「病理診断と医療」
病理診断をどこまで信じるべきか
Do you believe the histopathologic
diagnosis?
堤 寛 Yutaka Tsutsumi
東海大学医学部病態診断系病理学部門
up-load 1997.2.20 / last up-date 1997.5.15
この文章は、東海大学医学部病態診断系病理学部門・堤 寛 助教授が、「医学のあゆみ」という雑誌で連載された「病理診断と医療−病理診断と診断名の使いかた」のうち連載1に相当するものです。ここに、堤先生のご許可を得て、転載いたしました。
病理診断を 100%
信頼してくれる臨床医は、いつも病理医と話し合うタイプと、病理診断室に足を運んだことのないタイプの相反する2種の集団に分けられよう。さて、その心は?
キーワード
病理診断、臨床医学、最終診断
「医学のあゆみ」 168 巻 4, 7〜9 号(pp. 269-270,
711-712, 765, 833-834)の紙面に、「病理診断名:その重さと微妙さ−−ある病理医の嘆き」と題する拙文を掲載させていただいた。プロの病理診断医としての悩みを少々グチってみたのだが、本稿では改めて、病理診断の信頼度に関する私見を、具体例を交えて紹介させていただき、ご批判を仰ぎたい。
1.病理診断の目的意識とその役割分担
ある時、若手病理医から、骨髄穿刺標本に関する相談を受けた。彼は、数日間ほど診断に悩んでいたらしい。鏡検後、言下に彼を叱りつけた。「悪性組織球症の可能性が高いので、即刻化学療法をする必要があるだろう。さもないと、手遅れになるぞ。今すぐ、臨床医に電話しなさい。」電話の回答は、「今、病理解剖をしています」という笑うに笑えない切ないものだった。ヘマトキシリン・エオジン染色される骨髄の病理組織標本は、メイ・ギムザ染色されるスメア標本に比べて細胞所見がとりにくいため、病理医は、骨髄穿刺材料の診断名に関して、血液検査室の診断に頼る傾向がある。しかし、細胞密度、巨核球数、線維化の程度、局所的異常などは、病理標本の評価のほうがずっと正確である。両者は互いに参照しつつも、独立した診断を速やかに下すべきなのである。かの若手病理医には、迅速性が要求される局面における病理診断の“役割分担”の意識が乏しかったといわざるをえない。
病理医は、その守備範囲の広さと人材不足に基づく忙しさゆえに、病理診断の本当の目的を見失う場合がありうる。もっとも重要な役割の一つが、腫瘍の診断、良悪性の判定であるがゆえに、非腫瘍性疾患においても、「悪性所見はありません」をつい強調してしまうし、それを報告すればとりあえずOK、といった目的意識誤認につながるのである。たとえば、不正性器出血で生検された子宮内膜では、正常周期にあるのか、非機能性内膜なのか、無排卵性周期なのか、はたまた、黄体機能不全なのかの判断が求められていることが多い。腎生検で、IgA
腎症や膜性増殖性腎炎でなく「慢性糸球体腎炎」、皮膚生検で、多形滲出性紅斑や扁平苔癬でなく「慢性皮膚炎」の診断名では、困るのは臨床医であり、患者さんである。肝生検でも、「慢性肝炎」だけの診断では不合格である。肉芽腫性病変や感染性疾患では、原因病原因子の特定が最終ゴールであり、的確な治療へと直結する。
これらの例では、診断名に加えて、所見の正確な記述が求められているし、必要に応じた特殊染色が加えられるべきでもある。診断の目的は治療にあるといって差し支えなかろう。治療の選択が意識されない病理診断を受け取った臨床医は、お互いのため、そして患者さんのために、病理医にその旨をぜひ伝えてほしいものである。
2.病理診断名と「病理学的判断」の微妙な違い
病理診断名の選択肢には、分類により、臓器により、人により、施設により、国により、時代により、そして日により、かなりの幅があることはまぎれのない事実である。たとえば、大腸ポリープのポリペクトミー標本を数人のベテラン病理医がみると、異型の強い腺腫、高度異形成、腺腫内癌、上皮内癌、境界病変などと用いる診断名がばらつくであろう。しかし、この場合でも、「浸潤性発育がなく、追加切除不要、要フォローアップ」といった判断は共通であろう。残念ながら、こうした「診断病名の揺れ」は、病理形態像になじみの薄い臨床医には、理解しづらい点が多いだろう。病理診断を最終診断と信じている立場からすると、この不統一は許しがたいことかもしれない。
何よりも肝腎な点は、患者さんの利益となる的確な判断である。つまり、診断名のみでなく、付記されたコメントや所見の内容が重要なのである。こうした場合、病理医はしばしば、診断に所見参照
"See description" の文字を付け加えるだろう(サイドメモ参照)。泣き所は、カルテの記述や臨床医の意識の中では、しばしば、病理診断病名のみが生き残ってしまう事実である。統計学的にデータを処理する場合には、同一病変が腺腫となったり腺癌として扱われたりすることになってしまう。少なくとも著者は、診断は統計のために行うわけではなく、あくまで患者のためにあるべきであると信じている。場合によっては、患者の癌保険への加入の有無により、診断名を選ぶことすらありうるであろう。
3.誤診や誤解を防ぐために
いくつかの実際の事例を紹介しよう。
前立腺の TUR
標本。ある病理医が腺癌という診断を下した。それに応じた泌尿器科医は、前立腺全摘術ならびに除睾術を施行した。しかし、手術切除材料には、ごく一部にいわゆるラテント癌を認めたのみだった。最初の病理標本にも確かに腺癌が確認されたのだが、それは
TUR
で採取された多数のフラグメントのうちのほんの少数に限られていたのだ。悲劇は、病理医がラテント癌である可能性が高い旨を書き落としていた点と臨床医が真に手術適応のある癌であるのか否かの確認を怠った点に集約されよう。厳密な意味で誤診とはいえないだろうが、大いなる誤解の代表例である。
病理診断を信じないがゆえのすれ違いも経験される。これもまた泌尿器科の事例でたいへん申し訳ないのだが、尿の細胞診断が年余にわたって
class V(移行上皮癌)と診断され続けた症例があった。当然、尿路系の画像診断および内視鏡診断が繰り返されたのだが、腫瘍性病変が見当たらないため、フォローアップされたのだ。病理側からも、精査が繰り返し要望されていた。尿中への剥離細胞には低浸透圧による二次変性が生じやすく、非腫瘍例でもしばしば核の異型化を認めることがあるので、担当医の判断はおそらくこうした経験的事実に寄りかかったものであったのだろう。ところが、再来院した患者の前立腺に、進行した移行上皮癌(尿道周囲の導管由来)が発見されたのだ。たいへんまれな事例ではあるが、とても印象深い経験であった。
乳腺外来から迅速診断に提出された新婚6ヶ月、妊娠3ヶ月の若い女性の「乳腺腫瘤」に対して、浸潤癌の診断が下された。妊娠合併乳癌として、即入院の手続きがとられた。著者がパラフィン切片の標本を見たのは、連休をはさんだ数日後だった。実は、この腫瘍は皮膚付属器(汗腺)由来の良性腫瘍だったのだ。著者が主治医に電話連絡した時点では、すでに人工流産術が施行され、乳房切除術の準備が万端整っていた。この若き女性の乳腺が保存されたのは当然である。半年後には、この夫婦に新たな生命がもたらされたと聞いて、とてもうれしく感じたことは、昨日のことのように思い出せる。この場合、病理診断を信じ過ぎたがゆえの「事故」だったのである。あとで外科医に尋ねたところ、”乳腺腫瘍にしてはずいぶんと浅い位置の病変だった”との言。その一言があれば、迅速診断の時点での正しい判断が可能であったかもしれないのだが−−。
病理診断名は、どんな経験深い病理医であっても、臨床診断に大きく左右されるものである。画像や検査の情報がないと最終診断に至りえないのはよくある状況である。あらかじめ臨床医から情報を得られれば、凍結切片による免疫組織化学染色や電子顕微鏡検索、さらには遺伝子解析など、小回りのきいた検討も可能である。十分な臨床情報なしに診断を下す怖さを知らない病理医はいないであろう。病理検査の申込用紙にほとんど何も書かずに提出する臨床医にときに遭遇する。彼らは、病理診断を他の臨床検査と同等にしか考えていないのではないかと思わざるをえない。とても悲しく、ひどく危険な誤解である。いっぽう、独善的な病理診断にお目にかかる機会もあろう。膵臓や気管支に多少の単核球浸潤があっても、「慢性膵炎」や「慢性気管支炎」といった診断基準の定着した診断名をそう軽々しく用いるべきではないのは当然である。”慢性炎症があるのは事実だ”と言い張る病理医にめぐり合った臨床医は、互いに十分な議論を戦わせてほしいものだ。
決定的な誤診や誤解は、病理診断医と臨床医の話し合いによって、その多くが防げるのである。病理側からみれば、病理所見が臨床的判断とまったく合わないときが、分岐点となる。検体の取り違えを見抜く極意(本誌
165 巻 11 号、p. 828)もこの一点にある。確かに、臨床医がまったく考えていない診断を「ビシッ」と下せたときの爽快感は、病理診断の醍醐味といえるのではあるが−−。いっぽう、臨床医も、思ってもみない診断名が返ってきた場合、何か変だと感じて、病理医への問い合わせや再評価依頼を申し出てほしい。状況が許せば、再検査をする慎重さもほしいものである。
おわりに
病理医と臨床医が十分に連絡を取り合った結果としてひきだされた病理診断は、相当に信頼度が高いはずである(それでも誤ちは完全には防げないのも事実なのだが−−)。病理側と臨床側が、互いに一方通行にならないようにする心掛け、これが「病理診断をどこまで信じるか」のキーポイントだといって差し支えなかろう。
サイドメモ 「所見参照」
病理診断名に付記される "See description"
のコメントは、病理医から臨床医へのお願いを込めたメッセージである。病理診断報告書の中では、診断名のみが注目され、所見の部分はしばしば読みとばされることを、多くの病理医は経験的に知っている。つまり、"See
description"
は、「少なくともこの例に関しては、中身を読んでください」の意味なのである。 所見の内容はさまざまである。単に肉眼的・組織学的・細胞学的所見の詳細を羅列するばかりではなく、特殊染色の結果とその解釈、鑑別診断のリストとその可能性、アドバイザーの意見あるいは反対意見、診断の確定に必要な臨床検査や画像診断の依頼、診断が確診されない理由(言い訳)と再検査の依頼、治療方針へのアドバイス、参考文献などなど、臨床医の役に立つメッセージが満載されているだろうし、また、そうあるべきである。病理診断は必ずしも絶対的なものではない。確実な部分と不確実な部分をぜひ読み分けてほしいし、もし疑問があれば、病理診断医と直接話し合う機会を作ってほしい。無用な誤解は、誤診そのものに等しいともいえるのだから。
ご意見・ご感想は、堤 寛 先生(tsutsumi@is.icc.u-tokai.ac.jp)まで
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