結構人気、座礁の日記

2002年11月分
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いや寒くて堪らんよ。




02/11/1 「レンタカー」

ここ数年、毎年夏を迎えると仲間と「山」に行くのが恒例となっていた。
行くのは主に山梨県が多い。

とは言え、「山登りをしたいから」等という理由ではなく、
所謂「クワガタ・カブトムシ観察・採集」が目的だ。
前の年にその山で採集した個体に卵を産ませ、
その子供達を放すことも目的のひとつだ。

私を含めたこの一団は、クワガタ採集に命を懸ける程のツワモノではないので、
所詮「ストレス解消」の為の一行事に過ぎないのかもしれないが。

山の中をうろうろして、
コクワガタを見つけて歓喜し、ノコギリクワガタを捕まえて狂喜する。
カブトムシなぞ飛んで来ようものなら嬉しさ余って号泣だ。

その程度だから、当然自然の中のオオクワガタなぞお目にかかったこともない。
もしも見つけたりなんかしたら大変な騒ぎになりそうだから、
それはそれで幸せなのかもしれない。

そのレベルではあるものの、
「山に行く」と一度決めたら中途半端なことはしない。

だいたい夕方に東京を出発。
帰って来るのは翌日の深夜か、翌々日の昼位だ。
それまで寝る間も惜しんで山の中をそぞろ歩く。
これが実は、この上なく楽しいのだ。


前置きが長くなってしまった。


で昨年の初夏のこと。
とある金曜の夜から「山」に行くこととなった。

いつもは私の車で行くのだが、
狭いわ、散らかってるわで毎回車中で仮眠をとるのも大変な按配なのだ。
しかもこの時は4人で行くことになっていた。

そこで私はふと思い立った。
「そーじゃん、ワゴンのレンタカー借りてけばいいんじゃん。」

会社を早々に切り上げた私は、早速家の近所のレンタカー屋に向かった。
閉店時間が迫っていることもあって、
少し走ったりしたもんだから、汗ダクな私であった。
入り口からちょっと焦り気味に飛び込むと、
愛想の良い店員のお兄さんが出てきてくれた。

店員「いらっしゃいませぇ。今日はどんなご用件で?」

座礁「あのぉ、ワゴン車を借りたいんですけどぉ。はぁはぁ。」

店員「はい。いつのご利用でしょう?」

座礁「はぁ、もう今すぐ借りたいんですけど。ふぅふぅ。」

店員「今からですか・・・?はぁ、今すぐのワゴン車ですと・・・。
あぁ、ありますねぇ。ありますけど、ちょっと古いんですよねぇ。」

タウンエースという車種。
よく工事現場等で活躍している車だ。

店員「うーん。あまりレジャー用には向かないんですが、
どのようなご利用をされるんですか?」

座礁「いや、ちょっと山の方に行こうかと・・・。
いや、もうどんな車でも動けばいいんですよ。」

勿論「クワガタ捕りに行くので」なんて言える訳もない、35歳(当時)だし。

が店員の目には、
「何か焦っていて訳ありで、一刻も早くワゴン車を借りなきゃいけない客」
と映っていたに違いない。


座礁「あとスコップとか色々汚いものも乗せていくんで、
あまりキレイな車だとコチラの方が申し訳ないんで。」

店員「・・・スコップですか?
・・・どちらの方の山に行かれるんですか?」

座礁「いや特には決めてないんですけどね。」

店員「・・・。」

あれっ?なんか不審がられてない、僕?

店員の目には、
「焦ってて訳ありで、一刻も早くスコップ持ってワゴン車で
どこでもいいから山奥に行かなきゃいけない客」
と映っていたに違いない。


店員「えーっと・・・、ワゴン車ご希望とのことですが、
何かワゴンじゃないといけない理由がおありなんですか?」

座礁「ええ。床に人が転がれるスペースが欲しいんですよ。
これだったら、充分床に転がれますからね。」

そりゃそうだ。
仮眠が取れること、これが最も大切な命題なのだから。

が、店員は更に何か違った想像をし始めているらしい。

店員の目には、
「焦ってて訳ありで、一刻も早くスコップ持ってワゴン車で
人を床に転がして、どこでもいいから山奥に行かなきゃいけない客」
と映っていたに違いない。


店員「人・・・ですか。寝転がってる人を乗せるんですか?
だとすると凹凸や振動もかなりありますし、あまり向かないかも・・・。」

座礁「いや、それは大丈夫ですよ。
そんな繊細な神経持ち合わせちゃいませんから。」

店員「・・・。」

店員は何かを確信したような眼差しで私を見ている。

店員の目には、
「焦ってて訳ありで、一刻も早くスコップ持ってワゴン車で
凹凸があろうが振動があろうが構わない人らしきモノを床に転がして、
どこでもいいから山奥に埋めてこなきゃいけない客」
と映っていたに違いない。


店員「お戻りはいつになりますか?」

座礁「うーん。順調に行けば明日の夜には・・・。
でもいい場所見つからなかったりすると、明後日になっちゃうかもなぁ・・・。」

店員「い・・・、いい場所・・・、ですか?」

座礁「あ、いやこっちの話なんですがね。」

店員の表情からは、血の気が失せている。

店員の目には、
「焦ってて訳ありで、一刻も早くスコップ持ってワゴン車で
凹凸があろうが振動があろうが構わない人らしきモノを床に転がして、
どこでもいいから人に見つからないような
いい場所の山奥見つけて埋めてこなきゃいけない客」
と映っていたに違いない。


「少々お待ち下さい」と残し、慌てて席を立ったその店員は、
奥で上司らしきおじさんとひそひそと話をしている。

そして数分後戻ってきて、私にこう告げたのである。

店員「申し訳ございません。
あの車なんですが、今日の午後にブレーキ不良が見つかって、
明日点検に出さなきゃいけないそうなんですよぉ。
なので誠に申し訳ございませんが、今お貸しできる車はなくなってしまいました。」

いや途中からなんか面白くなっちゃってさ、
それっぽく話を進めちゃった俺も悪いんだけどさぁ。
だからって、そんなにも稚拙な嘘つくことないじゃん。

面白かったので、私は「あー、そうですかぁ・・・。」とか言いながら
その場で携帯電話を取り出し、一緒に行く予定の仲間に電話を掛けた。

「あぁ俺。あのさぁ、レンタカー借りられなかったのよ。うん。
でも随分と気温も上がってきてるし、今夜行かない訳にはいかないからさぁ。
もうこれ以上、放っておけないし。
うん、だからちょっと辛いけど時間通り、やっぱ俺の車で行こう。」

その時、間違いなくその店内は凍りついていたのであった。
うははははっ。


今年はこんな体調がずっと続いていたから一度も行けなかったなぁ。
来年こそは。
むふぅ。





02/11/2 「木枯らし1号」

本日未明、東京で「木枯らし1号」が吹いたらしい。

気象庁の発表によると、
「午前3:51、最大瞬間風速19.4mの北西の風を記録した」
とある。昨年より4日早かったとのこと。

「木枯らし」の定義を旺文社国語辞典で調べてみたら、
「秋の終わりごろから冬にかけて強く吹く冷たい風」とあった。
季語は「冬」。

そうか、もう秋も終わりなのか。


にしても「木枯らし」って言葉、美しいと思いやしやせんか?

私が日本語の美しさにハマった理由のひとつはコレ。
「何か」を表現する時に、そのものズバリの事象を指す言葉を用いるのではなく、
「読む側の想像力を利用」して表現する手法。

この場合は、「風の冷たさや強さ」を
「葉を落とす(木を枯らす)」程のものとして表現している訳で、
とても雰囲気のある言葉です。
言葉自体に動きがある、とでも言いましょうか。

英語だと「木枯らし」のことは「cold wind」。
まんまやん。(泣)
情緒ってもんがありゃあしません。
笹沢左保氏も草葉の陰で泣いていることでしょう。


でね。
せっかくそんな素敵な言葉なのに、
何も「1号」とか言わなくてもいいと思いません?
しくしく。

春先、その年最初に吹く南風のことだって「春一番」と呼ぶではないですか。
それなら「木枯らし1号」だって、
どうせならもう少し雰囲気もんで呼んであげたいところです。

ちなみに「台風」の場合はまた違います。
台風はあくまでもその年に出現した「数」を表している為、
1号・2号〜で良いのです。
まぁ1目・2目とかでも面白いけど。

木枯らしの場合、2号以降の発表はありません。
「春一番」同様、「木枯らし1号」は、
「その年初めての木枯らし」としての意味伝達、ってな重責を担っている訳です。

だったらもう少し情緒的で「初登場感」を匂わす表現だって良いじゃんかよぉ。







02/11/5 「でんしゃそば」

高校時代の話である。

仲間の一人で、特に私と仲の良かった男がいた。(今でも仲良いけど)

ある日の放課後、彼が私の処に来て唐突に言った。
「日野に旨い蕎麦屋を見つけたんだよ。これから行かねぇか?」

「おおっ、いいねぇ。」
即答した私だったがすぐに、その日の放課後、部活絡みで
30分程の野暮用を済ませなければいけない予定が入っていることを思い出した。

でも行きたかったので、
「じゃあさ、場所を教えてよ。すぐに追いかけるから。」と申し出た。
その会話の最中に他の数人からも「俺も連れてけ」との申し出があったし、
皆んなを待たせるのも悪いし。

携帯電話なぞ存在しない時代である。
その為、初めて訪れる場所に「現地集合」というのは、
いささか勇気のいる決断でもあるのだが、まぁ仕方あるまい。

特に私は当時から方向音痴で名を馳せていたのだ。

「お前ホンットに大丈夫だろうな。(不信感ありあり)
まぁいいや。じゃあ良く聞けよ。日野橋を渡って20号をずっと行くだろ。
で、3つ目(だったと思う・・・座礁注)の信号を左に曲がって
100m位のところの右側に『でんしゃそば』って名前の蕎麦屋があるから。
結構目立つし、小学生でも判る筈だから。
これで迷ったら、もうホントにお前のこと馬鹿にするからな。」

と、彼は非常に理路整然とその道程を解説してくれながら、
大きなプレッシャーを掛けてくれたのであった。
にしても「馬鹿にするからな」って脅しも凄いぞ、おい。

車的な解説であるのは、当時の我々は自転車通学だったから。

「ああ大体判った。『でんしゃそば』ね、なんか変な店名だぁな。
じゃあなるべく早めに追っ掛けるから、先行っててくれぇ。」
そう言って私は彼らを送り出した。

30分程後、私もチャリにまたがり彼らの後を追った。

学校から日野橋までは、チャリを飛ばせば10数分の距離。
そこから信号幾つか位であれば、プラス10分もかからずに着く位の距離だ。

私は快調に飛ばした。

国道20号線から言われた信号を左折し、あと100m程で到着する、
といった辺りから、道路の右側の店看板を注意深く確認し、
「でんしゃそば」の文字を探した。

100m程の処に一軒の蕎麦屋はあったのだが、
残念ながら「でんしゃそば」の文字は見当たらなかった。
違う。

更に数分走り続けたが、どうにも見当たらない。

「あらぁ、曲がる信号を間違えたかぁ?」
と思い、今来た道を戻って再度20号線に。
さっき曲がった信号の一つ手前の信号を曲がってみる。

ない。

然らば一つ先の信号を曲がってみる。

ありゃしねぇ。

既に学校を出てから1時間近くが経過している。

通りをすれ違うおばちゃんに聞いてみる。
「すみませーん。この辺に『でんしゃそば』っていう
蕎麦屋さん知りませんかぁ?」

「『でんしゃそば』ぁ?知らないねぇ。駅の人に聞いたら判るんじゃないのぉ?」
無責任な回答である。(泣)

「あああっ、俺は馬鹿にされてしまう運命なのねぇ。しくしく。」
等と思いつつ途方に暮れるが、そこにいても仕方がないので、
もう一度最初の道に戻ってみる。

再度注意深く通りをチェックしながら走る。
先程の蕎麦屋のチェックはチャリを止めて、更に念を入れてみる。
が、やはり「でんしゃそば」の文字はどこにも掲げられていない。

「仕方ない。諦めるかぁ。」
何度も言うが、携帯のない時代である。
目標地点に辿り着けずに途方に暮れるの等、日常茶飯事だったのだ、私の場合。
それだけに見つけられなかった時の諦めは人一倍早い。

敗北感にうちひしがれつつ、ふと何気なく店のガラス戸から中を覗いてみた。


いるじゃん、皆んな・・・。


しかし「でんしゃそば」なんていう屋号はどこにもなかった筈だ。
もう一度店の看板に目をやった私は、「のわっ。」と唸った。

そこには「田舎そば」の文字が大きく輝いていたのであった。


屋号じゃないし。(号泣)





02/11/7 「立冬」

「ここのところ急に寒くなった」といった声を今年はよく聞く。
今日なぞ平年より4度程も気温が低いそうだ。
そら寒いわ。

元来、私は寒いのが不得手である。

なので、ウィンタースポーツ等と言われるものには
積極的に取り組むことをしない。

スキーなぞも一回騙されて連れていかれたことがある程度。
滑っている時はまだ良かったが、
リフト待ちで身体が冷え、リフト上で凍死するかと思った次第。

やはりスポーツに関して言えば、燦々と照りつける太陽の下、
ぐわぁーっと汗流しながら活動している方が性に合っているようだ。

がしかし。
冬という季節が嫌いな訳でもない。

他の季節には見逃しがちな、
「あたたかいもの」に気付かせてくれる機会が多いのだ。

「あたたかいもの」とは、物質的な暖かさだけではなく、
もっと心情的な部分、人の温かさを含めて考える。

勿論、人の温かさには一年を通じて触れているものなのではあるが、
この季節に触れる温かさの方が重みを感じるような気がするのだ。

理由はきっと、寒い時期の私はいつも、
何故か寂しさのようなものを感じてしまったりしており、
他の季節以上に「人の温かさ」を欲してしまっているからなのだろう。

なんて書いていたら、昨年のこの時期の、とある一件を思い出した。

その日の私は、仕事が佳境を迎えていて会社で徹夜をしていた。
朝方、「うーさみいよぉ。」とか思っていたら、
その仕事を私に申し付けた上司が定時よりも随分早くに出社してきて、
「ほれ、差し入れ。」
と言ってサンドウィッチと温かい缶コーヒーを置いていってくれた。
缶コーヒーの温かさと、その上司の心遣いが嬉しくて、
コーヒーを飲む前から身体の内側が温まった、という記憶がある。


本日は立冬。

24節気の中で19番目の節気。
霜降後の約15日間、小雪前の約15日間に当たるそうだ。
この日から冬だという意味で立冬と呼び、
東洋では立冬以後の3ヶ月間を冬という。
昔中国では立冬の期間を5日ずつ3候に分け、
@水がようやく凍り、
A土地が凍り始め、
B雉(きじ)は少なくなり貝が捕られる
と言ったとのこと。


自分自身も少し優しくなれるような気がするのよね、この時期は。







02/11/11 「記念日」

ウチの草野球チームで使用する小物を買う為、近所のスポーツ用品店に行った。

店内に踏み入れたら、いきなり店長さんから
「今日は何の日だか知ってる?」
と聞かれた。

「はっ?」等とうろたえていたら、
「今日はねぇ、電池の日なのよ。
ほら、十一月十一日だから、プラスマイナスプラスマイナスでしょ。」

なーるほどなぁ。
上手いこと考えやがるなぁ、等とひとしきり感心してみたが、
その店の運営とは特に関係がある訳ではなく、
店長は、ただ誰かに教えたくて仕方がなかっただけのようであった。


それにしても記念日ってやつは一年に幾つ位存在するのかご存知であろうか。
伝統的な行事として定着しているものから、
業界や企業がPR効果を狙って設定したものまで、
およそ800種類以上の記念日があり、年々その数は増え続けている。

で、勝手にわらわらと増殖する記念日を「どうにかせな」ってことなのか、
日本記念日協会ってのが存在する。

ここに「記念日」登録申請を行ない、
審査の結果、合格すると金5万円を支払って登録完了と相成るそうだ。

ちなみに本日、11月11日、協会認定の記念日は・・・。
「きりたんぽの日」「サッカーの日」「磁気の日」「ポッキー&プリッツの日」
「ジュエリーデー」「めんの日」だそうだ。

その他、「チーズの日」「ピーナッツの日」「電池の日」なんてのは、
協会に認定はされていないらしい。


これら記念日ってのは前述の「電池の日」同様、
その日に設定した何らかの理由・由来ってもんが存在する。

そんなのを調べてみると、時々「おおっ!」と思う由来もあって
なかなか面白い。

ちなみに本日の記念日はどうであろうか。
勝手に松竹梅で評価してしまおう。

「きりたんぽの日」
きりたんぽの発祥地、秋田県鹿角市「かづのきりたんぽ倶楽部」が制定。
きりたんぽ串が囲炉裏で焼かれている姿が
1111と似ているところからこの日に制定された、とのこと。(梅)

「サッカーの日」
イレブン対イレブンの戦いを日付けに置き換えたもの。
11を選手の両足と見て、11・11でひとつのボールをめぐって争う
スポーツであることもあらわしているのだそうだ。(竹)

「磁気の日」
ピップエレキバンのピップフジモト株式会社が
磁気治療についての、より正しい理解を深めてもらうことを目的に制定。
日付けの11月11日は、「電池の日」同様
磁石のN極(+)とS極(−)にちなみ+−を重ねた日であることから。(松)

「ポッキー&プリッツの日」
江崎グリコ株式会社が自社の人気商品ポッキーとプリッツのPRにと制定。
その形が数字の1と似ていることと、
行楽シーズンに大いにポッキーとプリッツを楽しく食べてもらおうという主旨。(梅)

「ジュエリーデー」
社団法人・日本ジュエリー協会が1986年に制定した日。
1909年(明治42年)11月11日に、
日本で正式に宝石の単位のカラットを採用したのを記念して設けられたもの。(梅)

「めんの日」
数字の1が並ぶこの日は、細く長いめんのイメージにぴったりと、
全国製麺協同組合連合会が平成11年11月11日に制定。(梅)


こう見ると、「磁気の日」は秀逸であるなぁ。
いずれにせよ、たまにこうやって「今日は何の日か?」なんてことを
調べてみるのも面白い。

その他、「世界平和記念日」「折り紙の日」「くつしたの日」「ペアーズデー」
「恋人たちの日」「西陣の日」「下駄の日」「配線器具の日」「鮭の日」
「もやしの日」「カリントウの日」「ライターの日」「煙突の日」
なんてのも本日の記念日だ。



件(くだん)の店長は、私の次に来た若い女性のお客さんにも聞いていた。
「今日、何の日だか知ってる?」

彼女は間髪入れずに切り返した。
「えー、ポッキーの日ぃ!」

店長「えっ?そうなの?」


スポーツ店の店長さんとしては、
「電池の日」よりも「サッカーの日」を覚えてた方が、
何かと役に立つのではないでしょうか。(泣)





02/11/13 「メロン」

気がついたら、また入院していた。

今度は何を患ったのかよく判らないのだが、
点滴チューブに繋がれて病棟のベッドに転がっていた。

すると看護婦さんがやってきてこう言った。
「座礁さん、大変です!
星野仙一監督(阪神)があと5分後にお見舞いに来られるそうです!」

訳が判らない。
「はぁ?」とか言っている自分がいる。

看護婦さんは続けた。
「で、何が大変かって、
山田久志監督(中日)もあと10分程で到着されるそうです!
このままじゃ二人がかち合っちゃいますよ、どうしましょう!?」

なんだか良く判らないが、大変なことになっているらしい。
どうやら見舞いに来てくれるらしいこの二人を遭わせてはいけないようだ。

まぁ確かに、昨年まで中日の監督だった星野仙一氏は
今年いきなり阪神の監督に就任して周囲を驚かせた。
実際の処は知る由もないが、野次馬的観測をしてしまえば、
現中日監督の山田久志氏との遭遇は気まずいことになるやもしれん。

「何故に私の見舞いに来るのか?」といった素朴な疑問等、考えている暇はない。

病棟は5Fだ。
そこで私は看護婦さんに伝えた。
「じゃあ星野さんは、いらっしゃったらすぐに6Fの面会室にお連れしますので、
山田さんがいらっしゃったら地下の喫茶室にお通しして、
僕が行くまで相手をしていてもらえますか?」

看護婦さんが頷いた時、後ろから星野仙一氏が現れた。
普段、試合中のベンチでは決して見せることのないとても柔和な笑顔に
紺のスーツをビシッと着込んでいた。

初対面の挨拶もそこそこに、私は星野氏を6Fの面会室に連れていく。

気がつくと、いつの間にか耳には無線用のイヤホンが付けられており、
看護婦さんからの連絡が入る仕掛けとなっている。

「じゃあ頑張って下さいね。」
無線の向こうから声が聴こえる。
見舞いに来てもらって、何を頑張るのだろうか。

面会室に入り腰をおろすと同時に、星野氏が切り出した。
「これ、お見舞いです。」

プリンスメロンだ。
見た瞬間、何故かその価格が判ってしまった。
一玉8,000円のものだ。
高級じゃん。

とその時、看護婦さんから無線連絡が入る。
「山田さんお見えになりまして、喫茶室にお通ししました。
で、山田さんのお見舞いは夕張メロンで10,000円です。」

何故に看護婦さんが、
見舞い品を告げたり価格を言い当てたりするのかは判らないが、
それを聞いた瞬間に私は迷った。
「どちらを頂けば良いのだろうか?」

どっちも貰えばいいじゃん。見舞い品だし。

しかしその時の私は、
何故かどちらかを選ばねばならないことを感じていたのだ。

目の前の星野氏は、黙って目を閉じて腕組みをしている。

「山田さんの待てる時間は30分だそうです。
それまでに決断して下さい!」
無線の向こうから容赦ない声が届く。

「うーっ!」
頭を抱えたところで目が覚めた。
当たり前なんだけど、夢だったのよね。


暫く半身だけ起き上がったまま、途方に暮れる。
周囲を見回したりして、漸く夢だったことに気付く。

にしても寝汗までかいてるぞ、俺。(涙)


冷静になってから判断するに、
「この前まで入院していたこと」
「昨夜寝る前に『メロン喰いたい』と思ってたこと」
「野球のオフシーズンで、ドラフト逆指名が始まったこと」
辺りが意識の中にあり、混合して「夢」の中に登場してきたらしい。

にしては、なかなかストーリー性のある夢だこと。(泣)

何故に登場人物が星野・山田両監督だったのかは謎だ。
(山田監督とは夢の中でもお会いしてないけど)
我がベイスターズ山下新監督が登場しなかったのは、
既に来期も諦めているってことか、俺。しくしく。


それにしても、時折妙な夢を見ることがある。

今でも鮮明に覚えているものに「ウルトラセブンになった夢」なんてのもある。
しかも見たの大学生の時だぞ、おい。
(これはまた別の機会に書きましょね)

ひょっとして、脳波に何か・・・。(怯)







02/11/14 「夢の続き」

私が大学生の頃の話である。
気が付くとだだっ広い平原に立っていた。
目の前には大きくて澄んだ水をたたえる湖、左手には鬱蒼とした森林。

湖に向かい歩いている途中、何かが落ちているのに気付き拾い上げた。
「ウルトラアイ」だった。
そう、モロボシダンがウルトラセブンに変身する際に使用する道具だ。
赤いメガネのような形をしており、
こいつを目の辺りに当てると変身することができるのだ。

何の気なしに私は、その「ウルトラアイ」を自分の目元に当ててみた。

「どわぅ〜ん!」

突然、身体の中で何かが破裂したような感覚に見舞われた。
痛くはないが、身体の中がむしょうに熱い。
その衝撃は思ったよりも強く、一瞬気が遠くなった。
立っていられなくて、その場に跪いていた。

「あービックリしたぁ。」
等と呟いて立ち上がった私は周囲を見回して愕然とした。

今まで見ていた風景の様子が違うのだ。

いや風景が変わった訳ではない。
ただ、視界が違っているのだ。
先程まで見上げていた筈の森林を、今は見下ろしている。
広いと感じていた平原も箱庭のようだ。

「うあああああああーっ!」

自分の腕が視界に入った私は驚愕のあまりに叫んでいた。
赤いのだ。
腕だけではない。足も赤い。
胸元辺りを見ると、なんと赤い皮膚に銀色の妙な模様まで付いている。

ウ・・・ウルトラセブンになっちまったのか、俺・・・。

慌てて湖に駆け寄り、恐る恐る水面に顔を映してみる。
そこに写っていたのは、紛れもないウルトラセブンその人だった。

私は冷静に考えた。
「ウルトラセブンがモロボシダンに戻る時はどうしていたのだろうか。」

がしかし。
なんかいつも怪獣倒した後、空に飛んで行っちゃうよな、確か。
空の向こうでどうしてんだよ、モロボシぃ。(泣)

いやもしかしたら戻り方があるのかもしれないが、私は知らなかった。

「うわぁ、参ったなぁ。このまま一生ウルトラセブンは嫌だぞ、おい。」
等と呟きながら後ろを振り返った。


「!!」
私は慌てて森林の陰にしゃがみ込んで身を隠した。
なんと森林を挟んだ向こう側にデカい何者かがいるではないか。

そーっと木の端から様子を伺う。

「ゼットン」だあっ!

ひええええっ。
ゼットンって言ったら、あのウルトラマンが
けちょんけちょんにやられてしまった怪獣です。
確か1兆度の火の玉を吐く怪獣だぁ。

1兆度って、あんた。(泣)

幸いなことに彼は、私に背中を向けている。
まだ私の存在には気付いてないようだ。

どうする?
戦っても勝ち目はないぞ、多分。
ゾフィーもいないし、岩本博士の「ペンシル爆弾」もないし。
逃げるか?
それとも友好的に話し合ってみるか?
様々な思考が私の脳裏を駆け巡る。

いやしかし、今や私はウルトラセブンなのだ。
地球を守らねばならない、怖いけど。

ここで逃げて、一生後ろ指を指されて過ごす訳にもいくまい、
しかもウルトラセブンの姿のままで。
「あっウルトラセブンだ!あっち行けよー!」
とか子供に言われて石とか投げられたりしてさ。

だったらウルトラセブンの姿のまま、華々しく散るのも一興だ。
痛いのはちょっと嫌だが、なんたって1兆度の火の玉だ。
喰らったら即死です、即死。
痛いとかそんなこと言ってられる状態じゃない筈です。
そん時ゃそん時よ、死んだれ死んだれぇ。

私は立ち上がった、気付かれないように「そーっ」とね。

勿論、出来れば勝ちたい。勝って地球を守りたい。
と言うより死にたくないし。
が気付かれてしまったら、きっと勝ち目はないだろう。
今、この時しかチャンスはないのだ。

私は迷わず、いきなりの必殺技で勝負に出ることにした。
視聴率なぞ気にしていられない。
「アイスラッガー」(あの頭に付いているモヒカンみたいなやつね)だ。

こいつは、投げるとブーメランのように飛んでいって、
敵を切り裂いて戻ってきて、また頭にはまる仕掛けとなっているのだ。

私は渾身の力を込めてゼットン目掛けてアイスラッガーを飛ばしてみた。

勢い良く私の頭から離れていったアイスラッガーは、
見事ゼットンの背中に命中した。
が、ゼットンの皮膚は異常に硬いらしい。
「クウォーン」と弾かれ、寂しくその場に転がってしまった。

「ひいいいいっ!アイスラッガーが戻ってこねぇよぉ。」

私はひどくうろたえた。
死ぬ覚悟はしているとは言え、
アイスラッガーのついてない頭の状態で死ぬのでは、
かっこ悪過ぎて死んでも死にきれません。

ヅラであることを隠し通して亡くなった方が、
いざ葬式の時に外されてしまっているようなものです。

しかし幸か不幸か、ゼットンは相変わらずこちらに背中を向けている。
私の必殺技のアイスラッガーを受けたにも拘らず、気付いてもいないようだ。
しくしく。

私は意を決してゼットンに近付いていった。
気付かれぬように忍び足で。(泣)

かなり近くまで寄った処で気付かれぬ様にしゃがみ込み、
静かに手を伸ばしてアイスラッガーを掴んだ。

その後は欽ちゃん走りダッシュです、ダッシュ。(逃)
音を出して気付かれないように。

で元の森林の陰まで戻ってきて腰をおろし、
そのアイスラッガーを頭にはめようと試みた。

「あれっ?」

はまらない。
いくらじたばたしてもはまらないのだ。

「うあっ、やべえぞぉ。」
等と思いつつ必死にはめようとしてガチャガチャやっていた時、
ふと気配を感じて顔を上げた。

「ひええええっ!」

そこには、私を囲みながら、
不審そうな顔をした「ゼットン」と「バルタン星人」と「レッドキング」が
コチラの様子を伺っているのであった。


「うわぁーっ!」

私は叫びながら飛び起きた。
ふと気付くと自分の部屋のベッドの中だ。
顔中、だらだらと汗が流れ落ちている。

おおっ!自分に戻っているではないか!!

時計は何事もなかったように、朝の7時頃を指している。

夢だった。
どうやら私は地球の平和を守り損ねたらしい。


以来私は、
道端にアイスラッガーや仮面ライダーの回転ベルトが落ちていたとしても、
無闇にはめてみるようなことは絶対にするまい、と深く誓うのであった。





02/11/15 「後遺症」

まずいことになった。

手術から約3週間が経ち、喉の痛みもほとんど感じなくなっていた。
「全快間近じゃあ」とか思っていたら、大きな落とし穴が待ち構えていたのだ。

後遺症ってやつだ。


術後の私は、何かを飲食する際には細心の注意を払っていた。
術前までと同じ量を飲み込もうとすると痛いのだから当然だ。

それがここ数日、かなり回復傾向にあった為に油断をしてしまった。

元来私は、何か飲み物を飲む際には、
「ぐばぐば」と大量に喉に流し込むスタイルであった。
それをここ暫くは実践することをはばかっていた訳なのだが。


今日の昼はなかなかに暖かくて心地良かった。

恒例のリハビリ・ウォークなぞを八国山緑地の森の中で嗜んだ私であったが、
飲み物を持参し忘れてしまっていた。

むしょうに喉が渇いていたのだが、山を下りるまで購入する術はない。

少し「あせあせ」としながら山を下り、
漸く近くの自動販売機で冷たい缶入りココア飲料を買うことができた。

とても嬉しかった。
だからつい、あんなことを考えてしまったのだ。

「そろそろ喉の痛みもなくなってきてるし、
ここは景気良く『かぁーっ』といきますかね。」

缶のサイズは350mlである。
術前の私なら、5〜6回喉を鳴らす程度で完飲することができる量だ。

私は勝負に出た。
「かつての自分を取り戻すのだ」という強い意志の下に。

プルトップを開ける。

左手で缶をしっかりと握り締め、口元に持ってくる。
右手は勿論、腰に当てている。

満を持して私は動いた。

「ぐきゅっ。ぐきゅっ。ぐきゅっ。ぶぼっ!・・・・・・」



私は扁桃腺除去手術ってやつを受けた。
でっかい扁桃腺を2つ喉の中から取り出したのだ。

当然、かつては大きな壁として
扁桃腺どもが立ち塞がっていた筈のスペースも、今となっては空洞なのだ。

そこへ扁桃腺在りし日同様、勢い良くココアが流し込まれた。

これは、昨日まで海辺にあった筈の防波堤が、
今気付いたら、すっかりなくなっていた荒波の海岸、
みたいなもんです。


口と鼻の構造がどうなっているのか良く知らないが、
内側で直結していることは間違いない。

それは以前から繋がってはいた筈なのだが、
扁桃腺という防波堤がなくなった今、
更にその直結具合に磨きがかかっていたようだ。
もうね、直通です、直通。

いつ以来ですかね。
「鼻から牛乳」状態。

ココアだけど。


両鼻から赤茶けた液体をだらだら流しながら
突然のことに呆然自失の涙目な30代、不審な男。

その横を、絶対に目を合わせようとせずに足早に通り過ぎる
20代前半と思しき若く麗しき女性。


よもやこんな処に手術の後遺症が残っていたとは。しくしく。


あのね。
扁桃腺切ったら、何か飲む時には気を付けた方がいいっすよ。
いやマジで。







02/11/17 「復活」

一昨日あんなことを書いたからって、
会う奴会う奴、私に飲み物の一気飲みを促すのはやめて頂きたい。
見世物じゃないのよ。
ぷんすか。


閑話休題。


明日から会社に復帰する。
9月9日にリタイアしてからだから、実に2ヶ月半振りだ。

少々緊張する。
仕事、覚えてるかしら。

面倒見の良い、同じ島の先輩「まゆぞーさん」なぞは、
わざわざメールで会社への行き方を指南して下さった。

「あー、そーだったそーだった!最寄り駅は神楽坂だぁ!
思い出したぞぉー!」
って馬鹿じゃないんだから、ボク。
しくしく。


波野上辰三氏からのメールによると、
その「まゆぞーさん」もちょっと前に「ぎっくり腰」になって休んだりしてたらしい。
もう若くないんだからさ、無茶しちゃ駄目よ。

そのせいもあり、今私の所属する島は「病気島」と呼ばれているとのこと。(泣)
なにもそんな言い方しなくったって。

ってことは、私にとっての完全復活って奴は、
社内でその名称がとれた時を指すのだろうか。
そうだ!
ウチの島が、以前のように呼称されるようになった時が復活の日なのだ!



「頭が病気島」って。(号泣)



本日は短めなの。
だって、野球の方のホームページ更新が大変だったんだもん。(泣)





02/11/18 「はたらくくるま」

昨日、出掛けようとして車に乗り込んだら動かなくなっていた。

ギアを入れようとクラッチを蹴った(マニュアル車なのね)のだが、反応がない。
「ありっ?」
クラッチ板がイカれてしまったようだ。
ギアの入らない車は、いくらエンジンがかかっていようと、
ただの重たいリアカーである。

まぁ一応、もう一台小さい車を所有していたので、
さっさと乗り換えて、予定については事なきを得たのではあるが・・・。


そのクラッチがイカれた車は「日産テラノ」という車種で、
もうかれこれ10数年乗っている。
走行距離も、もう少しで20万kmを超えようとしており、
キズ等はないが、外見もひどくヨレヨレだ。

口の悪い仲間達は、「走る物置」等と呼んでいやがるし。(怒)


ここ数年は、
雨季には運転席下に水溜りが発生し、
窓はパワーウィンドウなのだが、
閉める際には手を添えて助けてやらねば閉まらない。

高速道路で時速100km以上出すと、
助手席側のサイドミラーが3時間に一回のペースではずれる。
なんかコードで繋がってるからブラブラするだけで落ちないけど。

カーステレオに至っては、コチラの意思を全く尊重してくれず、
勝手に鳴り出して勝手に止まる(ラジオ放送が)。
しかもボリュームも、その時の彼の気分次第で変わるもんだから、
いきなり最大音とかで鳴り始めたりすることもあって、
非常に慌てることもしばしばである。
周囲にも迷惑だし。
その時は、一度エンジンを止める以外に
そのカーステレオを止める手段はないのだ。

ああ、そうそう。
一度台風の中走ってたら、いきなりワイパーが動かなくなったこともあった。

とても口の悪い仲間達は、「ポルターガイスト車」等と呼んでいやがる。(怖)


ここ数年、何度か機嫌を損ねて動かなくなることがあった。
その度に「そろそろ潮時じゃないのぉ?」とか周囲から言われたりもする。

むぅ、確かに。
多分彼は、所謂一般的な「自動車寿命」といったものを大幅に超えている。
ここで寿命を迎えたとしても、大往生と言えるだろう。

でもなんかさ。
ここまでくると愛着が湧いちゃっててねぇ。

車検出せば出したで、色々と不具合が見つかったりするもんだから、
毎度毎度10万単位で金かかるのだけど、
それでもなんか手放せなくてさぁ。

んな訳で、今回もとりあえず入院させることになると思われますな。
なんたって駐車場から出せないもんだから、まだ入院させてないけど。

なんかさ、次はどんな荒業を見せてくれるのかって、
少し楽しみだったりするのよね。



あああっ・・・、今日はオチが見つからないよぉ。
まぁ社会復帰初日だったから、結構疲れたってことで。(逃)







02/11/20 「声」

職場に復帰して三日が経った。
全開とまでは言わないまでも、結構な仕事量でやがるぜ、いきなり。

この三日間、ほぼ終日を「打合せ」の時間に費やしており、
つまりはほとんど一日中喋っている状態だった。
それでも特に痛みが再発することもないから嬉しい限り。

そこで尽く言われるセリフは、「なんか声デカくなったね」だったりする。

どうやら喉奥の空間が広がった分、
声がこもることなく外界に吐出されるのが原因らしい。
私自身としては、昔と変わらぬ音量のつもりで発声しているのだが。

そう言えば退院後、大分喉の痛みが薄れてきた頃、家人に向かって喋ってたら、
冷静に一言、「なんかウルサイ」と言われたりもしたし。

「ウルサイ」ってどうよ。しくしく。


にしても、どうやら声質は変わってはいないようだ。
何よりこれが嬉しい。


実は私は、趣味の範疇で「歌」を唄う。
学生時代から、アコースティックギターを携えつつ唄ったりするのが好きであった。
決して上手くはないのだが。

で、今年初夏に防音ブースなるものを購入していた。

マンション住まいの私としては、
部屋でギターをかき鳴らしつつ大声で唄うことが許されず、
なかなかに窮屈な思いをしていたことと、
アルトサックスを吹く家人も同様の悩みを抱えていたことが相俟って
購入したのだ。

「これでこれから気兼ねなく唄えるぅー」とか喜んだのも束の間、
喉を腫らして唄えなくなってしまっていた。
と同時に、家人も病人の面倒を見るのに精一杯で
サックスどころではなくなってしまった。

結局そのまま、今に至るまでそのブースは放置され続けていたのだ。
ウチを訪ねて来た仲間なぞには、
「コレはお仕置き部屋かなんか?」とか尋ねられるし。(泣)


医者からは、「術後一ヶ月は『歌禁止』だかんね。」
と言われている。

むふふふ。
そろそろ解禁なのだぁ。

うへへへ。
今週末で約一ヶ月なのだ。

久々に唄うであろう今週末。
楽しみな反面、「音域が狭くなってたらどうしよう」なんて不安もなくはないが、
それでも「好きなこと」が出来る喜びには代えられない。

なんだか「遠足を間近に控えて、嬉しくって仕方ない子供」の心境。
ここ数年、もしくは十数年、忘れていた感覚だ。

そんな自分が、未だ自分の中にいてくれていたことが、
ちょっと嬉しく感じる今日この頃。

夜、興奮して眠れなかったりしたらどうしよう。





02/11/24 「笑いの質」

最近、日本人の「笑いの質」が低下しているような気がする。



人間としての営みってやつをしていると、
時折考えてもみなかったような出来事に遭遇して
思わす吹き出してしまったりすることがある。

勿論吹き出すようなことばかりではなく、
時には怒りや悲しみを覚えたりする場合も多いのだが、
それらについてはまた機会があれば。

そしてその吹き出し系の偶発的事象は、大きく二種に分類される。
その事象に、我々人間の行為や意思が関与しているか否か、だ。

関与していない場合、また更に大きく二つに分けられる。
自然現象の為せる業と、我々人間達に近しい生物達の行動だ。

例えば、
「空を見上げたら、『トグロうんち型』の雲が浮かんでいた」とか
「ヒラリと塀に飛び乗ろうとした猫が、目測を誤って側溝に落ちた」とか。

あと人間としてまだ形成されきれていない、幼児の行動の場合も同様だ。

これらは思わず吹き出してしまったとしても、何ら問題はない。
何故なら、その笑われる側のプライドや意思を崩壊させることがない。
皆が幸せでいられる笑いだ、落ちた猫はちょっとバツが悪いだろうが。
客観的でいられるから、存分に笑い続ければ良い。

気持ちの良い「笑い」だ。


人間の行為や意思が関与していた場合は、少し訳が違う。

例えば、大切なお客様と商談の最中に、何らかの行為によって
そのお客様の「ヅラ」がするりとズレたとしても、
その場で吹き出してしまっては社会人として失格だ。
肩を震わせつつも、滲み出る笑いを奥歯で噛み殺さねばならない。

そして、必死に笑いを堪える自分が可笑しくて、
更に辛い状況を生むのが常なのであるが。
自分のおしり抓ったりしてさ。

笑いを堪える理由としては、
「その人のプライドを傷つけたくないから」という意見もあろうが、
実はそうではない。

結局は、その場を離れればほぼ間違いなく誰か第三者に
そのことを話したりする訳で、その瞬間、当人の知らないトコロで
「ヅラ男」氏のプライドは傷つけられているのだから。

「自分が相手を傷つけたくない」だけなのだ。

つまりは、誰もが「自分を守ること」を優先するのだ。
その場で笑ってしまったら、
その火の粉が自身にも降りかかってくることを知っているから堪えるのだ。

とは言え、面白いものは面白いのだから仕方がない。
別に否定してる訳じゃないのよ。
そういったことを否定することは、私自身が自ら
「このホームページはイカンですよ」と伝えているようなものだし。(泣)
私の存在自体を否定するようなもんだし。(号泣)


但し一つ言えることは、その一部分を垣間見ただけで、
その人の人となりを判断してしまってはいけない。
「あの人、ヅラだから信用できねぇ」とか
「座礁って目が離れてて今田耕司に似てるから人間的に嫌い」とか。

勿論、
「あの人、ヅラのくせになんだか仕事できるんだよね」とか
「座礁って扁桃腺ないくせに態度デカいんだよね」とかもいけない。
これは差別ですよ、差別。
しくしく。


要は、「笑いの質」が問題なのだ。

笑いの対象となる人の存在そのものを否定するような笑いは
気持ちの良いものではない。

一部分を垣間見ただけで自分との比較を行ない、
その人の人間としての価値を見下すような奴には「笑う」資格等はないのだ。

相手の存在価値を尊重しているからこそ笑える「笑い」。
これはなかなか気持ちの良いものだ。


時々、本当に何をやっても「駄目駄目くん」で、
その度に失笑を買う輩も存在するが、これはあまり気持ちの良い「笑い」ではない。

最近のTVのお笑い番組を観ていると、
ひたすら「駄目駄目くん」を演じて「笑われる」役に徹する芸人の多さが目につく。
そんなものは芸風でも何でもない。
プライドさえ捨てれば誰でもできることだ。
それなら「塀から落ちる猫」を見た方が、余程面白いしかわいらしい。

例えばサーカスのピエロなぞは凄い。
さんざ「駄目駄目くん」を演じて笑わせておきながら、
ステージから去った後、我々観客の心には、
「絶対にマネできないプロの凄さ」をちゃんと残していっている。

芸人ならば、「笑われる」のではなく「笑わせる」のが筋だ。
芸人ならば、「客を育てる」義務がある筈だ。

客を優位に立たせて隙をつくらせ、
「笑い」を貰いにいく芸風見ると、最近とても苛立ってしまう。

「笑いの質」の低下は、「日本人の質」の低下に繋がるような気がしてならない。







02/11/26 「夢見がち症候群」

11月13〜14日と、このコーナーで「変な夢を見た」話を書いたら、
何だか妙にそれに対する反応が多くて驚いている。

「やっぱ座礁って、昔から頭おかしかったんだぁ」ってのばっか。
しくしく。

で、ふと思い返してみたところ、どうも私は「寝る」と決めたら
かなり真剣になって寝ることにしているらしい。

寝言なぞ、かなりハッキリとした物言いらしいし、
目覚めたばっかりの時に妙なことを口走ることも多いようだ。

ほとんど覚えちゃいないのだが、家人の証言によると私は、
しょっちゅう夢の中で仕事しているらしい。

朝起きると、
「なんかクライアントさんと、丁寧な言葉で大喧嘩していたよ。」
等と言われる。
お客様と喧嘩してちゃダメじゃん、俺。(泣)


随分前の話だが、私は突然寝言を言い出した。

「すまん。信じてくれ。」

私が目覚めると、家人は笑い転げながら私を問い詰めた。

「なんか悪いこと隠してるでしょ?ぎゃはははは。」

目は笑ってなくて怖かったの。
しくしく。

まぁその時は、
「信じてくれって言ったってことは、疑われただけで、
実際は悪いことはしていないのだ。」
と主張して事無きを得たのだが。

それにしても、どんな夢かを覚えていないと始末が悪いもんだ。
別にそんな色恋沙汰の夢じゃなかったのかもしれんのに。(泣)


また数年前のある休日。
朝を迎え、私が寝ているにも拘らず、
家人が寝室のカーテンをぱぁーっと開いた。

その日は晴天だったこともあり、
一瞬にして光が燦燦と室内に差し込んだ。

さすがにそれだけ周辺環境が激変すると、いくら私でも目を覚ましてしまう。

がしかし。
覚めたのは目だけであったようだ。
脳はまだ夢の中だった。

その瞬間私は、
「とっ・・・溶けるぅ・・・。」
とのたまったそうだ。

残念ながら当時の記憶はない為、その本意は不明だが。

家人曰く、その時の私は紛れもなく、
「塩をかけられた『なめくじ』の動きだった。」
とのこと。(泣)





02/11/30 「うっちー」

最近はなんだか仕事が忙しくて、なかなか更新できないの。
しくしく。


昨夜は22時前に仕事が終了したので、
3人の仲間達と共に神楽坂駅前にある「牛角」へとなだれ込んだ。

「うっちー」という名の名札を付けた若い男性店員がやってきた。
とりあえず飲み物を注文する。
他の連中がビールを注文する中、
やはり牛角と言ったら「パイナップルのお酒」です。(推奨)

K賀「じゃあボクはビール。」

うっちー「はい。」

座礁「私はパイナップルのお酒で。」

うっちー「はっ?パイナップルですか?ええーっと・・・。」

座礁「ああ、これこれ(メニューを指差して)。」

うっちー「ああ、はい。」

どうやら「うっちー」は新人店員さんらしく、
メニューをまだ把握しきれていないらしい。


そして食べ物の注文。

座礁「塩カルビ、タン塩・・・・・、」

うっちー「はい。」

K賀「あとボク、レバーをひとつ。」

この時に事件は起きたの。

うっちー「レバー?ウチ、レバー置いてないんですよぉ。」

んなわきゃねーべよ。
焼肉屋さんじゃんかよぉ。

私はメニューを開いてレバーを探した。
当然のことだが、すぐに見つかる。

座礁「いやほら、これこれ。(メニューを指差して)」

うっちー「あっ、ごめんなさい。そうでした。ありました。」

やはり新人さんのようだ。
恐らく彼は、右も左も判らない不安の中で、
それでも客から、自分が新人で至らないことを悟られない様、必死なのだ。

現代の若者にありがちな「わたしぃー、所詮バイトだしぃー」的な
ハナから諦めの入ったアマチュアイズムは感じられない。

拙い経験の中、それでも彼はプロフェッショナルであろうとしているのだ。

「商人は、如何なる場合でもお客に安心と信頼を提供しなければならない」
というおばあちゃんの教えを忠実に守って生きているのだろう。

おばあちゃんって誰だ。

私は「うっちー」に対して、非常に好感を持った。
しかし、それにしてはスキが多過ぎる。
私のような人間にとって、彼のような存在は格好の遊び道具なのである。


私は想像した。

彼はプロフェッショナルでありたいと考えているにも拘らず、
「メニューを把握していない」という根本的なミスを2度やらかした。
しかも客に指摘されて気付くといった大失態なのだ。

相当なダメージを受けているに違いない。

そうなると通常、人間というものは次の機会には
「知ったかぶり」という戦法に切り替える場合が多い。

注文された商品の存在を知らない場合でも、
とりあえず「はい」と言って受けてしまい、
後で自身の知識に加えていこうとする作戦だ。

「うっちー」は間違いなく、
その作戦に変更して我々に挑んでくると私は読んだ。


皆のグラスが空になった。
作戦開始である。

T田「すみませーん。パイナップルのお酒ひとつ。」

うっちー「はい。」

K賀「ボクはビール。」

うっちー「はい。」

I藤「じゃあ俺、『黒ビール』(こんなのメニューにない)。」

うっちー「はい。」(!)

来たっ!やはり乗ってきた!
ぐふふ。

座礁「じゃあ俺、ビールと『牛角セット』(勿論こんなのメニューにない)ね。」

うっちー「はい。」(!!)

うははははっ。
「牛角セット」ってなんだ?
何を持ってくる気なのだ?

今回「うっちー」は、我々に何も尋ねることなく去って行ってしまった。
そして厨房に向かって注文を入れてしまったようだ。


その後、厨房でどのようなドラマが展開されたのかは、我々の知る由もない。

ただ、それからというもの、
「うっちー」が我々の卓に顔を見せることは二度となかった。

そしてオーダーしたメニューのうち、「黒ビール」と「牛角セット」が
我々の卓に運ばれてくることもなかったのであった。









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