(potássio)などにも採用されています。カリウムの発見以後、新たに確認された金属元素の名称は語尾を -ium とする習慣が定着したとのことです。
一方ドイツ語名は potash に当たる中世ラテン語 kalium に由来します。このラテン語は alkali(アルカリ)と関係あるかもしれません。alkali は「焼き焦がす」を意味するアラビア語の語根 q-l から成っており、「焼いた灰」を表すそうです。( al は英語の the に当たるアラビア語の定冠詞)。ついでながら英語の calcine(灰になるまで焼く)もラテン語起源ですが、アラビア語と関係あるかもしれません。
カリウムはナトリウムなどと共にアルカリ金属の仲間です。金属カリウムは柔らかく、ナイフで簡単に切れますが、実際に切ろうとするとその時の摩擦熱で爆発する危険があります。空気中でもすぐに酸化され、水とは爆発的に反応して燃えだします。したがって石油の中に貯蔵します。
カリウムはいろいろな化合物の形で工業的に使われていますが、水酸化カリウムは石鹸液、炭酸カリウムは石鹸の製造やガラス工業、硝酸カリウムはマッチや花火、塩化カリウムは配合肥料、などの用途があるそうです。肥料の3大要素として窒素、リン酸、カリと並び称されるように作物の生育に欠かせないものでもあります。
また、ナトリウムと共に原子炉の冷却剤としても使われます。水は100℃で気化してしまいますので、利用には高い圧力をかける必要がありますが、カリウムは普通の気圧でも 63.7℃(融点)から774℃(沸点)という広い範囲で液体の状態を保ちます。
(Jun., 2005)
20. Ca カルシウム
英:calcium | キャルスィアム |
仏:calcium | カルスィヨム |
独:Kalzium、Calcium | カルツィウム |
羅:calcium | カルキウム |
中:gai (4) | カイ |
中国語の漢字は、カネヘンに「正」の第5画横棒の右端から下に向かって尻尾を付けたような旁(つくり)を添えます。(言い換えれば「正」の第5画を「刀」の第1画で置き換えたような旁)。
英語などの名称は石灰石あるいは石灰を意味するラテン語 calx(語幹 calc- )に由来します。石灰石の主成分は炭酸カルシウム(CaCOスリー)で、これを焼くと石灰(CaO)となります。フランスの大化学者ラヴォアジェは石灰が何かの酸化物ではないかと疑いつつも、それ以上に分解することができなかっため、これを「元素」としました。1808年、イギリスのハンフリー・デイヴィは電気分解によってカルシウムを単離し、calx の語幹 calc- に金属元素に共通の語尾 -ium を付けて calcium と命名しました。
現在ではさらし粉のことをカルキと言いますが、カルキは本来オランダ語の kalk(石灰)に由来し、江戸時代末期にオランダから輸入された石灰を指した言葉でした。
ついでながら、日本語は子音 [ k ] で終わることがないので、外来語の末子音 k は「キ」または「ク」で代替されます。たとえば、ink(インキ、インク)、stick(ステッキ、スティック)、strike(ストライキ、ストライク)。古く入った語は「キ」になることが多いようです。 kalk が「カルキ」と表されたのもこのためと思われます。
カルシウムが骨の形成に重要であることは一般に知られていますが、その他に筋肉の収縮を制御しているのもカルシウムなのだそうです。70kgの成人の体には約1kgのカルシウムが含まれているとのことです。
カルシウムはケイ酸塩の重要な成分として、地殻を構成する岩石類に豊富に含まれています。ケイ酸塩の他にも炭酸塩や硫酸塩としても存在します。炭酸塩としては次に炭酸カルシウムについて詳述しますが、硫酸塩では石膏、また、フッ素との化合物のホタル石(CaF)、フッ素及びリンとの化合物であるリン灰石などが天然に産出します。
天然の炭酸カルシウムは組成の違いにより、方解石、大理石、石灰石、白亜、鍾乳石、石筍などのいろいろな形を取っています。白亜とはサンゴや有孔虫などの微生物が海水中の炭酸水素カルシウムを分解して作った炭酸カルシウムの骨格が長年にわたって海底に堆積してできた鉱物です。
注1:厳密に言いますと、天然の炭酸カルシウム( CaCOスリー)は結晶構造の違いによってまず方解石とアラレ石とに分けられます。方解石は大理石、石灰石、白亜の主成分であり、鍾乳石、石筍はアラレ石を作っています。
注2:「白亜」という語は chalk(チョーク)の訳語として作られ、元は「白堊」と書かれました。「堊」はきめの細かい粘土質の土の意味です。日本語でチョークと言うと普通は、炭酸カルシウムの粉末などを水でこねて型に入れ棒状に固めた筆記用具を言いますが、元々は鉱物としての白亜を指す言葉でした。
イギリス海峡に面する断崖にはチョークから成る所が多く、海峡を渡ってイギリスに向かうと白亜の断崖が際立ちます。紀元前にイギリスを征服したローマ人は、「白」を意味するラテン語からこの地を「アルビオン Albion 」と呼びました。現在でも詩語としては England を Albion と言うことがあります。
恐竜たちが君臨していた中生代を3つに分けて、古い方から三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と言います。白亜紀はおよそ1億4300万年前から6500万年前に相当しますが、西ヨーロッパに発達する白亜(チョーク)の地層がこの時代に一致することから、1822年ベルギーのダロイ(Omalius d'Halloy)によって名付けられました。英語では the Cretaceous と言いますが、これは白亜を意味するラテン語 creta からの造語です。
石灰石(calcite)は豊富に産出し、じょうぶな割には他の石に比べて加工しやすいので建築材料として利用されました。エジプトのピラミッドは石灰石を積み上げて作られたものです。
石灰石(炭酸カルシウム)はセメントの原料でもあります。石灰石と粘土とを熱してできたものを粉末化したものがセメントで、ケイ酸カルシウムとアルミン酸カルシウムの混合物です。水を加えると反応がおこって硬いアルミノケイ酸塩に変わります。
石灰石(CaCOスリー)を炉に入れて約900℃(550℃とした本もある)で熱すると生石灰(せいせっかい)ができます。生石灰の化学的名称は酸化カルシウム CaO です。単に石灰と言うこともありますが、「石灰」は消石灰を指すこともあります。また、例えば炭酸カルシウムを炭酸石灰と呼ぶなど、カルシウム自体を指すこともありますが、これは好ましい表現とは言えません。いずれにせよ、石灰と石灰石とは異なるものです。
舞台照明のスポットライトのことをライムライト(limelight、石灰光)と呼ぶことがありますが、ライムライトは lime(石灰=酸化カルシウム)が酸水素炎(酸素中で燃焼する水素の炎)を当てると強烈な白色光を出すことを利用した照明装置です。1823年に英国人トーマス・ドラモンド(Thomas Drummond)によって発明されました。
消石灰(しょうせっかい)は化学名を水酸化カルシウム Ca(OH)ツー と言います。水酸化カルシウムは水に溶けにくい白色固体で、飽和溶液は生石水と呼ばれます。水酸化カルシウム(消石灰)を作るのには酸化カルシウム( CaO、俗称は生石灰または単に石灰)に水を加えますが、この時に水が多すぎると水酸化カルシウムの懸濁液(けんだくえき)、いわゆる生石乳ができます。
消石灰は昔よくグラウンドのライン引きに使われました。単に「石灰」と呼んでいたのは実は消石灰です。消石灰は発熱や強アルカリによる事故に繋がるおそれがあり、現在では代わりに炭酸カルシウムが使われることが多いそうです。
セッコウ(石膏)が天然に産出すると聞くと意外ですが、実はそうなのです。化学上は硫酸カルシウム(CaSOフォー)と呼ばれます。
硫酸カルシウムには結晶の形態によっていくつかの種類がありますが、単にセッコウと言うと硫酸カルシウムの二水和物(二水石膏、CaSOフォー・2HツーO)を指すのが普通だそうです。(注:「水和物」については専門外ですので説明を控えます。)
二水セッコウの特に上質に結晶したものは、アラバスター(alabaster、雪花石膏)と呼ばれ珍重されます。外観は大理石に似て、硬度はそれほどでなく、彫刻用素材としても利用されます。名称はエジプトの地名 Alabastron に由来し、古代エジプトでは石材に使われ、新約聖書には香油を入れた「アラバスターの壺」が出てくるそうです。
天然には硬石膏(こうせっこう)としても産出しますが、これは結晶水を含まないので、化学では無水セッコウとも呼ばれます。全く水に溶けず、水を加えても元の石膏(二水セッコウ)に戻ることはないため、焼殺石膏(しょうさいせっこう)、あるいは「死んだセッコウ」とも呼ばれます。セッコウを500℃から900℃で焼いても無水セッコウが得られるそうです。
セッコウを150℃から200℃で焼くと、結晶水の一部を失って0.5水和物の半水セッコウ(CaSOフォー・0.5HツーO)が出来ます。これは一般には焼石膏(しょうせっこう)あるいは焼きセッコウと呼ばれます。焼石膏は水を加え放置すると、発熱しながら固化し、元のセッコウ(二水和物)にもどりますので、これを利用して石膏像を作ったり、義歯の型をとったり、またギプス包帯として利用します。
ギプス包帯は一般には単にギプスと言います。「ギブス」と「ブ」を濁音にする人もいますが、これは「じでんしゃ」と同じく間違えです。日本語の「ギプス」は石膏を意味するドイツ語 Gips(ギプス)から来たと思われます。「石膏」をフランス語では gypse(ジプス)、英語では gypsum(ジプサム)と言いますが、これらはラテン語 gypsum(ギュプスム、石膏、石灰)に由来します。さらにその元は古典ギリシャ語 γυψος(ギュプソス、白亜、石膏)です。
ギプス包帯を英語では plaster bandage、あるいは場合によって単に plaster と言いますが、日本でも焼石膏をさして「プラスター」と言うことがあるようです。
英語で plaster of Paris(パリの漆喰)というのも焼石膏のことです。パリ付近の沈積物から取れたことからこの名が付いたようです。ヨーロッパでは良質の天然石膏が多く産出するために、古代から建築材料として「プラスター」が使われてきましたが、特に大都市の火災の際には防火に効果があると認められ建材として一般化したとのことです。
現在の日本でも建材として「プラスター」がよく使われます。これには材料により、石膏プラスター、ドロマイトプラスター、石灰プラスターがありますが、いわゆる「漆喰」というのは石灰プラスターのことだそうです。小学館の「大辞泉」によれば、しっくいは「石灰」を唐音で読んだもので、「漆喰」は当て字だそうです。
カルシウムは泥?
周期表の2族(2A族)に属するカルシウム、ストロンチウム、バリウムをアルカリ土類金属と呼びます。これにラジウムを含める場合もあります。また、広い意味では、ベリリウム、マグネシウムをも含めて2族(2A族)すべてをアルカリ土類金属と呼ぶこともあります。(希土類を参照)
フランスの大化学者アントワーヌ・ラヴォアジェ(Antoine Laurent Lavoisier 1743-94)は1789年に書いた「化学概説」の中で、当時知られていた30種の「元素」を金属元素、非金属元素、土類元素として分類しました。熱を加えても変化せず水にわずかに溶けてアルカリ性を示すいくつかの物質は、当時の「土」の概念と完全に一致していたために「土類」としたのです。もっとも、ラヴォアジェは、この頑固な「土」を分解する方法もいつか見つかり、この概念も変わるだろうと予想してはいましたが。
ラヴォアジェが「土」と分類した物質は今日では CaO、SrO、BaO といった酸化物であったことが分かっていますが、「土類」という言わば由緒ある分類名は今日なお、そこから単離された元素に引き継がれているのです。「アルカリ土 alkaline earth 」のいくつかには日本語の名称もあり、CaO は「石灰土」、 BaO は「重土(じゅうど)」、MgO は「苦土(くど)」と呼ばれます。ついでに、アルミニウムの酸化物(AlツーOスリー、アルミナ)も土類元素に入っていましたが、これは「礬土(ばんど)」と呼ばれます。(明礬を参照)
アルカリ土類金属を英語では alkaline-earth metal と言います。「土類」には他に「希土類元素」もありますが、こちらは英語で言うと rare earth element です。英語の earth は「地球」と覚えている方が多いと思いますが、本来は「土」あるいは「大地」という意味なのです。
したがって、ついでながら、the earth の形が丸かろうと三角であろうと言葉の上では問題ありません。その点が the globe(球、地球)とは異なります。The earth is round. と言うのは「大地は丸い」ということで問題ないのですが、「地球は丸い」と言うと The globe is round. と言うのと同様に言葉が重複します。「丸い」と分かっているからこそ「球」と言えるのですから。一方、The earth is flat. と言うのは内容はともかく言葉遣いとしては問題ありませんが、「地球は平らだ」と言ったら自家撞着です。
ニーモニック
周期表の2族(2A族)の元素( Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Ra )の覚え方に
ベッドにもぐればかの女はすっかりバ・ラ色さ
というのがあります。
(Jul., 2005)
21. スカンジウム以降は元素の目次2へ
参考文献:
Nature's Building Blocks ( John Emsley, Oxford University Press, 2003 )
元素111の新知識(桜井弘著、講談社ブルーバックス、1997)
化学語源ものがたり(竹本喜一、金岡喜久子著、化学同人、1990)
元素の話(斎藤一夫著、培風館、1982)
元素の小事典(高木仁三郎著、岩波ジュニア新書、1982)
化学の基本6法則(竹内敬人著、岩波ジュニア新書、1981)
化学の常識なるほどゼミナール(山崎昶著、日本実業出版社、1983)
新しい化学(崎川範行、講談社ブルーバックス、1983)
おもしろい化学元素(カレーリン著、小林茂樹訳、東京図書、1981)
これが正体身のまわりの化学物質(上野景平著、講談社ブルーバックス、1991)
ここが知りたい半導体(志村忠夫著、講談社ブルーバックス、1994)
化学用語小辞典(ジョン・ディンティス編、山崎昶訳、講談社ブルーバックス、1983)
標準化学用語辞典・縮刷版(日本化学会編、丸善株式会社、2001)
Pocket Oxford Classical Greek Dictionary ( Oxford University Press, 2002)
The Oxford Dictionary of Modern Greek ( Oxford University Press, 1986)
和羅辞典(木下文夫著、国際語学社、2002)
羅和辞典(田中秀央編、研究社、2003)
オランダ語辞典(講談社、1995)
大日本百科全書(小学館、1989)
日本国語大辞典(小学館、1974)
岩波古語辞典(岩波書店、大野晋他編、1974)
英語のニーモニック、覚え歌大集合(友清理士著、研究社、2001)
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