瞑想法について
瞑想について
正しい方法で瞑想をすると、
とても心地のよい意識を体験することができます。
ただ座っているだけで、
ただ息をしているだけで、
ただ観ているだけで、
本当に心が満たされてきます。
瞑想は不思議な体験ではありません。
瞑想は私たちの本来の自然な在り方を取り戻すための
伝統的な智慧なのです。
瞑想による意識状態は、
心と体を芯からから深く休ませ、
癒し、成長するのに役立ちます。
瞑想を繰り返せば繰り返すほど、
瞑想の意識と体験はますます深まってゆくでしょう。
瞑想法を身につけて心身を休ませ、浄化し、自分自身を取り戻し、
揺るぎない内面の平和を体験していただきたいと思います。
無上の至福の意識を体験できるかもしれません。
そうすれば、自ずから、喜びと智慧が内側から泉のように湧いてくるでしょう。

アートマンヒーリングルームでの瞑想法の指針
瞑想は、さまざまな宗教的伝統の中で数千年にわたって伝達されてきた心・身体・魂の修養法です。それぞれの伝統には、固有の考え方や、修行法、信仰体系がありますが、今日では、そのひとつに縛られることなく、自分にあった方法を選択することが可能になりました。これは、健康法や心理療法が、数え切れないくらいの種類の情報や方法がある状況と似ています。多くの情報に接しても、結局は自分にご縁のある人や教えを大切にして、ぴったりくるものを実直に実践することがなにより重要なのです。
アートマンヒーリングルームでは、霊的諸伝統を最大限尊重しながら、一方では学問的・臨床的な客観的視点も取り入れて、ひとりひとりの感覚に応じて自由に距離をとりながら参加できる場にしたいと考えております。大切なのは、どのような方法でやるかとか、どれだけ知識や経験があるかということではなく、瞑想の意識を体験することです。真の瞑想の体験は、心を浄化して純粋にし、心のなかに揺るぎない平安を与えます。さらに、瞑想による深い平安の体験は、人格を向上させ、人間として心理的・霊的に成長するための大きな糧になることでしょう。
瞑想法の実習について
瞑想の基本的な意味とやり方について、初めての方でもよくわかるように解説し、実習していきます。
宗教ではないので、教条的に堅苦しく考える必要はありません。
西洋諸国では、さまざまな宗教の信者や無神論者も瞑想をしています。
つねに背筋をまっすぐにしていないといけないわけでもありません。
椅子に座っても、床に座って瞑想しても構いません。
自分にあったものを見つけて取り入れていただければ結構です。
心身を深いところからゆっくり休ませ、リフレッシュするつもりで来ていただいて結構だと思います。
マントラを唱えるなど、瞑想と相性がよく、瞑想を助ける技法も、必要ならやってみます。
瞑想は心身魂の深い休息・浄化・成長の時間
瞑想をすると、どんな体験ができるのでしょうか。瞑想の体験は、ひとそれぞれですし、同じ人でも、瞑想をするたびごとに違う体験をしますので、一概にはいえません。しかし、瞑想によって、多くの人は、次のような肯定的体験をするでしょう。
・心と身体がリラックスする
・深い休息がとれて疲れがとれる
・とても心地よく自然に満たされた気分になる
・自分自身の中心にいられるようになり深く落ち着く
・エネルギーが活性化する
・絶え間ない思考や感情の波から解放される
・抱えている問題と距離をとりやすくなる
・とらわれから解放されやすくなる
・リフレッシュされて爽快になる
・深い静寂の中で心地よく漂う
・心地よく周囲と解け合ったような感じになる
・心が平安になる
このほかにも、実にさまざまな体験をすることがありますが、それは実践してからのお楽しみです。そして、あらかじめて申し上げておかなかればならないことは、実際には、瞑想をすることによって疲れが出たり、身体が痛くなったり、懐疑的な考えや、怒りや悲しい感情がこみ上げてくることがあります。しかし、これも瞑想の重要な効果ですので、安心していることが大切です。自分の中にあるネガティブなものが浮上してくるのは、瞑想がうまくいっている証拠です。正しく瞑想を続けていれば、これらはやがて去っていくことを体験するでしょう。
瞑想法では、瞑想のやり方を初めての人にも分かりやすいようにお伝えします。それぞれのペースに応じて、このような瞑想の体験をしてもらえるような場を提供したいと思います。集団で瞑想することは、ひとりでするよりずっと容易に深い意識状態に入りやすくなります。瞑想会のような場では、心身を休めて、ありのままの自分を取り戻し、きれいに浄化する場を提供したいと思います。
瞑想によって開かれる可能性について
瞑想は、私たちの「私」という感覚を変化させていきます。「私」というのは、実は突き詰めていけば、それほどはっきりとした実体などはなく、瞑想的な意識の中では、私と私でないものの境界が次第にぼやけていき、私は周囲のものとに融け込んでいきます。周りの空気、座っている床、近くにある花、隣にいる人、遠くで走る電車、空、月、太陽、・・・、そして私は宇宙であることを体験します。瞑想的な体験を深めることによって、「他人を大切にしなければいかない」「環境を大切にしなければいけない」といった観念的な「~すべき」ではなく、まさに隣人は私であり、あなたは私であり、花は私であり、大地は私であり、・・・、宇宙は私そのものであることを体験的に感じ取り、気づいていくのです。そして、宇宙的な意識の中では、私たちは真に深く満たされます。それは、分裂のない、安らぎと歓喜の意識です。
このような宇宙的な意識は、不可思議なものではありません。私たち人間の、本来の意識状態なのです。日常の私たちは、すべてが別々で、分離されている存在だと認識していますが、これこそが実はマーヤー(幻)であり、この分裂感こそが、すべての悲しみ、不幸、苦しみの原因になっています。瞑想とは、本来の意識を回復し、内側から無理のない平安と愛に到達するための方法です。
瞑想による意識の拡大は、少しずつしか進まないかもしれません。しかし、おぼろげにでも、宇宙に抱かれる体験を深めていくことは、私たちの根本的な癒しになりますし、根本的な成長につながるのです。広大な意識の中では、私たちの心の悩みや葛藤は、溶かされるようにして癒されていきます。これは、理屈ではありません。温泉にはいると体が解れるように、瞑想的な意識の中で私たちの凝り固まった心が自然とほぐされるのです。
瞑想は、内側に宇宙を発見することです。ですから、外側にある教義にしがみつく必要はありません。社会のさまざまな問題、地球規模の問題は、みな私たち人間の心の内面が荒廃していることの反映です。瞑想によって、私たちひとりひとりの心が洗われることによって、はじめて世界の平和が可能になるでしょう。外側の平和は、内側に強力な平安があれば、自然と実現せずにはいられないものだからです。瞑想は、自分に執着することではありません。内面に深く入ることによって、自己を拡大し、宇宙の浄化のプロセスに加わることなのです。

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