『亮太へ』
亮太、普段は御飯を食べるのが遅く、朝はなかなか支度が出来ない上、コンピュータにばかり夢中になっていて、まだまだ子供だと思ってましたが、この間の授業参観で、「理想の夫婦像」について話し合う姿を見た時、普段の亮太からは想像できないような立派な意見を聞き本当に感心しました。何人もの女子が「男性は仕事が主、女性は家事に専念すべき」「愛する人と結婚したのだから、家事に専念して、その人がしたい仕事が出来るようにさせてあげたい」と言い、多くの男子が「手伝うのはいいけど、テレビを見ながらできる程度のこと」と躊躇した意見を言った後、あなたは「愛する人がやりたいことをやらせてあげたいのは男性も同じ。僕は、男性も家事をやって夫婦で助け合うべきだと思う」と言いましたね。お母さんはとても感激しました。人に対する温かい思いやりが感じられて、何も教えなくても、何かを学んでくれているのだなあと思いました。
「男は仕事、女は家事」と言うのは長い歴史の中で作られた社会的な習慣です。習慣の中にはもちろんすばらしいものもたくさんありますが、不必要な習慣や、積極的に変えて行かなければならない習慣もあります。中には先ほどの「男は仕事、女は家事」のように変えると誰かにとっては不利になる習慣もあります。又、大勢の人に支持されていても悪習はあるのです。
こういう習慣は、時代の変化、要請とともにゆっくりと変わって行きますが、時にはその変化が急で、どのように判断し、考えて行けば良いのかわからなくなるときもあります。そんなとき一番簡単なのは何もしないで、社会がすっかり変わってしまうまで待って、できるだけ「流れ」に逆らわないようにすることだと思うかも知れませんね。でもそれは間違っていると思います。お母さんは、亮太に、今の社会や習慣がこれで良いのかと常に疑問を投げかけられるような人になって欲しいのです。常に柔軟な心を持って、人の意見に耳を傾け、人の痛みを理解し、そして必要とあれば、勇気を持って果敢に「変革」に取り組むような人に。
これからの勉強は本当に自分が興味を持っていることを深めて行くことだけではなく、色々な教科の勉強、読書、様々な人々との交流を通して、「何が大切か」というバランス感覚を学ぶことだと思います。頑張って下さいね、人生の先輩として応援しています。
―――中学卒業文集に寄せて(1996年)
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