報道機関による被疑者の呼称と「前提」
"Presupposition" and the Way Suspects are Referred to
in the Newspapers and News
冨岡多恵子
Taeko Tomioka
産能短期大学
語学教育研究室
要旨
新聞などの報道機関が被疑者を呼び捨てにするのをやめ「容疑者」「被告」などという肩書きを被疑者の名前の後につけるようになって,3年近く経とうとしている。この新しい試みは新しいが故に,言語学的に大きな矛盾を持っていると思われる。
本稿では,新聞記事の抜粋を分析し,その矛盾点を言語の運用にとって重要な「前提」の面から光を当て,考察している。
目次
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まえがき
1. 問題点の提示
2. 「前提」PRESUPPOSITON
3. 「前提」と○○容疑者という呼称について
4. 結論
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まえがき
話し手と聞き手,書き手と読み手の間にコミュニケーションは成り立つのであるが,そのメカニズムは想像以上に精巧であり,しかも経済的である。話し手と聞き手の間の情報のギャップが「前提」として提示されると,聞き手はそれを周知の事実として受け入れる。仮に,誰かが,「ボンガ国の王様は若くてハンサムだそうだ。」と言ったとすると,「ボンガ国」なるものの存在を聞いたことのない人でも,「どこかにボンガという王国があるんだな」と納得し,話者が一番言いたいところ「その王様は若くてハンサムだ」という部分に注意を払う。このように聞き手は「前提」と「新しい情報」を聞き分けながら効果的にコミュニケーションを進めていく。それだけに,何を「前提」とするか,何を「新しい情報」にするかはコミュニケーションの成否を決定する重要な問題である。これが効果的に行われないと聞き手,読み手側に過大な負担がかかることになる。
1. 問題点の提示
1989年12月1日より朝日新聞はそれまで呼び捨てにしていた刑事犯罪人,容疑者,被告などにそれぞれ「容疑者」「被告」などの肩書きをつけて呼び始めた。NHKではそれよりも1年ほど早く始められ,その他の報道機関もこの時期にほぼ前後して同様の方針を打ち出した。朝日新聞によれば,読者の反応もおおむね良く何の混乱もなかったということだが果たしてそうであろうか。
次に引用するのは1990年1月17日の夕刊である。
(1) <俳優の勝新太郎容疑者,ホノルルで逮捕―コカインなどを所持>俳優の勝新太郎容疑者(58)が16日朝,米国ハワイ・ホノルルに入国した際,コカインと乾燥大麻を隠し持っていたことが発覚,現地税関当局に麻薬不法所持容疑で逮捕され… (毎日新聞)
(2) <「座頭市」麻薬で逮捕―勝新太郎容疑者,下着の中に隠し持つ―ハワイ>俳優の勝新太郎容疑者(58)が16日朝,中華航空18便でハワイに入国の際,マリファナ,コカイン合わせて10グラム余を所持していたとして,麻薬密輸入の疑いでホノルル税関に逮捕された。 (朝日新聞)
容疑者を呼び捨てにするのをやめてほぼ1ヶ月,まだそのシステムに慣れてなかった時のことなので,言い様のない違和感と混乱を覚えたのは筆者のみではないかも知れない。「勝新太郎容疑者」という名前を新聞で見た時の第一印象は大体次のようなものであった。
(a)「勝新太郎容疑者」という呼び名から何らかの嫌疑がかかっている「勝新太郎」のイメージが浮かぶ。しかも (1) の毎日の記事のようにそれが見出しの書き出しとなると,読者が「勝新太郎容疑者」を当然知っているという前提のもとに書かれているという印象を持ち,「勝新太郎は何をしたんだったかな?このごろ忙しくて新聞記事にあったのを見逃したのかな?」と,自問自答。
(b) 続いて「ホノルルで逮捕――コカインなどを所持」で,「今回は麻薬所持,では麻薬所持が発覚する前の容疑は何だったのかな。」と,誤った推理をし,事の真相を突き止めたのは本文を読み進んだ時だった。
勿論これらのプロセスはほぼ瞬時に行われるわけだから,報道機関が考え出した,「容疑者」,「被告」などの人権尊重のための方策は実害がないようだが,そのような違和感が感じられるのは何故だろうか?それが単に新しい試みで慣れていないと言うだけで生じたものなのだろうか?
2. 「前提」PRESUPPOSITION
文が実際に表面的に,意味している以上の情報を伝えていると言うのはどの言語にも見られる傾向である。そうすることで,より少ないエネルギーでコミュニケーションが出来るのである。例えば,ガズダー(Gazdar:1979:106)から例をとってみよう。会議に遅れた時,誰かが次のように言ったとする。
(3) I'm sorry I'm late; my car broke down.
「遅れてすみません。うちの車,故障してしまいましてね」
この文は明らかに,話者が車を持っていることをそれを知らない聞き手にも伝えている。従って次のように言う必要はないのである。
(4) I'm sorry I'm late; I have a car and my car broke down.
「遅れてすみません。車を持っているのですが,それが故障してしまって」
"my car"「うちの車」という限定的な表現のために,聞き手は話者が車を所有していると結論出来るのである。同様に,誰かが次のように言った時,
(5) Jack regrets beating his wife.
「ジャックは妻を殴ったことを後悔している。」
「ジャックという人がいて,結婚していて,しかも妻を殴ったことがある」と結論することができる。勿論 "Jack" と "his" が同一のものを指す場合だが。
また,古くから論理学の世界でもこれに似た議論が行われ,ラッセル(Russell:1905),ストローソン(Strawson:1950)を始め色々な人々が次の(6), (6)'の矛盾,違和感を説明しようとした。
(6) The present King of France is bald.
「現在のフランスの王は禿である」
(6)' The present King of France is not bald.
「現在のフランスの王は禿ではない」
(6)は「〜は禿である」という基本的な意味の他に「フランスには現在王がいる」という隠れた意味を含んでいる。しかも,(6)の否定である(6)'も同じ隠れた意味を含んでいる。このように,ある文の隠れた意味 ― 裏面の意味を「含意」(implication)と呼ぶが,それがその文が「真」であっても「偽」であっても生き残る場合,その「含意」は「前提」(presupposition)と呼ばれる。前述のストローソンの言葉を借りると,話者がその発話の中で主張することを「断言」(assertion) ― 表面的な意味 ― とすれば,「断言」は「真」「偽」の二価値を持つ。しかし「前提」は常に「真」であって,これが成り立たなければ,文自体が成り立たない事になるのである。もう一人,ハチンソン(Hutchinson:1971:136)が使う公式を借用すると以下のようになる。
(8) X says "A" to Y as an assertion
____________________
X believes that B
and X believes that Y believes that B
and X believes that A
and X believes that Y is ignorant of A
つまり,"A" が「断言」,"B" が「前提」で,話者は「前提」に関しては聞き手も共有している情報だと信じていると言うわけである。前述(6)を公式(8)に当てはめてみると,
(9) X says "The present King of France is bald" to Y as an assertion
____________________________
X believes that there exists a present king of France
and X believes that Y believes that there exists a present king of France
and X believes that the present king of France is bald
and X believes that Y doesn't know that the present king of France is bald
「前提」の論理学的な定義は必ずしも一致していないが,共通しているのは
(10) 前提が「真」でない時,発話自体の意味がなくなる
という事である。この現象こそ(6),(6)'で何かかみ合わない,裏切られたような議論をしているように感じた,原因なのである。というのも,ご存知のようにフランスに国王がいなくなってから200年以上経ち,その知識のある人にとっては(6),(6)'は「前提」が「真」でないおかしな文なのである。
前述の(3)を車を持ってない人が言ったとするとそれを知っている聞き手は,
(11) ちょっと待ってよ,「うちの車」ってどういうことなんだ?
と,疑問を投げかけるかも知れない。実際,クワーク(Quirk et al:1985:806)は疑問文
(12) Do you like Joan Parker?
「ジョーン・パーカさんを好きですか?」
に対して,
(13) I don't know any Joan Parker.
「ジョーン・パーカさんなんて知りません」
と答えることによって「聞き手がジョーン・パーカーを知っている」という「前提」を聞き手自身が覆すことが出来ると述べている。
同様に(3)を,もし1週間ぶりに会った友人が聞いたとすると,
(14) 知らなかったけど,この1週間の間に車を買ったんだな…
と,一人納得して話のつじつまを合わせるだろう。そして,前述のように全く話者を個人的に知らない人だったら,
(15) そうか,この人は車を持っているんだな…
と,その人がそう言うから信じるのである。つまり「前提」はいつも「真」であると言う上に立って会話が進んで行くのである。
「前提」を含む文と言うのは意味的にも,構文的にも非常に多様で,キーナン(Keenan:1971:47)はさらに多くの例を挙げて「前提」を説明している。ただし,ここに挙げてあるのは「前提」の一例であって,左辺の文が持つ「前提」を決して網羅的に挙げてあるのではない。注[1]
(16) John wasn't at the party.
「ジョンはパーティーにいなかった。」
⇒ John exists.
「ジョンという人が存在する。」
(16)' John was at the party.
「ジョンはパーティーにいた。」
⇒ John exists.
「ジョンという人が存在する。」
(17) It wasn't John who went.
「出かけたのはジョンではなかった。」
⇒ Someone went.
「誰かが出かけた。」
(17)' It was John who went.
「出かけたのはジョンだった。」
⇒ Someone went.
「誰かが出かけた。」
(18) John stopped working.
「ジョンは働くのをやめた。」
⇒ John was working.
「ジョンはそれ以前は働いていた。」
(18)' John didn't stop working.
「ジョンは働くのをやめなかった」
⇒ John was working.
「ジョンはそれ以前は働いていた。」
(19) John believed what the doctor said.
「ジョンは医者の言ったことを信じた」
⇒ The doctor said something.
「医者は何かを言った」
(19)' John didn't believe what the doctor said.
「ジョンは医者の言ったことを信じなかった」
⇒ The doctor said something.
「医者は何かを言った」
(20) Fred called again.
「フレッドはまた電話した。」
⇒ Fred called at least once.
「フレッドは少なくとも一回は電話した。」
(20)' Fred didn't call again.
「フレッドは二度と電話しなかった。」
⇒ Fred called at least once.
「フレッドは少なくとも一回は電話した。」
(21) Mary resented that Fred left.
「メアリはフレッドが去ったことに憤った。」
⇒ Fred left.
「フレッドは去った。」
(21)' Mary didn't resent that Fred left.
「メアリはフレッドが去ったことに憤なかった。」
⇒ Fred left.
「フレッドは去った。」
3. 「前提」と○○容疑者という呼称について
以上述べてきた「前提」という概念のうち,本稿に特に関係するのは(3)の "my car", (5)の "Jack", "his wife", (6), (6)'の "the present King of France", (12)の "Joan Parker", (16), (16)'の "John", "the party", (19)の "what the doctor said" などのような,いわゆる「定の名詞」と呼ばれるものである。その限定的な表現のために,話者はそれらの存在を「前提」として話を進め,聞き手も,その前提を受け入れながら話を聞くのである。そして,「前提」はその文が意味を持つためには常に「真」でなければならないし,その文の「断言」の部分が「真」であっても「偽」であっても成り立たなければならない。
ここで冒頭で示した新聞報道における容疑者の呼称について考えてみたいと思う。第1章(a)(b)に見られる違和感は明らかに「前提」と「断言」の関係が上手く機能していないための違和感である。まず第一に始めに挙げた(1)(2)の新聞記事の何処に「前提」があるのかを考察したいと思う。便宜的に,(1)(2)の記事を再び以下に示したいと思う。
(1) <俳優の勝新太郎容疑者,ホノルルで逮捕―コカインなどを所持>俳優の勝新太郎容疑者(58)が16日朝,米国ハワイ・ホノルルに入国した際,コカインと乾燥大麻を隠し持っていたことが発覚,現地税関当局に麻薬不法所持容疑で逮捕され… (毎日新聞)
(2) <「座頭市」麻薬で逮捕―勝新太郎容疑者,下着の中に隠し持つ―ハワイ>俳優の勝新太郎容疑者(58)が16日朝,中華航空18便でハワイに入国の際,マリファナ,コカイン合わせて10グラム余を所持していたとして,麻薬密輸入の疑いでホノルル税関に逮捕された。 (朝日新聞)
まず,(1)も(2)も各社がこれについて伝えた初めての記事だと言うことに注目していただきたい。(1)においては見出しの中に「俳優の勝新太郎容疑者」と言う限定的な表現がありこれが「前提」であり,「勝新太郎という人が存在する」「勝新太郎は俳優である」「勝新太郎は犯罪の容疑者である」と少なくとも3つの前提が考えられる。そして,「ホノルルで逮捕…」以下の部分が読者にとって新しい情報「断言」である。ここで,この「断言」部分が「偽」になった時,つまり,ホノルルで1月16日朝に起こったことが全く別のことだった場合に「前提」がどうなるかに注目していただきたい。
(1)' <俳優の勝新太郎容疑者,ホノルルで大勢のファンに出迎えられる>俳優の勝新太郎容疑者(58) が16日朝,米国ハワイ・ホノルルに入国した際,大勢の熱狂的なファンに取り囲まれ,一時は身動きもできないほどであった。この人気は…
確かにこの文はある状況では意味のある文であるが,勝新太郎氏が,ホノルルで逮捕されなければ,そもそも容疑者にはならなかったことを考えると,明らかに矛盾に満ちた文である。(1)'という(1)が「真」でない世界では,上述した他の2つの「前提」は正常に機能しているが,「勝新太郎は犯罪の容疑者である」という3つ目の「前提」は機能していないのである。すなわちこの「前提」は「前提」の定義の基本的な必要条件も満足させていないということになる。さらに,(1)の表面的否定である(1)''の文においても3つ目の「前提」が生き残り,しかも「断言」部分と矛盾するためにおかしな文になってしまうことに注意していただきたい。
(1)'' <俳優の勝新太郎容疑者,逮捕されず―ホノルル>
これではまるで,勝新太郎氏はすでに読者も承知の容疑者で,ずっと警察に追われていたが,ホノルルでも上手く逃げおおせ,さらに逃亡中という感じがする。新聞記事を初めて見た時の違和感はまさにここから生じたのではないだろうか。
次に,他の新聞記事からそれがもう少しはっきりわかる例を挙げたいと思う。
(22) 21日午前2時18分頃,東京都世田谷区○○路上で,同所,運送会社従業員,安藤○○さん(46)が同僚の同所,長島○○容疑者(35)から顔や腹などに殴る蹴るの暴行を受けた。安藤さんは病院に運ばれたが約一時間後に内臓破裂で死亡した。通報で駆けつけた成城署員が長島容疑者を傷害の現行犯で逮捕した。(90/7/20 日本経済新聞夕刊)
(23) 多賀郡十王町山部の会社員田村○○容疑者(48)方で11日午前零時頃,妻の律子さん(41)が布団の上で死んでいたのが見つかった事件で,高萩署は18日,田村容疑者を傷害致死の疑いで逮捕した。(90/7/19 朝日新聞朝刊)
(24) 17日午前1時半ごろ,川崎市多摩区○○の市道交差点で,東京都世田谷区○○,会社員福島○○さん(24)運転のオートバイが,同市多摩区○○会社員松沢○○容疑者(46)のトラックに出会いがしらにはねられ,福島さんは内臓破裂で死亡した。(90/7/18 朝日新聞朝刊)
(22)では「長島○○容疑者」は「前提」であるかのように働いているが,「断言」の内容を変えた(22)'は明らかに矛盾のある文である。
(22)' 安藤○○さんが,同僚の長島○○容疑者に,飛び込んで来た車から危ないところを助けられました。成城警察は人命救助で長島容疑者を表彰しました。
(23)では「田村○○容疑者」が,(24)では「松沢○○容疑者」がやはり「前提」として提示されているが,これも以下のようにそれぞれ内容を変えて見ると元の文の持つ矛盾がわかる。
(23)' 会社員田村○○容疑者方で盛大なパーティーが開かれました。
(24)' 福島さんのトラックは会社員松沢容疑者のオートバイと出会いがしらに衝突し,松沢容疑者は即死しました。
この様に見てくると,一見「前提」のような述べられ方をしている「容疑者」という呼称が,実は「前提」ではなく「断言」の一部であることが分かる。別の言葉で言えば,「断言」として「○○」という人の容疑について述べた後に初めて「○○容疑者」と言う「前提」としての記述が可能になると言える。そのために,その制約を無視した上述の(22)(23)(24)では(22)'(23)'(24)'のように断言の部分に○○容疑者の容疑と関係ないことを述べると,○○容疑者は「容疑者」と呼ばれる理由がなくなり,これらの文の存在理由がなくなるのである。
試しに,(22)を矛盾のない文に書き直してみよう。
(22)'' 21日午後2時18分頃,東京都世田谷○○路上で,同所,運送会社従業員,安藤○○さん(46)が同僚から顔や腹などに殴る蹴るの暴行を受けた。安藤さんは病院に運ばれたが約一時間後に内臓破裂で死亡した。通報で駆けつけた成城署員が同僚の同所,長島○○容疑者(35)を傷害の現行犯で逮捕した。
次に,「前提」が正常に使われている新聞記事を見てみよう。
(25) ○○世論調査の結果によると,アメリカのブッシュ大統領の支持率が42%と急上昇し,クリントン民主党大統領候補の48%に6ポイント差と迫った。(8/26/92朝日新聞朝刊)
ここでは「アメリカのブッシュ大統領」「クリントン民主党大統領候補」などが「前提」の一部である。そして「断言」はその支持率について語っている部分である。当然のことながら記事の「断言」の部分をどう変えようとこの文における「前提」はいささかの影響も受けず,生き残る。
(25)' ○○世論調査の結果によると,アメリカのブッシュ大統領の支持率は相変わらず35%と低迷していて,クリントン民主党大統領候補の61%に26ポイントも引き離されている。
実際,新聞記事の多くは,このような矛盾を避けながら被疑者を呼び捨てにしないように表現に色々工夫を凝らしている。まず被疑者に何らかの職務上の肩書きがある場合にはそれを「前提」の部分で利用するというものである。また氏名を最初に出すことがあまり重要でない無名の人の犯罪の場合には「会社員」「男」「長女」「主婦」などという呼び方を「前提」部分に出しておくこともよくある。
(26) 昨夜遅く千葉県浦安市のパチンコ景品交換所に男が火炎瓶を持って押し入りましたが格闘の末,従業員に取り押さえられ強盗傷害の現行犯で逮捕されました。逮捕されたのは東京品川区の電気工渋谷○○容疑者で…(7/16/90 NHKニュース25:00)
(27) 東京練馬区で建設会社の社長らが監禁され3億円が奪われた事件に便乗して,この建設会社に電話して3500万円を脅し取ろうとした北海道の陸上自衛隊員が,きょう恐喝未遂の疑いで警視庁に逮捕されました。逮捕されたのは北海道○○の…3等陸曹柳○○容疑者で…(7/13/90 NHKニュース20:45)
(28) 国際航業事件,小谷「光進」代表を逮捕―株価を不正操作,巨額借金返済に。 (7/20/90 日本経済新聞朝刊)
これらの例では(26)では「男」,(27)では「陸上自衛隊員」,(28)では「小谷代表」などという表現によって,巧みに呼び捨てを避け,しかも「容疑者」という呼称の付け方も適切である。
4. 結論
以上のように「前提」は会話を運んでいく上で重要な役割を果たす。それが上手く機能しないとコミュニケーションに支障をきたすのである。母国語を学習途上の幼児と話す時に,話が分かりにくかったりするのは幼児が何を「前提」にすべきかという常識に欠けているせいもあるだろう。また,外国語として日本語を学んでいる外国人と話している時に相手の主旨を聞き取るのに多大な努力を要することがある。これは日本語の助詞「は」「が」など「前提」と大きくかかわる機能を持つ文法事項の習得の程度に大きく関係している。
外国語教授法の分野では音声,語彙,文法などの習得を中心に指導を進めているが,最近になってやっとそれ以外の分野,文の持つ「含意」などの重要性に言葉を教える者が気づいているというのが現状である。これからさらに多くの関心がはらわれて,スムーズなコミュニケーションのできる外国語修得が可能になるとよいと思う。
最後に,報道機関が「○○容疑者」という耳に馴染まない表現を使い始めて3年近く経とうとしている。始めはぎょっとしたり,違和感を感じた人も多くあっただろうが,このごろではあまりに頻繁に出て来るためか,不自然にさえも感じなくなってきているようだ。その原因は繰り返し使われることによって,受け手が慣れてきたためだろうか。あるいは,報道機関も不自然でないように,前述のような工夫をしているため不自然な表現自体が減ったのだろうか。それ以外に何らかの要因があるのだろうか?その答の鍵は「コミュニケーションは話者と聞き手の間の絶え間ない協力によって成り立つ」と主張したグライス(Grice:1971)のコミュニケーション理論の中に見つけることが出来るように思うが,紙面の関係で,次の機会に譲りたいと思う。
注
[1] ⇒ の記号は左辺の文から,右辺の前提が得られることを示す。
参考文献
Gazdar, Gerald. 1979. Pragmatics: Implicature, presupposition, and logical form. New York: Academic Press.
Grice, H. P. 1975. Logic and conversation. Syntax and semantics, ed. by P. Cole, and J. L. Morgan, 3.41-58. New York: Academic Press.
Hutchinson, Larry G. 1971. Presupposition and belief-inferences. Papers from the seventh regional meeting. Chicago Linguistic Society 134-41.
Keenan, Edward L. 1971. Two kinds of presupposition in natural language. Studies in linguistic semantics, ed. by C. Fillmore, and D. T. Langendoen, 44-52. New York: Holt, Rinehart, Winston.
Russell, B. 1905. On denoting. Mind 14.479-93.
Strawson, P. F. 1950. On referring. Mind 59.320-44.
Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. 1985, A comprehensive grammar of the English language. London: Longman.
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