NPO法人 フィル・ジャパン・フレンドシップ 

 Philippine-Japan Friendship Association Incorporation 
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2008年01月01日  一部更新しました

 

 

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大澤 清 氏、永眠される。

 数々の日比友好関係に尽力され、多大な功績を残された大澤 清氏は、2002年1月10日、午前11時20分、加療中であったサンファン町の病院で、肺炎のため永眠されました。95歳でした。我々は、氏の教えを尊み、今後も日比友好親善の向上に寄与する活動を継続したいと思います。

故 大澤 清 名誉会長 大澤 清名誉会長事務所にて
氏の遺影と数々の賞や思い出 自宅に設けられた焼香台
氏が愛用した机は、生前のままに。 消防車の寄贈式で荒大使と共に

 氏の功績は日比友好親善の架け橋となり、フィリピンの国からもその実績を認められました。在比邦人はもとより、フィリピン国民からも「生き仏様」と崇められるほどの人でした。 氏が19歳の時、浜辺に生い茂る椰子の木に想いを寄せ、単身でフィリピンに渡り、現地で会社を設立したり、K・O財団を築くなどして、多くのフィリピン人と日本人のために寄与されました。人の心の温かさは、どの国へ行っても共通の真心として受け入れられるものである事を教えられました。 あらためて氏の御冥福をお祈り致します。

フィル・ジャパン・フレンドシップ 理事長  片桐 和喜

  大澤 清 氏の略歴
・1906年、 1月31日、群馬県に生まれる。

・1925年、 9月に19歳で単身フィリピンに渡る。

・1929年、 23歳で独立し、「美津濃スポーツ」「クラブ化粧品」等の総代理店を開業。

・マニラ日本人青年団団長歴任。

・1942年1月より1945年1月、米軍マニラ占領まで、比島液体燃料統制組合常務理事兼、総支配人。

・戦時中、日本居留民代表。(代表12名)

・1968年8月より1975年12月まで、日比合弁フィルナン・エンタープライズ社社長。

・1976年3月、日比合弁NYK−FILJAPAN SHIPPING社を創立、同社社長就任。

・1977年、勲五等瑞宝章受賞

・1984年7月から1989年7月まで、マニラ会会長

・1992年2月、NYK−FILJAPAN SHIPPING社社長を勇退。同社相談役就任。郵船航空フィリピン(日比合弁)顧問。

・1993年2月、フィリピン群馬会会長就任。

・1994年1月、モンテンルパ市名誉市民となる。

・1994年2月28日、比日協会より比日友好功労賞受賞。

・1995年1月、モンテンルパ市に、キヨシ・オオサワデーが制定される。

  著書
第一冊 「フィリピンの一日本人から」 新潮社版 1978年

第二冊 「夢の果てまで気の向くままに」 びすく社版 1994年2月

第三冊 「フィリピン邦人社会の戦前・戦中・戦後−考え及ばぬ事ばかり−」 びすく社版1994年3月

第四冊 「フィリピンと日本の行く道は一つ −フィリピンは良くなる−」 びすく社版 1994年4月

第五冊 「日本人よ南に行け」 びすく社版 1994年4月

第六冊 「フィリピンと日本人と私」 びすく社版 1997年7月

第七冊 「思い出の旅路 −危うくも生き延びて−」 びすく社版 1997年10月

英語版:上記各冊

タガログ語版:第一冊      

 

 

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最終更新日 : 2008/01/01